第25話 ダイエット
朝六時になるように掛けたアラームがガンガンと耳に響く。
俺はため息混じりにそのアラームを止め、グッと体を伸ばす。
朝ごはんのいい香りが鼻から抜ける。
きっと優子さんが朝ごはんを作ってくれているのかな。
最近の朝ごはんは泰葉が作ってくれているため、俺が気を使う必要はなくなってきている。
そのおかげで遅刻が増えたのも事実だけど……。
こういう匂いで起きる朝って、ちょっとだけ幸せだよな。
あの人たち起きてるのかな。
俺は隣の藍川さんが寝ている部屋に行こうとする。
俺はドアノブを捻ろうとした瞬間。
捻ろうとするドアノブを離す。
……ま、まぁまだ六時だし。
「もう少し、寝かせてあげようかな」
女子部屋に入るとなると勇気が必要なのか。
俺は寸前のところでヒヨってしまった。
いやいや、寝かせてあげたいだけだから。
俺は呪文のようにそれを唱えると、優子さんがいる食卓へと向かう。
――食卓にはエプロン姿で朝ごはんを作る優子さんの姿があった。
「おはようございます優子さん」
優子さんは俺を見ると、優しそうに微笑む。
「おはよう西條くん。随分早いんだね。まだ誰も起きてないよ」
やっぱりそうかぁ。
予想通りだけど泰葉が起きていないのは意外だな。
いつも五時くらいに起きてるんだけどな。
部屋で徹夜でもしたのだろう。
俺は少し泰葉を羨望しながらも優子さんの横に立つ。
「優子さん俺手伝いますよ?こう見えて料理できるので」
「いいのよ。折角来てくれたんだから、ゆっくりしていきなよ」
「……そうですか、えっと、俺、少し散歩に出掛けて来ますね」
優子さんは優しく頷く。
「ありがとうございます。三十分くらいで帰るので誰かが起きてきたらそう説明お願いしますね」
俺は服を部屋着から着替えて、最低限スマホや財布などを持って玄関へと向かう。
……やっぱ、これちょっとでかいな。
合宿前に泰葉が俺の知らないところでウッキウキで買ってきた靴を履くも俺のサイズに合ってなさすぎて歩きずらいな。
せめてお兄ちゃんに試着させなさい!
そうお説教したくなるけど……泰葉にはなんだかんだいつも助かっている……サイズは合ってないけど。こういうことしてくるあたり、やっぱり泰葉だよな。
外に出た瞬間、田舎独特の……なんていうの?こう、落ち着く香りが辺りに充満している。
まだ六時だと言うのに曙である太陽が街を眩しく照らしている。
散歩とは言ったもののどこいくのか決めていない。
「まあそれが散歩の醍醐味なんだろうな――」
俺は不意に海の方に顔を向けると太陽が海を華麗に映し出していた。
綺麗だな。
「……行ってみようかな」
俺は何かに導かれるように海の方へと脚を進めていく。
砂浜に出ると地平線へと続く終わりのない光景が広がっていた。
「うわぁ、本当に凄いなこれ」
俺は太陽と海の織りなすコントラストに思わず見惚れてしまっていた。
俺は靴を脱ぎ浅瀬に近づいて水を感じる。
目を瞑って海の音を聴き澄ます。
ザザ〜。
ザザ〜。
この音を聞くたびに心が癒される感じがする。
近くの住民は毎日こんな心地の良い音を聞いているのか。
あたりを見渡すとまばらに人がいるがそこまで多くはない。
藍川さん達にこのことは秘密にしておこう。
本当に――。
「朝早く起きてよかったなぁ」
と、まずいそろそろ帰らないと起きてきてしまうな。
俺の朝のルーティンにしたいため藍川さんとかには絶対にバレたくない。
俺はブカブカの靴を履く。
すると不意に背後から肩を"誰か"に触られる。
「あの……」
えーと、これって振り返ったら命取られるやつじゃないよね?……振り返りたくないな。
俺は気づかないふりをしてそのまま行こうとするが、今度は強めに肩を叩かれる。
「ああ、俺死ぬんだ。ありがとうみんな……」
モブが死ぬ前の台詞を吐き捨てると背後からため息混じりの呆れの声がする。
その声には聞き覚えがあった。
「あの!さっきから何言ってるんですか。西條さん」
俺は振り返るとそこには確かにいたのだ。
眼鏡を掛けたぽっちゃり系女子……天城雫。
「あ、天城さん!?なんでここに」
「なんでここに……じゃないですよ。前もお伝えしたように私も三泊四日で静岡の方へ来ていると言いましたよね。話聞いてなかったんですか?」
「ああ、勿論、勿論。聞いてましたよ。でも本当にここてバッタリ会っちゃうなんて本当に運命みたいですね」
天城さんは少し照れ臭そうに顔を俯く。
「というか天城さんなんでそんなに汗かいてるんですか?」
「汗をかいていると言う時点で察してください……」
「……あ、ごめんなさい」
俺が正直に謝ると天城さんはニコッと微笑む。
「冗談ですよ。最近ある野望の為にダイエットしてるんですよ」
「ヤボウ?」
天城さんは頬を赤くしながら呟く。
「私は生徒会長になりたいのですよ。ですが、見ての通りだらしない体じゃないですか。そんな人が生徒会長に立候補しても生徒はついていかないんじゃないかなってだからこうやって走っているんですよ……」
「そんなこと……」
「そうですよ。ぶっちゃけて言うと今の生徒会長である千宮会長も性格はあれですけど顔は整っていますし、生徒会長になるにはある程度の顔の威厳がないとなれないのかなって……私は生徒会長になるって決めたんです。だから、変わりたいんです」
「……」
俺は何も言えなくなる。
その沈黙は決して辛い現実を認めたと言うことではなく、何かこう……もっと前向きで、天城さんから感じ取れる応援したくなる可愛らしさ。
そして、直向きに努力しようとするその姿勢。
俺は決心する。
「俺もそのダイエットに手伝わせてください!」
天城さんはなにをいい出すのやらと顔を顰めている。
「えっと、西條さん?どういうことですか」
「今言ったとおりです。この合宿期間だけでもそのダイエットに手伝わせてください!」
「わざわざなんで私に付き合ってくれるというのですさ?」
「……天城さんが生徒会長に相応しいと思ったからです。そうやってちゃんと努力してる人、放っておけないんですよ」
「……ッ」
先程まで曙だった太陽がどんどんと登ってきて俺たちをより一層照らしいている。
天城さんは「フフッ」と笑顔になる。
「西條さんは本当に面白いですね。最近お、お友達になったばかりなのにそんな評価してくれるなんて……えっと、じゃあ、私からもお、お願いします」
俺は優しく頷いて天城さんと握手をする。
天城さんの野望を叶える為に久々に奮起する。
俺は軽くジャンプしたり、屈伸したりして備える。
すると、天城さんは疑問そうにこちらを見る。
「な、何してるんですか?」
「何って……今から走るんですよ」
「え!?今からですか。もう走り終わったんですが……まあいいですよ」
「それじゃあ行きましょう!」
俺は軽快に砂浜をダッシュする。
それについていくように天城さんが走る。
***
「ゼェゼェ、ヤバい。これ……まじ死ぬ」
数十分走ったところだろうか三十分ぐらい余裕で走れんだろーて思っていた矢先。
開幕数分で呼吸困難状態……え?俺ってこんな体力なかったの?
天城さんが水を渡してくる。
俺は渡された水を一気に体の中に流し込む。
「ゼェゼェ、あ、天城さんは……大丈夫なんですか?」
ダイエット目的である天城さんは先程まで走っていたのにも関わらずピンピンしていた。
……手伝うって言ったのに、これじゃ完全に逆じゃねぇか。
これじゃあ、どっちが手伝ってるかわかんないじゃん。
天城さんはクスクスと笑ってくる。
「フフッ、西條さんって意外と体力ないんですね」
「意外ってなんですか意外って……」
「私、手伝うって言うぐらいだからスタミナがとてもあるのかなーて思ったんですけどね」
俺は赤面する。
まじで恥ずかしすぎる。
これ俺いらないじゃん。
「……でも、西條さんがいたおかげでとても楽しかったです」
「え?」
「いつも一人で走っているので一緒に走る相手というのがいないんですよ。なので今回西條さんと一緒に走ってとても楽しくて楽しくて……本当にありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。生徒会長になる野望応援していますね」
「はい、また明日からよろしくお願いしますね」
うん?
俺は思わず天城さんの笑みを見る。
何か凄いこと言われたような気がする。
「えーと、明日からっていうのは?」
「おや?西條さんが言ったじゃないですか。合宿の期間だけでも私のダイエットを手伝うと」
みるみる血の気が引くことがわかった。
自分の失言を頭の中で反芻する。
えーと、これから合宿期間ってことは……。
あと二日間走らないといけないの?
天城さんはさらに畳み掛ける。
「明日からはもっと追い込むので覚悟してくださいね。――あ、また後ほどまた後ほど会ったらよろしくお願いしますね」
天城さんはにこやかに手を振る。
先程まで俺に心地よさを与えてくれた海が今はなんとも憎たらしく見えてしまう。
こんなことを言いたくはなかったが。
本当にさっきまで“よかった”と思っていた朝が、今は少しだけ恨めしい。




