第23話 お風呂
「いい匂いがするね〜」
藍川さんと真白さんがちょこんと椅子に座っている。
ご飯は俺と有栖先輩の祖母こと優子さんに一緒に作っており……優子さんに技量を認められるほどになる。
流石と言っては失礼だけど……このおばあちゃん。本当に料理を作るのがうまい。
俺は出来たスープ一口味見してみる。
「……これが、実家の味というやつか」
「フッ、西條くんもいずれこの次元に到達するよ」
「勉強になります」
優子さんはグツグツとカレーを煮込む。
家庭で食べる味に感動しつつ、スープを人数分よそっていく。
優子さんは見事な手捌きで野菜を切っていく。
す、すごい。
思わず見惚れてしまうような手捌きだ。
あっという間にカレーが出来てしまう。
「みなさん!もうすぐご飯だよ。椅子に座って」
優子さんの呼び掛けに合わせて各々席に座っていく。
ボドゲ部全員が揃ったころで……
「それじゃあ、いただきま〜す」
藍川さんのコールと共に手を合わせて食べ始める。
「うんまぁあああい!!」
一足先にカレーをご飯に入れて食べる藍川さんが幸せそうに叫ぶ。
……美味しそうだなぁカレーライス。
しかし、俺はカレーはパンでつけて食べるというのが俺の中で決まっており、誰にもこの制約を変える事はできな――。
「お兄ちゃん、はい。あーん」
泰葉がカレーライスを口に放り込んでくる。
「……」
「うますぎるよ……これ」
***
結局、カレーライスで食べてしまった……あぁ。
俺はこの三年間でカレーはパンでしか食べないという自分の中での制約があったものの泰葉が一瞬で破壊してきたのだった。
……勿論、最高に美味しかったけど。
ありがとうな泰葉。
愛してるぞ……。
俺が泰葉に向かって微笑むと。
満面の笑みで返してくる。
「二人の世界に入り込むのやめて!」
藍川さんがそうツッコむと。
泰葉がゼロ距離で腕にぺったりとくっついていることに気がつく。
有栖先輩がパンッと手を叩く。
「それじゃあさ、お風呂どうするか決めようか」
「そうですね。俺は全然いつでもいいので女性陣から決めちゃって大丈夫ですよ!」
俺がそう呟くと。
「いつでもよくない!お兄ちゃんは私と入るから……」
「あー、そういう冗談はみんなに誤解を招くから取り消した方が――いいよ?」
「……」
「……」
ほぅら、なんか変な空気になったじゃん。
入ってないからね!?
確かに、泰葉の精神的に不安定だった中学生までは一緒に入ってたけどさ。
もう入ってないから。
「そ、それじゃあ私から入ってもいいかな?」
望月先輩少し俯きながら立候補する。
それに反論するものはおらず……。
「……二番目に行ってもいいですか?」
真白さんが可愛く挙手する。
「了解。藍川さんと泰葉さんはどっちが先に入る?」
「あー、泰葉ちゃん。先は入っていいよ」
藍川さんは遠慮気味に泰葉に譲る。
「了解です!」
すると残るはボドゲ部の男性組だけ。
流石に俺が先に入るのは後輩としてルール違反だろう。
「あ、先輩。どうぞお先に……」
「そうか、悪いね」
こうして風呂の順番が終わったわけだけど……。
みんなは一体どんなパジャマを着るんだろう。
俺は藍川さんと真白さんを一瞥する。
そんな俺の視線に気づいた真白さんはゆっくり俺に近づいてきて――隣に座る。
「……今日は大変だったね。特にこーたくんが倒れた時なんか私、一体どうなるかヒヤヒヤしたよ」
「あはは、そうだね。みんなが無事で安心したよ」
俺は苦笑いで返す。
先程にも藍川さんに同じようなことを言われて叱られているので何も言えない。
「本当、変わんないよねぇ。昔からいつも献身的な性格。特に泰葉ちゃんが危うくなると、人が変わったように豹変するもんね」
「そうかな?まぁ、泰葉はいつも第一に考えてるけど」
真白さんは「フフッ」と蠱惑的な微笑みをして。
「そうそう、そういうとこ全然変わんない。でもそこがこーたくんの魅力的なんだけどね」
俺は照れ隠しからか少し俯く。
「誰よりも優しくて、誰よりも妹思いで、誰よりも負けず嫌いで、誰よりも利他的な貴方を私は大好――」
真白さんは俺の目を注視しながら、"何か"を呟く。
「えーと、最後の方なんて言ったの?……というか、俺は負けず嫌いじゃないから!」
「あー、そうだったね。ごめんね」
舌を少し出しながらウィンクして手を握る真白さん。
……可愛いなぁ。
いやいや、駄目だ。
あまりにも今の真白さんが艶めかしいもんだから、咄嗟に可愛いという感情が芽生えてしまった。
本来、学園のマドンナ的存在である真白さんは俺とは遥かに遠い存在であるはずなのだが、まさかボドゲ部を通してまた、知り合うことができるなんて。
慶賀もこれたらあいつ大喜びだろうなぁ。
今度、慶賀と真白さん誘ってみようかな。
俺が考え耽っていると……真白さんが服をちょこんと摘んでいる。
「こーたくん今他の人のこと考えたでしょ」
「そんなこと――うわっ」
深く考えていたあまり真白さんの顔が目の前に接近していることに気が付かなかった。
俺は驚きのあまり腰を抜かす。
よろよろと立ち上がると……。
俺の頬を激しくつねる藍川さんの姿があった。
「痛い痛い。何、藍川さん。」
「琥太郎くんはきっと真白ちゃんに媚を売って高級な壺を買わせるつもりなんだよ。絶対に騙されちゃ駄目だよ!」
「……いや、媚び売ってないし、壺も買わせようなんて思ってないから!」
「そうね……でも、こーたくんには騙されてもいいかも」
「……え?」
俺と藍川さんはギョッと目を凝らす。
「……え?」
真白さんは可愛く首を傾げる。
***
「ふぅ、あったかいなぁ」
最後の順番が回ってきた俺はゆっくりとお風呂を楽しんでいた。
それより優子さんには感謝しないとだな。
どうやら湯を入れ替えてくれたらしい。
その事により安心して入る事ができるのだ。
微かに女性陣の甘い香りがするが――関係ない。
今日はいろんな事が起こった後だからか、普段よりお風呂が気持ちいい。
俺はお風呂から、勢いよく上がり扉を開けると。
何故か――そこに"人影"があった。
次の瞬間、一つの悲鳴が上がる。
「きゃあああああ、助けてぇ。お兄ちゃんに変なことされちゃうぅううう」
泰葉がそう言いながら、素っ裸の俺に抱きついてくる。
ちょ、こんな姿みんなに見られたら――人生終了だ。
だがもう……遅かった。
ボドゲ部全員が浴室に集合する。
タオルで大切な所は隠しているが、この状況で何か弁解できるわけがない。
泰葉は以前濡れている俺の腕に抱きついている。
「……琥太郎くん」
藍川さんが蔑んな目で俺を見ている。
あぁ、終わったなぁ。
だが、みんなの興味は泰葉のことではなかったようで。
「琥太郎くん。色々聞きたいことはあるけど……みんなが今気になってるのはその傷のことだよ」
藍川さんは俺の胸の辺りを指を指す。
泰葉は「しまった」と顔を顰めていた。
お前が原因だぞ〜泰葉。
危うく、俺が妹へのセクハラで訴えられる所だった。
それにしても先に傷のことを言われるとは。
「ふ、古傷だよ。昔からのね」
「……そんな傷だ。結構大事故だろう」
望月先輩が心配そうに顔を覗かせている。
「確か、私が遊んでた時もなかった?」
真白さんは眉を顰めて呟く。
「そうだね。多分、小学校低学年くらいに怪我をしたんじゃないかな?」
「「疑問系!?」」
一斉にツッコミを入れられる。
これは俺の傷のことについて喋らなきゃいけない雰囲気だけど、そうなんだけど……素っ裸で恥ずかしすぎるって。
すると、俺の考えている事がわかったのか。
泰葉はみんなを浴室から追い出してくれた。
***
「で、その傷の話聞かせてよ」
藍川さんが座っている椅子越しに聞いてくる。
「待て、陽葵。誰も聞かれたくない過去だってあるだろう」
そう言いながら、どんどん前のめりになる望月先輩。
「すごい気になってるじゃん」
有栖先輩が苦笑しながら望月先輩を宥める。
「……そんな過去って言われても」
そんな事を言われても"覚えてない"から説明ができないんだけど。
記憶がすっぽり抜けているから悲しいとか辛いなどの感情を持ちようがない。
しかし、次の真白さんの一言が、一気に場を剣呑な雰囲気にさせる。
「……もしかして"記憶喪失"じゃないの?」




