第21話 熱中症
「まだ、着かないんですか?」
藍川さんが汗を拭いながら言う。
聞いたところによると伊東駅を出て数分歩いたところに有栖先輩の祖母の家があるらしいけど。
……もう、十分ぐらい歩いてるんじゃないか?
「ごめんね……でも、もう着くから」
有栖先輩も息を切らしている。
それから……もう十分。
「有栖先輩。流石にもう着くんじゃないですか?」
迫り来る太陽に対して俺達はもう全身汗だく。
感情には出していないが、俺はもう満身創痍。
他のみんなもそうだろう。
「……あぁ、もう着く」
「有栖先輩……ちょっと地図見せてください」
あまりに長いものだから、俺は家までの地図を見ることにしたがこれって――。
「先輩。これ真逆ですよ」
「「え?」」
一同が驚愕する中。
有栖先輩に向けて冷たい視線が送られる。
先輩はやっと自分のしたことの責任の重大さに気がついたのか。
「本当にごめん。そういえば僕。方向音痴なんだ」
「祖母の家ですよね?……まぁ、咎めても仕方ないのですぐにでも行きまし――」
バタッ。
人が倒れる音がした。
朦朧とした意識の中で背後を振り返る。
「昇華!!」
倒れたのは先程から元気がなかった望月先輩だった。
この暑さだ――次に誰が倒れてもおかしくない。
そう悟った次の瞬間だった。
バタッ。
また誰か倒れた。
俺のすぐ真横の――泰葉!?
泰葉は顔が真っ青で如何にも苦しそうな顔をしていた。
「有栖先輩!ここら辺で涼める所は……?」
「……すまない。ここらには涼める場所はない。最短で涼めるのはやはり家しかない。おまけに近くに自販機もないときた」
「泰葉ちゃん……」
藍川さんと真白さんが泰葉の顔を覗かせるものの。
二人ももう限界だったのか。
膝に手もついて苦しそうだ。
幸いにも望月先輩は意識がありそうだ。
「……わかりました。じゃあ、俺がまず最初に泰葉を家まで届けます。その後、俺がみなさんに冷たい飲み物とか買ってきますので――少々、時間をください」
泰葉を抱き抱え、有栖先輩の祖母の家に向かう。
「ちょっと琥太郎くん!」
「こーたくん!」
呼びかける声に反応しない――出来ない。
俺は無我夢中に走る。
道中で何度も意識が落ちかける。
でも、絶対駄目だ!
――泰葉を死なせちゃダメだ!
もう……"絶対に"。
見えてきた――あそこの角を曲がればもう着く。
ピンポーン。
すると、八十代くらいだろうか。
如何にも優しそうな顔をしたおばあちゃんがこちらを心配そうに見ている。
俺は必死に言葉を振り絞る。
「……有栖先輩の連れです。俺の妹が熱中症っぽくて看病お願いできますか?」
「えぇ、それはわかったけど――」
「それではお願いします!」
「ちょっと待ちなさい!」
鋭く呼び止められると、冷たい飲み物を差し出してくれた。
おばあちゃんは「早く行きなさい」と俺を真剣な眼差しで送り出してくれる。
俺は強く頷きみんなのところへ向かう。
ヤバいなぁ。
飲み物は丁度五本。
残りのボドゲ部員が五人なので俺は飲まない方がいいだろうな……俺の飲んだやつとか嫌な人もいるよな。
俺はなるべく早く行けるように小走りで向かった。
すると……木陰で休んでいる人影が見える。
間に合え、間に合え。
「琥太郎……くん?」
藍川さんがフラフラと酔っ払ったように周りを歩いている。
真白さんはこんな状況でも可憐で汗を拭いている。
その横に望月先輩を看病している有栖先輩の姿があった。
「もう、大丈夫ですよ!ほら、冷たい飲み物が……」
みんなに渡す瞬間だった。
俺の意識が……プツンと途切れる。
***
「……ここは?」
どうやら、有栖先輩の祖母の家のようだ。
横を見ると、泰葉が目を腫らせて眠りこけているし。
藍川さんも超至近距離で俺に寄り添うようにして見つめていた。
「起きた?」
「えーと、他のみんなは?」
「おばあちゃんと一緒に買い出しに向かったの」
「へぇ、みんな無事なんだ。それはよかったぁ」
俺は布団から起き上がり泰葉に毛布を掛ける。
「そう……私、一つ疑問があるんだけど言っていい?」
「うん?なにか」
「どうして、貰ってきた水を飲まなかったの?」
藍川さんが真剣な眼差しで見てきている。
うぅ、なんだか威圧感というか。
怖いなぁ。
俺は恐る恐る答える。
「いやね、丁度水が五本しかなかったからさ俺が飲んでもよかったけど……俺の飲みかけが嫌な人もいるかなーって。ほら、特に望月先輩とかさ俺の飲みかけなんか渡した暁には――」
すると、藍川さんは何を思ったのか俺にペットボトルの水を口に突っ込ませたのだ。
「あ、ありがとね。でもそこまで勢いよく突っ込まなくても……」
「それ、私の飲みかけね」
俺は含んでいた水を一気に吹き出してしまった。
「うわ、きたな!」
吹き出した水をマトリックスのように避ける藍川さん。
すごいな。
是が非でも当たりたくないと言う意志を感じる。
「て、ていうかなんで飲みかけの水。急に突っ込んだの?」
「琥太郎くん。私はね途轍もなく怒ってるの」
藍川さんが怒っているのは表情でなんとなく察することができるけど……なんで怒っているのかがわからないな。
「琥太郎くんは自分は二の次なその感じに怒っているの!」
「えーと、それって駄目なの?」
「駄目っていうか、もっと自分を大切にしろって言ってんの!」
「……で、でも」
「でもじゃない!!」
「……はい」
結局、勢いで乗り切られてしまった。
藍川さんはいつもこうやってゴリ押ししてくる。
まあ、そこが藍川さんらしいって言えばそうだけど。
不意に藍川さんの手が俺の手と重なる。
「あ、ごめん」
俺が手を退かそうとするとそれを追うようにして手を重ねる。
えーと、これどういう状況だ?
藍川さんはそっぽを向きながら呟く。
「……でも、ありがとう。助けてくれて」
パシャ。
シャッター音が背後から響き渡る。
俺達は背後を見ると……泰葉がカメラを構えていて。
「この写真みんなに見せちゃおっと」
「「辞めて!」」
切実な思いは藍川さんの写真削除により事なきを得た。




