第15話 新たな才能
"合宿"俺はその言葉に眉を顰める。
「去年も静岡の海の近くにある家に行ったんだけど。今回も有栖のおばあちゃんにお願いすることになったの……今年もやるわよ!」
二人がいつになく沸き立っている。
「はいはい。質問でーす。去年を行ったということは二人だけで行ったんですか」
確かに。
男女二人だけで静岡まで合宿って――危ない匂いがプンプンするんだけど。
「まあ、いいじゃないか。その質問は――ね?」
明らかに赤面してはぐらかそうとする望月先輩。
新婚旅行かな?
望月先輩は「とにかく」と話を戻す。
「この合宿は夏休みが入った一週間後に行くことにする。異論はないね?」
とにかく去年の合宿について詳しく聞きたいところだが、静岡か……ほんの少しだけ、楽しみだな。
ほんの少しだけね――。
いや待てよ。
この合宿の期間泰葉が一人になってしまうではないか……それは非常に心配だ。
なので。
俺は泰葉にメールを送る。
「泰葉、夏休み期間暇か?」
「今年も一人のお兄ちゃんを世話しないといけないから暇じゃない」
よし、暇だな。
俺は刹那の如く言う。
「合宿にうちの妹を連れてっても宜しいでしょうか?」
すると各々の反論は。
「異論なーし」
「泰葉さんも?いいんじゃないか」
「泰葉ちゃんと一緒にいけるなんて楽しみ!」
反論がないので、泰葉も合宿に行くことが決定した。
どちらにしても、合宿までは一ヶ月以上ある。
服を買わないとな――。
ラノベでよくある水着展開を期待して、気合の入った海パンを買っていくのもいいかもしれない。
有栖先輩はパンッと手を叩いて。
「さあ、報告も終わったことだし。新入部員の釜石さんの親睦会に皆んなでボドゲをしようじゃないか」
よし来た。
この時を待っていた。
カタンを広げていく。
六角形のタイルが並び、港や資源が配置されていく。
「じゃあ、基本ルールは分かる?」
望月先輩の問いに真白さんは軽く頷く。
「はい、わかります」
そう言いながら、真白さんは俺の方を見て微笑む。
「こーたくんとやったことあるし」
藍川さんが腕を組みながら、ジト目でこちらを見る。
「へぇ〜。昔ってどれくらい昔なの?」
「小学生くらいかな」
「……本当にどういう関係なのよ」
藍川さんが小さくため息を吐く。
「はいはい。じゃあ始めるよ」
望月先輩の合図でゲームがスタートする。
サイコロが転がる。
カラン。
と軽い音が部室に響いた。
最初は順調だった。
いや、順調だったのは――
「レンガもらいます」
「じゃあ木と交換お願い」
「都市化します」
……真白さんだった。
気づけば盤面のあちこちに真白さんの街が増えていく。
え、ちょっと待って。
なんか強くない?
「こーたくん、羊いらない?」
「あ、ありがとう」
優しく資源を渡してくれるが――
その裏で着実に点数を伸ばしている。
一方。
「ほら、また資源もらった」
藍川さんは俺の方を見てニヤニヤしている。
「琥太郎くん、もしかして弱い?」
「いや、そんなことは――」
「だってまだ2点だよ?」
うるさい。
序盤はこんなものだ。
……たぶん。
しかし。
「勝利点10。私の勝ちですね」
真白さんが静かに宣言する。
盤面を見ると、確かに勝利点は10。
完全勝利だった。
うぐぅ、悔しいが真白さんの勝ちだ。
だが、正直どうだっていい藍川さんに勝てれば俺はそれだけでいいんだ。
「え、強っ」
有栖先輩が思わず声を漏らす。
「いやいや、初心者ってレベルじゃないでしょ」
望月先輩も苦笑いしている。
……強すぎるだろ。
盤面を見渡すと、ほとんど真白さんの街と都市で埋まっている。
だが、問題はそこじゃない。
俺はそっと得点カードを見る。
4点。
……まあ、悪くない。
そして藍川さんの得点を見ると――
3点。
その瞬間、俺はニヤリと笑う。
「藍川さん、俺、4点」
「……は?」
藍川さんが自分の得点カードを確認する。
そして。
「3点!?」
ということは。
「藍川さんが最下位だ!」
俺はニヤニヤと藍川さんの悔しがる顔を拝みながら勝利の優越感に浸る。
「嘘ぉおおおおおおお」
藍川さんは頭を抱えながら絶叫する。
「西條くんも負けているけどね」
望月先輩が呆れながら言う。
「藍川さん……あの時の借りは返したよ」
「この負けず嫌いが!!」
「藍川さんほどじゃないよ」
俺は日頃のボドゲ部での藍川さんへの鬱憤を晴らす。
なんて清々しいんだ。
こんなに気持ちがいい日はない。
「どっちも負けず嫌いだな。リアクションの有無が違いってだけだね」
有栖先輩は苦笑しながら言う。
――何度も言うが、俺は負けず嫌いなんかじゃない。
「こーたくんって将棋とかオセロとか得意じゃなかったっけ?」
真白さんが昔の記憶を思い出したかのように呟く。
将棋とオセロ?
確かに、ルールは知っているが……俺って強いのか?
「驚いたな。琥太郎くんはチェス以外で強いのがあるのかい?」
有栖先輩が驚愕している。
まるで、俺がチェスしかできない奴だと思われてないか?
「少なくとも幼少期のこーたくんは私と戦っても絶対に勝てませんでしたよ」
「ほう、それは面白そうではないか」
有栖先輩が笑う。
「自称将棋最強の有栖の前で強者を語るか。面白い。西條くん、受けてたつ」
何で、自分のように言うんだ。
別に語ってないのだけれど。
この雰囲気はやるしかなさそうだな。
「いいですよ。じゃあ一局だけ」
俺が席を立つと、有栖先輩はどこからともなく将棋盤を取り出して机の上に置いた。
「ほう、逃げないとはいい度胸だな」
望月先輩が腕を組んでニヤニヤする。
「西條くん、覚悟しておきなよ? 有栖は結構強いからね」
「へぇ」
俺は駒を並べながら答える。正直、将棋なんて久しぶりだ。勝てる保証なんてどこにもない。
「じゃあ――始めようか」
パチン、と駒の音が部室に響く。
最初は普通だった。有栖先輩が攻め、俺が受ける。それだけの静かな対局。
だが――
「……ん?」
五分ほど経ったころ、有栖先輩の眉がわずかに動いた。
「どうかしました?」
「いや」
有栖先輩は駒を置く。
「少しだけ……嫌な形になったな」
望月先輩が盤面を覗き込む。
「んー? 普通じゃない?」
「いや」
有栖先輩は首を振り、俺を見る。
「西條くん、君……結構強いね?」
部室の空気が少し変わる。
「え?」
藍川さんが盤面を見る。
「どこが?」
「ここ。この銀」
有栖先輩は指差す。
「この形、普通は作れない。完全に詰み筋に入っている」
「え?」
「完全に詰み筋だ」
藍川さんの顔が固まる。
「……は?」
パチン。
俺は静かに駒を打つ。
「王手」
有栖先輩の目が見開かれる。
「なるほど……そういうことか」
盤面を見つめたまま、有栖先輩は苦笑した。
「参った」
「え?」
望月先輩が叫ぶ。
「もう!?」
「うん」
有栖先輩は肩をすくめる。
「三手詰みだ」
部室が静まり返る。
「……嘘でしょ」
藍川さんが呟く。
「いやいやいやいや」
望月先輩も盤面を見て固まっている。
「本当だ」
「完全に詰んでる」
有栖先輩は笑いながら俺を見る。
「琥太郎くん、本当に強いんだね」
「そうなんですか?」
俺が首を傾げると、藍川さんが机を叩いた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「なんです?」
「カタン弱かったくせに!」
「いや、あれは運だし」
「将棋は運じゃないでしょ!」
俺は少しだけ考える。
そして、ぽつりと呟いた。
「……言われてみれば」
昔、真白さんと遊んだ時。
確かに。
負けた記憶は――
「ないかも」
その瞬間、藍川さんが叫んだ。
……決めた。
今度から藍川さんとはカタンじゃなくて、将棋かオセロで勝負しよう。
俺はニヤけながら藍川さんの方を向く。
「この負けず嫌いが!!」
「本当に仲が良くて羨ましい」
真白さんが優しく微笑む。
「俺は負けず嫌いなんかじゃ断じてない」
「どの口が言ってんのよ!!」
藍川さんが机を叩く。
「将棋でもオセロでも勝ってから言いなさい!」
「藍川さんは……俺には勝てないよ」
俺は少しだけ笑う。
……まあ。
本当に負けず嫌いじゃないかと言われたら。
それは――否定できないかもしれない。
でも、俺の方が負けず嫌いである事は金輪際認めない。




