第13話 思わぬ客人
――釜石真白。
俺の小四から小六までの友達。
まさか、俺のことを覚えているはずがないと思っていたが……前回の反応で、その線が少し怪しくなってきた。
釜石真白は基本的に誰にでも優しく、自然と人を惹きつける艶やかな魅力があった。
いわば、完璧美少女――そんな印象だ。
しかし、そんな完璧少女が、どうして俺なんかと友達だったのか――振り返れば、とても些細なことだった。
小学五年の夏。
川で迷子になって泣いていた彼女を、俺と泰葉で見つけたのだ。
それが釜石真白との出会いだった。
そこから仲良くなった俺は、毎日遊ぶくらいには親しくなった。
――だが、中学校が別々になったことで、会う機会は極端に減っていった。
そんな彼女が、あざみ高校にいるなんて……。
もちろん、嬉しい。
久しぶりの友達に会える――でも、素直に喜べない理由があった。
それは――
***
「え、釜石真白!? 何でここに?」
泰葉の機嫌が明らかに悪くなる。
どうしたものか、釜石さんがあざみ高校にいる以上。
いずれこのイベントが来るとは思っていたが、まさか今日とは――。
焦燥感に駆られ、俺は頭を抱えた。
「と、とりあえず。俺が出るから、みんな座ってて」
俺は急いで玄関に出る。
仕方ない、今日は帰ってもらおう。
扉の向こう、その可憐な姿が一瞬だけ垣間見える。
思わず呼吸が乱れるが、すぐに立て直した。
「釜石さん? ひ、久しぶりだね。今日はどうしたの?」
釜石さんは、その魅力的な笑顔を崩さず、優しく答える。
「はい、久しぶりですね、こーたくん。今日は言いたいことが二つあって、一つ目は、前回の腹痛で助けていただいたお礼です。柔道部の方にも伝えてくれると嬉しいです」
釜石さんは深々と頭を下げる。
「それで、二つ目なんですけど――ボドゲ部に入りたくって」
「へ?」
釜石さんの衝撃発言を聞いた直後、俺は後ろから身体を一気に横にスライドさせる。
まずい、今泰葉と会わせるのは……。
泰葉は依然、顔を伏せている。
重苦しい空気が張りつめる。
次に動いたのは釜石さんだった。
「泰葉ちゃん。こんばんは。今日久しぶりに来ちゃった」
釜石さんは笑顔を崩さない。
遂に、泰葉が口を開く――。
「どうぞ、家に入ってください!」
泰葉もそれに応えるように微笑み、家に招き入れる。
終わった。
修羅場の幕開けだ。
この展開をどう乗り切るか――。
***
沈黙の空気。
何も知らない先輩方にも伝わっているのか、誰も喋ろうとしない。
ほら、言わんこっちゃない。
泰葉×釜石さんはタブーなのだ。
――そして、そのタブーが今、目の前で動き始める。
一番怖いのは、二人の関係が全く読めないことだ。
ある時から、俺は二人が出会わないよう必死に尽力してきた。
泰葉にやんわり聞いても、何も答えてくれないし。
――もう、怖い。
「えーと、釜石さんはボドゲ部に入りたいんだっけ?」
「釜石さんって……昔のように呼んでよ、こーたくん――真白ちゃんって呼んでたでしょ?」
ああ、そんなこと言っちゃったら……。
泰葉の貧乏揺すりが限界突破している。
すると、割り込むように藍川さんが。
「え? 真白さんと琥太郎くんの関係って――何?」
ぐちゃぐちゃになってきた。
俺の頭は一つしかないんだ。
「えっと、昔遊んでたっていうか……そのまま、真白さんはどうして今日家に?」
「何となく、今日泰葉ちゃんとこーたくんに会いたいなぁーって思ったんだよ」
そんな火に油を注ぐようなことを言う。
俺たちを見兼ねた先輩二人がフォローに入る。
「ぼ、ボドゲ部に入るならいつでも歓迎だからな」
「はい、喜んで。しかし誠に申し訳ないのですが、私は既に吹奏楽部に所属しています。兼部という形でもよろしいでしょうか?」
「あー、うん。全然大丈夫だよー」
望月先輩が答えると、泰葉は天使のような微笑みで、地獄のようなことを言う。
「お兄ちゃん。タイミング悪いと思うけど、真白姉と喋りたいからさ、少し席外すね」
俺は「真白姉」という言い方が少し引っかかるが、これは見に行くしかない。
「琥太郎くん、今のって――」
藍川さんが恐る恐る聞いてくる。
俺だって何かわからない。
だが、今は……泰葉たちを追いかけるしかない。
最悪の場合――暴力事件にまで発展するかもしれない。
聞き耳を立てるが、遠くてよく聞こえない。
「……お兄ちゃ……が……事前に……てよ」
「ごめ……ん……だっ……本当に……会いたかった」
ん? 何だろう。
でも、思ったよりも平和なやり取りだ。
俺はもう少し近づく。
「だから本当にごめんなさい。急に来たのは悪かったけど、だって本当に会いたかったんだもん」
真白さんがプクーと頬を膨らませる。
その顔も非常に可愛らしい。
「順序ってものがあるでしょ。中学以来、ろくに会ってないんだから、もう少し慎重に動いてください!」
すると、真白さんの視線がこっちに向けられる。
あ――バレた。
「こーたくん! 逃げないで」
真白さんは逃げようとする俺の手をぎゅっと優しく握る。
俺は、思い切って言うことにした。
「どうして、二人とも喧嘩してるんですか! もっと仲良くしたらいいじゃないですか」
泰葉と真白さんは「ん?」と首を傾げる。
うん? これは一体――どういうことだ?
「お兄ちゃん。なんか勘違いしてない? 私たちは喧嘩してるわけじゃないんだよ?」
「え! そうなの? てっきり二人が仲悪いんだと――」
真白さんはクスッと笑う。
「全く真逆よ。私たちは超がつくほど仲良しなの……この前なんか一緒に泰葉ちゃんと映画を見に行ったんだよ?」
「……えぇ」
もしかして、全部俺の勘違い?
「二人ってこんな仲良しだったのか? じゃあ、さっきの話は? 順序がどうとか」
「ああ、それはね――」
「あー! それはそうとして、みんな待たせてるんじゃない?」
泰葉が遮るように言う。
確かに、もう結構待たせてるな。
「これからよろしくね、こーたくん」
すれ違いざま、彼女は人差し指で俺の頬を軽く突く。
まるで昔と同じ距離感のまま。
その後ろで泰葉が目を輝かせていた。
俺は、一気に気が抜けるようにため息をつく。
よかったぁ、二人は仲が悪いわけじゃないんだな。
「お兄ちゃん。戻ろうか」
そっと、俺の手を握りながらアイコンタクトをとる泰葉。
俺は頷きながら、パーティーの続きを始める。
***
西條泰葉
私はここ最近で一番焦ったかもしれない。
お兄ちゃんが鈍感でいてくれて、とても助かった。
――釜石真白は、私と仲がいいというのは本当だ。
何故、私がこの人とこんなに仲がいいのかと言うと――
釜石真白は今、私の中でダントツでお兄ちゃんの彼女候補だからだ。
そのことに気づかれてはならない。
もちろん、真白姉本人にもね。
これからが非常に楽しみだ。
……早く私も高校生になりたい。
お兄ちゃんは私を孤独から救ってくれた。
ただ一人の“英雄”。
早く、お兄ちゃんの成長を近くで見守りたい。
それだけが、私の唯一の楽しみ。
お願いだから、ずっと“このまま”でいて。




