第97話 卑劣な女
静かな会議室の中にバアルの声が響き、その場にいた全員がバアルに視線を向ける。
ネフィリアがマンティコアのことを話していないと証明すると言われ、カイルたちは意外そうな表情を浮かべていた。
「証明できる? 何か用方法があるのか?」
ウォルレスが尋ねるとバアルは懐に手を入れ、何かを取り出すと机の上に置く。それは15cmほどでローブを着た女性の白い彫像だった。
両目には小さい透明な水晶が付いており、街の雑貨屋などでは売られていないような高級感が感じられる。
バアルが取り出した白い彫像にカイルたちは一斉に注目した。すると、彫像を見たウォルレスとグオンは軽く目を見開いて驚いたような表情を浮かべる。
「これは、まさか……」
「ええ、虚偽の審判像です」
白い彫像が何なのかグオンが口にした瞬間、ゴスペルのメンバー以外の全員が反応する。
バアルが取り出した虚偽の審判像は相手が嘘をついているかどうかを確かめるためのマジックアイテムだ。対象者が嘘をついてれば水晶の目は赤く、本当のことを言えば青く光り、それを見て真実かどうか調べることができる。
「これが、嘘をついているか確かめるためのマジックアイテム……間違いないの?」
「ええ、神殿で修業をしていた時に見たことがあるので、間違いありません」
神官であるグオンが言うのなら間違いないとは判断したたファリスは納得する。同時にどうして冒険者のバアルが虚偽の審判像を持っていたのか気になり、視線をグオンからバアルに向けた。
異世界では主に神殿で働く神官や法務関係者だけが扱っており、犯罪者や犯罪に関わりを持つ者が嘘をついているかを確かめるために使われている。そのため、一般人は手に入れることができず、貴族や軍関係者、冒険者でも手に入れるのが難しい。
そんな貴重で入手困難なマジックアイテムをバアルが持っていたため、ファリスだけでなく、カイルやウォルレスたちも驚き、どのようにして入手したのか気になっていた。
「バアル、どうして君は虚偽の審判像を持っているのだ? これは神官や法に関わる役職の者しか手にすることができないアイテムのはずだが……」
「昔、神殿関係者から依頼を受けて、その時に報酬の一つとして手に入れたんですよ」
カイルたちが注目する中、バアルはどのようにして虚偽の審判像を手に入れたのか説明する。
話を聞いたウォルレスは報酬に貴重なマジックアイテムを出されたことから、余程難易度の高い依頼だったのか、依頼人である神殿関係者が気前が良かったのかと想像する。
バアルは依頼で手に入れたと説明したが、それはウォルレスたちを納得させるための嘘だ。
ファブール魔王国が建国され、魔王ゼブルとしてトリュポスを訪れた際に神殿がどのようなアイテムを扱っているか確かめていた。その時に神殿の代表から虚偽の審判像を受け取っており、それをウォルレスたちの前に出したのだ。
因みにEKTにも虚偽の審判像が存在しており、捕らえたNPCの尋問や情報収集などに使われていた。
バアルもEKTの世界で手に入れた虚偽の審判像を今でも所持しており、状況によっては迷わずに使うつもりでいる。
「コイツを使えば、ネフィリアがカイルとファリスにマンティコアの情報を話したのかどうかハッキリするはずです」
真実を明らかにするため、虚偽の審判像を使うよう進言するバアルにウォルレスは再び目を見開く。
「……バアル、お前さんも虚偽の審判像がどれだけ貴重なマジックアイテムなのか知っているはずだ。それ此処で使うのか?」
「ええ、俺も真実が気になるので」
迷いを一切見せずに答えるバアルを見たウォルレスは口を閉じ、机の上の虚偽の審判像を見つめる。
ヴァリンにも神殿があり、依頼すれば神殿が虚偽の審判像を用意してくれるため、わざわざバアルが私物を出す必要は無い。
ただ、神殿に依頼するとなると依頼料が必要となり、更に面倒な手続きなどを行わなくてはならないため、用意するのに時間が掛かってしまう。
ウォルレスもどちらの主張が真実なのか気になっており、少しでも早く知りたいと思っている。何より時間を掛けるのは都合が悪かった。
(虚偽の審判像は対象者の記憶から嘘をついているかどうかを調べるアイテムだ。時間が経ちすぎて質問に関する記憶を忘れてしまったら嘘をついているか調べることができなくなる。鮮明に記憶に残っている時に使わなければ……)
時間が経ちすぎてしまえば、どちらが嘘をついているのか確かめることもできなくなるため、ウォルレスはできるだけ早く虚偽の審判像を使うべきだと考えていた。
そんな時にバアルが自身の虚偽の審判像を使っても構わないと言ってきたため、ウォルレスは真実を明らかにするためにもバアルの申し出を受けるべきだと判断する。
「……分かった。では、お言葉に甘えて使わせてもらおう」
ウォルレスの返事を聞いたバアルは小さく笑いながら頷く。
バアルはネフィリアが嘘をついていると確信しているが、嘘をついていることを証明する必要があるため、虚偽の審判像でネフィリアの企みが暴露されるのを見届けるつもりでいた。
「ちょ、ちょっと待ってください、ギルドマスター!」
ウォルレスが虚偽の審判像を手に取ろうとした時、今まで黙っていたネフィリアがウォルレスを止める。
ネフィリアは笑みを浮かべているが、微量の汗を流しており、どこか焦っているように見えた。
バアルはネフィリアの素振りを見て、明らかに虚偽の審判像を使われることに動揺していると直感する。
「使用する前にこの虚偽の審判像が本物かどうか確かめる必要があるのではないでしょうか? 偽物を出した可能性だってゼロではないんですから」
「ネフィリア、今の発言はバアルに対して失礼すぎるぞ? 自分と無関係なカイルたちのために貴重なマジックアイテムを提供してくれたのだ、偽物を出すなどあり得ない」
「で、でも、貴族でも手に入れるのが難しいって言われているアイテムをAランクとは言え、冒険者が持っているのはおかしいですよぉ。だから、一度本物かどうかを……」
「いい加減にしろ」
目を鋭くし、ネフィリアを見ながらウォルレスは低い声を出す。
ウォルレスの顔を見たネフィリアは迫力を感じて思わず口を閉じた。
「虚偽の審判像を使えば、お前とファリスのどちらが嘘をついているのかハッキリする。真実を確かめるのと同時に、お前自身の身の潔白を証明することができるんだ。なら、迷わずに使うべきだろう」
「そ、それはそうですけど……」
「そもそも虚偽の審判像は製作方法が特殊なため、神殿の者しか作ることはできん。だから偽物を作るなど不可能なのだ。……分かったら大人しく協力しろ」
ウォルレスが協力を要求すると、ネフィリアは不服そうな顔で黙り込む。
ネフィリアの反応を見たウォルレスはまだ協力する気は無いなと感じて目を細くした。
「……ネフィリア、さっきから非協力的な言動を取っているが、何か虚偽の審判像を使われたくなり理由でもあるのか?」
「い、いいえ! そんなことは決して……」
「なら、使っても何も問題は無かろう?」
言い返すことができないネフィリアは目を逸らしながら軽く俯く。その顔からは完全に余裕が消えており、追い詰められた犯罪者のようだった。
反論しないネフィリアを見て、ウォルレスは虚偽の審判像を使うことに納得したと判断し、虚偽の審判像を手に取ると彫像の女性をネフィリアに向ける。
先程のネフィリアの言動から、ネフィリアは何かを隠していると直感したウォルレスはファリスではなく、ネフィリアに虚偽の審判像を使うことにした。
「ネフィリア、これからお前に幾つかマンティコアに関する質問する。その全て“ハイ”で答えろ。分かったな?」
「……わ、分かりました」
ネフィリアは自分に向けられた虚偽の審判像を見ながら小さな声で返事をする。
もう何をしても無駄だと感じたのか、ネフィリアは先程のように悪あがきをする様子は見せなかった。
「では……お前は北東の林にマンティコアがいることをカイルとファリスに教えたか?」
「……は、ハイ」
ウォルレスから目を逸らすネフィリアは小さな声で返事をする。その直後、虚偽の審判像の目が赤く光り出した。
目が赤くなったことでネフィリアが嘘を言ったことが証明され、カイルは表情を曇らせる。ファリスも「やっぱり」と言いたそうにしながらネフィリアを睨みつけた。
クレシアたち、プレッジのメンバーはネフィリアがマンティコアの情報を教えていなかったことを知って驚愕しており、同時にチームメイトが嘘をついていたことにショックを受けた。
ウォルレスも真実を知って少し驚いた反応を見せていたが、まだ真偽を確かめている途中なため、冷静さを保って作業を続けた。
「……お前はカイルとファリスを北東の林へ行こうとしたのを制止したか?」
「ハイ……」
ネフィリアが返事をすると、虚偽の審判像の目は再び赤く光り出す。
これにより、ネフィリアはマンティコアが棲みついていることを知っていて、カイルとファリスを林に行かせたことが証明された。
確かめたかった真実を知ったウォルレスは虚偽の審判像を机の上に置き、深く溜め息をついた。
「決まりだな。ネフィリア、お前はカイルとファリスにマンティコアの情報をわざと教えずに二人を林へ向かわせたんだ」
「ぬぅぅ……」
最悪の形で自分の悪事が暴露されたことで、ネフィリアは黙り込む。
周りにいるバアルたちは呆れや驚きなど、様々な表情を浮かべながらネフィリアに注目する。
「クレシア、なぜこんなことをしたんだ?」
隣に座るクレシアが俯くネフィリアに尋ねる。リーダーとしてチームメイトを信じていたクレシアにとって、ネフィリアが嘘をついていたことは酷い裏切りだった。
しかもネフィリアによって大切な幼馴染であるカイルとファリスを危険な目に遭わせることになったので、クレシアは大きなショックを受けている。
クレシアだけでなく、エバンスとグオンもネフィリアを見つめながら理由を語るのを待っている。
そんな中、俯いていたネフィリアは顔を上げ、申し訳なさそうな顔をしながらクレシアの方を向いた。
「ごめんなさい、クレシア! ……怖かったのよぉ、自分のせいでカイルとファリスがマンティコアに襲われたって責められるのが……だからあんな嘘をついてしまったのぉ」
辛そうな顔で訴えるネフィリアを見て、クレシアは意外そうな表情を浮かべた。
非を認め、素直に理由を語るネフィリアの様子から、カイルとファリスを死なせようと言う意思は無かったのではと予想する。
一方でカイルとファリスはネフィリアを不満そうな顔で見ている。あれだけ自分たちが嘘をついていると主張しておきながら、真実が暴かれた直後に態度を変え、悪意が無いと訴えるなんて虫が良すぎると感じていた。
更に言い訳をするネフィリアの姿は芝居がかっていたため、自身の身を守るために必死になっているのだと二人は内心呆れ果てている。
「確かに私はカイルとファリスを良く思ってなかったわ。だけど、死ねばいいとは思ってなかったし、二人ならマンティコアに遭遇しても逃げ延びれると信じてたのよぉ」
「また嘘をつくつもりか?」
ネフィリアが説明していると、黙って会話を聞いていたバアルがネフィリアに声を掛け、カイルたちはバアルに一斉に視線を向けた。
「はあ!? 嘘なんかついて無いわよ。本当に二人が死んでもいいなんて思ってなかったんだから!」
「へぇ~、それを見ても本当だって言う気か?」
バアルはそう言って机の上に置かれてある虚偽の審判像を指差す。
虚偽の審判像はネフィリアの方を向いており、水晶の目は赤く光っている。
目が赤くなっている虚偽の審判像を見たネフィリアは驚愕し、周りにいたクレシアたちもそれを見て目を見開く。
ウォルレスが机の上に虚偽の審判像を置いた時、彫像の女性はネフィリアのの方を向いていた。これにより、ネフィリアを対象に虚偽の審判像の能力が発動し、ネフィリアの発言を嘘と見抜いて目を赤く光らせたのだ。
ネフィリアが嘘をついたことを見抜いた直後、虚偽の審判像は薄っすらと黄色く光り、そのまま黄色の粒子となって消滅する。
虚偽の審判像は三度使用すると使えなくなり、自動的に粒子となって消滅するのだ。
机の上の虚偽の審判像が消えると、バアルは視線を驚いているネフィリアに向けた。
「アンタはカイルとファリスを死なせる気は無かったと言っていたが、虚偽の審判像が嘘と判断した。それはつまり、アンタは最初からマンティコアにカイルとファリスを殺させるつもりで林に行かせたと言うことだ。……違うか?」
「ぐっ、ぐぬぬぬぅ~……」
図星を突かれたネフィリアは悔しそうな声を出しながらバアルを睨む。
もう少しで真意を見抜かれることなくクレシアたちを誤魔化すことができたのに、バアルによって全てが台無しにされたため、ネフィリアは自分の邪魔をしたバアルに強い怒りを感じていた。
ネフィリアがバアルを睨む中、彼女の発言が嘘だと知ったウォルレスは目を鋭くしながらネフィリアを見つめ、エバンスとグオンも無言でネフィリアを見ている。彼らの目にはこの状況で嘘をつき続けるネフィリアに対する軽蔑の意思が宿っていた。
勿論、被害者であるカイルとファリスも最後まで保身に走っていたネフィリアを呆れた様子で見つめている。
ネフィリアは周囲の視線に気づくと、自分は完全に追い込まれてしまったと理解して再び焦りを露わにする。
何かこの場を打開する方法や言い訳はないか頭の中で考えるが、どんなに考えてもいい方法は思い付かなかった。
「……まさか、お前がそんなことをするとはな」
隣からクレシアの低めの声が聞こえ、ネフィリアはビクッと反応してクレシアの方を向く。そこには目を閉じながら眉間にしわを寄せ、肩を震わせるクレシアの顔があった。
ネフィリアはクレシアの顔を見て本気で怒っていると悟り、思わず表情を歪ませる。
「お前がカイルやファリスを毛嫌いしていたのは知っていた。しかし、それでもわざと二人を危険に晒したり、死なせるようなことはしないと私は信じていた。……だが、お前はカイルとファリスに嘘をつき、二人がマンティコアに襲われる状況を作った……」
クレシアにとってカイルとファリスは大切な幼馴染、その幼馴染をわざと傷つけようとしたネフィリアの行動は、クレシアにとって決して許せないことだった。
「俺もお前がこんなひでぇことをするとは思ってなかったぜ」
「……見損ないましたよ。ネフィリア」
エバンスとグオンも、クレシアと同じようにネフィリアがカイルとファリスを嵌めるようなことはしないと信じていたため、ネフィリアの本心を知った時、心の底から幻滅した。
ネフィリアはチームメイトたち、特に溺愛していたクレシアからの信用を完全に失ってしまった状況に大きなショックを受ける。これまで自分が築いてきた仲間からの信用、冒険者としてのイメージ、その全てがこの瞬間に崩壊し、ネフィリアは俯きながら黙り込むのだった。
クレシアはゆっくり立ち上がり、カイルとファリスの方を向いて深く頭を下げる。
「カイル、ファリス、すまなかった。……知らなかったとは言え、お前たちを危険に晒してしまった。ネフィリアに変わって謝罪する」
「……クレシア、今の言葉は本当なの?」
ファリスの言葉に反応したクレシアが顔を上げると、不満そうな顔で自分を見ているファリスの顔が視界に入った。
「アンタ、ネフィリアがやろうとしていたことを知らなかったって言ったけど、本当は気付いてて見逃してたんじゃないの?」
「何?」
驚くべき発言をするファリスにクレシアは目を見開き、話を聞いていたエバンスとグオンも愕然とした様子でファリスを見つめている。
ファリスは最初、クレシアがネフィリアに自分とカイルをマンティコアがいる林に向かわせるよう指示したのではと疑っていたが、これまでのクレシアの反応から直接指示したわけではないと悟った。
クレシアが首謀者である可能性は消えたが、それでもネフィリアの悪行をわざと見逃していたという可能性は残っていたため、ファリスは予定どおりクレシアを追求することにしたのだ。
カイルはクレシアがマンティコアの一件に関わっていると疑うファリスを見て暗い表情を浮かべる。
林にいた時にクレシアを追及することを聞いていたが、実際に幼馴染を疑う姿を目にするとやはり胸が締め付けられる思いになる。
「あたしはね、ネフィリアがあたしたちを消そうとしていることをアンタが知っていて、それを見て見ぬふりをしてたんじゃないかって思ってるのよ」
「なっ! 馬鹿なことを言うな!」
自分がネフィリアの悪行を見逃していたのではと疑われ、クレシアは声を上げながら否定する。
今まで冷静だったクレシアが感情的になったことで、チームメイトのエバンスたちは勿論、リーテやエファリア、カイルも意外そうな顔でクレシアを見つめた。
「私が、お前たちをわざと傷つけるようなことをすると思っているのか?」
「……アンタがカイルを追放した時の発言や態度を考えれば、疑われても仕方がないと思うけど?」
腕を組みながらクレシアに冷たい視線を向けるファリスは低い声で聞き返す。
クレシアはカイルを追放した時のことを指摘され、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「アンタはカイルを足手まといと言って一方的に追放し、あたしもカイルの味方をしてチームを抜けた。あたしとカイルはプレッジにとっては汚点と言える存在。あたしたちが活動を続けたら、プレッジは汚点を作ったチームだと言われ、冒険者としての評判に影響が出るかもしれない。……汚点であるあたしたちを消すため、危険な目に遭うのを知っていて気付かないフリをしてたんじゃないの?」
「違う! 本当に何も知らなかったんだ。それに、私はお前たちを汚点と思ったことなど一度も無い」
「フン、どうかしらね」
クレシアの言葉を信用できないファリスは不機嫌そうにそっぽを向く。
真実を言っているのか、虚偽の審判像を使って確かめてやろうとファリスは思っていたが、既に虚偽の審判像は消滅しているため、クレシアが嘘をついているか確かめることはできなくなっていた。
クレシアは幼い頃から共に過ごし、戦ってきたファリスが自分を信用していないことを知ると僅かに表情を曇らせた。
「ファリス、クレシアは本当にネフィリアの計画を知らなかったんだと思うよ?」
今まで黙っていたカイルがクレシアは無関係の可能性が高いことをファリスに伝える。
カイルの発言にファリスは反応し、クレシアは自分を信じるカイルを見て意外そうな表情を浮かべた。
「真面目なクレシアなら、ネフィリアの計画に気付いたら絶対に止めてたはずさ。それにファリスに信じてもらえなかった時のクレシアの顔はとても辛そうだった。本当に関わっていたのなら、あんな顔はしないはずさ」
ここまでのクレシアの表情や態度から、カイルはクレシアが嘘をついていないと確信しているようだ。
「ファリスだって本当はクレシアは無関係だって気付いてるんだろう? 素直になりなよ」
ファリスは説得するカイルを無言で見つめ、チラッとクレシアに視線を向ける。
カイルの言うとおり、ファリスはクレシアが無関係であることに薄々勘付いていた。だがカイルを追放し、約束を破ったクレシアに対する怒りから無関係であることを受け入れられず、クレシアを責め続けていたのだ。
一番の被害者と言えるカイルがクレシアを信じ、責める言動をしないのを見たファリスは自分が幼稚な考え方をしていたと理解する。
今までのクレシアに対する自身の態度を見っともなく思い、ファリスは軽く息を吐いた。
「……クレシア、アンタを信じてあげるわ。さっき言ったことも取り消す。カイルに感謝しなさい?」
「ファリス……」
敵意を向けていたファリスが自分を信じてくれたことにクレシアは嬉しさを感じる。
本来なら一方的に追放し、幼い頃の約束を破った自分は信じてもらえないはずなのに、カイルとファリスは自分を信じてくれた。クレシアは心の広い幼馴染たちに感謝し、それと同時に二人を裏切ってしまったことに罪悪感を感じるのだった。
「終わったか? なら、話を戻させてもらうぞ」
ウォルレスがカイルたちに声を掛けると、その場にいた全員がウォルレスに視線を向ける。
まだ、ネフィリアの問題が片付いていないため、関係者が全員揃っているこの場で今後のことなどを決める必要があった。
「今回、ネフィリアは北東の林にマンティコアがいることを知っていながら、それをカイルとファリスに伝えずに二人を林へ向かわせた。しかも二人が命を落とす可能性があることを知った上での行動だ。これは冒険者ギルドの規律に反した非常に悪質なものと言える」
事件の内容を振り返るように語るウォルレスは視線を動かし、加害者であるネフィリアを見つめる。
自分が追い込まれた現状と周囲が自分に軽蔑の眼差しを向けていることに気分を悪くしているのか、ネフィリアは誰とも目を合わせずに俯き続けていた。
「規律を破り、同じ冒険者をわざと危険に晒した以上、例えAランク冒険者でも見過ごすことはできん。よって、ネフィリアは現時刻をもって冒険者の資格を剥奪。ギルドから永久追放とする」
「なっ!?」
冒険者の資格を失うと聞き、ネフィリアは思わず顔を上げる。
冒険者でなくなれば効率よく金銭を稼ぐことができなくなり、生活にも支障が出る。何よりも愛するクレシアの傍にいることができなくなるため、ネフィリアは冒険者の資格を失うことを絶対に避けたかった。
「待ってください、ウォルレスさん」
処分を告げるウォルレスにクレシアが声を掛ける。
ネフィリアは危機的状況に立たされている時にクレシアが発言したことから、自分を救おうとしてくれているのではと予想した。
「ネフィリアの処分ですが、少し変更していただくことはできませんか?」
「何?」
予想外の発言にウォルレスは意外そうな反応を浮かべる。
ネフィリアは自分の予想どおりの状況になったことに一瞬驚くが、すぐにクレシアが自分を救おうとしていると考えて笑みを浮かべた。
一方で被害を受けたカイルとファリスは納得できない顔でクレシアを見ている。
チームメイトであるエバンスとグオンも、ネフィリアの行動内容から手を差し伸べる必要は無いのではと感じ、驚きの表情を浮かべていた。
バアルたちゴスペルのメンバーとエファリアは、クレシアは何を考えているのだと疑問に思いながら見つめている。
「今回の一件はネフィリアだけでなく、同じチームにいながらそれに未然に防げなかった私たちにも責任があります。ですから、その責任を取るために私たちプレッジのメンバー全員が処分を受けます」
責任は同じチームのメンバー全員にあるというクレシアの言葉にエバンスとグオンは反応する。
確かに同じチームにいながら、ネフィリアが恐ろしい計画を企てていたことに気付けず、カイルとファリスを危険な目に遭わせてしまったため、自分たちに責任が無いと言えなくはない。
そもそもネフィリアがクレシアに異常な愛情を抱き、幼馴染であるカイルやファリスを毛嫌いしていたことから、いつか今回のような問題が起きてもおかしくないとクレシアたちも日頃から予想していた。
それなのにその問題を今回起こしてしまったため、間接的とは言え、クレシアたちにも責任があると言えるだろう。
エバンスとグオンはクレシアの提案に異議を上げたりせず、無言でクレシアを見ている。真面目なクレシアの話を聞き、彼女の言うとおりだと感じた二人は自分たちも何らかの方法で責任を取るべきだと納得したようだ。
「メンバー全員で責任を取りますので、ネフィリア一人を罰する内容を私たち全員を罰する内容に変更していただきたいのです」
「成る程、そう言うことか」
「……それに、ここでネフィリアをギルドから追放したら、カイルたちに報復するかもしれません。そうさせないためにも、冒険者としてプレッジに残しておいた方がいいと思っています」
「おかしなことをしないよう見張ると言うことか」
ネフィリアの性格を考えると、クレシアの言うとおりカイルたちに復讐する可能性は十分あった。
再びカイルとファリスを危険に晒さないようにするため、資格を剥奪せずにクレシアたちの近くにおいておくのもいいかもしれないとウォルレスは考えた。
クレシアの言葉を聞いたネフィリアは自分を救うために処分を変更したわけではないと知ると、笑みを消して目を見開く。しかも自分が信用されていないことに驚きを隠せず、ネフィリアはただ無言でクレシアを見つめていた。
「お前たちはどう思ってる? 自分たちが処分を受けることに納得してるのか?」
ウォルレスはエバンスとグオンの方を向いて二人の意見を聞こうとする。
「ええ、クレシアの言うとおり、俺たちは問題を防げる立場にありながら、防げませんでしたからね」
「私も同感です」
エバンスとグオンの意見を聞いたウォルレスはチームメイト同士が強い絆で結ばれていると知り、良いチームだと思いながら小さく笑う。
バアルたちもクレシアを見つめ、リーダーらしい少女だと感じていた。
「では、処分はプレッジのメンバー全員が受けることとする。メンバー全員が処分を受けるとなると、今すぐに内容を決めることはできない。内容は明日説明するから、プレッジは朝一番でギルドに顔を出すように」
「分かりました」
ネフィリアの犯行内容を考えれば、メンバー全員が処分を受けることになっても、それなりに重い内容になるかもしれないと予想しながらクレシアは返事をするのだった。
「内容確認と処分に関する話は済んだ。これでネフィリアの一件は終了とする」
問題が解決し、一同はウォルレスに注目する。
バアルたちがウォルレスを見つめる中、ネフィリアだけは下を向き、最悪の結果にならずに済んだと思っているのか、周囲に聞こえないくらい小さく息を吐いて安心する。
ネフィリアの様子から、彼女は自分が窮地を脱することができたと勘違いしているのかもしれない。
「続けてマンティコア討伐に関する確認を行う。クレシア、お前たちは退室してくれ」
「……ハイ」
返事をしたクレシアは立ち上がり、会議室の出入口へと歩いて行く。カイルがどのようにマンティコアを討伐したのか気になるが、いる必要の無い自分たちが残って話を聞くのは図々しいと言える。
何よりもカイルとファリスに迷惑を掛けた自分たちには部屋に残って話を聞く資格は無いとクレシアは考えていた。
クレシアたちが扉の方へ移動する中、ネフィリアはゆっくりと後ろを向いてカイルとファリスを確認する。
カイルとファリスは今回の一件でネフィリアを見損ない、自分たちを死なせようとした性悪女だと怒りを感じており、無言でネフィリアを睨んでいる。
自分に敵意を向けるカイルとファリスを見たネフィリアに小さく舌打ちをする。その目にはクレシアからの信用を失う原因となった二人に対する不満などが宿っていた。
カイルとファリスに睨むネフィリアはクレシアたちと共に会議室を後にした。
プレッジが退室するとバアルたちはウォルレスに視線を向け、カイルとファリスも表情を和らげてウォルレスを見た。
「さて、それじゃあ早速、どのようにマンティコアを倒したのか聞かせてもらうか?」
「分かりました。実は……」
どのようにしてマンティコアを討伐したか、カイルは順を追って説明していった。




