第96話 暴かれる秘密
空が夕日で染まり始め、ヴァリンの冒険者ギルドには依頼を終えた帰還した冒険者たちが依頼完遂の報告をするために集まっている。中には依頼を受けず、ヴァリンの周辺でモンスターを討伐し、討伐したモンスターの部位を受付に提出して報奨金を受け取っている者もいた。
報告や部位の提出を終えた冒険者たちは笑ったり、疲れを露わにしながら冒険者ギルドを出ていく。今日も生きて帰って来れてよかった、そんなことを話しながら冒険者たちは帰路に付くのだった。
冒険者ギルドの一階の奥にあるギルドマスターの執務室では、ギルドマスターであるウォルレスが執務用の机に座り、目の前で並んでいるクレシアたち、プレッジのメンバーを見ている。
プレッジは昼頃にヴァリンの近くに出没するモンスターの討伐へ向かい、少し前に冒険者ギルドへ戻って来た。
受付嬢に討伐したモンスターの部位を提出している時、クレシアたちは偶然ウォルレスと会い、重要な話があると言われて執務室にやって来てのだ。
「ウォルレスさん、大切な話とは何でしょうか?」
「うむ……例のマンティコアについてだ」
今、ヴァリンで最も重要視されている話題が出されてクレシアは軽く目を見開く。勿論、エバンスたち他のメンバーも目を見開きながらウォルレスを見た。
「他の職員と話し合った結果、お前たちが戻って来る少し前にマンティコアを討伐する日時などが決定した」
クレシアたちは質問などせず、黙ってウォルレスの話に聞いている。
マンティコアを討伐する日時が決まり、Aランクチームである自分たちを呼び出したことから、クレシアたちはこの後にウォルレスが言うのか、なんとなく分かっていた。
「明日の朝、三十名の冒険者で編成された討伐隊を北東の林に派遣し、マンティコアを討伐する」
予想していたとおりの内容にクレシアたちは真剣な表情を浮かべた。
プレッジには前からマンティコア討伐に参加するよう要請が出ていたため、クレシアたちは話を聞いても驚いたりせず、いよいよ討伐が始まるのだと気合いを入れる。
「前もって伝えたとおり、お前たちプレッジにも討伐隊に参加してもらう。今日中に準備を済ませ、早朝にギルド前に集まってくれ」
「分かりました。……因みに私たち以外にはどんなチームが参加するのですか?」
今回の作戦は凶暴なモンスターを討伐するという重要な内容だ。上手く連携が取ったり、作戦中に揉めたりしないよう、クレシアは他の冒険者についてウォルレスから聞いておこうと思っていた。
エバンスとグオンも共に戦う者のことを詳しく知っておきたいため、教えてほしいと言いたそうな目でウォルレスを見つめる。
ネフィリアだけは、興味の無さそうな顔をしていた。自分やクレシアの実力を高く評価しているネフィリアはマンティコアなどプレッジだけで問題無く倒せると考えている。そのため、他の冒険者と共闘することに小さな不満を感じているのだ。
「一応、Bランク以上の冒険者の殆どには声を掛けた。あと声を掛けていないのは、セプティロン王国から来たゴスペル。そして、カイルとファリスだけだな」
嘗てチームメイトだったカイルとファリスの名が出た瞬間、プレシアたちは一斉に反応した。
エバンスとグオンは複雑そうな表情を浮かべ、ネフィリアはあからさまに嫌そうな顔をする。
(まったく、あの馬鹿たちの名前はいつ聞いても腹が立つわ。……まぁ、もうすぐアイツらの名前も聞かずに済むようになるんだから、今だけは我慢しましょ)
気分を悪くしながらも、ネフィリアはあと少しだけ耐えればいいと自分に言い聞かせる。
カイルとファリスはユニラビットを狩るため、昼頃にマンティコアが棲みついている北東の林へ向かっており、今もギルドに戻って来ていない。
ネフィリアは現状から、カイルとファリスは既にマンティコアに殺されたか、捕食されていると確信していた。
自分の気に入らない存在を上手く誘導し、この世から消し去ることができたため、ネフィリアは声を上げて喜びたいほど気分を良くしている。
だが、カイルとファリスをマンティコアがいる林に行かせたことをクレシアたちに知られるわけにはいかない。ネフィリアは喜びたい気持ちを押し殺し、クレシアたちに気付かないよう不機嫌そうな表情を浮かべていた。
クレシアは目を閉じながら、何かを考え込んでるかのように俯いていた。
しばらくするとクレシアは目を開け、ゆっくりと顔を上げて口を動かす。
「……ウォルレスさん、討伐の件ですが、カイルには声を掛けないでくれませんか?」
「何? どうしてだ?」
「ファリスはともかく、荷物持ちであるカイルは戦闘になれば役に立ちません」
ウォルレスもカイルがプレッジで荷物持ちをしていたことは知っているため、クレシアの言っていることも一理あると感じている。
しかし、カイルはギルド側がAランクとして認めた存在であるため、連れて行けば何かの役に立ってくれるかもしれないと期待を抱いていた。
「同行させても、マンティコアに標的にされる可能性が出るだけです。ですから、カイルは参加せない方がいいでしょう」
「そうですよぉ。あんな荷物を運ぶことしかできないお荷物なんて、連れて行っても足手まといにしかなりませんって」
不機嫌そうにしていたネフィリアはクレシアがカイルの参加に反対する素振りを見せた途端、満面の笑みを浮かべながらカイルを見下す発言を始める。既にこの世にいない存在だとしても、気に入らない相手を罵倒する機会があるのなら、遠慮なく馬鹿にしてやろうと思ったのだろう。
エバンスはギルドマスターの許可を得ずに勝手に発言し、しかもチームメイトだった存在を平気で馬鹿にするネフィリアを見て呆れ顔になる。
グオンも見慣れているとはいえ、遠慮なく暴言を口にするネフィリアを見ながら深く溜め息をついた。
「あんなクレシアのおかげでAランクになれたようなガキなんて、いない方が討伐隊のためですよ。寧ろアイツを連れて行けば討伐隊が全滅するかもしれません」
「ネフィリア、やめろ」
気分良く喋っていたネフィリアをクレシアが制止する。その声は僅かに低く、ネフィリアの発言に気分を悪くしているように見えた。
「えぇ~、どうしてよぉ? クレシアだって、アイツは足手まといになるって言ってたじゃない。だから私も、疫病神を参加せない方がいいって――」
「ネフィリアっ!」
執務室にクレシアの怒鳴るような声が響き、ネフィリアは驚いて口を閉じる。
クレシアはネフィリアの方は向かず、俯きながら拳を震わせており、機嫌を悪くしているのが一目で分かった。
エバンスとグオンも不機嫌なクレシアに驚き、目を見開きながら固まっている。過去に何度か怒ったクレシアを見たことがあるが、今回のクレシアは特に迫力があった。
「それ以上、あのカイルを侮辱するようなことを言うんじゃない。いいな?」
「わ、分かったわよぉ~」
クレシアの機嫌を損ねたのを見て、ネフィリアもこれ以上の発言はマズいと感じたのか言うとおりにする。
普段のネフィリアなら、クレシアの機嫌を損ねてしまったと大きなショックを受けていただろう。
しかし、カイルとファリスが死んだことを知ってクレシアが傷ついた際に慰めれば、クレシアから大きく感謝されるはずなので、怒らせても気にしなかった。
ネフィリアが静かになると、クレシアは感情的になった自分を落ち着かせるために静かに深呼吸し、冷静さを取り戻するとウォルレスに視線を向ける。
「カイルはAランクではありますが、モンスターと戦えるだけの技量はありません。アイツがまともに戦えるようになるまでは、危険度の高い依頼には参加させるべきではないと私は考えています」
ウォルレスはカイルに声を掛けてほしくない理由を聞き、無言でクレシアを見つめる。
世間ではカイルは力が弱く、足手まといになるためプレッジから追放されたことになっているが、ウォルレスはカイルが追放された本当の理由を知っている。
ウォルレスはカイルが追放されたと知った時、追放した理由をクレシアに直接尋ねていた。
問いかけられたクレシアは自分の恩人であり、幼馴染であるカイルを危険な依頼に参加させないため、カイルがAランク冒険者として力を付けるまでの時間を与えるためにプレッジから追放したことを素直に話した。
理由を聞かされた時のウォルレスはクレシアがカイルのためを思ってやったのだと知り、追放の一件でクレシアの判断を否定したりはしなかった。
マンティコアのことを伝えないでほしいと頼んだのも、カイルを守るためだと理解しているため、ウォルレスはクレシアの頼みを頭ごなしに断ろうとは考えていない。
ウォルレスは目を閉じながら考え込み、しばらくすると静かに息を吐きながらクレシアを見る。
「……分かった、カイルには伝えないようにしよう。ただしその分、お前にはしっかりと働いてもらうからな?」
「ありがとうございます」
クレシアは嬉しそうに微笑みながら軽く頭を下げて礼を言う。
ネフィリアは感謝するクレシアの様子を見て、これだけクレシアに大切に思われているカイルに嫉妬し、周りには聞こえないくらい小さく舌打ちをする。
「では、マンティコアの討伐にはファリスとゴスペルに参加してもらうことにしよう。あとはAランクを援護するBランクの冒険者を何人か……」
ウォルレスはAランク以外で討伐隊に加える冒険者について、クレシアたちに説明しようとした。その時、執務室の扉が勢いよく開いて眼鏡を掛けた水色の髪の受付嬢が部屋に飛び込んでくる。
扉が開いた音を聞き、ウォルレスやクレシアたちは一斉に扉に視線を向けた。
「ギルドマスター、失礼します!」
「どうした、そんなに慌てて……」
「い、急いで広間まで来てください!」
慌てた様子の受付嬢を見て、ウォルレスは何か問題が起きたと直感して立ち上がる。
「儂は広間へ行く。念のためにお前たちも来い」
「あ、ハイ」
ウォルレスはクレシアが返事をすると、受付嬢と共に執務室を出ていく。
クレシアたちもウォルレスの後に続き、広場で何が起きたのか考えながら早足で移動する。
廊下を移動し、広間に近づくと大勢がざわつく声が聞こえてくる。
声を聞いたウォルレスたちは緊迫した表情を浮かべながら広間に入った。その直後、目の前の光景を見たウォルレスやクレシアたちは目を大きく見開く。
顔に大きな切傷を付けたマンティコアの頭部が床に置かれており、その近くにはカイルとファリス、バアルたちゴスペルのメンバーが立っている。周りにはマンティコアの頭部を見ながら騒いでいる冒険者たちの姿もあった。
「こ、これは……」
ウォルレスはマンティコアの頭部を見て愕然とする。
目の前にある頭部は明日、討伐隊が倒すマンティコアの物であるのは間違いない。だが、何があったのかは全く分からないため、まずは受付嬢から詳しい話を聞くことにした。
「いったい何があったんだ? 説明してくれ」
「は、ハイ。……先程、カイルさんとファリスさんがゴスペルの皆さんと一緒にマンティコアの頭部を持って帰って来たんです。お話を聞いたところ、北東の林でマンティコアと遭遇したため、討伐したと……」
「なっ!?」
受付嬢の話を聞いたウォルレスは再び驚きの反応を見せ、マンティコアの頭部に視線を向ける。
明日討伐するはずのマンティコアが倒されたことには当然驚いたが、それ以上にバアルたちがマンティコアを倒したことに衝撃を受けていた。
上位冒険者が大勢で挑んでようやく倒せるモンスターを僅か五人で倒すなど、普通ではあり得ないことだからだ。
しかしマンティコアの頭部を持ち帰ったことから、本当に五人でマンティコアを討伐したのだとウォルレスは悟り、無言でバアルたちを見つめる。
「お、おい、クレシア、いったいどうなってるんだよ。受付の姉ちゃんはカイルとファリスがマンティコアを倒したって言ってたが……」
「私に聞かれても困る……」
状況を理解できずにいるエバンスに、クレシアは目を見開きながら答える。
理解できないのはクレシアも同じで、本当にカイルとファリスがマンティコアを討伐したのかと驚きながら疑問に思っていた。
驚いているクレシアを見たエバンスは視線をカイルとファリスに向け、信じられない顔で二人を見つめる。
グオンもエバンスの隣でまばたきをしながらマンティコアの頭部を見ていた。
クレシアたちが驚く中、最も驚いていたのはネフィリアだった。既に死んでいるはずのカイルとファリスが目の前におり、しかもマンティコアの頭部を持ち帰ったため、ネフィリアは驚愕しながらカイルとファリスを見ている。
(な、何でアイツら生きてんのよ!? アイツらの力じゃあ、マンティコアを倒すどころか逃げることだってできないはず。なのに、どうしてピンピンしてんのよ!)
予想外の事態にネフィリアは固まる。それと同時に大きな危機感を感じていた。
ネフィリアの計画では、カイルとファリスはマンティコアのことを知らずに北東の林へ向かい、運悪くマンティコアに襲われて死ぬことになっていた。
だが死ぬはずだった二人は生きてヴァリスに戻って来たことで、ネフィリアが北東に林に行かせたことやマンティコアの情報を教えなかったことがクレシアたちにバレる可能性が出てきた。
気に入らない存在を消すはずだったのに、逆に危機的状況に立たされたネフィリアは焦りながらカイルとファリスを見つめる。
クレシアたちがカイルたちを見ていると、ウォルレスが受付嬢を連れてゆっくりとカイルたちの方へ歩いて行く。
マンティコアの頭部の前にいたカイルとファリス、近くにいたバアルたちはウォルレスに気付くと一斉に視線を向ける。
「お前たち、マンティコアを倒したそうだが、怪我は無いのか?」
「え~っと……怪我は、しましたね。でも、バアルたちがポーションを分けてくれたおかげで治りました」
苦笑いを浮かべるファリスはバアルたちの方を向き、自身に何が起きたのかウォルレスに説明した。
ウォルレスがバアルたちの方を向くと、自分を見ながら無言で頷くバアルが目に入り、ファリスの言っていることは真実だと悟る。
ファリスがポーションで助かったことを知ったウォルレスは安心したのか静かに息を吐く。
既に一人前の冒険者ではあるが、自分の教え子が負傷したと聞けば、やはり師匠として心配になるのだろう。
「色々聞きたいことはあるが、まず確認させてもらうぞ? ……どうして北東の林へ行ったんだ?」
マンティコアが棲みついて危険な場所にどうして向かったのか、ウォルレスは真剣な表情を浮かべながらカイルたちに尋ねた。
ファリスは先程まで浮かべていた苦笑いを消し、ウォルレスと同じように真面目な顔になる。隣にいるカイルは僅かに表情を曇らせながら軽く俯いた。
「それについて詳しく説明するので、場所を変えてもらっていいですか?」
「ああ、分かった」
「それと、説明の場にゴスペルとクレシアたちも同席させてほしいんです」
「何?」
同行していたゴスペルはともかく、クレシアたちプレッジの同席まで求めてきたことにウォルレスは意外に思う。
なぜクレシアたちも一緒なのか理由は分からないが、ファリスが意味も無いことを言うとは思っていないウォルレスは何か深いわけがあるのだろうと考えた。
「……分かった。同席を認める」
「ありがとうございます」
頭を下げて礼を言うファリスを見たウォルレスはクレシアたちの下へ向かい、話し合いに同席するよう伝える。
同席を指示されたクレシアたちは不思議そうな表情を浮かべてファリスの方を向く。ただ一人、ネフィリアだけはファリスと目を合わそうとせず、落ち着きの無さそうな顔をしていた。
(ネフィリアのあの顔、もしかして、本当にバアルの言うとおりだったっていうの……?)
林でバアルが話したとおり、ネフィリアはわざとマンティコアのことを言わなかったのではとファリスは推測する。
自分とカイルを抹殺するためにマンティコアの情報を教えず、運悪く死んだことにしようとした。もしそれが真実なら許すことはできない。ファリスはネフィリアを睨みながら拳を強く握る。
(ネフィリア、これからアンタの悪事を暴露してやるから覚悟しなさい。……そして、クレシア。アンタの本心も確かめさせてもらうからね)
最も許せない存在から、自分やカイルを裏切ったクレシアに視線を向けたファリスは心の中でクレシアに語り掛ける。
今回のマンティコアの一件がネフィリアの独断か、それともクレシアがネフィリアに指示したものなのか。もしも後者だった場合、ファリスはクレシアにもそれなりの報いを受けさせるつもりでいた。
やがてクレシアたちへの説明を終えたウォルレスはバアルたちに場所を変えることを伝え、冒険者ギルドの奥へ移動する。
クレシアたちもウォルレスの後をついて行き、バアルたちもマンティコアの頭部をその場に残してギルドの奥へ向かうのだった。
――――――
冒険者ギルドの奥にある会議室へ移動した一行は、部屋の中央にある長方形の机を囲むように椅子に座る。
カイルとファリス、そして同行していたバアルたちは向かいの席に付いているクレシアたちを無言で見つめる。
クレシアたちも同じように目の前で座る黙ってカイルたちを見ていた。
ウォルレスは双方に確認し、話し合いを始められる状態になるとカイルとファリスの方を向く。
「さて、早速だが先程の続きを聞かせてもらうぞ。……どうしてお前たちは北東の林に行ったんだ? あそこにはマンティコアが棲みついているため、近づかないよう警告がいっていたはずだ」
「……まず、あたしとカイルはあの林に行くまで、マンティコアが棲みついていることを知りませんでした。依頼でヴァリンの外に出ていたため、マンティコアに関する情報を一切聞かされていなかったんです」
「成る程、外に出ていたのなら、知らないのは当然だな」
マンティコアが林に棲みついたのは昨日で情報もギルドに入ったばかりだ。ヴァリンにいなかったカイルとファリスが情報を知らず、ギルドから聞かされていなくても不思議ではないと、ウォルレスはファリスの説明を聞いて納得する。
ファリスの話を聞いたウォルレスは続けてカイルとファリスに同行していたバアルたちに視線を向けた。
「バアル、受付嬢から聞いた話では、お前さんたちゴスペルも北東の林にいたそうだが、お前さんたちはなぜ林にいたんだ?」
「マンティコアを倒すためですよ」
バアルは林にいた理由を隠さずに正直に話す。
「俺たちは他の冒険者がマンティコアのことを話しているのを聞き、討伐するために林に向かいました。そこで偶然、カイルとファリスがマンティコアに襲われているのを目にし、二人を助けたんです」
「二人を助けた、ということはマンティコアを倒したのはお前さんたちなのか?」
「いいえ、止めを刺したのはカイルです」
「何っ?」
予想外の言葉にウォルレスは目を思わず見開く。
ウォルレスだけでなく、クレシアたちプレッジのメンバーたちも驚いてバアルに視線を向ける。
カイルは今まで荷物持ちとして活動しており、モンスターとまともに戦ったことが無い。冒険者としての実力が乏しいカイルがマンティコアを倒したことが信じられないクレシアたちは本当にカイルが止めを刺したのかと内心疑っていた。
だが、実際にマンティコアの頭部を持ち帰ったため、少なくともカイルたちがマンティコアを倒したのは事実だ。
「本当にカイルがマンティコアを倒したのか? いったいどうやって……」
「……今はそんなことよりも重要な話があります」
バアルはウォルレスの質問に答えず、カイルとファリスの方を向いて目で何かの合図を送る。
ファリスはバアルを見ると目を鋭くしてウォルレスの方を向いた。
「ウォルレスさん、あたしとカイルは北東の林にユニラビットがいると言う情報を聞かされ、素材を手に入れるために林へ行ったんです」
「ユニラビットだと?」
ウォルレスはファリスの言葉に反応して聞き返す。同時にクレシアたちプレッジのメンバーも驚いたような表情を浮かべてファリスに注目する。
「もし、林にマンティコアがいると知っていたら、あたしとカイルはユニラビットを狩りに行ったりしませんでした。万が一遭遇して襲われれば、殺される可能性が高いですからね」
ファリスもマンティコアが危険なモンスターであることは十分理解している。高価な素材が手に入るチャンスだとしても、凶暴なモンスターがいると分かっていれば林に行こうとは考えなかった。
「確かに北東の林でユニラビットが目撃されたという情報はギルドに入っている。だが、北東の林にはマンティコアが棲みついているため、冒険者たちが狩りに行かないよう一部の者にしか教えていない。……誰からユニラビットの話を聞いたんだ?」
情報を誰から聞いたのか、ウォルレスは僅かに目を鋭くして尋ねる。
ユニラビットの情報はギルド関係者や一部の冒険者にしか話していないため、ウォルレスの頭の中には情報を知っている者の名前が全て浮かんでいる。情報を教えた者が分かったらすぐにその人物から話を聞くつもりでいた。
ファリスは情報を教えた者について聞かれると、この時を待っていた、という思いを抱きながらクレシアたちの方を向き、ネフィリアを睨みながら彼女を指差す。
「ネフィリアですよ」
「えっ!?」
クレシアはファリスの言葉に耳を疑い、信じられないような顔をしながらネフィリアを見る。
エバンスとグオン、ウォルレスも驚きの反応を見せながらネフィリアに視線を向けた。
ネフィリアはクレシアたちが注目する中、ファリスを見ないよう目を逸らしながら黙り込む。恐れていた事態になり、ネフィリアは内心焦りながらどうやってこの場を切り抜けるか考えた。
「クレシア、ファリスの言っていることは本当なのか?」
「……ええ、本当よ」
返事を聞いたクレシアは大きく目を見開く。
クレシアはカイルとファリスにユニラビットの情報を伝える際、マンティコアの情報も伝えるよう確かにエバンスたちに指示した。
だが、カイルとファリスはマンティコアのことを知らず、ユニラビットが林に生息していることだけを知っていたため、クレシアはネフィリアがマンティコアの情報を教えなかったのではと疑っていた。
ウォルレスもプレッジのメンバーに直接情報を教えたため、クレシアたちがユニラビットとマンティコアのこと認識していると知っている。そして情報を教えた際、ウォルレスは被害を出さないようにするため、マンティコアのことをできるだけ他の冒険者に伝えるよう指示していた。
しかしファリスの話を聞く限り、ネフィリアはカイルとファリスにマンティコアのことは教えず、ユニラビットの情報だけを教えた可能性が高い。
もし、わざとユニラビットの情報だけを教えていたのだとしたら、それは悪意のある行動と見なされるため、ウォルレスはそれなりの処分を下す必要があると考えていた。
「でも、勘違いしないでね、クレシア? 私はちゃんとマンティコアがいることも二人には伝えたわ」
ネフィリアの言葉にカイルとファリスは驚愕する。
情報を聞かされた時、ネフィリアはマンティコアがいるとは一言も言っていなかった。
カイルとファリスは状況からネフィリアが保身のために嘘をついているとすぐに理解した。
「私はマンティコアがいるから、ユニラビットはマンティコアがいなくなってから狩った方がいいって言ったのよ? でもこの子たち、すぐに高い素材が欲しいって、私の制止を振り切って行っちゃったのよ」
悲しそうな声を出すネフィリアは俯きながら口に片手を当て、カイルとファリスを止められなかったことを悔いているような素振りを見せた。
ネフィリアの姿を見たクレシアたちは、危険な行動を取ろうとしていた二人を必死に止めようとしていたのかもしれないと考える。
クレシアたちが真実が分からずに悩んでいる中、ネフィリアが嘘をついていると知っていたファリスは険しい表情を浮かべながら立ち上がり、机を両手で強く叩く。
真実を隠し、自分とカイルに非があるようなことを言うネフィリアにファリスは猛烈に腹が立っていた。
「ふざけるんじゃないわよっ! アンタ、あたしが林に他にモンスターがいないか聞いた時、あたしたちでも倒せる奴しかいないって言ったじゃない。それにあたしたちが林に行ったのは、アンタが早く行った方がいいって勧めたからでしょう!」
「はあぁ? いくら自分が酷い目に遭ったからって、いい加減なことを言って私のせいにするのはやめなさいよね」
先程まで辛そうな態度を取っていたネフィリアは顔を上げ、普段カイルとファリスを挑発する口調で言い返す。
あくまでも自分に責任は無いと言い張るネフィリアにファリスは奥歯を強く噛み締める。
「いい加減なことを言ってるのはアンタでしょう! 自分の身を守るためにそんな嘘をついて、恥ずかしいと思わないの!?」
「ファリス、落ち着くんだ」
感情的になるファイスをウォルレスが冷静に宥める。
声を掛けられたファリスは若干不満そうな顔をしながらも、言われたとおり落ち着きを取り戻して椅子に座った。
ネフィリアはウォルレスに止められたファリスを見て気分を良くしてクスクスと笑う。
ファリスが落ち着くとウォルレスは疲れたように静かに息を吐き、黙っているカイルの方を向いた。
「カイル、お前もファリスと一緒にネフィリアから情報を聞いたのだろう? ネフィリアはマンティコアのことを話したのか?」
「いえ、僕も弱いモンスターしかいないとしか聞いてません」
カイルはウォルレスを見ながら、マンティコアについて何も聞かされなかったことを伝える。
今のカイルは竜帝の霊鎧が使えるようになり、マンティコアを倒したことで少しだけ自分に自信が付いたのか、以前のような自信の無さげな雰囲気は見せなかった。
ウォルレスはカイルもファリスと同じだと知ると腕を組み、難しい顔をしながら考える。情報が少ないため、今はまだどちらの言い分が正しいのか分からなかった。
「クレシア、お前はどう思っている?」
他の者の意見を聞いてみることにしたウォルレスはクレシアに声を掛ける。
プレッジのリーダーであり、長い間カイルたちと共に活動していたクレシアの意見を聞けば、どちらが真実を言っているのか分かるのではとウォルレスは考えていた。
「……私は誰よりも二人のことを理解しているつもりです。カイルとファリスは他人を貶めるためにいい加減なことを言ったりはしません」
「クレシア……」
自分とファリスのことを分かってくれているクレシアにカイルは微笑みを浮かべる。
例えチームを追放しても、幼馴染である自分たちの味方をしてくれるのだとカイルは嬉しさを感じていた。
逆にネフィリアはクレシアの発言を聞いて驚きと焦りを感じていた。クレシアがカイルとファリスを大切に思っていることは知っていたが、現状で追放したカイルとファリスの味方をするとは思っていなかったようだ。
「とは言え、ネフィリアが二人を罠に掛けようとしたとも思えません。ネフィリアが二人を良く思っていないことは知っていますが、命を奪うようなことまでするとは思っていません」
「ありがとう、クレシア。お姉さん、嬉しいわぁ」
クレシアが自分のことも仲間として信じていると知り、ネフィリアは笑みを浮かべながら礼を言う。顔は笑っているが、内心では自分が嘘をついていると気付いていないことにとても安心していた。
カイルはクレシアの発言に笑みを消して暗い顔で俯く。
リーダーだからチームメイトを信じる気持ちは分かるが、殺されかけた幼馴染の言うことを完全に信じてくれたないことに対してカイルはショックを受けていた。
ファリスも真実を知らないとはいえ、何を考えてるか分からないネフィリアの肩を持つクレシアに気分を悪くする。
クレシアの言動を目にしたファリスは、クレシアがネフィリアと手を組んで自分たちを消そうとしていたのでは、という疑いの意思をより強くするのだった。
「でも、僕とファリスは嘘は言ってません。ネフィリアからマンティコアの情報を聞いていないのは本当です」
「いい加減にしなさいよねぇ! いつまでもくだらない嘘をつくんじゃないわよ」
真実を言っていると主張するカイルにネフィリアは強い口調で言い返す。クレシアたちが真実に気付かず、悩んでいる今の内に強気に出て、自分が嘘をついていないとクレシアたちに思わせ、有利な立場を作ろうと考えたようだ。
「私はマンティコアの情報をちゃんと教え、アンタたちは私の忠告を無視してユニラビットを狩りに行った。それが事実よ。見っともないからさっさと自分たちの過ちを認めなさいよね」
「何ですってぇ!? それはこっちの台詞よ。アンタこそ、いい加減に嘘をついてるって認めなさいよ!」
「私は嘘なんてついて無いわよぉ~。というか、そこまで言うのなら私が嘘をついてるって証拠を見せてみなさいよ」
ファリスはネフィリアの要求に言い返すことができず、悔しそうな顔で黙り込む。
今ファリスの手元には、ネフィリアが自分とカイルにマンティコアの情報を教えなかったという証拠は無い。
ユニラビットの情報を聞かされた時、カイルたちの周りには他の冒険者たちがいたため、彼らから話を聞いて証拠を手に入れると言う手もある。
だが、情報は小声で聞いていたので他の冒険者にファリスたちの会話が聞こえていた可能性は低い。つまり、他の者からネフィリアが情報を話していたかどうか確認するのは難しいということだ。
ネフィリアが情報を話さなかったことを証明するのが難しく、ファリスは奥歯を強く噛み締める。
カイルも自分たちが不利なことを感じ取って表情を曇らせていた。
反論しないカイルとファリスを見たネフィリアは自分が有利な立場だと知り、二人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
ウォルレスやクレシアたちも言い返せない二人を見て、証拠は無いと直感していた。
「証拠は無いが、証明することはできるぞ」




