第95話 疑惑
後方でカイルの戦いを見ていたバアルは杖を肩に掛けながら笑みを浮かべる。
マンティコアはエファリアのレベル上げ、強力なモンスターとの戦闘経験を積ませるために利用するつもりだったが、同じ勇者候補であるカイルが竜帝の霊鎧を使えるようになり、冒険者としての自信を付けることができたので、本来と違う結果になっても満足していた。
「竜帝の霊鎧を使っている時のカイルはレベル75相当の強さを得る。間違いなくアイツは今、この世界でも屈指の実力者と言えるだろうな」
異世界に来て初めて自分や眷属たちに近い力を持つ者を見つけたことができた。これで魔王としての使命を果たすのに一歩近づいたとバアルは感じる。
「……とは言え、竜帝の霊鎧ではレベル75以上の強さは得られない。世界屈指の力を得ても今の状態では勇者じゃなく、勇者の仲間になるのが限界だろうな」
竜帝の霊鎧を使ったカイルでも、魔王ゼブルとしての自分は勿論、レベル90の眷属たちに勝つのも無理だとバアルは確信していた。
本当の意味で勇者にするには、エファリアのようにカイル自身を強くし、レベルを90以上に上げる必要がある。
ただ、現時点では二百年前の魔王を倒した勇者の子孫であるエファリアを勇者にするつもりいるため、レベル上げをする際はカイルよりもエファリアを優先するつもりでいた。
「とりあえずはこれまでどおり、エファリアを勇者の第一候補として強くすることにするか」
バアルは方針を大きく変えることなく活動を続けることを決め、離れた所でカイルを見ているエファリアに視線を向けた。
「う、う~ん……」
気絶していたファリスは意識を取り戻し、ゆっくりと目を開ける。
自分に何があったのか、ファリスは意識が朦朧とした状態で記憶を辿る。そして、マンティコアの攻撃で負傷したことを思い出すと驚きの表情を浮かべながら起き上がった。
「……マンティコアは? アイツはどうしたの!?」
「よぉ、気が付いたか?」
突然声を掛けられ、ファリスは声が聞こえた方を向く。そこには自分を見下ろすエルフの少年の姿があった。
「あ、アンタ誰よ?」
「おいおい、目を覚ましていきなりそれかよ」
「あ……ご、ゴメン」
呆れたような顔をするエルフの少年を見て、ファリスは失礼な反応を取ったことを認識して謝罪する。
「俺はバアル。Aランクチーム、ゴスペルのメンバーだ。よろしくな」
「あ、あたしはファリス。今は事情があって幼馴染と……て、こんなことしてる場合じゃないわ!」
普通に挨拶をしていたファリスはマンティコアと戦っていたことを思い出し、緊迫した表情を浮かべながら立ち上がる。
「マンティコアはどうしたの? それにカイルは、あたしの連れは何処!?」
「ああぁ、カイルならあそこだ」
バアルはそう言ってカイルがいる方を指で指す。
ファリスはマンティコアが近くにいるのに目の前にいるエルフはどうして冷静でいられるのだ、と疑問を抱きながらバアルが指差す方を向く。すると傷だらけで動かなくなっているマンティコアとその前で自分に背を向けて立つ翡翠色の全身甲冑の騎士が視界に入る。
マンティコアと騎士の姿を見てファリスは驚愕して言葉を失うが、状況からすぐにマンティコアが全身甲冑の騎士に倒されたのだと理解した。
しかし、肝心のカイルの姿は見当たらず、ファリスは広場を見回してカイルを探す。
「ちょっと、何処にもいないじゃない」
「いるよ。あの騎士だ」
「……え?」
バアルの言葉に耳を疑うファリスは目を見開きながら、翡翠色の騎士に視線を戻す。マンティコアの目の前にいる騎士がプレッジで最弱だったカイルだと言われたのだから驚くのは当然だ。
ファリスが騎士の方を向いた直後に騎士は振り返り、意識を取り戻したファリスを見て手を振った。
「ファリス、気が付いたんだね!」
全身甲冑の騎士がカイルの声を出したのを見て、ファリスは再び驚きの反応を見せる。
カイルが見たことの無い全身甲冑を身に付けていることにも驚いたが、それ以上にカイルがマンティコアを倒したことに衝撃を受けていた。
カイルはファリスの状態を確かめようと走ってファリスの下へ向かう。
全身甲冑である竜帝の霊鎧を身に付けているのだから、走る速度は遅くなり、体力の消費も激しいと普通なら考えるだろう。
だが、カイルの走る速度は竜帝の霊鎧を装備する前と比べて速くなっており、カイル自身も疲れを一切感じていない。竜帝の霊鎧を身に付けてステータスが向上したため、走るのが速くなり、疲れも感じなくなっているのだ。
ファリスの前までやって来たカイルは改めてファリスの状態を確認する。
バアルのおかげで傷は治ったが、まだ体に異常があるのではと心配するカイルはファリスの顔や体を細かく確かめた。
「ファリス、大丈夫? どこか痛むところは無い?」
「え? ……え、ええ、大丈夫よ」
気高さを感じさせる全身甲冑を身に付けながら、自分を心配する姿にファリスは目を丸くする。
声だけでなく口調や態度も自分の知っているカイルと同じなため、ファリスは目の前の騎士は本当にカイルなのだと悟った。
「ね、ねぇカイル。アンタ、その鎧どうしたのよ? 何処で手に入れたの? と言うかそんな鎧、此処に来る時に持ってなかったじゃない」
意識を失くしている間に何が起きたのか気になるが、今はカイルが装備している全身甲冑のことが気になるため、ファリスはカイルに詳しい話を聞こうとする。
問いかけるファリスを見たカイルは竜帝の霊鎧のことを詳しく説明するため、とりあえず竜帝の霊鎧を外して元の姿に戻ることにした。
ただ、どうすれば竜帝の霊鎧を外すことができるのかは分からなかった。
「ば、バアル、これってどうすれば脱げるの?」
勇ましい姿をしながら焦った口調で尋ねるカイルを見て、バアルは情けなさを感じたのか軽く溜め息をついた。
「装備した時と同じようにやればいいんだ。頭の中で外したいと思えばいい」
「そ、そうなんだ……」
問題無く外せると知ったカイルは安心し、言われたとおり竜帝の霊鎧を外したいと考える。するとカイルの体は装備した時と同じように緑色の光に包まれた。
突然光り出したカイルにファリスは驚き、カイルの身に何が起きたのかと不安になる。やがて光が治まり、騎士がいた場所が見えるようになると、そこには元の姿に戻ったカイルが立っていた。
元の姿に戻ったカイルを見てファリスは軽く目を見開くが、何ともないことを知ると安心したのか軽く息を吐いた。
自分が元の姿に戻ったのを確認したカイルは小さく笑いながらファリスを見る。
ファリスもカイルが笑う姿を見て、改めていつものカイルだと感じて笑みを返した。
「さてと、それじゃあ聞かせてもらうかしら? さっきの全身甲冑は何なの?」
「あぁ、あれはこれだよ」
そう言ってカイルは左手を出し、手の中にある翡翠色の騎士の人形を見せる。
人形を見たファリスはそれが幼い頃、クレシアと共にカイルにプレゼントした物だとすぐに気付いた。
「これってあたしたちがあげた人形よね?」
「うん。実はこの人形、さっきの鎧を出すためのマジックアイテムだったんだ」
「えっ、マジックアイテム?」
幼い頃に手に入れた人形がマジックアイテムだと聞かされたファリスは驚きの反応を見せた。
驚くのは当然だ。カイルにプレゼントした人形はファリスとクレシアが幼い頃、故郷の村を訪れた旅の商人から安く売ってもらった物なのだから。
安い人形が強力な全身甲冑を出すマジックアイテムと言われれば誰だって驚き、本当にマジックアイテムなのかと疑うだろう。
だが、実際にカイルは人形と同じ翡翠色の全身甲冑を身に付けており、それを消して見せた。
ファリスはカイルの言ったとおり、自分がプレゼントした人形が本当にマジックアイテムなのだと理解するのだった。
「まさか、あたしたちがプレゼントした人形がマジックアイテムだったなんて……だけど、そんなに凄いマジックアイテムなら、どうして今まで使わなかったのよ?」
「僕もこれがマジックアイテムだと知ったのはついさっきなんだ。これが鎧を出すアイテムで、封印されていたから今まで使えなかったんだって、このバアルから教えてもらったんだ」
カイルが隣で会話を聞いていたバアルに視線を向けると、ファリスもつられるようにカイルを見つめる。
自分も知らなかった人形の秘密を知っており、使い方まで教えたバアルは何者なのか、ファリスはバアルを見ながら疑問に思う。
「それに彼は僕たちをマンティコアから助けてくれたんだ。彼がいなかったら僕たちは今頃、マンティコアに食べられていたと思うよ……」
「そうだったの。……ありがとう、助かったわ」
「別に気にしなくていい」
バアルはファリスを見ながら軽く首を横に振る。エファリアを強し、カイルを守るついでに助けたため、感謝してほしいとは思っていなかった。
「バアルさーん!」
三人が話していると、リーテがランハーナとエファリアを連れてやって来た。
バアルはリーテたちを見ると、今後の活動のため、そして勇者候補であるカイルの情報を手に入れやすくするためにも、カイルとファリスにリーテたちを紹介しておいた方がいいだろうと考える。
「紹介するよ。俺のチームメイトのリーテとランハーナだ。二人とも戦士職で、そこらの冒険者よりは遥かに強い」
紹介されたリーテは若干恥ずかしそうな顔をしながら軽く頭を下げる。ランハーナもカイルとファリスを見ながら笑みを浮かべ、手を振って挨拶をした。
「そっちの子はエファリア。ゴスペルのメンバーじゃないが、事情があって一緒に行動してる」
「よろしく」
エファリアもカイルとファリスの方を向いて頭を下げた。
「カイル・ファルメーズです。よろしくお願いします」
「ファリスよ。正直、こんな所で噂の冒険者たちに会えるとは思わなかったわ」
ファリスもバアルたちの活躍はよく耳にしており、前々からどんな冒険者なのか気になっていた。
いつか会って挨拶するつもりでいたが、今回意外な形でバアルたちと出会い、命まで救われたため、ファリスはある意味で今日は運が良いと感じていた。
「ところで、アンタたちはどうして林にいるんだ?」
バアルはなぜマンティコアが棲みついている林にいるのかという、最も疑問に思っていることを確かめるためにカイルとファリスに尋ねる。
林にいる理由を聞かれたカイルとファリスは反応し、お互いの顔を見た後に僅かに表情を曇らせた。
「この森にユニラビットがいるって聞いて、活動資金を手に入れるためにユニラビットを狩りに来たんだ」
「ユニラビット、確か角や皮が高値で売れるモンスターだったな」
EKTの世界にもユニラビットは存在していたため、バアルも素材が高いことを知っていた。
ただ、マンティコアがいる林にユニラビットが生息していることは今知ったため、意外そうな顔でカイルとファリスを見つめる。
「林にはユニラビット以外には下級モンスターしかいないって聞いたから大丈夫だと思ってたんだけど、まさかマンティコアがいたなんて……」
「……そのユニラビットがいるって情報は誰から聞いたんだ?」
聞いたことの無い情報をどうやって得たのか気になるバアルはファリスに尋ねた。
「知り合いの冒険者からよ。嫌いな奴だけど一応話を聞いたの」
「因みにその冒険者って言うのは?」
「ネフィリア・レマナンズ。あたしたちが以前いたチームのメンバーよ」
「……それはちょっと妙だな」
情報源がプレッジのメンバーだと聞かされたバアルは難しい顔をしながら呟く。
ファリスとカイルはバアルの意味深な言葉を聞き、不思議そうな表情を浮かべる。
「ギルドの職員から聞いたんだが、プレッジはヴァリンでも優秀なチームであり、ギルドマスターから強く信頼されてるんだろう?」
「ええ」
「優秀で信頼されていることから、プレッジはヴァリンやその周辺の重要な情報をいち早くギルドから教えてもらえると聞いた」
「そのとおりよ」
ファリスは真剣な表情を浮かべながらバアルの言っていることを認めた。
プレッジは実力があり、ギルドマスターであるウォルレスとの関係から、下位の冒険者ではすぐに得られない情報を真っ先に冒険者ギルドから教えてもらうことができた。
これは決してウォルレスがプレッジを特別扱いされているわけではなく、優秀な冒険者であれば誰でもあり得ることだ。
真っ先に教える理由は下位冒険者では対処できない事件や問題に関する情報などを教えることで、状況が悪化する前、悪化した際などに問題無く対処できるようにするためだ。
バアルは冒険者ギルドから強い信頼を得ているプレッジなら、ヴァリン周辺の情報をギルドマスターから聞かされているはずなので、北東の林にマンティコアが棲みついていることも聞かされているはずだと考えていた。
それなのに、プレッジのメンバーがチームを抜けたとは言え、カイルとファリスにマンティコアの情報を教えないのは不自然だと感じていたのだ。
「カイルが倒したマンティコアはヴァリンの冒険者ギルドが上位冒険者を集めて討伐しようとしていた存在だったんだ。となると、プレッジもマンティコアの情報をギルドマスターから聞かされている可能性は高い」
「……何が言いたいの?」
「もしかすると、そのネフィリアって冒険者はマンティコアのことを知っていて、わざとアンタたちに教えなかったんじゃないか?」
バアルのとんでもない発言にカイルとファリスは愕然とする。
話を聞いていたリーテとエファリアも、嘗てのチームメイトに重要な情報を教えなかったと聞いて目を大きく見開く。
「そ、そんな……じゃあ、ネフィリアは今北東の林に行くのは危険だと知っていて、僕たちにユニラビットの情報だけを教えたってこと?」
「その可能性は高いと俺は考えている」
真剣な顔でネフィリアに悪意があったと話すバアルを見て、カイルは困惑した表情を浮かべる。
「か、考えられないよ。確かにネフィリアは僕たちを毛嫌いしてたけど、だからってそんな……」
「あり得ないことじゃないわ」
真横から聞こえてくるファリスの言葉に反応し、カイルがファリスの方を向くと軽く俯きながら緊迫した表情を浮かべているファリスの姿が目に入った。
「ネフィリアはクレシアに異常と言ってもいい愛情を抱いていたわ。そんなネフィリアにとって、幼馴染で同じ夢を持っていたあたしとカイルは不快な存在だったはず。あたしたちを消すためにマンティコアの情報を黙っていてもおかしくないわ」
「ファリス、それは言いすぎだよ。いくらネフィリアでもそんなこと……」
「しないって言い切れるの?」
カイルは自分の方を向いて尋ねるファリスを見て思わず口ごもる。目の前のファリスの顔からはネフィリアに対する不信、そして苛立ちのようなものが感じられた。
「アイツはあたしたちがクレシアから離れることを心から喜んでいたはず。だけど、あのクレシアへの想いが異常な女のことだから、それだけで満足できなかった可能性もあるわ」
「だから、僕たちを死なせるためにマンティコアの情報をわざと教えず、ユニラビットを狩りに行かせた?」
「アイツならやりそうなことでしょ?」
ファリスの問いにカイルは答えることができずに黙り込む。
ネフィリアが自分を嫌い、チームから追放することに賛成していたのは分かっている。だが、そんなネフィリアでも自分たちを死なせるようなことはしないだろうと、カイルは心の中で信じていた。
しかし、マンティコアに襲われたことやバアルとファリスの話の内容を考えると、ネフィリアは本当に自分とファリスを騙していたのではと思えてしまう。
カイルは嫌われていたとはいえ、嘗てのチームメイトが自分を殺そうとしていたかもしれないという現実にショックを受けた。それと同時に、騙されたことに対する悔しさがゆっくりと込み上がってくる。
「とにかく、一度ヴァリンに戻ってネフィリアを問い詰めてみた方がいいな。もしネフィリアがマンティコアのことを知っていて、わざとアンタたちを林に行かせたのなら許されないことだ」
「勿論よ。あと、念のためにクレシアも問い詰めるつもりよ」
クレシアからも今回の件について話を聞こうとするファリスにカイルは不思議そうな表情を浮かべる。
「ファリス、どうしてクレシアを問い詰める必要があるのさ。彼女はマンティコアのことには無関係のはずだよ?」
「かもしれないわね……」
目を鋭くしながら語るファリスを見てカイルは驚き、思わず目を見開く。
先程の発言から、ファリスはマンティコアの一件にクレシアが関与していると疑っているのではとカイルは感じていた。
「バアルの言うとおり、クレシアたちはあたしたちが林に行く前から、ウォルレスさんにマンティコアの話を聞いていた可能性が高いわ。そしてネフィリアはクレシアに言われて、ユニラビットの情報はあたしたちに教えたと言っていた……」
「……クレシアが、ネフィリアにマンティコアのことは教えず、ユニラビットの情報だけを教えるよう指示したって言いたいの?」
カイルの問いにファリスは答えず、目を閉じながら俯く。
何も言わないファリスを見て、カイルは自分の予想が当たったと知って表情を曇らせる。
「追放されたアンタと、アンタの味方をして一緒にプレッジを出たあたしはプレッジの汚点のようなもの。汚点を残していれば、クレシアたちを批判する人が出るかもしれない。自分たちの評判を守るため、あたしたちを依頼中の事故として処分しようとクレシアがネフィリアに指示を出したのかもしれないわ……」
「なっ! なんてことを言うんだよ、ファリス! クレシアがそんなことするはずないじゃないか」
「馬鹿っ! あたしだってそんなこと言いたくないわよ! ……だけど、現状や追放した時のあの子の態度を考えれば、そうなのかもしれないって考えちゃうのよ……!」
ファリスは目を閉じながら奥歯を噛み締めながら拳を震わせ、そんなファリスをカイルは悲しそうな目で見つめてた。
クレシアはカイルを追放した時にカイルを侮辱し、三人で交わした約束を破ったため、ファリスはクレシアを許せずにずっと恨んでいた。
だが、それでもカイルがクレシアは優しく、追放したのにも何か理由があると言ったため、ファリスはクレシアを許してもいいのではと考えるようになっていた。
そんな時にネフィリアに騙され、マンティコアに殺されかけたことで情報を提供したクレシアが自分たちを始末しようとしていたのではと疑い、再びクレシアに対して怒りを感じるようになったのだ。
「あたしはクレシアたちと会って、今回の件が計画したものなのか追及するつもりよ。それでもし、クレシアが仕組んだことだとしたら……」
「ファリス……」
嘗て共に最高の冒険者になろうと誓い合った幼馴染たちの関係が、最悪な状態になろうとしていることにカイルは辛さと悲しさを感じる。
どうしてこんなことになってしまったのか、どこで間違いが起きてしまったのか、何も分からないカイルは黙って怒りと露わにするファリスを見ることしかできなかった。
「……」
バアルはカイルとファリスの会話を黙って聞いている。その後ろではリーテとエファリアが気まずい雰囲気になったことで表情を曇らせており、ランハーナは興味の無さそうな顔で二人を見つめていた。
「な、何だか大変なことになってきましたよ?」
カイルとファリスのやり取りを見ていたリーテは二人とプレッジの関係が悪化すると感じ、不安そうな表情を浮かべながら小声でバアルに話しかけた。
「ああ、今回の一件でアイツらの関係が修復不可能にならなければいいんだがな」
他人事のように語るバアルを見て、リーテは若干複雑そうな表情を浮かべる。
カイルとファリスがプレッジを疑うようになったのはバアルの発言が原因であるため、何か場の空気を変える言葉を掛けてもいいのではとリーテは思っていた。
「そ、それでこの後はどうされますか?」
「少し予定が変わっちまったが、一応マンティコアを倒せたからな。ヴァリンへ戻ってギルドに報告する。ついでにカイルとファリスに同行して今回の一件の真実を確かめるつもりだ」
「お二人とプレッジの話し合いに同席するってことですか?」
「一応俺たちはカイルとファリスを助けたわけだからな。ギルドマスターも関係者として詳しい話を聞こうとするはずだ」
マンティコアの件の関係者であれば、話し合いの同席を拒否されることは無いと聞かされてリーテは納得する。
リーテ自身も今回の一件はクレシアが計画したものなのか気になっていたため、話し合いに同席して真実を確かめたいと考えていた。
「カイルが冒険者としての力を得たことで、カイルとクレシアの二人が勇者候補として問題無いことが分かった。よって計画を次の段階へ移す」
「次の段階、ということは……」
「ああ……ダンジョンをヴァリンの近くに造る」
バアルの口から出た言葉にリーテは反応する。
ランハーナも二人の内緒話を聞き取り、視線だけを動かしてバアルを見つめる。
エファリアの実力を確かめた時のようにダーバイア公国にダンジョンを造り、そこを勇者候補やヴァリンの他の冒険者たちに調査させるのだと知り、リーテとランハーナは今回はどのようなダンジョンを造るのだろうと少し興味を抱いていた。
「今回のダンジョンもやっぱりセプティロン王国に設置した物と同じように地下迷宮にされるのですか?」
ランハーナは今回のダンジョンも前回と似た構造にするのかと予想し、詳しい話を聞こうと小声でバアルに尋ねる。
「いや、今回はちょっと特殊なダンジョンを造るつもりでいる」
「特殊なダンジョン……どのような物ですか?」
「フッ、それはまだ教えられない。後のお楽しみだ」
小さく笑うバアルを見てランハーナは少し残念そうな表情を浮かべ、リーテはランハーナの反応を見て苦笑いを浮かべる。
詳しくは教えてもらえなかったが、リーテとランハーナはバアルのことだから自分が想像もできないような、とんでもないダンジョンを造るのだろうと予想していた。
バアルたちが小声で会話をしている姿をエファリアは不思議そうに見ている。小声で話しているので内容は分からないが、何が人に聞かれたくない重要な話をしているのではと考え、うっかり聞いてしまわないように少し距離を取った。
「取り込み中のところ、いいかしら?」
会話をしているバアルたちにファリスが声を掛けてきた。
話しかけられたバアルたちは口を閉じ、一斉にファリスとその隣にいるカイルに視線を向ける。
「あたしとカイルはヴァリンに戻るけど、アンタたちはどうする?」
「俺たちも一緒に行こう。今回の一件、俺たちも無関係ではないからな」
「そう。なら、すぐに戻るから一緒に来て」
一秒でも早くマンティコアの件の真実、クレシアが関与しているかを確かめたいファリスは林の出口がある南に向かって歩き出す。
カイルも不安そうな顔をしながらファリスの後をついて行く。歩いている間、カイルはクレシアがマンティコアの件に関わっていないことを祈り続けた。
カイルとファリスが移動するのを見て、バアルたちも後を追おうとする。ただ、マンティコアを討伐したことを証明するため、死んでいるマンティコアの頭部を切り落として持ち帰ることにした。
マンティコアを討伐したのはカイルであるため、頭部を持ち帰ってもバアルたちの手柄にはならない。だが、勇者候補であるカイルが冒険者としての実績を上げ、少しでも周囲からの信用を得られるようにするため、頭部を回収することにしたのだ。
バアルは大きなマンティコアの頭部を片手で軽々と持ち上げると、先に移動したカイルとファリスの後を追い、リーテとランハーナもそれに続く。
エファリアは魔導士でありながら、重いモンスターの頭部を難なく持ち上げるバアルを見て、やはり普通の魔導士ではないのだと、目を丸くしながら改めて理解するのだった。




