第94話 翡翠の騎士
後方ではバアルがカイルとファリスを護衛しながらマンティコアと戦うエファリアを見守っている。
隣ではカイルが地面に座り込んでおり、自分と歳の近い少女たちがAランク冒険者でも苦戦する相手と普通に戦っているのを見て驚いていた。
「大したもんだ。リーテとランハーナが一緒とは言え、マンティコアと互角に戦ってるとは……俺はアイツの力を見誤っていたみたいだな」
エファリアが予想以上に強くなっていたのを目にし、バアルは無意識にエファリアを低く評価していたと反省する。
だが同時に、エファリアが優れた戦いの才能を持っていたことを知り、自分と互角に戦えるほどの力を得られる可能性が更に高くなったと内心喜んだ。
優れた才能と潜在能力を持っているのなら、短い時間で今以上に強くなると確信する。
エファリアを更に強くするため、バアルはダーバイア公国にいる間にできる限りエファリアのレベルを上げようという考えをより強くするのだった。
「す、凄い……マンティコアを相手にあんな戦いができるなんて……」
目の前で起きている激戦にカイルは呆然としながら呟く。
カイルも大勢の上位冒険者が挑まなければマンティコアは討伐できないことは知っているため、三人で互角に戦っているエファリアたちに衝撃を受けていた。
「バアルと一緒にいたと言うことは、彼女たちもAランク冒険者なの?」
エファリアたちのことを何も知らないカイルは隣で同じように戦いを見ているバアルに問いかける。
声を掛けられたバアルは視線だけを動かしてカイルを見ると小さく頷く。
「ああ、三人ともAランクだ。……ただ、アイツらは既に英雄級に達しているから、実力的にはSランクと言ってもいいかもな」
バアルは言葉にカイルは更に驚きの反応を見せてエファリアたちの方を向いた。
普通ならAランクなのにSランクの実力を持っていると言われても信用できないだろう。だが、目の前ではエファリアたちがマンティコアと互角に戦っているため、カイルはバアルの言うことを信じていた。
英雄の力を持つ者たちの戦いを目にし、カイルはこれが最高の冒険者の戦いなのだと感動する。
しかし、同時に自分はまだAランクを名乗れるほどの力すら持っていないことを再認識し、自分の弱さと役に立たない立場に情けなさを感じるのだった。
「……僕にも、あれだけの力があれば、ファリスが大怪我をすることも無かったのに……」
俯きながら僅かに震えた声を出すカイルをバアルは無言で見つめる。
目の前にいる少年は心から強くなりたいと願っており、強い力を求めていると知ったバアルは今がカイルを強者にする絶好の機会だと感じた。
「力が欲しいか?」
「え?」
問いかけられたカイルは顔を上げてバアルの方を向く。目の前ではバアルが真剣な表情を浮かべながら自分を見つめていた。
「マンティコアのような凶暴なモンスターを倒し、仲間を守れるほどの力が欲しいのかと聞いてるんだ」
低い声で尋ねるバアルの姿に迫力を感じたカイルは即答できず、軽く目を見開きながらバアルを見つめる。
最初は驚いていたカイルだったが、気持ちが落ち着くと自分が強い力を求めていることを再認識し、バアルを見ながら静かに口を開いた。
「欲しいよ。最高の冒険者になるための、人々や仲間を守るための力が……!」
「……いいだろう。ならその願い、叶えてやる」
バアルは左手を後ろに回すとカイルに気付かれないよう再びアイテムボックスを開き、新たに取り出した物をカイルの前に差し出す。それは大きさが15cmほどの白い小さなハンドベルだった。
「えっと、それは?」
「コイツは“封印破りの手振鈴”と言うマジックアイテムだ。生物やアイテム、武具に掛けられている封印を強制的に解除することができる」
「封印を解除?」
どうしてこの状況で封印を解除するマジックアイテムを取り出すのか、全く理解できないカイルは小首を傾げる。
「カイル、アンタ騎士の人形を持ってただろう? あれを出してくれ」
「えっ、人形を?」
封印を解除するマジックアイテムを出したかと思えば、今度は自分が大切にしていた騎士の人形を取り出せと言われ、カイルはますます意味が分からなくなった。
普通なら詳しく理由を聞くべきなのだが、カイルは現状とバアルの様子から意味の無いことをやらせるとは思えないと考え、とりあえず言われたとおりに翡翠色の騎士の人形を取り出す。
カイルが騎士の人形を取り出すと、バアルは騎士の人形の上で封印破りの手振鈴を数回軽く振り、心地よい金属音を響かせる。するとカイルが持っている騎士の人形が薄っすらと黄色く光り出し、しばらくするとガラスが割れたような音を立てながら光は消えた。
光が消えると同時にバアルが持っていた封印破りの手振鈴も光の粒子となって消滅する。
一度に幾つも理解できない現象が起き、カイルはわけの分からない顔をしながら騎士の人形を見つめた。
「よく聞け、カイル? この人形はただの人形じゃない。コイツはマジックアイテムだ」
「え? マジックアイテム?」
「そうだ。それも、二百年前の魔王と戦えるほどの力を得られる物だ」
自分が持っている騎士の人形が、二百年前に現れた魔王と戦えるほどの力を与えるマジックアイテムだと聞かされたカイルは驚愕する。
幼い頃、クレシアとファリスにプレゼントされた日からずっと只の人形だと思っていたのに、それが強力な力を秘めたマジックアイテムだと言われたのだから、驚くのは当然だ。
「ほ、本当にこの人形がそんなに凄いマジックアイテムなの? 今日まで肌身離さず持ってたけど、凄い能力なんて一度も使えなかったんだよ?」
「それは人形が封印状態だったからだ」
「封印状態?」
バアルは頷くとカイルが持つ騎士の人形に視線を向ける。
「マジックアイテムや武具は封印状態だと、持ち歩くことはできても装備したり、使うことはできなくなる。その人形は今まで封印状態だったため、本来の能力を使うことができなかったんだ」
今日までマジックアイテムとして使えなかった理由を聞かされたカイルは再び驚きの反応を見せ、騎士の人形を見つめる。
バアルはカイルと初めて会った時、全知全能の神眼でカイルが持つ騎士の人形が強力なマジックアイテムだと知り、その時に騎士の人形が封印状態で、マジックアイテムとしての能力を封印されていることも知ったのだ。
カイルを勇者候補の一人として選んだバアルはダーバイア公国で活動する間に騎士の人形の封印を解除し、本来の能力を使えるようにするつもりでいた。そんな中、カイルが強力なモンスターを倒せるほどの力を欲していたため、この機会に封印を解除することにしたのだ。
「俺は封印破りの手振鈴でその人形にかかっていた封印を解いた。これでマジックアイテムとして使用することができるはずだ」
「そう、なんだ……でも、どうして君はこの人形に封印が掛かっていたことを知ってるの?」
当然の疑問を投げかけられたバアルはカイルからさり気なく目を逸らす。
人形については知識として知っていたと言えば何とかなるが、封印に関しては知識があると言っても誤魔化すのは難しい。全知全能の神眼で封印のことを知ったなどとは言えないため、カイルが納得してくれそうな理由を考えなければならなかった。
「あ~っと……アンタが人形を落とした時にマジックアイテムだと言うことを知ってな。それで色々気になって調べていたら、強力なマジックアイテムの殆どは能力が封印されていることが分かったんだ」
「それで封印されているかもしれないと考えて、解除するマジックアイテムを使ったってこと?」
「あ、ああ、確証は無かったがな。……もっと早く伝えるべきだったんだが、依頼とかでなかなか会う機会が無くて伝えられなかった」
バアルは苦笑いを浮かべながら理由を説明し、適当なことを言っているとカイルに気付かれないことを祈った。
「……そっか。わざわざ調べて、僕が使えるように封印を解除してくれたんだね。……ありがとう」
しばらくバアルを見ていたカイルは納得して感謝の言葉を口にする。
意外にも上手く誤魔化せたことにバアルは内心驚き、カイルが深く考えたり、疑うような性格でなくてよかったと安堵するのだった。
「それじゃあ、人形の使い方を教えるから、それでマンティコアと戦ってみろ」
「えっ、マンティコアと?」
いきなりマンティコアと戦うよう言われ、カイルは驚きの反応を見せる。
いくら強力なマジックアイテムを使うとはいえ、今までまともに戦ったことの無い自分が凶暴なマンティコアと戦うことにカイルは抵抗を感じていた。
「……そう不安がるな。それを使えばお前は絶対に死なないし、マンティコアも簡単に倒せる」
「ほ、本当に僕にマンティコアを倒せるの?」
「ああ、だからもっと自信を持て」
「わ、分かった……」
バアルの背中を押す言葉にカイルは不思議な気分になる。出会ってまだ日が浅いのに、どういうわけかバアルの言うことは本当のように思えたのだ。
自分は必ずマンティコアに勝つ、そんな気持ちがカイルの中で少しずつ大きくなっていく。
カイルは眠っているファリスをゆっくり地面に寝かせてから立ち上がり、手の中の騎士の人形を握りながら何を決意した表情を浮かべる。
――――――
リーテたちは一定の間隔を開けながら左右に広がり、マンティコアと向かい合いながら構えている。
三人の内、リーテとランハーナは当然無傷で疲れた様子は一切見せていない。エファリアは短い時間とは言え、マンティコアと激しく戦ったため、顔に僅かだが疲れが出ていた。ただ、攻撃は一度も受けていないため無傷だ。
一方でマンティコアはエファリアに尻尾を切断されてからも、リーテたちから何度も攻撃を受けたため、体中傷だらけとなっていた。
しかし、それでも疲れや弱った様子は見せておらず、唸り声を上げながらリーテたちを威嚇している。
「こ、これだけ攻撃したのにまだ倒れないなんて……流石は上位冒険者でも苦戦する相手ね」
「そうかしら? 私から見れば全然大したことないわよ?」
マンティコアを強敵と見るエファリアを見ながら、ランハーナはつまらなそうな顔で大鎌を肩に掛ける。
傷だらけになっても戦意を失わないマンティコアを前に、一切警戒しないランハーナを見たエファリアはモンスターを軽く見ているのか、と疑問に思うのだった。
「お、お二人とも、まだ戦闘中ですから気を抜かないでください?」
リーテはランハーナの緊張感のない発言で場の空気が変わったと感じ、苦笑いを浮かべながら二人に声を掛ける。
声を掛けられて戦闘中であることを思い出したエファリアは剣を強く握り、視線をマンティコアに向ける。
ランハーナも軽い欠伸をしながら両手で大鎌を握って構え直した。
「お前たち、一度後退しろ!」
左の方からバアルの声が聞こえ、リーテたちはバアルの方を向く。
数十m先には自分たちに向けて手を振るバアルとその隣で少し緊張した様子を見せるカイルの姿があり、リーテは状況から後退を指示したことにはカイルが関係しているのではと予想する。
リーテはマンティコアを視界に入れたままゆっくりと距離を取り始め、ランハーナもリーテと同じようにバアルに何か考えがあると気付き、小さく笑いながら後退し始める。
「エファリアさん、一度後退しましょう」
「え? でも、まだマンティコアが……」
「大丈夫です。あとはバアルさんとカイルさんに任せましょう」
問題無いことを伝えるリーテを見て、エファリアは理解できない表情を浮かべる。しかし、自分よりも冒険者としての技術や知識が豊富なバアルが後退を指示したことから、何か重要な理由があるのかもしれないと考え、言われたとおり後退した。
リーテたちがマンティコアから距離を取り始めると、バアルはマンティコアを見つめているカイルに視線を向けた。
「カイル、いよいよ始まるぞ? さっき俺が教えたとおりにやってみろ。そうすればその人形の能力が発動する」
「わ、分かったよ」
まだ少し緊張しているカイルだが、バアルから教えられたことを思い出しながら右手の中の騎士の人形を見つめる。そして、マンティコアを見つめながら、騎士の人形を強く握った。
握った瞬間、騎士の人形は緑色の光り出す。光はカイルの姿が見えなくなるくらい強くなり、遠くにいたリーテとエファリアは突然カイルが光に包まれた光景を見て驚く。
隣にいたバアルは強烈な光を前にしても眩しさを感じないのか、表情を変えずに光に包まれるカイルを見ている。
ランハーナもカイルの身に何が起きているのか理解しているため、笑ったまま見守っていた。
やがて緑色の光が治まり、カイルの姿が見えるようになる。だが、光が消えた時、そこにはカイルではなく、翡翠色の全身甲冑の騎士が立っていた。
身長は180cm弱で神々しさが感じられる翡翠の甲冑には金色の装飾が入り、竜の顔の形をしたフルフェイスの兜には黄色い目が二つ付いていた。腰の左右には二つの片手用の武器がぶら下がっており、右の武器は両刃の剣、左はメイスとなっている。
「こ、これは……」
自身の手や姿を見る騎士はカイルの声を出しながら驚く。そう、翡翠色の騎士こそ、マジックアイテムである騎士の人形を使い、全身甲冑を装備したカイルなのだ。
カイルは自分が気付かない内に全身甲冑を身に纏っていることに驚きを隠さずに動揺する。しかも全身甲冑を装備すると同時に身長が高くなり、目線が変わったことにも衝撃を受けていた。
「驚いたか? それが騎士の人形の本来の能力だ」
驚くカイルの隣では、バアルは小さく笑いながら姿の変わったカイルを見つめている。
バアルはEKTの世界にいた時にカイルが使ったマジックアイテムと同じ物を目撃していたため、カイルの姿が変わっても驚いたりはしない。寧ろ、昔見たマジックアイテムを目にしたことで懐かしさを感じていた。
「す、凄い……」
離れところではエファリアが目を見開きながら全身甲冑を身に纏うカイルを見て驚愕し、その隣ではリーテがカイルを見ながら呆然としている。
「ランハーナさん、あれが……」
「ええ、そうよ。カイルの坊やが持っていたマジックアイテム、“竜帝の霊鎧”で作られた鎧よ」
ランハーナの返事を聞いたリーテは再び驚きの反応を見せてカイルに視線を戻す。前もってバアルからマジックアイテムの話を聞いていたが、実際に見ると想像以上に凄くて驚いてしまう。
竜帝の霊鎧はEKTの世界にも存在する高性能の防具の一つで、使用すると手の平サイズの人形から全身甲冑となり、自動的に使用者に装備されるのだ。ただ、竜帝の霊鎧は通常の防具とは違う点が幾つかある。
通常、防具は頭、胴体、腕、脚にそれぞれ好きな物を装備することができる。EKTでもそれは同じで各プレイヤーのステータスや職業に合わせて装備する防具を選ぶことが可能だ。
ただ、竜帝の霊鎧は全身甲冑で各部位に装備する防具が既に決まっており、使用するとその決められた防具一式が装備される。つまり、竜帝の霊鎧を装備すると設定された防具が装備されるため、使用中は他の防具を装備することができなくなるのだ。
しかも竜帝の霊鎧を装備している間は武器も腰にぶら下がっている剣とメイスしか使えなくなるため、ある意味で使い難い防具と言えるだろう。
ただし、ネックレスや指輪のようなアクセサリーは装備可能なため、それらを使って竜帝の霊鎧では強化できないステータスを補ったりすることはできる。
EKTにも竜帝の霊鎧のように予め防具一式が決まっている装備品は幾つも存在し、強力な防具を持っていなかったり、防具を揃える金銭が無いプレイヤーはそれらを装備していた。
ただ、プレイヤーの大半は自分好みの見た目や能力、ステータスで防具を選ぶため、防具一式が決まっている物を使うプレイヤーは少ない。
ゼブルも自分の好きな防具を装備したいと考えていたため、EKTの世界にいた時は竜帝の霊鎧のように防具は使わなかった。
竜帝の霊鎧は装備すると使用者のステータスを決められた数値まで上げることができる。
EKTでは竜帝の霊鎧を装備したプレイヤーはレベル75相当の強さを得ることができるため、異世界でも使用者は同じように強くなるとバアルたちは確信していた。ただ、これは決められた数値よりもステータスが低い者が装備した場合の話だ。
装備した時のステータスよりも高いステータスを持つ者が装備した場合、その者のステータスは竜帝の霊鎧を装備した時のステータスに変わってしまう。要するに竜帝の霊鎧を装備した状態よりも強い者が装備すれば逆に弱くなってしまうのだ。
どんなにレベルを上げて素のステータスを高めても、竜帝の霊鎧を装備した分の数値がステータスに加算されるわけではない。あくまでも竜帝の霊鎧を装備した際のステータスに変えるだけだ。そのため、EKTでは竜帝の霊鎧のような防具を使うプレイヤーの殆どはステータスが低い者だった。
「あれを装備した以上、カイルの坊やがマンティコアに負けることは無いわ」
面白いものを目にして気分が良くなっているのか、ランハーナは小さく笑いながら全身甲冑姿のカイルを見ている。
リーテとエファリアも二百年前の魔王を倒せるほどの力を得られる防具に興味が湧いているのか、カイルに注目している。
「でも、あのマジックアイテムを使うには幾つか条件があるってバアルは言ってなかったかしら?」
エファリアはAランク冒険者とは言え、これまで荷物持ちしかしていなかったカイルが強力なマジックアイテムを使えることに疑問を抱いていた。
実は竜帝の霊鎧は装備するのに条件があり、戦士系の職業を修めたレベル50以上の者しか装備できない。
プレッジにいた時、荷物持ちをやらされて戦闘に参加していなかったカイルは戦士職を修めてはいなかった。しかもレベルも50に達していないため、普通に考えればカイルが竜帝の霊鎧を装備するのは不可能だ。
バアルから竜帝の霊鎧について詳しい話を聞いた時、エファリアはレベル以外の条件は全て教えてもらった。そのため、荷物持ちだったカイルでは竜帝の霊鎧を使用することはできないはずだと考えていたのだ。
「忘れたの? あの坊やには固有技術があるのよ?」
エファリアはランハーナの言葉を聞くとフッと反応し、納得の表情を浮かべながらカイルを見た。
竜帝の霊鎧はマジックアイテムであると同時に防具であるため、あらゆる防具を装備できる固有技術、守神の衣を開花させているカイルなら、条件を満たしていなくても装備することができるのだ。
エファリアはカイルが竜帝の霊鎧を装備したことで、レベル75相当の力を得たことは知らない。だが、竜帝の霊鎧がマジックアイテムであることから、カイルが自分やバアルたちよりも強くなったのではと予想しており、マンティコアにも余裕で勝てるかもしれないと考えていた。
「これが、あの人形の力……」
未だに自分がマジックアイテムで騎士になったことが信じられないカイルは全身を見ながら驚き続けている。先程までただの冒険者だった自分が一瞬で姿を変えたのだから無理も無いだろう。
「……おい、いつまでも驚いてないで戦いに集中しろ」
困惑するカイルを見たバアルは自身の後頭部を掻きながら、面倒そうな顔でカイルに話しかける。
声を掛けられたカイルは顔を上げて遠くにいるマンティコアに視線を向けた。
マンティコアは強烈な光を目にし、その中心に立っている全身甲冑姿のカイルを敵と見なしたのか、唸り声を上げながら睨んでいた。
「えっと……今からあのマンティコアと戦うんだよね?」
「ああ、アンタ一人でな」
「えぇ!? ぼ、僕一人で?」
実戦経験の無い自分が一人で戦うと聞かされ、カイルは驚きながら聞き返す。顔はフルフェイスの兜で隠れて見えないが、バアルはカイルが兜の下で情けない顔をしていると確信していた。
「今のアンタなら、俺たちの力が無くても簡単にマンティコアを倒せる」
「で、でもどうやって戦えば……」
「その鎧を装備した時にどうやって戦えばいいか理解したはずだ」
助言したバアルはカイルに一人でマンティコアと戦わせるため、後退して距離を取る。
カイルは離れているバアルを見て、不安を感じながらマンティコアの方を向く。
確かに竜帝の霊鎧を装備した瞬間、全身甲冑に秘められた能力や戦い方が頭の中に流れ込み、どのように戦えばいいか分かった。
しかし、それでも今までまともな戦闘を行ったことが無いため、カイルは一人で戦う勇気が出せずにいた。
どうすればよいか、カイルは俯きながら考える。そんな時、今まで唸り声を上げていたマンティコアが蝙蝠の翼を広げ、勢いよく羽ばたかせながら飛び上がった。
羽ばたきの風を受けたカイルは顔を上げ、空中から自分を見下ろすマンティコアを目にする。その直後、マンティコアは空中からカイルに向かって勢いよく降下してきた。
迫って来るマンティコアに驚いたカイルは慌ててその場から移動しようとする。
「逃げるな!」
バアルが大きな声を出すと、カイルはバアルの声に驚いて思わず足を止めた。
今の自分は仲間を守れる強い冒険者になるためにマンティコアと戦おうとしている。それなのに向かってくるマンティコアを恐れて逃げ出しては何の意味も無い。
何よりも後ろではファリスが横になっている。もしここで回避行動を取れば、マンティコアはファリスに突っ込み、マンティコアとぶつかったファリスは命を落とすかもしれない。
仲間を守れる強い冒険者になるのにファリスを危険に晒すような行動は取れないカイルは恐怖を押し殺し、マンティコアの方を向いて両足を曲げ、両手を大きく広げる。どうやら突っ込んでくるマンティコアを正面から止めるつもりのようだ。
体が大きく、空中から勢いよく向かってくるモンスターを真正面から受け止めるなど、普通なら自殺行為と言える行動だ。だが、今のカイルは竜帝の霊鎧を装備して信じられない力を得ており、常人では無理なことが可能となっている。
マンティコアは鳴き声を上げ、正面からカイルに体当たりした。ぶつかる直前にカイルは両足に力を入れ、両手で向かってきたマンティコアを受け止める。
双方がぶつかった瞬間、低い音と衝撃が広場に広がり、バアルたちはカイルとマンティコアに注目する。
カイルはマンティコアを止めた瞬間、全身に強い痛みが走ることを覚悟していたが、驚くことに痛みは一切感じなかった。それどころか、体の大きなマンティコとぶつかったのに足元には押された跡は無い。
勢いよくマンティコアとぶつかったにもかかわらず、微動だにしていないことを知ってカイルは内心驚く。
離れた所から戦いを見守っていたリーテとエファリアも予想外の結果に目を大きく見開いていた。
止められたマンティコアも、体の小さなカイルに受け止められたことに驚いており、顔や体を大きく動かしてカイルから離れようとする。
だがカイルの押さえる力が強く、どんなに暴れてもカイルから逃れることはできなかった。
「す、凄い。マンティコアをこんな簡単に止められたなんて……」
非力な自分がAランク冒険者でも苦戦するモンスターを一人で受け止めたことが信じられず、カイルは驚きながら暴れるマンティコアを見つめる。
ただ、竜帝の霊鎧を装備したことで凶暴なモンスターと問題無く戦える力を得たことを自覚したカイルは少しだけ自信が付いたような気がしていた。
これでファリスや多くの人を守ることができ、Aランク冒険者として胸を張って活動できる。カイルは兜の下で嬉しそうに笑みを浮かべる。
マンティコアは激しく体を動かしたり、尻尾をカイルの顔や体に叩きつけて何とか離れようとする。だが、いくら攻撃してもカイルは痛みを感じることも、体勢を崩すことも無かった。
カイルは暴れるマンティコアを見て、いつまでもこのままの状態ではいられないと感じ、両腕に力を入れるとマンティコアを大きく右の方へ投げ飛ばす。
勢いよく投げ飛ばされたマンティコアは体勢を直すことができず、十数m先の地面に強く叩きつけられる。
マンティコアを投げたカイルは右手で腰の剣を抜くと勢いよく地面を蹴った。
カイルはもの凄い速さで距離を詰め、あっという間にマンティコアの目の前まで移動すると、立ち上がろうとするマンティコアの頭部に向けて勢いよく剣を振り下ろす。
剣はマンティコアの頭部を軽々と両断し、切られたマンティコアは鳴き声を上げる間もなく崩れるように倒れて絶命した。
「ま、マンティコアの頭がまるで野菜を切るかのように楽々と……」
カイルは自分がマンティコアを普通に切ったことに驚き、持っている剣を見つめる。
今までとは比べ物にならないくらい強くなったため、カイルは自分が自分でないような気分になり、小さな不安と恐怖を感じていた。
しかし、これから先、冒険者として活動するためには新しい力と自分自身の変化を受け入れなくてはならない。
「強い冒険者になるため、夢を叶えるためにも早く慣れないといけないな……」
カイルは剣の刀身を見つめながら呟く。
それは弱かった昔の自分との決別、そして以前と違う世界に足を踏み入れることへの決意を口にしているようだった。




