第93話 林の支配者
「見つかりませんね」
リーテは林の中を見回しながら奥へ進む。その後ろをバアル、エファリア、ランハーナが順番について行き、同じように周囲を見回しながら歩いて行く。
バアルたちはマンティコアを討伐するため、少し前にヴァリンの北東にある林へやって来た。マンティコアの生態や性格から林の奥の方にいる可能性が高いと考え、バアルたちは林の南側から入り、周囲を警戒しながら奥へ進んでいく。
だが、マンティコアとはまだ遭遇できずにいた。
「結構進んだはずなのに、見つかるどころが気配すら無いなんて……もしかすると、もうこの林にはいないのではないでしょうか?」
「いや、その可能性は低い。マンティコアは一度縄張りを決めた場所には最低でも一週間は棲みつく。まだこの林か、周辺にいるはずだ」
冒険者たちの話では、マンティコアが今いる林に棲みついて一日しか経過していない。マンティコアの生態から、まだマンティコアは林かその近くにいるとバアルは確信していた。
「では、もう少し先へ進んで探しますか?」
「勿論だ。できるのなら今日中に見つけ出して討伐したいからな。何よりもついさっき来たばかりだ。まだ帰るつもりは無い」
小さく笑うバアルを見て、リーテもつられるように笑いながら前を向く。
冒険者ギルドが討伐隊を編成し終える前にマンティコアを討伐したいため、バアルは時間がある限りマンティコアの捜索をするつもりでいた。
「それにしても妙ね。ここまでマンティコアどころか、他のモンスターの姿も見当たらないわ」
バアルの後ろを歩くエファリアは辺りを見回しながら不思議そうな顔をする。
不思議がってはいるが警戒は解いておらず、エファリアはいつモンスターが飛び出したり、遭遇しても戦えるよう右手は腰の剣に掛けられていた。
エファリアの言うとおり、バアルたちは林に着いてから一度もモンスターを目撃していない。
今いる林にはマンティコア以外にも、元々棲みついていた下級モンスターもいるため、林に入ってしばらく経てば嫌でも遭遇することになる。
だが、どういうわけか棲みついているモンスターには遭遇しておらず、遠くにいるモンスターを発見することも無かった。
林はそれほど広くは無いが、棲みついているモンスターの数は多い。にもかかわらず、モンスターと遭遇していないため、エファリアはどうなっているのだろうと疑問を抱いていたのだ。
「それは多分、マンティコアがいるからじゃないかしら?」
不思議に思うエファリアの後ろで、ランハーナがモンスターを見かけない理由を推測する。
マンティコアが原因でモンスターと遭遇しないと聞き、エファリアは意外そうな顔をしながら振り返った。
「それって、どういうことですか?」
「マンティコアは並のモンスターと比べて強いわ。しかも肉食で獰猛な性格をしているから、空腹になれば人間やモンスターにだって襲い掛かる」
ランハーナは理由が分かっていないエファリアに一つずつ丁寧に説明する。
モンスターの姿が見かけない理由が気になっていたエファリアは話の腰を折ったりせず、黙ってランハーナの説明を聞いた。
「マンティコアにとっては自分よりも弱い存在は全て餌でしかないの。自分たちを餌としか見ない存在が近くにいると知ったらどうする?」
「……ッ!」
何かに気が付いたエファリアは軽く目を見開く。
「この林に元々生息していたモンスターはマンティコアよりも弱い種類のモンスター。彼らはマンティコアの餌になることを恐れ、見つからないように隠れている?」
「そのとおりよ。下級モンスターは知能は低いけど、マンティコアが自分たちより強いことは本能で分かるはずだからね」
マンティコアに捕食されることを恐れ、モンスターたちは何処かへ隠れていると知り、エファリアは納得した表情を浮かべる。
恐れて隠れているのなら、マンティコアが林にいる間は他のモンスターと遭遇する可能性はとても低い。エファリアは無駄な戦闘を行うことなく捜索できると考えた。
バアルはランハーナとエファリアの会話を聞き、前を向きながら面倒そうな顔をしている。
餌となるモンスターが隠れているのなら、マンティコアは餌を求めて林の外に出ているかもしれない。そうなると今日中にマンティコアを見つけ、討伐することが難しくなるため、ゴスペルの評価を上げ、エファリアを強くするという計画が狂ってしまう。
大きな問題ではないが、バアルにとって都合の悪いことだった。
(もし、冒険者ギルドが今日か明日の内に冒険者を集め、討伐隊を編成したらマンティコアを倒されちまう。何とか今日中にマンティコアを見つけて倒したいんだけどな……)
少しでも早くSランク冒険者に昇格したいバアルは軽く俯きながら良い策がないか考える。
(仕方ない。探求者の目をこまめに使って探すか……)
マンティコアと戦う前に無駄にMPを使いたくはないが、今のままでは時間だけが過ぎてしまうと考えたバアルは探索魔法を使うことを決める。
短時間で広範囲を探すのなら魔王技術の雑兵生成Ⅰを使った方が良いのだが、エファリアがいる前では使うことはできなかった。
バアルは探求者の目を発動するためにその場で立ち止まる。リーテたちもバアルが立ち止まったことに気付くと一斉に足を止めた。
いきなり立ち止まったバアルを見たエファリアはどうしたのだろう、と不思議そうに見つめる。
リーテとランハーナは状況からバアルがマンティコアを効率よく見つけるために魔法か技術を使おうとしているのだと察し、無言でバアルを見ていた。
バアルはリーテたちが見つめる中、最初の発動でマンティコアが見つかってほしいと祈りながら探求者の目を発動しようとした。
その時、林の中に大きな獣の咆哮が響く。
「な、何!?」
エファリアは今まで聞いたことの無い荒々しい鳴き声に驚いて顔を上げ、バアルたちも一斉の反応して咆哮が聞こえた方を向く。
咆哮はバアルたちの後方、つまりやって来た方角から聞こえたため、鳴き声の主は林の南側にいるとバアルたちは予想する。同時にバアルたちは咆哮の主が誰なのか察していた。
「今の鳴き声、マンティコアですか?」
「その可能性は高い。大方、林の外へ餌を探しに行って戻って来たんだろう」
林に棲みついているモンスターや獣はマンティコアを恐れて身を隠しているため、マンティコアが食事にありつくことができない。現状からリーテはバアルの推測は当たっていると考えて納得する。
「バアル様、当然行くんですよね?」
「当たり前だ」
このチャンスを逃せば、マンティコアは他の冒険者に討伐されてしまうかもしれない。自分たちが実績を上げるためにも、バアルは必ず此処でマンティコアを倒してやると決意する。
咆哮の大きさから、それほど遠くではないと考えるバアルたちは全速力で走って来た道を戻る。
林の奥に行かれたら見つけ出すのに時間が掛かってしまうため、その前に接触してマンティコアの意識を自分たちに向けさせるつもりでいた。
――――――
立ち止まることなく走り続け、バアルたちは林の南にある木の少ない広場にやって来た。
広場に着いた直後、バアルたちは立ち止まり、広場に中央にいる一体の大型の獣族モンスターを目にする。
体長は約3m、体高は2mはある巨体で枯茶色の体毛、濃い茶色の鬣を生やした獅子に黒褐色の蝙蝠の翼と同じ色のサソリの尻尾が付いた存在。広場にいるモンスターこそ、Aランク以上の冒険者でも苦戦すると言われる獣族モンスター、マンティコアだった。
「あれが、マンティコア……」
初めて目にするモンスターにエファリアは思わず目を見開く。並の冒険者ではまず倒せないと言われる存在を前に緊張して微量の汗を流す。
一方でバアルはマンティコアを目にしても驚くことなく、余裕の態度を見せている。
目の前にいるマンティコアはEKTの世界で何度も戦ったマンティコアと全く同じだったので、バアルは恐怖などは感じていない。
ただ、異世界のマンティコアがEKTの世界にいた個体と同じとは断言できないため、軽い気持ちで挑むつもりは無かった。
「アイツを倒せば、俺たちの評価は上がり、Sランク冒険者に一歩近づくことができる。必ず此処で仕留めるぞ」
「了解です」
ランハーナは大鎌を構えながら笑って返事をする。
レベル60のランハーナからしてみれば、下級モンスターのマンティコアなどは強敵とは言えない。簡単に実力を確かめ、バアルの許可が出れば素早く倒すつもりでいた。
リーテも真剣な表情を浮かべながら剣と盾を構えて戦闘態勢に入る。
エファリアも緊張した様子のまま腰の剣を抜き、両手でしっかり握りながら遠くにいるマンティコアを見つめた。
「……大丈夫か?」
バアルはエファリアが緊張していることに気付くと、マンティコアを警戒しながら声を掛ける。
話しかけられたエファリアはフッと顔を上げ、構えを崩さずに視線だけを動かしてバアルを見た。
「え、ええ、少し緊張してるけど、大丈夫だと思うわ」
「……そうか」
表情や態度から、エファリアが少し無理をしているとバアルは感じ取る。
エファリアにはいずれ魔王である自分と戦ってもらわなくてはならない。バアルは此処でエファリアを死なせないため、そしてエファリアを自分と戦えるほど強くするためにリーテやランハーナと共に全力で彼女をサポートするつもりでいた。
全員の準備が整い、バアルたちは早速マンティコアに攻撃を仕掛けようとした。
そんな時、リーテが何かに気付き、マンティコアの正面を見ながら目を凝らす。次の瞬間、リーテは大きく目を見開いた。
「ば、バアルさん! あそこ、マンティコアの前を見てください!」
突然大きな声を出すリーテを見て、バアルは不思議そうにしながらマンティコアの正面を確認する。
マンティコアの前にはボロボロになりながら弓矢を構えるファリスと、その後ろで地面に座りながら怯えているカイルの姿があった。
「あれは、カイルとファリス。なぜこんな所に?」
予想外の人物が目の前にいることにバアルは驚く。
現状からカイルとファリスはマンティコアに襲われているのは間違いない。
マンティコアとカイル、ファリスのレベル差を考えると、二人では間違いなくマンティコアを倒すことも撃退することもできない。このままだと二人は確実にマンティコアの餌食になってしまう。
バアルにとって自分とは無関係な現地人がモンスターに襲われようが関係ないことだが、襲われている二人の内、カイルは勇者候補の一人。此処でカイルがマンティコアに殺されれば、折角見つけた勇者後方を一人失うことになってしまう。それだけは絶対に避けなくてはならなかった。
「バアルさん、どうしますか?」
「決まってるだろう。助けるんだよ」
ファリスはともかく、カイルには必ず生き延びてもらわなくてはならない。バアルは自身の計画を狂わせないためにも、カイルをマンティコアから守るつもりでいた。
エファリアはバアルの発言を聞いて、驚くと同時に感心する。
ゴスペルの実績を上げるためにマンティコアを討伐すると言っていたが、襲われている人がいれば実績よりも人助けを優先するのだとエファリアは知り、バアルのことをより素晴らしい冒険者だと感じるようになった。
バアルはエファリアに勘違いされていることに気付くことなく、マンティコアに向かって走り出し、リーテとランハーナも得物を構えながらバアルの後に続く。
残ったエファリアはバアルが必死に人助けをしようとしているのだから、自分もしっかりしなくてはいけない。そう自分に言い聞かせながら三人の後を追った。
「ハァ、ハァ……まさか、こんなことになるなんて……」
傷だらけになっているファリスは全身の痛みに耐えながら、目の前で唸る声を上げるマンティコアを睨む。
後方ではファリスほどではないが、腕や顔に傷を負ったカイルがおり、座り込みながら青ざめている。
数十分前、カイルとファリスは北東の林にユニラビットがいるという情報をネフィリアから聞き、冒険者としての活動資金を得るためにやって来た。
ヴァリンから近い南側から林に入った二人はユニラビット以外のモンスターに警戒しながらユニラビットを探すがなかなか見つからず、カイルとファリスはもう少し奥を調べることにした。
しばらく森の奥へ向かって移動する二人はやがて木の少ない広場に辿り着く。他と雰囲気の違うその場所なら、ユニラビットが隠れているかもしれないと予想した二人は広場を隅々まで調べる。
だが、捜索を初めてしばらくした時、空から見たことの無い大きな獣族モンスターが現れて二人に襲い掛かった。
突然現れたモンスターにカイルとファリスは驚きながらも戦闘態勢に入る。
ファリスはカイルを下がらせ、唯一戦える自分がモンスターの相手をしようと応戦した。しかし、ファリスの攻撃は通用せず、逆に反撃にあって負傷してしまう。
後方に下がろうとしたカイルもマンティコアの反撃に巻き込まれ、顔や腕に傷を負ってしまった。
「空から現れていきなり襲い掛かって来るなんて、何なのよコイツは……」
「ふぁ、ファリス。このモンスターはマンティコアだよ。前に図鑑で見たことがあるから、間違いないと思う」
「マンティコア!? Aランク冒険者でも数人で挑むほどのモンスターじゃない。どうしてコイツがこんな所にいるのよ!」
「ぼ、僕に聞かれても分からないよ……」
現状と傷を負ったことで動揺するカイルは首を横に振りながら答えた。
ファリスはカイルの反応を見て、確かにカイルが理由を知るはずがないと納得する。
なぜマンティコアが北東の林にいるのか気になるが、今は現状を打開することの方が重要なため、ファリスはマンティコアとの戦いに集中した。
マンティコアの強さ、この場で戦える冒険者が自分だけという状況を考えると、戦って勝つのはまず不可能。ファリスは自分とカイルが生き残るには、なんとかマンティコアを怯ませて逃げる隙を作るしかないと考えた。
弓矢を構えるファリスはマンティコアの体勢や尻尾の位置などを確かめると、マンティコアの頭部に狙いを定めて矢を薄っすらと赤く光らせる。
「重射撃!」
攻撃技術を発動させたファリスは赤く光る矢をマンティコアに向けて放つ。
通常の矢よりも速度は遅いが、命中すれば衝撃波を発生させるため、それでマンティコアが怯んだ瞬間にカイルを連れて逃げるつもりでいた。
矢は真っすぐマンティコアの顔面に向かって飛んでいく。しかし、マンティコアは素早く左へ跳んでファリスの矢を難なく避けてしまう。
回避した直後、マンティコアは反撃するため、ファリスに向かって勢いよく走り出す。
攻撃を避けられ、距離を詰めて来るマンティコアにファリスは驚愕の表情を浮かべ、慌てて新しい矢を矢筒から取り出そうとする。
だが、矢を放つ前にマンティコアはファリスの前まで近づき、右前脚を勢いよく右から横に振ってファリスを攻撃した。
迫ってくる前脚を見たファリスは目を見開き、咄嗟に後ろへ跳んだ。その直後、マンティコアの爪がファリスの胴体を引き裂く。
「あああああぁっ!」
前脚の爪で引き裂かれたファリスは声を上げながら仰向けに倒れる。
「ファリス!」
攻撃を受けたファリスを見たカイルは思わず叫んだ。マンティコアに対する恐怖に耐えながら立ち上がったカイルはファリスに近づく。
ファリスはカイルが近づくと奥歯を噛み締めながら苦痛に耐える。
攻撃を受ける直前に後ろに跳んだことで爪は深く体を引き裂くことは無かったため、ファリスは即死は免れた。
しかしそれでも重傷を負ったことに変わりはなく、ファリスは戦うことは勿論、立ち上がることもできない状態だった。
カイルはファリスが生きていることを知って安心するがそれは一瞬のこと。すぐに追い詰められている現状を思い出し、マンティコアを見ながら恐怖で顔を歪めた。
「ファリス、しっかり!」
負傷しているファリスを起こしたカイルはマンティコアから逃げようと、ファリスの体を引きずりながら逃げようとする。
二人を逃がすつもりのないマンティコアは大きく口を開け、カイルとファリスに向かって跳びかかってきた。
迫って来るマンティコアに恐怖したカイルはその場で固まる。自分たちは此処で死ぬ、カイルはファリスを抱きかかえながらそう悟った。
「魔力弾!」
突如右から黄色い光弾が飛んで来てマンティコアの左脇腹に命中する。
跳んでいた状態で光弾を受けたマンティコアは体勢を崩し、カイルとファリスを傷つけることなく地面に勢いよく体を叩きつけた。
目の前の出来事に先程まで恐怖を感じていたカイルは目を大きく見開き、光弾が飛んできた方を向く。
視線の先には数m先から杖の先端をマンティコアに向けるエルフの魔導士、バアルの姿があり、状況から先程の魔力弾はバアルが放ったもので、自分たちを助けてくれたのだと知る。
意外な人物が林におり、自分たちを助けてくれたことにカイルは驚いていたが、それ以上に命が助かったことに喜んでいた。
「大丈夫か?」
バアルは声を掛けながらカイルとファリスに駆け寄る。
リーテたちもバアルと共にカイルとファリスの下へ移動し、バアルが二人の安否を確認している間、カイルたちを守るように得物を構えて倒れているマンティコアを警戒した。
「ぼ、僕は大丈夫。だけど、ファリスが……」
腕の中で苦痛の表情を浮かべるファリスを見て、カイルは不安を露わにする。
このまま何もせずに放置すればファリスは確実に死んでしまう。そんなことを考えてしまうと冷静ではいられなかった。
「落ち着け、大丈夫だ」
バアルは動揺するカイルを宥めると姿勢を低くし、カイルからは見えないようにアイテムボックスを開き、左手で水色のポーションが入った小瓶を取り出す。
小瓶の蓋を口で外したバアルは瓶の中身をファリスの傷にかける。するとファリスの体が薄っすらと水色に光り、傷は最初から無かったかのように綺麗に消えた。
傷が治って痛みが消えたからか、ファリスの顔から苦痛の表情が消えた。呼吸も少しずつ安定していき、ファリスの様子を見たバアルはもう大丈夫だと確信する。
バアルにとって勇者候補であるカイル以外はどうなっても構わないが、ファリスが死んだらカイルが立ち直れなくなる可能性があるため、助けたのだ。
「き、傷があっという間に……いったい何が……」
一瞬で傷が治った光景を見たカイルは目を見開く。自分が知っている薬やポーションではファリスが負っていたような重傷を一度で治すことなどできないため、バアルが使った水色の液体の効力に驚いていた。
「話は後だ。まずはマンティコアを何とかする」
バアルは立ち上がってマンティコアに視線を向ける。
既にマンティコアは体勢を直しており、自分の邪魔をしたバアルやリーテたちを敵と見なして唸り声を上げていた。
カイルも状況を思い出すと、マンティコアを確認してからファリスを引きずって距離を取る。
バアルは後退するカイルとファリスを見ると、マンティコアを視界に入れながら二人と一緒に後退する。
マンティコアを攻撃する直前、バアルはどのようにマンティコアと戦うかリーテたちと簡単な作戦会議を行っていた。
戦況とエファリアを強くするという目的から、バアルは戦士職であるリーテ、ランハーナ、エファリアにマンティコアの相手を任せ、自分はカイルとエファリアの護衛をすることにしたのだ。
ただこの時、バアルが前線で戦わないのはカイルとファリスの護衛をするだけではなく、別の目的があって二人の傍にいることにした。
「さぁて、いよいよマンティコアちゃんとの戦いの始まりよ。分かってると思うけど、油断しないようにね?」
「ハイ」
「わ、分かったわ」
リーテとエファリアがマンティコアを見ながら返事をすると、ランハーナは小さく笑いながらマンティコアに視線を向ける。
三人が戦闘態勢に入ると、マンティコアは咆哮を上げながら左前脚を横に振って一番近くにいるリーテに襲い掛かった。
リーテは右から迫って来るマンティコアの前脚を後ろに跳んで回避する。回避した直後、リーテは前に踏み込みながら右手に持つ剣を素早く振り、マンティコアの左前脚を切った。
前脚を切られたマンティコアは鳴き声を上げ、痛みに耐えながらゆっくりと後ろに後退してリーテから離れる。
通常、レベル70のリーテの攻撃を受ければ大抵のモンスターは一撃で倒される。だが、今回はゴスペルの実績を上げると同時に、エファリアに強力なモンスターとの戦闘経験を積ませることが今回の目的でもあるため、エファリアもマンティコアと戦わなくてはならない。
リーテは誤ってマンティコアを倒さないよう、反撃する際にできるだけ力を抜き、急所でない箇所を狙って攻撃するようにしていた。
マンティコアはリーテを睨みながら唸る声を上げるが、反撃しようとはしない。攻撃をかわし、傷を負わせたことで手強い相手と本能で感じ取ったのだ。
リーテではなく、別の獲物を狙うことにしたマンティコアはリーテから少し離れた所にいるエファリアを見つけ、勢いよくエファリアに向かって走り出した。
「エファリアさん、行きましたよ!」
エファリアは自分に向かってくるマンティコアを見て、思わず大きく目を見開く。
だが、ここで迎え撃たずに逃げてしまっては強い冒険者になることはできないと感じ、恐怖心を抑え込みながら剣を強く握り、真剣な表情を浮かべながらマンティコアを見つめる。
やがてマンティコアはエファリアの1mほど前まで近づき、右前脚を頭上から振り下ろして攻撃した。
振り下ろされた前脚を見たエファリアは地面を強く蹴って右へ跳び、マンティコアの前脚を避ける。
回避に成功した直後、エファリアは両手で剣を握り、刀身を薄っすらと赤く光らせた。
「重斬撃!」
攻撃技術を発動させたエファリアは攻撃をかわされて隙ができたマンティコアに袈裟切りを放つ。
エファリアの剣はマンティコアの左前脚を切り裂き、同時に切った個所からマンティコアの脚に衝撃を広げる。
リーテに切られた後に再び左前脚を攻撃され、マンティコアは鳴き声を上げながら怯んだ。
エファリアは自分の攻撃でマンティコアに大きなダメージを与えられたのを見て目を見開く。気付かない間に自分が予想以上に強くなっていたことに驚いたようだ。
マンティコアはエファリアを睨みつけるとサソリの尻尾を器用に動かし、毒針で貫こうと勢いよくエファリアに向けて尻尾を伸ばす。
尻尾に気付いたエファリアは咄嗟に後ろに跳んで毒針をギリギリで避け、目の前にあるサソリの尻尾に向けて剣を振り下ろす。
だが、サソリの尻尾は前脚と比べて硬く、剣は尻尾に当たると鉄の塊を攻撃したかのように高い音を立てながら弾かれてしまう。
「す、凄い硬さ……!」
剣が弾かれたことでエファリアは僅かに体勢を崩し、後ろによろけてしまう。
尻尾を切るには固有技術の退魔の剣を発動させて切れ味を高めるしかないとエファリアは考えた。
エファリアは再び尻尾を攻撃するために退魔の剣を発動させようとするが、エファリアよりも早くマンティコアが動き、サソリの尻尾を左から横に振ってエファリアを攻撃してきた。
「……ッ! マズい、武器防御!」
回避も退魔の剣の発動も間に合わないと直感したエファリアは咄嗟に補助技術を発動させる。
刀身が黄色く光ると左手で刀身を支えて盾代わりにし、両足に力を入れて衝撃に耐えられる体勢を取る。その直後、マンティコアの尻尾はエファリアの剣とぶつかった。
尻尾を止めた瞬間にエファリアは強い衝撃と重さに襲われるが、両手両足に力を入れ、技術を発動させてたおかげで体勢は崩れず、少し後ろに押されるだけで済んだ。
以前のエファリアなら、例え全身に力を入れ、補助技術を発動しても耐えられずに吹き飛ばされていただろう。
体勢を崩さずに耐えられたのは、エファリアが英雄級の実力に達していたからだ。
「ううぅ……退魔の剣!」
何とか攻撃を耐えたエファリアは両手両足の痺れや痛みに耐え、素早く体勢を整えて固有技術を発動させる。
退魔の剣が発動したことで剣は再び黄色く光り出し、エファリアは光る剣を目の前にあるマンティコアの尻尾に向けて勢いよく振り下ろす。
退魔の剣の効力で切れ味が増した剣はマンティコアの硬いサソリの尻尾を意図も簡単に両断した。
尻尾を切り落とされ、前脚を切られた時以上の痛みを感じたマンティコアは大きな鳴き声を上げる。大ダメージを受けてその場に倒れたマンティコアは体を動かして暴れた。
「す、凄い……マンティコアと互角に戦えてる」
数人のAランク冒険者が挑んでようやく倒せるモンスターと普通に戦うことができる自分に驚くエファリアはまばたきをする。
バアルたちと再会する前と比べて、明らかに強さが違うことを実感できたエファリアは想像以上に力を得たのだと改めて理解するのだった。
一人でマンティコアと互角に戦えるのなら、この先、マンティコアのように体が大きなモンスターと遭遇しても、慌てずに迎え撃つことができる。そう感じたエファリアは少しだけ強力なモンスターと戦うことに自信が付いたような気がした。
「凄いわね、あの子」
「ハイ、予想以上に強くなっていますね」
少し離れた所でランハーナとリーテはエファリアの勇姿を見ている。
再会した時にBランクになっていたことや、自分たちと共に活動してレベルが上がったこと。そしてマンティコアと互角に戦えていることから、二人はエファリアが優れた潜在能力を持っていると感じていた。
「この調子ならすぐに二百年前の魔王を倒した勇者と同等のレベルになるかもしれないわね」
「ええ……そして、いずれはゼブル様と互角に戦えるほどの実力者に……」
エファリアがゼブルと対等に渡り合える力を得る日は遠くないかもしれない。リーテはそう思いながらエファリアを見つめるのだった。




