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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第5章  憤慨の竜騎士
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第92話  助力と企み


 冒険者ギルドの二階にある控室の一つではプレッジのメンバーが集まり、部屋の中央にあるテーブルに着いてこれからの予定について相談していた。


「この後どうする? ヴァリンに近くに出るモンスターを狩りに行くか? それとも依頼を受けるか?」


 エバンスが椅子にもたれながらクレシアに問いかけると、クレシアは軽く俯きながら考える。


「……モンスターの討伐は問題無いが、依頼を受けるのなら場所や状況を確認してから決めた方がいいな」

「それってやっぱ、近くにマンティコアがいるからか?」


 真剣な表情を浮かべるエバンスを見て、クレシアは無言で頷く。

 マンティコアが北東の林に棲みついているという情報は既にプレッジの耳に入っていた。クレシアもマンティコアが手強いモンスターであることは理解しているため、北東の林に近づくような依頼は受けないようにしている。

 プレッジはヴァリンでも上位の実力を持ったチームだが、今のクレシアたちの実力ではマンティコアを討伐するのは難しい。討伐するのならもっと強くなるか、他のチームに協力を要請し、共闘して挑む必要があるのだ。


「マンティコアは凶暴で気性が荒い。万が一遭遇すれば壊滅的な被害を受けることになるだろう。だから北東の林に近づくような依頼は避けなくてはならない」

「分かってる。俺も自分からマンティコアの餌になる気は無い」


 苦笑いを浮かべながらエバンスは本心を口にする。

 エバンスも今の自分たちではマンティコアを討伐するのは不可能だと理解しているため、マンティコアに近づこうとは考えていなかった。


「ただ、近々マンティコアを討伐するって話はあるんだろう?」

「ああ、情報が集まったらヴァリンにいる腕のある冒険者たちを集め、マンティコアの討伐を行うとウォルレスさんから聞いた。その際は私たちプレッジにも討伐に参加してもらうとのことだ」


 Aランク冒険者チームで、多くの人から強者と認められている自分たちが討伐依頼に参加させられるのは当然。そう考えるエバンスは納得する。

 納得すると同時に、自分やクレシアたちが凶暴なモンスターを討伐するのに必要とされていることをエバンスは誇りに思っていた。


「ハァ~~、でもちょっと不満よねぇ。マンティコアなんて、クレシアなら簡単に倒せると思うんだけどなぁ」


 目を細くするネフィリアが不機嫌そうな口調で語る。

 ネフィリアにとってクレシアは誰よりも強く優秀な冒険者だ。そのクレシアにマンティコアの討伐を依頼せず、他のチームの冒険者と共闘して挑もうとする考えから、冒険者ギルドはクレシアの実力を認めていないのではと感じていたのだ。

 いつものようにクレシアを強く慕うネフィリアを見て、エバンスとグオンは呆れ顔や苦笑いを浮かべていた。


「ネフィリア、お前は私は買いかぶりすぎだ。私は冒険者としてはまだまだ未熟な女だよ」

「んもぉ~、そんなに自分を過小評価する必要なんて無いわよ。もっと自分に自信を持ちなさい」


 クレシア自身が未熟と言っているにもかかわらず、ネフィリアはクレシアが優秀な冒険者と語る。それは憧れや愛情を通り越し、心酔や狂信に近いものと言えるだろう。

 満面の笑みを浮かべるネフィリアを見て、クレシアは若干困ったような表情を浮かべる。

 このままでは話が進まないと考えたクレシアは強引に話題を戻すため、軽く咳払いをしてエバンスたちの注目を集めた。


「とにかく、ギルドがマンティコア討伐の準備が整えたら私たちも討伐依頼に参加する。今の内に武具やアイテムの数や状態を確認しておけ?」

「ああ」

「分かりました」

「りょうか~い♪」


 エバンスたちが返事をすると、クレシアは「よし」と言いたそうに小さく頷いた。


「さて、この後の予定についてだが、ヴァリンの近くでモンスターの討伐を行おうと思っている」


 話の内容がこの後の予定に戻り、エバンスたちはクレシアを見ながら真剣な表情を浮かべる。

 時間と状況から依頼を受けるよりはモンスターを討伐し、その報奨金を得た方が良いとエバンスたちも考えており、クレシアの提案に反対しなかった。


「効率よく、そして短時間で大金を稼ぐのなら、ユニラビットを狩るのが一番ですね……ただ」

「ああ、今は無理だな」


 エバンスの言葉にグオンは複雑そうな顔をしながら俯く。

 ユニラビットとは、ユニコーンのように一角を生やした白ウサギのようなモンスターだ。

 体は通常のウサギぐらいで力もゴブリンより弱いが、とても俊敏に動くため、並の冒険者では捕まえるのは難しい。

 更にユニラビットは臆病で普段は逃げ回ったりしているが、追い込まれると敵に体当たりをし、相手が怯んだ隙に逃げると言った賢い行動も取れる。そのため、ゴブリンより弱いモンスターでも上位冒険者でなければ討伐や素材の回収はできないと言われているのだ。

 ただ、討伐と素材回収が難しい以外にも、ユニラビットの素材は貴重なため、傷つけず綺麗に解体してもらうために上位冒険者に依頼すると言う理由もあった。

 ユニラビットの角は強力なポーションの素材として使われるので高値で取引される。更に白い毛皮もその美しさから貴族婦人などに注目されていた。

 角と毛皮を傷の少ない状態で手に入れてため、依頼主は冒険者ギルドに依頼を出す際、解体の技術が優れているAランク以上の冒険者を指名するのだ。

 少し前にヴァリンの近くにユニラビットが生息しているという情報が冒険者ギルドに入り、現在ではギルドマスターのウォルレスやギルド関係者、ウォルレスと親しいクレシアとチームメイトのエバンスたちしか知らない。

 クレシアたちもユニラビットの素材が貴重なのを知っており、情報を得た直後は資金稼ぎのために討伐しようかと考えた。ただ、それは少し前の話で今では依頼を受けようと思っていない。


「いつもなら情報が広がる前に討伐しようと考えるが、今回は無理だな」

「ええ……何しろ、ユニラビットがいるのはヴァリンの北東にある林なんですから……」


 残念そうに語るグオンを見て、エバンスは悔しそうな表情を浮かべながら腕と足を組む。そう、ユニラビットはマンティコアが棲みついている北東の林に生息しているのだ。

 マンティコアはユニラビットの情報が冒険者ギルドの入った直後に北東の林に棲みついた。そのため、ヴァリンで活動する冒険者の殆どが、北東の林にユニラビットとマンティコアが棲みついていることを知らない。


「ウォルレスさんも冒険者たちがマンティコアのことを知る前にユニラビットのことを知り、素材欲しさに林へ向かう可能性があると考え、今日中にマンティコアの情報を伝えるつもりだと言っていた」

「犠牲者が出てからじゃ遅い。俺たちも知らない奴を見かけたら教えてやった方がいいな」

「ああ……特にカイルとファリスには真っ先に教える必要がある」


 クレシアの口から出た名前にエバンスとグオンは反応する。ネフィリアは聞きたくない名前を聞いて気分を悪くしたのか、僅かに眉間にしわを寄せた。


「……そうだな。マンティコアは昨日林に棲みついたばかりだから、アイツらが知らない可能性は高い」

「もし、ギルドで見かけたら教えてあげましょう」


 追放したとはいえ、嘗て仲間だった二人にもしっかり伝えるべきだと、エバンスとグオンはクレシアの考えに同意する。


「教える必要なんてないわよ」


 ネフィリアは納得できない様子で情報を教えることに反対する。

 プレッジのメンバーの中でも最もカイルが気に入らなかったネフィリアにとって、毛嫌いしていたカイルとその肩を持つファリスがいなくなったのはとても都合が良く、そのことに気分を良くしていた。

 だが、追放したにもかかわらず、クレシアがカイルとファリスのことを気にかけているため、二人がクレシアから心配されていることが気に入らずにいたのだ。


「もうアイツらはプレッジのメンバーじゃないのよ? どうして私たちが教える必要の無いことをわざわざ教えなくちゃいけないのよ」

「……例え追放したとしても、俺たちは同じ冒険者だ。同業者に情報を教えて何が悪いだよ」

「あの二人とは手を切ったんだから、仲間みたいな行動はするべきじゃないって言ってるの」


 いつまでも追放した者を仲間のように扱っていることに対し、ネフィリアは不満そうな様子を見せる。

 エバンスとグオンはカイルを追放した理由を知っていながら、ここまでカイルとの関わりに不満を抱くネフィリアを見て内心呆れていた。


「そもそもアイツらだって追放してから私たちと関わろうとしなかったじゃない。それってこっちを嫌ってるってことなんだから、情報を教えてもまともに聞くとは思えないわ。それなら、教える必要は無いでしょ?」

「……確かにネフィリアの言うとおりだ。カイルとファリスは私を憎んでいるだろう。相手から嫌われているのだから、わざわざ手を差し伸べたり、情報を与えるようなことをするのは無意味だと大抵の者は考えるだろう」

「でしょ? だったらアイツらのことは放っておいて、私たちは私たちのことだけ考えましょう」


 理解してくれたと感じたネフィリアは笑顔でクレシアを見つめる。するとクレシアは小さく苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「だが、私はそれでも構わない。例え二人から憎まれ、情報を受け取らなかったとしても、私はカイルとファリスが少しでも生き残れるように力を貸してやりたいんだ」

「で、でも、それじゃあクレシアが一方的に傷つくだけじゃない。自分が傷つくと分かっているのなら、やる必要は無いわ」

「それでもいいんだ。これは私が自分の考えだけでカイルを追放し、傷つけてしまったことへの罰でもあるのだから」


 カイルとファリスが生き残れる状況を作れるのなら、自分が傷つくことになるとしてもクレシアは喜んでそれを受け入れるつもりでいた。

 クレシアの意志の強さと覚悟にエバンスとグオンは感服し、クレシアを見ながら小さく笑う。

 一方でネフィリアはクレシアのカイルとファリスを守りたいと言う意思を知って衝撃を受ける。そして同時に自分が惚れ込んでいるクレシアにここまで大切に思われているカイルとファリスに強い嫉妬心を抱いた。

 自分は魔導士としてクレシアの役に立ち、彼女が最高の冒険者になろうという夢を叶えるために協力してきた。だから自分はクレシアのことをよく理解しており、クレシアからは大切な仲間だと思われていると考えている。

 しかし、クレシアは固有技術(ユニークスキル)を使いこなすこともできず、力も弱くて荷物持ちしかできないカイルを気にかけている。

 このことから、ネフィリアは自分が毛嫌いしているカイルよりも下の立場なのかと感じていた。


「私は今後、カイルとファリスに直接力を貸すことは無いが、重要な情報などは教えるつもりだ。そうすることで私が、そして二人が最高の冒険者になれると信じている……」


 追放しておいて自分に都合のいい考え方をしている。心配なら最初から追放しなければいいのに。など、何も知らない者がクレシアの話を聞けばそう感じるだろう。

 だが、クレシアは周囲からどう思われても、カイルとファリスの力になりたいと考えていた。


「もしかすると、カイルとファリスは既にマンティコアの情報を知っているかもしれない。だが、もし見かけたら念のために教えておいてくれ。あと、ユニラビットが北東に林にいることもな」

「ああ、分かった」


 ユニラビットの情報を教えても構わないとエバンスも思ってるのか、不満そうな顔をせずに頷く。

 今はまだマンティコアがいるため、北東の林に近づくことはできない。しかし、マンティコアを討伐した後なら他の冒険者よりも早くユニラビットの素材を手に入れることができ、カイルとファリスは大金を得られる。

 そうなればカイルも固有技術(ユニークスキル)を使わないと装備できないような強力な防具を手に入れることができ、戦闘でも前線に出られるようになる。

 クレシアはカイルが少しでも冒険者として成長するため、カイルとファリスにユニラビットの情報を教えようと思っていたのだ。

 カイルとファリスに情報を提供することが決まり、クレシアたちは改めてこれから行うモンスター討伐について話し合おうとした。すると、ネフィリアが突然席を立ち、出入口である扉の方へ歩いて行く。


「ネフィリア、何処へ行くのですか?」

「はあ? 察しなさいよ。女性が一人で行くところと言ったら、一つしかないでしょう?」


 呆れ顔で振り返るネフィリアを見て、グオンは何かに気付いたような反応をし、目を背けながら軽く咳払いをする。

 話を聞いていたクレシアとエバンスも状況から、ネフィリアがトイレへ行こうとしていると察した。


「ネフィリア、話が終わったらすぐにモンスター討伐へ向かいたい。寄り道せずに戻って来てくれ?」

「分かってるわよぉ、クレシア。でもねぇ、乙女は色々とやることがあるの。同じ女性なら分かるでしょう?」


 グオンと接していた時と違い、楽しんでいるような態度で語るネフィリアを見て、クレシアは思わずまばたきをした。


「で、も、クレシアのお願いだから、お姉さん、できるだけ早く戻って来るわね♪」

「あ、ああ……」


 少し引くような反応を見せながらクレシアは頷く。

 エバンスは相変わらず態度と表情をコロコロ変えるネフィリアを見て、疲れを感じたのか軽く溜め息をついた。

 ネフィリアは部屋を出る際、満面の笑みを浮かべながらクレシアに手を振り、静かに扉を閉めた。

 廊下に出たネフィリアは笑みを浮かべたまま静かに歩いて行く。だが、部屋から少し離れた所まで移動すると目を鋭くし、自身の親指の爪を嚙み始める。


「……折角カイルとファリスがいなくなって、クレシアと楽しく活動できると思ったのに、アイツらのせいで全然楽しめないじゃない」


 苛立ちを露わにするネフィリアは低い声で本心を口にする。

 控室ではクレシアたちの手前、本心やカイルとファリスに対する怒りを口にできなかったが、今は廊下で一人だけなので言いたいことを声に出すことができた。


「チームを抜けた後もクレシアは二人のことばかり考えて、アイツらを気遣うような言動ばかり。しかもこの五日間、難易度の低い依頼や簡単で報酬の多い依頼は受けず、全部アイツらに回してばかり」


 カイルとファリスがプレッジを抜けた後のことをネフィリアは目くじらを立てながら思い出す。

 五日前、プレッジからカイルとファリスがいなくなった後も、クレシアたちはいつもどおり冒険者として活動していた。

 ただ、クレシアはAランクの依頼で難易度が低いものや、報酬が多くて少人数でも受けられるような依頼は全てカイルとファリスが受けられるようにしていた。

 理由は危険度の高い依頼を受けることなく、カイルとファリスが多くの報酬を得られるようにするためだ。

 エバンスとグオンはカイルとファリスの事情から、二人に簡単な依頼を回しても構わないと納得した。しかし、ネフィリアだけは追放した者たちに楽で報酬の多い依頼を回すことが気に入らず、今でもそのことを不服に感じている。


「何より許せないのは、クレシアは私と話す時も全然楽しそうじゃないし、すぐにカイルとファリスの話題を出すこと。……アイツらがいる限り、私はクレシアと幸せな時間を過ごすことはできないわ」


 チームを抜けても、クレシアの気を引くカイルとファリスは邪魔な存在でしかない。そう考えるネフィリアは二人に歪んだ怒りを抱いていた。


「私が本当にクレシアと楽しく過ごすためは、アイツらには消えてもらうしかないわ。……とは言え、私が直接手を出すのは論外。周囲が事故と判断するような方法でアイツらを消さないとね」


 驚くべきことを口にしながらネフィリアは歩いて行く。

 この時、廊下にはネフィリアしかいなかったが、もし誰かに聞かれたら彼女は冒険者としての信頼を失っていただろう。だが、今のネフィリアはそれを考えられないくらい、カイルとファリスに怒りを感じていたのだ。

 カイルとファリスに対する不満を感じながらネフィリアは歩き、階段に辿り着くとゆっくりと下りていった。

 大勢の冒険者がいる一階にやって来たネフィリアは爪を噛むのをやめ、険しかった表情を和らげる。

 ネフィリアは周囲から多くの異性が見惚れるプレッジの美女の魔導士として知られているため、イメージを壊さないよう本性を隠して活動していた。


「……まぁ、アイツらをどう消すかは後で考えればいいわ。まずはお手洗いに……」


 広間を見回してネフィリアはトイレの場所を探す。そんな時、休息所で休んでいるカイルとファリスの姿が目に入り、ネフィリアは嫌そうな表情を浮かべる。


「うわぁ、一番見たくない奴らを見つけちゃったわ。あ~気分悪い」


 ただでさえ、カイルとファリスのことで機嫌が悪いのに、そんな状態で本人たちを見つけたため、ネフィリアはますます不機嫌になった。

 カイルとファリスを見かけたのなら、クレシアに言われたとおりマンティコアとユニラビットの情報を教えるべきなのだが、二人に強い嫌悪感を抱くネフィリアは情報を教える気など無かった。


「別に私が教えろって言われたわけじゃないし、教える必要なんて無いわよね。情報はエバンスかグオンに伝えてもらえばいい……」


 ネフィリアは情報を教えずにトイレへ向かおうとするが、突然足を止めて何かを思いついたかのように目を見開く。

 しばらくその場で俯いて考え込んだ後、ネフィリアは顔を上げてニッと不敵な笑みを浮かべた。それはまるで、何か良からぬことを思いついたかのような顔だ。

 ネフィリアはトイレに行くのをやめ、休息所にいるカイルとファリスの方へ歩き出す。


「相変わらず情けない顔してるわね?」


 カイルとファリスに近づいたネフィリアは小馬鹿にする笑みを浮かべながら声を掛ける。

 話しかけられたカイルとファリスは反応し、同時にネフィリアの方を向く。


「ね、ネフィリア……」


 ネフィリアを見たカイルは一瞬驚いた反応を見せるが、すぐに表情を曇らせる。自分を追放したチームのメンバーの顔を見て気が滅入ってしまったようだ。

 ファリスは会いたくない存在が目の前にいることで気分を悪くし、眉間に僅かにしわを寄せる。


「今日も簡単な依頼を受けてきたの? そんなんじゃ、いつかギルドもアンタたちをAランクに相応しくないと判断して降格するでしょうね」

「大きなお世話よ」


 言いたいことを言うネフィリアを睨みながら、ファリスは低い声で言い返す。


「何か用なの? 馬鹿にするために来たんだったらさっさと消えてくれない? アンタの顔を見てると腹が立ってくるのよ」

「あらあら、そんなこと言うの? 折角いい情報を持ってきてあげたのに」

「いい情報?」


 ネフィリアの言葉にファリスは聞き返し、カイルも気になるような顔をしながらネフィリアに視線を向けた。


「そうよ、クレシアからアンタたちに伝えてほしいって情報を持って来てあげたの。感謝しなさいよね」

「……結構よ。あんな恩を仇で返すような奴から情報なんて貰いたくないわ」


 一番聞きたくない名前を聞いたファリスはそっぽを向き、情報の受け取りを拒否しようとする。

 約束を破り、足手まといになるからと言ってカイルを追放するような女から情報を与えられるなど、ファリスのプライドが許さなかった。


「酷いわねぇ。クレシアはアンタたちが少しでも早く最高の冒険者になってほしくて、この情報を教えてほしいって言ったのよ?」

「えっ、どういうこと?」


 カイルは気になる言葉を耳にし、詳しく聞こうとネフィリアに尋ねる。

 ネフィリアはカイルが自分の話に耳を傾けたのを見て、カイルやファリスが気付かないくらい小さく笑う。


「足手まといとは言え、クレシアはカイルを一方的に追放したことを悪いと思っているのよ。だからその償いのために情報を教えたいって言ったの。ほんっとうに女神のような子よねぇ」


 恋する乙女のような笑顔を浮かべながら語るネフィリアを見て、カイルは自分がチームから出ていった後もクレシアを想う気持ちは変わっていないと知り、思わずまばたきをする。


「クレシアはアンタたちと約束した夢を叶えるため、アンタたちに情報を伝えてほしいって思ってるのよ。だからウジウジ言わずに情報を受け取りなさい」


 カイルの隣に座るファリスは目を細くしながらネフィリアを見ている。この時、ファリスはネフィリアの言動に小さな違和感を感じていた。

 クレシアの性格やカイルを追放した時の態度から、償いのために情報を提供するとは思えなかった。

 更にネフィリアはクレシアに異常と言える愛情を抱いており、幼馴染である自分やカイルを良く思っていない。

 クレシアから指示されたとしても、ネフィリアが素直に自分たちに情報を教えるだろうかとファリスは考えていた。

 情報提供には何か裏があるのでは、ファリスはそんな疑問を抱きながらネフィリアを見つめる。


「……その情報って、どんなものなの?」

「カイル?」


 ネフィリアから情報を聞こうとするカイルを見て、ファリスは意外そうな表情を浮かべる。

 幼い頃に交わした約束を破り、追放までしたクレシアの情報を受け取ろうとするカイルにファリスは内心驚いていた。


「カイル、クレシアからの情報なんて聞く必要は無いわ。恩を仇で返し、一方的に追放した女のことなんて無視すればいいのよ」

「ファリス、確かにクレシアは僕を足手まといだと言ってチームから追放した。……だけど、それでも僕はクレシアが昔と変わらず、優しいままだと思ってるんだ」

「優しいまま? 優しいままならアンタを追放したりするはずないじゃない。そもそも本当にあの子が昔と同じなら、あんな酷いことは言わないはずよ」

「うん、追放された時の僕もそう思ってたよ。でも、あの時の僕は追放されたことがショックで深く考える余裕は無かった。……落ち着いた今なら、クレシアが僕を追放したのには理由があるんじゃないかって考えられるんだ」


 小さく笑いながら語るカイルをファリスは無言で見つめる。

 ファリスもカイルが追放すると聞かされた時は頭に血が上っており、冷静な判断をすることができない状態だった。それを考えると、クレシアの真意をしっかり確かめずに罵声を浴びせたのは問題だったかもしれないとファリスは感じ始める。


「もし別の理由で僕を追放したのだとしたら、クレシアともう一度、一緒に最高の冒険者を目指そうって話し合うつもりだよ」

「……アイツの性格から、一度追放したあたしらとまた一緒に夢を叶えようとするとは思えないのよねぇ。そもそも別の理由で追放したのかどうかも分からないじゃない。聞いたところでクレシアが素直に答えるとは限らないわよ?」

「分かってる。その時は白状するまでしつこく聞き続けるつもりだよ」


 笑うカイルを見たファリスは、カイルがクレシアのことを憎んでいないことを知り、とても心の広い男だと感じた。


「ファリス、ネフィリアが教えようとしている情報も、クレシアが僕らのことを気にして教えてくれるんだって僕は思ってる。だから、とりあえず話を聞いてみようよ?」


 ファリスはカイルの説得され、どうするべきか考える。

 何か理由があってカイルを追放したのだとしても、クレシアが自分の意思で追放したことは事実であるため、ファリスはクレシアを完全に許すことも、信用することもできない。

 しかし、追放の話を聞かされた時に冷静さを失っていた自分にも僅かに非があるため、ファリスは頭ごなしに拒否せず、少しは耳を傾けるべきなのかもしれないと考えた。


「……いいわ。カイルがそう言うのなら」

「ありがとう」


 ファリスならきっと自分と同じ答えを出すと思っていたのか、カイルは笑顔で礼を言う。

 カイルが笑うのを見たファリスは照れくさそうに目を逸らした。


「ちょっと、私をほったらかしにしないでくれる?」


 黙って会話を聞いていたネフィリアはつまらなそうな顔で声を掛ける。

 話しかけられたカイルとファリスは状況を思い出し、同時にネフィリアの方を向いた。


「ご、ごめん。……それで、クレシアが教えてくれるいい情報って何なの?」


 苦笑いを浮かべるカイルは改めて情報について尋ねる。

 ネフィリアはカイルを見ながら鼻を鳴らし、不機嫌そうに腕を組んだ。


「じゃあ、今から教えてあげるからよーく聞きなさい? 二度説明するのは嫌だからね」

「分かったから早く話しなさいよ」


 面倒くさそうな顔で言うファリスにネフィリアは小さく舌打ちをする。


「情報って言うのはね、ヴァリンの北東にある林にユニラビットが生息してることについてよ」

「ユニラビット? 角とか毛皮が高値で取引されるっていう?」

「そう。このことはまだ私たち以外、誰も知らないわ。本当は私たちプレッジが狩りに行こうとしてたんだけど、クレシアがアンタたちに譲るって言うから仕方なく諦めたのよ。有り難く思いなさいよ?」

「そうなんだ……」


 ユニラビットの素材を売れば、今まで受けたどの依頼よりも多い金銭を得ることができるため、カイルは内心驚く。それと同時に大金を得られる貴重な情報を教え、素材を手に入れる機会を譲ってくれたクレシアに感謝した。


「別の情報は無いの? ユニラビット以外に新しいモンスターが目撃されたとか……」


 情報が少ないため、ファリスは北東の林に生息するモンスターについて他に情報はないかネフィリアに尋ねる。


「……ええ、何も無いわ。いるのはアンタたちでも倒せる雑魚モンスターだけよ」


 満面の笑みを浮かべながらネフィリアは問題無いことを伝える。


「時間が経つと他の冒険者たちがこのことに気付くかもしれないから、今すぐ林へ行った方がいいと思うわよ?」

「そうだね、早速行ってみるよ。……ありがとう、ネフィリア」


 今まで自分を毛嫌いしていたネフィリアが助言してくれたことをカイルは意外に感じていたが、クレシアから言われて仕方なく助言したのだろうと納得する。

 弱いモンスターしかいないのなら、問題無くユニラビットを狩ることができると考えるカイルとファリスは林に着いたらどうするか作戦を練り始めた。

 カイルとファリスを見ていたネフィリアは二人に背を向け、俯きながら不敵な笑みを浮かべる。


(何がクレシアともう一度冒険者を目指すよ。アンタたちはもう二度とクレシアの前にその馬鹿面を見せることはないのよ)


 笑うネフィリアは心の中でカイルとファリスに見下す。

 ネフィリアは北東の林にマンティコアが棲みついていることはわざと教えず、ユニラビットがいることだけをカイルとファリスに教えた。理由は自分の気に入らないカイルとファリスをマンティコアに襲わせ、直接手を下さずに二人を始末するためだ。

 カイルとファリスがいなくなれば、クレシアは二人にこだわることは無くなり、プレッジのことだけを考え、自分もクレシアと幸せな時間を過ごすことができるとネフィリアは考えていた。

 幼馴染が二人同時に命を落とせば、クレシアは大きなショックを受けて落ち込むかもしれない。だが、ネフィリアはクレシアが落ち込んだら自分が慰めてクレシアを立ち直らせるつもりでいた。

 立ち直らせることでクレシアは感謝し、良きパートナーとして受け入れてくれると確信していたのだ。


(アンタたちは、私とクレシアが幸せな道を歩むための踏み台になるのよ。幼馴染のために死ねる機会を与えてあげたながら、感謝しなさいよね。ばぁ~か♪)


 ネフィリアが自分の欲のために恐ろしい計画を立てていることを、この時のカイルとファリスは想像もしていなかった。


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