第91話 名声と力を求める者
ヴァリンの冒険者ギルドではいつものように冒険者たちが集い、自分たちが受けられる依頼を探している。
今は昼過ぎで午前と比べたら冒険者の数は少ない。そして、現在ギルド内にいる冒険者の大半はEランク以下だった。
Eランク以下だからか、冒険者たちの殆どがレザーアーマーや短剣、木製の盾など安物の武具を使っている。良い装備を手に入れ、依頼を熟しやすくしたいと考える冒険者たちは少しでも報酬の多い依頼を受けようと掲示板に張り出されている依頼書を一つずつ確かめていく。
「クソォ~、今出てるのって安い報酬の依頼ばかりじゃねぇか」
「薬草採取、ドブ掃除とかは安いけど、ガラクタ置き場の片付けはいいんじゃない? 他と比べて高いわよ?」
「それってかなり体力を使うんだろう? それなのに貰える報酬は少し高いだけじゃねぇか。労力に見合わねぇよ」
「あのねぇ、それじゃあ何も受けられないじゃない。私たち新人は贅沢言える立場じゃないのよ?」
Fランク冒険者である魔導士の少女は仲間と思われる少年の戦士に呆れ顔で語り掛ける。
二人は掲示板の前で長い時間、自分たちが受ける依頼を探しているが、なかなか良い条件の依頼が見つからずにいた。周りにいる他の新人冒険者たちは既に自分の受ける依頼を決めており、依頼書を剥がすと早足で受付へと向かう。
冒険者たちが依頼書を持っていったことで、掲示板に張り出された新人向けの依頼は数枚だけとなった。しかも全て報酬の少ない依頼だ。
「ほら見なさい、アンタがもたもたしてるからいい依頼は全部持っていかれちゃったわよ?」
「う、うるせぇな! 俺にはこんなつまらねぇ依頼は向いてねぇんだよ。やっぱ、モンスターをバンバン倒す冒険者らしい依頼じゃねぇと」
笑みを浮かべながら胸を張る少年戦士を見て、少女魔導士は深く溜め息をつく。
「私たち新人にはモンスター討伐の依頼は回されないわ。モンスターと戦いたいのなら、簡単な依頼を受けながら実績を上げてランクを上げないと……」
「だけどよぉ、新人でも街の外に出てモンスターと戦うことはできるんだろう? ソイツらを倒せば実績を上げられるし、報奨金だって手に入るんだぜ。……今日は依頼を受けるのやめて、そっちをやらねぇか?」
「馬鹿を言わないで。実戦経験の無い私たちがいきなりモンスターに挑んでも死ぬだけよ」
眉間にしわを寄せながら反対する少女魔導士を見て、少年戦士は「ちぇ」と不満そうな顔でそっぽを向く。
少年戦士はモンスターと戦う時こそが冒険者として最も輝ける瞬間だと思っており、早くモンスターと戦って周りから認められたいと考えている。
「モンスターを倒して報奨金を得るのは実力がある人がやることよ。……あの人たちみたいにね」
少女魔導士はそう言ってギルドの入口に視線を向ける。
少年戦士が不思議そうな顔をしながら同じ方角を見ると、杖を持ち、大きめの袋を肩に掛けているエルフの少年魔導士が視界に入る。
エルフの魔導士の後ろでは、剣と盾を装備した赤髪の美少女と大鎌を持った紫髪の美女、剣とハーフアーマーを装備した黒髪の美少女を付き従うように歩いている。
「あれって、Aランクチームのゴスペル?」
「そう。あの人たちみたいに強くと好きな依頼を選べるくらい余裕がある人が、依頼とは別にモンスター討伐をすることができるのよ」
少年戦士は少女魔導士の話を聞き、高ランクで実力のある冒険者なら依頼を受けず、危険度の高いモンスター討伐を行っても問題無いとゴスペルを見ながら納得する。
自分もいつか、ゴスペルのような高ランクの冒険者となって活躍したいと少年戦士は思うのだった。
「フゥ~、今日も楽勝でしたね?」
愛用の大鎌を肩に掛けるランハーナは笑顔でバアルたちに声を掛ける。
隣を歩くリーテ、エファリアはランハーナの言葉に歩きながら小さく笑みを浮かべた。
バアルたちがヴァリンでエファリアと再会してから既に五日が経過しており、今日までバアルたちは複数の依頼を受けてきた。
行動を共にするようになった日から三日間はAランクとBランクが共に受けられる依頼を受け、依頼が無い場合はヴァリンの外に出て周辺に現れるモンスターを討伐した。
受けた依頼はどれも難易度が高く、依頼以外で討伐したモンスターもB以上でなければ倒せないほど強力な種類ばかりだったが、バアルたちの実力なら何の問題も無い。そのため、僅か三日でゴスペルは一気に実績を上げ、今ではヴァリン中に存在が知れ渡っていた。
「今回の報酬もかなりの額ですから、当分の間は活動資金には困ることはありませんね」
「ああ。……だが、だからと言って何もせずに遊ぶわけにもいかない。すぐに次の依頼を受けられるよう準備をしておけ?」
「了解です」
ランハーナはバアルを見ながらニッと笑みを浮かべて返事をする。
ヴァリンに来てからバアルたちは殆ど休暇無しで冒険者活動していた。だが、高レベルのバアルたちはAランクの依頼も難なく熟せるため、長時間連続で活動していても疲れを感じていない。
勿論、ランハーナやリーテも疲れを感じていないため、休みを取らずに次の依頼の準備を行うよう言われても不満に思ったりしていない。
「エファリアさんも、かなりお金が溜まったはずですけど、何か買い物の予定などはあるのですか?」
バアルとランハーナの会話を聞いていたリーテはエファリアの方を向き、金銭の使い道について尋ねた。
「そうね……新しい剣を買い替えようかなって思ってるわ」
エファリアは腰に納めている剣を手で軽く叩き、新しい武器を購入したいことを伝える。
冒険者に取って武器は命の次に大切な物と言ってもいい。生き残るため、そして依頼を無事に熟すためにも念入りに武器を確認し、手入れや買い替えをする時期を頭に入れておく必要があるのだ。
現在、エファリアが使用している剣はバアルたちと別れた後に手に入れた物だが、あまり丈夫ではなく、切れ味も並の剣より少しいいくらいだ。
バアルたちと共に依頼を受けて多くの金銭を得られるようになったため、エファリアは近いうちに新しくより頑丈な剣を手に入れたいと考えていた。
「今なら高めの剣も問題無く購入できると思います。それにAランクなら、お店の人も普通のお客さんには見せない武器とかも見せてくれるんじゃないでしょうか?」
「そ、そうかしら……」
微笑むリーテを見て、エファリアはどこか嬉しそうな表情を浮かべながら自身の頬を指で掻く。
実はバアルたちだけでなく、共に活動しているエファリアもかなり実績を上げており、バアルたちと同じようにヴァリンでも五本の指に入るほど、実力のある冒険者として見られるようになっていた。
依頼以外でもモンスターを討伐したことで冒険者ギルドに認められ、バアルたちと行動を共にしてから三日後にエファリアはAランクに昇格したのだ。
Aランクになったことで、ランクが違う者たちが受けられる依頼を探す必要もなくなり、以降はバアルたちとAランクだけが受けられる依頼を熟していった。今回もバアルたちと同じ依頼を受け、それを無事に終えて帰還したところだ。
Bランクだった冒険者が一月も経たない内にAランクになったことは大きな話題となり、ヴァリンで活動する冒険者だけでなく、住民たちにも衝撃を与えた。
今のエファリアはある意味でバアルたち以上に注目されていると言ってもいい。
「どうします? すぐに買い替えたいのでしたら、バアルさんに時間を作ってもらうよう言いますけど?」
「……いいえ、もう少しだけこの剣を使うことにするわ。使えないほど傷んでるわけじゃないから」
「分かりました。……でも、買い換えたいと思ったら遠慮無く言ってくださいね? バアルさんもエファリアさんが武器を変えたいと言えば、反対しないでしょうから」
「え、ええ、ありがとう」
若干必死になっているような様子で語るリーテにエファリアは軽く苦笑いを浮かべながら頷く。
「おい、依頼を終えたことを受付に伝えに行くぞ?」
バアルに声を掛けられた、リーテとエファリアは同時にバアルの方を向く。剣の買い替えや今後の予定を考えるにしても、まずは依頼を終えたことを冒険者ギルドに報告する必要があった。
依頼完遂を伝えるため、バアルたちは受付に向かった歩いていく。既にヴァリンで有名になっているバアルたちはギルド内にいる冒険者やギルド職員たちの注目の的となっていた。
受付にやって来たバアルたちは眼鏡をかけた水色の長髪の受付嬢の前に立つ。
バアルたちの姿を見た受付嬢は軽く目を見開いて驚きの反応を見せる。
「皆様、いつお帰りに?」
「ついさっきです。グランドタイガー討伐依頼を終えて戻ってきました」
「そ、そうですか。今回もお早いお帰りですね……では、討伐完了の確認をしますので、討伐対象の部位の提出をお願いします」
「分かりました」
そう言ってバアルは背負っている大きめの袋をカウンターの上に置いて中を見せる。
袋の中には濃い黄色の体毛を生やした虎のモンスターの頭部が入っていた。袋の中に入っていた頭部こそ、バアルたちが依頼で討伐したグランドタイガーの物だった。
目の前に獣族モンスターの頭部を出されたことで、受付嬢は思わず後ろへ下がった。しかし、すぐに受付嬢としての立場を思い出し、恥ずかしそうな顔をしながら軽く咳をする。
「では、すぐにご確認いたしますね」
受付嬢はバアルたちが見ている中、頭部の特徴などを確認していく。やり慣れているのか、受付嬢は僅か数十秒で確認を終わらせた。
「確かにグランドタイガーの頭部ですね。お疲れ様でした」
笑顔を浮かべる受付嬢は近くにいる男のギルド職員を呼び、グランドタイガーの頭部をカウンターの奥へ運ばせる。
頭部が運ばれると、受付嬢はカウンターの下から報酬である金銭とそれを入れる小さな袋を乗せたトレーを出してバアルたちの前に出す。
バアルは報酬を確認すると袋に金銭を入れ、リーテたちを連れて奥にある休息所の方へ歩いて行った。
休息所へ移動したバアルたちは空いている席に座り、今回の依頼の報酬を分ける。
四人で活動しているため、普通は報酬は四等分するべきだが、バアルはリーテ、ランハーナとチームで活動しているため、四等分するとゴスペルに報酬の四分の三がいくことになる。それだと流石に不公平であるため、相談した結果、エファリアは報酬の半分を受け取ることになった。
最初、エファリアは自分が半分も報酬を受け取るわけにはいかないと遠慮していたが、リーテに説得されて半分を受け取ることを了承した。
「さて、今回の依頼も無事に終わったわけだが、この後はどうする? 何か意見があるなら言ってくれ」
バアルがリーテたちを見回しながら尋ねると、リーテがバアルを見ながらそっと手を上げた。
「ヴァリンの周辺にいるモンスターの討伐を行うのはどうでしょう? 今の時間だと、新しく依頼を受けたら日が暮れる前に戻って来れなくなるかもしれませんし……」
「私もそうした方がいいと思うわ」
エファリアも今の時間で新たに依頼を受けると、戻るのが夜になってしまうと感じたのかリーテに同意する。
「確かに今回の依頼も午前中に受けて昼過ぎに終わったからな」
時間とAランクの依頼に要する時間を考えると明るいうちに戻るのは難しいかもしれないため、バアルは難しい顔をする。
転移魔法を使えば時間を気にしなくていいのだが、今はエファリアが同行しており、転移魔法を使うとバアルが魔王ゼブルだと気付かれる可能性がある。そのため、バアルはエファリアと再会してから転移魔法を使わずに冒険者活動をしていた。
明るい内にヴァリンに戻って来れない可能性があるため、バアルは依頼を受けず、リーテとエファリアの言うとおり、ヴァリンの周辺でモンスターを討伐した方がいいかもしれないと考える。
「おい、聞いたか? 今ヴァリンの北東にある林には近づかない方がいいらしいぞ」
「は? どうしてだよ」
バアルたちが座っている机のすぐ近くにある別の机では、二人の冒険者が何かを話していた。
冒険者たちの会話を聞いたバアルは何の話をしているのか興味があり、気付かれないように会話を盗み聞きする。
リーテたちも近くで座っていたため、冒険者たちの会話が聞こえている。近づいてはいけない、という気になる言葉を聞いたため、リーテたちも会話の内容が気になっていた。
「さっき、ギルドの職員が話しているのを聞いたんだがよ、昨日から北東の林にマンティコアが棲みついてるらしいぜ」
「マンティコア? 確かAランク以上の冒険者じゃねぇと倒せない化け物じゃなかったか?」
「ああ、凶暴で肉食。空を飛べる上に毒針の付いた尻尾まで持ってる中級モンスターだ」
冒険者たちは自分たちが住んでいるヴァリスの近くに恐ろしいモンスターがいることに対する不安と恐ろしさを口にする。
マンティコアはレベル28から30の獣族モンスター。獰猛で動きが速く空を飛ぶことが可能で、尻尾の先端には毒針が付いている。
EKTの世界ではマンティコアは下級モンスターとして見られているが、異世界では凶暴で倒すのが難しいことから、上位の冒険者でも苦戦する中級モンスターとして扱われているのだ。
バアルもEKTの世界にいた時に何度もマンティコアと接触、交戦していたのでどんなモンスターなのかよく知っている。それと同時に異世界で厄介なモンスターとして見られているマンティコアを討伐すれば、ゴスペルの知名度は更に高まり、Sランクに近づけるのではと考えていた。
「マンティコアを放置すれば、いずれヴァリンや近くの村にも被害が出ると確信したギルドは急いで討伐の準備を進めているそうだ。準備が整い次第、上位冒険者に緊急の依頼を出すとか」
「成る程ねぇ。……まぁ、Eランクの俺たちにはあまり関係ないことだけどな」
下位冒険者の自分たちがマンティコアに挑んでも、返り討ちに遭うだけだと確信している冒険者は他人事のように軽く鼻で笑う。もう一人の冒険者も同感なのか、苦笑いを浮かべながら仲間を見ていた。
冒険者たちの話を聞いたバアルは軽く俯き、しばらく黙り込んだ後にリーテの方を向く。
「リーテ、ヴァリンから北東にある林に行くにはどのくらい時間が掛かる?」
バアルの質問にリーテは反応する。冒険者たちの会話を聞いていたリーテは、バアルが何をするつもりなのか既に察していた。
「……マンティコアを討伐に行くんですか?」
「えっ?」
二人の会話を聞いたエファリアは思わず声を漏らす。
エファリアもマンティコアがAランク以上の冒険者でも苦戦する相手であることを知っているため、リーテの言葉を聞いて驚いてしまった。
一方でランハーナは自分たちなら楽にマンティコアを倒せると確信しているため、面白そうに笑っている。
「奴を倒せば俺たちの知名度も上がり、Sランクに一歩近づく。ついでに倒せば報奨金も貰えるだろうしな」
遊び感覚でマンティコアを討伐しようとするバアルを見て、リーテはやれやれと言いたそうに軽く息を吐く。
だが、決して嫌そうな顔はしておらず、困った兄を見る妹のように苦笑いを浮かべていた。
「確か、徒歩だと三十分ほどで着くはずです」
「そうか。……なら、他の冒険者たちが動く前に行くとするか」
日が沈む前に戻って来れる距離だと知り、バアルは小さく笑いながら立つ。
リーテとランハーナもバアルが決めたのなら、それに従おうと不満などを見せずに立ち上がった。
「ま、まさか、本当にマンティコアを倒しに行くの?」
エファリアは目を丸くしながらバアルに尋ねる。Aランク以上でも倒すのが難しい相手にこれから挑もうというのだから、当然言えるだろう。
「勿論だ。奴を倒せば周囲からの評判は良くなり、金も手に入るからな。何より、そんな凶暴なモンスターを野放しにするわけにもいかないだろう」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
相手が手強いことを知っているエファリアはすぐにマンティコアと戦うことを決意できなかった。
自分はまだAランクになって間もないため、エファリアは上手く戦えるか、生き残ることができるのかと不安を抱いていたのだ。
バアルはエファリアの反応を見て、彼女が何を考えているか察すると静かに息を吐く。
「エファリア、もっと自分に自信を持て。アンタはこれまで多くの依頼を受け、沢山のモンスターを倒してきた。アンタならマンティコアとも問題無く戦える」
「で、でも……」
「それにアンタはSランク冒険者になるんだろう? Sランクになれば、マンティコアと同等、もしくはそれ以上に凶暴なモンスターと戦うことになる。なら、今の内に強いモンスターとの戦闘を経験しておいた方がいい」
Sランクになった時のためにも、マンティコアと戦い、強敵との戦闘の感覚を掴んでおくべきだと語るバアルを見て、エファリアは難しい顔で考え込む。
バアルの言うとおり、Sランクという冒険者の最高峰となれば、マンティコアよりも強いモンスターと戦うことになる。多くの人をそんなモンスターから守るためにも、一度は手強いモンスターと戦っておいた方が今後のためになるかもしれない。
「……確かに貴方の言うとおりね。Sランク冒険者として戦うためにも、そして生き残れるようにするためにも戦っておいた方がいいかもしれないわ」
「決まりだな」
マンティコアの討伐を決意したエファリアを見て、バアルは小さく笑みを浮かべる。強くなるため、そして人々を守るためにも、エファリアなら必ずマンティコアと戦うとバアルは確信していたのだ。
バアルはゴスペルとエファリアの実績を上げるためにマンティコアを討伐すると言っているが、他にもエファリアのレベルを上げるという目的もあった。
魔王ゼブルとしての自分と戦える勇者にするため、少しでもエファリアのレベルを上げる必要がある。バアルはエファリアと再会した日から今日まで、様々な依頼を受けたりモンスターの討伐を行い、さり気なくエファリアのレベルを上げていった。その結果、現在のエファリアはレベルが35になっている。
異世界の強さの基準から、レベル35から40の人間や亜人は英雄級の実力を持っていると見なされるため、既にエファリアは英雄級の実力者となっていた。
ただ、レベルの概念が無い異世界の住民たちはレベルというものを知らない。そのため、特定の強さを持つ存在を倒した時、あるいはそれと同等の実力を得た時、その人物を英雄級の実力者だと判断するのだ。
勿論、エファリアも自分が英雄級の実力者になったことに気付いていない。そのため、マンティコアを討伐すると言われた時に自分はまともに戦えないと不安に思っていた。
バアルはマンティコアと戦い、エファリアに経験値を積ませると同時に英雄級の実力者になっていることを自覚させようと考えていた。
マンティコアを討伐することが決まり、席を立ったバアルたちは冒険者ギルドの入口へ向かおうとする。そんな時、冒険者ギルドにカイルとファリスが入ってくるのが目に入り、二人を見たバアルたちは一斉に足を止めた。
「カイルさんにファリスさん……今日も小型モンスターを討伐してきたのでしょうか?」
「多分な。二人だけだと、中型や大量のモンスターを討伐する依頼とかは受けられないだろうからな」
リーテはバアルの言葉を聞くと、離れた所にいるカイルとファリスを見ながら気の毒そうな表情を浮かべる。
バアルは目を僅かに細くしながら無言でカイルとファリスを見つめた。
カイルがプレッジから追放され、ファリスがカイルと共にプレッジを抜けたという話は既にヴァリン中に広まっており、冒険者やギルド職員の殆どがそのことを知っている。
バアルたちもヴァリンに来た日の翌日にカイルとファリスがプレッジを抜けたこと、カイルがプレッジを追放された理由を知り、話を聞いた際は意外に思っていた。
「カイルさんはレベルは低く、まともに戦えないから追放したそうですが、仲間の人たちはカイルさんが持っている例のマジックアイテムがあれば、大きな戦力になると気付かなかったのでしょうか?」
「多分そうだろうな。傍から見ればあれはただの人形だ。強力な力を得られるマジックアイテムだとは誰も思わないだろう。……しかもあれは現状では使うことができない。使えるようにならなければ、カイルの固有技術も意味が無いからな」
「都合の悪いことが重なった結果、カイルさんは運悪く追放されてしまった、と言うことですね」
二百年前の魔王を倒した勇者以上の力を得られる身でありながら、仲間たちから追放されたカイルをリーテは心から同情する。
因みにこの時のカイルとファリスは受付嬢と会話をしていたため、バアルたちが見ていることに全く気付いていない。
「……バアルさん、カイルさんは今後どうするおつもりですか?」
プレッジを追放されたことで、勇者候補として導くのに影響が出るのではと感じたリーテは小声でバアルに尋ねた。
バアルはリーテを見ると、興味の無さそうな顔をしながら再びカイルとファリスの方を向く。
「まぁ、もうしばらく冒険者として活動しながら様子を窺うさ」
「そうですか」
現時点では大きな問題が起きていないため、今までどおり見守り続けることにリーテは納得する。
一見無関心な態度を取るバアルだが、自身の計画を成功させるため、イザとなったらカイルに助け舟を出すつもりでいる。リーテもバアルなら計画のためにカイルに手を差し伸べると確信していた。
「さて、そろそろ行くか。あまりのんびりしてると帰る時間が遅くなるからな」
「ハイ」
いつまでもカイルたちを見ているわけにもいかないため、バアルたちは入口の方へ歩き出す。
以前、機会があればヴァリンのことを教えてほしいとバアルはカイルに話したが、すぐに教えてほしいことでもないため、カイルとファリスに声を掛けるつもりは無かった。何より今はマンティコアの討伐が最も優先すべきことだ。
バアルたちは冒険者ギルドの外に出ると、マンティコアが棲みついている北東の林に行くため、ヴァリンの北にある正門へ向かう。
――――――
「……確かに討伐対象であるノワールパンサーの部位ですね。お疲れ様でした」
眼鏡を掛けた受付嬢は、微笑みながら目の前に立つカイルとファリスに労いの言葉をかける。
カイルは笑顔を浮かべる受付嬢を見て、自分を気に掛けてくれていると感じ、思わず笑みを返した。
プレッジを追放された日から、カイルは共にプレッジを抜けてくれたファリスと二人で依頼を受けて金銭を稼いでいた。ただ、受けられる依頼は難易度が低く報酬の少ない依頼ばかりなので、効率よく金銭を稼げるわけではない。
今回もプレッジから少し離れた所に出現するノワールパンサーを一体討伐すると言うAランクの依頼の中でも簡単なものを終えて帰ってきたところだ。
Aランク冒険者二人なら、もう少し難易度の高い依頼を受けられるのではと普通なら考えるだろう。だが、カイルは今まで荷物持ちをやっていたため、まともな戦闘経験は無い。更に戦闘の技術と知識も乏しいため、戦闘では一切役に立たない状態った。
戦力にならないことから、討伐依頼ではファリスが一人で戦うことになるため、例えAランクの冒険者が二人いても難しい依頼を受けることはできないのだ。
カイルは自分が戦えず、ファリスにだけ戦闘を任せる現状を情けなく思い、同時にファリスに苦労させていることを申し訳なさを感じている。
もっと自分が強くなれればファリスに苦労を掛けることも無く、プレッジを追放されることも無かったのに、そう考えながらカイルは暗い顔で俯く。
「お待たせしました。こちらが今回の報酬です」
受付嬢が報酬を乗せたトレーを出すと、暗い顔をしていたカイルはフッと顔を上げて笑顔を作る。
「あ、ありがとうございます」
カイルは報酬を受け取ると、それを肩に掛けている小さな革製の鞄に仕舞う。
今使っている鞄はプレッジを追放された日に新しく購入した物だ。小さいが軽くて使い勝手が良いのでカイルは気に入っていた。
受付嬢は報酬を鞄に仕舞うカイルを無言で見つめる。受付嬢もカイルがプレッジを追放されたことや、なぜ追放されたのかも知っているため、長い間行動を共にしていた仲間から追い出されたカイルを可愛そうに思っていた。
「あの、カイルさん。大丈夫ですか?」
「え?」
「えっと……突然チームを追放されてショックを受けてると思いますけど、頑張ってくださいね? 私、応援してますから」
「は、ハイ。……ありがとう、ございます」
受付嬢の言葉にカイルは苦笑いを浮かべながら礼を言う。
その表情は報酬を受け取った時と違い、辛いことに必死に耐えながら笑顔を作っているように見える。どうやら受付嬢の言葉で追放を言い渡された時のことを思い出し、気が滅入ってしまったようだ。
「ちょっとちょっと、あまりそのことを言わないでちょうだい? まだ吹っ切れていないのよ」
ファリスは困ったような顔をしながら受付嬢に声を掛けた。
受付嬢がカイルを元気づけるために言ったのはファリスも分かっている。だが、それでも結果的にカイルの気持ちが沈んでしまったため、注意せずにいられなかった。
「す、すみません。私は決してそんなつもりでは……」
「いいんです。気にしないでください」
カイルもファリスと同じで受付嬢が考えていることを分かっているため、苦笑いを浮かべながら気遣う。
これ以上此処にいては気まずい空気になると悟ったファリスはカイルの肩に腕を回し、奥にある休息所へカイルを連れて行く。
受付嬢は離れていくカイルとファリスを見て、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
休息所へ移動したカイルとファリスは近くにある机に向かい合うように座る。カイルは少し暗くなっており、そんなカイルをファリスは気の毒そうに見つめた。
そんな中、離れた所にいる冒険者たちがカイルとファリスを見ながら小声で何かを話している姿が視界に入り、ファリスは僅かに目を鋭くしながら冒険者たちを見る。
冒険者たちが話しているのは勿論、カイルのことだ。
カイルが追放された理由はプレッジでは戦力にならない。同行されると足手まといになる。というものだと冒険者たちは聞いているため、カイルは役立たずだから追放されたなどと陰口を言うようになった。
更にカイルに同行する形でプレッジを抜けたファリスのことも、仲間より役立たずを選んだ恩知らず。使えないカイルに気が合ってついて行った。と勝手なことを言うようになったのだ。
ファリスは自分の陰口を気にしてはいないが、カイルの事情も知らないのに言いたいことを言う者たちには腹が立っており、いつか殴り飛ばしてやりたいと心から思っている。
「ごめん、ファリス。見っともないところ見せちゃって……」
カイルに声を掛けられたファリスは反応し、表情を和らげてカイルの方を向く。
「気にしなくていいわよ。まだ五日しか経ってないんだから……それにあんな冷たく突き放されれば落ち込むのは当然よ」
日数とクレシアに追放された時の状況を考えれば、暗くなるのも仕方がない。そう考えているファリスはカイルを責めたりしなかった。
「ところで、今回の依頼でそれなりにお金が溜まったから、もう少ししたらアンタの武器や防具を買おうかなって思ってるんだけど……」
「え? 僕はいいよ。僕の防具よりもファリスの武器とかを買い替えた方が……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、アンタも最高の冒険者になるなら装備を整えて、自分を強くしないとダメよ。じゃないといつまで経っても戦うことができないわ」
「それは、そうだけど……」
弱い自分よりも実力のあるファリスのために金銭を使うべきだと考えるカイルは、自分のために折角貯めた金銭を使うことに抵抗を感じる。
再び暗い顔をするカイルを見て、ファリスは軽く溜め息をついてからカイルの額を人差し指で押す。
指で押されたカイルは少し驚いたような表情を浮かべて顔を上げる。
「あたしたちは一緒に最高の冒険者になるって決めたんでしょう? だったら、せめてあたしと同じくらい強くなりなさい。夢を叶えるためにも、そして、あたしの負担を軽くするためにもね」
ウインクをするファリスを見て、カイルは目を見開く。
自分が必ず強くなる、共に戦えるようになると信じているからこそ、ファリスは装備を整えようとしているとカイルは知り、その優しさと信じる意思に心を打たれた。
ここまで信じてくれているのだから、自分もファリスの期待を裏切らないため、自分の夢を叶えるためにも強くならなくてはいけない。カイルはファリスを見ながらそう感じた。
「……ありがとう、ファリス」
微笑みながら感謝するカイルにファリスはニッと笑みを返す。




