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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第5章  憤慨の竜騎士
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第90話  追放


 二階へ上がったカイルは不思議そうな顔をしながら廊下を歩き、先程出会ったバアルについて考えていた。

 長い間ヴァリンで冒険者活動をしていたが、バアルとは今回初めて出会ったため、ヴァリンの外から来た冒険者であるのは間違いないと確信している。

 ただ、ダーバイア公国内で活動しているのか、別の国からやって来たのかは分からない。


「もし公国で活動している冒険者なら、ヴァリンまで噂や情報が届くはずなのに、バアルなんて名前の冒険者は聞いたことが無い。……ということは、国外から来た?」


 同じAランク冒険者、それもエルフであるため、カイルはバアルに少なからず興味を抱いていた。

 同時に落とした人形を拾ってくれたことから、バアルは人柄も良いのではカイルは想像する。もし良い関係を築けば頼もしい冒険者仲間になれるかもしれないと思っていた。


「今後、冒険者として活動するためにも同ランクの冒険者とは友好的な関係を持っておいた方がいいかもしれない。……一応、クレシアたちにバアルのことを伝えておいた方がいいかもしれないな」


 自分やクレシアたちの夢のためにも、クレシアたちと合流したらすぐにバアルのことを伝えよう。そう考えながらカイルは歩く速度を上げ、仲間たちが待つ控室へと向かった。

 しばらく廊下を歩き、クレシアたちがいる控室の前までやって来たカイルは小さく笑いながらドアノブに手を伸ばす。


「ふざけないで! あたしは反対だからね!」


 ドアノブを掴もうとした時、扉の向こうからファリスの怒鳴り声が聞こえ、カイルは思わず手を止める。

 ファリスが怒鳴り声を上げるなど珍しいことだったため、カイルは少し驚いたような顔をしながら目の前の扉を見つめた。


「何度も同じことを言わせるな、ファリス。これは決定事項だ」


 部屋の中から今度はクレシアの声が聞こえてくる。ファリスと違ってとても冷静な口調で喋っていた。

 状況からクレシアとファリスは何かが原因で口論しているとカイルは察し、二人を止めるために部屋に入ろうとする。


「だから、納得のいく説明をしなさいって言ってるの! ……どうしてカイルを追放するのよ!?」

(……え?)


 ファリスの言葉にカイルは耳を疑う。

 最初は冗談か何かだと思っていたが、ファリスとクレシアの態度からふざけているわけではないと知る。


(追放? それって、僕をチームから追い出すってこと?)


 どうしてクレシアたちが自分を追放する話をしているのか、カイルはまったく理解できなかった。

 そもそもチームから追放されるほどの失敗や過ちを犯した覚えがない。驚愕するカイルはその場を動くことができなかった。

 控室の中では、クレシアが険しい表情を浮かべているファリスと向かい合っている。

 エバンス、グオン、ネフィリアの三人もクレシアの近くで彼女と同じようにファリスを見ていた。


「突然追放する、何て言われて納得できるはずがないでしょう!? ちゃんと理由を説明してよ!」

「落ち着け、ファリス」


 エバンスは興奮するファリスを宥めようとするが、頭に血が上っているファリスは落ち着くを取り戻すことなくエバンスを睨みつける。


「これが落ち着いていられるわけないでしょうが! そもそもアンタたちはカイルを追放することをどう思ってるのよ!?」

「……俺に異議は無い。クレシアが追放すると決めたなら、それでいいと思ってる」


 冷静に賛成だと語るエバンスにファリスは目を大きく見開く。長い間、共に活動してきたカイルを平気で切り捨てようとするエバンスの意思にファリスの驚きを隠せずにいた。

 エバンスの考えを聞いたファリスは黙って会話を聞いているグオンの方を向き、彼の意思を確認しようとする。

 グオンはファリスと目が合うと一瞬驚いたような反応を見せるが、すぐに目を閉じて申し訳なさそうな顔をする。

 

「私も、追放に賛成です」

「私も大賛成よぉ~♪」


 若干暗くなりながら語るグオンの隣で、ネフィリアは気分を良くしながら自分の考えを伝える。

 ファリスはネフィリアを見ると小さく舌打ちをする。クレシアに異常な愛情を抱くネフィリアがクレシアの考えに反対するわけがないとファリスは最初から分かっていた。だからネフィリアの意思を確認しようとせず、グオンの意思だけを確かめようとしていたのだ。

 プレッジのメンバーでファリス以外の全員がカイルを追放するつもりでいる。普通なら賛成多数で決定するのだが、理由を聞かされていないファリスは大人しくクレシアに従う気は無かった。


「……もう一度言うわよ? どうしてカイルを追放するのか、理由を教えて」


 少しだけ冷静になったファリスは、どうしてカイルを追放しようと考えたのか改めてクレシアに尋ねる。

 この時のファリスは落ち着きを取り戻してはいるがクレシアに対する苛立ちは消えておらず、険しい顔のままクレシアを睨み続けていた。

 クレシアは黙って自分を睨んでいるファリスを見るとゆっくりと目を閉じる。

 確かに理由を説明せず、勝手に話を進めるのは横暴と言えるだろう。ファリスを納得させるため、クレシアは理由を一から説明することにした。


「カイルは私たちと行動するには弱すぎるからだ」

「はあ? 何よそれ。弱いからチームから追い出すってこと?」

「そうだ。……これからの私たちはより実績を上げるため、そしてSランクを目指すためにより難易度の高い依頼を受けることになる。難易度が高ければ、当然命を落とす可能性も高くなる」


 クレシアの説明をファリスは黙って聞く。本当は弱いから追放する、と言われた時点で文句を言ってやろうと思っていた。

 しかし、最後まで説明を聞かずに文句を言うのは大人気ないと考え、苛立ちを抑えながら話を聞くことにした。


「危険な依頼に弱い仲間を連れて行くことはできない。連れて行けばソイツは無駄死にすることになる。それだけならいいが、ソイツが原因で他の仲間に危険が及ぶ事態になる可能性だって十分ある。つまり、足手まといになると言うことだ」

「……これから依頼を受ける際にカイルが一緒だと邪魔になるから追放する、ということ?」

「そのとおりだ」


 躊躇いなどを見せずにハッキリと答えるクレシアを見て、ファリスは奥歯を強く噛み締める。

 確かにカイルはプレッジの中で最も力が弱く、まともに戦うことはできない。それはファリスも分かっている。

 だがそれでも、幼い頃から一緒で、今日まで共に旅をしてきた幼馴染を平気で追放しようとするクレシアの判断には納得できなかった。


「カイルは確かに力は弱いわ。だけど、アイツは固有技術ユニークスキルを開花させているのよ? 固有技術ユニークスキルがどれほど強力な技術スキルなのかはアンタも理解してるはず。カイルが固有技術ユニークスキルを依頼で使えるようになれば間違いなく大きな戦力になるわ」


 ファリスはカイルの能力で最も注目される固有技術ユニークスキルを話題に出す。

 今はまだ依頼な戦闘で使えない固有技術ユニークスキルもいつかは使える時が来るとファリスは信じている。

 プレッジの戦力増強、そしてカイルのためにも何とかチームに残すよう、ファリスはクレシアを説得しようとしていた。


「そのカイルの固有技術ユニークスキルは何時依頼で使えるようになるんだ?」


 カイルの価値を語るファリスにクレシアは若干低めの声で尋ねる。

 いくら固有技術ユニークスキルを開花させたとしても、実際に使えなければ何の意味も無い。現にカイルは固有技術ユニークスキルを開花させてから今日まで、依頼や戦闘で固有技術ユニークスキルを使えたことは一度も無かった。

 ファリスの言うとおり、カイルが固有技術ユニークスキルを上手く使えるようになるまで待つという手もあるが、何時まともに使えるようになるかは誰にも分からない。

 使えるようになるまで待っていれば、その間は難易度の高い依頼を受けることができず、何時まで経っても実績を上げられず、Sランクになることもできない。非常に効率が悪いと言える。


「カイルが固有技術ユニークスキルを依頼で使えるようになるまでの間、私たちは難易度の高い依頼は受けられなくなる。それでは冒険者としての実績を上げられなくなってしまう」

「実績なんて、カイルが固有技術ユニークスキルを使いこなした後に上げればいいだけじゃない。それに使いこなすまでの間は今までどおり荷物持ちを任せればいい。あたしは、カイルはプレッジに必要な存在だと思ってるわ」


 カイルの立場やこれまでの役目から、ファリスはカイルを追放する必要は無いと考え、クレシアに分かってもらうと必死な様子で語る。ここまでカイルをかばうのは、彼がファリスにとってプレッジの仲間であると同時に子供の頃から苦楽を友にした大切な存在だからだ。

 クレシアは真剣な表情を浮かべながら語るファリスを見て軽く息を吐く。それはまるで聞き分けの悪い子供に困る母親のようだった。


「ファリス、この際だからハッキリ言わせてもらう。……私は以前からプレッジに荷物持ちは必要ないと思っていた」

「……何ですって?」


 聞き捨てならない言葉を聞き、ファリスは再びクレシアを睨みつける。先程のクレシアの発言は、これまで荷物持ちとして自分たちに尽くしてきたカイルの存在を完全に否定するように聞こえたからだ。


「私も同感よ? 荷物なんて私たちが運べばいいだけなんだし、荷物を持つことしかできない存在なんて、いなくても問題無いわ。寧ろソイツがお荷物よ」


 クレシアに続くようにカイルの存在を否定するネフィリアを見ながら、ファリスは握り拳を震わせる。

 ネフィリアにとってクレシアは心から愛する存在であるため、彼女に近づく者、特に異性を良く思っていない。

 幼馴染であるカイルはネフィリアからしてみれば、クレシアとの仲を邪魔する存在でしかなかった。だからこそ、クレシアがカイルを追放すると言い出した時も都合のいい展開だと考えて賛成したのだ。


「戦いが始まれば安全な所で待機し、戦いが終わった後に前に出て再び荷物を運ぶ。いくら固有技術ユニークスキルを開花させても、それしかできない存在はプレッジには不要だ」

「アンタ……本気でそう言ってるの?」


 信じられない言葉を口にするクレシアにファリスは低い声で尋ねる。

 クレシアはファリスの問いに何も言わずに黙って目を逸らす。

 肯定も否定もしないクレシアの反応はまるで、どう受け取っても構わないと言っているように見え、ファリスは自分の口でハッキリと言わないクレシアの態度に更に気分を悪くする。

 ここまでのクレシアの身勝手、カイルを否定する発言にファリスはとても不快な思いをしてきた。

 いつ堪忍袋の緒が切れてもおかしくない状態だが、ファリスはそれでも必死に我慢していた。クレシアがカイルに対して間違った扱いや考え方をしていると気付いてくれると信じていたからだ。


「クレシア……子供の頃の約束、覚えてる? あたしとアンタ、そしてカイルの三人で最高の冒険者になろうって決めた約束……」


 幼い頃、冒険者だったクレシアの両親が亡くなり、その出来事がきっかけでファリスたちは自分たちのような辛い思いをする人が現れないよう、強い冒険者となって人々を守ろうと約束した。

 子供の頃に交わした約束のため、ファリスはクレシアと共に力をつけ、多くの依頼を熟してきた。それはカイルも同じで、約束を果たしたいと心の底から願っているからこそ、肩身の狭い思いをしてもクレシアやファリスと一緒にいたのだ。


「……覚えているに決まってる。あの約束があったからこそ、辛く苦しいことがあってもやって来れたんだ」

「だったら、どうしてカイルを追放しようとするの。カイルを追放したら三人で最高の冒険者になるって約束は果たせなくなるのよ?」

「……それは何度も言ったはずだ。カイルがいては私たちは効率よく実績を上げることができない。最高の冒険者になることもできないんだ。だから、カイルを追放するんだ」


 最高の冒険者になるため、共に約束を交わした幼馴染の片割れを切り捨てるというクレシアの答えにファリスは目を見開く。

 クレシアはカイルを追放することを間違いだと思っていない。三人で最高の冒険者になろうという約束を果たす気は無いと、ファリスはクレシアの言葉を聞いた瞬間に悟った。


「……そう。それがアンタの意思なのね」


 俯きながら呟くファリスをクレシアは黙って見つめる。

 周りにいるエバンスたちもファリスを見て、ようやく追放に納得してくれたと感じていた。

 クレシアたちが見つめる中、ファリスは顔を上げ、険しい顔でクレシアを睨みながら近づき、両手で胸ぐらを強く掴んだ。


「ふぁ、ファリス!?」


 突然のファリスの行動にグオンが驚き、エバンスも目を大きく見開く。

 クレシアもファリスの行動に少し驚いているのか目を軽く見開いた。


「おい、コラァ! 何すんのよ、ポンコツレンジャー! リーダーであり、私の大切なクレシアに手ぇ出すつもりなら、私が許さな――」

「うるさいっ!!」


 口を挟んでくるネフィリアにファリスはクレシアの方を向きながら怒号を上げる。

 今まで聞いたことのないファリスの大きな怒鳴り声にネフィリアは驚き、思わず口を閉じた。

 ネフィリアが黙ると、ファリスはクレシアの胸ぐらを掴む手に更に力を入れた。


「ふざけるんじゃないわよ! この嘘つき! 恩知らず!」


 今まで抑え込んでいた怒りや苛立ちが一気に爆発したのか、ファリスは幼い頃から共に過ごしていた友人に対するものとは思えない態度でクレシアは罵倒する。

 この時のファリスの様子には、付き合いの長いクレシアも衝撃を受けていた。


「アンタ、今の自分がいるのは誰のおかげだと思ってるの? カイルのおかげじゃないの!?」


 ファリスの言葉を聞いたクレシアは僅かに反応し、僅かに表情を歪ませる。


「両親を亡くしてボロボロになっていたアンタを立ち直らせてくれたのは誰よ!? カイルでしょう!」


 胸ぐらを掴む手を震わせるファリスはクレシアに過去を思い出させるかのように、強い口調で語っていく。


「一人ぼっちのアンタの面倒を見てあげてくれっておばさんに頼んだのは? 冒険者になれるよう養成学院の学費を譲ってくれたのは? 全部カイルじゃない! まさか忘れたんじゃないでしょうね?」

「……忘れるわけないだろう」

「だったらどうして追放しようなんて言えるのよ! アンタはカイルに借りこそあれ、貸しは無いわ。それなのに恩を仇で返すようなことをして、恥ずかしいと思わないの!?」


 もう我慢する必要は無いと判断したファリスは今まで言いたかったことを全てクレシアにぶつける。

 本来なら誰よりもカイルを気遣うべきなのに、カイルを大切にせず、自分やチームのことを優先するクレシアの身勝手さをファリスは許すことができなかった。

 クレシアはファリスの顔を見ることに抵抗を感じているのか、さり気なく目を逸らす。同時にクレシアは何かに耐えるかのように拳を小さく震わせている。


「冒険者になってからも、アンタは荷物持ちのカイルに一度も手を差し伸べようともしなかった。……アンタにとってカイルを一緒に夢を叶える仲間じゃなくて、自分が夢を叶えるための便利な道具だったのね!」

「おい、ファリス。いくらなんでも言いすぎだぞ」


 エバンスはファリスの言葉を聞いて思わず止めに入る。今までは昔から行動を共にしていた幼馴染同士の問題だったため、口を挟まずに見守っていたが、先程の発言は聞き捨てならないと感じたようだ。


「アンタは引っ込んでなさい。これはあたしたち幼馴染の問題よ」

「だとしても、言っていいことと悪いことがある。少しはクレシアの気持ちを考えてやれ」

「はあ? 足手まといだからチームから追放する、なんて勝手なことを言う子の気持ちを考えろって言うの?」


 信じられないような顔をしながらファリスはエバンスを見つめる。

 冒険者としての実績を効率よく上げるため、長年苦楽を共にしてきた幼馴染を見捨てるような女の気持ちなど、ファリスは知りたくもないし、理解する気も無かった。

 エバンスはクレシアに対するファリスの態度に不満を感じて言い返そうとした。その時、控室の扉の方から音が聞こえ、クレシアたちは一斉に扉の方を向く。


「誰だ?」


 今までの会話を誰かが盗み聞きしていたのではと感じたエバンスは、僅かに目を鋭くしながら扉の向こう側にいる何者かに呼びかけた。

 エバンスが呼びかけた直後、扉がゆっくりと開いてカイルが部屋に入る。暗い顔をしたカイルは軽く俯きながらクレシアたちの方へ歩いて行く。

 カイルの姿を見たファリスは追放の話を本人に聞かれていたと知って目を見開く。同時に掴んでいたクレシアの胸ぐらを放す。

 クレシアとエバンス、グオンも少し驚いた様子を見せている。ネフィリアはカイルを見ながら小さく鼻で笑っていた。


「カイル……アンタ、何時からいたの?」

「……ファリスが、クレシアに『ふざけないで』って言った辺りから……」


 小さな声で話すカイルを見て、最初から聞かれていたと知ったファリスは表情を歪ませる。

 自分たちの気付かないところで追放する話を聞かれ、カイルを傷つけてしまったことにファリスは罪悪感を感じていた。


「ファリス、僕を追放するって話、本当なの……?」


 ここまでの会話を聞いて事実だと分かっていたが、心の中には嘘であってほしいと言う気持ちが残っていたため、聞かずにはいられなかった。


「……ええ、本当よ。しかもクレシアたちの様子から、エバンスたちは前からアンタを追放するって話を聞かされていたみたい。今まで知らなかったのは、あたしとアンタだけ」

「そう……」


 暗い顔で呟くカイルを見て、ファリスも表情を曇らせる。先程のカイルの発言から、カイルにはまだプレッジのメンバーとして、クレシアたちと一緒にいたがっているとファリスは知り、胸を締め付けられるような気持ちになった。


「話を聞いていたのなら丁度いい。……カイル、お前には今日限りでプレッジから抜けてもらう」


 クレシアは落ち込むカイルを見ながら、改めてチームからの追放を言い渡す。

 空気を読まずに傷ついているカイルに冷たい言葉をぶつけるクレシアをファリスはキッと睨みつけた。

 目の前のいるのは、嘗て共に夢を叶えようと誓い合った心優しい幼馴染ではない。ファリスはクレシアを見つめながら直感する。


「……クレシア、僕たち三人は一緒に最高の冒険者になろうって約束したよね? それはどうなるの?」


 カイルもファリスと同じように幼い頃に交わした夢について尋ねた。


「今までの会話を聞いていたのだろう? 私は約束を忘れてはいない。だが、お前の実力ではこの先、私たちと共に活動することはできず、足手まといになるだけだ。……お前では、私たちと共に最高の冒険者になることはできない」

「クレシア、アンタッ!」


 容赦なく不要であることを話すクレシアをファリスは険しい顔で睨む。ただでさえ、自分たちの会話を聞いて傷心状態なのに、そんなカイルの気持ちを気にもせずに言い放ったことで再び怒りが込み上がってきた。

 クレシアの意思を知ったカイルは暗い顔をしながら俯く。カイルにとってはクレシア、ファリスと共に夢を叶えることこそが冒険者として生きていくかてでもあったのだ。だから辛く苦しい時でも、荷物持ちと言う立場であっても挫けたり、不満を露わにしたりせずに今まで活動することができた。

 しかし、チームからの追放されたことでカイルは傷つき、辛いことに耐える気力を失う。同時に今まで我慢していたのが馬鹿らしく思えてきた。


「カイル、もう一度言うぞ。お前がプレッジにいては私たちは最高の冒険者にはなれない……だから、お前を追放する」


 カイルは顔を上げ、自分を憐れむような表情を向けるクレシアを見つめる。目の前にいるクレシアは過去に見たどのクレシアよりも冷たく、自分を蔑んでいるように見えた。

 エバンスとグオンは無言でカイルを見ており、ネフィリアはクスクスと笑っている。三人もカイルが追放されることに抵抗を感じていない様子だった。


「……分かったよ」


 これ以上説得しても無駄だと感じたのか、カイルは追放を受け入れる。背負っていた鞄を下ろし、クレシアたちに背を向けて扉の方へ歩き出す。


「ただ、僕は冒険者を辞めないし、夢も諦めない。どんなに時間が掛かっても、僕は必ず最高の冒険者になってみせる」


 クレシアは離れていくカイルの後ろ姿を無言で見つめる。

 リーダーとしてチームからは追放する権利はあっても、カイルの夢まで奪う権利は無いため、クレシアは反対したりしなかった。


「カイル、今まで使ってきたその鞄と今回の依頼で得た報酬は餞別として持っていけ」

「いらない。……自分を追放したチームから渡された物なんて使いたくないし、持っていても辛くなるだけだから……」


 鞄と報酬の受け取りを拒否したカイルは扉の前までやって来ると、右手でドアノブをそっと握って扉を開けようとする。今日で共に活動してきた仲間たちともお別れ、そう考えるカイルは唇を噛み締めた。


「待って、カイル」


 ドアノブを回そうとした時、突然ファリスに声をかけられ、カイルは振り返ってファリスの方を向いた。


「……あたしも一緒に行くわ」

「え?」


 予想外の言葉にカイルは目を見開く。

 カイルだけでなく、クレシアたちもファリスの発言に驚いて彼女に注目する。


「お、おいファリス、そりゃあどういうことだ?」

「言ったとおりよ。あたしもプレッジを抜けるわ」


 落ち着いた様子で話すファリスにエバンスは更に驚いた表情を浮かべる。

 クレシアたちはカイルだけを追放するつもりだったため、ファリスがチームを抜けると言うのは全く予想もしていなかった展開に全員が衝撃を受けた。


「ちょっと待て、ファリス。何でお前までチームを抜けるんだ」

「そうですよ。貴女は優秀なレンジャーですから、カイルのように抜ける必要はありません。そもそもリーダーであるクレシアの許可も得ずに抜けるなんて、そんな勝手なこと……」

「勝手? 勝手なのはどっちよ」


 目くじらを立てるファリスはグオンを睨みつける。


「自分たちの都合で一方的にカイルを追放したアンタたちだって十分勝手でしょう。……あたしは自分たちのことしか考えないアンタたちとこれ以上一緒にやっていけない。だからカイルと一緒にチームを抜けるのよ」


 今回のカイルの追放でファリスはクレシアに愛想が尽き、共に夢を叶えることはできないと感じていた。このままプレッジのメンバーとして活動を続けても、他のチームメイトと良い関係を築いていけないと確信したファリスはカイルと一緒にプレッジから出ていくことを決意したのだ。

 クレシアたちが勝手なことをするのだから、自分が仲間の意見を聞かずに勝手にチームを抜けてもクレシアたちには文句を言う資格は無い。そう考えているファリスは問題無くチームを抜けられると思っていた。


「言っておくけど、アンタたちに反対する資格は無いわよ? 何しろアンタたちの方が先に勝手なことをしたんだからね」

「何子供みたいなこと言ってんのよ。全ての決定権はリーダーであるクレシアにあるの。気に入らない、なんてくだらない理由で抜けることが許されると思ってんの?」

「クレシアの許しなんて必要ないわ。……あたしはクレシアについて行けない。だから抜ける。それだけよ」


 考えを変えようとしないファリスを見て、ネフィリアは次第に腹が立ってきたのか眉間にしわを寄せる。


「だーかーらー! クレシアが許さないのにチームを抜けることは認められないっつってんのよ! 何時までも馬鹿なこと言ってないで、言うとおりにしなさ――」

「よせ、ネフィリア」


 興奮するネフィリアをクレシアが冷静に止める。

 ネフィリアは自分を制止したクレシアの方を向いて「どうして止めるの」と言いたそうな目で見つめた。


「ファリスが私と一緒にいたくないのなら、抜けても構わない。私はそう思われてもおかしくないことをしたのだからな」

「だ、だけどぉ……」


 若干不満に思うネフィリアだったが、クレシアが認めるのならそれに従おうと渋々納得した。

 ネフィリアが黙ると、クレシアはエバンスとグオンの方を向いて二人の意思を確かめようとする。

 エバンスとグオンも、クレシアが構わないのならそれでいいと思っているらしく、不満を見せずにクレシアを見ている。

 全員の意思を確認したクレシアはファリスの方を向き、真剣な表情を浮かべながら口を開く。


「ファリス、お前がチームを抜けたいのなら私は止めない。お前の意思を無視して勝手に決めるつもりは無い」

「フン、カイルを一方的に追放しておいてよく言うわね。……まぁ、出てっていいのなら、遠慮なくそうさせてもらうわ」


 ファリスはクレシアに背を向けるとカイルの下へ歩いて行く。そして、カイルの隣までやって来ると振り返ってもう一度クレシアの方を向く。


「クレシア、これだけは覚えておきなさい? どんな理由であれ、アンタはカイルを裏切り、三人で交わした約束を破った。……あたしはアンタのしたことを忘れないし、許さないからね」


 怒りの眼差しを向けながら語るファリスにクレシアは僅かに表情を歪める。幼馴染から恨まれることにクレシアも多少は苦痛を感じているようだ。


「行くわよ、カイル」


 言いたいことを言ったファリスはカイルの肩に手を乗せ、一緒に控室から出ていく。

 クレシアは傷ついたカイル、自分を恨むファリスの顔を思い浮かべながら閉まる扉を無言で見つめる。


「いやー、ようやく邪魔な荷物持ちがいなくなってくれたわねぇ。これで気分よく依頼を受けることができるわぁ~♪」

「おい、止せ」


 カイルが抜けたことで機嫌を良くするネフィリアをエバンスは止める。

 注意されたネフィリアはエバンスを見ると、つまらなそうな顔をしながらそっぽを向く。


「……それにしても、よくあそこまで言いたくないことを言えたものですね」


 エバンスとネフィリアのやり取りを見ていたグオンはクレシアの後ろ姿を見ながら声を掛ける。

 話しかけられたクレシアはグオンの方を向かず、扉を見つめたまま小さく俯く。


「チームから抜けさせるだけなら、話し合って納得させるという方法もあったでしょう。どうしてあんなキツい言い方を……」

「……カイルはああ見えて頑固な性格だ。口で言っても納得しないし、何があってもプレッジに残ると言っていただろう」

「だから、追放という強制的にチームを抜けさせる方法を取った、ということですか」

「ああ」


 返事をしたクレシアは振り返ってグオンの方を向く。クレシアは微笑みを浮かべているが、その目はとても悲しそうだった。


「約束を破ることになってしまったが……カイルが死ぬ可能性が少しでも減るのなら、私は構わない」


 グオンはクレシアを見ながら心の中で同情する。

 今回、クレシアはカイルが戦力にならず、足手まといになるから追放すると言っていたが、本当の理由はカイルが依頼中に命を落とす確率を少しでも下げるため、つまりカイルを守るためだったのだ。

 Aランク以上の依頼には難易度の高い依頼が多く、一定の強さに達していないと依頼中に死亡する可能性が高い。Aランク以上の冒険者たちは少しでも生き残る確率を上げるため、日頃から自身を鍛えて強くなろうとしている。

 今のカイルはプレッジの中でも最弱なため、クレシアは自分たちと共に難易度の高い依頼を受け続ければ、いつか命を落とすと予想しており、カイルを死なせないためにプレッジを追放することを決意した。

 難易度の高い依頼の殆どはチームでなければ受けられないものなので、一人になったカイルは難易度の高い依頼を受けることができない。難しい依頼を受けられなければ依頼中に死ぬ可能性も低くなり、カイルが力を付け、固有技術ユニークスキルを問題無く使えるようになるまでの時間を稼げるとクレシアは考えた。

 そもそも、どうしてクレシアはそこまでカイルが死なないようにしようとしたのか、それはクレシアにとってカイルは特別な存在だからだ。

 幼い頃に両親を亡くし、傷ついた自分を立ち直らせ、最高の冒険者になるという夢を与えてくれた。更に強い冒険者になるための養成学院の学費まで譲り、戦いの技術と知識を得るようにしてくれたカイルは何時しかクレシアにとって、自分の命と同じくらい大切な存在となっていたのだ。

 行動で示したり、言葉にすることは無かったが、クレシアはカイルから受けた恩を忘れておらず、ファリス以上にカイルのことを想っていた。

 ただ、クレシアはカイルを大切に思うあまり、恥ずかしさから次第にカイルやファリスに本心を伝えることができなくなっていた。

 そのため、カイルに厳しく接したり、ファリスと意見がぶつかることが増えてしまい、三人の関係は少しずつ悪くなっていった。

 今回の追放もカイルに本心を上手く伝える自信が無かったこと、カイルの性格から本心を伝えてもプレッジを抜けないと確信していたため、強制的にプレッジを抜けさせてカイルが死ぬ確率を低くしようとした。

 結果、追放はできたがカイルを傷つけ、ファリスとの仲も悪くなってしまい、ある意味で悪い結果となってしまった。

 因みにファリスにギリギリまでカイルを追放することを教えなかったのは、先にエバンスたちに話して追放することに納得してもらい、一緒にファリスを説得してもらうためだった。

 クレシアはファリスの性格から、どんな理由でもカイルを追放することに絶対に反対すると分かっていた。だから賛成する者を増やし、ファリスを強引に納得させようとしたのだ。


「カイルを死なせたくないのでしたら、プレッジに残して皆で守りながら依頼を熟せばよいのでは? そうすればカイルやファリスとの仲が悪くなることも無かったと思いますが……」

「そうかもしれないな。……だが、守りながらでは効率よく依頼を熟すことができなくなる可能性が出てくる。それに今の私には危険な依頼を受けた際にカイルを守り抜く自信がない」


 カイルを危険に晒さず、問題無く依頼を完遂させるには追放する以外に方法はない。そう思ったクレシアは自ら幼馴染たちに嫌われる選択を選ぶことにした。

 グオンは大切な人を守るために自ら嫌われる道を選んだクレシアの覚悟は立派だと感じている。だが、そのためにカイルやファリスと一緒に夢を叶えるのが難しくなってしまったので気の毒に思った。


「クレシア、後悔はしていないのですね?」

「ああ」


 自分の決断が間違っていないと信じるクレシアはグオンを見ながら頷いた。

 グオンは後悔していないことを知ると、これ以上は何も言う必要は無いと感じながらクレシアを見つめる。


「さて、これからどうします? カイルは追放できましたが、ファリスもチームを抜けたのは予想外でした。ファリスが抜けたことでプレッジの戦力は低下してしまいましたよ?」

「そうだな……とりあえず、しばらくは四人で活動し、依頼を受けながら新しい仲間を探すことにしよう」


 困った様子を見せたりせず、クレシアは自分たちのやるべきことを語る。

 ファリスがカイルと一緒にプレッジを抜けたのはクレシアにとっても誤算だった。だが、カイルを大切に思うファリスならカイルと共に行動し、彼をしっかり守ってくれるはずだとクレシアは確信している。

 二人が行動を共にすることで一人では受けられない依頼を受けられるようになってしまうが、二人だけなら命を落とすような危険な依頼を受けることも無いと予想し、それほど心配もしていない。

 クレシアはカイルとファリスが無茶をしないことを祈りながら、少しずつ力をつけて強い冒険者になってくれることを願う。


「……グオン、とりあえず言い合っているエバンスとネフィリアを止めてくれ」

「え? あ、ハイ……」


 グオンは苦笑いを浮かべながらエバンスとネフィリアの下へ向かった。


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