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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第5章  憤慨の竜騎士
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第86話  プレッジ


 ダーバイア公国北西部にある森。小都市の半分くらいの大きさでポーションの材料である薬草や木の実などが多く自生している場所だ。

 ただ、ゴブリンのような下級モンスターも数種類棲みついているため、材料採取のために森を訪れた際は常に警戒しなくてはならない。そして、薬師や商人などが森に入る際には必ず冒険者を護衛として同行させる必要がある。

 森の南側では一つの冒険者チームが森の奥に向かって移動している。全員がいつモンスターが襲い掛かって来ても対応できるよう、周囲を見回しながら慎重に進んでいる。

 冒険者チームは女レンジャー、女剣士、神官、女魔導士、戦士、そして荷物持ちの六人で構成されており、とてもバランスのいいチームと言っていい。

 森の中を移動する冒険者チームはダーバイア公国のA級冒険者チーム、プレッジ。公国の西部にある小都市ヴァリンを活動拠点としており、ヴァリンでも優秀な冒険者チームとして多くの人が認めている。

 更にプレッジには固有技術ユニークスキルを開花させた冒険者が二人もいるため、すぐにSランクにまで登り詰め、ダーバイア公国でも五本の指に入る優秀チームになるだろうと期待されているのだ。

 現在、プレッジはある依頼を受け、ヴァリンの近くにある森を訪れていた。


「どうだ、何か見えるか?」


 一番前を歩く女レンジャーにすぐ後ろにいた女剣士が声をかける。

 女剣士は身長165cmほどで背中まである薄い茶色の長髪と青い目をした十代後半ぐらいの美少女だ。

 青い長袖と白いミニスカート姿をしており、銀色のハーフアーマーと同じ色のメイルサバトン、そして二本の短めの剣を装備している。


「今のところ、モンスターは近づいて来ていないみたい。この調子なら、無駄な戦いが起こることも無く、目的地へ辿り着けそうね」


 遠くや周囲を確認していた女レンジャーは歩きながら小さな笑みを浮かべ、女剣士の方を向く。

 先頭の女レンジャーは濃い金色の短髪で茶色の目をしており、身長は160cm強。女剣士と同じ十代後半ぐらいで濃緑色の長袖と濃い茶色の半ズボンの格好をしている。

 装備は茶色のレザーアーマーとロングブーツ、濃い茶色のコンポジットボウと矢筒、短剣と身軽さを重視したものだった。

 笑いながら余裕を見せる女レンジャーを見て、女剣士は呆れたような反応を見せながら静かに溜め息をついた。


「ファリス、油断すると足元をすくわれるから、依頼中は常に気を抜かないようにしろと何時も言ってるだろう」

「失礼ね、あたしは油断なんてしてないわよ? 何が起きてもすぐに対応できるよう、ちゃんと警戒してるわ。……そういうクレシアこそ、もう少し気を楽にした方がいいんじゃないの?」


 ファリスと呼ばれた女レンジャーは立ち止まり、からかうような表情を浮かべながら女剣士に助言する。

 クレシアと呼ばれた女剣士は緊張感の薄いファリスを見ると僅かに目を細くした。


「冒険者は何時命を落としてもおかしくない立場にあるんだ。安全な場所にいる時ならまだしも、町の外に出たり、依頼を受けている最中に気を抜くなんてできないな」

「……ハァ、アンタって本当に真面目ね」

「当然だ、私にはチームや仲間を守る責任があるんだからな」


 クレシアが真剣な表情を浮かべながら答えると、ファリスは「やれやれ」と言いたそうに肩を竦める。二人のやり取りは仲間と言うよりは友達同士が会話しているかのように見えた。

 剣士のクレシア・ルルジームはプレッジのリーダーで、優れた戦闘能力と指揮能力を持っている。

 職業クラスは二刀流で戦うツインブレーダーを修めており、攻撃力が高いのは勿論、連続攻撃の速度も並の剣士より上だ。

 ファリス・トーヌはハイレンジャーを修めており、チームの偵察や情報収集が担当だ。

 敵を発見したら一早く仲間の報告し、戦闘では弓矢による攻撃でクレシアや仲間たちを正確に援護する。

 クレシアとは付き合いが長く、幼い頃から交流があった。いわゆる幼馴染だ。


「二人とも、お喋りをするのは構いませんが、足を止めるのはどうかと思いますよ?」


 会話をする二人に仲間の神官が声をかける。

 神官は身長165cmほどで茶色の短髪、濃い黄色の目をした眼鏡をかけた十代後半の少年だ。金色の装飾が入ったフード付きの白い神官服を着ており、右手には身長と同じくらいの鉄製のロッドが握られ、腰には聖書が入った革製のホルスターを付けている。

 声を聞いたクレシアとファリスは反応し、ほぼ同時に神官の方を向いた。


「ごめんね、グオン。この子がいつもみたいに固い考え方をしているからつい……」

「おい、私のせいにするな」


 若干不満そうな顔をするクレシアにファリスは小さく舌を出しながら笑う。

 二人のやり取りを見て、グオンと呼ばれた神官は思わず苦笑いを浮かべた。

 グオン・ソノルムはプレッジの回復と仲間の支援を担当している。

 神官系の職業クラスの中でも優れているプリーストを修めており、性格は穏やかで礼儀正しく、リーダーのクレシアと同じくらい仲間を守りたいと言う意思が強い。


「コ~ラ~ッ! 何やってんのよぉ!」


 後方から若い女の声が聞こえ、三人は一斉に声が聞こえた方を向く。

 視線の先には二十代前半で身長170cm弱、真紅のセミロングヘアに緑色の目をした女魔導士がいた。薄い黄色の長袖を着て、薄茶色のスカートを穿いており、黒茶色の三角帽子とマント、木製の杖を装備している。

 女魔導士は不機嫌そうな顔をしながらクレシアたちに近づくグオンの前で立ち止まり、キッと彼を睨みつけた。


「グオン、アンタ何クレシアに偉そうなこと言ってんのよ!? たかが神官如きがリーダーに生意気な口を利くんじゃないわよ」

「わ、私は別に偉そうなことを言ったつもりは……」

「嘘ねぇ! 立ち止まるのはどうかと思う、なんて偉そうにしてるとしか思えないわ」

「ええぇぇ……」


 無茶苦茶なことをいう女魔導士にグオンは困り顔になる。

 興奮している女魔導士にいくら正しいことを言っても理解してもらえないとグオンは分かっているため、ハッキリと言い返せずにいた。


「ちょっと、ネフィリア。文句はグオンじゃなくて、立ち止まったあたしとクレシアに言うべきなんじゃないの?」

「はあぁ? そんなの当たり前でしょう? まずはクレシアに偉そうなことを言ったグオンに説教しているのよ。その後にアンタよ。……あと、クレシアは何も悪くないから説教はアンタだけ」

「うわぁ~、相変わらずの差別意識ねぇ。これだから変態魔導士は困るわ」

「誰が変態よ、ポンコツレンジャー!」


 ネフィリアと呼ばれた女魔導士は更に感情的になり、呆れるファリスを睨みつける。

 ファリスはネフィリアと違って冷静さを保っており、腕を組みながらネフィリアを睨み返した。


「落ち着け、ネフィリア。ファリスの言うとおり、立ち止まったのは私とファリスで、グオンなそれを注意しただけなんだ。偉そうなことは言っていない」


 クレシアがネフィリアに声をかけると、今まで険しい顔をしていたネフィリアはクレシアの方を向きながら満面の笑みを浮かべる。


「そう、クレシアがそう言うのならそうなのね。ごめんなさい、勘違いしちゃってたわぁ♪」


 ファリスやグオンと接していた時と態度を一変させるネフィリアを見て、クレシアは戸惑っているような反応を見せる。

 クレシアに対するネフィリアの反応を見ていたファリスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 グオンも苦笑いを浮かべながら、笑顔を浮かべるネフィリアを見ていた。

 ネフィリア・レマナンズはプレッジで魔法による攻撃や仲間の強化を担当する存在で、ハイウィザードを修めている。他にも魔法に関する知識も高く、多少ではあるが魔法文字などを読むことも可能だ。

 ただ、性格に若干問題があり、年下の可愛い女の子には目が無く、好みの人物に何かあると感情的になって辺りが見えなくなることがある。

 同じプレッジのメンバーの中で、クレシアはネフィリアの好みだったため、チームメンバーの中では特にクレシアに甘い。

 メンバーメイトたちはネフィリアの、クレシアと自分たちに接する時の態度の違いに普段から困っていた。特にファリスはネフィリアを良く思っておらず、プレッジの中でも彼女を嫌っている。


「クレシア、何か困ったことがあればすぐに私に言うのよ? お姉さんはいつでも貴女の味方だけらね♪」

「あ、ああ、分かった……」


 頷きながら返事をするクレシアを見て、ネフィリアは普段とは違う可愛さを感じたのか頬を赤くし、両手を頬に当てながら目を輝かせる。

 ファリスはクレシアにベタ惚れのネフィリアを見ると深く溜め息をつく。

 クレシアに甘く、夢中になるネフィリアはこれまでに何度も見てきたが、今のネフィリアは稀に見せる気持ちの悪い興奮状態だった。


「あの変態魔導士、いつかは我慢の限界が来てクレシアに襲い掛かるかもしれないわ。近いうちに別の魔導士と変えた方がいいんじゃない?」

「そ、それは流石に無理だと思いますよ? 彼女は性格には少し問題がありますが、魔導士としては優秀な人ですから、クレシアも変える気は無いかと……」

「ハァ、そうよね……」


 グオンの言うとおり、クレシアはネフィリアを別の魔導士と交換する気は無いだろうと考えるファリスは疲れたような表情を浮かべる。


「どうした、まだ先へ進まないのか?」


 クレシアとネフィリアのやり取りを見ていると再び声が聞こえ、ファリスとグオンは声がした方を向く。声が聞こえた方向には二人の若い男が立っていた。

 一人は身長170cm強で薄い紫色の短髪に黄色い目をした二十代前半ぐらいの青年。紺色の長袖、濃い灰色の長ズボンを穿いた格好をしている。レザーアーマーを身に付け、左手に青いカイトシールドを持ち、腰にメイスを付けていた。

 もう一人は身長165cmほどで濃い茶色の短髪に青い目をした十代後半ぐらいの少年だ。白い長袖に黒いベスト、茶色の長ズボン姿で自分の体と同じくらいの大きさの鞄を背負っている。

 鞄を背負った少年は一緒にいる戦士風の青年と違い、若干疲れた様子だった。


「時間も限られているから、できるだけ早く進んだ方がいいと思うぞ?」

「確かにそうね。このままだと日が沈んで視界が悪くなっちゃうかも……」


 ファリスは辺りを見回しながら青年の言葉に納得する。

 時刻は昼過ぎで、このまま時間が過ぎれば夜になり、辺りが暗くなってしまう。暗くなれば移動するのが危険になり、依頼を熟すのが難しくなる。

 増してや今いるのは森の中なので、視界が悪くなった状態で森に棲みついているモンスターたちに襲われれば大変なことになるだろう。

 依頼を完遂するため、そして自分たちの身を守るためにもファリスは先を急ぐべきかもしれないと考える。そんな時、ファリスの目に鞄を背負いながら汗を搔く少年の姿が目に入った。


「エバンス、カイルは大丈夫なの? かなりしんどそうだけど……」


 ファリスはエバンスと呼ぶ青年に鞄を背負っている少年、カイルについて尋ねた。

 声を掛けられたエバンスはフッと反応すると、僅かに表情を曇らせながらカイルの方を向いた。


「……結構大変みたいだ。さっきも休むかどうか聞いたんだが、自分は大丈夫だから先へ進もうって言ってな」


 少し前のカイルと話した内容をエバンスは説明した。

 エバンス・ソムジットはクレシアと共に前線で戦う戦士で、ファイターの上位職であるハイファイターを修めている。

 チームメンバーの中では最年長で面倒見が良く、戦闘では戦うだけでなく、盾でクレシアや他の仲間をカバーしたりもするため、メンバーたちからは頼もしい兄貴分として見られている。


「大丈夫って……カイル、アンタ無理してるんじゃないの?」


 不安そうな顔をするファリスはカイルに近づいて尋ねた。


「だ、大丈夫。僕は平気だよ……」


 カイルはファリスに気を遣わせてはいけないと思ったのか、疲れを隠すかのように笑みを浮かべながら答える。

 ファリスはカイルの反応を見て無理をしていると悟り、僅かに表情を歪ませる。

 エバンスやグオンもカイルの顔を見て僅かに表情を曇らせていた。

 カイル・ファルメーズはプレッジで荷物持ちを担当しており、依頼中の食料や道具、仲間が採取した素材などを運ぶことが主な役割だ。

 荷物を運ぶことが仕事なため、前線で戦うことも後方で仲間を援護することもない。戦闘になれば役目は無く、安全な場所で仲間たちが戦うのを見ていることしかできないため、チーム内では立場の弱い存在と言える。


「急がないと、辺りが暗くなって依頼を熟すのが難しくなるから、早く先を急ごう」

「何言ってるのよ。アンタ、凄い顔してるわよ? そんな状態で移動したら、いつか倒れちゃうわ。少し休みなさい」

「でも……」


 自分が原因で仲間たちに迷惑が掛かると考えるカイルは休息を取ることに抵抗を感じる。だが、疲れが溜まっているのも事実だった。

 長時間、重い荷物を背負って移動したため、カイルはかなり体力を消耗している。すぐに倒れたり、動けなくなるような状態ではないが、このまま休まずに移動するのは賢明な判断とは言えない。

 ファリスはカイルの顔を見て、彼が何を考えているのか察すると小さく笑いながら肩に手を乗せた。


「どうしても休まずに行くって言うのなら、アンタが持ってる荷物を少し渡しなさい。あたしが運んであげるから」


 少しでもカイルの負担を軽くしたいと考えるファリスは荷物持ちを手伝うことを提案した。

 カイルは自分に親切にしてくれるファリスを見て、思わず目を見開く。


「ダメだ、ファリス。荷物持ちはカイルの役目だ」


 後ろからクレシアの声が聞こえ、ファリスは反応してから振り返る。

 視線の先には真剣な表情を浮かべながら自分とカイルを見つめるクレシアが立っており、その目には僅かに冷たさのようなものが感じられた。


「いいじゃない、少しぐらい。ヴァリンから此処に来るまでの間、カイルはずっと一人で荷物を運んでたんだから」

「荷物持ちなんだから当然のことだろう。それに偵察や周囲の確認をするお前が荷物を運んだら、まともに情報を集めることができなくなる。そうなっては敵の正確な位置や数が分からず、他の皆がまともに戦うことができなくなるだろう」

「偵察をする際には荷物は下ろしてやるわよ。移動する間だったら問題ないでしょう?」

「移動中も周囲を警戒しなくてはいけないのを忘れたのか? お前の勝手な判断で仲間たちに危険が及んだ時、責任が取れるのか?」

「ぬうぅぅ……」


 ファリスは悔しそうな顔をしながらクレシアを睨んだ。

 確かにモンスターが棲みついている場所にいる際は常に警戒をする必要がある。そんな状態で荷物を運び、全力で周囲の確認ができなくなれば危険な状況になるかもしれない。

 チームリーダーとして正しい判断をしたクレシアにファリスは言い返すことができなかった。


「ファリス、僕は本当に大丈夫だから。君はレンジャーとしてやるべきことをやって」

「カイル……」


 自分のことを考え、役目を全うするよう言うカイルにファリスは僅かに表情を曇らせる。

 手伝うこともできず、逆に気を遣わせてしまったことをファリスは申し訳なく思っていた。


「……とは言え、荷物持ちであるカイルが倒れてはこの後の活動に影響が出るのも事実だ。……此処でしばらく休息を取る。その後に移動を再開する」


 クレシアの発言にカイルは意外そうな表情を浮かべる。てっきり休むことなく先へ進むと言うかと思ったため、予想外の言葉に内心驚いていた。

 ファリスも目を細くしながらクレシアを見ているが、カイルのように驚いたりはしなかった。

 指示を終えたクレシアは何も言わずにカイルに背を向けて静かに歩き出す。

 クレシアの近くにいたネフィリアは言い負かされたファリスを見て、クスクスと笑いながらクレシアの後をついて行く。その目には「いい気味」という馬鹿にする意思が宿っていた。

 エバンスとグオンもカイルを見た後、休息と今後の予定の確認をするため、クレシアの下へ向かう。

 残ったカイルとファリスは離れていくクレシアの後ろ姿を見つめていた。


「まったく、どうしてあんな冷たいこと言うのかしら。昔はもっと優しい子だったのに……」

「クレシアは今も優しいよ。現に休息の時間を作ってくれたし……」

「あたしには効率よく依頼を熟すために休息を取らせたようにしか見えなかったけどね」


 呆れた様子で語るファリスを見て、カイルは苦笑いを浮かべながら背負っている荷物を下ろした。

 実はカイルもクレシアの幼馴染で、小さい頃はファリスを含む三人でよく遊んでいた。

 冒険者になる際も三人で一緒に冒険者ギルドへ登録し、登録したその日にプレッジを結成した。言ってみればカイルたちはプレッジを作った初期メンバーなのだ。

 三人はチームを結成してから今日まで共に活動してきた。その理由は彼らが幼い頃に交わした約束にある。


 カイル、クレシア、ファリスの三人はヴァリンの南にある小さな村の出身で、物心ついた頃から一緒に行動していた。幼い頃から行動を共にしていた三人は互いのことをよく理解していたため、幼馴染であると同時に親友と呼べる関係だ。

 子供の時には、成人したら三人でヴァリンへ向かい、自分の夢のために精一杯働くなど、将来についても話し合っていた。

 カイルは働いて大金を稼ぎ、女手一つで育ててくれた母に楽に暮らせる。

 ファリスは歌姫になり、自分の歌を多くの人に聞かせる。

 クレシアはパン屋を開き、住民たちに自分の作ったパンを食べてもらうことを夢見ていた。

 しかしある日、三人の夢や幸せな生活を変える出来事が起きてしまう。冒険者だったクレシアの両親がヴァリンで依頼を受けている最中にモンスターと戦って命を落としてしまったのだ。

 一度に両親を失ったクレシアは悲しみに暮れ、カイルたちと夢について語ることもできず、ただ泣くことしかできなかった。

 カイルとファリスもクレシアの両親を慕っていたため、亡くなったと知った時にはクレシアと同じように泣いて悲しんだ。

 親しい人が亡くなり、幼かった三人はしばらく落ち込んでいたが、ある時、カイルがクレシアとファリスに呼びかけた。

 自分たちもクレシアの両親と同じ冒険者となってモンスターを討伐し、自分たちのような悲しむ人が現れないようにしようと。

 落ち込んでいたファリスはカイルの言葉を聞き、落ち込んでいても何も変わらないと感じ、悲しみを押し殺して立ち直る。

 そして、最も傷ついてたクレシアもカイルとファリスに励まされて両親の死を乗り越え、両親以上の冒険者になることを決意した。

 カイルたちは多くの人が安心して暮らせるよう、三人で最高の冒険者になることを約束した。その後、カイルたちは冒険者になるための訓練や勉強を行い、十五歳になると三人でヴァリンへ行き、冒険者となって活動を始めた。

 それから数年で冒険者として立派に成長し、仲間が増えて現在に至る。


 カイルは遠くにいるクレシアを見つめながら冒険者になることを決意した日のことを思い出す。

 幼い頃の約束は今も忘れておらず、例えしんどかったり、荷物持ちという微妙な立場だとしてもカイルは嫌な顔一つせずにクレシア、ファリスと一緒にいた。


「僕にもう少し体力や戦いの技術があったら、クレシアたちと一緒に戦えるんだけど、僕にはどちらも無いから……」

「それは仕方が無いわよ。だってアンタはあたしやクレシアのようにちゃんとした訓練や勉強を受けられなかったんだから」


 ファリスは同情する眼差しでカイルを見つめる。

 カイルたちは幼い頃、冒険者になっても問題無く活動するため、ヴァリンにある子供に戦いの技術と知識を教える寮制の学院に通うことになった。だが、ここで一つ問題が生じてしまう。

 ファリスは親から学費を出してもらえるが、両親を失ったクレシアは学費を用意することができなかった。

 学院に通えなければ冒険者になった後、まともに活動できず、効率よく冒険者として成長することができない。クレシアはどうすればいいか分からずに途方に暮れていた。

 そんな時、カイルが母親にクレシアの学費を出してほしいと懇願したのだ。

 カイルの母親は息子の頼みを聞き、クレシアの学費を出すことを認める。しかし、もしクレシアの学費を出せべ、カイルが学院に通うための学費を出せなくなってしまう。

 カイルの実家は決して裕福ではなく、一人分の学費しか用意できなかった。つまりカイルとクレシアのどちらかしか学院に通えない状態だったのだ。

 一人しか学院に通えないと聞かされたクレシアは、カイルが通うべきだと最初は援助を断っていた。だが、カイルがクレシアの両親のような強い冒険者になるためにも、クレシアが通うべきだと強く押したのだ。

 その結果、クレシアはカイルに心から感謝し、カイルの代わりに学院に通って戦いの技術と知識を学ぶことになった。

 つまり、クレシアは両親を亡くして落ち込んでいたところをカイルに救ってもらっただけでなく、冒険者になるための学費まで譲ってもらったのだ。

 その後、無事に学院を卒業したクレシアとファリスは村へカイルを迎えに行き、冒険者になるためにカイルと一緒にヴァリンに戻った。


「カイルが荷物持ちをやってるのは学費をクレシアに譲ったからなのに、どうしてあの子はあんな冷たい接し方をするのかしら? 本来ならあたし以上にカイルを気遣うべきなのに……」

「ファリス、いいんだよ。クレシアは両親のような犠牲者を出さないために少しでも強くなろうとしてるんだ。それで少し余裕が無いだけさ」

「……本当にクレシアに甘いわね」


 一切クレシアを悪く言わないカイルにファリスは呆れたような顔をする。ただ、表情こそ呆れているが、心の中ではカイルの優しさに感心していた。

 ファリスが見つめる中、カイルは懐から何かを取り出す。それは翡翠色をした手の平サイズの全身甲冑フルプレートアーマーの騎士の人形だった。


「アンタ、まだそれを持ってたの?」

「うん、僕の宝物で、お守りだからね」


 笑顔で答えるカイルを見て、ファリスもつられるように小さく笑う。

 カイルが持っているのは幼い頃にクレシアとファリスが誕生日にプレゼントとして送ってくれた物だ。

 幼馴染である二人から、初めて貰ったプレゼントはカイルにとって大切な物なので、お守りとして常に持ち歩いていたのだ。

 会話が終わると、カイルとファリスはクレシアに言われたとおり、休息を取って体力を回復させる。

 それからしばらくした後、プレッジのメンバーは移動を再開し、森の奥へと向かった。


――――――


 しばらく移動し、プレッジは木の生えていない広場に出た。それほど広くは無く、広場の片隅には倒れた木や大きな岩が幾つも転がっていた。


「……此処が目的地ね」


 茂みに身を隠すファリスが僅かに顔を出し、静かな広場を見つめる。

 近くではクレシアたちが同じように茂みに隠れて広場を覗いており、一番後ろでは鞄を背負うカイルが姿勢を低くしていた。

 ファリスは静かに呼吸をしながら広場の様子を窺う。すると、数十m先で大きな影が動ているのが目に入り、ファリスは目を凝らして影の正体を確かめる。

 それは濃い茶色の肌を持ち、腹を出して腰巻をしている豚頭のモンスター、オークだった。オークは地面に座り込みながら何かの動物の肉を喰らっている。

 ただ、通常のオークと違い、身長が2mほどある大型の個体で牙も太くて鋭い。更に鉄製の兜を被り、オークの近くには武器と思われる大きな手斧が置いてあった。


「あれが今回の討伐対象、オークジェネラルね」

「流石にデカいな。しかも武器まで持ってやがる」


 遠くにいるオークジェネラルを見つめるエバンスは面倒そうな顔で呟く。

 今回、プレッジが森を訪れたのは森に出現したオークジェネラルと討伐するためだ。

 オークジェネラルはゴブリンや通常のオークと違って手強く、並の冒険者では討伐するのが難しい。このまま放置すれば薬草などを採取しに来た者たちが襲われ、命を落とす可能性がある。

 幸いまだ死者は出ていないため、犠牲が出る前に討伐してほしいと冒険者ギルドに依頼が入り、プレッジがそれを依頼を受けたのだ。

 ファリスは討伐する際に仲間たちが上手く戦えるよう、オークジェネラルの体格や状態など情報を集めようとする。そんな時、オークジェネラルの近くに身長150cmほどで濃い茶色の肌をした通常のオークが二体座り込み、オークジェネラルと同じように肉を食べているのが目に入った。

 

「近くに普通のオークが二体いるわ。恐らくとりまきでしょうね」

「オークが二体か……ファリス、他にオークはいるか?」


 クレシアが尋ねると、ファリスは改めて広場を見回して他のオークがいないか確認する。


「……他にモンスターはいないわね。視界に映ってるアイツらだけみたい」

「よし。では、休息中に決めたとおりに動くぞ。私とエバンスが前に出て攻撃を仕掛ける。ファリスは弓矢で支援攻撃。ネフィリアとグオンは戦闘が始まったら魔法で私とエバンスを強化。ネフィリアは強化魔法を発動した後、戦況に応じて攻撃魔法を撃ってくれ」


 指示を受けたファリスたちは無言で頷いたり、笑みを浮かべたりして理解したことをクレシアに伝える。

 仲間たちの反応を見たクレシアは最後に一番後ろにいるカイルの方を向いた。


「カイル、お前はいつもどおり安全な場所で待機だ。分かってると思うが、前に出過ぎたり、勝手な行動を取ったりはするな?」

「う、うん、分かったよ」


 棘のある言い方をするクレシアを見て、カイルな頷きながら返事をする。

 言い方は悪いが、クレシアが自分の身を案じたり、仲間たちが不利になる状況を作らないために言っているのをカイルは知っているため、不快には思わなかった。

 準備が整うとクレシアは腰に差してある二本の剣を抜いて茂みから飛び出す。

 ファリスたちも各々の武器を構えながらクレシアの後に続く。

 カイルだけはその場に残り、戦いを始めるクレシアたちを見守っていた。


物理攻撃強化アタック・ブースト! 移動速度強化スピード・ブースト!」

物理防御強化プロテクト・ブースト! 強靭度強化ストロング・ブースト!」


 茂みから飛び出したネフィリアとグオンは指示どおり、強化用の下級二等魔法を発動させ、クレシアとエバンスを強化する。

 クレシアとエバンスはネフィリアの魔法で物理攻撃力と移動速度、グオンの魔法で物理防御力と攻撃の衝撃に耐える強靭さが増し、弱い下級モンスターなら簡単に倒せるだけの力を得た。

 魔法で自身が強化されたのを確認したクレシアとエバンスはオークジェネラルに向かって走り出す。

 二人が走った直後、オークジェネラルたちも敵が現れたことに気付き、鳴き声を上げながら立ち上がった。

 オークたちもオークジェネラルが立ち上がると同時に近くに落ちている棍棒を拾い、クレシアとエバンスに向かっていく。

 オークジェネラルも右手で手斧を拾うとオークたちの後を追うように走り出した。

 双方の距離は少しずつ縮まっていき、あと少しで相手が間合いに入る距離まで近づいた。

 すると、クレシアとエバンスの後ろから一本の矢が飛んで来て一体のオークの右胸に命中する。二人の後方では弓を構えるファリスが立っており、矢が刺さったのを見てニッと笑う。

 矢を受けたオークは鳴き声を上げながら急停止し、痛みに耐えながら矢を抜こうとする。

 だが、立ち止まっている間にクレシアがオークに近づき、右手の剣でオークの胴体に袈裟切りを放つ。袈裟切りが命中すると、クレシアは続けて左手の剣を左から横に振ってオークの腹部を切った。

 二度切られたことで致命傷を負ったオークは鳴き声を上げながらゆっくりと後ろに倒れ、仰向けになるとそのまま動かなくなった。


「キャーーーッ! さっすがクレシア、素敵だわぁ~」


 戦闘開始から僅か数十秒でオークを一体倒したクレシアにネフィリアは杖を握りながら騒ぐ。自分が惚れ込んでいる少女の勇姿に興奮しきっていた。

 クレシアがオークを倒した近くではエバンスがもう一体のオークの相手をしている。興奮しているオークの攻撃をカイトシールドで防ぎながら、エバンスは反撃のタイミングが来るのを待つ。

 やがて、オークの棍棒がカイトシールドで弾かれ、オークの態勢が僅かに崩すとエバンスはメイスを強く握り、勢いよくオークの頭上に振り下ろす。

 メイスはオークの脳天に命中し、オークの頭部を僅かへこます。エバンスの渾身の一撃を受けたオークは持っている棍棒を落とし、その場に崩れるように倒れた。

 とりまきのオークを倒し、残るがオークジェネラルだけになるとクレシアは走って来るオークジェネラルを睨む。その直後、クレシアの左右の斜め上に黄色い光が集まり、黄色い半透明の光の剣が出現する。それは今クレシアが持っている剣と同じ形をしていた。


「やっぱ、オークジェネラルが相手なら、クレシアも固有技術ユニークスキルを使うか」


 エバンスはクレシアの行動に納得した様子を見せながら呟く。

 クレシアの近くに出現した二つの光の剣はクレシアが開花させた固有技術ユニークスキル、“英霊の刀剣”で作られた物だ。

 英霊の刀剣は技術スキルの使用者が装備している剣と全く同じ性能の光の剣を作り出し、使用者の武器として使えるようにする技術スキルだ。

 作られた剣は浮遊しており、使用者の意思で自由に操ることができるため、自分自身が持っている剣とは別で攻撃を仕掛けることできる。しかも作り出せる剣は使用者が装備している剣の数によって変化するため、複数装備していれば、同じ本数の光の剣を作り出すことが可能だ。

 クレシアは二刀流で二本の剣を装備しているため、光の剣を二本作り出すことできる。そして、その作り出した二本と自身が持っている二本で同時に攻撃することもできるため、英霊の刀剣を発動させたクレシアは実質四刀流ということになるのだ。

 固有技術ユニークスキルを発動させたクレシアはオークジェネラルに向かって走り出す。クレシアが走ると作り出された光の剣もクレシアに付き従うように移動し、オークジェネラルとの距離を縮めていく。

 オークジェネラルが間合いに入った瞬間、クレシアは右手の剣で右から横に振ってオークジェネラルの腹部を切った。その直後、右上に浮いている光の剣が袈裟切りを放ち、オークジェネラルの胸部を切り裂く。

 切られたオークジェネラルは鳴き声を上げ、自分を傷つけたクレシアを睨みながら右手に持つ手斧をクレシアに振り下ろそうとした。

 だが、オークジェネラルが反撃するより早く、左上の光の剣がオークジェネラルの右腕を切る。

 腕を切られたオークジェネラルは持っている手斧を落とし、ゆっくりと後ろに下がる。

 オークジェネラルが後退すると、クレシアは両手の剣を薄っすらと赤く光らせた。


双斬撃ダブルスラッシュ!」


 クレシアは両手の剣を同時に振り下ろし、オークジェネラルの胴体に深く、大きな切傷を付ける。

 攻撃技術アタックスキルによる攻撃をまともに受けたオークジェネラルは断末魔のような鳴き声を上げ、ゆっくりとその場に倒れ、そのまま動かなくなった。

 オークジェネラルを見つめ、倒したのを確認したクレシアは静かに息を吐きながら両手の剣を下ろす。同時に宙に浮いていた二本の光の剣も光の粒子となって消滅する。


「片付きましたね。私たちの出番は全く無かったとは……」

「当然よぉ。クレシアの前じゃあ、オークジェネラルなんてゴブリンも同然。私たちが手助けする必要もないわ♪」


 自分のことのように喜んでいるネフィリアを見て、グオンは再び苦笑いを浮かべる。

 ただ、ネフィリアは決して大袈裟に言っているわけではない。並の冒険者では倒せないと言われているオークジェネラルをクレシアは反撃の隙を与えることなく、一方的に攻めて倒した。これはSランク冒険者かそれと同等の力を持った者でなければできないことだ。

 クレシアがSランクに匹敵する実力を持っていることは、ネフィリアだけでなくファリスたちにとっても誇りと言えることだ。

 強くて頼もしいリーダーが一緒なら、自分たちは更なる高みを目指せる。全員がそう感じていた。


「よし、討伐は完了した。解体と素材の回収に入るぞ」


 クレシアが剣を鞘に納めながら指示を出すと、ファリスたちは一斉に倒れているオークジェネラルの方へ走り出した。


「……やっぱり凄いなぁ」


 戦いを見守っていたカイルは鞄を背負いながら茂みから出て、遠くにいるクレシアを見つめる。

 クレシアの剣の技術、そして固有技術ユニークスキルの力があれば、どんなモンスターにも勝利でき、仲間や多くの人たちを守ることができるとカイルは確信する。

 同時にカイルは冒険者として、優秀なクレシアを憧れのような感情を抱いていた。


「クレシアは冒険者としてこれから確実に強くなっていく。……それに比べて、僕は体力も戦いの技術も無い。しかも、折角開花させた固有技術ユニークスキルも役に立たないなんて……」


 クレシアと真逆で殆ど役に立ってない自分自身をカイルは情けなく思い、拳を強く握りながら小さく震わせる。

 実はプレッジのもう一人の固有技術ユニークスキルの使い手は荷物持ちのカイルなのだ。

 固有技術ユニークスキルを開花させた者は強力な戦力になると判断され、普通ならモンスターとの戦闘や仲間の支援を任される。しかし、カイルが開花させた固有技術ユニークスキルは現状では殆ど使えない能力だった。

 戦闘では一切使えない技術スキルであるため、カイルは固有技術ユニークスキルを開花させた身でありながらも、荷物持ちをやることになったのだ。


「何とかして、僕の固有技術ユニークスキルを皆のために使えるようにしないと……」


 固有技術ユニークスキルが戦闘で使えるようになれば、クレシアたちと共に戦うことができるようになり、皆も見直してくれるはず。

 カイルは仲間のため、そして自分自身のためにも必ず固有技術ユニークスキルを問題無く使えるようにしてみせると強く決意しながらクレシアたちの下へ向かった。


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