第85話 変化と立案
魔王城の執務室ではゼブルが机に座りながら手元の書類を黙読し、魔王としての執務を行っている。
書類にはファブール魔王国の内政や国内に存在する都市、村の環境などが細かく記されていた。
机の上には他にも沢山の書類が置かれており、一枚一枚にゼブルのサインがされていた。それはゼブルがこれまでに机の上にある全ての書類に目を通していたことを物語っている。
ゼブルの後ろでは、隷属である金髪に美しいメイドが微動だにせずに立っており、無言で執務するゼブルを見守っていた。
メイドはゼブルの身の回りの世話と仕事の手伝いが役目であるため、ゼブルが執務を始めてから無駄な動きを一切せずに待機していた。
勿論、メイドを務める隷属は他にも大勢おり、ローテーションでその日の与えられた業務を行っているのだ。
手元の書類の内容を確認したゼブルは羽ペンを取り、書類の隅に確認済みと内容を認めることを示すサインをした。
ゼブルはサインし終えた書類を既に確認を終えた書類の上に置くと、まだ目を通していない書類を手に取って同じように黙読する。
机の上にある書類の確認を続け、最後の書類を確認し終えると待機しているメイドの方を向く。
「今、手元にある書類はこれで全部か?」
「ハイ、他に魔王城に届いている報告書や重要書類などはございません」
「なら、今日の仕事はこれで終わりってことだな?」
「ハイ、お疲れさまでした」
メイドが微笑みながら労いの言葉を口にすると、ゼブルはサインした書類の束を手に取ってメイドに差し出す。
「テオフォルスに渡してこい。あと、他の魔将軍に回す書類も入っているから、分けて各魔将軍に回すよう伝えといてくれ」
「畏まりました」
一礼したメイドは書類の束を受け取ると、静かに歩いて執務室を後にする。
メイドが退室すると、ゼブルは緊張が解けたかのように深く息を吐いて椅子にもたれかかった。
「やっと終わったか。……まったく、こういう面倒な書類仕事はテオフォルスや知能の高いモンスターがやってくれればいいんだけどなぁ」
苦手な執務をやらなくてはいけない立場にゼブルは不満を感じ、天井を見上げながら愚痴をこぼす。
だが、面倒だからと言って全ての仕事を部下に任せるのは一国を治める者、そして魔王として大問題だと言える。
統治者である以上、その責任は果たさなくてはならないため、ゼブルは不満を感じながらも苦手な執務に取り組むことにした。
「苦手だが、自身のために仕方なくやる……これじゃあ、夏休みの宿題を嫌々やっている中学生と変わらねぇな」
自分が子供のような考え方をしていると感じるゼブルは小さく鼻で笑いながら呟く。そんな時、執務室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「ゼブル様、よろしいでしょうか」
扉の向こうからティリアの声が聞こえ、ゼブルはゆっくりと姿勢を直して扉に視線を向けた。
「ああ、いいぞ。入れ」
「失礼します」
返事が返ってくると、扉が静かに開いて三枚の書類を持ったティリアが入ってくる。
ティリアが持つ書類を見たゼブルはまた書類確認をしなくてはならないと直感し、ティリアに聞こえないくらい小さな溜め息をついた。
ゼブルがストレスを感じていることに気付いていないティリアは真っすぐゼブルの方へ歩いて行き、机の前までやって来ると、持っている書類をゼブルに差し出す。
「ゼブル様、トリュポスの現状とダークエルフに届ける支援物資に関する書類です。ご確認をお願いします」
「ああ、分かった……」
若干面倒そうな口調で返事をするゼブルは書類を受け取ると、一番上にある書類に記されている内容を確認する。
書類にはトリュポスの治安や住民たちの様子、そして冒険者ギルドに関する情報が細かく書かれてあった。
「……大きな事件は起こらず、都市の環境も以前より良くなってきているみたいだな」
「ハイ。住民の皆さんも少しずつですが、モンスターが近くにいる生活に慣れてきているようです。お父様も都市内の空気が穏やかになってきていることを喜んでいました」
元トリュポスの騎士として、トリュポスの治安が良くなってきていることを心から喜ぶティリアは微笑みを浮かべる。
犯罪発生率が大きく低下し、住民たちもモンスターを少しずつ受け入れている状況から、ティリアはトリュポスがファブール魔王国の中心都市になる以前と比べて、間違いなく住みやすくなっていると感じていた。
ゼブルは続けて二枚目の書類に目を通す。そこにはトリュポスの冒険者ギルドの現状などが書かれてある。
「冒険者ギルドの依頼問題も解決できたか。やっぱり、ポルザン大森林に出入りできるようになったのが大きかったらしいな」
「ええ。お父様から聞いた話では、ポルザン大森林に出入りできるようになったことで、珍しい薬草などが採取できるようになり、それを求めてギルドに依頼を出す依頼人が一気に増えたそうです」
冒険者が受けられる依頼の数が予想以上に増えたとティリアから聞かされ、ゼブルは狙いどおりになったと感じて静かに笑う。
ポルザン大森林には外部の者が大森林に入れないよう、ダークエルフによって結界が張られていた。
しかし、ゼブルがダークエルフたちを支配下に置いたことで結界は解かれ、冒険者や薬草を求める薬師たちなどが自由に大森林に出入りできるようになったのだ。
薬草を持ち帰った者たちがトリュポスで情報を広めたことで、ポルザン大森林に自生している珍しい薬草を欲しがる者たちが冒険者ギルドに依頼を出すようになり、冒険者たちは生活費や活動資金を問題無く稼げるようになった。
「俺が新たに造ったダンジョンについて、フォリナス伯は何か言っていたか?」
冒険者ギルドの話題が出たことで、ゼブルはティリアにダンジョンのことを尋ねた。
以前トリュポスを訪れ、レテノールと冒険者ギルドの問題について話し合った際、ゼブルは冒険者の稼げる金銭が増えるようダンジョンを造ることを決め、トリュポスの近くに簡単なダンジョンを設置し、冒険者たちにダンジョンを調査させるようレテノールに指示した。
ポルザン大森林で薬草採取が可能になるまでは、冒険者たちにダンジョンの調査をさせて報酬を得らせていた。そのため、ゼブルは依頼減少の問題が解決した今、ダンジョンの方はどうなっているのか気になっていたのだ。
「ダンジョンについては、変わらず無期限の調査を行わせているとのことです。現在解放されているダンジョンは難易度もモンスターのレベルも低いため、Eランク冒険者でも死者を出すことなく調査ができているとお父様から聞きました」
「……Eランクで死者が出ないとなると、Dランク以上の冒険者にとっては調査し甲斐の無いつまらないダンジョンってことになるな」
「ハイ。解放したばかりの頃はEランクだけでなく、DやCランクの冒険者も調査に参加していたそうですが、今ではDランク以上の冒険者は殆ど調査しなくなったそうです」
冒険者の中には面白さやスリルを求めて依頼を受ける者も少なくない。
最初は未知のダンジョンを調査すると言う好奇心から参加していた冒険者も、調査を繰り返す内に自分なら簡単に調査を済ませ、確実に生きてダンジョンから出られると考えるようになっていったのだ。
今では危険度の低いダンジョンを調査するのはランクが低く、力の自信の無い冒険者だけとなっていた。
「調査に参加しなくなった冒険者たちは都市の外にいるモンスターを討伐し、その報奨金を得たりしています。簡単なダンジョンを調査するよりはそっちの方が面白いと判断したのかもしれませんね」
「まぁ、確かに何度も調査のためにダンジョンに潜ればモンスターの強さや種類、ダンジョンの構造なんかも自然に把握してしまうから、面白くなくなるよな」
冒険者たちがダンジョンの調査をつまらなく思うのも無理はないとゼブルは納得する。
ただ、ゼブルとしてはダンジョンを調査する冒険者が減るのは、ある意味で都合の悪いことだった。
ゼブルがダンジョンを造ったのは冒険者たちの金銭問題を解決するためだけではなく、魔王である自分と戦う勇者の素質がある強者を見つけるために造ったのだ。
ダンジョンを調査する者が減れば、勇者の素質がある存在を見つけるのが難しくなる。ゼブルとしては勇者やその仲間になれそうな存在を見つけるためにも、ダンジョンに潜る冒険者が多くなければならなかった。
「魔王としての使命を果たすためには、勇者の素質がある者を一人でも多く見つけなければならない。そのためにも、冒険者たちにはダンジョンに潜ってもらい、どれほどの実力を持っているのか証明してもらわないといけない」
「と言うことは……」
「ああ、新たにダンジョンを造る。今度は最初に造り出したダンジョンよりも難易度の高いやつをな」
新たなダンジョンがファブール魔王国内に設置されれば、再び面白さとスリルと求める冒険者が集まってくる。そうなればゼブルが求める勇者の素質がある強者も見つけやすくなるだろうとティリアは感じていた。
ただ、面白さやスリル、そしてダンジョン内の財宝などに目が眩み、自身の身を守ることを疎かにする者が出てくる可能性も十分ある。
ティリアは新しいダンジョンに潜る者たちが無茶をし、無駄に命を落とすのではと少し心配していた。
「新しいダンジョンは近いうちにトリュポスの周辺に設置する。設置し終えたらフォリナス伯にダンジョンの位置や情報などを伝えておけ」
「分かりました」
「分かってると思うが、ダンジョンは二百年前に現れた魔王が残した物だとギルドに伝えるようフォリナス伯に言っておけ? あと、新たに設置したダンジョンは最初に設置したダンジョンから生きて帰った冒険者だけが入れるという条件も付けておくようにともな」
「あ、ハイ」
一度に多くの指示を受けたティリアは言われたことを忘れないよう、一つ一つしっかりと頭の中に入れた。
「……さて、次はダークエルフについてだな」
冒険者ギルドの話が済むと、ゼブルは三枚目の書類を見ながらダークエルフの話題に入る。
「クローディア戦団が壊滅したことでダークエルフたちへの脅威は無くなったが、生活は殆ど変わっていないようだな」
「ハイ、相変わらず食糧難が続いているみたいです。支援物資は食料を多めにしてほしいと希望されていたので、五日前に送った物資は希望どおり半分以上を食料にしたとのことです」
ティリアの説明を聞いたゼブルは書類の内容を確認する。
書類にはトリュポスからポルザン大森林に送られた物資のリストが記されており、ティリアが言ったとおりパンや干し肉などの食料が多かった。
「集落にいる全てのダークエルフがしばらくの間、問題無く生活できるくらいの量を送ったそうですが、それでも生活環境が変わることは無いと思います」
「だろうな。ダークエルフたちが魔王国の民になってから、まだ十日しか経っていないし、支援物資を送ったのは一度だけ。支援物資で食料を得ても一時しのぎにしかならない。本当の意味で食糧難が解決することはできないだろう」
状況からダークエルフたちの苦しい生活はしばらく続くと語るゼブルを見て、ティリアは「ですよね」と複雑そうな表情を浮かべる。
「食糧難を解決するには、ダークエルフたちが自分たちの力で食糧問題を解決する必要がある。支援物資はあくまでもダークエルフたちを手助けするための物だからな」
「それは分かっていますが、具体的にはどうすれば……」
「簡単なことだ。支援物資に頼らなくても食料を手に入れる方法を見つければいい」
「しかし、ドアンさんの話ではポルザン大森林で得られる食用の木の実などは少なくなってきています。支援物資に頼らずに食料を得るのは難しいのではないでしょうか?」
ティリアはダークエルフの集落を訪れた時にダークエルフの族長、ドアン・トロカールや責任者たちから聞かされた情報をゼブルに思い出させるかのように語る。
「確かに森林内で食料を得るのは難しいかもしれない。なら、自分たちで食料を作ればいいだけの話だ」
「食料を作る?」
「ああ、平民たちが畑を耕して野菜とかを作るようにな」
ゼブルの口から出た言葉にティリアは軽く目を見開く。
「そんなことが可能なのですか? ダークエルフの皆さんは森林の中で暮らしています。平民の人たちとは畑を耕したり、野菜を作る環境が違うから難しいのでは……」
「できないことではない。野菜の種や育て方が書かれた書物とかは支援物資で送ればいい。野菜を育てるのに適した場所も、長い間大森林で暮らしていたダークエルフたちならすぐに見つけられるだろうしな」
「な、成る程……」
ポルザン大森林でも野菜などを育てることが可能だと話すゼブルを見て、ティリアはまばたきをしながら納得する。
ゼブルが森林の中でも野菜を育てられると言えたのは、現実の世界で自然保護管を務めていた時に得た知識があったからだ。
自然保護管と野菜作りに直接的な繋がりは無いが、ゼブルには仕事だけでなく、趣味で得た知識もあったため、森林でも野菜を育てることが可能だと確信していた。
「大森林で野菜とかを育てれば、時間は掛かるが食糧問題もいつか解決するだろう。それまでは俺たちも可能な限り支援してやればいい」
「……そうですね。ただ支援するだけじゃなく、必要な物を与えて自分たちで解決できるようにすることも大切ですね」
他人の力に頼るのは悪いことではないが、最後は自分の力で何とかしなくてならない。ゼブルの言いたいことを理解したティリアはゼブルを見つめながら微笑みを浮かべる。
「確か、支援物資の管理はフォリナス伯がしてたんだったな。次に支援物資を送る際には野菜の種やそれらを育てるのに必要な道具とかを送らせるよう言っておけ」
「分かりました」
ダークエルフたちが今の苦しい生活から抜け出すことを願っているティリアは、忘れずにレテノールに伝えようと思うのだった。
手元の書類を確認し終えたゼブルは机の上に書類を置き、再び椅子にもたれかかる。
「少しずつだが、国内の問題は解決しているな」
「ハイ。ですが、魔王国が建国してからまだ一ヶ月ほどした経っていませんので、本当の意味で国が安定するにはもうしばらく掛かるかと……」
「それまでは毎日のように書類と向き合わなきゃならんのか……それを考えると泣けてくる」
あからさまに嫌そうな口調で語るゼブルを見て、ティリアは思わず苦笑いを浮かべるのだった。
「……ところで、勇者の素質がある者について何か新しい情報とかは入ったか?」
軽く溜め息をついたゼブルはティリアに問いかける。
いつまでもデスクワークに対する不満を口にしても仕方がないため、気持ちを切り替えるためにも執務とは無関係なことを話題を出すことにした。
「最近は内政や国内の問題ばかりで、勇者関係の情報は一切聞いてない。何か分かったことはないのか?」
「いえ、今のところ有力な情報は一切入ってきていません。今でも隷属の皆さんが他国に潜入して勇者の素質がある人を探しているようですが……」
ティリアの返事を聞いたゼブルは上半身を前に出して机に両肘をつく。
「まぁ、魔王と戦えるほどの力を持った存在がポンポンと出てくるはずがないもんな。簡単には見つからないのは当然か……」
強力な力を持つNPCやモンスターは沢山いたEKTの世界とは違うのだから、強者が簡単に見つかったり、生まれるはずがない。ゼブルはそう感じながら呟く。
「……とは言え、このまま勇者の素質を持った存在が見つからず、時間だけが経過すると言うのも問題だ。そろそろ新たに素質を持った奴を見つける必要がある」
現在、確認されている勇者の素質がある存在は、ファブール魔王国の領土になる前のトリュポスで出会ったエファリア・メルホルトのみ。
異世界に転移して随分になるが、現状でエファリア以外に勇者になれそうな存在は見つかっていない。
魔王としての使命を果たすためにも、一人でも多く勇者やその仲間になれる素質がある者を見つける必要がある。
ゼブルは新たに勇者の素質がある者を見つけるための計画を練る必要があると考えた。
「こりゃあ、近々別の国へ行って勇者の素質がある奴を探す必要がありそうだな」
「えっ、ゼブル様が直接探しに行かれるのですか?」
ティリアはゼブルの発言に驚いて軽く目を見開く。
「勿論、この姿のまま探しに行くわけじゃない。冒険者バアルとなり、依頼を受けながら素質がある奴を探したり、冒険者の中に素質がある奴がいないか確かめるんだ」
「そ、それは分かりますが、隷属の皆さんが探していらっしゃるのですから、わざわざゼブル様が足を運ぶ必要は無いと思います。それに今はまだ魔王国が安定していない時、そんな状態で統治者のゼブル様が他国に行かれるのは……」
政治的に問題があると判断したティリアはゼブルがファブール魔王国から出るのを止めようとする。
ファブール魔王国が建国されて約一ヶ月が経過しているが、まだ国内の都市や村などでは現状を受け止め切れていない国民が大勢おり、まだ幾つか問題が起きている。そんな状態でゼブルが国外へ行こうとしているのだから止めるのは当然だった。
「俺が出かけている間はテオフォルスや頭の切れるモンスターたちに任されば問題無い。それに潜入させている隷属たちでは、得られる情報や調べられる場所に限りがある。冒険者バアルとしての俺なら、隷属たちが近づけない場所とかにも調べられる。俺が直接探した方が見つけやすくなるはずだ」
「それはそうかもしれませんが……」
効率を良くするためだとしても、やはり現状で魔王のゼブルが離れると何かしらの影響が出るかもしれないとティリアは不安を感じていた。
「何よりも、このまま魔王城に籠って書類整理とかを続けていたらストレスが溜まる。今後のためにもここいらで息抜きをする必要があるだよ」
「え?」
ゼブルの口から出た言葉にティリアは思わず声を漏らす。
「えっと、もしかしてゼブル様、気分転換のために勇者の素質がある人たちを探しに行かれると?」
「まあな」
誤魔化すことなく認めたゼブルを見て、ティリアは思わず目を丸くする。
正直に自分の本心を口にするのは良いことだが、ハッキリと答えるのはどうだろうかとティリアは感じていた。
「とにかく、魔王の使命を果たすため、そして俺が今後効率よく執務を熟すためにも冒険者バアルとして活動を再開する。お前も冒険者リーテとして付き合ってもらうぞ?」
「は、はあ……」
若干強引に話を進めるゼブルを見ながらティリアは返事をする。今のゼブルに何を言っても考え方を変えることは無いだろう。ティリアはゼブルを見ながらそう感じていた。
ただ、冒険者と言う立場ならより有力な情報を手に入れやすいと言う考えには一理あると感じていたため、ゼブルの提案を頭から否定したりはしなかった。
冒険者として活動することについて話をしていると執務室の扉を叩く音が響き、ゼブルとティリアは扉の方を向く。
ゼブルは返事をしようとするが、喋るより先に扉が開き、セミラミスが笑みを浮かべながら入室してきた。
「入るよ、ボス」
セミラミスは後ろで纏めた長い金髪を揺らしながらゼブルとティリアの方へ歩いて行き、ティリアの隣までやって来ると椅子に座るゼブルを見つめる。
「セミラミス様、入室するのでしたら、相手が返事をされてから入るべきだと思うのですが……」
「相変わらず口やかましいなぁ。お前が真面目に物事を考えるのは構わねぇが、それをあたしに押し付けるのはやめろ。ハッキリ言って不愉快だ」
注意されたセミラミスは僅かに機嫌を悪くし、目を細くしながらティリアに文句を言う。
ティリアは不機嫌になったセミラミスを見ながら、困ったような表情を浮かべた。
「……セミラミス、いったい何の用できたんだ?」
気分を悪くするセミラミスを見て、このままだとティリアが文句を言われ続けて面倒な事態になるかもと感じたゼブルは執務室に来た理由を尋ねる。
声を掛けられたセミラミスはゼブルの方を向き、先程までティリアに見せていた不機嫌な表情を消した。
「ついさっき、諜報員として派遣していた隷属の一人からある報告があったんだ」
セミラミスの言葉にゼブルとティリアは反応した。
ファブール魔王国が建国されて以降、魔将軍たちにはそれぞれ重要な役職が与えられている。
テオフォルスは魔王国内の政治や外交関係の管理。シムスは魔王国の軍隊の管理と訓練を行っている。アリスは魔王国で最も重要である魔王城の防衛。そして、セミラミスは他国に派遣した諜報員である隷属や彼らが集めた情報の管理などを任されている。
セミラミスが諜報員や情報の管理を行っているため、国外にいる隷属が有力な情報を得れば、まずセミラミスに報告がいくようになっているのだ。
先程まで情報収集を行っている隷属の話をしていたため、ゼブルとティリアはセミラミスの話に強い関心があった。
「ダーバイアのヴァリンって言う都市に“プレッジ”って冒険者チームがいるらしい。そのチームの中に固有技術を開花させた冒険者が二人いるそうだ」
「固有技術を持つ冒険者が二人だと?」
一部の者しか得られない固有技術を持つ冒険者が一つのチームに二人いると聞いてゼブルは意外そうな反応を見せる。だが同時に、強力な力を持つ冒険者が見つかったことでより興味が湧いてきていた。
「ああ、五人か六人で構成されているAランクチームでダーバイアでもそれなりに名の知れたチームらしい。もしかすると勇者の素質を持った存在かもしれないと報告してきた奴は言ってたよ」
「成る程……で、二人も固有技術を開花させた奴がいるって言うのは確かなのか?」
「それが、ハッキリとは分からねぇみたいなんだ。何しろ情報を得た隷属はダーバイアの首都である“サザンテア”にいて、そこで活動している冒険者どもが話しているのを聞いただけらしいからな」
「何だ、直接見たわけじゃないのか」
他人から聞いただけの情報だと知り、ゼブルは情報の信憑性が低いと感じる。
しかし、同じ冒険者から聞いた情報であるなら、全く信用できないというわけではないため、調べてみる価値はあった。
「本当にそのプレッジというチームに固有技術を持つ冒険者が二人いるのなら、どちらかに勇者、もしくは勇者と共に戦う仲間になれる素質があるかもしれない。……これは、俺自身が直接見て確かめた方が良さそうだ」
先程ティリアと冒険者バアルとして勇者の素質がある者を探しに行くと話していたため、ゼブルはダーバイア公国へ向かい、プレッジの冒険者がどれほどの実力を持っているのか確かめるべきだと考えた。
「ティリア、近々ダーバイアへ向かい、プレッジの関する情報が真実か確かめる。もし本当に固有技術を開花させた冒険者が二人、プレッジにいたならその二人に勇者の素質があるかどうか確かめ、エファリアの時のように勇者候補になるよう俺たちで誘導する」
ティリアはゼブルを見ながら困ったような表情を浮かべる。既に魔王の執務を放棄し、気分転嫁も兼ねて勇者の素質がある者を探しに行くつもりでいるとティリアは感じていた。
「やっぱり行かれるのですね」
「当然だ。もしこれで勇者かその仲間になる素質がある奴を見つけ出せれば、目的に一歩近づくことになるからな」
考えを変える気の無いゼブルをを見て、ティリアは静かに溜め息をつく。
「……分かりました。とりあえずいつ出発するか、どれくらいの間ヴァリンで活動するかを決めましょう。全てが決まりましたら、トリュポスで待機されているランハーナさんにお伝えしておきます」
「頼む。……あと、テオフォルスに俺が外出している間、仕事の一部をやっておくよう伝えておけ」
「ハイ」
若干疲れたような表情を浮かべるティリアは頷きながら返事をした。
自分とゼブルが魔王城を離れている間、とんでもない量の仕事が溜まっているのではと、ティリアは僅かに暗い顔をしながら不安に思う。
できることなら、短い期間でプレッジの冒険者の情報を集め、仕事が溜まる前に魔王城に戻りたいとティリアは心の中で願っていた。
「さてと、まずはヴァリンがどんな都市なの、簡単に確認しておいた方がいいな。ティリア、お前の知っている範囲でいいから説明してくれ」
「分かりました」
ティリアはゼブルの机の片隅で丸められている地図を手に取り、ゼブルの前で広げると描かれているダーバイア公国を指差す。
「まず、ヴァリンはダーバイア公国の西側にある小都市で、王国との戦争では公国軍の防衛拠点として使われる場所です。そこには冒険者ギルド以外にも……」
地図を見ながら、ティリアはゼブルに自分の知っているヴァリンの情報を話していく。
ゼブルもヴァリンに到着した際に無駄なく行動できるよう、ティリアが話す情報を一つずつ頭に入れていった。
セミラミスはゼブルとティリアが冒険者として活動を再開することを知らないため、何の話をしているのか分からず、まばたきをしながら二人の会話を聞いていた。
今日から第五章の投稿を開始します。
第五章は新たな勇者候補の捜索が内容となっており、強力な力を持った者を登場させる予定です。
そして、五章ではファンタジー小説のジャンルにもなっている“追放”と“裏切り”が関わっています。
今回も一定の間隔で投稿していくつもりですので、よろしくお願いいたします。




