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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第4章  魔王国の統治者
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第83話  無意味な抵抗


 レザーキャップの団員はサリィに駆け寄る。一緒にいたモンスターが全て倒されてしまった状況でサリィがプランドラーレオを連れて現れたのは団員たちにとって非常に都合のいいことだった。

 状況を打開するため、レザーキャップの団員はこれまでに得た情報を全てサリィに話すつもりでいた。


「たかが虫のモンスター一体に随分手こずってるみてぇだな」


 サリィは目の前にやって来たレザーキャップの団員を見ながら低めの声で語り掛ける。目も僅かに鋭くしており、機嫌を悪くしているのが一目で分かった。

 レザーキャップの団員はサリィの表情に恐怖を感じて僅かに表情を歪ませる。

 しかし、クローディア戦団が不利な戦況な上、配下にしたモンスターたちが倒されてしまったのだから、サリィが不機嫌になるのも仕方の無いことだ。


「す、すみません。あのゼブルと言う昆虫の異形、自分のことを魔王を名乗り、こちらの予想以上の実力を持っていたので……」

「魔王だと? お前、ふざけてるのか?」


 サリィはレザーキャップの団員を睨みながら問いかける。サリィの反応からして、彼女は少し前にアジトの北側に来たようで、ゼブルが魔王を名乗ったことも、その詳しい実力も知らないようだ。


「そ、そんなつもりは……アイツは、襲い掛かって来たグレイファングたちを一瞬で倒してしまったんです」

「奴がモンスターたちを倒すのは見てた。だが、倒されたのは全部下級モンスター、グレイファングたちの強さを考えれば大体の実力は分かる。せいぜいBランク冒険者と同じくらいだろう」


 元冒険者だったサリィは戦闘を観察して相手の大体の強さを分析することができた。

 グレイファングたちとの戦いを目にし、ゼブルの強さを分析したサリィはゼブルが自分にとって脅威ではないと判断したようだ。


「しかし、奴は弓矢による攻撃が通用しません。通常の矢だけでなく、攻撃技術アタックスキルによる攻撃も効果がありませんでした」

「大方、遠距離攻撃が通用しなくなる技術スキルかマジックアイテムを持ってるだけだろう。遠距離攻撃を無効化する技術スキルやマジックアイテムっていうのは強力だが、近距離攻撃に対しては何の耐性もねぇ。つまり、接近して剣で攻撃すればいいってことだ」


 弓矢が通用しないと聞かされても慌てることなく、対抗策を語るサリィにレザーキャップの団員は軽く目を見開いて驚く。それと同時に団長として頼りになると感じるのだった。


「状況から、アイツの相手はお前らじゃ無理だ。……俺とコイツで片づける」


 サリィはそう言うと隣で待機しているプランドラーレオの頭をポンポンと軽く叩く。

 レザーキャップの団員も現状から自分たちではゼブルを倒すのは難しいと感じ、ゼブルはクローディア戦団最強のサリィとプランドラーレオに任せ、自分たちはダークエルフたちを警戒することにした。

 サリィは遠くで立っているゼブルを見つめながら両手で腰に差してある二本の短剣を抜いて戦闘態勢に入った。


「お前らは念のために待機してろ。俺があの虫野郎と戦っている最中にダークエルフたちが妙な動きをしたら対処するんだ。殺しても構わねぇ」

「分かりました」

「それと、万が一に備えて捕まえてあるダークエルフを一人、誰かに連れてこさせろ」

「え?」


 レザーキャップの団員はサリィの言葉に一瞬理解できないような反応を見せるが、サリィが何を考えているのか悟ると納得した表情を浮かべる。


「……分かりました。すぐに誰かを向かわせます」


 返事を聞いたサリィは小さく笑いながらゼブルの方へ歩き出す。

 隣にいたプランドラーレオも主人が移動するのを見て、静かに後をついて行く。

 レザーキャップの団員は近くで待機していた団員を呼び、サリィに言われたことを伝えて捕らえているダークエルフたちの下へ向かわせた。

 サリィは両手の短剣を強く握りながら少しずつゼブルに近づく。移動している間、ゼブルの後方で待機しているダークエルフたちを警戒し、もし弓矢で攻撃を仕掛けて来たらプランドラーレオをけしかけるつもりでいた。

 やがて、ゼブルの数m前まで近づいたサリィは立ち止まり、自分を見ているゼブルを睨みつける。

 プランドラーレオもサリィの右隣に来ると、静かに立ち止まってゼブルを見た。


「テメェが魔王を自称するゼブルとかいうモンスターか。自分から魔王を名乗るとは、余程のアホか思い上がりの激しい野郎なんだな」


 対峙して早々、サリィはゼブルに挑発の言葉をぶつける。

 ゼブルを感情的にさせて冷静さを奪うつもりなのか、それともただ馬鹿にするために言ったのか。どちらにせよ、サリィがゼブルを怒らせようとしているのは間違いない。


「開口一番が挑発とは、随分と幼稚な女だな。サリィ・クローディア?」


 馬鹿にされても冷静さを失わないゼブルは、逆にサリィを挑発し返した。

 ゼブルにとってサリィは重要な存在ではなく、見ていて気分を悪くするような存在でもない。だから挑発されたとして腹を立てることは無かった。寧ろくだらない挑発をするサリィが小物に見えて内心呆れている。


「ああぁ? 誰が幼稚だ。俺の配下のモンスターを倒したからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」


 挑発されて逆に機嫌を悪くするサリィは右手に持つ短剣の切っ先をゼブルに向ける。

 ただでさえ、自分が長い時間を掛けて集めた手足モンスターを殺されて気分を悪くしているのに、その手足を奪ったゼブルから小馬鹿にされたことで、サリィのゼブルに対する怒りは強くなった。


「本当は殺さず、テメェも俺の配下にしてやろうと思ってたんだが、今の言葉で気が変わった。テメェはゆっくり時間を掛けてなぶり殺してやるよ」

「フッ、できもしないことを口にすると後で恥を掻くぞ?」

「何だと?」


 再び挑発的な言葉を口にするゼブルにサリィは表情を険しくする。

 ゼブルは自分を睨むサリィを見つめると、右手の人差し指でサリィを指した。


「お前には俺を殺すことはできない。俺とお前とでは実力に差がありすぎて傷を負わせることも不可能だ」

「はっ、余程自分の強さに自信があるようだな」


 たかが下級モンスターを数体倒しただけで自分を強者だと思い込むな、サリィはそう思いながらゼブルを見つめる。


「あと、俺をグレイファングたちのように配下にすることも無理だ。これは実力に関係なく、お前の固有技術ユニークスキルに問題がある」

「!」


 ゼブルの言葉にサリィは思わず反応する。自分が固有技術ユニークスキルを使えることを知っているだけでなく、固有技術ユニークスキルの詳しい効力を知っているような発言をしたので驚いていた。


「……何を訳の分からないこと言ってんだ?」

「とぼけても無駄だ。お前が固有技術ユニークスキル、支配の痛みを開花させているのは勿論、技術スキルの詳しい効力も俺は知っている」


 低い声で語るゼブルを見て、サリィは眉間にしわを寄せる。

 ゼブルの口調から嘘ではなく、本当に理解しているのかもしれないと感じていた。


「お前の支配の痛みは、技術スキルを発動させた状態で配下にするモンスターに攻撃し、傷を負わせる必要がある。つまり、お前の攻撃力が相手の防御力を上回っていなければ意味が無いということだ。更にお前より弱いか、同等の強さの対象にしか効果が無く、お前より遥かに強いモンスターは配下に出来ない」


 ゼブルの話を聞いていたサリィは少しずつ表情を変えていく。出会ったばかりの異形がなぜ自分しか使えない技術スキルの効力をここまで詳しく知っているのか分からなかった。

 仮に仲間の団員を捕らえて情報を聞き出したのだとしても、団員たちには大まかな説明しかしていないため、団員たちは同等以下の強さの相手にしか効果が無いということは知らない。そのため、ゼブルが団員も知らない情報を知っていることに衝撃を受けていた。


「そして、この技術スキルは獣族モンスターにだけ効果がある」

「……ッ!」


 ゼブルの言葉で止めを刺されたような感覚になったサリィは僅かに表情を歪めた。


「お前の固有技術ユニークスキルでは自分と同等か、弱い獣族モンスターしか配下にできない。それでどうやって俺を配下にするって言うんだ?」


 固有技術ユニークスキルを見抜かれて固まっているサリィに、ゼブルは鼻で笑いながら尋ねた。

 ゼブルはサリィの情報を得るために全知全能の神眼オーディン・アイを発動し、サリィの固有技術ユニークスキルである支配の痛みの詳しい情報も確認していた。その時に支配の痛みが獣族モンスターにだけしか使えない技術スキルだと知った。

 弱いサリィが自分と同等かそれ以下の強さの獣族モンスターしか配下にできないと知ったゼブルは、世界征服や勇者と戦うための計画、今後の活動には使えないと考え、サリィを配下にして固有技術ユニークスキルを利用しようという計画を中止することにしたのだ。

 今のゼブルはサリィを生け捕りにするつもりなど無く、死んでも構わない存在だと思っている。


「テメェ、どうしてそんなことを知ってんだ? 今テメェが言ったのは俺しか知らねぇ情報だぞ」


 先程まで驚きの反応を見せていたサリィは、再び表情を険しくしてゼブルに尋ねる。

 もはや誤魔化しても意味は無いと感じたのか、サリィはゼブルの言葉を一切否定しなかった。


「そんなことを聞いても何の意味も無いだろう。知ったところで現状は変わんねぇんだからな」


 偉そうな口を利くゼブルを見て、サリィは奥歯を強く噛み締める。


「……まぁいい。お前はぶっ殺せば済む話だしな」


 サリィは短剣を握る手に力を入れながら身構えた。

 同時に控えていたプランドラーレオも姿勢を僅かに低くし、ゼブルを見つめながら唸り声を上げる。

 どのようにして固有技術ユニークスキルの情報を得たのかは気になるが、自分の固有技術ユニークスキルの詳しい情報を知っているゼブルをこのままにしてはおけない。

 もしゼブルを此処で逃がしたりすれば、固有技術ユニークスキルの情報が大陸中に広まってクローディア戦団を追っている者たちの耳に入ってしまう。

 そうなればクローディア戦団を追っている者たちに対抗策を講じられ、戦団の活動に影響が出てくる。

 今後のためにゼブルは此処で仕留めなくては、サリィはそう考えながらゼブルを睨みつけた。


「支配の痛みの情報を知ってるからっていい気になるなよ? 支配の痛みが使えなくても、テメェが不利なことに変わりはねぇんだからな」

「おいおい、さっき俺を殺すことはできないって言っただろう。どうしてそこまで自分に都合のいい考え方ができるんだ」

(その言葉、そのままテメェに返してやるよ……)


 身の程知らずにこれ以上何を言っても無駄だ、そう思いながらサリィは両足を曲げる。


「虫野郎が、デカい口叩けるのもここまでだ!」


 サリィは地面を蹴り、ゼブルに向かって全速力で走る。

 プランドラーレオもサリィに続くように走ってゼブルに向かっていく。

 ゼブルは構えることなく、走ってくるサリィとプランドラーレオを無言で見つめていた。クローディア戦団の団長がどのようにして戦うのか、付き従えているプランドラーレオとどのように連携を取るのか興味があるため、見物することにしたのだ。

 何もしないゼブルを見たサリィは自分を舐めていると感じて苛つき、油断したことを後悔させてやると思いながら足に力を入れ、走る速度を上げた。

 ゼブルの目の前まで近づいたサリィはゼブルを睨みつける。だが、どういうわけか短剣で斬りかかろうとはしなかった。


跳歩ちょうほ!」


 サリィは地面を蹴り、素早く左へ飛んでゼブルの正面から移動する。

 跳歩は盗賊やレンジャーのような機動力のある職業クラスを修めている者が修得できる補助技術サポートスキルの一つで、発動すると自分が決めた方角に素早く跳ぶことができる。

 技術スキルによる移動なので当然普通に跳ぶよりも速く、敵に近づいたり攻撃を回避する時に役立つ。

 ゼブルは自分から見て右へ移動したサリィを目で追いかける。例え跳歩で移動したとしても、ゼブルにとって低レベルのサリィの動きはゆっくりに見えていた。

 移動したサリィを見ながら次にどう動くか予想していると、正面からプランドラーレオがゼブルに向かって跳びかかって来た。

 ゼブルはプランドラーレオに気付くと体勢を変えずにプランドラーレオを見つめる。それと同時に先程のサリィの跳歩は自分の意識を向けさせ、プランドラーレオが攻撃する隙を作るための行動だったと知った。


(自分が囮になって固有技術ユニークスキルで配下にしたモンスターに攻撃させるとは、なかなかいい連携だ。……俺以外に奴なら、これで決着が付いただろうな)


 心の中で呟くゼブルは素早く左手を動かし、プランドラーレオの下顎を掴んで持ち上げる。

 プランドラーレオは自身が持ち上げられていることを知ると、逃れるために体を激しく動かしながら両前足の爪でゼブルを引っ掻く。

 しかしプランドラーレオはゼブルに傷を付けることができず、ただ前足がゼブルの顔や体に当たるだけだった。

 全知全能の神眼オーディン・アイでサリィの情報を確認した時、ゼブルはプランドラーレオのレベルなども確認していた。

 プランドラーレオのレベルは32でサリィやクローディア戦団の団員たちよりもレベルは高く、異世界の上級冒険者と同等の強さを持っている。

 だが、そんなプランドラーレオもゼブルにとっては傷を負わせることもできないほど弱い存在だった。


「な、何て奴だ……」


 サリィはゼブルがプランドラーレオを片手で持ち上げている光景を見て目を見開く。

 英雄級の実力者でなければ倒せない強力な獣族モンスターを持ち上げ、しかも攻撃されても平然としている光景に衝撃を受けていた。

 ゼブルは暴れるプランドラーレオを鬱陶しくなり、右側に向かって軽く投げ飛ばす。ゼブルは軽く投げたつもりだが、プランドラーレオは3、4mほど先まで飛ばされて地面に叩きつけられる。

 真横を通過したプランドラーレオにサリィは驚き、思わずプランドラーレオが投げられた方角を向く。視線の先ではプランドラーレオが起き上がり、ゼブルを睨みながら再び唸り声を上げる姿があった。

 プランドラーレオを見て、大きなダメージは負っていないと悟ったサリィはゼブルの方を向く。

 サリィはゼブルの力から、グレイファングたちでは勝てなくて当然だと納得し、レザーキャップの団員が大袈裟に言っていたわけではないと理解する。

 ただ、先程の攻撃はゼブルが特別は技術スキルで一時的に凌いだだけだと考えており、再び攻撃を仕掛ければ自分やプランドラーレオの攻撃で傷を負わせられると思っていた。


「どんな技術スキルで攻撃を防いだかは知らねぇが、攻撃を無効化するような技術スキルは連続で使うことはできねぇはずだ。次の攻撃で決定的なダメージを与えてやる」

「できると思うのか? なら、試してみろ」


 ゼブルは落ち着いた態度を取りながらサリィとプランドラーレオの方を向く。状況や立ち位置はサリィとプランドラーレオが攻撃を仕掛ける前と殆ど同じだった。

 余裕を見せるゼブルにサリィは舌打ちをする。次の攻撃で必ず傷を負わせてやる、そう思いながら再び両足を曲げた。

 攻撃体勢に入ったサリィは跳歩を発動させ、ゼブルに向かって勢いよく跳ぶ。サリィが跳んだ直後、後方にいたプランドラーレオもゼブルに向かって勢いよく走り出す。

 跳歩でゼブルの目の前まで近づいたサリィは両手の短剣を振り上げ、刀身を薄っすらと赤く光らせた。


双斬撃ダブルスラッシュ!」


 攻撃技術アタックスキルを発動させたサリィは赤く光る二本の短剣を同時に振り下ろしてゼブルを攻撃する。

 攻撃は漆黒のプレートアーマーで守られていない箇所に当たり、手応えもあったので今度はダメージを与えられるとサリィは考えていた。

 しかしゼブルは攻撃を受けたにもかかわらず、何事も無かったかのように立ってサリィを見ている。


「なっ!?」


 攻撃力のある攻撃技術アタックスキルを叩き込んだのに傷を負うどころが怯みもしていないゼブルを見て、サリィは思わず声を漏らす。

 自身の攻撃が通用しないことに腹を立てるサリィは続けて右手の短剣の刀身を青く光らせた。


三連迅剣クイック・トライブレード!」


 青く光る短剣を素早く三度振り、再びゼブルのプレートアーマーで守られていない箇所を攻撃した。

 だがこの攻撃もまるで効果が無く、ゼブルは余裕を崩さなかった。

 またして無傷のゼブルにサリィは表情を僅かに歪めるが、取り乱したりはせず、ゼブルの反撃が来ることを警戒して後ろへ跳んで距離を取った。

 ゼブルから離れて余裕ができると、サリィは先程の出来事を思い返す。

 攻撃を無効化する技術スキルが解除されていると思っていたのに攻撃が通用しない状況から、まだ攻撃を無効化する技術スキルが発動しているのかと推測する。

 技術スキルが発動している時間が予想以上に長いのだと感じたサリィは何時技術スキルが解除されるのか、ゼブルを警戒しながら考える。

 サリィが考え込んでいると、プランドラーレオが右側を通過してゼブルに突撃する姿が目に入った。


(……あの虫野郎の技術スキルが解除されるまではプランドラーレオに相手をさせた方がいいな。プランドラーレオなら奴を動けなくさせるくらいの力はあるし、時間稼ぎも問題無くできるはずだ)


 自分の攻撃が効く状況になるまで、プランドラーレオにゼブルの相手をさせることにしたサリィは小さく笑みを浮かべる。

 プランドラーレオの強さなら絶対に負けることは無いと考えるサリィは、自分が攻撃できるようになるまでの間、ゼブルの動きを観察しながら技術スキルがどんな効力なのか考察することにした。

 ゼブルに勢いよく近づいたプランドラーレオは大きく口を開け、ゼブルの右腕に噛みつく。腕を噛み千切るつもりでいるのか、プランドラーレオは唸り声を出しながら顎に力を入れる。

 しかし、プランドラーレオの牙はゼブルの腕を引き裂くことも、深く刺さることもなかった。

 ゼブルは腕を噛まれても痛みを感じている様子は見せず、無言でプランドラーレオを見ている。ゼブルにとってはプランドラーレオの嚙みつきなど、文字どおり無意味な攻撃だった。

 プランドラーレオは平然としているゼブルを見て、自分の噛みつきが効いていないことを悟ったのか、噛む力を更に強くする。だが、どんなに力を入れてもゼブルがダメージを受けることはなかった。


「まったく、いくら知能が低くても平然と立っているのを見れば、本能で勝てないってことが分かるはずだろうに……どうしてここまで必死になるのかねぇ」


 ゼブルは敵との実力差を理解できていないプランドラーレオを見つめながら呆れた口調で呟く。その間もプランドラーレオはゼブルの右腕を噛み続けていた。

 プランドラーレオは噛みつくだけでは無意味だと感じたのか、右腕を噛みながら強く引っ張ってゼブルを引き倒そうとするが、レベル32のプランドラーレオでは倒すことは愚か、動かすことすらできない。

 一向に離れようとしなプランドラーレオを見て、ゼブルは少しずつ不快になってきた。


「……俺はまだアジト内にいる団員たちを片付けないといけねぇんだ。悪いがこれ以上、無意味なことに時間を使うつもりは無い」


 通じるはずの無い言葉をプランドラーレオに言い放つと、ゼブルは左腕をゆっくりと振り上げ、拳を握って勢いよくプランドラーレオの脳天に振り下ろす。

 拳が触れた瞬間、プランドラーレオの頭部は嫌な音を立てながら凹み、潰れた果実から果汁が吹き出るかのように周囲に血を飛び散らせた。


「お座り」


 ゼブルが低い声で呟くと、右腕を噛む力が弱くなり、プランドラーレオはゼブルの腕を放しながらゆっくりとその場に倒れる。

 脳天を破壊されたことでプランドラーレオは即死し、倒れた後に再び動くことはなかった。


「……あっ、犬じゃないからお座りは違うか」


 ゼブルは倒れているプランドラーレオを見ながら、先程の発言が間違っていることに気付く。

 この時のゼブルにとっては、プランドラーレオを倒したことよりも、自分が間違って発言したことを反省することの方が重要だった。


「……あ、あり得ねぇだろう……」


 目の前で起きた出来事が信じられないサリィは声を震わせながら驚く。

 サリィだけでなく、後方で待機していたクローディア戦団の団員たち、アセーラたちダークエルフもゼブルの戦いを見て愕然としていた。

 プランドラーレオはサリィが配下にしたモンスターの中でも最も強く、英雄級の実力者にしか倒せないモンスターだ。そのプランドラーレオが拳を振り落としただけの攻撃で倒されてしまったのだから、サリィたちが愕然とするのも当然と言える。

 プランドラーレオが倒されてことにも驚いたが、それと同時にプランドラーレオの頭部を簡単に凹ませるほどの力を持つゼブルに全員が衝撃を受けていた。

 最初はゼブルを人間の言葉を話せる特殊なモンスターとばかり思っていたサリィたちだったが、ここまでのゼブルの戦いやプランドラーレオを一撃で倒してしまった光景を見て、ようやくゼブルが、魔王を自称する資格のある実力者だと理解したのだ。


「こっちの攻撃がまったく効かず。英雄級の実力者でないと倒すことができないと言われているモンスターを簡単に倒しちまう……まさかアイツ、本当に魔王だって言うのかよ……」


 自分はとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったのかもしれない、そう感じるサリィは俯きながらブツブツと呟く。

 サリィが現実を受け入れられずにいると、ゼブルが足下に倒れているプランドラーレオの死体を足で退かし、サリィの方へゆっくりと歩いてくる。

 ゼブルが近づいて来ていることに気付いたサリィは顔を上げ、驚きの表情を浮かべながらゼブルを見つめる。


「プランドラーレオは倒した。ここからはお前一人で俺と戦うことになるわけだが、どうする? モンスターがいないなら、団員たちと一緒に戦っても構わないぞ」

「……ッ! て、テメェは、テメェはいったい何なんだよ!」


 声を掛けられて一瞬体をビクつかせるサリィだったが、自分が怯えていることを悟られないようにするため、ゼブルを睨みながら力の入った声を出す。

 ゼブルは必死に強がっているサリィを見て時間稼ぎをしようとしていると知り、呆れたように軽く溜め息をつく。


「悪いが、俺はもう無意味なお喋りをする気は無い。さっさと戦いを終わらせて、ダークエルフの集落に戻りたいんだ。お前一人で挑むか、仲間と全員で挑むか、さっさと決めろ」


 ゼブルに会話をする気が無いと知ったサリィは表情を歪ませ、何か現状を打開する策は無いか考える。

 そんな時、サリィは何かに気付いたような反応を見せ、ゼブルを見ながらニッと笑った。


「テメェら、捕まったダークエルフたちを助けるために来たんだよな? なら、肝心なことを忘れてるんじゃねぇのか? 俺たちの手元には捕らえたダークエルフたちがいるってことをよぉ?」

「……何が言いたいんだ?」

「分からねぇのか? これ以上好き勝手やらかすと、捕まえてあるダークエルフたちがどうなっても知らねぇぞって言ってるんだよ」


 直接戦っても勝つのは難しいと悟ったサリィは、捕らえてあるダークエルフを人質にしてゼブルを従わせることを思い付いたようだ。

 ゼブルや他のダークエルフたちの目的が捕まった者たちの救出なら、捕らえているダークエルフたちを見捨てることができず、大人しくするはずだとサリィは確信していた。

 人質を盾にし、ゼブルが抵抗できなくなったところを捕らえ、アジトや配下のモンスターを台無しにした報いを受けさせてやる。そう考えるサリィは笑みを浮かべながらゼブルを見つめた。


「……残念だが、お前の思いどおりにはならないと思うぞ」


 ゼブルはサリィを見ながら興味の無さそうな口調で語る。

 サリィはゼブルの予想外の反応に思わず目を丸くした。


「は? 何言ってんだよ……」

「お前たちがダークエルフたちを人質にすることはできないだろうって言ってるんだ」

「はあ? 何訳の分からねぇこと言ってやがる」


 言っていることの意味が理解できないサリィは馬鹿にするような顔でゼブルを見つめる。するとアジトの方からレザーキャップの団員が走って来た。

 気配に気づいたサリィが振り向くと、驚きの表情を浮かべながら駆け寄って来る団員の姿が目に入った。


「団長、大変です! 捕まえていたはずのダークエルフたちが、全員逃げました!」

「何だと!?」


 報告を聞いたサリィは驚愕しながら大きな声を出す。


「団長に指示された後、近くにいた子に捕まえてあるダークエルフを連れて来るよう言ったんですが、戻って来た子が、ダークエルフやキュレースト王国で捕まえていた奴らがいなくなっていたと……」

「そんな馬鹿な! 奴らには見張りを付けていたはずだろう。ソイツらはどうしたんだ!?」

「……配下のモンスターも含めて、全滅していたそうです」


 俯きながら説明するレザーキャップの団員を見て、サリィは言葉を失う。

 窮地に立たされている中、捕らえていた者たちが姿を消したという報告を受けたことでサリィは混乱しかかっていた。


「だから言っただろう? 人質にはできないとな」


 ゼブルの声が聞こえ、反応したサリィは振り返ってゼブルの方を向く。

 ダークエルフを人質にすることはできないとゼブルが口にした直後、捕まえていたダークエルフたちが消えたと報告を受けた。これらの状況から、サリィはダークエルフたちがいなくなったことにゼブルが関わっていると確信する。


「て、テメェ、何かやりやがったのか」

「俺は何もしていない。俺の仲間たちがやったんだ」

「な、仲間?」

「ああ、俺たちとは別の部隊を離れた場所からアジトに侵入させた。そして、お前らの意識が俺たちを向けられている間に、その部隊にダークエルフたちを救出させたんだよ」


 自分たちの気付かない所で他の敵が捕らえたダークエルフたちを助け出したと聞かされ、サリィは言葉を失う。

 最初からゼブルたちの手の上で踊らされていたと知らされたサリィはすぐに現実を受け入れることができなかった。

 ゼブルはレザーキャップの団員の報告を聞き、ティリアたちが無事に捕らえられていたダークエルフたちを救出したと知って気分を良くする。

 ティリアたちが役目を全うしたのだから、今度は自分がやるべきことをやらなくてはならない。そう考えるゼブルは固まっているサリィに向かって歩き出した。


「さーて、捕まった者たちを救出するって言う必達目標はクリアした。もう救出部隊のために囮になる必要も無いな」


 ゼブルはサリィに近づきながら左手を上げる。その直後、ゼブルの後方にある森林から一本の矢がもの凄い速さで飛んで来て、サリィの隣にいるレザーキャップの団員の胸を貫いた。


「……え?」


 いつの間にか自分の胸に穴が開いているのを目にし、レザーキャップの団員は状況を理解できずいる。

 何が起きたのか確かめようとするが、胸の傷は致命傷だったため、レザーキャップの団員はその場に崩れるように倒れ、状況確認をする間もなく息絶えた。


「ダークエルフたちを保護した以上、もう此処にいる理由はなくなった。さっさと終わらさせてもらうぜ」


 低い声で語るゼブルは目を薄っすらと黄色く光らせながらサリィの前までやって来た。

 仲間があっという間に殺されたことにサリィは更に顔を色を悪くする。状況から次は自分の番だ、サリィはゼブルを見ながらそう直感し、持っていた短剣を捨てた。


「ま、待ってくれ、投降する。俺たちはこれ以上抵抗しない。テメェの……いや、アンタの言うとおりにする」


 自分が助かる道は負けを認めて大人しく従うしかない。そう考えるサリィは苦笑いを浮かべながらゼブルを語り掛ける。


「ダークエルフたちにはもう手は出さねぇし、この森林からも出ていく。アンタが望むなら、俺たちが今まで手に入れた金や高価なアイテムとかも全部渡す。協力者になれって言うなら喜んでなるぞ? 俺の固有技術ユニークスキルがあれば、モンスターを配下にできるから、アンタの役にも立つはず――」

「よく喋る女だな」


 自分に利用価値があることをアピールするサリィの言葉を、遮るようにゼブルが低い声で語る。

 ゼブルの言葉を聞いたサリィは、その声の低さに恐怖のようなものを感じて思わず口を閉じた。


「俺はお前の固有技術ユニークスキルが役に立つとは思っていない。ただレベルの低い獣族モンスターだけを配下に置くだけの技術スキルなど、俺には不要だ」


 既にサリィの固有技術ユニークスキルに価値は無いと判断していたゼブルはサリィを手元に置いて利用するつもりなど無かった。

 しかし利用するつもりが無いからと言って、ファブール魔王国で好き勝手に暴れたサリィや団員たちを見逃す気も無い。

 ゼブルがもう一度左手を上げると、今度は大量の矢が森林から放たれ、殆どがアジト内にいる団員たちの頭部や胴体、手足に命中する。

 矢を受けた団員たちは次々と倒れていき、北側に集まっていた団員たちは数人の除いて命を落とした。

 背後から聞こえてきた仲間の断末魔にサリィは思わず振り返り、アジトの中で倒れる仲間たちを見て言葉を失う。

 ゼブルには、自分たちは生かしてポルザン大森林から出すつもりはない。そうサリィは悟った。


「こうなったのも、自分たちの欲のために俺の国で勝手なことをしたからだ。恨むなら、後先考えずに行動した自分たちの愚かさを恨むんだな」


 ゼブルはそう告げるとサリィの顔の前に右手を持って来て、手の中に黄色い光を作り出す。

 サリィは恐怖で顔を歪めながらゆっくりとゼブルの方を向き、ゼブルの右手を見つめる。

 その直後、ゼブルの右手から黄色い光弾が放たれ、サリィの頭部に命中した。


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