第82話 魔王の狩り
アジトの北側では、ゼブルたちとクローディア戦団の団員たちが向かい合い、緊迫して空気が漂っていた。
これから戦団との戦いが始まる現状、数で勝っている敵に自分たちは勝てるのだろうかという小さな不安を感じながら、アセーラやダークエルフたちは遠くにいる団員やその配下のモンスターたちを見ている。
一方でクローディア戦団の団員たちは奇襲を仕掛けてきたとは言え、自分たちよりも数の少ないダークエルフや昆虫族モンスターたちに負けると考えていないのか、落ち着いた様子を見せている。
ただ、レザーキャップの団員や一部の者は、ダークエルフたちと共にいるゼブルを警戒していた。
「……結構な数だな。状況からアジトにいる敵の殆どは北側に集まったようだ」
ゼブルが呟くと、隣にいたアセーラは視線だけを動かしてゼブルを見つめた。
「どうされますか? 私たちは何時始めても構いませんが……」
クローディア戦団の注意を引くためにも、このまま攻撃を仕掛けるべきだと考えるアセーラは戦う意思があることを伝えながらゼブルに尋ねる。
アセーラとしてはすぐにでも戦闘を開始し、ゼブルがどのような戦い方をするのか確かめたい。だが、指揮を執っているのはゼブルであるため、ゼブルの意思を確認する必要があったのだ。
「俺たちの役目はティリアたちが捕まったダークエルフたちを救出できるよう、敵の注意を引きながら戦力を集めることだ。そのためには派手に暴れ、敵の意識が俺たちに向けられるようにする必要がある」
「では……」
「ああ。予定どおり、このままアジトに攻撃を仕掛ける」
計画に変更が無いと知ったアセーラは腰の剣を抜き、待機しているダークエルフたちの方を向きながら剣を掲げる。
アセーラを見たダークエルフたちは、これから攻撃を仕掛けるのだと知り、持っている弓矢を構える。
アジトまでの距離は300mほどあるが、弓矢を得意とするダークエルフたちには矢を当てる自信があった。
「まずは俺が一人で行って連中の相手をしてくる」
「え?」
ゼブルの予想外の発言にアセーラは思わず声を出し、ゼブルの方を向きながら剣をゆっくりと下ろす。
ダークエルフたちも、突然剣を下ろしたアセーラを見ながら意外そうな表情を浮かべている。
「ぜ、ゼブル陛下がお一人で行かれるのですか?」
「ああ、Bランク冒険者チームに匹敵すると言われる奴らの力がどれほどのものか、戦いながら確かめてみたいんでな。それにドアン族長にアンタを危険な目に遭わせないって言ったからな」
「なっ!?」
自分の知らない所でゼブルとドアンがとんでもない約束をしていたことを知り、アセーラは目を大きく見開く。
アセーラは自分のことをクノモダ族の中でも優れた戦士だと自負していた。その自分をまるで弱者のように見ているゼブルにアセーラは小さな不満を感じる。
「……私は自分のことをそれなりの実力者だと考えています。弱者扱いするのはやめていただきたい」
「勘違いするな? 俺はお前を弱いとは思ってない。俺が最前線に出る以上、アンタが前に出て戦団と戦うことが無いから、危険が及ぶことは無いと言いたいだけだ」
「貴方は、ご自分の力なら私や他の者たちが傷つくことなく、クローディア戦団に勝利できると思われているのですか?」
「そうだ」
即答するゼブルを見て、アセーラは僅かに目を細くした。
いったいその自信は何処から湧いてくるのか、アセーラはゼブルの考えが理解できずにいる。同時に自分の力を過信しすぎているのではないかと、心の中で呆れていた。
「あと、アンタを危険な目に遭わせないと言ったのは、ドアン族長からアンタを守ってほしいと頼まれたからだ」
「は? 父上が?」
再び驚くべき事実を聞かされたアセーラは思わず聞き返す。
「アンタは自分が優れた戦士であることから、誰よりも前に出て敵と戦い、仲間たちを守らなければならないと考えている」
「……そのとおりです」
「ドアン族長もそれは理解してる。だが、それ故にアンタは無茶をしすぎる。仲間のことを優先し、自分の身を守ることには無関心だと言っていた」
ゼブルの説明を聞いたアセーラは一瞬目を見開いた後、複雑そうな表情を浮かべながら黙り込む。どうやら自覚はしていたようだ。
「仲間を守るために自身を危険に晒すアンタを守ってほしい、そうドアン族長は言った。アンタのことを想って頼んだ親心だろう」
「……私は警備隊長です。仲間が傷ついたり、身近な者たちが悲しまないように命を懸けて戦うのが私の役目。仲間を守るためなら、私は自分自身が傷つくことを恐れません」
「成る程な。……だがアンタが傷ついたら、家族であるドアン族長たちが悲しむことになるんじゃないか?」
アセーラはゼブルの言葉に思わず目を見開く。
仲間が傷ついたり、悲しまないようにするためにアセーラは防衛隊の一員として戦うことを決意した。だが、防衛隊員だからと言って無茶をし、自分が傷ついたら、家族であるドアンやグアーバたちが悲しむことになる。
自ら危険に飛び込めばドアンたちが悲しみ、仲間を悲しませたくないという考え方と矛盾することになる。そのことに気付いたアセーラは僅かに表情を曇らせた。
「アンタが仲間のために戦うという意志は間違っていない。だが、アンタが無理をして傷ついたら、悲しむ者がいるということを覚えておいた方がいいと思うがな」
ゼブルの言っていることは一理ある。そう感じたアセーラはゼブルに言い返すことができず、無言でゼブルを見つめた。
この時のアセーラは、魔王を名乗るゼブルに自分を大切にしろと説教をされたような気分になり、情けなさを感じていた。同時にゼブルに人間らしい一面があると知って少し驚く。
アセーラの反応を見たゼブルは、クローディア戦団のアジトに視線を向けた。
「クローディア戦団には俺一人で攻撃を仕掛けて強さを確認する。アンタたちはそれまで後方で待機し、ある程度敵を片付けたらアジトに突入しろ」
「……ハイ」
先程ゼブルに言われたことを考えると、最前線で戦いたいとは言えないため、アセーラは小さな不満を感じながらもゼブルの言うとおりにする。
ただ、ゼブルの実力や戦術を確かめるには都合がいいため、ゼブルの力を確かめるためにも今は大人しくしていることにした。
「ただ、連中が俺を無視してアンタたちに攻撃を仕掛けてきたら動いても構わないし、状況によっては俺と共に戦ってもらうことになるかもしれない。それまでは見物していればいい」
「分かりました」
アセーラが返事をすると、ゼブルはアジトに向かってゆっくりと歩き出す。
少しずつ離れていくゼブルの後ろ姿をアセーラは見つめ、自称魔王の実力がどれほどのものなのか予想するのだった。
(……さぁて、Bランク冒険者チームと同等の力を持つ盗賊団。どれほどの強さなのか、見せてもらおうかね)
心の中でクローディア戦団と戦うことを楽しみにしながらゼブルは歩いて行く。
Bランク冒険者チームが戦うところは以前に目撃したことはあるが、ゼブル自身はBランク冒険者と同等の力を持つ者と戦ったことは一度も無い。
今回の戦いでクローディア戦団の実力を確かめれば、異世界の冒険者の強さやその基準が大体分かる。魔王としての使命を果たすためにも、今回の戦いでしっかりと情報を得るつもりでいた。
ただ、実力を確かめるためと言って時間を掛ければ、クローディア戦団がアセーラたちに襲い掛かる可能性も高くなる。アセーラや他のダークエルフが傷つくことなく終わらせるためにも、できるだけ早く実力を確かめて片づけなければならなかった。
(アセーラたちを傷つけずに終わらせるとなると、敵の殆どを倒す必要がある。……こりゃあ、アセーラたちの出番は無さそうだな)
アセーラたちが戦うことなく、クローディア戦団との戦いが終わるかもしれないと予想するゼブルは、アセーラたちに申し訳なく思いながらアジトに近づいて行くのだった。
歩き出してからしばらく経ち、ゼブルはクローディア戦団のアジトの100mほど手前までやって来る。
移動中、クローディア戦団は弓矢などの遠距離攻撃は仕掛けて来ず、配下のモンスターたちも向かって来なかった。
ゼブルが何者なのか確かめるために攻撃しなかったのか、それとも警戒して攻撃できなかったのか。いずれにせよ、ゼブルとしてはアジトに近づくまで、魔法や技術などを見せないつもりでいたため、戦団が攻撃してこなかったのは都合が良かった。
立ち止まったゼブルは視線を動かし、視界に入っているアジトの状況を確認する。
テントの陰からはクローディア戦団の団員である女たちが剣や弓矢を構えながらゼブルを警戒しており、その近くではグレイファングなどの獣族モンスターたちが唸り声を上げたりしながらゼブルを睨んでいた。
「そこのモンスター、何のために近づいて来たのかは知らないけど、現状ではアンタたちに勝ち目は無いわ! 大人しくダークエルフたちと共に投降しなさい。そうすれば私たちの手足として使ってあげる!」
アジト内にあるテントの一つの陰から、レザーキャップを被った薄い水色の髪の団員が大きな声でゼブルに語り掛けてきた。
戦力の差から自分たちが勝つのは確実だと思っているのか、レザーキャップの団員は焦りや動揺などは一切見せずに要求してくる。
他の団員たちもゼブルや後方のアセーラたちを警戒こそしているが、自分たちが不利などとは微塵も考えていないのか、目を鋭くしながらゼブルを睨んでいた。
ゼブルは団員たちの様子を見て、自分たちが勝てると思っていると知り、心の中で哀れに思う。
実力差を理解していない団員たちにすぐにでも力を見せつけてやりたいが、それだと予定が狂ってしまうため、ゼブルはグッと我慢した。
「お初にお目にかかる、クローディア戦団の嬢ちゃんたち。俺は魔王ゼブル・ファブールだ」
少し力の入った声で自己紹介をするゼブルを見て、団員たちは一斉に反応する。
目の前にいる昆虫の異形が魔王を名乗ったことで、団員たちの中には驚きを見せる者たちが出てきている。ただ、中にはゼブルの言っていることを信じず、ふざけているだけなのではと嘲笑う者もいた。
「……アンタが魔王? 面白くない冗談ね。いくら人間じゃないからって自分から魔王と名乗るとか、随分と傲慢な化け物だこと」
レザーキャップの団員は、ゼブルを少し知能の高いだけのモンスターとしか見ていないのか、呆れ顔で挑発する。
他の団員たちも同じように馬鹿にしているらしく、クスクスと笑いながらゼブルを見ていた。
「俺はダークエルフたちから依頼を受け、お前たち戦団を潰すために此処に来た」
クローディア戦団の挑発を一切気にしていないゼブルは冷静に自分の目的を話す。
団員たちは自分たちの挑発を無視するゼブルの反応が気に入らないのか、笑みを消して僅かに目を鋭くした。
「この大森林で暮らすダークエルフたちは俺にとって重要な存在だ。さっきは依頼されてお前たちを潰すと言ったが、俺個人としてもダークエルフを捕らえようとするお前たちを見過ごすつもりは無い」
「あらそう、それは悪かったわね。……それで? さっきから偉そうに潰す潰すって言ってるけど、アンタやダークエルフたちに私たち戦団を倒す力があるの?」
「ああ、ある。正確には、俺一人でお前たちを倒すだけの力がある。だがな」
ゼブルの言葉を聞いて、レザーキャップの団員は眉間にしわを寄せる。
「今の言葉、アンタ一人で私たち戦団と戦うって言ってるように聞こえたんだけど?」
「少し違うな。最初に俺が一人でお前たちの相手をし、ある程度片づけたらダークエルフたちを加勢させるつもりだ。……まぁ、お前の言うように俺一人でお前たちを倒すことになるかもしれないがな」
「随分と舐められたものね……」
人間よりも力の強い異形だからと言って、たった一人で自分たちを倒せると言い切るゼブルにレザーキャップの団員は腹を立てていた。勿論、他の団員たちも自分たちの力と現状から、勝つと宣言したゼブルに気分を悪くしている。
団員たちが機嫌を悪くする中、ゼブルは団員たちを見ながら目を薄っすらと黄色く光らせた。
「お前たちに残された道は二つしかない。俺を倒してダークエルフや欲しがっている物全てを手に入れるか、負けて全てを失うかだ」
「本気で私たちに勝つつもり? 私たちはキュレースト王国でも名を轟かせた大盗賊団よ。アンタみたいな、魔王を自称するような思い上がりの激しい馬鹿に負けたりはしないわ」
「そうか……」
計画どおりに事が運んでいること、そして自分たちが勝つと思い込んでいる団員たちが面白いゼブルは小さく鼻で笑う。
自分自身の能力の低さを理解せず、有能だと思い込んでいる者の姿はあまりにも滑稽だった。
「さて、そろそろ始めるか。あんまり早く終わるとつまらねぇから、少しは頑張ってくれよな」
「その言葉、そのままアンタに返すわ。後で恥を掻かないよう、死に物狂いで戦いなさい」
レザーキャップの団員はゼブルを睨みながら左手を上げると、弓矢を装備している団員たちが一斉にゼブルに狙いを定める。
位置から後方にいるダークエルフたちに矢を当てることも可能だが、一人でクローディア戦団を倒せると発言したゼブルに腹を立てていた団員たちは、最初にゼブルを片付けようとしていた。
「言っておくけど、アンタが一人で戦うからと言って、こっちも一人で戦う気は無いからね? 私たちは盗賊。勝つため、欲しい物を手に入れるためなら何でもやるわ」
レザーキャップの団員は上げていた左腕をゼブルに向けて勢いよく下ろす。左腕が下ろされた瞬間、団員たちはゼブルに向けて矢を放った。
矢は十一本放たれ、その全てがゼブルに向かって真っすぐ飛んで行く。
「残念だが、お前程度の攻撃じゃあ俺に傷を負わせることはできないぞ」
ゼブルが呟くと、飛んできた矢は全てゼブルに当たった瞬間に弾かれて地面に落ちる。
常時発動技術である物理攻撃無効Ⅲによって、団員たちの攻撃は全て無効化された。仮に物理攻撃無効Ⅲを発動していなくても、レベルの低い団員たちの攻撃力では、ゼブルに攻撃を当たることはできてもダメージを与えることはできないだろう。
十一本の矢、全てが弾かれた光景を見た団員たちは一斉に反応する。
ゼブルは人間やエルフではないため、最初の攻撃では倒せないことは予想していたが、傷を負わせていないことには団員たちも軽い衝撃を受けたようだ。
「思っていた以上に体が硬いみたいね。あるいは運よく鎧に当たっただけなのか……」
レザーキャップの団員は状況を分析しながら次にどう動くか考える。
先程の攻撃で普通に攻撃しても傷を負わせられないことが分かったため、より攻撃力が高く、正確にゼブルに攻撃を当てられる戦術を取るべきだと判断した。
「普通に攻撃しても効果は無いわ。全員技術をバンバン使って攻めなさい!」
通常攻撃よりも攻撃力のある攻撃技術ならダメージを与えられるかもしれない。そう考えたレザーキャップの団員は仲間たちを見ながら大きな声を出す。
弓矢を持つ団員たちはレザーキャップの団員の指示を聞くと、再びゼブルに狙いを定め、弓矢を赤、青色に薄っすらと光らせる。
『重射撃!』
『軽射撃!』
攻撃技術を発動させた団員たちは一斉に赤、青色に光る矢をゼブルに向けて放つ。
赤く光る数本の矢は最初に放たれた矢より若干遅く、ゼブルに当たると軽い衝撃を発生させる。青く光る矢は通常の矢よりも速く、もの凄い速さで次々と命中した。
最初よりも威力のある矢なのだから、今度はダメージを与えられると団員たちは考えていた。
ところが、ゼブルは放たれた矢を全て受けても余裕と体勢を崩さず、無言で団員たちを見ている。
「な、何て奴なの。技術の攻撃でも傷一つ負ってないなんて……」
レザーキャップの団員も攻撃技術が通用しないとは予想していなかったのか、ゼブルを見つめながら目を大きく見開いている。
他の団員たちも自分たちの全力の攻撃が効いていないのを見て、レザーキャップの団員と同じように驚いていた。
弓矢の攻撃がまるで通用しない状況に、レザーキャップの団員はゼブルが弓矢などの遠距離攻撃に対する耐性を持ってるのかと推測する。
他にも、ゼブルが身に付けている漆黒のプレートアーマーが特別なマジックアイテムか何かではと考えるが、情報が無いため何も分からない。ただ、遠距離攻撃ではゼブルは倒せないと確信したようで、戦い方そのものを変えて攻撃することにした。
「弓による攻撃は中止! 接近して挑むわよ!」
剣を構えるレザーキャップの団員を見た周りの団員たちは、持っている弓を肩に掛けると腰の剣や短剣を抜く。
団員たちも弓矢が通用しないのを見て、ゼブルに近づいて戦うしかないと感じているようだ。
接近戦で挑むのだから、すぐにゼブルに突撃するべきなのだが、ゼブルがどんな攻撃方法を持つのか分からない状態で近づくのは危険すぎる。そこでレザーキャップの団員は自分たちが接近することなく、攻撃を仕掛けながらゼブルを観察する作戦を実行することにした。
「アンタたち、あの昆虫の化け物を攻撃しなさい」
レザーキャップの団員が周りにいるグレイファングや他の獣族モンスターたちに命令すると、グレイファングたちは一斉にゼブルに向かって走り出す。
配下のモンスターたちにゼブルを攻撃させ、ゼブルがどんな攻撃手段を持っているか、何か弱点は無いかを探ることがレザーキャップの団員が考えた作戦だったのだ。
団員たちの近くにいた十体の獣族モンスターは真っすぐゼブルに向かって突撃する。
獣族モンスターの内、五体はグレイファングで、三体はハードエイプ。残りは黒い体毛を生やした大きな猫のようなモンスターと赤茶色の体毛の熊のようなモンスターが一体ずつだった。
「グレイファングにハードエイプ、そしてノワールパンサーとマッドグリズリーか」
ゼブルは呟きながら、向かってくる獣族モンスターの種類を確認する。
これまでに得た情報から、視界に映るモンスターたちが固有技術でクローディア戦団団長の配下となったのは間違いない。ただ、ノワールパンサーとマッドグリズリーが配下になっていたことはゼブルも意外に感じていた。
なぜならノワールパンサーとマッドグリズリーはどちらもレベルが20から23と下級モンスターの中でもレベルが高めで、異世界では熟練の冒険者や騎士でないと倒すのが難しいと言われている存在だからだ。
(団長の固有技術は発動させながら攻撃を当てることでモンスターを配下することはできる能力だと捕まえた女は言っていた。……と言うことはノワールパンサーとマッドグリズリーに攻撃を当てられるほどのレベルってことか?)
手に入れた情報から、ゼブルはクローディア戦団の団長がどれほどの実力者なのか推測する。
もしも団長が英雄級の実力者であるのなら、直接戦って異世界の英雄の強さを確かめてみたいと考えていた。
「……団長の強さも気になるが、今はモンスターと団員たちを何とかするのが先だな」
余計なことは考えず、目の前の問題を解決することに集中しなくてはと、自分に言い聞かせたゼブルはモンスターたちに視線を向ける。
既に獣族モンスターたちはゼブルの10m前まで近づいて来ており、走る速度を落とすことなく距離を縮めて来ていた。
一番前には足の速いグレイファングたちがおり、ゼブルを見つめながら牙を光らせる。その後ろをハードエイプたちが鳴き声を上げながらついて来る。
ゼブルの2mほど前まで近づいた瞬間、グレイファング、ハードエイプたちは一斉にゼブルに向かって跳びかかった。
視界に映る五体のグレイファング、三体のハードエイプを見たゼブルは目を薄っすらと黄色く光らせながら右手をグレイファングたちに向ける。
「悪いが、俺は狂犬や猿とじゃれ合う趣味は無い。……闇蜂の針弾」
ゼブルが呟くと右手の前に紫色の靄が出現し、そこから細長く小さな紫色に光る針が大量に放たれて一体のグレイファングの体に刺さる。
胴体に光の針を受けたグレイファングは地面に体を叩きつけるように倒れ、そのまま動かなくなった。
グレイファングの一体を倒すと、ゼブルは光の針を放ちながら素早く右手を動かし、他の四体のグレイファング、三体のハードエイプたちに紫色の光の針を放つ。
光の針を受けたグレイファング、ハードエイプたちは最初に攻撃を受けたグレイファングと同じように一斉に倒れ、そのまま息絶える。跳びかかった獣族モンスターたちは一瞬にして全て倒された。
ゼブルが使用した“闇蜂の針弾”は魔蟲族の魔王が修得できる攻撃型の魔王技術だ。
手の前に作り出した靄から無数の光の針を連続で放って攻撃するため、大勢の敵を素早く攻撃する際に役に立つ。攻撃力はそれほど高くはないが、放たれる針は速く、数も多いので使えないことは無い。
グレイファング、ハードエイプを全て倒したゼブルは続けてノワールパンサー、マッドグリズリーの方を向く。
二体はグレイファングとハードエイプよりも足が遅いため、まだゼブルから離れ所にいる。ゼブルに対する警戒心が無いのか、グレイファングたちが倒されてもゼブルに向かって走って来ていた。
「魔力弾」
新たに魔法を発動させたゼブルは右手をノワールパンサーとマッドグリズリーに向け、黄色い光弾を放つ。光弾は勢いよくノワールパンサーとマッドグリズリーに向かって飛んで行き、顔面に命中すると二体の頭部は粉砕する。
頭部を失ったノワールパンサーとマッドグリズリーは崩れるようにその場に倒れた。
「な……何よ、今の……」
けしかけた獣族モンスターがあっという間に全滅したのを見て、レザーキャップの団員は驚愕する。当然、他の団員たちも目の前で起きた光景に言葉を失っていた。
共にいた獣族モンスターたちはそれなりの強さを持っているはずなのに、たった一体の昆虫の異形に全て倒されてしまったのだから驚くのは当たり前と言える。
しかも相手は無傷で、派手な攻撃をしたのに疲れた様子を見せていない。団員たちはようやく、ゼブルを名乗る異形が口だけの存在ではないと理解するのだった。
「あ、アンタ……いったい何者なのよ!?」
「言ったはずだ。……俺は魔王だとな」
冷静に低い声で語るゼブルに、レザーキャップの団員は恐怖を感じて悪寒を走らせた。
「さて、モンスターどもは片づいたわけだし、今度はお前たちが相手をしてくれるのか?」
ゼブルがアジトに向かって歩き出すと、レザーキャップの団員は恐怖で表情を歪ませる。
見たことの無い能力を使い、魔法まで使用できる者が相手では自分たちに勝ち目はない。そう直感したレザーキャップの団員は思わず後ろに下がる。
他の団員たちもゼブルと戦う意思を無くしたのか後退を始めている。中には恐怖で動けなくなり、肩を震わせている団員もいた。
「随分と好き勝手にやってくれてるじゃねぇか」
アジトの奥の方から女の声が聞こえ、怯えていた団員たちは驚きの反応を見せながら振り返る。
ゼブルも足を止めて声が聞こえた方角を確認した。すると、二十代半ばくらいで肩に届くくらいの長さの茶髪と青い目を持つ若い女が視界に入る。更に女の右側には薄い灰色の体毛を生やした獅子のようなモンスターがおり、女に付き従うように歩いていた。
現れた女と獅子のようなモンスターを見たゼブルは、女もクローディア戦団の一員だと確信し、隣にいる獅子のようなモンスターがプランドラーレオだと気付く。
「団長!」
レザーキャップの団員は近くにやって来た女を見て笑みを浮かべる。
他の団員たち団長と呼ばれた女を見ながら安心したような表情を浮かべていた。
(そうか、あの女がサリィ・クローディアか)
会話を聞いたゼブルは女がクローディア戦団のリーダーであり、固有技術を開花させた存在だと知って無言で見つめる。
二本の短剣を装備し、ショルダーアーマー以外に防具を身に付けていないことから、サリィはフェンサーのような素早く動ける戦士だと推測する。
そして、隣にいるプランドラーレオも固有技術で配下にした存在で、状況からサリィのお気に入りなのではとゼブルや予想していた。
ただ、正体や種類が分かってもレベルなどの情報は分からない。
(アイツが英雄級の実力者かどうか、俺の計画に使えるかどうか知るためにも、詳しく調べねぇとな……)
サリィの強さや固有技術の詳しい能力を知るため、ゼブルは目を薄っすらと赤く光らせる。
目が光った直後、ゼブルの視界にサリィやプランドラーレオ、レザーキャップの団員など視界に映る存在の情報が映し出された。ゼブルは情報を正確に、そして詳しく得るために極級魔法の全知全能の神眼を発動したのだ。
ゼブルは視界に映し出された情報を確認していく。サリィたちクローディア戦団が動く前にできるだけ多くの情報を頭に入れるつもりでいた。
「……サリィ・クローディアはレベル24、防衛長と同じか。他の団員たちがレベル15から18の間だから、団員たちと比べると強い方だな」
レベル数からサリィが英雄級の実力者でないと知ったゼブルは少し残念に思う。
ただ、サリィが英雄級の実力者であるかどうかはそれほど重要なことではないので、予想が外れても気にしていない。それ以上に固有技術に関する情報の方がゼブルにとって重要だった。
ゼブルは視界に映るサリィの情報を指でスライドさせ、固有技術の情報を探す。すると、探していた固有技術の情報が視界に入り、ゼブルはすぐに能力などを確認する。
「成る程……サリィの固有技術、“支配の痛み”はモンスターに攻撃を当てることで、自分に従う下僕に変えることができる技術か。捕まえた女から聞き出した情報は間違いじゃなかったようだな」
視界に映る情報を確認し、捕らえた団員が嘘は言っていなかったとゼブルは知る。
ただ、まだ団員から聞かされていない情報があるかもしれないため、もう少し詳しく調べてみることにした。
「……下僕に出来るのは、自分より弱いか同等の強さの存在のみで、強力なモンスターを従わせるには技術の使用者がレベルを上げる必要があるってことか。……それを考えると、使えるかどうか微妙に思えてくるな……」
詳しく調べると、サリィの固有技術には幾つか条件があり、どんなモンスターでも配下に出来るわけではないと知ったゼブルは、支配の痛みに対する評価を少し下げる。
もし、あらゆるモンスターを配下に置けるのなら、今後の魔王としての計画に利用するためにサリィを支配下に置こうと思っていたが、条件を知ったことで配下にする気が薄れた。
それからゼブルは更に詳しく支配の痛みの情報を調べていく。しばらくして、支配の痛みの情報を全て確認し終えるとゼブルは軽く息を吐いた。
「……予想以上につまらない技術だな。コイツは殆ど役には立たない」
あからさまにガッカリしたような口調で語るゼブルは、視界に映るサリィ以外の存在の情報を確認する。
この時のゼブルは支配の痛みの効力を全て知り、自分の役には立たないと悟っていた。




