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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第4章  魔王国の統治者
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第81話  虜囚を救う者


 クローディア戦団のアジトの東側では数人の団員たちが騒いでいる。

 少し前にアジトの北側から敵襲があったという知らせを受け、まだ北側に向かっていない団員たちは現状確認をしながら準備を行っていた。


「敵は何者なの? こっちの被害は?」

「まだ詳しいことは分かっていないけど、襲撃して来たのはダークエルフみたいだ。恐らく、捕まった仲間たちを助けに来たんだと思う」


 現状を把握している団員が自分の知っている範囲の情報を語ると、それを聞いた仲間の団員は僅かに眉間にしわを寄せる。

 奴隷として捕らえようとしていたダークエルフがアジトを襲撃して来たことを鬱陶しく思っていた。


「と言うことは、向こうもそれなりの戦力で攻めて来たってことよね」

「いや、情報だと敵の数は二十人ほどだって話だ」

「はあ? たったそれだけ?」


 予想と違って僅かな戦力で攻め込んで来たことを知った仲間の団員は一瞬目を見開く。

 しかし、ダークエルフたちが少ない戦力でも仲間を救出できると思っていると予想し、すぐにまた不機嫌そうな表情を浮かべる。


「それだけの戦力で私たちのアジトに攻め込んでくるなんて、随分と舐められたものね」

「落ち着け。ダークエルフの人数は二十人ほどだが、それ以外にも数体の昆虫族モンスターが同行しているみたいだぞ」

「昆虫族モンスター? どうしてダークエルフたちがモンスターと一緒にいるのよ?」

「それは分からない。ただ、連中は長い間、この大森林で暮らしていたからな。何かしらの方法で大森林に生息していた昆虫族モンスターたちを手懐けたのかもしれない」


 もしもダークエルフが自分たちと同じようにモンスターを手懐け、戦力として利用することができるのなら厄介なことになるため、団員は僅かに緊迫した表情を浮かべる。

 だが、まだダークエルフたちが昆虫族モンスターを手懐けていると決まったわけではなく、手懐けたモンスターも強いとは限らない。

 自分たちと条件が同じであっても戦力なら、自分たちの方がまだ上だと考える団員はそこまで警戒はしていなかった。


「まあ、ダークエルフがモンスターを手懐けているかは、戦いながら確かめればいい。今は連中を迎撃するため、戦力を北側に集めることが重要だ」

「そうね、とにかく北へ向かいましょう」


 返り討ちにして、ダークエルフたちにアジトに攻め込んできたことを後悔させてやると、団員は表情を鋭くしながら腰の剣を抜いた。


「アジトにいる団員は全員、北に集まってダークエルフたちを迎え撃つよう指示が出ている。勿論、団長が配下にしたモンスターたちもな」

「全員ってことは、捕まえた奴らを見張る子たちも?」

「いや、奴隷の見張りは何人か残しておくみたいだ。折角捕まえた奴らがこの騒ぎで逃げ出したら元も子もないからな」

「確かにそうね。……それじゃあ、私たちは予定どおり北に向かうのね」

「ああ、奴隷を見張る奴らを除いてもかなりの人数だ。しかも配下にしたモンスターたちもいるから、負けることは絶対に無い」


 自分たちの勝利を確信している団員たちは余裕の笑みを浮かべる。

 ダークエルフたちを完膚なきまでに叩きのめし、二度とクローディア戦団に逆らおうと考えられないようにしてやると二人は考えていた。

 団員たちが会話をしていると、周りにいた他の団員たちが戦いの準備を終える。

 仲間たちの準備が整ったことに気付いた二人は、真剣な表情を浮かべながら周りにいる仲間たちを見た。


「皆、北へ向かうぞ! こっちが負けることは無いだろうが、少しでも早く戦いを終わらせるために急いで移動するぞ」


 仲間たちに大きな声で語り掛けた団員は走ってアジトの北へ向かう。

 他の団員たちも後を追うように走り出し、アジトの東側には団員が一人もいない状態になった。


「……行ったようですね」


 テントの陰からティリアが顔を出し、周囲を見回して敵がいないかを確かめる。その後ろには防衛長と二人のダークエルフ、そしてアサルトホッパーとアルケニーロードが一体ずつ待機していた。

 ティリアたち救出部隊はゼブルたちと別れた後、捕まったダークエルフたちを助けるためにアジトの東側へ回り込んだ。そして、囮であるゼブルたちが動き出し、団員たちがゼブルたちを迎撃するために北側へ移動し始めるとアジトに潜入した。

 しかし、捕まった者たちを救出するために救出部隊の全員でアジトに潜入すると見つかりやすくなる。更に全員でアジトに入れば敵に発見されやすくなり、救出した後にアジトの外へ脱出するのが難しくなる可能性があった。

 そこでティリアと防衛長は効率よく脱出できるように救出部隊を二つに分け、片方が仲間たちの救出に向かい、もう一方を脱出路の確保のためにアジトの外で待機させることにしたのだ。


「アジトにいる団員の殆どはゼブル様たちを迎撃するために北に集まっています。今の内にダークエルフの皆さんの救出へ向かいましょう」

「ああ」


 防衛長が頷きながら返事をすると、ティリアは目立たないよう中腰になってアジトの奥へ進む。

 防衛長やダークエルフたちも同じように姿勢を低くしてティリアと同じ方向へ移動した。ただ、モンスターたちは音は立てないが、姿勢を低くせずにティリアたちの後をついて行く。

 アジトの中はテントや物資の入った木箱が多かったため、ティリアたちは物陰に隠れながら先へ進む。団員たちはアジトの北側に向かっているはずだが、まだ北側に向かっていない団員もいるかもしれないので慎重に移動した。


「……このまま何も起こらなければ、捕まった人たちを問題無く救出できるはずです」

「油断してはならないぞ、ティリア殿。先程団員たちが捕まった者たちを見張るために数人の団員を残しておくと言っていたからな」


 アジトの東側にいた団員たちの会話を聞き、見張りと戦闘になる可能性は非常に高いと考える防衛長は、移動しながら前にいるティリアに忠告する。

 クローディア戦団にとって捕らえた者たちは貴重な資金源であるため、それを奪われないよう、見張りには腕利きの団員やモンスターが配置しているに違いない。

 防衛長は見張りと戦闘になった際、見張りを倒して無事に仲間を助けられるだろうかと小さな不安を抱いていた。


「分かっています。戦闘になった際は私やモンスターたちが素早く対処するつもりです」


 声を掛けられたティリアは後ろを向き、防衛長を見ながら微笑みを浮かべる。その笑顔には戦闘になっても問題無いという意思が感じられた。

 微笑むティリアを防衛長は目を細くしながら見つめる。

 見張りと戦うことになっても大丈夫だと言いたそうにするティリアを見て、防衛長は「この女はクローディア戦団がどれだけ手強いのか分かっていないのでは」と感じていた。

 ティリアは防衛長が自分に対して不満や不信感を抱いていることに気付いていないのか、前を向き直すと再び周囲を警戒しながら先へ進む。

 防衛長もティリアに対して不満を抱いてはいるが、今は仲間の救出することに集中しなくてはと気持ちを切り替え、仲間がいるであろうアジトの中心を目指して移動するのだった。

 それからティリアたちは団員に見つかることなく移動し、アジトの中心部までやって来た。

 ティリアたちは近くにあったテントの陰に隠れながら前を確認する。

 20mほど先には他のテントよりも大きく、周りを木製の柵で囲まれたテントが張られていた。

 出入口の前には剣を持った四人の団員が周囲を警戒しており、団員たちの足下には三体のグレイファングが待機している。

 団員たちは時々テントの中を覗き込み、しばらくすると再び前を向いて周囲の警戒を再開した。


「……あそこが仲間たちが捕らえられているテントのようだな」

「ええ、シムス様が仰っていた特徴と同じですから間違いないでしょう」


 目的地を見つけ、ティリアは真剣な表情を浮かべながら辺りを見回す。幸い視界に入っている見張りとグレイファング以外に敵はいないようだ。

 ただ、クローディア戦団の団長が配下にしたモンスターが他にも潜んでいるかもしれないため、警戒を続ける必要があった。

 防衛長やダークエルフたちは目の前のテントに捕まった仲間たちが捕らえられていると知ると、剣や弓矢を構えて戦闘体勢に入る。

 テントは出入口以外は柵で囲まれているため、出入口からしかテントに近づくことはできない。ダークエルフたちは状況から戦闘は避けられないと感じていた。

 気づかれないように柵を破壊し、テントに穴を開けてそこから捕まっている者たちを逃がすという方法もあるが、それだと時間が掛かる上に見張りに気付かれるかもしれない。

 何より、テントの周囲にグレイファング以外のモンスターが潜んでいたら、柵を壊している最中に襲われて負傷者が出る可能性だってある。

 短時間で負傷者を出すことなく捕まった者たちを救出するには見張りを倒し、捕まった者たちを確実に逃がせる状況を作るのが一番良い方法だった。


「捕らえられた人たちを救出するには、まず見張りを何とかする必要があります。彼女たちは私たちが何とかします。皆さんは周囲の警戒を……」

「いや、私たちが対処しよう」


 防衛長は持っているロングボウを構え、二人のダークエルフたちも腰の矢筒から矢を抜いた。


「これは私たちダークエルフの問題だ。私たちが何もせずに大人しくしているつもりは無い」


 ティリアはゼブルや自分たちに全て任せようとせず、自分たちの力だけで仲間を助けようとする防衛長を見て、ダークエルフとしての誇りと仲間を助けたいという意思を感じる。

 防衛長たちの意思と覚悟を否定しないためにも、見張りの対処はダークエルフたちに任せるべきだとティリアは判断した。


「分かりました。お任せします」


 ティリアの返事を聞いた防衛長は見張りの団員たちを見つめる。

 この時の防衛長にはティリアが思っていたとおり、捕まった仲間は自分たちが助けなくてはならないと意思があった。

 だが、それ以外にもゼブルの仲間であるティリアの言うとおりにしているのが気に入らないという考えもあり、防衛長たちは自分たちで見張りを倒そうと思っていたのだ。

 テント前にいる見張りの団員たちはティリアたちに気付いておらず、剣を握りながら辺りを見回していた。

 防衛長は見張りの内の一人に狙いを定めると勢いよく矢を放つ。矢は真っすぐ飛んで行き、団員の一人の額に命中した。

 矢を受けた団員は自分が攻撃を受けたことに気付いておらず、表情を変えずにその場で崩れるように倒れる。


「な、何!?」


 倒れた団員の隣にいた別の団員が驚愕しながら死んだ仲間を見下ろす。

 他の団員たちも仲間に矢が刺さっているのを見て、攻撃を受けていることを悟り、慌てて周囲を見回そうとする。

 だが、団員たちが見回すより早く二人のダークエルフが矢を放ち、二人の団員の側頭部、左胸を矢で射抜いた。

 更に二人の仲間が殺されたことに生き残った団員は衝撃を受け、剣を構えながら周囲を確認する。そんな中、遠くで弓矢を構える防衛長たちを見つけ、団員は大きく目を見開いた。


「だ、ダークエルフ!? どうしてこんな所に……」


 情報ではダークエルフはアジトの北側にいるはずなのに、アジトの中心部にいるダークエルフたちを見て団員は状況を理解できずにいる。

 しかし、仲間がダークエルフたちに殺され、自分が窮地に立たされていることはすぐに理解できたため、表情を険しくしてダークエルフたちを睨んだ。


「あ、アンタたち、ダークエルフたちを片付けなさい!」


 団員が待機しているグレイファングたちに指示を出すと、グレイファングたちは一斉に防衛長たちに向かって走り出す。状況からグレイファングたちは配下にしたクローディア戦団の団長以外の命令にも従うらしい。

 グレイファングたちと団員のやり取りを見た防衛長は、クローディア戦団の団長の固有技術ユニークスキルの効果を少しだけ把握する。だが、まだ自分たちの知らない効力があるかもしれないため、戦いながら情報を集める無くてはならないと判断した。

 走って距離を詰めて来るグレイファングを睨む防衛長はロングボウを肩に掛け、右手で腰の短剣を抜くとグレイファングに向かって走り出す。どうやら真正面からぶつかるようだ。

 後ろにいた二人のダークエルフも剣を抜き、残り二体のグレイファングの相手をするために防衛長に続く。

 距離は徐々に縮まり、やがてグレイファングたちは防衛長たちの間合いに入った。

 防衛長は先頭のグレイファングが間合いに入った瞬間に短剣の刀身を薄っすらと赤く光らせる。


重斬撃ヘビースラッシュ!」


 攻撃技術アタックスキルを発動させた防衛長は短剣を勢いよく右から左へ横に振った。短剣はグレイファングの頭部を切り裂き、切り裂くと同時に頭部に軽い衝撃が伝わる。

 頭部に斬撃と衝撃を受けたグレイファングは鳴き声を上げる間も無く息絶え、前に勢いよく倒れた。

 防衛長はに続き、二人のダークエルフも剣で残っている二体のグレイファングたちを攻撃して胴体や前足を切った。

 切られたグレイファングたちは一瞬怯むが、すぐに唸り声を上げてダークエルフたちに跳びかかる。

 ダークエルフたちは素早く横へ移動してグレイファングたちの跳びかかりを回避し、側面に回り込むと剣を振り下ろしてグレイファングたちの胴体を切った。

 胴体を切られたことで致命傷を負ったグレイファングたちは鳴き声を上げながら倒れ、そのまま動かなくなる。

 三体のグレイファングを倒した防衛長とダークエルフたちは武器を構え直し、残っている団員を睨む。

 後方で防衛長たちの戦いを見ていたティリアは「おおぉ」と少し驚きながら防衛長たちの後ろ姿を見つめていた。


「ま、まさかグレイファングたちを簡単に倒すなんて……」


 高みの見物をしていた団員は予想外の事態に驚いて後ろに下がる。

 三人の仲間と三体のグレイファングを倒され、一人になってしまった団員は明らかに不利な状態だ。ただ、不思議なことに団員は驚きはしているが逃げ出したり、降伏するような素振りは一切見せなかった。


「大人しく武器を捨て、捕らえた者たちを解放しろ。そうすれば命だけは保証してやる」


 防衛長は短剣の切っ先を団員に向けて仲間たちの解放を要求する。仲間とモンスターを倒され、一人になった団員は自分たちの要求を呑むはずだと防衛長は考えていた。

 だが、団員は右手で剣を構えながら防衛長を睨んでおり、降伏する様子は一切見せなかった。


「はっ! グレイファングを倒したからって勝った気になるんじゃないわよ?」


 団員は軽く上を向くと、空いている左手で口笛を吹く。

 突然口笛を吹いた団員に防衛長たちは武器を構えて警戒する。すると、周りにある複数のテントの陰から五体のモンスターが飛び出して団員と防衛長たちの間に入った。

 現れたのは体長165cmほどで赤い目と濃い茶色の体毛を持った猿のような獣族モンスター、ハードエイプだった。

 ハードエイプたちは防衛長たちを見つめながら、高い鳴き声を上げて威嚇する。

 五体の内、一体は戦う意思があることを訴えるかのように、鳴き声を上げながらその場で何度もジャンプした。


「コイツら、ハードエイプ!」


 防衛長は新たに現れたモンスターを見て、短剣を構え直しながら後ろに下がる。

 構える防衛長やダークエルフたちの後ろでは、ティリアが現れたハードエイプたちを見て意外そうな表情を浮かべていた。


(どうやら、あのハードエイプたちもクローディア戦団の団長の固有技術ユニークスキルで配下に置かれてるみたいね。……ということは、グアーバ君を襲ったハードエイプも戦団に支配されていた存在ってこと?)


 ティリアはグアーバと出会った時に遭遇したハードエイプのことを思い出し、クローディア戦団はモンスターをアジトの外に放してダークエルフの捜索と襲撃をさせているのではと予想する。

 モンスターたちがクローディア戦団から離れて行動するとなると、団員やアジトに近づかなければ大丈夫だと言い切れなくなり、ポルザン大森林にいる限り危険が及ぶことになる。

 ダークエルフたちが今後、安心して大森林で暮らすためにも、この戦いでクローディア戦団を倒さなくてはならないとティリアは意志を強くした。

 興奮するハードエイプを見つめる防衛長は足を軽く曲げ、ハードエイプがいつ向かって来てもすぐに動ける体勢を取る。だが、その表情には僅かだが焦りが見られた。


(……厄介だな。ハードエイプはグレイファングと比べて遅いが、跳躍力が高い上に自分より強い敵が相手でも恐怖せずに突っ込んでくる。ある意味でグレイファングより面倒な相手だ)


 速く走ることしか取り柄の無いグレイファングよりも凶暴で手強く、数も多いハードエイプに防衛長は警戒心を強くする。

 状況からグレイファングと戦った時のように短時間で決着を付けるのは難しいと直感していた。


「アンタたち、そのダークエルフたちを叩きのめしてやりなさい! 殺しても構わないわ」


 団員は防衛長たちを指差し、大きな声を出しながらハードエイプたちに命令する。

 本来なら、ダークエルフたちは生け捕りにして奴隷商への売り物もするのだが、アジトの中心まで侵入された上、仲間がやられている現状では生け捕りは無理だと団員は感じていた。そのため、生け捕りは諦め、クローディア戦団にとって害となる目の前のダークエルフたちは始末しようと判断したのだ。

 命令を受けたハードエイプたちは鳴き声を上げ、興奮しながら防衛長とダークエルフたちに向かって走り出した。

 向かってくるハードエイプたちを見た防衛長は迎え撃つため、正面にいるハードエイプに向かっていく。ダークエルフたちも他のハードエイプたちの相手をしようと防衛長の後に続いて走り出す。

 少しずつハードエイプたちとの距離が縮まり、間合いに入りそうな距離まで近づくと、防衛長は短剣を握る手に力を入れ、グレイファングと戦った時のように攻撃技術アタックスキルで攻撃しようとした。

 防衛長は目の前のハードエイプを睨みながら攻撃技術アタックスキルを発動しようとした。だがその時、正面にいたハードエイプは走りながら高く跳び上がり、防衛長の斜め上まで移動する。

 突然跳び上がったハードエイプに驚いた防衛長は思わず立ち止まり、同時に攻撃技術アタックスキルの発動が中断された。


「クッ、これはマズい!」


 ハードエイプを見た防衛長は後退して態勢を整えようとする。だが、跳び上がったハードエイプは勢いよく防衛長に近づいて来ており、既に回避行動が間に合わない状況だった。

 防衛長は跳びかかってくるハードエイプを見ながら表情を歪ませ、攻撃を受けることを覚悟する。

 だがそんな時、ハードエイプの前に一匹の水色の光の蝶が飛んで来て、ハードエイプの顔面に触れた。その瞬間、光の蝶は水色に光り出し、青白い電撃がハードエイプの体に走る。

 電撃を受けたハードエイプは苦痛の表情を浮かべ、電撃が治まると体中から白い煙を上げながら防衛長の目の前に倒れる。

 突然の出来事に、防衛長は理解できずに呆然としていたが、自分に襲い掛かろうとしたハードエイプが倒れたことに気付くと、驚きながら倒れているハードエイプを見つめる。

 ハードエイプは白目を向けながら微動だにせず、防衛長はハードエイプが既に死んでいることを知った。


「な、何が起きたのだ……」


 状況が理解できない防衛長がまばたきをしながら困惑していると、防衛長の背後から四匹の水色の光の蝶が飛んで来て防衛長の横を通過した。

 光の蝶はダークエルフたちに襲い掛かろうとする四体のハードエイプに一匹ずつ近づく。そして、目の前まで接近すると光り出し、電撃がハードエイプたちの体内を走る。

 全身の激痛にハードエイプたちは一瞬鳴き声を上げるが、すぐに鳴き声は途切れ、最初に電撃を受けたハードエイプのように体から煙を上げながら倒れた。

 あっという間に五体のハードエイプが倒され、防衛長とダークエルフたちは愕然とする。

 勿論、ハードエイプたちをけしかけた団員も驚いて言葉を失っていた。


「大丈夫ですか?」


 背後からティリアの声が聞こえ、防衛長たちは一斉に振り返る。そこには真剣な表情を浮かべるティリアが立っており、彼女の周りには先程の水色の光の蝶と同じ個体が数匹飛んでいた。

 ティリアと光の蝶を見て、防衛長とダークエルフたちは目を丸くして驚く。だが、状況から光の蝶はティリアが魔法か技術スキルによる攻撃だったのだとすぐに理解した。


「先程、見張りの対処は皆さんにお任せすると言いましたが、状況から加勢しなくてはならないと判断して攻撃させていただきました。……勝手なことをしてしまい、申し訳ありません」

「い、いや、寧ろ助かった。それよりもその蝶はいったい……」


 防衛長は驚きながらティリアの近くを飛んでいる光の蝶を指差して何なのか聞こうとする。

 戦いが始まる前はティリアたちの力を借りず、自分たちだけで見張りを倒そうと思っていた防衛長だったが、危機的状況を救ってくれたので文句を言うつもりは無かった。

 ティリアは防衛長たちを見ると状況の説明を求めていると悟り、左手の人差し指を顔の近くまで持ってくる。すると近くにいた水色の光の蝶が一匹、ティリアの人差し指に止まった。


「これは電撃蝶という、私が技術スキルで作り出した蝶です。この子たちは敵に触れたり、近づいたりすると電撃を発生させて敵を攻撃することができるんです」

技術スキルで作り出した蝶? 貴女は人間なのにそんな技術スキルを使うことができるのか?」

「あ~、えっと……」


 自分は人間をやめたゼブルの隷属だと説明して良いのか分からず、ティリアは苦笑いを浮かべながらどう説明すればいいか考える。


「そ、それについては後ほど説明しますので、今は捕まっている方々の救出を優先しましょう」

「え? あ、ああ……」


 ティリアの反応を見て防衛長は不思議そうにするが、確かに今は仲間たちの救出が最優先であるため、捕まった者たちを助けることに集中することにした。

 防衛長が納得するのを見たティリアは心の中でホッとする。

 今説明せずに後回しにすれば、救出作戦が終わった頃には防衛長も技術スキルのことを忘れているかもしれない。もし覚えていたのなら、ゼブルに説明してもよいか確認し、話すことが許されなかったら上手く話を流すつもりでいた。


「な、何なの今の、どうしてハードエイプたちが一瞬で……」


 見張りの団員は目の前で起きた出来事が信じられず、小さく震えながら愕然とする。

 ハードエイプはクローディア戦団の戦力であるモンスターの中ではそれなりに強いモンスターだったため、そのハードエイプたちが見たことの無い攻撃であっという間に倒されてしまったことに驚きを隠せなかった。


「……この状況は非常にマズいわ。急いで団長や他の子たちに知らせないと」


 状況を打開するためにも、今は逃げるしか方法は無い。そう直感した団員はティリアたちに背を向けて走り出そうとする。

 だが、団員が走ろうとした瞬間、頭上から上半身が人間の女で、下半身が蜘蛛のモンスターが下りてきて団員の前に立ちはだかった。

 突然目の前にモンスターが現れたことに団員は驚き、持っている剣を構える。

 剣を構えた直後、団員の背後に薄い茶色の体をした二足歩行の昆虫族モンスターが下りてくる。そして、腕の部分から生やす二本の鎌状の脚で団員の体と両腕を押さえ付けて拘束した。


「キャアァ!? 何なのよぉ!」


 驚きの連続に団員は思わず声を上げる。

 団員は驚きながらも腕に力を入れて何とか拘束を解こうとするが、鎌状の脚に付いている無数の棘が腕や体に食い込んで激痛が走る。

 力で拘束を解くことができないと判断した団員は剣で昆虫族モンスターを切ろうとする。だが、腕は下ろした状態で固定されているため、攻撃どころか振り上げることもできない。

 完全に動きを封じられてしまい、団員はどうすればいいか俯きながら考える。すると、考え込んでいる団員にティリアと防衛長たちが近づいて来た。


「抵抗はしないでください」


 ティリアが声をかけると、俯いていた団員は顔を上げ、目を見開きながらティリアや近くにいる防衛長たちを見る。

 その目には窮地に立たされたことに対する焦りと不安、大きな力を持つ敵に対する小さな恐怖が宿っていた。


「私たちの目的は捕まった方々を救出することです。大人しくしてくだされば、こちらも必要以上に危害を加えたりしません」

「……わ、分かったわよ」


 抵抗しても意味は無いし、状況は変わらない。そう感じたのか団員は表情を歪めながら再び俯く。

 団員が大人しくなったのを見たティリアは周囲を見回し、他の団員やモンスターが隠れていないか確かめる。

 しばらく見回し、自分たち以外に生き物の気配が無いことを確認したティリアは防衛長の方を向いた。


「近くに団員やモンスターはいないようですし、今の内に捕まってる人たちを助けましょう」

「そうだな。急ごう」


 他の団員たちが来る前に仲間たちを安全な場所へ連れて行くことにした防衛長は、団員たちが見張っていたテントの中に入る。

 テントの中には下着姿の若い男女が十数人おり、全員が両手両足首を縄で縛られた状態で捕まっていた。

 捕まっている者の内、数人はポルザン大森林で暮らすダークエルフで、その中には結界柱の状態を確認しに向かった警備隊の女ダークエルフもいた。

 そして、ダークエルフたち以外にも人間の青年や少女が数人、十代前半ぐらいの男の子も一人おり、全員が驚きの表情を浮かべている。


「防衛長!」


 捕まっていた女ダークエルフは防衛長の姿を見て、自分たちを助けに来てくれたのだと知って笑みを浮かべる。

 他のダークエルフたちも仲間が来てくれたことを知って最初は驚いていたが、すぐに安心して小さく笑う。


「お前たち、無事か? 怪我は無いか?」

「大丈夫です。奴ら、私たちを奴隷として売るつもりだったのか、手荒なことはしませんでした。ただ、男は性的な意味で玩具にすると言っていましたが……」

「そうか……」


 クローディア戦団の悪趣味に気分を悪くする防衛長は眉間にしわを寄せる。


「それで、そこの人間たちは何なんだ?」

「私たちが捕まる以前からクローディア戦団に捕まっていた者たちです。話によると、キュレースト王国で捕まってから連れ回されていたとか」


 捕まっている人間たちを防衛長は無言で見つめる。人間とは言え、仲間のダークエルフたちよりも長い時間奴隷として利用されていたことには少しだけ同情していた。

 防衛長が捕まっていた人間たちを見ていると、ティリアがテントに入ってきた。


「どうですか? 皆さん、無事でしたか?」

「ああ、仲間は全員無事だ。ただ、人間の中には軽傷を負っている者が何人かいるようだ」

「人間?」


 ティリアはテントの奥を覗き込み、捕まっている若い人間の男女たちを目にする。

 最初は人間がクローディア戦団のアジトにいることに驚いたが、状況から戦団がポルザン大森林を訪れる前に捕まった者たちだとすぐに気付いた。

 救出部隊の目的は捕まったダークエルフたちを救出することなので、人間たちを保護する必要は無い。だが、このまま残しておけば、戦団に盾や人質として利用される可能性があるため、放置するわけにもいかなかった。


「防衛長、彼らも連れて行きましょう」

「この人間たちをか?」

「ええ、彼らもクローディア戦団の被害者です。ダークエルフの皆さんと一緒に連れて行ってあげましょう」

「しかし……」


 ダークエルフは長い間、人間や他の亜人から軽んじられてきた。それを考えると、防衛長はダークエルフに酷い仕打ちをしてきた人間たちに手を差し伸べる気にはなれなかったのだ。

 ティリアは防衛長の顔を見て、何を考えているのか察すると真剣な表情を浮かべながら口を開く。


「ダークエルフが人間や他種族から軽んじられていたことを考えれば抵抗があるかもしれません。しかし、此処で彼らを放置すれば、ダークエルフは自分たちを軽んじ、見下してきた他種族と同じになってしまいますよ?」


 防衛長はティリアの言葉を聞いて反応する。

 ダークエルフを見下してきた他種族と同じように見られることは、ダークエルフの誇りに自ら傷を付け、人間たちと同じだということを認めることになる。

 他種族に不信感を抱く防衛長としては、その他種族と同じように見られることは絶対に避けたかった。


「……分かった。彼らも連れていこう」


 防衛長は後頭部を掻きながら、人間たちを救出することに納得する。

 近くにいたダークエルフたちもティリアと防衛長の会話を聞いていたため、防衛長の決断に反対はしなかった。ただ、少しだけ不満そうな表情を浮かべている。

 防衛長とティリアは捕まっていた者たちの縄を解いて自由にする。更に下着姿だと体温が低下し、体力の消耗が早くなると考え、テント内にあった汚れた布などを羽織らせた。

 捕まっていた者たちを解放したティリアと防衛長はテントの外に出て、周囲を見張っていたモンスターたちと合流すると、アジトの外で待機している仲間の下へ向かった。


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