第75話 ダークエルフとの会談
ドアンに案内され、ゼブルたちはツリーハウスの一室前にやって来る。状況から目の前の部屋が話し合いを行う会場で間違いないようだ。
既に会場には集落の各責任者たちが揃っているとのこと。ゼブルは責任者たちがどんなダークエルフなのか、自分をどのように受け止めるのかと予想しながら目の前にある木製の二枚扉を見つめる。
ゼブルが後ろにいるのを確認したドアンは、静かにドアノブを回して二枚扉の片方を開けた。
「ゼブル陛下が参られた」
ドアンが誰かに声をかけると、部屋の中からガタガタと音が聞こえてきた。
音を聞いたゼブルは室内で椅子に座っていたダークエルフの各責任者たちが一斉に立ち上がったのだと予想する。
ドアンは部屋に入ると横に移動し、ゼブルが部屋に入れるよう道を空けた。
入室を求められたゼブルはティリアたちを連れて部屋に入る。部屋は広い会議室のような場所で、中央には長方形の机が置かれていた。そして左右の長辺の席には四人のダークエルフが立ってゼブルを見つめている。
四人の内、三人は男のダークエルフで全員が薄い茶色の長袖を着て灰色の長ズボンを穿いた格好をしていた。
ゼブルから見て、机の左側の奥にいるダークエルフは三十代前半ぐらいで青い目をしており、身長は170cm弱。短い顎髭を生やしてレザーアーマーを装備しており、三人の男のダークエルフの中でも少しがっちりとして体形をしている。
左側の手前にいるダークエルフは身長が160cm強、二十代後半ぐらいで濃い緑色の目をしており、少し長い後ろ髪を束ねている。外見からして室内にいるダークエルフの中で一番若いようだ。
三人目のダークエルフは机の右側の手前におり、三十代半ばぐらいで茶色の目を持ち、身長は165cmほどで小さな眼鏡をかけており、学者のような雰囲気を漂わせている。
残りの一人は美しい女ダークエルフで三十代前半、身長は160cmほどだった。濃い黄色い目と背中の辺りまである長い銀髪を持ち、若葉色と茶色の長袖を着て黄土色のロングスカートを穿いており、机の右側の奥に立っている。
ゼブルが四人のダークエルフを見渡すと、四人のダークエルフは目を軽く見開く。
予めポルザン大森林の外から他種族が侵入し、それが魔王を名乗る昆虫の異形と言うのは聞かされていたが、実際目の当たりにすると驚いてしまうようだ。
(この四人が集落の責任者たちか。恐らく集落の管理や防衛隊の指揮と言った役割が与えられてるんだろう。となると、グアーバが言っていた結界柱の管理者もこの中にいるかもしれないな)
どのダークエルフがどんな役職なのか想像しながらゼブルはティリアたちと共に中央にある机に近づく。
ゼブルたちが入室するとアセーラとレイシ、護衛のダークエルフたちも静かに部屋に入る。
全員が入るとドアンは扉を閉めてゼブルの隣まで移動した。
「俺がファブール魔王国の支配者、魔王ゼブルだ」
「お、お待ちしておりました、ゼブル陛下……」
挨拶するゼブルを見て、眼鏡をかけたダークエルフが苦笑いを浮かべる。態度と口調から緊張しているのが一目で分かった。
ゼブルが挨拶を終えると、隣で待機していたドアンがゼブルの方を向く。
「では、一人ずつ紹介させていただきます。左側の奥にいるのが防衛隊と警備隊の管理と指揮を行う防衛長。手前にいるのが大森林の状況、集落で暮らす者たちの管理を行う環境長です」
ドアンに紹介され、顎髭を生やす防衛長と後ろ髪を束ねる環境長は頭を軽く下げて挨拶をする。
防衛長はゼブルを警戒しているのか、僅かに目を鋭くしながら見つめており、環境長は少し怯えたような目でゼブルを見ていた。
「先程陛下に挨拶をしたのが、魔導士や怪我人や病人の治療を行う診療所の管理などを行う魔術長です」
「あ、改めまして、よろしくお願いいたします」
魔術長はずれている眼鏡を直すと深く頭を下げる。
「そして、左側の奥にいるのが……」
ドアンが最後の女ダークエルフを紹介しようとした時、ドアンが喋るよりも先に女ダークエルフはゼブルの方を向いて頭を下げた。
「クノモダ族の教育長を務めるパイナ・トロカールと申します」
「トロカール?」
パイナと名乗る女ダークエルフがドアンと同じ姓を持っていること知ったゼブルは反応し、チラッとドアンの方を向く。
パイナの外見と姓から彼女が何者なのかゼブルは既に察しているが、念のためにドアンの方を向き、直接本人の確かめることにした。
ゼブルと目が合ったドアンは、ゼブルの考えていることを察して小さく頷く。
「お察しのとおり、パイナは私の妻です」
予想したとおりの答えが返ってくるとゼブルはパイナの方を向き直す。
姿勢を正してゼブルを見ているパイナの顔には僅かに緊張が見られる。ただ、防衛長のような警戒心や環境長のような怯えは感じられなかった。
「この度は、息子のグアーバを救っていただき、誠にありがとうございます」
「ドアン族長やレイシにも言ったが、気にしなくていい。俺が助けたいと思ったから助けただけだ」
ゼブルの言葉を聞いたパイナは再び頭を下げる。
相手が魔王を名乗る異形だとしても、自分の息子を救ってくれたのだから心から感謝するべきだとパイナは考えているようだ。
「では陛下、まずはこちらにおかけください」
ドアンが目の前の椅子に座るよう伝えると、無言でゼブルが椅子に近づく。
ゼブルが椅子に座ろうとするのを見たティリアは早足で椅子に近づき、椅子を手前に引いて座りやすい状態にする。
ティリアが椅子を引くとゼブルは静かに椅子に腰を下ろす。
ゼブルが座るとティリアはゼブルの後ろで待機し、シムスもティリアの隣に立つ。
護衛のハウンドスイーパーたちはティリアとシムスの後ろで横一列に並んで待機した。
ゼブルが座ると立っていたパイナたちも一斉に座り、ドアンもゼブルの向かいの席に移動して椅子に腰かけた。
アセーラとレイシ、護衛のダークエルフたちは部屋の隅に移動し、机を囲むゼブルたちを見つめる。
ゼブルたちが席に付き、話し合いが始まる状況になると部屋の空気が一気に張り詰めた。
「……それでは、早速会談を始めたいと思うのですが、その前にゼブル陛下に幾つかお聞きしたいことがあります」
「何だ?」
ゼブルが尋ねると、ドアンは真剣な表情を浮かべながらゼブルを見つめて口を動かす。
「まず、ゼブル陛下はファブール魔王国の統治者と仰いましたが、そのファブール魔王国は大陸のどの辺りにあるのでしょうか?」
「……ああぁ、成る程な」
ドアンの質問を聞いたゼブルは、場所や領土の広さと言った詳しい情報を何も分かっていないと知って納得する。同時にレイシに説明した時のようにまた一からファブール魔王国がどのように建国されたのかを話さなくてはならないと知り、心の中で面倒に思う。
だが、ダークエルフたちを支配下に置くためにも、ファブール魔王国のことをしっかりと理解してもらわなくてはならない。
ゼブルは目的を達成するため、魔王国が建国されるきっかけやセプティロン王国の領土の一部を手に入れ、そこに魔王国を建国したことなどを最初からドアンたちに説明する。
「……まさか、大森林の外でそのようなことが起きていたとは」
説明を全て聞いたドアンは愕然とし、他の四人もレイシがファブール魔王国の情報を聞いた時と同じように驚く。
ゼブルがセプティロン王国に手を貸して領土の一部を手に入れ、そこにファブール魔王国を建国し、王国を属国にしたこと。そして自分たちが暮らしているポルザン大森林が魔王国の領内にあることなど、とんでもない情報を一度に聞いたことでドアンたちは衝撃を受けていた。
部屋の端で待機していたアセーラやダークエルフたちもゼブルたちの会話を聞いて目を見開いていた。
レイシはドアンたちの反応を見て、驚いて当然だと思いながら苦笑いを浮かべている。
「俺は魔王国の領内にある大森林にアンタたちダークエルフが暮らしているという話を聞き、その真意を確かめるために来た。そして、本当にダークエルフが存在していたら、魔王国との今後について話し合おうと思っていたんだ」
「そう言うことですか……」
ゼブルがポルザン大森林を訪れた理由を知り、ドアンは難しい表情を浮かべながら納得する。
「……ぜ、ゼブル陛下。私からも一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
魔術長が緊張した様子で右手を上げ、質問する許可を求める。
ドアンたちは魔術長が質問しようとしていると知り、一斉に魔術長に注目した。
「何だ?」
「へ、陛下は大森林に入られる際に結界を破ったと聞いておりますが、それは本当なのでしょうか?」
「……信じられないのか?」
ゼブルが低い声を出すと魔術長は思わず目を見開く。自分がゼブルを疑うような発言をしたことで機嫌を損ねてしまったのではと感じたようだ。
「お、恐れながら、大森林に張られている結界は簡単には破れないほど強力なものです。ですから……」
「それはレイシから聞いた。二百年前に現れた魔王を倒した勇者でも破れないほどの結界なんだろう?」
結界がどれほどのものなのか理解しているゼブルを見て、魔術長は待機しているレイシの方を向き、説明したのか目で確認する。
会話を聞いていたレイシは魔術長と目が合うと、彼が何を言おうとしているのか察し、無言で頷いた。
「だが、実際に俺は大森林に入り、こうしてアンタらの集落に来てる。それは俺が結界を破ったていう証拠になるんじゃないのか?」
「そ、それは……」
確かにゼブルが目の前にいるのだから、本当に結界が破られたと考えるべきだろう。
しかし、魔術長は百年以上もポルザン大森林を囲み、自分たちを守ってくれた結界が破られたとは信じられなかった。
「……レイシ、ゼブル陛下の言っていることが事実なら、柱に異常が出ているはずだ。確認したのか?」
ドアンがレイシに声をかけると、レイシは複雑そうな表情を浮かべながら首を横に振った。
「いえ、直接確認はしていません。ただ、ゼブル陛下のお話を聞いた直後、部下たちを柱の確認に向かわせました。時間的にはそろそろ集落に戻ってくると思いますが」
「そうか……」
既に確認のために仲間を送っていると聞いたドアンは呟く。
パイナも息子が警備隊長としてしっかり役目を全うしていると感じながらレイシを見ていた。
ドアンたちの会話を聞いたゼブルはグアーバから聞いた結界柱のことを思い出す。
この異世界にしか存在しないマジックアイテムの話題が出たため、詳しく聞こうかと思っていたが、まだ話し合いが始まったばかりでダークエルフたちも自分を完全に信用したわけではない。
焦って情報を聞き出そうとすれば更に警戒心を強くしてしまう可能性があるため、もう少し様子を窺ってから切り出すことにした。
「他に何か聞きたいことはあるか?」
「いえ、他には何も……」
「そうか。……なら、そろそろ本題に入るとするか」
低い声で語るゼブルに、ドアンや他のダークエルフたちは一斉に反応する。
ゼブルはファブール魔王国とダークエルフの今後について話すためにポルザン大森林を訪れた。それについて詳しくゼブルから聞かされるため、ドアンたちは真剣な表情を浮かべながらゼブルを見つめる。
「俺がアンタたちに会いに来たのか他でもない。アンタたちダークエルフを支配下に置くためだ」
自分たちを支配するため、と言うゼブルの言葉で室内の空気が張り詰めた。
ゼブルは魔王を名乗っているので、自分たちに何か都合の悪いことを要求してくるかもしれないと予想はしていたため、ドアンたちは取り乱したりすることは無かった。だがそれでも不安は感じてしまうため、全員が少し暗くなっている。
ドアンやパイナたちは緊迫や不安の表情を浮かべながらゼブルを見つめる。そんな中でアセーラと防衛長は、ゼブルが自分たちを虐げようとしていると感じて目を鋭くしていた。
「と言っても、ダークエルフたちを奴隷のように扱ったり、何らかの実験に利用したりするつもりは無い。俺が統治する魔王国の国民になってもらうだけだ」
「こ、国民、ですか?」
状況からダークエルフにとって過酷な要求をしてくると思っていた中、ゼブルが予想外の言葉を口にしたことでドアンは目を丸くする。
他のダークエルフたちも緊張が解けたのか、まばたきをしながらゼブルを見ていた。
「何度も言うが、俺はアンタたちに危害を加えるつもりは無い。俺の国の民として支配下に置きたいだけだ」
「あ、あの、陛下はなぜ我々ダークエルフを国民にしようと考えられたのですか?」
黙って話を聞いていた環境長は、なぜ自分たちをファブール魔王国の国民にしようとしているのか、不安そうな顔で尋ねた。
「簡単なことだ。魔王国にはダークエルフの国民がおらず、ダークエルフの技術や知識も無い。魔王国を発展させるためにアンタたちには魔王国の民として生きてもらいたいんだ」
ゼブルの話を聞いたドアンたちは、一国を治める者としておかしくない考え方だと感じる。
「他にも、俺が統治する魔王国の領内にある大森林で暮らしているのだから、魔王国の民になってもらうという理由もあるな」
「つまり、魔王国の領内にいるのだから、自分の僕になれということか?」
黙って話を聞いていた防衛長が不満そうな顔をしながら尋ねてきた。
「僕、と言うのは少し違うな。さっきも言ったように魔王国の民として生きてもらう。時と場合によっては働いてもらうが、戦場で敵に特攻しろとか、倒れるまで働けと言った無慈悲な扱いはしない。それは保証する」
「……正直に言わせてもらうが、私は貴方の言うことが信用できない」
一国の王に取る態度ではない防衛長に、隣に座る環境長と魔術長は目を見開く。
仮にも魔王を名乗るゼブルの機嫌を損ねるようなことをすれば、国民になる前に敵対勢力と見られて排除される可能性だってある。
環境長と魔術長にとって防衛長の言動はあまりにも危険で愚かなものだった。
「我々ダークエルフは他の種族と関わりを持たないようにするため、この大森林に結界を張り、静かに暮らしてきたのだ。それなのに大森林を出て他種族と共に生きろと言うのか? 冗談にしては笑えないな」
「防衛長、言葉が過ぎるぞ」
これ以上無礼な発言を見過ごすことのできないドアンは防衛長を止める。
ゼブルはドアンに止められた防衛長を見ると、困ったように軽く溜め息をついた。
「勘違いしているようだが、俺はアンタたちを大森林から出すつもりは無い。魔王国の民になった後も今までどおりこの大森林で生活をしてくれて構わない」
他種族と共に生きることを強制せず、今までどおりポルザン大森林で暮らしてもよいという言葉に、ドアンたちは意外そうな反応を見せながらゼブルに注目する。
てっきり、魔王国の民となったからには大森林の外で暮らし、自分たちを軽んじてきた他種族と共生しろと言われると思っていたため、ドアンたちは内心驚いていた。
「私たちは、大森林から出る必要は無いのですか?」
「ああ、俺がアンタたちの力を必要としない限りはな。逆にダークエルフを必要とした際は、大森林を出て与えた仕事を熟してもらう」
国民が国や国王のために働くのは当然のことであるため、ダークエルフの力を求められたら、それに従わなくてはならない。
ドアンも、もしファブール魔王国の民になったら、ゼブルや魔王国のために大森林の外に出て働くことになるとだろうと理解しており、その時は大人しく従うしかないと考えていた。
「と言っても、それ以外で大森林の外に出させるつもりはなし、ダークエルフを必要とする状況になることも滅多にないだろう」
何度もポルザン大森林の外に出ることは無いと聞いたドアンは、生活環境は大きく変わらないと知って少し安心する。
「あと、ダークエルフの中に自分の意思で大森林の外に出て、生きていきたいと言う者がいるのなら、好きにさせるつもりだ」
「そのような者がいるはずがない。ダークエルフは皆、長年人間や他の種族たちから見下され、酷い扱いをされてきたのだ。自分から他種族と関わりを持とうと考えるはずがない」
ダークエルフと他種族の関係をよく理解している防衛長はゼブルの考えを真っ向から否定する。
再び失礼な発言をする防衛長を見て、ドアンやパイナたちは困った表情を浮かべた。
「そうとは限らないぞ? 長い年月が経ったことで、人間と関わりを持ってみようと考える好奇心の強いダークエルフも生まれたかもしれない」
「そんな馬鹿な……」
「止さないか、防衛長」
ドアンが再び止めに入ると、防衛長は腕を組みながら不満そうな顔で黙り込む。
防衛長が口を閉じると、ドアンは軽く咳ばらいをしてからゼブルに視線を向ける。
「ゼブル陛下、陛下はダークエルフを魔王国の民とし、我々ダークエルフが持つ技術や知識を手に入れたいと仰いました。我々が陛下の統治する国の民になるのだとしたら、それは当然のことです」
話を聞くゼブルはドアンを見つめながら「そのとおりだ」と言いたそうに小さく頷く。
「ただ、魔王国の民となる以上、国民も国から恩恵を受ける権利があります。……魔王国の民となった際、我々はどのような恩恵を受けられるのでしょうか?」
ドアンがファブール魔王国の国民になった際のことを話し始めると、パイナたちは一斉に反応する。このままゼブルに従い、魔王国の民になるつもりなのかと、全員が考えながらドアンを見つめた。
勿論、ドアン自身も今の段階では魔王国の民になることを受け入れるつもりはない。ただ、もう少しゼブルと話して、ダークエルフにとって良い状況や条件になった際は国民になることを受け入れようと思っている。
当然、一人で決断したりせず、パイナたち責任者と話し合ってから決めるつもりでいた。
ゼブルもダークエルフたちがファブール魔王国の民になった際に恩恵を受けるのは当然だと考えており、それを知る権利もあると思っていた。
ダークエルフたちが自分から魔王国の民になることを受け入れるためにも、魔王国民になった際の利益などは詳しくドアンたちに説明する必要がある。
「魔王国の民になった際に得られるものだが、まず全ての国民が平等に扱われる。魔王国は人間だけでなく、亜人や一部のモンスターも暮らすことできる国家だ。ダークエルフだからと言って差別されたり、奴隷のような非道な扱いをされることは無い」
全ての国民が平等だと聞いたドアンたちは、あまり関心の無さそうな反応を見せる。
ダークエルフは他種族から見下され、酷い扱いを受けることが多いが、平等に扱う国家は大陸に複数存在している。そのため、魔王国で差別されないと言われても驚いたりせず、興味をそそられることもなかった。
「他には、優秀な人材には高い地位を与え、魔王国の重役として働かせるつもりだ。……それと魔王国の民となり、この大森林で暮らし続ける際にはトリュポスから必要な物資をなどを集落に届けさせようとも思っている」
「物資?」
気になる話を聞いたパイナは顔を上げてゼブルの方を向く。
「ゼブル陛下、もし我々クノモダ族が魔王国の民になった際には、どのような物資が提供されるのでしょうか?」
「ぱ、パイナ教育長?」
興味のありそうな反応を見せるパイナを見て、隣に座る魔術長は目を丸くする。
ドアンは先程と態度が全く違う妻の姿を見ると「やれやれ」と困ったような表情を浮かべた。
ゼブルも突然態度が変わったパイナに少し驚いたような反応を見せるが、ファブール魔王国に興味を抱き、国民になることを受け入れる可能性が少しだけ上がったのではと感じる。
「主に集落では作れない物、この大森林では手に入らない物だな。日用雑貨に塩や砂糖、一部の食料などを揃えるつもりだ」
「まあ」
届けられる物を聞いたパイナは更に興味が湧いたのか、両手を口の前で合わせながら小さく笑う。
パイナの反応から、ゼブルが話した物資は集落やポルザン大森林では珍しい物ばかりのようだ。
「貴方、私は魔王国の国民となることを受け入れるべきだと思います」
「ぱ、パイナ。まさかとは思うが、物資に目がくらんで受け入れることを提案したわけではあるまいな?」
ドアンはパイナがよく考えずにファブール魔王国の民になることを決めたのではと予想し、複雑そうな表情を浮かべながら尋ねる。
他の責任者たちも状況からパイナが物資だけを見て決めたのではと感じ、無言でパイナを見つめていた。
部屋の隅で待機していたアセーラとレイシも母の発言と反応に呆れたような表情を浮かべている。
「勿論、物資だけでそんなことを決めたわけではありません。……私はダークエルフの今後の生活についても考えて提案しました」
先程まで笑っていたパイナは笑みを消し、真剣な表情を浮かべながら自分の意見を語り始める。
ドアンは様子が変わったパイナを見て、集落の責任者として真面目に考えて発言したのだと知り、とりあえず意見を聞いてみることにした。
「貴方もご存じだと思いますが、一年ほど前から大森林で採れる薬草、木の実などの食料の数が減少してきています。お互いに助け合い、自給自足をしながら今日まで生きてきましたが、今のような生活を続ければいつかは食糧難に陥ってしまいます」
「……確かに食料が減ってきているのは事実だ。集落内で育てている野菜なども時期や条件によっては必要数を採ることができない場合もある」
パイナの話を聞き、ドアンは僅かに表情を曇らせながら語る。他の責任者たちも深刻そうな顔をしながらパイナを見ていた。
会話を聞いていたゼブルは、内容からダークエルフたちは貧困とまでは言わなくとも、少々貧しい生活を送っているのだと悟る。
「このまま苦しい生活が続けば、いつかは食料を得ることもできなくなるでしょう。そうなれば食料などを手に入れるために大森林の外に出ることになります。他種族と関わりを持つことを避けて生きてきた私たちにとって、それは可能な限り避けなければならないことです」
「大森林から出ることなく、食糧難の問題を解決するためにも魔王国の民になるべきだということか?」
「ハイ。ゼブル陛下は魔王国の民となり、技術や知識を提供するのなら今までどおり、大森林で暮らしていても構わないと仰いました。……そうですね、ゼブル陛下?」
「そのとおりだ」
パイナの問いにゼブルは頷きながら答える。
「ゼブル陛下がダークエルフを必要する時以外は、これまでどおり大森林で暮らすことができ、こちらが必要とする物資を提供してくださる。でしたら、国民となることを受け入れるべきではないとか私は思っています」
現状では自分たちが損することは無いため、ゼブルの支配下に入るべきというパイナの提案にドアンは難しい顔をする。
確かに今の時点ではダークエルフが大損をする条件ではない。寧ろ集落の仲間たちを貧しい生活から救うことができるため、ファブール魔王国の民になった方がいいかもしれないとドアンは感じていた。
ドアンだけでなく、環境長と魔術長も今の時点でゼブルの申し出を断る理由が無いため、ファブール魔王国の民となることを受け入れた方がいいのかもと考えるようになっていた。
防衛長もまだゼブルのことを信用してはいないが、自分たちにとって都合のいい条件を出されたことで受け入れるのも悪くないかもしれないと感じ始めている。
「……話の最中に悪いんだが、実はアンタたちに言ってないことがある」
突然ゼブルから伝えていないことがあると言われ、考え込んでいたドアンは顔を上げてゼブルを見つめる。
パイナたちもどんな話なのか気にしながら一斉にゼブルに注目する。
「俺はダークエルフを魔王国の民にし、ダークエルフの技術と知識を欲していると言ったが、それ以外にも幾つか希望がある」
「希望、ですか?」
何を望んでいるのかドアンが疑問に思っていると、ゼブルは目を薄っすらと黄色く光らせた。
「アンタたちダークエルフが魔王国の民となった際は、この大森林を囲んでいる結界を解除してもらう」
「なっ!?」
ゼブルの希望にドアンは目を大きく見開く。
パイナや他の責任者たち、そして部屋の隅で会談を見守っていたアセーラたちも驚きの反応を見せた。
突然ですが、個人的な都合で投稿する日時を変更させていただきます。
今までは四日に一度投稿してきましたが、次回から五日に一度の投稿になります。
場合によっては時間も変更することになると思いますが、どうかよろしくお願いします。




