第72話 隠し合う本心
レイシたちは魔王を名乗るゼブルを見て固まる。彼らも魔王と言う存在がこの世界で恐れられていることを知っているため、ゼブルが魔王を名乗ったことで衝撃を受けたようだ。
「き、君が……魔王?」
「ああ、このファブール魔王国の統治者でこの世界を征服する存在だ」
ゼブルの言葉を聞いたレイシは僅かに目を細くし、無言でゼブルを見つめる。
昔この世界では、二百年前に現れた魔王ほどの力も持っていないのに、自身の力を過信して魔王を名乗る愚かな者が大勢いた。
そのことを知っているレイシや他のダークエルフたちはゼブルが魔王を名乗っても信じておらず、自身を強者だと思い込んでいるだけの存在だと考えていたのだ。
なぜ魔王を名乗っているのか、魔王を名乗るだけの力を持っているのか、色々気になることがあるが、まず一番疑問に思っていることを確認することにした。
「先程君は……いや、陛下はファブール魔王国の統治者と仰ったが、そのファブール魔王国とはどんな国なのです? そんな国は聞いたことありませんが……」
ファブール魔王国がどんな国か分からないが、相手が一国の王を名乗っているのなら同格と見て接するのは問題があると判断したレイシは敬語で語り掛ける。
ゼブルはレイシがファブール魔王国のことを何も知らないと知って一瞬意外そうな反応を見せる。だが、すぐに知らなくてもおかしくないと納得した。
ポルザン大森林で暮らすダークエルフたちは大森林を囲むように結界を張り、百年もの間外部との関わりを絶ってきた。関わりを絶っていれば、大森林の外の情報を何一つ得られないため、ゼブルの存在やファブール魔王国が建国されたことを知らないのは当然だ。
ゼブルはダークエルフを配下に置き、ポルザン大森林を自由にできる出来るようにするためにも、大森林の外のことを何も知らないダークエルフたちに自分や現状について詳しく説明する必要があると判断した。
「アンタたちが知らないのは当然だ。何しろ魔王国は建国されたばかりだからな。そして、このポルザン大森林は魔王国の領内にある」
「魔王国の領内? この大森林はセプティロン王国の領内にあったはずですが……」
「確かに以前はセプティロンの領内だった。だが数ヶ月前、俺はダーバイアと戦争中だったセプティロンに力を貸し、その見返りとして王国の南東部を手に入れた。そしてそこに魔王国を建国したんだ」
「ま、まさか王国と公国が戦争をしていたとは……」
「因みに建国後、セプティロンは俺の国の属国となった」
自分たちの知らないところでセプティロン王国とダーバイア公国が戦争をし、目の前にいるゼブルが王国に加勢して領土の一部を手に入れたこと。更に王国を属国にしたことを知ったレイシは信じられないような顔をする。
グアーバや他のダークエルフたちも話を聞いて同じように驚いたり、仲間とポルザン大森林の外について小声で会話をしたりしている。
(大森林の外がどうなっているのかも知らずに生活し、現状を聞かされてここまで驚くとは……まるで浦島太郎だな)
ゼブルはポルザン大森林の中だけで生活し、時代に取り残されたようなダークエルフたちを見ながら憐れみのようなものを感じていた。
「……それで、ファブール魔王国の統治者がこの大森林にどのような御用でいらっしゃったのですか? そもそもこの大森林は結界で守られており、外から入ることはできないはずです。どのようにして入られたのですか?」
「あの、実は僕もそのことが気になっていたんです」
気になっていた話題が出たことで黙っていたグアーバが会話に参加してきた。
ゼブルはグアーバの言葉を聞き、レイシたちが現れる直前にどのようにポルザン大森林の入ったか聞かれたのを思い出す。
レイシや他のダークエルフも気になっている様子なので、この機会に説明しておくことにした。
「結界なら破った。あれがあると大森林には入れないからな」
「や、破った!?」
とんでもない発言にレイシは驚愕する。百年の間、ポルザン大森林を囲むように張られていた結界を破ったなどと言われたのだから驚くのは当然だ。
グアーバたちもゼブルの言葉に驚きを隠せず、目を大きく見開いていた。
ゼブルは予想していたとおり驚きの反応を見せるレイシたちを無言で見つめている。
隣で待機していたティリアもダークエルフたちが驚く姿を見て小さく苦笑いを浮かべていた。
「結界を破った、と言うことは魔法やマジックアイテムなどで解除したのではなく、力づくで破壊したということですか?」
「ああ、普通にパンチを打ち込んでな」
再び信じられない言葉を口にするゼブルを見て、レイシは僅かに表情を歪ませる。
「そんな馬鹿な。この大森林に張られている結界は二百年前の魔王を倒した勇者と同等の力を持つ者でも破壊できないほど強力なものです。破るなど不可能です」
魔法やマジックアイテムも使わずに結界を突破するなどできないと確信しているレイシは、ゼブルの破ったという発言を否定した。
「んなこと言われてもなぁ。実際に俺たちはこうやって大森林に入ってるわけだし……」
自身の足元を指差しながら嘘はついていないとゼブルは説明する。
レイシはゼブルの態度や自分たちの目の前にいるという現状から、本当に結界を力づくで破ってポルザン大森林に入ったのかもしれないと感じ始めていた。
だが、それでも二百年前の勇者でも破ることができないと言われているほどの結界を破壊したというゼブルの言葉を信じることができなかった。
「あの、因みにこの大森林に張られている結界は魔法で張られたものなのですか? それともマジックアイテムで張ったものですか?」
結界がどんなものなのか気になるティリアは結界の種類についてレイシに尋ねる。
ゼブルが破壊した光景を見ていたため、上級魔法やそれと同等のマジックアイテムで張られたものではないことは知っているが、詳しい効力や強さは分かっていない。
ダークエルフの族長の息子であるレイシなら知ってるかもしれないとティリアは考え、情報を得るために聞いてみることにしたのだ。
結界のことを聞かれたレイシはすぐには答えず、軽く俯きながら話していいか考える。
自分たちが暮らす場所を守る結界の情報はある意味でとても重要なものであるため、外部の者においそれと話していいことではない。
しかし、ゼブルたちが侵入してしまった現状では、結界のことを隠しても意味ない。そう考えたレイシは話しても問題無い情報だけ教えることにした。
「……この森に張られていた結界は守護者の障壁という魔法で張られたものだ。さっきも話したように、二百年前の勇者と互角の力を持つ者でも破ることはできない強力な結界と言われている」
「守護者の障壁?」
魔法の名前を聞いたゼブルは聞き返す。その声にはレイシの言葉を疑っているような意思が感じられた。
「ゼブル様、守護者の障壁というのは?」
「中級一等魔法の一つだ。英雄級の実力者や中級モンスターの攻撃、侵入を防げるほどの結界を張ることができる。しかも破ったり、解除されない限り半永久に結界を張り続けることができる」
「成る程、それなら百年の間、外から大森林に侵入するのを阻止できますね」
魔法の効力を聞かされたティリアは長い間結界が消えることなく張られ続けていた理由、そしてゼブルが簡単に結界を破れた理由を知って納得する。
「……ただ、この魔法は効果範囲が狭く、民家一軒を囲めるくらいの大きさの結界しか張れない。これだけ広い大森林を囲めるほどデカい結界を張るのは不可能だ」
守護者の障壁ではポルザン大森林全てを囲むことはできないと聞かされたティリアは軽く目を見開く。
ゼブルが言うのだから魔法の効力が間違っているわけではないとティリアは確信している。となると、レイシが嘘をついているという可能性が出てくるが、彼の態度や発言、ゼブルが結界を破ったことを考えると、違う魔法が使われたというのは考え難い。
魔法の効力が正しく、違う魔法が使われている可能性が低いとなると、ダークエルフたちが何らかの方法でポルザン大森林全てを囲めるようにしたか、他に別の魔法を使っているという可能性が出てくる。だが、情報が無い今の時点では答えを出すことはできなかった。
「レイシ、あの結界が本当に守護者の障壁で張られた結界なら、どうやって大森林全体を囲んだんだ?」
「……なぜ、そのようなことを聞かれるのです?」
「守護者の障壁では大森林を囲めるほど大きな結界は張れない。状況から俺は守護者の障壁とは別の魔法かマジックアイテムを使って結界を広くしたと考えている。その方法がどんなものなのか少し興味があるんだ」
もしかすると自分の知らない魔法やマジックアイテムを使って魔法の効果範囲を広げているのかもしれないとゼブルは予想している。聞き出すことが可能であれば、今後の活動に役立てるためにも聞いておきたいと考えていた。
「……申し訳ありませんが、その質問にはお答えできません」
「ほぉ?」
レイシの返事を聞いたゼブルは右手の剣をを肩に掛ける。
素直に教えてくれるとは思っていなかったのか、ゼブルは驚いたり、不満そうな反応は見せなかった。
「仰るとおり、私たちは結界を広げ、広範囲に張ることができる術を持っています。ですが、それは我がトロカール族だけが知る秘伝の技術。外部に漏れることは避けたいのです」
ゼブル自身も自分や仲間たちだけが知る技術や知識を他人に教えたくないという考え方を持っている。そのため、レイシの考えを否定する気は無く、話を聞いて納得したような反応を見せた。
「弟の恩人に対して失礼なことであるのは承知しています。ですが、これだけはお教えすることはできないのです。……どうかご了承ください」
「別に構わない。答えたくないなら答えなくてもいい」
予想外の言葉を聞いてレイシは意外そうな表情を浮かべる。てっきりしつこく聞かれたり、嫌味などを言ったりしてくると思っていたため、ゼブルが不満を見せないことに少し驚いていた。
「さっきも言ったが、俺はアンタたちがどうやって結界を広く張ったか興味があるだけで、どうしても知りたいわけじゃない。アンタたちが教えたくないのなら、無理に聞き出す気は無い」
「そう、です……」
魔王らしくない発言と考え方をするゼブルをレイシは目を丸くしながら見つめた。
「えっと……で、では改めてお伺いいたしますが、どのような御用でこの大森林にいらっしゃったのでしょうか?」
気持ちを切り替えたレイシはゼブルにポルザン大森林に来た理由を尋ねる。
グアーバたちもゼブルが何の目的で大森林にやって来たのか気になり、全員がゼブルに注目した。
「アンタたちダークエルフに会うために来たんだ」
「私たちに?」
目的が自分たちだと聞かされたレイシは不思議そうに聞き返す。
「そうだ。魔王国とダークエルフの今後について話し合うために来た。……アンタとグアーバはダークエルフの族長、つまりダークエルフたちのリーダーの息子なんだろう?」
「え、ええ……」
「なら、族長の所へ案内してくれ。息子であるアンタなら何処にいるか知ってるはずだ」
族長に会いたがっていることを知ったレイシは無言でゼブルを見つめる。この時のレイシは魔王を名乗るゼブルを族長や仲間の下へ連れていくべきか悩んでいた。
グアーバは、ゼブルには自分たちを傷つける意思は無いと言っていたため、レイシもそれを信じることにした。
だがそれ以外のことは完全に信じておらず、ゼブルが何を目的とし、族長と何を話すのかも分からないので不安になっている。
「……因みに陛下は族長と、父とどのようなことをお話になられるのですか?」
「今此処で話すつもりは無い。詳しくは族長であるアンタの親父さんに会ってから話す」
質問に答えないゼブルを見てレイシの難しい顔をする。
普通なら、目的の分からない者をいきなり自分たちのリーダーに会わせたりせず、その場で目的を聞き出し、危険が無いと判断してから連れていくべきだろう。しかし今回は少し事情が違った。
グアーバの恩人であるゼブルが結界のことを聞いてきた時に答えるのを拒んでいる。その後に族長の所へ案内してほしいと言われて、再び頼みを断るような行動を取るのは流石に失礼すぎると言えるだろう。
しかも今回は結界の件と違って興味本位ではなく、話し合いをするという明確な理由がある。もし再びゼブルの希望を叶えないような行動を取ったら、ゼブルが機嫌を損ねるかもしれない。
まだ詳しくは理解していないが、ファブール魔王国の王、そして結界を突破してポルザン大森林に入った存在を怒らせたら後々面倒なことになる可能性がある。
何よりも大切な弟を救ってもらっておいて、これ以上恩を仇で返すような行動を取るのはレイシのプライドが許さなかった。
「……分かりました」
レイシの言葉に部下であるダークエルフたちは一斉にレイシに視線を向ける。
「これから我々トロカール族の集落へご案内いたします。族長もそこにいるはずですから」
「お、お待ちください、レイシ様! よそ者を集落へ連れて行くなんて……」
ダークエルフの一人が驚きの表情を浮かべながらレイシを止める。
他種族との関わりを絶つために結界を張ってポルザン大森林で暮らしていたのに、その他種族を自分たちの集落に連れて行くというのだから驚くのは当然だ。
ましてや相手は魔王を自称する存在、集落に連れて行くのは危険だとダークエルフたちは考えていた。
「ゼブル陛下はグアーバの恩人だ。その恩人にただ感謝の言葉を伝えて終わらせるのは失礼だろう。場所を変え、改めて今回の件のお礼を言うべきだ」
仲間を助けてもらったのだから、他種族が相手でも正式に感謝の意を示すべきだというレイシの言葉に止めに入ったダークエルフは複雑そうな表情を浮かべる。彼もレイシの言っていることには一理あると感じているようだ。
「それに陛下は魔王国とダークエルフの今後のことを話すために族長である父に会いに来たと仰られた。グアーバを助けてくださったお礼も兼ねて陛下を集落へご案内し、話し合いの場を作るべきだ」
「ですが、大森林に張られた結界を突破する力を持った存在ですよ? そんな輩を仲間たちが集まる場所で連れて行くのは危険です」
「よせ、ご本人の前で失礼すぎるだろう」
レイシの言葉で状況を思い出したダークエルフはハッとしてからゼブルの方を向く。
視線の先にはゼブルが無言でダークエルフを見つめている姿があり、目が合ったダークエルフは「しまった」と言いたそうな表情を浮かべ、慌てて姿勢を正し頭を下げた。
「し、失礼しました……」
「陛下、部下が無礼な発言をし、大変申し訳ありません。私からも謝罪します」
部下の責任は自分の責任だと考えるレイシは、ダークエルフに続いて頭を下げる。
「別に気にしちゃいない。突然大森林にやって来て、族長の下へ案内しろと言われれば警戒するのは当然だからな。……ただ、グアーバが言ったとおり俺はアンタたちダークエルフに危害を加えたり、捕まえて奴隷にしたりするつもりは無い。それだけは忘れないでほしい」
顔を上げたレイシは、悪く言われたのに不機嫌になったりせず、ダークエルフの考えはおかしくないと語るゼブルを見て再びまばたきをする。
自分のことを魔王と名乗っているのに、魔王とは思えないほど冷静で気の長いゼブルにレイシや周りのダークエルフは、なぜ魔王を名乗っているのだろうと疑問に思うのだった。
「と、とにかく、私はグアーバを救ってくださったお礼をするため、そして族長と話し合う場を作るために陛下を集落へお連れする。もしここで陛下をお連れしなかったら、ダークエルフは恩人に感謝することもできない種族だと認めたことになるからな」
レイシが改めてゼブルを集落へ連れて行くことを周りのダークエルフたちに話す。
グアーバはレイシの言葉を聞くと嬉しそうに小さく笑う。自分を救ってくれたゼブルに恩返しをするため、集落へ連れて行くことを決めたレイシにグアーバは心の中で感謝していた。
一方、ダークエルフたちも状況と自分たちの立場から、ゼブルを集落へ連れていくしかないと感じ、それ以上何も言わなかった。
ただ、まだ完全に納得できていないのか、ダークエルフの殆どが不満そうな顔をしていた。
ダークエルフたちが暗い表情を浮かべていると、レイシが三人のダークエルフを見て自分の下へ来るよう手招きをする。
レイシに気付いた三人のダークエルフは不思議そうにしながらレイシの方へ歩いて行く。
「すまないが、先に集落へ戻ってこのことを父上たちに伝えて来てくれ。いきなり異形の姿をする陛下を連れて行ったら、集落のいる者たちが混乱するだろうからな」
「あ、ハイ。分かりました」
返事をしたダークエルフは集落がある方角に向かって走り出す。ゼブルたちが集落に着く前に仲間たちに伝えようと全速力で走って行った。
ダークエルフが見えなくなると、レイシは残っているダークエルフと女ダークエルフの方を向くと顔を近づけて小声で語り掛ける。
「お前たちは念のため、一番近くにある“柱”を見てきてくれ。陛下が言ったとおりなら柱の魔力に影響が出ているはずだからな」
「……分かりました」
指示を受けた女ダークエルフは同じように小声で返事をする。
「もし柱の魔力が切れたり、乱れたりしていたら急いで集落に戻り、魔導士たちに柱を直すよう伝えてくれ。今は“奴ら”の件で人手が不足しているが、柱を直すと言えばそっちを優先してくれるはずだ」
レイシの話を聞いて、ダークエルフと女ダークエルフは真剣な表情を浮かべながら頷く。ダークエルフたちの様子から、トロカール族は何か大きな問題を抱えているようだ。
話が終わると、ダークエルフと女ダークエルフは集落へ向かったダークエルフとは正反対の方角に向かって走り出す。
レイシはダークエルフたちの後ろ姿を僅かに目を細くしながら見つめる。
「……」
走り去っていくダークエルフたちをゼブルは無言で見つめる。
最初のダークエルフは集落に自分たちのことを知らせに向かったことは知っているが、あとの二人は何のために別行動を取ったのか分からなかった。
「では、早速集落までご案内いたします」
レイシに声を掛けられたゼブルはゆっくりレイシの方を向いた。
「……ああ、頼む」
ゼブルが返事をするとレイシは無言で頷き、集落がある方角へ歩き始める。
レイシの後ろをグアーバがついて行き、ゼブルとティリアがその後に続いた。
残っている三人のダークエルフたちはゼブルとティリアの後ろに付き、一定の距離を保ったままついて行く。
ダークエルフたちは僅かに目を鋭くしており、ゼブルとティリアの後ろ姿を見ている。レイシやグアーバと違ってゼブルとティリアのことを信用していない彼らは、二人が妙な行動を取ったらすぐに対処できるよう後ろで見張っているのだ。
ゼブルとティリアは後ろにいるダークエルフたちの様子から、自分たちを警戒していると既に気付いている。
現状から自分たちが完全に信用されていないことを理解している二人はダークエルフたちの行動を不快に思わず、仕方の無いことだと受け入れていた。
「アンタたちの集落まではどのくらい掛かるんだ?」
「そうですね……此処からですと二十分ほどで集落に到着します。ただ、それはモンスターなどに遭遇して時間を浪費してしまった場合の時間ですので、何も起こらなければ十五分前後で到着するはずです」
「十五分前後か……」
レイシから時間を聞いたゼブルは頭の中で計算し、ダークエルフの集落がポルザン大森林の中央にあるのではと予想する。ただ、まだ情報が少ないため、もう少し情報を集めたり、移動してから改めて場所を割り出すことにした。
ゼブルが周囲を見回しながら歩いていると、少し前をグアーバが歩いているのが目に入る。
グアーバを見たゼブルはレイシや後ろにいるダークエルフたちに気付かれないようゆっくりと近づき、グアーバの左隣に移動した。
「グアーバ、少し聞きたいことがある」
上半身を僅かに横に傾け、顔をグアーバに近づけたゼブルは声をかける。
ダークエルフや集落に関する情報が少ないため、ゼブルはレイシたちから色々と聞こうと思っていた。しかし、ゼブルのことを警戒しているレイシたちが素直に情報を話す可能性は低い。
そこでゼブルはレイシたちと比べて自分に心を開いているグアーバなら、情報を話してくれると予想して尋ねることにした。
「あ、ハイ。何でしょう?」
「お前たちの集落にはどれくらいのダークエルフがいるんだ?」
「ダークエルフの数ですか? ……正確には分かりませんが、二百人ぐらいだと思います」
「二百……思っていたよりも少ないな」
もっと大勢いると予想していたため、グアーバから人口数を聞かされたゼブルは意外に感じていた。
「百年前にこの大森林にやって来た時は百人以下だったと族長の父様から聞きました。エルフは人間や他の亜人と比べると子供が出来にくいから、百年経っても二百人ぐらいにしか増えなかったんだと思います」
グアーバの説明を聞いたゼブルは納得の反応を見せる。
EKTの世界でもNPCのエルフは繁殖力が低いという設定になっているため、ゼブルはEKTの平行世界である異世界のエルフと同じでもおかしくないと考えていた。
「もう一つ聞いてもいいか?」
集落の人口数を聞いたゼブルは次の質問をしようとする。
「何ですか?」
「さっき俺たちと別行動を取ったダークエルフたちが柱がどうこう話してたんだが、何のことだ?」
「……!」
ゼブルの口から柱と言う言葉が出たのを聞いてグアーバは驚きの反応を見せる。
高レベルのゼブルは常人と比べて聴覚が鋭くなっている。だからレイシとダークエルフたちの小声の会話を聞き取ることができ、柱という重要な何かについて話していたのを知ることができた。
柱について聞かれたグアーバは歩きながら俯く。
ゼブルはグアーバがすぐに答えず、黙り込んだのを見てその“柱”という物がダークエルフたちにとって重要な物だと確信する。
俯いていたグアーバはしばらくして顔を上げ、前を歩くレイシを見て、ゼブルと話していることに気付いていないと確認するとゼブルに視線を向けて小さな声を出す。
「……柱と言うのは“結界柱”と呼ばれている、この大森林を囲む結界を張るための物です」
「結界?」
ゼブルはグアーバの口から出た言葉に反応して聞き返す。
近くで話を聞いていたティリアも結界に関する情報を話したことに少し驚いていた。
ポルザン大森林全体にどのように結界を張るのかはダークエルフにとって他種族に知られたくない秘密のはず。それなのにグアーバはその重要な情報を話したため、ゼブルとティリアは情報を教えたグアーバに少し驚いていた。
「結界柱は結界系の魔法を付与することができる柱で、魔法を付与することでその柱を中心に結界を張ることができます。他にも結界を張りたい場所を囲むように同じ魔法を付与した柱を幾つも置けばで、囲んだ場所にその魔法の結界を張ることができるんです」
「つまり、大森林全体を囲むように守護者の障壁を付与した結界柱を設置すれば、効果範囲の狭い魔法でも広い大森林を囲めるほど大きな結界を張れるということか?」
「ハイ」
グアーバが頷くと、ゼブルは効果範囲の狭い守護者の障壁の結界がポルザン大森林全体に張られていたことに納得する。
広大なポルザン大森林に中級魔法の結界を張れる方法があることを知ってゼブルは興味を抱いていたが、それ以上に結界柱のことが気になっていた。
なぜならEKTの世界には結界柱と言うマジックアイテムは存在しない、つまりゼブルが以前いた世界には無かった物だからだ。
ただ、平行世界であればEKTの世界に存在しないマジックアイテムなどがあっても不思議ではないため、ゼブルは結界柱のことを聞かされても驚くことは無かった。
寧ろ結界柱の存在を知ったことで今後の活動に役に立つと感じ、手に入れてやろうという意思を強く持つようになった。
「……どうして結界柱のことを俺に教えたんだ?」
ゼブルはレイシたちが話していた柱がどんな物か気になっただけど、どんな能力なのかは聞いていない。にもかかわらず、グアーバが自分から詳しく説明したため、ゼブルはどうして話したのか小声で尋ねる。
「今の話の内容から、レイシが言っていた他種族の教えられない結界の秘密と言うのはその結界柱のことだろう。お前もそれは分かっているはずなのに、なぜ大森林の外から来た俺に教えたんだ? レイシや他のダークエルフに知られたら大目玉を喰らうぞ」
グアーバはゼブルの問いかけにすぐには答えず、しばらく黙り込んでから静かに口を開く。
「……兄様や他の皆は魔王様のことを危険で何を考えているか分からないと思っています。自分たちにとって危険な存在になる可能性があるから、自分たちを守る結界の秘密を話さなかったんだと僕は思ってるんです」
真剣な表情を浮かべながら小声で話すグアーバをゼブルは無言で見つめる。
この時のゼブルはグアーバが何かを決意、そして覚悟して結界の情報を話したのではないかと予想していた。
「僕は、魔王様が僕たちダークエルフにとって危険な方になるとは思っていません。……よく分からないけど、僕たちに導いて、新しい何かを与えてくれる優しい方、そう思ったんです。だから、結界のことを教えても大丈夫だと思って……話しました」
グアーバは自慢に関することをゼブルに教えられた時から、彼が二百年前にこの世界に現れた魔王と違い、他人の気持ちや意思を理解しようとする気持ちがあると感じていた。
ゼブルなら自分や他のダークエルフが立ち止まったり、窮地に立たされた時に手を差し伸べてくれる。そう考えるグアーバはゼブルに結界の情報を話しても、ダークエルフの立場が危うくなることは無いと考え、兄のレイシが教えなかったことをゼブルに伝えたのだ。
自分の立場が危うくなるかもしれないのに、結界の情報や信用していることを話すグアーバを見て、ゼブルは見た目と違ってグアーバが強い意志を持っていると知る。同時に他のダークエルフとは何か違うものを持っていると直感した。
「……グアーバ、お前は面白い奴だな」
「え? えっと……あ、ありがとうございます」
ゼブルが何を言っているのか理解できないグアーバだったが、口調からゼブルが気分を良くし、自分に興味を持ってくれたのでは感じたため、とりあえず礼を言った。
他にグアーバに聞きたいことは無いのか、ゼブルは前を向いて歩き続ける。
隣を歩くティリアは気分を良くしたようなゼブルを見て小さく笑っていた。
それからしばらく移動したゼブルたちは周囲とは少し雰囲気の違う場所に辿り着いた。
周りと違って木は若干少なく、幹の太い大きな木が何本も生え、その枝には木製の家が幾つも作られている。木の根本にも小屋などが幾つも建てられており、どう見ても自然にできた場所ではなかった。
「着きました。此処が我らクノモダ族の集落です」
先頭を歩いていたレイシがゼブルの方を向き、目的地に到着したことを伝えた。




