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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第4章  魔王国の統治者
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第71話  ダークエルフ


 ゼブルは剣を肩に掛けながら周囲を見回し、他のモンスターが近くにいないかを確かめる。

 危険が無いと判断したゼブルは座り込んでいるダークエルフの少年の方を向いた。


「大丈夫か、坊主?」

「ひっ!?」


 小さく震えるダークエルフの少年を見て、ゼブルはすぐに自分を恐れ、警戒していると直感する。

 数分前までハードエイプに襲われて怖い思いをしていたところに、突然正体不明の甲虫の異形が現れたのだから警戒するのは当然のことだ。

 ゼブルも状況と自分の姿からダークエルフの少年が怯えてもおかしくないと理解しているため、ダークエルフの少年の反応を見ても気分を悪くしたりはしなかった。


「安心しろ、俺は敵じゃない」


 折角遭遇したダークエルフとの関係を悪くしないため、そして他のダークエルフの情報を得るためにもまずは自分が危険でないことを分からせるなくてはならない。

 ゼブルは自分が無害であることを証明しようと、声を掛けながらゆっくりとダークエルフの少年に近づく。


「う、うあああぁっ!」


 ダークエルフの少年はゼブルが近づくと声を上げ、座り込んだまま後ろに下がった。

 反応を見たゼブルは恐怖と不安から未だに落ち着きを取り戻せていないと知ると、立ち止まってダークエルフの少年を見つめる。

 どうすれば警戒を解いてくれるのか、ゼブルはダークエルフの少年を見つめながら考える。するとそこへ、後方で待機していたティリアがゼブルの隣にやって来た。


「ゼブル様、ここは私に任せていただけませんか? 人間の姿をしている私なら話を聞いてくれるかもしれませんから」


 ティリアの提案を聞いたゼブルはチラッとダークエルフの少年に視線を向ける。確かに人型の甲虫をしている自分ではなく、ティリアが相手なら少しは安心して話を聞いてくれるかもしれない。

 ゼブルとしては自分で危険が無いことを証明したかったのだが、今の状況では危険じゃないと理解してもらうのは難しく、今のままでは何時まで経っても話が進まないと薄々感じ取っていた。


「分かった、お前に任せる」

「ありがとうございます」


 小さく笑いながら礼を言ったティリアはダークエルフの少年の方へゆっくりと歩いて行く。

 ただ、いくらゼブルより怖がられる可能性が低いとはいえ、自分もポルザン大森林の外から来た部外者。ダークエルフにとっては警戒されるべき存在であるため、できるだけ怖がらせにように接する必要があった。

 ダークエルフの少年はゼブルを見ていた時のように小さく震えながらティリアを見ている。

 だがティリアの予想どおり、人間の姿をしている彼女に対してはゼブルほど不安や恐怖は感じていないのか、少しだけ落ち着いた様子を見せていた。

 ティリアはダークエルフの少年の前まで来るとその場に座り込んでダークエルフの少年と目線を合わせる。


「大丈夫ですよ。ゼブル様が仰ったとおり、私たちは貴方の敵ではありません。安心してください」

「あ、あの……えっと……あ、ありがとう……」


 まだ少し警戒しながらも感謝の言葉を口にするダークエルフの少年を見てティリアは微笑む。

 何とか会話ができる状態になったため、これでダークエルフやポルザン大森林のことを色々聞けるかもしれないとティリアは感じながら立ち上がる。

 ティリアが立つと、座り込んでいたダークエルフの少年もゆっくりと立ち上がる。

 警戒心は少し薄れたが、まだ完全に信用していないのか、不安そうな顔でゼブルとティリアを見ていた。


「えっと……た、助けてくれて、ありがとうございます」


 相手が何者であれ、助けられたのは事実なのだから、礼を言わなくてはいけないと感じたのか、ダークエルフの少年は深く頭を下げる。


「私は何もしていません。お礼ならゼブル様に言ってください」


 ティリアがゼブルの方を見ながら言うと、ダークエルフの少年は緊張したような顔をしながらゼブルの方を向く。


「あ、ありがとうございます。……あと、怖がったりして、ごめんなさい」

「別に構わないさ。状況から考えて仕方が無いことだからな」


 失礼な態度を取ったことを責めることなく、気にしないよう語るゼブルを見たダークエルフの少年は見た目と違って理性的だと感じる。しかし、すぐにどうして自分を助けたのか、ポルザン大森林で何をしているのかと疑問が生まれる。

 そもそも、ゼブルと言う甲虫のモンスターや一緒にいる人間の少女は今日まで一度も見たことが無い。初めて見たことから、ダークエルフの少年は目の前の二人はポルザン大森林の外からやって来たのだと気付く。

 だが、ポルザン大森林は結界で囲まれているため、外から侵入することはできない。

 どのようにしてモンスターと人間が大森林に入ったのか、ダークエルフの少年は不安と分からないことが多すぎる現状に混乱しかかっていた。


「あ、あの……貴方たちはどうして此処に……」


 ダークエルフの少年が問いかけようとすると、ゼブルは左手を前に出して喋るの止めた。


「聞きたいことがあるかもしれないが、まずは名前を押してくれないか? 名前を知らないと色々と面倒なことがあるからな」

「ご、ごめんなさい。……僕はグアーバって言います」

「グアーバか。……俺はゼブル・ファブール。ファブール魔王国を統治する魔王だ」

「えっ? ま、魔王?」


 ゼブルの正体を知ったグアーバと名乗るダークエルフの少年は目を見開く。反応からして彼も魔王がどのような存在なのか理解しているようだ。


「そして、こっちがティリア・モル・フォリナス。魔王である俺を補佐官だ」

「よろしくお願いします」


 挨拶をするティリアを見ながらグアーバは無言で頭を軽く下げて挨拶を返す。

 ゼブルの正体が魔王、ティリアがその補佐をする存在だと知ったことでグアーバは再び二人に対する警戒心と不安を強くするのだった。


「あ、あの……魔王、様はどうしてこの森林にいるんですか?」


 グアーバは恐る恐るポルザン大森林に来た理由を尋ねる。

 本当は魔王を名乗るモンスターとこれ以上一緒にいたくなく、一目散に逃げだしたいと思っているが、いくら魔王を名乗るからと言って命を救ってくれた者から逃げるのには抵抗があった。

 それ以外にも魔王を名乗る者の機嫌を損ねるようなことをすれば、今度こそ命を落とすかもしれないという恐怖もあったため、グアーバは逃げ出さず、恐怖に耐えながら話をすることのしたのだ。

 ゼブルは魔王を名乗ったことでグアーバが再び自分を警戒していると悟る。念のためにもう一度敵意が無いことを伝えるか悩んだが、言っても信じてもらえる可能性は低いため、言わずに話を進めることにした。


「このポルザン大森林にダークエルフが暮らしているという噂を聞いてな。本当にダークエルフがいるのか確かめるために来たんだ」


 ダークエルフが目的だと知ったグアーバは反応し、嫌な予感がするのか微量の汗を流す。


「この大森林にお前以外のダークエルフはいるのか?」

「え? えっと……」


 ゼブルの問いかけにどう答えるべきか、グアーバが不安そうな表情を浮かべて考える。

 相手の目的が分からない以上、簡単に情報を話すべきではないと普通は考えるだろう。しかも情報を求めている相手が魔王と言う恐ろしい存在なら尚更だ。

 ただ、魔王を名乗っているとはいえ、ゼブルは自分の命の恩人だ。グアーバはゼブルに嘘をついたり、質問に答えないことに抵抗を感じていた。


「い、います……」


 恩を仇で返すようなことはできないと考えるグアーバは仲間がいることを正直に話した。


「そうか。なら、その仲間の下へ案内してくれ」

「えっ!?」


 ゼブルの言葉にグアーバは思わず驚きの声を漏らす。


「み、皆の所へ、ですか?」

「俺は自分の国とダークエルフの今後のことを話し合うために此処に来た。だからお前の仲間に会う必要があるんだ」


 何と答えればよいか分からず、グアーバは困惑の表情を浮かべる。

 ダークエルフは他種族から見下され、酷い扱いをされていることをグアーバは仲間たちから教えられていた。もし仲間の下へ連れて行けば、ゼブルは自分たちを捕らえて奴隷にするかもしれないと不安になっていたのだ。


「も、もしかして……皆を捕まえて、その……酷いことをするんですか?」

「酷いこと? ……ああぁ、成る程な」


 グアーバの言葉を聞いて、ゼブルは何かを察したような反応を見せる。


「安心しろ、お前たちを奴隷にしたり、傷つけたりつもりも無い。さっきも言っただろう? 俺はお前たちの敵じゃないと」

「じゃ、じゃあ……皆に酷いことは、しないんですね?」

「ああ。……もっとも、お前の仲間たちが襲ってきた場合は反撃させてもらうがな」


 ダークエルフが何もしなければ、自分たちも何もしないと語るゼブルを見て、グアーバは仲間たちの下へ案内するべきか俯きながら考え込む。

 命の恩人で危害を加えるつもりはないと言っているのだから、普通は迷わずに案内するべきだろう。だがゼブルが魔王を名乗り、何の話をするのか分からないため、素直に連れて行っていいのか悩んでいた。

 ゼブルとティリアは黙って考え込むグアーバを見つめて返事を待つ。やがてグアーバは顔を上げてゼブルを見つめる。


「……分かりました。つ、ついて来てください」


 グアーバは悩んだ末、ゼブルとティリアを仲間の下へ案内することを決めた。

 逃げ出したり、仲間の下ではなく、全く違う場所へ案内するという方法もあったが、やはり恩を仇で返すような選択はグアーバにはできなかった。

 何よりも逃げたり、嘘をついたりすれば殺されるかもと言う不安が大きかったため、グアーバは自身を守るためにも素直に案内することにしたのだ。


「なら、早速案内してくれ」

「は、ハイ……」


 返事をしたグアーバは緊張した様子で歩き出す。

 ゼブルとティリアはグアーバの後ろ姿を見つめながら静かに後をついて行った。

 ポルザン大森林に入って早くもダークエルフと接触し、他のダークエルフの下へ行くことができる状況となったことでゼブルは少し気分を良くしていた。

 ただ、まだ幼いグアーバにしか会っておらず、他のダークエルフたちがどんな性格で自分たちをどのように受け入れるのかは分からない。

 長い歴史からこちらを警戒し、敵意を向ける可能性は高いが、ゼブルはそんなダークエルフを何としても支配下に置き、ファブール魔王国を発展させるための力にしたいと考えている。

 他にも、いったいどのくらいの人数がポルザン大森林で暮らしているのか、ダークエルフの中に強者はいるのかなど、色んなことを考えながらグアーバの後をついて行くのだった。


――――――


 グアーバに案内され、ゼブルとティリアはポルザン大森林の更に奥へと移動する。移動し始めてからまだ数分しか経過していないが、既に何種類か見たことの無い木の実や薬草を発見している。

 ポルザン大森林を自由に出入りできるようになれば、冒険者の問題解決だけでなく、大森林で得られる薬草を使って様々なポーションを開発できるようになり、他国との貿易にも役立つだろうとゼブルは考えていた。


「グアーバ君、あとどのくらいで到着するのでしょうか?」


 ティリアが前を歩くグアーバに尋ねるとグアーバはピクッと反応し、歩きながら後ろを向く。


「え、えっと……あ、あと少しです」


 緊張した様子で答えるグアーバを見て、ティリアは小さく笑みを浮かべた。


「そんなに緊張しなくていいでよ? 何もしませんから、貴方は安心して案内してください」

「は、ハイ……」


 魔王とその補佐を務める者が後ろからついて来ているのに、緊張せずに案内するなんて無理だ。前を向き直したグアーバは心の中でそう呟く。

 口では危害を加えないと言っていたが、グアーバはゼブルとティリアは安全だと確信が持てていないため、何かされるのではと不安で仕方がなかった。


「……グアーバ、お前今年で何歳いくつになる?」


 ゼブルに声を掛けられたグアーバは驚きの表情を浮かべ、歩きながらゼブルの方を向く。


「と、歳ですか? えっと……今年で百八歳になります」


 突然年齢のことを聞かれて驚いたが、別に年齢を教えるくらいなら大丈夫だと思ったのかグアーバは素直に答える。

 教えても問題無いという理由もあったが、質問に答えないでゼブルが機嫌を損ねたら自身の身が危うくなるかもしれないという考えもあったため、グアーバは正直に年齢を教えたのだ。


「百八か。予想はしてたが、俺やティリアよりも年上だったんだな」


 人間よりも寿命の長い亜人が外見以上の年齢であることは珍しくないため、ゼブルはグアーバの年齢を聞いても驚いたりしなかった。

 勿論、ティリアも驚いておらず、興味のありそうな顔でグアーバの話を聞いている。


「百八ということは、人間でいえば十歳か十一歳くらいか?」

「は、ハイ。でも、百年以上生きていますから、人間の十歳や十一歳と比べると精神は成長しています」

「お前、今さり気なく自分は大人だって自慢しただろう?」

「えっ? えっと……ご、ごめんなさい」


 気に障った発言をしてしまったのかと感じたグアーバは謝罪する。魔王を名乗る者を怒らせれば何をされるか分からないため、とにかく謝るしかないと判断した。

 慌てて謝罪するグアーバをゼブルは不思議そうに見ている。


「何で謝るんだ? お前は別に俺を怒らせるようなことは言ってないだろう」

「で、でも、自分は人間の子供よりも成長してるって自慢するようなことを……」

「それが悪いことか?」


 ゼブルは問いかけながらゆっくりと立ち止まり、それにつられてティリアとグアーバも足を止める。

 グアーバはゼブルが予想とは違う反応を見せたこと、自分の発言を叱責したりしないことを意外に思いながらゼブルを見ていた。


「お前は勘違いをしているようだが、自慢で相手が不快になるのは相手への配慮が欠けているようなことを言うからだ。自分を誇らしく見せるようとすることで“相手を下に置こうとする意思”があると相手に感じさせれば機嫌を悪くしたり、敵意を抱くようになる」


 まるで親が子供に言い聞かせるかのように語るゼブルをグアーバは無言で見つめながら話を聞く。

 先程まで魔王を名乗るゼブルを警戒していたが、不思議なことに今はゼブルのことを危険な存在だとは感じなくなっていた。


「逆に適切に行うと、自分や周囲にも良い働きになる。だから自慢の全てが悪いことではない。……お前はさっき自慢した時、俺を下に見たり、自分は他の奴より優れているという意思があったか?」

「い、いいえ、そんなことは……」

「なら問題無いだろう。そもそもさっきの自慢は俺には何の関係も無いものだからな」

「そう、なんですか……」


 ゼブルの言葉にグアーバは不思議な気分になる。魔王と言う人々から恐れられる存在から、為になる知識を得たことでグアーバの魔王に対する印象が少しずつ変わっていった。


「ただ、相手を不快にさせる意思が無かったとしても、言葉次第で相手が勘違いし、不快な気分になることもある。それを頭に入れておけ」

「は、ハイ」


 目の前にいる魔王は本当に自分たちを奴隷にしたりする気は無いのかもしれない。グアーバはそう感じながら返事をする。


「あの、聞きたいことがあるんですが、魔王様はどうして僕が何歳いくつか聞いたんですか?」

「別に深い意味はない。俺はお前のことを何も知らないから、とりあえず歳を聞いてみようと思っただけだ」

「そ、そうなんですか……」


 質問に重要な理由はないことを知り、グアーバはまばたきをしながら納得する。


「魔王様、もう一つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

「何だ?」

「魔王様とティリアさんは、大森林の外から来たんですよね? どうやって大森林に入ったんですか?」


 グアーバはゼブルと会った時から疑問に思っていることを尋ねる。

 結界によって外部からは絶対に侵入できないはずなのに、ゼブルとティリアが大森林の中にいるため、どうなっているのかずっと分からずにいた。

 先程の会話で少しだけゼブルのことを理解したグアーバは勇気を出し、大森林に入った方法を聞いてみることにした。


「どうやって大森林に入ったかって? 別に難しいことはしてねぇよ。ただ……」


 説明しようとした瞬間、何かに気付いたゼブルは視線を動かして周囲を見回す。

 隣に立っているティリアも同じように何かに気付き、目を軽く見開いている。


「ゼブル様……」

「ああ……七人だな」


 低い声で呟くゼブルは右手首を軽く捻って剣を振りやすいようにする。この時のゼブルは自分たちが何者かに見られていることを気付いていた。

 ティリアも気配を感じ取っており、自分たちを見ている者が近くにいないか確かめる。

 グアーバはゼブルとティリアの様子が変なことに気付くと、不思議そうな顔で小首を傾げた。


「あ、あの……」

「グアーバ、質問の続きは後にしろ。お客が来た」


 ゼブルの言葉の意味が分からず、グアーバは小首を傾げる。その直後、ゼブルの左側から一本の矢が勢いよく飛んできてゼブルの足元に刺さる。

 突然矢が飛んできたことにグアーバは驚愕する。そしてすぐに誰かがゼブルを狙って矢を放ったのだと気付く。

 ティリアは気配を感じ取った時から戦いになることを予想していたらしく、矢を見ても目を軽く見開くだけで取り乱したりはしなかった。

 ゼブルが足下の矢を見ていると、グアーバの4mほど後ろにある茂みの中から何かが勢いよく飛び出した。

 現れたのは身長170cmほどで濃い黄色の目、銀色の短髪をした十代後半ぐらいの外見のダークエルフで、濃い灰色の長袖、茶色の長ズボン姿に濃い茶色のレザーアーマーと短剣を二本装備している。


「グアーバ!」

「兄様!」


 現れたダークエルフがグアーバの兄だと知ったゼブルは「ほぉ」と興味のありそうな反応を見せてながらダークエルフを見つめる。

 グアーバの兄はゼブルの方を見ながら目を鋭くしており、明らかな敵意が感じられた。

 ゼブルは現状から自分たちがグアーバに危害を加えようとしていると思い込んでいると悟る。


「そこのモンスターと人間! 今すぐ弟から離れるんだ!」


 両手に持っている短剣を構えながらグアーバの兄はゼブルとティリアに警告する。

 グアーバは兄が勘違いしていると気付くと、目を見開きながらゼブルの方を向いた。

 ゼブルがグアーバの兄を見ていると、グアーバの兄が飛び出してきた茂みの左右にある別の茂みから再び何かが飛び出す。

 現れたのはグアーバの兄と同じように濃い灰色の長袖を着て、茶色の長ズボンを穿いた二人の若いダークエルフだった。彼らはグアーバの兄と違って弓矢を装備しており、弓を構えてゼブルとティリアに狙いを定める。

 敵意を向けるダークエルフたちを見ながら、ゼブルは面倒そうな反応を見せた。


「君たちの周りには矢を構えた仲間がいる。既に狙いを定めており、おかしな行動を取れば一斉に矢を放つ!」


 ゼブルはグアーバの兄の言葉を聞くと視線だけを動かして周囲を素早く確認する。すると、弓矢を構えたダークエルフが左右の木の枝に一人ずつ乗って狙いを定めている姿があった。

 更に背後にも同じように弓矢を構えた女ダークエルフが二人立っており、全員がゼブルとティリアを睨んでいる。

 完全に取り囲まれており、普通なら抵抗せずに大人しく言うとおりにしようと考える状況だろう。だが、ゼブルは慌てることなく無言でグアーバの兄の方を見ている。

 ティリアもダークエルフたちを見て若干困ったような顔をしているが、動揺などは一切見せていない。


「もう一度言う。弟を解放しろ!」

「に、兄様、違うんです。お二人は……」


 誤解を解くためにグアーバは兄たちに説明しようとする。だが、グアーバが説明するより早くゼブルが声を出した。


「ダークエルフたち、勘違いしないでもらおう。俺たちはアンタたちの仲間に危害を加えるつもりはない」


 喋るゼブルを見て、グアーバの兄や他のダークエルフたちは驚きの表情を浮かべる。人型の甲虫の姿をしているゼブルが人間のように喋るとは思っていなかったのだろう。


「……言葉を話せるだけの知能があるのなら都合がいい。弟を解放しろ。言うとおりにしてくれれば傷つけたりはしない」


 突然語り掛けられたことに驚いていたグアーバの兄だったが、すぐに我に返り、再度ゼブルにグアーバを解放するよう要求する。

 ゼブルはグアーバの兄の言葉を聞くと、呆れた様子で軽く息を吐く。


「いきなり矢を放っておいて、傷つけないとか言っても説得力が無いぞ」

「あれは警告だ。最初から君たちを殺すつもりなら、頭部など急所を狙っていた」


 グアーバの兄の言葉を聞いたゼブルはダークエルフたちがいきなり敵を排除するような野蛮な連中ではないと知る。

 敵に警告をするだけの冷静さがあるなら、説明すれば誤解も解けるはずだとゼブルは考えた。


「もう一度言うが、俺はグアーバに危害を加える気は無い。ここまで何が起きたか説明する。とりあえず矢を下ろしてくれないか?」

「申し訳ないがそれはできない。私たちはまだ君が弟を傷つけないと信じることはできない。信用できない以上、こちらのやり方で弟の安全を確保させてもらう」


 戦闘態勢を解除する気が無いと知ったゼブルは「やれやれ」と再び呆れたような反応を見せる。

 話し合いで解決したかったが、相手が戦闘態勢を解かない以上、別のやり方で何とかするしかない。

 ゼブルは目を薄っすらと黄色く光らせると、ダークエルフたちを大人しくさせるための方法を実行しようとする。だがその時、黙っていたグアーバが兄の方を向いて一歩前に出た。


「兄様、こちらのお二人は僕がモンスターに襲われているところを助けてくださったんです。僕を傷つけるようなことはしません」

「グアーバ?」


 弟が昆虫のモンスターを庇う姿を見て兄のダークエルフは耳を疑い、周りにダークエルフたちもグアーバの発言に驚いて弓矢を構えながら目を見開いている。

 ダークエルフたちだけでなく、ゼブルとティリアも自分から仲間を説得しようとするグアーバの姿を見て意外そうな反応を見せていた。


「お前をモンスターから守ったって、本当なのか?」

「ハイ。それにこの方は僕たちダークエルフに酷いことをするつもりは無いと言いました」


 グアーバはゼブルと自慢に関する話をした時にゼブルが理性的な考え方ができると知り、ゼブルは本当に自分や他のダークエルフを傷つけたりしないのかもしれないと考えるようになった。

 ゼブルはその辺にいるモンスターや二百年前に現れた魔王とは違う。そう考えたグアーバはゼブルと兄たちが争わずに済むよう必死に説明しようとしていたのだ。


「兄様、このお二人に危険はありません。……ですから、武器を下ろして話を聞いてください」


 幼いなりに考え、説得しようとするグアーバの姿を見たゼブルは少しだけ男らしくなったと感じ、グアーバを見ながら小さく笑った。

 グアーバの兄は真剣な様子で説明するグアーバを見ながら黙り込む。そしてしばらくすると、静かに息を吐きながら両手の短剣を腰の鞘に納める。


「全員、弓を下ろすんだ」

「し、しかし……」


 近くにいたダークエルフの一人がグアーバの兄を見ながら不安そうな顔をする。正体不明の昆虫のモンスターが目の前におり、真意が分からない状態で警戒を解けと言われたのだから不安になるのは当然だ。


「グアーバは幼いが真面目な子だ。そのグアーバがここまで真剣に話しているのだから、いい加減なことを言っているとは思えない」


 兄が自分の言葉を信じてくれたのを見て、グアーバは安心したのか小さな笑顔を浮かべる。

 一方で他のダークエルフたちはグアーバの兄を見ながら不安そうな表情を浮かべ続けている。

 本来なら警戒して臨戦態勢を取っておくべきだが、自分たちはグアーバの兄の部下であるため、彼がグアーバの言葉を信じて武器を下ろすよう命じたのならそれに従うしかない。

 ダークエルフたちは構えている弓矢を下ろして戦闘態勢を解く。木の枝に乗っているダークエルフたちは低い位置にある枝へ移りながら慎重に地上に下り、グアーバの兄の下へ集まった。

 全てのダークエルフが集まると、グアーバの兄はゼブルの方を向く。


「改めて名乗らせてもらう。私はグアーバの兄で、この森林で暮らすダークエルフの一族、クノモダ族族長の息子にして、大森林警備隊長のレイシ・トロカールと言う」

「族長の息子だったのか」


 グアーバの兄、レイシが何者なのか知ったゼブルは意外に思い、同時にレイシの弟であるグアーバも族長の息子と知ってグアーバの方を向く。

 ゼブルと目が合ったグアーバはゼブルが何を考えて自分を見ているのか察し、苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げた。


「弟の話によれば、君たちは弟をモンスターから助けてくれたそうだね。兄として、礼を言わせてもらうよ」

「気にしなくていい」


 感謝するレイシを見ながらゼブルは首を軽く横に振った。


「俺はこの地を統治する魔王、ゼブル・ファブールだ」

「ま、魔王!?」


 ゼブルの正体を知ったレイシは驚愕して大きな声を出す。

 周りにいるダークエルフたちもゼブルの正体を知って一斉に驚きの反応を見せる。

 グアーバと同じ反応をするレイシたちを見たゼブルは、グアーバの時のように一から説明しなくてはいけないと悟り、心の中で面倒に思うのだった。


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