第70話 大森林調査
夜が明けて周囲が明るくなると、ゼブルたちはポルザン大森林を目指して移動を再開する。野営地は予定どおり、周辺管理と情報収集のためにその場に残した。
ただ、野営地を空けている間に盗賊のような輩に使われては困るため、ゼブルは悪用されないよう雑兵生成の技術で昆虫族モンスターを作り出し、野営地の見張りと管理を任せた。
短めの休息を挟みながら、ゼブルたちは一時間ほど移動し、遂に目的地であるポルザン大森林に辿り着く。
ゼブルたちは大森林の目の前で止まり、大きな木が密集している入口を見つめる。
ポルザン大森林に着くまでの間、ゼブルたちはモンスターなどに遭遇することなく、予定していた時間内に大森林に辿り着けた。
問題無く辿り着くことはできたが、移動中に珍しい物や場所なども発見できなかったため、ゼブルとしてはつまらない移動だったと言えるだろう。
「此処がポルザン大森林か。思っていた以上にデカいな」
鹿のモンスターから降りたゼブルは入口を見つめながら呟く。
ティリアとシムスもモンスターから降り、ゼブルの隣で目の前の入口や周囲を確認した。
都市二つ分はあると言われているポルザン大森林は想像していたよりも広く、大森林の端が見えないほどだ。更に今いる場所からでは中はよく見えないため、探索の知識や経験の無い者であれば絶対に入りたくないと言いたくなる雰囲気を漂わせていた。
「この大森林の何処かにダークエルフが暮らしているのですね」
「ああ。だが、まだいるかもしれないと言うだけで、確実にダークエルフたちがいるとは断言できない。確かめるためにも、この馬鹿に広い大森林の中を隈なく調べる必要がある」
「そうですね。……因みにどのように調べるのですか?」
ダークエルフを見つけ出す方法が気になるティリアはゼブルに尋ねる。
広大な森林の中でダークエルフを見つけるとなると、探し方に少し工夫をする必要がある。ティリアはゼブルが特殊な技術や魔法、マジックアイテムを使って見つけ出すのではないかと予想していた。
「まぁ、とりあえずは魔法で大森林の内部や生き物の位置を確かめながら探索すればいいさ。少し時間は掛かるが、確実に情報を得ることができる」
ゼブルはポルザン大森林の奥を見つめながらティリアの質問に答える。
初めて訪れた場所を探索するのだから時間が掛かるとしても、こまめに調べるのは当然のことだ。
「まずは俺とティリアで調べてくる。シムスはモンスターたちと一緒に此処で待機しろ」
「了解だ」
シムスが返事をするとゼブルはポルザン大森林の方を向き、ゆっくりと入口に近づく。そして、入口の1mほど前までやって来ると立ち止まり、落ちている小石を拾った。
「さて、それじゃあ大森林を囲んでいる結界とやらを確かめてみるかな」
ポルザン大森林をどのように探索するかは決めたが、探索するには大森林に入らなくてはいけない。
だが、結界によって外部の者が大森林に侵入できないようになっているとレテノールから聞かされているため、まずは結界がどのようなものが確かめる必要があった。
ゼブルは拾った小石を入口に向けて投げる。小石は真っすぐ大森林に向かって飛んでいき、何事も無く大森林に入ると思われた。
だが次の瞬間、小石は見えない何かにぶつかり、何もない場所に一瞬波紋のようなものを浮かべながらゼブルの足元に跳ね返る。
ティリアは小石が見えない何かにぶつかった光景を見て軽く目を見開いた。
ゼブルは本当に結界が張られていたと知って「ほぉ」と小さく声を出す。
「どうやら、今のが例の結界みたいだな」
シムスは結界が張られているのを知ると、興味のありそうな顔で見えない見えない結界を見つめる。
外部の者が侵入できないよう結界が張られているということは、ダークエルフは間違いなくポルザン大森林にいるということになる。つまり、ゼブルたちのダークエルフと接触するという目的が達成可能を意味していた。
「小石を弾いたってことは、攻撃を防いだり、敵の侵入を妨げると言った物理的な阻害ができる結界みてぇだな」
「ああ。少なくても中級以上の魔法やマジックアイテムで張れる結界で間違いなさそうだ」
小石を弾いたのを見て、シムズとゼブルは結界のレベルや何ができるのかを瞬時に理解する。
EKTの世界にいた頃には何度も他の魔王やNPCが張った結界を目の当たりにしたり、進軍を邪魔されたことがあったため、ゼブルとシムスは結界に関する知識はある程度持っていたのだ。
ティリアは初めて結界を見たため、見えない壁のような物が結界だと知って驚いていた。
「物理的妨害ができ、広い大森林全体を囲むことができるとなると、やはり上級魔法で張られた結界かもしれないな」
「ああ。こりゃあ、大将の予想どおり凄腕の魔導士がいるかもしれねぇぞ」
高レベルの魔導士がいる可能性が更に高くなり、シムスは小さく笑みを浮かべる。
「今、張られている結界が本当に上級魔法で張られたものだとしたら、ゼブル様でも破ることはできないということですよね?」
「ああ、攻撃して壊すと言った力づくなやり方では無理だ。それ専用のマジックアイテムを使うしかない」
ゼブルはそう言いながら右手をゆっくり前に出して結界に触れる。
触れたことで結界には再び波紋のようなものが広がり、しばらくして静かに消えた。
「とは言え、力では破れない結界かどうか分からないのに貴重なマジックアイテムを使うわけにはいかない。まずは本当に俺でも破れないか確かめないとな」
低い声を出すゼブルは右手を結界から離して握り拳を作る。結界がどれほどのものか調べるため、直接殴った確かめることにした。
ティリアたちが見守る中、ゼブルは見えない結界に向かって勢いよくパンチを打ち込んだ。そして拳が結界に触れた瞬間、窓ガラスが割れたような高い音を響かせながら結界は粉々に砕け散る。
「……え?」
予想外の出来事にゼブルは思わず気の抜けた声を出す。
ティリアやシムスも上級魔法で張られた結界だと思っていたため、簡単に破られた光景を見て目を見開いていた。
「ぜ、ゼブル様……結界、破れちゃいましたよ?」
「みたい、だな……」
右手を下ろすゼブルは呆然としながら答える。
物理的妨害が可能で広大なポルザン大森林全てを囲むことが可能なことから、上級魔法で張られた結界だと思っていたのに、パンチ一つで簡単に壊れてしまったため、ゼブルは驚きを隠せずにいた。
「あ~、もしかしてだがよぉ、大将。……張られてたのは中級魔法で作られた結界だったんじゃねぇのか?」
ゼブルと同じように呆然としていたシムスは現状から考えられる答えを導き出してゼブルに伝える。
レベル100のゼブルでも破れない結界は上級魔法やそれと同等の能力を持ったマジックアイテムでしか張ることはできない。
しかし、ポルザン大森林を囲む結界は技術などを一切使っていない普通のパンチで破られたため、シムスは中級一等以下の魔法で張られた結界かもしれないと推測していた。
シムスの話を聞いて、ゼブルも中級魔法で張られた結界で、自分が考えすぎていたかもしれないと感じ始める。
「中級魔法で張られた結界か……こりゃあ、上級魔法が使える魔導士がいる可能性も低くなってきたな」
結界が破れてポルザン大森林に侵入できるようになったのは良いことだ。だが、結界が上級魔法で張られたものではない可能性が出てきたことで、レベル70越えのダークエルフがいる可能性も低くなり、ゼブルは少し残念な気持ちになる。
同時に上級魔法でないのなら、どうやってポルザン大森林を囲めるような大きな結界を張ったのかと言う疑問が生まれた。
「え、えっと……で、でも、まだいないと確定したわけではありませんから、大森林の中を調べてみましょうよ。たまたま、結界は中級以下の魔法で張られたもので、上級魔法が使える魔導士はいるかもしれませんから」
場の空気を何とかしようと、ティリアは苦笑いを浮かべながらゼブルに語り掛ける。
「……まぁ、確かにそうだな。いないかどうかは大森林を全て調べてから判断すればいい」
結界が中級魔法で張られた可能性が高くなったとしても、まだ高レベルの魔導士はいなかったと決まったわけではない。
ゼブルは気持ちを切り替え、ポルザン大森林の調査とダークエルフを探索することに集中する。
ティリアはゼブルの反応を見て、少しだけ場の空気が良くなったと感じ、静かに息を吐いて安心するのだった。
「予定どおり、最初に俺とティリアが大森林に入って情報を集める。何かあったら連絡で連絡する」
耳のある部分を指差し、魔法で知らせることを伝えるゼブルを見てシムスは無言で頷く。
万が一予想外の事態が起きてゼブルから呼び出された時にはすぐに助けに行けるよう、万全の状態にしておくつもりでいた。
「待機中にもし冒険者や盗賊などが接触してきたら、冒険者は適当に追い返せ。盗賊やモンスターは殺しても構わない」
「分かった」
シムスが返事をすると、ゼブルはティリアを連れてポルザン大森林に入っていく。
ゼブルとティリアを見送ったシムスは待機しているモンスターたちの方を向くと、各モンスターたちにこれから何をするか伝え始めた。
――――――
様々な種類の木々に囲まれながらゼブルとティリアは奥へと進んでいく。てっきり歩き難い場所かと思っていたが、意外にも歩きやすく、遠くも明るいので順調に先へ進むことができた。
ここまでゼブルとティリアが通ってきた場所には、トリュポスの近くの森で採取できる薬草や花が生えており、噂どおりポルザン大森林では多くの薬草が手に入るのだと二人は知った。
自由にポルザン大森林を出入りすることができれば、冒険者たちが受けられる依頼も増え、冒険者ギルドの問題も解決するとゼブルとティリアは確信する。
トリュポスの住民たちの不安を取り除くためにも、ゼブルは改めて採取場所を確保すると決意するのだった。
「フォリナス伯が言ったとおり、此処はトリュポス周辺の森と比べて薬草の種類が多いみたいだな」
「ええ。この大森林に出入りすることができれば、冒険者の依頼だけでなく、トリュポスや他の都市で作れるポーションなどの種類も増えるはずです。各都市の発展に役立つと思います」
上手くいけば自分たちが予想していた以上の成果を得られるとティリアは考えており、何としても採取場所を確保しなくてはならないと思っていた。
「だが、まだ薬草の採取場所になると決まったわけじゃない。この大森林の何処かに住んでいるダークエルフを見つけ出して話し合う必要がある」
ダークエルフは人間や他の亜人との関りを避けるために結界を張り、ポルザン大森林に外部の者が出入りできないようにした。今後、冒険者たちが大森林で問題無く探索できるようにするためにも、結界を張ったダークエルフたちと接触し、冒険者が大森林に入っても問題無い状態にする必要がある。
もし許可も得ずに大森林を出入りし、ダークエルフから不評を買われるような事態になれば人間とダークエルフの関係は更に悪化し、ファブール魔王国の発展にも影響が出る。
ダークエルフを支配下に置きたいゼブルとしては、ダークエルフとの関係が悪くなることは絶対に避けなければならない。
「冒険者の問題を解決するためにもダークエルフと接触し、自由に大森林を出入りできるようにしなければならない」
「上手くいくでしょうか? ダークエルフが過去に他種族から受けた仕打ちを考えると、素直に話し合ってくれるとは思えませんが……」
「確かに、いきなり接触して『話を聞いてくれ』なんて言っても耳を貸す可能性は低いだろう。せめて、話し合いをするためのきっかけか何かがあればいいんだがな」
ダークエルフと接触した後、どのようにして話し合いの場を作るか、ゼブルは周囲を見回しながら考える。
それからゼブルとティリアはしばらく移動し、入口から数百m進んだ位置ある小さな広場で立ち止まった。
「此処で一度魔法を使って周囲を調べる。魔法なら目で確認できないものや、遠くにいる生物などの正確な位置を知ることができるからな」
ゼブルが魔法で周辺を調べると言い出すと、ティリアは意外に思っているような顔をしながらゼブルを見つめた。
「入口で聞いた時から気になっていたのですが、ゼブル様は攻撃系の魔法だけでなく、探知系の魔法も修得されているのですか?」
「まあ、使えそうな魔法は一通り覚えたな」
魔王と言う立場上、戦闘で使える魔法や技術だけを覚えているとばかり思っていたティリアは少し驚いたような表情を浮かべた。
「今はモンスターや隷属を使って必要な素材やアイテムを集めさせているが、昔はモンスターの数が少なかったから、自分で素材を採取してたからな。その時に探知系の魔法を覚えたんだよ」
「昔、と言うことはゼブル様が魔王になったばかりの頃ですか?」
不思議に思うティリアはまばたきをしながらゼブルに尋ねる。
ティリアの問いかけにゼブルは一瞬驚いたような反応を見せるが、すぐに落ち着いて軽く頷く。
「あ、ああ、そうだ。……あの頃の俺はまだ新参者だったからな」
ゼブルも昔は苦労していたのだと知り、ティリアはまばたきをしながらゼブルを見つめる。
ゼブルが言った昔というのは、勿論EKTをプレイし始めたばかりの頃のことだ。ゲームプレイヤーとしてまだレベルが低く、配下のモンスターや隷属が少なかった時、ゼブルは自分の足で地道に未知の場所の探索、素材の入手を行っていた。
一人でもより効率よくアイテムを手に入れたいと考えたゼブルは、アイテムやモンスターの場所を探知できる魔法や技術を数種類修得し、異世界に転移する前も何度か使用していたのだ。
「と、とにかく、今から魔法で周辺の探知をする。少し待ってろ」
「あ、ハイ」
ティリアはどんな魔法を使うのか気にしながら言われたとおり、ゼブルが周囲を調べ終えるのを待つ。
「探求者の目」
魔法を発動した瞬間、ゼブルを中心に黄色い光がドーム状に広がり、ティリアや周りの木々を通過する。
光を見たティリアは周囲を見回して何が起きたのか確かめるが周囲に変化はなく、ティリアは状況が理解できずに不思議そうな顔をしていた。
「……成る程、本当に色んな種類の薬草があるみたいだな」
ティリアが辺りを見回していると、ゼブルが前を見たまま呟く。
この時、ゼブルの頭の中には今いる場所の周囲に自生している薬草などのアイテム、生き物の正確な位置が浮かみ上がっており、何処に何があるのか瞬時に理解できた。
「もしかして、薬草が何処に生えているのかお分かりなのですか?」
「ああ。中級二等魔法の探求者の目で俺の半径500m以内にあるアイテム、生き物の位置を理解した。アイテムと生き物を分けられてるから間違えることも無い」
「す、凄いですね。アイテムや生き物の位置が分かる上に、広範囲の情報をあっという間に得られるなんて」
魔法の効力と効果範囲が予想以上に凄かったことにティリアは驚いて目を丸くする。
自分の知る探知系の魔法は効果範囲が狭く、探知した物が生き物やアイテムかどうか判別できない魔法なため、遥かに使いやすいゼブルの魔法に軽い衝撃を受けていた。
「いや、そこまで凄いものじゃない。探求者の目は生き物とアイテムを分けることはできても、種類までは知ることはできない」
「つまり、アイテムが薬草や鉱石なのかとか、生き物が人間やモンスターなのかを知ることはできないということですか?」
「そうだ。しかも効果範囲も半径500mと微妙な広さだ。探求者の目の上に“把握者の目”という上級三等魔法があるんだが、こっちはアイテムや生き物の種類を見分けられる上に効果範囲も半径1kmで探求者の目よりも詳しく、多くの情報を得ることができる。もっとも俺は使えないけどな」
更に優れた探知系魔法が存在すると知ったティリアは、自分の知らない魔法がまだ多く存在するのだと改めて理解する。
この世界やゼブルが以前いた世界には、自分が想像もできないような効力を持った魔法が幾つも存在しているのだろうか、ティリアはそんなことを考えながらゼブルを見つめた。
「たった今、探求者の目で周辺を調べてみたが、少し離れた所にアイテムが幾つもあるのが確認できた。恐らく薬草やキノコのような素材系のアイテムだろう」
ティリアが驚いている中、ゼブルが魔法で手に入れた情報を語り始める。
ゼブルの話を聞いたティリアはフッと反応し、今はポルザン大森林の調査に集中しなくてはと自分に言い聞かせながら静かに深呼吸をした。
「薬草やキノコがあるのでしたら、採取してどんな物か調べてみてはいかがでしょう?」
「ああ、今後のために素材の情報を集めるのも重要だが。……ただ、その前にやっておくことがある」
「やっておくこと?」
ゼブルの言葉の意味が分からないティリアは小首を傾げる。
「さっき探求者の目を発動した時、南西に300mほど離れた場所で生き物が二つ動いているのを感知した」
「生き物……ダークエルフでしょうか?」
「分からない。ただ二つの内、一つはもう一つに追われているようだった」
感知した生き物がもう一つに襲われているかもしれないと知ったティリアは真剣な表情を浮かべる。
もし二つの内、どちらかがダークエルフだったら、他のダークエルフの情報を得られるかもしれない。ダークエルフを見つけ出し、接触することが目的のゼブルとティリアにとっては見過ごせない情報だった。
「その感知した生き物に接触するのですね?」
「勿論だ。追われている方がダークエルフだったら、助けてダークエルフの情報を聞き出す。もしくは集落や他のダークエルフの所に案内してもらうさ」
ティリアもゼブルと同じことを考えているため、ゼブルの話を聞いて小さく頷く。
「早速現場に行くぞ。もしモンスターに追われてて、殺されでもしたら手掛かりを失っちまうからな」
「ハイ!」
急いで生き物を感知した場所へ向かうため、ゼブルは飛翔の技術を発動し、翅を広げて勢いよく南西の方へ飛んでいく。
ティリアも同じように飛翔を発動させ、七色に光る蝶の羽根を広げると置いて行かれないようゼブルの後を追った。
速度を落とさずに低空飛行で木と木の間を通り、ゼブルはティリアと共に目的地から少し離れた場所に着地して翅を消す。飛んで移動しているため、到着まで一分も掛からなかった。
二人が周囲を見回すと、十数m離れた所で一人の少年が座り込んでおり、その正面では一体のモンスターが少年にゆっくりと近づく姿がある。少年は怯えた様子でモンスターを見ており、状況からゼブルの予想どおり襲われていたようだ。
少年は十歳ぐらいで身長は140cm弱、若葉色の服と黄土色の半ズボン姿で薄い銀色の短髪に黄色い目をしている。だが見た目や服装以上に目立ったのは褐色の肌に尖った耳をしていることだ。そう、モンスターに襲われている少年はダークエルフだった。
モンスターは猿に似たモンスターで、体長は165cmほどで体は若干細め。目は赤く、濃い茶色の体毛と長い尻尾を生やしており、唸り声を出しながらダークエルフの少年を睨んでいた。
「ゼブル様、あの子、ダークエルフです」
「ああ、こんなに早く見つけることができるとは、ついてるぜ」
意外そうな表情を浮かべるティリアの隣でゼブルは何処か嬉しそうな口調で語る。
生き物の反応を感知した時、ゼブルは反応のどちらかがダークエルフだったらいいと内心思っていたため、ダークエルフと遭遇できたことで少し気分を良くしていた。
ダークエルフの少年を確認したゼブルは次に少年に迫る猿のモンスターに視線を向ける。
「あれはハードエイプだな。硬い体毛が特徴の獣族モンスターだ。レベル18から20の下級モンスターだが、この世界の連中にとっては少々手強い相手だ」
「どうしましょう? 私が行きましょうか?」
下級モンスターならわざわざゼブルが動くことは無いと考えるティリアは自分がダークエルフの少年を助けた方がよいか尋ねた。
「いや、俺が行く。俺が魔王であること、魔王を名乗れるだけの力を持っていることをあのダークエルフに知ってもらうためにも、俺があの猿を倒す」
自分がダークエルフの少年を助けると語ったゼブルはアイテムボックスを開いて一本の剣を取り出す。これと言った特徴も無い、銀色に光る普通の両刃の剣だった。
剣を握るゼブルは両足を曲げ、強く地面を蹴るとダークエルフの少年に向かって跳んでいく。
残ったティリアは相変わらず凄い身体能力だと、跳んでいったゼブルを見ながら感心するのだった。
「う……うう……」
小さく震えるダークエルフの少年は座り込みながら後ろに下がり、目の前にいるハードエイプから距離を取ろうとする。
だがハードエイプも距離を取ろうとしていることに気付いているのか、ダークエルフの少年が下がる度に一歩前に出て距離を取らせないようにしていた。
「こ、来ないでよ!」
何とか追い払おうとダークエルフの少年は少し力の入った声を出す。
しかし、ハードエイプは驚く様子などは一切見せない。それどころか反抗的な態度を取ったと感じて機嫌を悪くしたのか、険しい顔をしながら高い鳴き声を上げて威嚇した。
ハードエイプに驚いたダークエルフの少年はビクッと反応する。ますます状況を悪くしてしまったと感じた少年は涙目になりながら体を震わせた。
逃げたくても恐怖から体はまともに動かず、立ち上がることすらできない。まさに絶体絶命の状況だ。
「……た、助けて……兄様……姉様……」
ダークエルフの少年は震える声で助けを求める。その直後、ハードエイプが鳴き声を上げ、右手の爪を光らせながら少年に飛び掛かった。
襲い掛かるハードエイプを見て、ダークエルフの少年は目を瞑る。だが次の瞬間、ハードエイプの右手は宙を舞い、少年と近くに落下した。
右手を手首から切り落とされたハードエイプは鳴き声を上げながらその場に倒れた。
ダークエルフの少年は突然の鳴き声に驚きながら目を開け、右手を失ったハードエイプは目する。
何が起きたのか理解できないダークエルフの少年は恐怖を感じながらまばたきをした。すると少年の左隣に鎧とマントを装備した人型の甲虫のモンスターが立っているのが目に入る。
「ひっ! ま、またモンスター……」
新たにモンスターが現れたことでダークエルフの少年は固まり、もう自分は助からないと直感する。そんな中、甲虫のモンスターが血が付着した剣を握っていることに気付いた。
突然現れた甲虫のモンスターと血の付いた剣。そして手を切られたハードエイプ。現状からダークエルフの少年は目の前の甲虫のモンスターは自分を助けてくれたのではないかと考える。
「フン、自分より弱い相手しか襲えない愚かなモンスターが……」
ダークエルフの少年は甲虫のモンスターが暴れるハードエイプに語り掛ける姿を見て再び驚きの反応を見せる。目の前の甲虫のモンスターは喋ることができるほどの知能を持っていると知り、やはり普通のモンスターとは違うのだと理解した。
ハードエイプは傷を押さえながら、目の前の甲虫のモンスターに向かって鳴き声を上げた。現状から自分の手を切り落としたのが目の前のモンスターだと理解して威嚇しているようだ。
(右手を切り落とされたのに威嚇し続けるとはな。強い敵を前にしても逃げない度胸を持っているのか、それとも敵が自分より強いことを理解できないほど馬鹿なのか……)
ゼブルはハードエイプを見つめながら心の中で呟く。
いくら知能の低いモンスターでも体の一部を失うような攻撃を受ければ、生存本能で相手は強いと感じ取って逃げるのが普通だ。
しかしハードエイプは右手を失っても逃げようとしない。ゼブルは目の前のハードエイプは知能だけでなく生存本能も低いと知った。
ゼブルが哀れに思っていると、ハードエイプは無事な左手の爪を光らせてゼブルに跳びかかる。
正面から向かってくるハードエイプを見たゼブルは存在しない鼻を鳴らした。
「……ホントに馬鹿だな」
呟いた瞬間、ゼブルは前に踏み込み、素早くハードエイプの横を通過しながら剣を横に振る。その直後、ハードエイプは険しい表情を浮かべたまま首を刎ねられ、頭部と体はそのまま地面に叩きつけられた。
頭部を失ったハードエイプの体はピクリとも動かず、頭部も表情を変えずに小さく左右に揺れる。
ダークエルフの少年は自分を襲ったハードエイプがあっという間に倒されたのを見て目を大きく見開く。ハードエイプが死んだことで先程まで感じていた恐怖は少しだけ薄れ、ダークエルフの少年は体の力を抜いた。
だがまだ安心することはできない。助けてもらったとは言え、目の前の甲虫のモンスターが何者で、自分にとって危険な存在でないと確信が持てるまでは安心することはできなかった。
甲虫のモンスターは剣を振り、刀身に付いている血を払い落とす。その姿をダークエルフの少年は不安と小さな恐怖心を抱きながら見ていた。




