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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第4章  魔王国の統治者
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第66話  中心都市への訪問


 ファブール魔王国領の中央に存在する大都市トリュポスは活気に満ちており、住民たちは笑みを浮かべながら普段どおりに生活している。

 ただ、住民たちの中には自然の笑顔ではなく、作り笑顔のような表情を浮かべている者たちもいた。まるで何かに不安を抱いており、それを周囲に気付かれないよう隠しているようだ。

 トリュポスの住民たちは自分が魔王ゼブルの統治する国の民になったことを未だに受け入れられず、不安を感じながら暮らしている。

 初めてゼブルを目にした時に自分たちを傷つけたり、暴力的な支配はしないと言われたので当時は渋々納得したが、心の中では人間でない異形、それも魔王を名乗る者の言葉を完全に信じることはできず、いつかは本性を現して自分たちを奴隷のように扱うのではないかと考えていた。

 ゼブルも二百年前に現れた魔王と同じ行動を取るかもしれないという不安がのしかかり、住民たちはストレスを感じながら生活している。

 不安を抱いているのは住民だけでなく、トリュポスを守る衛兵も同じだった。

 自分たちが魔王の支配する国の兵士として敵と戦うことに抵抗を感じており、同時に戦いで捨て駒のような扱いをされるのではないかという不安を感じながら過ごしている。

 今トリュポスで暮らす住民の殆どが本当の意味で安心して暮らすことができずにいた。


「今日も一応平和だな……」


 トリュポスの南門にある検問所では門番である若い衛兵が椅子に座りながら呟いている。その近くでは中年の衛兵が同じように椅子に座り、手元の羊皮紙を確認していた。

 現在、南門にはトリュポスを出入りする住民や旅人などが一人もいないため、門番たちはやることが無くて退屈していた。


「まぁ、平和で仕事が無いって言うのはある意味で最高だから、文句はねぇんだけどな」

「……よく言うな。本当は仕事が減ってつまらないと思ってるんだろう?」

「ハハハ、バレたか?」


 若い門番は呆れたような口調で声をかけて来た中年の門番を見て笑う。

 中年の門番は仲間の反応を見ると軽く溜め息をついてから羊皮紙の確認を再開する。


「確かに平和で忙しくないというのはある意味でいいことだ。だが、仕事が減ったことで衛兵としてのやりがいまで無くなったと感じてるんじゃないのか?」


 意味深な言葉を口にする中年の門番を見た若い門番は笑みを消し、椅子にもたれながら不満そうな表情を浮かべる。


「ああ、そうだよ。俺はトリュポスに住む人たちを守るために衛兵になった。それなのに今では都市内の警備や都市周辺の見張りの仕事が無くなって、門番や書類整理と言ったつまらねぇ仕事しかできねぇ」

「仕方がないさ。警備関係の仕事は全部“アイツら”に持ってかれちまったんだからな」


 羊皮紙を机の上に置いた中年の門番は検問所の窓から南門前の広場を見つめる。

 若い門番も不満そうな顔のまま同じように広場を見た。

 南門前の広場には人型の昆虫族モンスターたちが数体で班を作り、広場の中を歩き回っている光景があった。しかも班は幾つも存在し、広場のあちこちを移動している。

 昆虫族モンスターは青銅色の甲殻に覆われ、赤い目と下顎、触角を持っており、赤いマントと柄の長いランスを持ったバグランサーという個体で、トリュポスにいる衛兵では敵わないほどの強さだと門番たちは聞かされている。

 バグランサーたちは魔王ゼブルの配下で都市内の警備や巡回、都市周辺の見張りを行うために配備された。配備した理由は何らかの事情で都市内に侵入、出現したモンスターの駆除、犯罪者の捕縛、処分をするためだ。

 トリュポスに昆虫族モンスターが警備として配備されたことで、トリュポスの治安は以前と比べてかなり良くなった。

 ただ、昆虫族モンスターが警備に就いたことで衛兵たちの仕事は減ってしまい、衛兵たちには門番などの簡単な仕事ばかりが回されるようになってしまったのだ。


「あんな虫のモンスターたちのおかげで警備や見張りの仕事は無くなっちまった。これじゃあ俺たち衛兵は何のために働いてるのか分からねぇじゃねぇか」

「落ち着け。確かに閑職に追いやられたような気分だが、連中が警備についてことで犯罪数が大きく減ったのも事実だ。悔しいが連中は俺らよりも強いし、正確に仕事を熟している」


 成果を出しているとは言え、バグランサーたちにやりがいのある仕事を取られたことに変わりは無いため、若い門番は不満そうにしながら小さく舌打ちをした。

 中年の門番の言うとおり、バグランサーたちのおかげでトリュポスの犯罪数は減り、以前よりも生活しやすくなったのは確かだ。

 しかし警備とは言え、昆虫族モンスターが街中を移動していることに対して住民たちは小さな恐怖を感じており、昆虫族モンスターを見かけたり、近づいてきた時は関わらないように距離を取っていた。

 そして、昆虫族モンスターが配備されたことも住民たちが不安になっている理由の一つでもある。

 トリュポスの住民たちはファブール魔王国の国民であるため、モンスターたちは住民たちが犯罪を犯したり、自分たちに危害を加えたりしない限りは決して手を出さない。

 住民たちも問題を起こさなければ大丈夫だと分かってはいるが、それでも恐怖は消えず、住民たちは不安になってしまっていた。


「ったく、こんなつまらない仕事が続くなら、いっそのこと辞めて別の仕事でも探すかな」

「そう言うな。今はつまらないかもしれないが、いつかは以前のように警備を任される時が来るかもしれないんだ。それに警備の仕事が無くなっても給金は以前と変わらないし、連中モンスターが警備に就いてから夜勤警備も無くなったんだ。それを考えると、今の仕事も悪くないんじゃないか?」


 中年の門番が小さく笑いながら尋ねると、若い門番は複雑そうな顔をしながら黙り込む。

 確かにやりがいのある仕事は無くなったが得られる給金に変化は無く、辛い夜勤もやらなくて済むようになった。その点は若い門番もお得だと感じているため、今の仕事の全てを否定できずにいる。


「とにかく、今は我慢して任されてる仕事をやるしかない。しばらく続けて仕事内容に変化が無かったら転職を考えればいいさ」

「……ハァ、お前って我慢強いんだな」


 気の長い仲間を見ながら若い門番は軽く溜め息をつく。少しでも早く以前のような仕事に戻ってほしい、今の若い門番はそう祈ることしかできなかった。

 若い門番は不満を感じながら仕事に戻ろうとする。そんな時、検問所の前に一台の馬車が止まり、馬車に気付いた若い門番は立ち上がる。


「お客さんが来たみたいだぜ。しかも馬車に乗った」

「馬車ってことは、別の都市で働くお偉いさんか何かか?」

「さぁな? もしかすると、また別の国からトリュポスの様子を見るために来た物好きかもしれねぇ」


 面白がるように笑う若い門番は出入口の扉を開けて検問所の外へ出ていく。

 だが外に出た瞬間、若い門番は目の前の光景を見て目を大きく見開いた。


「うおぉぉっ!?」


 外から聞こえて来た仲間の声に中年の門番は驚いて立ち上がり、慌てて外に飛び出す。

 その直後、金色の装飾が入った黒い馬車。それを引く二体の黒い馬と御者席に座る人型の昆虫族モンスター。そしてそれらを見て驚く若い門番が視界に飛び込んできた。

 黒い馬は通常の馬と比べて二回りは大きく、赤い目と筋肉質の四歩脚を持ち、濃い灰色の二本角と同じ色のたてがみを生やしている。明らかに普通の馬とは姿が違っており、門番たちはすぐにモンスターだと気付く。


「な、何なのだこれは……」

「貴方たちーっ!」


 中年の門番が驚いていると、広場の方から若い女の声が聞こえ、門番たちは驚きながら広場の方を向く。

 視線の先には二十代前半ぐらいで背中の辺りまである赤い髪と茶色の目をした女騎士が驚いたような顔で走ってくる姿があった。

 女騎士を見た門番たちは走って来ているのが騎士団の遊撃隊長の一人であるソフィア・シルトロンドだと気付き、ソフィアの方を向いて姿勢を正す。

 ソフィアは門番たちの前までやって来ると、息を切らしながら門番たちを見つめる。


「あ、貴方たち、この馬車は魔王様がお乗りになられている馬車ですよ!?」

「えっ、ま、魔王様?」


 耳を疑う若い門番は目を見開きながら馬車の方を向く。

 すると馬車の扉が開き、中から漆黒の鎧と真紅のマントを身に付けた濃い緑色の体をした人型の甲虫の異形がゆっくりと降りて来た。

 門番たちは現れた異形を見てファブール魔王国の支配者である魔王ゼブルだと知って驚愕し、それと同時に大量の汗が流れる。


「今日は魔王様がトリュポスにいらっしゃるから外で出迎えるよう報告がいってるはずですよ?」

「えっ? 自分たちはそのような報告は……あっ!」


 若い門番は何かを思い出したような反応を見せる。

 実は若い門番は今日の仕事に就く前、詰所で上司から魔王ゼブルがトリュポスを訪れることを聞かされ、仲間にもそれを伝えておくよう言われていた。

 だが、この時の若い門番は今の仕事に対する不満のことを考えており、上司の話を真面目に聞いておらず、ゼブルが訪れることを覚えていなかった。

 覚えていないのだから当然、共に働く中年の門番の耳にも入っておらず、二人ともゼブルが乗る馬車がやって来たことに驚いていたのだ。

 中年の門番は連絡する立場の若い門番が大切なことを伝えていなかったと知り、若い門番を見ながら「何をやってるんだ!」と言いたそうなに目で見る。

 若い門番も自分が大きな失敗をしてしまったことにようやく気付き、焦りながら中年の門番の方を向いて目で謝罪した。


「貴方たち、まさか魔王様がいらっしゃることを知らなかったのですか?」


 門番たちの反応を見たソフィアは何があったのか察し、目を細くしながら門番たちを睨む。


「も、申し訳ありません!」


 騎士団に所属しているソフィアに問い詰められ、隠し切れないと感じた若い門番は謝罪し、中年の門番も頭を下げた。

 ファブール魔王国の統治者、しかも魔王が訪れるというのに万全の状態で出迎えず、馬車を見て驚く門番たちにソフィアは呆れたのか、頭を下げながら溜め息をつく。


「何をやってるんですか。一国の統治者がいらっしゃるというのに……」

「ソフィア隊長、俺は別に構わない。都市に入るだけなのにそこまで気を遣われても困るしな」


 ゼブルが声をかけるとソフィアは意外そうな顔でゼブルの方を向く。

 門番たちも叱責されると思っていたため、ゼブルの言葉を聞いて驚いていた。


「それよりも、フォリナス伯からトリュポスの現状などについて話を聞きたい。フォリナス伯は今何処にいるんだ?」

「は、ハイ。ご自宅で魔王様をお待ちしています」

「そうか。なら、屋敷までの案内を頼む」

「承知しました」


 ソフィアは一礼をしてから広場に向かって走り出す。その後ろ姿を見送ったゼブルは驚きながら自分を見ている門番たちに視線を向けた。

 ゼブルと目が合った門番たちはビクッと反応し、小さく震えながらゼブルを見つめる。

 ソフィアには気にしていないと言ったが、本当は不快に思っており、ソフィアがいなくなったことで叱責するのではと門番たちは予想していた。


「……まー何だ、あんまり深く考えたりせずに頑張ってくれ」


 励ますように門番たちに声を掛けたゼブルは馬車に乗り込む。ゼブルが乗車した直後に御者の昆虫族モンスターは馬のモンスターに指示を出して馬車を走らせ、南門前の広場へ向かった。

 門番たちは目を丸くしながら小さくなっていく馬車を見つめている。想像とはまるで違ったゼブルの性格と雰囲気に内心驚いていた。


「な、何か思っていたのとは違うな……」

「ああ、てっきり気難しかったり、短気な性格かと思ってたんだがなぁ」


 ゼブルが魔王らしくない一面を持っていると知って門番たちはゼブルの見方を少し変えるべきだと感じる。同時に罰を受けたりすることなく、穏便に済んだことに安心するのだった。


「……それよりもお前、魔王様が来ることをどうしてちゃんと報告しなかったんだ?」


 中年の門番はソフィアの言葉を思い出し、少し低めの声を出しながら若い門番を尋ねる。

 下手をすればゼブルの怒りを買ってとんでもない事態になっていたかもしれないため、中年の門番は正確に伝えなかった若い門番の失敗に不満を抱いていた。


「あーえっと……今の仕事の不満で頭が一杯だったんで、班長の話をちゃんと聞いてなかったん……だと思う」

「お前なぁ、大事な話を聞いている時ぐらいは他のことを考えるなよ。そう言ういい加減なやり方をしてるとまた今回みたいな失敗をするぞ?」

「ワリィ……」


 若い門番も自分の過ちを認め、肩を落としながら謝罪する。

 また今回のような失敗をすれば、今度こそただでは済まない。若い門番はそう感じ、二度と同じ失敗をしてはならないと自分に言い聞かせるのだった。


「今日の晩飯、お前の奢りな?」

「ああ……」


 仲間の埋め合わせの要求を若い門番は嫌がることなく素直に受け入れた。


――――――


 広場に入ったゼブルの馬車は南門から少し離れた所でゆっくりと停車した。

 馬車の近くには先に広場に戻ったソフィアと彼女が乗ると思われる馬がおり、その後ろには三人の冒険者が並んで立っている。

 一人は濃い紫色のショートヘアに緑色の目をした十代後半くらいの美女で白とピンクのワンピースドレスを着ており、白い大鎌を肩に掛け、薄い茶色のレザーアーマーを装備している。

 二人目は十代半ばぐらいで青い目を持つ赤い髪の美少女で横髪は肩にかかり、後ろ髪は背中に届くくらいの長さだ。紫色の髪飾りと茶色のレザーアーマーに銀色の丸い盾を装備し、腰には剣を差している。

 そして三人目は十代前半ぐらいで黄色い目をした幼い少年の姿をいた金髪のエルフだった。濃い灰色の長袖に灰汁あく色の長ズボン姿で濃い緑のマントを纏い、木製の杖を握っている。

 ソフィアの後ろにいるのはトリュポスを活動の拠点としている冒険者チーム、ゴスペルのメンバーであるランハーナ、リーテ、バアルの三人だった。

 数ヶ月前に突然トリュポスにやって来た彼らは何度も高難易度の依頼を完遂させ、既にAランク冒険者チームとなっている。冒険者としての実力と功績から冒険者ギルド、都市長であるレテノールに強く信頼されており、今回ゼブルがトリュポスにいる間、彼の護衛として同行することになったのだ。

 馬車の小窓が開けたゼブルはソフィアとその後ろに立つバアルたちを見つめる。

 バアルとリーテはゼブルに見られても無表情のままだが、ランハーナは小さく笑みを浮かべていた。


「その三人がAランクチームのゴスペルか」


 ゼブルは待機しているバアルたちを見ながらソフィアに尋ねる。


「ハイ。トリュポスでも最高の実力を持った者たちです。魔王様が滞在している間の護衛として用意いたしました。強者である魔王様には不要と思われますが……」

「いや、わざわざ用意してくれて感謝する」


 ソフィアの言うとおり護衛は必要ないが、折角自分のために用意してくれた護衛なのでゼブルは素直に受け入れた。

 バアルに対してゼブルは初めて会ったような態度を取っているが、冒険者バアルというのはゼブルが冒険者として活動するための仮の姿であるため、ソフィアに聞かなくても知っている。

 しかし初めて会うのに既に知っているような発言をすれば、バアルがゼブルであることがバレたり、両者に何か繋がりがあると疑われる可能性があるため、初対面のフリをしたのだ。

 そして、どういうわけか今ゼブルの目の前には冒険者としての姿であるバアルが立っている。

 ゼブルとバアルの繋がりを知っている者が見れば不思議な光景だが、これはゼブルが仕組んだことで、周囲に自分とバアルに何の繋がりも無いことを証明させるためのものだった。


「では、早速フォリナス伯の下へご案内します」


 そう言うとソフィアは自身の馬に乗り、ゼブルたちを先導するために馬を街の方へ進ませる。

 バアルたちゴスペルも徒歩でソフィアの後をついて行き、バアルたちが移動するとゼブルの馬車も速度を合わせて動き出した。

 馬車が動くとゼブルは窓を閉めて椅子に腰を下ろす。向かいの椅子にはティリアが姿勢を正しながら座ってゼブルを見ていた。


「どうです? スライムたちは問題無くなりすましていますか?」

「ああ。アイツらの能力なら住民たちを騙せるだろう」


 上手くいっていると聞かされたティリアは安心したのか静かに息を吐いた。


「でも、もし誰かと会話する状況になったら面倒なことになるのでは?」

「その時はランハーナが何とかすることになっている。アイツなら上手く誤魔化してくれるさ」


 心配する様子を見せずに語るゼブルを見て、ティリアは「成る程」と納得の反応を見せる。

 今、ゼブルの護衛に就いているバアルとリーテはゼブルが異世界で新たに召喚したスライム族のモンスターだ。

 スライム族モンスターはその粘液状の体から物理攻撃に強く、自由に形を変えることができる。そんな特性を持つスライムの中には他の生物に姿を変える能力に長けた種類もあり、EKTでは魔王プレイヤーの影武者になったり、敵地の偵察を行ったりすることが可能なのだ。

 変身能力の高いスライムの中でもチェンジスライム。コピースライム。クローンスライムの三体は特に有能なモンスターとして多くの魔王プレイヤーが使用していた。

 チェンジスライムはレベル15から25の下級モンスターで、自分と同レベル、もしくはレベルの低い対象の姿と名前を真似ることができる。

 だが、ステータスや技術スキル、魔法などはコピーできず、戦闘になった際は本来のステータスで戦わなくてはならないため、潜入や情報収集などにしか使えない。

 二つ目のコピースライムはチェンジスライムの上位種でレベル40から50の中級モンスター。チェンジスライムと違って対象の姿や名前だけでなく、ステータスもコピーできる。

 ただしチェンジスライムと同様、自分よりもレベルの高い相手はコピーの対象にできず、技術スキルと魔法もコピーできない。それでもチェンジスライムよりも戦闘で役に立つと言えるだろう。

 最後のクローンスライムはコピースライムより更に上の上級モンスター、変身能力に長けたスライム族モンスターの中では最強の個体だ。

 レベルは70から75で、他の二体と違い自身よりもレベルの高い相手もコピーの対象に出来る。しかも一部を除いて技術スキルと魔法もコピーできるため、情報収集だけでなく戦闘でも役に立つモンスターだ。

 ただし優れた能力を持っている分、EKTでは仲間にしたり、召喚するためのマジックアイテムである召喚石も入手が難しい。

 今回、ゼブルがバアルとリーテの影武者を作るために召喚したのは三体の中でも最強であるクローンスライムだ。

 クローンスライムに冒険者の姿をしている時の自分とティリアの姿をコピーさせ、魔王ゼブルと冒険者バアルは別人であることを周囲に認識させることがゼブルの目的だった。

 クローンスライムたちはバアルとリーテのステータスや技術スキル、魔法をコピーしたことで本物と同等の強さを得た。これで万が一誰かに襲われたとしても、簡単には負けることは無い。

 因みにスライムたちは声もコピーすることができ、会話も可能という設定になっているが、EKTではゲームの事情から喋ることはできなかった。

 しかし異世界では喋ることが可能になっており、変身している間、コピー対象の声を真似て普通に会話することができる。


「スライムの中に別の生物に変身できる個体がいるのは知ってましたが、あそこまで正確に変身できるスライムがいるとは思いませんでしたから……」

「クローンスライムはスライムの中でも特に変身能力が高いモンスターだからな。対処の強さを真似るだけじゃなく、低級の魔法やマジックアイテムでも正体を見抜くことはできない。できるのは上級の魔法か俺の全知全能の神眼オーディン・アイくらいだろう。……ただ、コピーしている間は声も同じだから、同じ声を持つ奴が近くにいる時に喋ったら気付かれる可能性がある」


 強力な魔法やマジックアイテムなどを使わなくても変身を見抜かれる場合もあると聞かされ、ティリアはスライムにも弱点はあんだなと感じながらゼブルの話を聞いていた。


「バアルは設定する時に外見に合った高めの声にしてあるから気付かれにくいだろうが、リーテとお前の声は同じだからな。お前たち二人が同じ場所にいる時はリーテに変身したクローンスライムは喋ることはできない」

「だから、会話をする際はランハーナさんに誤魔化してもらうんですね?」

「そう言うことだ」


 スライムたちの欠点をしっかり理解し、それを補うための手を打っているゼブルを見て、ティリアは流石だと心の中で感心する。

 ゼブルとティリアがスライムの変身能力について話している間、馬車は広い街道に入った。

 街道には大勢の住民たちの姿があり、馬車を見るや否や街道の隅へ移動し、馬車の方を向きながら軽く頭を下げたり、その場に座って両手を地面に付けたりしている。

 馬車が街道に入る直前、ソフィアは街道にいる住民たちにゼブルが乗る馬車が通ることを伝えていたため、驚いた住民たちは馬車が街道に入ると同時に隅へ移動したのだ。

 ゼブルのことを恐れ、警戒している住民たちは全員怯えた表情を浮かべていた。

 住民たちの中には馬車に付き添いながら歩くバアルたち、ゴスペルのメンバーを見ている者もいる。

 もし魔王ゼブルが暴力的な行動を取ったら、トリュポス最強のバアルたちは自分たちを守ってくれるのだろうか。ゼブルを止めることができるのだろうか。住民たちはそんなことを考えながらバアルたちを見ていた。

 ゼブルが馬車の窓から外にいる住民たちを見ると、ゼブルの顔を見た住民たちは驚いて思わず目を逸らす。

 国の統治者を見て目を逸らすのはある意味で無礼な行為だと言えるが、相手が魔王であるのなら仕方が無いことだ。ゼブル自身もそれを理解しているため、住民たちの行動を見ても気にしなかった。


「やっぱ、殆どの住民が俺のことを恐れてるみたいだな」

「ええ。建国からそれほど時間が経過していない上にゼブル様がどのような方なのか理解していませんから、多くの人が二百年前の魔王と同じことをするかもしれないと思っているのでしょう」

「やれやれ、建国を発表した日に二百年前の魔王とは違うと言ったのに全く信用されていないとは、悲しいな」


 椅子にもたれるゼブルはトリュポスの住民たちから一切信用を得ていないことを再確認し、思わず本音を口にする。

 ゼブル自身、住民たちの前で堂々と暴力的な支配はしないと宣言したことで少しは自分に心を開いてくれたのではと思っていたため、住民たちが自分を恐れたままだと知って残念に思っていた。

 ティリアはゼブルを見ると小さく苦笑いを浮かべた。


「流石に言葉だけではすぐに信じてはくれないと思いますよ? あと、ゼブル様の外見が怖くて信用できないというのもあるかと……」

「何?」


 EKTをプレイし始めた時から気に入っている外見に問題があると指摘され、若干気分を悪くしたゼブルは低めの声を出す。


「あっ、い、いえ……何でもないです」


 ゼブルの声から機嫌を悪くしたと察したティリアは首を横に振る。

 ティリアの反応を見たゼブルは呆れたような態度を取りながら息を吐いた。


「とにかく、今はフォリナス伯から住民やトリュポスの現状を聞き、不安を取り除く方法を考えるんだ」

「は、ハイ」


 話題が変わったことで少し安心したティリアは小さく頷く。

 再びゼブルが機嫌を悪くすることを恐れたティリアは、もう外見にことには触れないようにしようと馬車に揺られながら思うのだった。


――――――


 ゼブルとティリアが乗る馬車は街道を抜け、中央区にあるレテノールの屋敷の前までやって来た。

 正門が開くと先頭のソフィアは馬を進ませ、馬車とランハーナ、バアルとリーテの姿をしたクローンスライムたちも続いて敷地内に入る。

 ティリアは馬車の窓から実家の庭を見ながら小さく笑う。

 昨日も今回の面談のことを伝るために屋敷に戻ったが、ゼブルの協力者になって屋敷を出たティリアにとっては昨日屋敷に戻ったばかりだとしても嬉しさを感じるのだ。

 馬車が進む先には屋敷があり、その玄関前には数人の人影がある。その内の一人はトリュポスの都市長であり、新国家ファブール魔王国の伯爵、そしてティリアの父親であるレテノール・モル・フォリナスだった。

 セプティロン王国の南東部がファブール魔王国の領土となったことで領主だったレテノールは正式に魔王国の貴族となった。

 同時に魔王国となったことで辺境ではなくなり、爵位も辺境伯から伯爵に変わった。ただ、爵位が変わったとしても、魔王国内での権力や発言力は辺境伯と同等とされている。

 レテノールのすぐ近くには銀色の長髪に茶色い目を持ち、少し濃い黄色のドレスを着た三十代後半の女性が立っている。レテノールの妻であり、ティリアの母親であるアナクシア・エリア・フォリナスだ。

 そして、レテノールとアナクシアの周りにはフォリナス家の使用人たちがおり、二人と共に近づいてくる馬車を見つめている。

 馬車は屋敷の前まで来るとゆっくりと停車する。そして扉が開き、ゼブルとティリアが降車した。

 先導したソフィアも馬から降り、ランハーナとクローンスライムたちもソフィアの近くで待機する。


「魔王様、お待ちしておりました」


 レテノールは馬車から降りたゼブルに近づくと軽く頭を下げて挨拶をする。ゼブルと何度も会って慣れたからか、以前のようにゼブルを見ても怯えるような反応は見せなかった。

 一方でアナクシアや使用人たちは甲虫の異形を前に軽く目を見開いている。

 ゼブルと会ったことはあるが、その時はエルフの冒険者バアルの姿で、ゼブル本人だということも知らなかったので緊張はしなかった。

 今は魔王が目の前に立っているため、全員怯えたような顔をしている。


「出迎えご苦労。わざわざ悪いな」

「いえ、当然のことです」


 嫌な顔一つせずに自分を出迎えたレテノールをゼブルは無言で見つめる。

 この時のゼブルはトリュポスの住民たちも目の前のレテノールと同じように接してくれたらいいのにと思っていた。

 レテノールとの挨拶が済むと、ゼブルは自分を見つめているアナクシアや使用人たちを目にする。

 ゼブルと目が合ったアナクシアたちは驚き、慌てて頭を下げたりなどしてゼブルに挨拶をした。


「……そんなに警戒するな。別に取って食ったりはしない」

「あ、い、いえ……その……」


 魔王と恐れられるゼブルに何と言ったらよいか分からず、アナクシアは戸惑いながら考える。


「申し訳ありません。妻は魔王様のお姿を初めて見たため、緊張してハッキリと答えられなくなっているようです」


 怯えてすぐに答えられないアナクシアを見たレテノールは助け舟を出す。

 アナクシアは自分をフォローしてくれたレテノールを見て、自分のせいで恥を掻かせてしまったことを申し訳なく思う。

 万が一、今の自分の行動が原因でレテノールが何かしらの処罰を受けることになったら、アナクシアはレテノールを守るために自分が代わりに罰を受けると進言するつもりでいた。


「別に気にしちゃいないさ。いきなりこの姿を見れば誰だって怖がったり緊張するのは当然だ」


 レテノールが罰を受けることを予想していたアナクシアはゼブルの口から出た予想外の言葉に目を見開く。

 魔王と名乗っているのだから、てっきり容赦なく処罰するだろうと思っていたため、ゼブルの発言に内心驚いていた。

 周りにいた使用人たちもゼブルの言葉を聞いて目を丸くしている。目の前にいる甲虫の魔王は二百年前の魔王と違い、人間に情けをかける性格をしているのかと疑問を抱きながらゼブルを見ていた。


「それよりも、早速トリュポスについて話を聞きたい」

「あ、ハイ、かしこまりました。すぐお部屋にご案内します」


 レテノールは振り返って待機している使用人に目で合図を送った。

 使用人はレテノールを見ると何を指示しているのか察し、慌てて屋敷の玄関を開けてゼブルを屋敷に招き入れようとする。

 ゼブルは玄関に向かって歩き出し、使用人たちの間を通って屋敷に入った。

 レテノールもゼブルを部屋に案内するため、少し早足でゼブルの後に続き、屋敷の中に入る。

 残されたアナクシアたちはゼブルが目の前からいなくなったことで緊張が解けたのか、静かに息を吐いたり、肩を落としたりしていた。

 アナクシアは自分がハッキリと返事をしなかったことでレテノールを困らせてしまったと自分の失敗を反省する。

 そんな時、ティリアがアナクシアに近づき、アナクシアの顔を覗き込みながら微笑んだ。


「大丈夫ですよ、お母様。ゼブル様はあんなことで機嫌を損ねるような方ではありませんから」

「え?」


 ティリアはまばたきをするアナクシアにウインクをすると屋敷に入っていく。

 アナクシアは落ち着いた様子で自分を励ました娘の後ろ姿を見ながらまばたきをする。魔王であるゼブルの協力者になったことで精神的に強くなったのかとアナクシアは不思議そうな顔をしていた。

 考え込むアナクシアの近くでは、使用人たちが仕事を忘れ、ゼブルの容姿や雰囲気に驚いていたことを仲間同士で喋っている。

 ランハーナは使用人たちが驚いているのを見て、まるで小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。

 その後、与えられた役目を全うするため、ランハーナはソフィアやクローンスライムたちと今後の予定を確認するのだった。


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