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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第4章  魔王国の統治者
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第65話  魔王の職務


 窓から朝日が差し込む魔王城四階の廊下をゼブルは一人で歩いている。いつもの漆黒のプレートアーマーと真紅のマントを装備した姿だった。

 数十分前に起床したゼブルは食事などを済ませ、魔王及び新国家であるファブール魔王国の統治者としての仕事をするために執務室へ向かっている。


「今日も一日が始まるな……」


 立ち止まったゼブルは窓の外を眺めながら呟く。

 異世界に転移して間もない頃は魔王城の中を移動することに新鮮さを感じていたが、今では城内を移動することや執務室で仕事をすることが当たり前になり、なんの面白さも感じなくなっている。

 今の暮らしは転移する前、現実リアルの世界で自然保護官の仕事を熟しながら一日を過ごし、日付が変わるとまた同じ生活を送るという、何の刺激も無い人生を過ごしている時のようだった。

 少しずつ以前の暮らしと似た感覚になってきていることにゼブルは複雑な気持ちになっていた。そんな状況で唯一の救いは非力な人間としてではなく、魔王ゼブルとして多くの部下を従えながら、魔法やモンスターなどが存在する世界で生きているということだ。

 モンスターなどが存在し、何時命を落としてもおかしくない世界で暮らすのは危険だが、常に刺激を感じていられるため、退屈することなく生きることができた。

 他にも現実リアルの世界には存在しなかった物も多いため、好奇心を掻き立てられる。おかげで以前の暮らしと似た感覚になっても嫌気が差したりすることなく、魔王ゼブルとして一日を生きることができた。


「あっちの世界にいた時には得られなかった感覚や楽しさもあるし、以前のように何の面白みも無い生活を繰り返さずに済みそうだな」


 魔王として異世界にやって来たことで、今の生活が嫌になることは無いとゼブルは安心感のようなものを感じていた。

 そもそも魔王として多くの部下を従えている自分が、今の暮らしが嫌になったから新しい生活を送りたい、などと無責任なことは言えない。

 ゼブルは魔王として、そして異世界に転移した者として最後まで責任を持って生き、自身の使命を果たすつもりでいた。


「さてと、そろそろ執務室へ行くか。早く仕事を片付けないと自分のやりたいこともできなくなるからな」


 仕事だけで一日を終わらせないために今日やるべきことは急いで片付けなくてはならない。そう考えながらゼブルは再び歩き出して執務室へ向かう。

 長い廊下をしばらく歩き、ゼブルは目的地である執務室の前に到着する。扉の向こう側からは若い女の声が聞こえ、声を聞いたゼブルは執務室に誰がいるのか察して扉を開けた。

 執務室の中央には木製の机と二つの大きなソファーが机を挟むように置かれている。

 部屋の奥にはゼブルの執務用に机が置かれており、その隣には大量の巻物スクロールと羊皮紙の束を持ったティリアが立っていた。

 ティリアの後ろにはランスを背負ったバグナイトが一体待機している。魔王補佐官であるティリアの手伝いをするためにゼブルが用意したモンスターの一体だ。

 ゼブルが執務室に入って来たことに気付いたティリアはゼブルの方を向きながら笑みを浮かべて頭を下げる。


「ゼブル様、おはようございます」


 ティリアが挨拶をすると、待機していたバグナイトも遅れてゼブルに頭を下げ、無言で挨拶をする。


「ああ、おはよう。今日も早いな」

「魔王補佐官として当然のことです」


 辛さを一切感じていないのか、ティリアは笑みを浮かべたまま答える。

 魔王補佐官になったばかり、つまりゼブルと出会って間もない頃のティリアは今の仕事に慣れずに苦労する日々を送っていた。

 だが今では魔王補佐官としての仕事や立場にスッカリ慣れ、魔将軍や他の隷属、モンスターも認めるほど効率よく、そして正確に仕事を熟せるほどに成長している。

 ティリアは今の仕事や自身の変化を誇らしく思っており、今後もゼブルの役に立つよう精進するつもりでいた。

 挨拶を済ませたゼブルは真っすぐ執務用の机に向かい、高級感のある椅子に座る。

 今日も魔王としてと仕事が始まる。ゼブルは広い机の端に置かれた羽ペンやインク瓶、国璽こくじなどを見ながらそう思った。

 

「今日の仕事の予定は?」

「ハイ、こちらにある報告及び提案の書類の確認となります」


 ティリアは持っている巻物スクロールと羊皮紙の束を机の上に静かに置く。

 巻物スクロールも羊皮紙も量が多く、それを見たゼブルは表情こそ変わらないが、面倒くさそうな反応を見せた。

 机の上に置かれたのは全てファブール魔王国内で発見、確認された場所や情報、魔王国の法律などが記された書類だ。

 ファブール魔王国が建国されてから既に三週間が経過しており、今日まで何度も多くの情報や案件が国王であるゼブルの下に送られ、ゼブルはその全てに目を通してきた。


「今日も数が多いな……」

「建国から三週間しか経っていませんので、法律の確認や改変、物資の価格に関する問題はまだ沢山あります。お父様の協力もありますが、国内が安定するまではまだしばらく掛かるかと……」

「当分の間は書類とにらめっこってわけだ」


 まだ忙しい日々が続くと知ったゼブルは疲れたよう口調で呟きながら一番近くにある巻物スクロールを開いて内容を確認し始める。

 巻物スクロールには異世界の文字でファブール魔王国の領内に存在する村や都市などの人口や治安についてが細かく書かれており、ゼブルは軽く息を吐きながら書かれてある内容を黙読していった。

 内容を確認し終えたゼブルは巻物スクロールの確認、受理を証明する国璽を押して机の端へ移動させ、次の巻物スクロールを開くと同じように内容を黙読する。そんな作業を数十分続け、全ての巻物スクロールと羊皮紙を確認し終えるとゼブルは椅子にもたれながら軽く息を吐いた。


「お疲れさまでした」


 ティリアは労いの言葉をかけながらゼブルが確認した巻物スクロールと羊皮紙を集め、待機していたバグナイトに巻物スクロールと羊皮紙を渡す。

 巻物スクロールと羊皮紙を受け取ったバグナイトはゼブルに一礼してから執務室を後にする。


「今日確認する書類はさっきので全部か?」

「ハイ、今のところは先程ご確認されたものだけです。ただ、後から魔王城に届く書類もあるかもしれませんので、その時はまたご確認をお願いいたします」

「やれやれ、後から送られても困るんだよな。仕事が終わった後にまた仕事をしてくれ、何て言われてもストレスが溜まるだけだ」


 不満を口にするゼブルを見てティリアは思わず苦笑いを浮かべる。

 この三週間の間にゼブルが膨大な量の書類を確認したことはティリアも知っており、仕事を終えた後に追加で新たな巻物スクロールや羊皮紙が届き、それを不満に思いながら確認するゼブルの姿も何度も見た。

 内容を確認し、それをどうするか考えるゼブルは精神的にかなり大変だと感じていたティリアは心の中でゼブルに同情していた。


「で、ですが、この数日は報告書の数が減ってきていると聞いていますので、本日の書類確認は終わりかもしれませんよ?」

「だといいんだがな。……ところで、周辺国家に関する情報は何か得られたか?」


 ゼブルの問いかけにティリアは反応し、苦笑いを消してゼブルを見つめる。

 先程ゼブルが見た巻物スクロールと羊皮紙に書かれていたのはファブール魔王国に関する情報や報告だけで、国外に関する情報は一つも書かれていない。

 この数日の間に周辺国家の有力な情報は入ってきていないため、ゼブルは役立つ情報が入ってないか気になっていた。


「昨日、トリュプスへ情報確認に向かった時にお父様から周辺国家の情報を得られたか聞いてみたのですが、セプティロン王国とダーバイア公国に関する新しい情報が入ったそうです」

「セプティロンとダーバイアの情報ってことは、戦争に関する内容か?」

「ハイ……」


 頷いたティリアは手に入れたセプティロン王国とダーバイア公国の情報を説明し始める。

 大平原で公国軍に勝利した後、セプティロン王国はダーバイア公国が再び侵攻してくると予想し、公国軍を見張るために制圧した公国側の砦に軍を配備した。

 だが、王国軍に協力したゼブルたちの手によって大きな被害を受けた公国軍は大平原での戦い以降、王国領に侵攻することも奪われた公国側の砦を奪還しようともせずに大人しくしていた。

 セプティロン王国の貴族たちは公国軍の被害状況から侵攻してくることは無いだろうと安心する。

 しかし、国王であるフォルテドルはまだ戦争は続いていることや、公国軍が徴兵令で戦力を増強したことから近いうちに戦力を整えて再び攻め込んでくると予想し、常に臨戦態勢を取っておくよう貴族や総騎士団長であるザルガートに指示した。

 フォルテドルの指示に従い、王国側と公国側の砦に配備された王国軍はいつでも戦える状態を保ちながらダーバイア公国を見張り続けることになったのだ。

 だがある日、そんな緊張状態を解かれる驚くべき出来事が起きた。

 大平原の戦いから数日後、フォルテドルの下にダーバイア公国の統治者である大公から親書が届く。親書の内容は王国と公国との間で再び停戦協定を結びたいという驚くべきものだった。

 ダーバイア公国からの申し出にフォルテドルは驚き、同時に気分を悪くした。

 一方的に停戦協定を破って王国領に密偵を送り込んだだけでなく、王国側の砦を制圧し、リントスジンを攻め落とそうとしたのに、自分たちが甚大な被害を受けた途端に停戦してほしいなどと頼んできたのだから当然と言えるだろう。

 勿論、フォルテドルだけでなく、王女のアルシェスや貴族たちも納得できずに停戦協定を拒否し、戦いを続けるべきだと提案した。

 フォルテドルもダーバイア公国から受けた仕打ちから、アルシェスたちの言うとおり拒否し、公国が降伏するまで戦い続けるべきかもしれないと考えていた。

 だがそんな中、王子であるゾルテスが停戦協定を受け入れるべきだと進言し、フォルテドルたちを驚かせた。

 なぜ停戦協定を受け入れるべきなのかフォルテドルが尋ねると、ゾルテスは争っても両軍が多くの戦死者を出すだけなので戦いは避けた方がいいと説明する。

 このまま戦い続けても、終戦するまで長い時間が掛かり、その間に多くの兵士や騎士が命を落とせば、仮に戦争で勝利しても、得られる物は犠牲になった者たちの命と比べたら些細な物だとゾルテスは語った。

 犠牲を出しながら戦い続けるよりも停戦協定を結び直し、話し合いなどでダーバイア公国を降伏させるべきだと、ゾルテスはフォルテドルたちに自分の考えを伝えた。

 ゾルテスの話を聞いたフォルテドルは停戦するチャンスがあること、戦いを続けて兵士や騎士が犠牲になることから、少しずつ停戦協定を拒否することを抵抗を感じ始める。

 戦争に勝っても得られる物が小さければ、戦死した者たちの命と釣り合わず、ある意味で王国側は大切なものを失うだけで終わるかもしれないとフォルテドルは考える。

 悩んだ結果、フォルテドルはゾルテスの言うとおり、再び停戦協定を結び直し、会談などで平和的にダーバイア公国を降伏させることにした。

 ゾルテスは自分の提案を受け入れてくれたフォルテドルに感謝し、自分もダーバイア公国を降伏させるために協力すると伝えた。

 しかしアルシェスや貴族たちはフォルテドルの決断に納得できず、停戦を拒否して戦い続けるべきだとフォルテドルを説得しようとした。

 そもそもダーバイア公国は一度、一方的に停戦協定を破ったため、停戦協定を結び直しても再び破って自分たちの不意を突くいてくるかもしれない。アルシェたちはダーバイア公国を信用することができずにいるのだ。

 勿論、フォルテドルもダーバイア公国が停戦協定を破ったことは忘れていないため、公国のことを信じておらず、無条件で停戦協定を結び直すつもりも無い。

 そこでフォルテドルは公国が再び停戦協定を破らないよう保険を掛けることをアルシェスたちに説明した。

 その結果、アルシェスたちは停戦協定を結び直すことに納得し、セプティロン王国とダーバイア公国は再び停戦状態に入ることになった。


「もう一度停戦協定を結ぶとは、オルジムス王は随分と甘い男なんだな」


 ティリアから話を聞かされたゼブルは若干呆れたような口調で呟く。

 一度裏切った相手、しかも自国の民たちを傷つけ、手に掛けた連中の申し出を簡単に受けるなど普通では考え難いことだ。

 いくら戦争に参加する兵士や騎士たちを死なせないためとは言え、裏切った相手国の申し出を受け入れるのは寛大すぎるとゼブルは考えていた。


「アルシェス殿下や貴族の方々もフォルテドル陛下のご決断には反対されたそうですが、公国に条件を出すと説明したら全員が納得されたそうです」

「その条件というのは何なんだ?」

「人質です」


 ティリアの口から出た言葉にゼブルは反応する。


「再び停戦協定を結ぶ条件として、フォルテドル陛下は人質を差し出すよう要求するそうです。もし以前のように一方的に協定を破るような行動を取れば、即刻人質を処刑すると」

「成る程、それならダーバイアも前のように協定を破ることはできないし、アルシェス王女たちも渋々だが納得するだろうな」


 話を聞いたゼブルはダーバイア公国を従わせる方法としては一番効果的だと納得する。

 フォルテドルは国を守るためなら手段を選ばない場合もあるとゼブルは聞いていたため、人質を取ることを要求してもおかしくないと考えていた。


「人質にはやっぱり統治者である大公の親族が選ばれるのか?」

「その点についてはまだハッキリとは分かっていませんが、可能性は高いと思います」


 人質が誰なのかまでは分かっていないと聞き、ゼブルは少し残念に思う。

 どんな人物が人質になるか分かれば、ダーバイア公国と接触する際に何かの役に立つため、できることなら人質の情報を手に入れておきたかった。

 今後のためにも、ゼブルはセプティロン王国の貴族だったレテノールにセプティロン王国や戦争国であるダーバイア公国の情報を集めさせることにした。

 因みにレテノールがここまで正確にセプティロン王国の情報を手に入れることができたのは、セプティロン王国の辺境伯だった時に親しかった上級貴族から教えてもらったからだ。

 友好的な関係だったから聞き出せたというのもあるが、それ以外にもファブール魔王国の貴族であるレテノールが情報を求めているのなら、属国の貴族として説明しなくてはいけないという立場的な理由もあるだろう。


「セプティロンとダーバイアのことは分かった。他の国に関する情報は何か得られたのか?」


 他の周辺国家についてティリアに尋ねると、ティリアは少し複雑そうな表情を浮かべる。


「すみません。他の国家については何も……ただ、少し気になることがあったそうです」

「何だ?」


 ゼブルが尋ねると、ティリアは真剣な表情を浮かべながら口を開く。


「ファブール魔王国が建国されたばかりの頃は周辺国家の人々は魔王国に入国することは無かったそうです。ですが、一週間ほど前から入国する人々が増え、トリュプスや他の小都市を出入りするようになったとお父様から聞きました」


 建国当初は周辺国家は一切関わろうとしなかったのに、建国から二週間経つと急に入国する他国民が増えたと聞き、ゼブルは「ほぉ」と小さく声を漏らす。


「お父様の話では建国してしばらく経ったことで、周辺国家は魔王国が他の国に対する警戒を緩めたと予想し、情報収集のために軍や冒険者を都市に送り込んだのではないか、とのことです」

「建国したばかりの頃は魔王国の警戒レベルが高く、下手に近づけば捕まったり、殺されたりするかもしれないと予想して密偵を送り込まなかったってわけか」


 情報を集める国が普通の人間の国ではなく、魔王が統治する国なら必要以上に警戒してもおかしくない。

 周辺国家の警戒心の強さにゼブルは用心深い連中だと感じた。


「現状から周辺国家は魔王国の情報を集めるために人員を送り、自国に情報を持ち帰らせようとしているとお父様は予想していますが、どうなさいますか?」

「現在トリュポスには国外に持ち出されて困るような情報は無い。今の段階では他国から来た奴を必要以上に警戒しなくてもいいだろう」


 急いで他国から来た者たちの対処をする必要は無いと聞き、ティリアは少しだけ安心する。


「だが、近いうちに魔王国にしか存在しない技術や知識をトリュポスに組み込むつもりでいる。その後にそれらの情報が持ち出されないよう、他国から来た連中の身元や目的は念入りに調べるようフォリナス伯に伝えておいた方がいいだろうな」

「ハイ」


 ティリアも重要な情報を他国に持ち帰られては面倒なことになると考えているため、ゼブルの提案に納得する。

 魔王としての使命を果たすためにもファブール魔王国の国力増強、そして中心都市であるトリュポスの発展や強化は必要なため、どうやっても異世界にとって未知の技術や知識を使う必要がある。

 技術や知識を知られるだけなら問題無いが、それらを国外に持ち出されるのはゼブルたちにとって都合が悪い。今後のためにもファブール魔王国にしか存在しない技術と知識は独占するべきだとゼブルは考えていた。

 ゼブルとティリアが技術と知識の外部流出について話していると執務室の扉をノックする音が聞こえ、二人は扉に視線を向ける。


「誰だ?」

「魔王様、テオフォルスです」

「入れ」


 誰が訪ねて来たのか知ったゼブルは入室を許可する。

 許可した直後に扉が開き、執務室に数枚の羊皮紙を持ったテオフォルスが入ってきた。


「魔王様、おはようございます」

「ああ、おはようさん」


 テオフォルスはティリアにも挨拶を交わしてからゼブルの下へ移動し、机の前に立つと持っていた羊皮紙を机の上に置いた。


「昨日、魔王様からご指示された魔王国軍の編成と配備、各都市へ派遣する部隊の整理が完了しましたのでご報告にまいりました」

「もう終わったのか? 流石だな」

「いえ、大したことではありません」


 謙遜するテオフォルスを見てゼブルは静かに笑った。

 魔王として今日まで多くの書類に目を通してきたゼブルはそのとんでもない量を一人で片づけるのは無理だと判断し、魔将軍で最も頭の切れるテオフォルスに一部の書類確認を手伝ってもらっていたのだ。

 テオフォルスの協力を得た結果、書類確認は今までとは比べ物にならないくらいの早さで片付いた。

 ゼブルはテオフォルスの協力によって自分への負担が減るだけでなく、効率よく仕事が終わると知り、仕事が多い時や自分では判断が難しい面倒な案件が来た時はテオフォルスに回すことにしたのだ。

 天才的な頭脳を持つテオフォルスを頼もしく思いながらゼブルは目の前の羊皮紙を手に取って内容を確認する。そこにはファブール魔王国の軍の編成や配備する場所などについて細かく書かれてあった。


「魔王様のご指示どおり、警備として配備する部隊はモンスターで編成しました。部隊の指揮官は配備先の人間たちとコミュニケーションが取れるよう、全て知能の高いモンスターとなっています」

「そうか……その指揮官のモンスターって言うのはただ頭が良いだけの存在か? それとも人間を嫌悪することなく普通に接することができる存在か?」

「勿論、人間を差別せずに接することができる存在を選びました。国民たちの信用を得るためにも、友好的に接することができる者に指揮官を任せるのが一番だと判断しましたので……」


 ただ編成するだけでなく、人間たちがモンスターを警戒せずに接することができるよう指揮官を選んだと聞かされ、ゼブルはテオフォルスに部隊の編制や配備を任せて正解だったと改めて感じるのだった。

 全ての書類を黙読し、内容を確認し終えたゼブルは目の前に立つテオフォルスに視線を向ける。


「これなら問題無く部隊を配備できるし、少しずつだが人間たちから信用を得ることもできるだろう。流石は魔将軍最高の頭脳の持ち主だな」

「勿体ないお言葉です」


 テオフォルスは嬉しそうに小さく笑いながら頭を下げる。魔将軍にとって魔王であるゼブルに高く評価されることはこの上ない喜びだからだ。

 軍の配備や編成を確認し終えたことで仕事が全て片付いたと感じたゼブルは肩の荷を下ろす。

 ただ、ティリアの言うとおり後から新たに確信してもらいたい書類などが飛び込んでくるかもしれないため、本当の意味で気を楽にすることはできなかった。


「そう言えば、トリュポスの住民たちは今どんな状態なんだ?」


 ゼブルは隣で待機しているティリアに声を掛ける。

 書類確認をしてトリュポスの状況はある程度理解したが、そこに住んでいる者たちのことは分かっていないので、ファブール魔王国の治安や都市の安定について考えるため、住民たちがどんな状態なのか確かめる必要があった。

 ティリアはゼブルに問いかけられると小さく反応し、困ったような表情を浮かべる。


「都市内での生活には大きな問題は無さそうですが、住民の殆どはまだ魔王国の住民になったことを受け入れられていないのか、不安を露わにしているそうです」

「やっぱりそうか。魔王国が建国されてからまだ三週間しか経っていない。すぐに新国家の民であることを受け入れろ、なんて言われて無理だろうな」

「ええ。しかも国を支配するのがこの世界で忌み嫌われている魔王ですから、住民たちはいつか自分たちも二百年前のように魔王に虐げられるのではと不安になっているのだと思います」


 二百年前に現れた魔王の所業を考えれば当然のこと。ゼブルはトリュポスの住民たちが魔王である自分を恐れるのも当然だと納得する。

 ファブール魔王国の建国を発表した日、ゼブルは二百年前の魔王のように無暗に他人を傷つけたり、独裁的な支配はせず、従う者には慈悲を与えると宣言した。

 だが、この世界で魔王がどのように認識されているかを考えれば、傷つけないと言ってもすぐには信じてもらえないとゼブルは予想していた。そして今、予想したとおりの状況となっている。


「魔王様、魔王国が国家として今後問題無く機能するためにも国民たちから不安を取り除くべきだと思うのですが……」

「ああ、分かってる。だが、国民たちは魔王という存在そのものに不安や恐怖を抱いているんだ。簡単には不安は消えないだろう」

「そのとおりです。……ですから、国民たちの魔王に対する認識を変えさせ、魔王様が二百年前の魔王と違い、慈悲深い存在であることを分からせれば良いのではないでしょか?」

「慈悲深い、ねぇ……」


 魔王が人々から慈悲深く思われていいのだろうか。そう感じるゼブルはテオフォルスの提案に対して若干複雑な気分になる。


「ゼブル様、私もテオフォルス様の仰るとおりだと思います」


 ティリアがテオフォルスの考えに賛同し、ゼブルは視線をを動かしたティリアを見た。


「トリュポスの人々にゼブル様の優しさを理解していただくことが不安を取り除き、トリュポスを安定させる一番の方法ではないでしょうか?」

「確かにそうだが、必要以上に優しさや慈悲ある行動を見せれば、人々から恐れられる魔王のイメージが壊れるかもしれない。俺としては魔王のイメージを壊さずに不安を取り除きたいと思ってる」


 あくまでも恐ろしい存在であることを人々の認識させながら世界征服を果たしたいゼブルは国民たちに聖者のような存在と思われることなく問題を解決したいと考えている。そのため、無償で困っている者を助けるような行動は取るつもりは一切なかった。


「俺は直接手を差し伸べるような行動は取らず、間接的なやり方で国民たちの不安を取り除こうと思っている。このやり方だと時間はかかるが、魔王の印象を壊すことなく、国民たちに魔王国の民であることを受け入れさせることができるはずだ」

「成る程、それなら恐ろしい魔王というイメージに影響が出る可能性は低いですね」


 ゼブルの考えを聞いたテオフォルスは納得する。


「ゼブル様、間接的に不安を取り除くというのは分かりましたが、具体的にはどのようなやり方をなさるのですか?」


 会話を聞いていたティリアはどんな方法で不安を取り除くのか気になってゼブルに尋ねた。


「それはトリュポスの状況を確認してから決める」

「えっ、状況?」


 予想外の返事を聞いたティリアは軽く目を見開きながらゼブルを見つめる。

 テオフォルスはゼブルに何か考えがあると予想しており、驚くことなくゼブルに注目していた。


「トリュポスの住民たちが魔王である俺の統治や魔王国の民になることに不安を抱いているのは分かるが、やり方はトリュポスとそこに住む人間たちを見てから考える。都市や住民を見れば効果的な方法が思いつくかもしれないからな」

「都市と住民を見てから考える、ということは近々トリュポスに向かわれるのですか?」

「そう言うことだ」


 今考えずにトリュポスの様子を窺ってから不安を取り除く方法を決めるというゼブルを見て、ティリアはゼブルがちゃんと住民たちのことを考えているのだと知る。

 だが同時に住民たちのことを考えているのに恐ろしい魔王としての印象を与えようとする点に矛盾のようなものを感じるのだった。


「ティリア、今からフォリナス伯のところへ向かい、明日トリュポスの現状を聞きに行くから時間を作るよう伝えておけ」

「ハイ」


 普通は突然訪ねて時間を空けるよう伝えても、相手が時間を作るのは難しいだろう。

 だがトリュポスを訪ねるのがゼブルであれば、レテノールも何とか時間を作るはずだとティリアは確信しているため、何の問題も無いと感じていた。


「それから、トリュポスにいるランハーナと例の“スライム”たちにも俺が行くことを伝えておけ」


 ゼブルの言葉を聞いてティリアは反応した。


「ランハーナさんとスライムたちに伝えるということは、あれをやるんですね?」

「ああ、今後のためにも俺とアイツらが一緒にいるところを住民たちに見せておく必要があるからな」

「分かりました。お父様に会う前にランハーナさんたちに伝えておきます」


 ティリアの返事を聞いたゼブルは椅子にもたれながらトリュポスのことを考える。

 ファブール魔王国の建国を発表した日から一度もトリュポスを訪れていないため、あれからトリュポスがどうなったの気になっていた。

 とは言ってもたった三週間しか経過していないため、都市の内部や法律などに大きな変化は無いだろうとゼブルは予想している。


「ティリア、本日の魔王様の書類確認は全て終わったのですか?」

「あ、ハイ。本日分は全て終了しました」


 書類確認が終わってゼブルに時間ができたと知ったテオフォルスはゼブルの方を向く。


「魔王様、書類確認が終わった直後で申し訳ありませんが、魔王城の北東にある岩山についてお伝えすることがあります」

「何だ?」

「ハイ、実はその岩山で……」


 トリュポスを訪問する話が終わった直後、テオフォルスは領内にある岩山について話し始める。

 ゼブルは情報整理が終わったのにまた仕事関係の話を聞かされるのか、と小さな不満を感じながらテオフォルスの話に耳を傾けるのだった。


今回から第四章の投稿を始めます。

内容な魔王国の国王となったゼブルが自身の国で起きている問題を解決していくという内容です。勿論、戦闘もあります。

今までと同じように一定の間隔で投稿していくつもりです。

ただ、最近少し体調が良くないので、投稿を休止することがあるかもしれません。その点がご了承ください。

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