第64話 終わりと始まり
公国騎士たちはオルガロンが一瞬で殺された光景に言葉を失って固まる。異形が相手とは言え、ダーバイア公国の精鋭であるダーバイア騎馬団の団長が簡単に負けたのだから当然だ。
ゼブルはプルートーを振り、刀身に付いている血を払い落とすと何事も無かったかのようにアイテムボックスに仕舞う。すると戦いを見守っていたセミラミスとアリス、ダイナが近寄って来た。
「魔王様、お疲れ様」
「ああ」
労いの言葉をかけるアリスにゼブルは若干低めの声で返事をする。この時のゼブルはオルガロンとの戦いがすぐに終わってしまったことに対してつまらなさを感じていた。
自分が勝つことは分かっていが、ダーバイア騎馬団の団長であるため、何か予想外の力や技術を見せてくれるのではないとか期待していたが、何も使わずにただ真正面から突っ込んで来ただけなので、期待外れの結果に少し不満を感じていたのだ。
セミラミスとアリスはゼブルの様子を見て、オルガロンとの戦いがつまらなかったことに機嫌を悪くしていることに気付き、オルガロンとの戦いについては触れないことにした。
「敵の司令官をやっつけたけど、この後はどうするの?」
「予定に変更は無い。このまま公国軍を壊滅させる」
ゼブルはゆっくり振り返り、王国側の砦の方へ歩いて行く。
司令官のオルガロンを倒したことでもう最前線に出る意味は無いと判断したゼブルは砦に戻ることにした。
「ボス、コイツらはどうすんだ?」
セミラミスはゼブルに驚いている公国騎士たちを指差して尋ねた。
声を掛けられたゼブルは立ち止まり、振り向いて公国騎士たちを見ると、興味が無いのか存在しない鼻を軽く鳴らす。
「興味ない。お前たちに任せる」
「いいんだな? 一人残らず皆殺しにしちまうぞ?」
「ああ。と言うか、司令官が魔王と戦うって時に加勢もせずに見守ってるだけの連中なんで目障りだ。……消せ」
ゼブルは冷たく言い放つと砦の方を向き直して再び歩き出す。
公国騎士たちがオルガロンに加勢しなかったのは騎士道精神からだろうとゼブルもなんとなく予想できていた。
しかし、自分たちの上官が未知の力を持つ相手と戦おうとしているのに、騎士の誇りを優先して手助けせず、見守ることにした公国騎士たちをゼブルは不快に感じていた。
自分が直接手を下す価値も無いと判断したゼブルはセミラミスとアリスに公国騎士たちを押し付けることにしたのだ。
ゼブルが立ち去るのを見届けたセミラミスは公国騎士たちの方を向いて黒刀を構え直した。
アリスは両手を上に向けて技術を発動する体勢を取り、隣にいるダイナも姿勢を低くして公国騎士たちを睨みながら唸り声を出す。
「そんじゃあ、続きを始めさせてもらうぞ。先に言っておくが、テオフォルスに兵士どもを全部殺されてあたしは機嫌が悪い。……一人も逃がさねぇからな」
自分が倒す公国兵が残らなかったから公国騎士たちを倒して憂さ晴らしをする。遠回しにそう語るセミラミスは地面を蹴って公国騎士たちに襲い掛かった。
ダイナも遅れて公国騎士たちに飛び掛かり、ダイナが動くと同時にアリスは技術を発動して公国騎士たちの動きを封じる。
僅か数分後、百近く残っていたダーバイア騎馬団の全滅した。
――――――
ゼブルは背後から聞こえる轟音と小さな悲鳴を気にすることなく砦へ向かう。
公国軍の司令官は死亡して敵部隊も壊滅状態であるため、ゼブルは勝利が確実であることをアルシェスたち王国側の人間たちに報告することにした。
しばらく歩き、王国側の砦に戻ったゼブルは砦から少し離れた場所で片膝をつき、ダークウィリアムで遠くにいる敵を狙撃するシムスと合流する。
「お疲れさん。どうだった?」
シムスはダークウィリアムを構えたままゼブルに最前線での戦いについて尋ねる。
ゼブルはシムスの左隣で立ち止まり、前を向いたまま静かに息を吐く。
「……退屈だったよ」
「そっか。……まぁ、大将のレベルじゃあしょうがねぇな」
予想したとおりの返事が返ってきたことでシムスは小さく笑う。
自分がダーバイア騎馬団の女騎士を狙撃した時も簡単に仕留めてつまらなかったため、ゼブルも同じ気分だったのだろうとシムズは思っていた。
「俺はアルシェス王女に報告してくる。後始末は頼んだ」
「ああ、任せておけ。……と言っても、セミラミスやテオフォルスが殆ど片付けちまったから、少ししか残ってねぇがな」
苦笑いを浮かべるシムスはダークウィリアムを構え直し、遠くにいる公国軍の生き残りに狙いを定め、引き金を引いて矢を放つ。
ゼブルはシムスが狙撃を再開したのを見ると再び砦に向かって移動する。
歩き出してから僅か数十秒でゼブルは待機していたティリア、アルシェスたちと合流した。
ティリアはゼブルが戻ってくると軽く頭を下げて挨拶する。ゼブルと魔将軍たちが一方的に公国軍を追い詰める光景を目にしたためか、ティリアは少し驚いた表情を浮かべていた。
アルシェスやハンスたち王国騎士は遠くにいる公国軍の現状を目にし、ただ驚くことしかできずにいた。
約二万の公国軍が一時間も経たない内、しかもたった五人によって壊滅的な被害を受けたことで、ゼブルと魔将軍が自分たちとは比べ物にならない強さを持っていること、とてつもなく恐ろしい存在だと改めて理解する。
「アルシェス王女、公国軍はほぼ壊滅状態だ。あと三十分の経たない内に全滅するだろう」
「そ……そう、ですか……」
僅かに震えた声を出すアルシェスはゼブルを見上げながら返事をする。
ゼブルはアルシェスや王国騎士たちの様子を見て、自分と魔将軍の強さを十分理解したと悟り、セプティロン王国が正式に新国家の属国になった後も裏切るような行動はしないと考えた。
アルシェスたちを見た後、ゼブルは次に砦の出入口近くにある監視塔に目をやり、公国軍の捕虜であるマルギードを確認する。
マルギードたちもアルシェスたちと同じように戦場を見て驚いていた。
最初は二万の仲間が負けるはずないと考えていたマルギードもゼブルが仲間たちを惨殺する光景を見て、本当に魔王なのかもしれないと感じたのか、監視塔の上で震えている。
震えるマルギードたちを見たゼブルは捕虜たちを解放し、彼らがダーバイア公国に戻ったら必ず統治者である大公と貴族たちに報告すると確信して小さく笑った。
「セミラミスたちが戻ったら、予定どおり公国軍の捕虜を解放しろ。今回の戦いを見た奴らは俺や魔将軍、そして俺が作る新国家の力を理解し、公国のお偉いさんたちに俺たちのことを伝えるはずだ」
「全て、ゼブル殿の計画どおりになったということですね」
「そう言うことだ」
望んだ結果に満足している様子のゼブルを見て、アルシェスは僅かに表情を曇らせる。
セプティロン王国を守るために力を貸してくれたことには心から感謝しているが、魔王が望んだ結果になってしまって本当に良いのかという意思もあったため、アルシェスは複雑な気分になっていた。
今はまだ分からないが、もしゼブルが二百年前の魔王と同じように大陸の人々を虐げたり、独裁的な行動を取ったら、自分たちは奴隷のように扱われ、最悪の場合は滅ぼされるかもしれない。
不安を抱くアルシェスはゼブルが人間に対して友好的で力で全てを支配するような行動を取らないことを祈った。
ゼブルとアルシェスが喋っていると、最前線に向かっていた魔将軍たちが横一列に並んで戻って来た。四人全員が無傷で服に汚れすら付いておらず、疲れなども一切見せていない。
ダイナも元の姿に戻っており、置いて行かれないように歩く速度を合わせながらアリスの隣を歩いている。
魔将軍たちが戻ったことで公国軍が完全に壊滅したと知ったゼブルはアルシェスやハンスと話し合い、捕らえていたマルギードたちを解放する。
自由になったマルギードたちは立ち去る際、ゼブルや魔将軍たちを怯えた様子で見つめ、二度と関わりたくないと思いながら公国側の砦に向かう。
ゼブルたちの加勢により、圧倒的な戦力差やのある王国軍と公国軍の戦いは王国軍の勝利という形で終わった。
――――――
セプティロン王国の王都、ミュリンクスは夕日で橙色に染まっていた。
夕方になったことで住民たちは帰路についており、仕事を終えた冒険者や衛兵たちも自宅に帰っていく。
街はいつもどおり穏やかな雰囲気で包まれているが、王城の謁見の間は真逆で緊迫した空気に包まれている。
謁見の間では国王であるフォルテドルが玉座に座っており、数m先に立っているアルシェスとリントスジンの都市長であるドザリックスを見ていた。
玉座の左隣には第一王子のゾルテス、右隣には総騎士団長であるザルガートが控えている。
部屋の隅にはセプティロン王国の貴族たちが立っており、全員がフォルテドルと同じようにアルシェスとドザリックスを見つめていた。
「よく無事に帰って来たな、アルシェス」
「ご心配をおかけしました。父上」
軽く頭を下げるアルシェスを見て、フォルテドルは小さく笑いながら「気にするな」というように首を横に軽く振る。
ゾルテスも妹が無事に勝ってきてくれたことが嬉しいのか微笑みを浮かべながらアルシェスを見ていた。
一時間ほど前、侵攻する公国軍を迎撃するためにゼブルと共にリントスジンに向かっていたアルシェスがドザリックスを連れて帰城した。
アルシェスは王城に戻ると侵攻していた公国軍を全て撃退し、王国軍が勝利したことを伝えるため、フォルテドルにミュリンクスにいる貴族たちを集めるよう進言した。
フォルテドルはアルシェスが帰って来て安心するが、同時に予想よりも早く戻って来たことに軽い衝撃を受けていた。
実はフォルテドルはアルシェスが戻る数日前にまだ公国軍との戦いが続いていると考え、対抗するための救援部隊をリントスジンに向かわせていた。
最前線の戦況とリントスジンの現状から王国軍が不利だと考えるフォルテドルは救援部隊の指揮を総騎士団長であるザルガートに執らせ、国とアルシェスたちを守るために出撃させたのだ。
救援部隊を向かわせたが、それでも戦況から決着がつくにはかなり時間が掛かると予想したフォルテドルはアルシェスたちが無事なことを祈りながら待つことにした。
ところが救援部隊が出撃してから数日経った頃に最前線にいるはずのアルシェスがドザリックスと共にミュリンクスに戻って来た。しかもどういうわけか、救援部隊を指揮していたはずのザルガートも同行していたため、フォルテドルは予想していたよりも早く帰って来たアルシェスたちに驚いたのだ。
フォルテドルはアルシェスから戦いはどうなったのか詳しい話を聞くため、ゾルテスや貴族たちを謁見の間に集めて今に至る。
「色々と聞きたいことがあるのだが、まずティグロンザスがお前と共に戻って来たことについて説明してくれるか?」
アルシェスはフォルテドルの傍らで待機しているザルガートに視線を向け、自分が説明しても良いかと目で尋ねる。
ザルガートはアルシェスを見て彼女が何を言いたいのか察すると、どこか複雑そうな顔をしながら頷く。
許可を得たアルシェスはフォルテドルの方を向き、ザルガートがどうして自分と一緒にいたのか、ミュリンクスに戻るまでの間に何があったのかを語り始める。
大平原での戦いの後、アルシェスは王国側と公国側、両方の砦に防衛の戦力を配備してゼブルたちと共にリントスジンへ帰還した。
帰還した時、リントスジンにはザルガートが指揮するミュリンクスからの救援部隊が到着しており、アルシェスはザルガートやドザリックスたちに既に砦の奪還と公国軍の撃退が完了したことを報告する。
報告を受けた時のザルガートは自分たちが最前線に向かう前に公国軍に勝利し、戦いが終わったことを聞いて衝撃を受けた。
簡単な説明を受けた後、フォルテドルに報告するため、ザルガートはアルシェス、ドザリックスと共にミュリンクスへ戻ったのだ。
ただ、ミュリンクスから連れて来た救援部隊はリントスジンや砦の防衛に回すため、一部を除いてリントスジンに残してきた。
因みにゼブルたちはリントスジンに到着し、ザルガートたちに挨拶をした後に自分たちの役目は終わったと告げ、転移魔法を使って帰った。
アルシェスからザルガートが同行していた理由を聞かされたフォルテドルは軽く目を見開く。
話を聞いた貴族たちも皆、アルシェスを見つめながら同じように驚いている。
「救援部隊と合流する前に戦いが終わっていた、か……ティグロンザス、アルシェスたちがどのようにして公国軍を倒したのか、其方はもう聞いておるのか?」
「いえ、詳しい話は何も……殿下が帰城し、陛下の前でご説明すると仰いましたので」
「そうか。……では、公国軍とどのような戦いがあったのか、できるだけ詳しく話してくれるか? あと、魔王ゼブルについても……」
「……ハイ」
ゼブルの名を聞いたアルシェスは僅かに表情を曇らせながら返事をし、トリュポスでフォルテドルたちと別れた後のことを説明し始めた。
リントスジンに到着した直後に攻め込んできた公国軍を壊滅させたことや、奪われた王国側の砦を昆虫族モンスターたちを使って奪還したこと、そして大平原で公国軍を強大な力で全滅させたことなど、アルシェスは暗い顔をしながら自分が目撃した出来事を細かくフォルテドルたちに話した。
「……そ、それは確かなのか?」
「ハイ……」
アルシェスが頷くとフォルテドルは再び目を見開く。
ゾルテスやザルガート、貴族たちも信じられないような表情を浮かべながらアルシェスを見つめている。
フォルテドルたちはアルシェスからゼブルと側近の魔将軍、そして配下のモンスターたちが強大な力で四万もの公国軍を壊滅させられたと聞かされて驚きを隠せずにいた。
最初はアルシェスが大袈裟に言っているのではと全員が感じていたが、アルシェスの性格と前線に向かってから戻るまでの時間。そしてゼブルが魔王を名乗っている点から、アルシェスの話す内容は真実だと全員が悟った。
「リントスジンに攻め込んできた敵部隊を始め、奪われた我が国の砦と公国側の砦にいた公国軍を彼らは未知の技術とモンスターたちを使って壊滅させました。それも一切の被害を出さずに……」
「そ、そんなことが……ベルージャス候、貴公も見たのか?」
フォルテドルはアルシェスの隣に立っているドザリックスに尋ねた。
「ハイ、リントスジンを防衛する時だけですが、この目でハッキリと見ました。あれは我々人類では到底辿り着くことができないほどの力……まさに魔王の力です」
軽く俯いていたドザリックスは顔を上げると、真剣な顔でフォルテドルを見ながら答える。
ゼブルが想像していた以上の力を秘めていたと知ったフォルテドルは僅かに表情を歪ませる。国を救うためとは言え、とんでもない存在の下についてしまったのかもしれないと感じていた。
貴族たちはゼブルの恐ろしさを知って顔色を悪くしたり、不安そうな表情を浮かべてざわついたりしている。
これから自分たちはゼブルが支配する国の属国の民として生きていくことになるため、ゼブルを敵に回すような行動を取れば公国軍のように滅ぼされるのではと怯えていた。
「皆、落ち着くんだ」
ざわついてる貴族たちに聞こえるようゾルテスは僅かに力の入った声を出す。
ゾルテスの声を聞いた貴族たちは王族の前に見っともない姿を見せていることに気付き、一斉に黙り込んだ。
貴族たちが静かになると、ゾルテスは僅かに目を鋭くしてアルシェスを見た。
「……アルシェス、魔王ゼブルの力を直接目にしたお前に聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「もし、我が国が魔王ゼブルと戦うことになった場合、我々は勝てると思うか?」
ゾルテスの問いかけにアルシェスは反応する。
フォルテドルや貴族たちも驚きの表情を浮かべながらゾルテスを見ていた。
ゼブルが強大な力を持っていることはアルシェスの話を聞いてゾルテスも理解した。ただ、万が一何か不都合なことが起きてゼブルと戦うことになった際は自分たちで国を守らなければならない。
ゾルテスは最悪の事態になった時に自分たちに勝機はあるのか、直接ゼブルが戦うところを見たアルシェスに確認しておこうと思ったようだ。
「……兄上、ハッキリと申し上げます。……無理です」
しばらく黙った後、アルシェスは低めの声を出しながら答える。
ゾルテスは返事を聞くと僅かに目を細くしながらアルシェスを見つめる。反応からアルシェスが何と答えるかなんとなく分かっていたようだ。
「ベルージャス候が話したように、魔王ゼブルの力は我々では辿り着けないほど大きなものです。我が国の戦力、全軍で挑んだとしても勝ち目は無いと思います」
セプティロン王国全軍でも勝つことはできないと聞かされ、貴族たちは再び驚きの反応を見せる。
普通なら全軍で挑めば勝てると考えるだろうが、ゼブルの戦いを直接見たアルシェスが言うのだから本当に王国全軍でも勝てないかもしれないと貴族たちは感じていた。
「魔王ゼブルは、それだけ恐ろしい存在という訳か……」
「ハイ……私個人の考えですが、恐らく二百年前の魔王以上の力を持っていると思います」
嘗てこの世界に現れた魔王よりも上かもしれないと聞かされたゾルテスは軽く俯く。
それなりに強い力を持っていると予想はしていたが、アルシェスの話を聞いたことでゾルテスは自分がゼブルのことを甘く見ていたと知って情けなく思うのだった。
ゾルテスの反応を見たアルシェスは前を向き、玉座に座りながら深刻な顔をしているフォルテドルを見つめた。
「父上、今回の公国軍との戦いで私は理解しました。……絶対に魔王ゼブルを敵に回してはならないと」
アルシェスの忠告とも言っていい発言を聞いたフォルテドルはゆっくり顔を上げる。
「魔王ゼブルの力は異常としか言えません。我が国だけでなく、大陸最大である帝国や二百年前に勇者を召喚した聖王国でも彼を倒すことはできないと私は考えています」
「敵に回せばその異常な力で滅ぼされる。故に敵に回してはならないということか」
確認するように語るフォルテドルを見ながらアルシェスは無言で頷く。
アルシェスの反応を見たフォルテドルは難しい顔をしながら小さく俯いて考え込む。確かに約四万の公国軍を短い時間で壊滅させるほどの力を持つ魔王と敵対すれば、ただでは済まないだろう。
しかもその魔王にはまだ自分たちの知らない力や大量の配下がいるはず。そんな存在を敵に回すのは愚行としか言いようがない。
更に自分たちはゼブルが作る新国家の属国になることを条件に公国軍からリントスジンを守ってもらったという大きな借りがある。
セプティロン王国は戦力的にも立場的にもゼブルを敵に回すような行動を取ることはできなかった。
「……陛下、今後の我が国について、どのようにお考えになられておられるのですか?」
ザルガートに声をかけらえたフォルテドルは静かに息を吐き、どこか疲れたような顔をしながら玉座にもたれかかる。
「あの者と交わした約束どおり、新たに作られる魔王の国の属国となる。ただ、ゼブルの話では属国になった後も今までどおり国を動かせばよいとのことだ。少なくとも、我が国の立場や国民の暮らしが今より悪くなることは無いだろう」
属国になっても国に大きな変化はないことが一番の救いだとフォルテドルは感じており、とりあえずは現状を維持しながら自分たちの立場が悪くならないよう注意するのが最善の策だと考えていた。
アルシェスたちもゼブルを敵に回さずに今までどおり統治することが一番だと思っているのか、フォルテドルの考えを否定したりしなかった。
ただ、属国となったからには秘かに他国と手を組んだり、ゼブルの情報を流すようなことはできない。そんなことをして、もしゼブルにバレれば自分たちは確実に消されてしまう。
アルシェスたちは身を守るためにも裏切りと呼べる行動は取ってはならないと自分に言い聞かせるのだった。
「とにかく、ゼブルと新しく作られる国については今後、少しずつ考えればいい。……今は公国との問題を片付けることを優先するべきだろう」
ゼブルと新国家のことはひとまず置いておき、確実に危険と言えるダーバイア公国の方を警戒するべきと語るフォルテドルに謁見の前にいた全員が反応する。
今回の戦いで公国軍は甚大な被害を受け、王国領から撤退することになった。しかも魔王であるゼブルが王国軍に手を貸したことでダーバイア公国はゼブルの存在を知り、セプティロン王国が魔王と繋がりがあることを知ったはずだ。
戦争相手から魔王との繋がりについて追及されらば色々と面倒なことになる。フォルテドルたちは公国軍が再び侵攻してくることを警戒しながら、追及された際の対応策を決めておいた方がいいと考えていた。
「やれやれ、大きな問題が片付いたと思ったら、また新たな問題が発生するとはな……」
本当の意味で悩みから解放される時はいつ来るのか、フォルテドルは若干不満そうな顔をしながら呟く。
――――――
青空の下に広がる平原。その中にセプティロン王国の大都市トリュポスがある。いや、今では元セプティロン王国と言った方がいいだろう。
セプティロン王国の辺境伯だったレテノール・モル・フォリナスの領地は全てゼブルの物となり、彼が都市長を務めていたトリュポスもゼブルが建国した新国家の都市となったのだ。
トリュポスや領内に住む者たちは今でもセプティロン王国の民と考えながら生きているが、それも間もなく終わる。
今日から王国南東部に住む者たちはゼブルが作った新国家“ファブール魔王国”の民となる。
トリュポスの中にある大きな広場、そこにはトリュポスで暮らしている大勢の住民が集まっている。その中には衛兵や冒険者の姿もあり、全員が何かに怯えたり、警戒するような顔をしながら同じ方角を見ていた。
住民たちの視線の先には広くて少し高めの平台があり、その上には都市長であるレテノールが一枚の羊皮紙を広げながら立っている。
平台の隅には騎士団長のエルゲール・ダルジェントや遊撃隊長のソフィア・シルトロンド、商業や騎士団などを管理する貴族のマクロシスなど、トリュポスでそれなりの地位を持つ者たちが控えていた。
ただ、住民たちが暗くなっている理由はレテノールたちではない。
レテノールのすぐ後ろには濃い緑色の体をした人型の甲虫の異形が立っている。平台の上に立つ甲虫の異形の右側には銀髪の美少女が立っており、後ろには金髪の美女。濃い灰色の体毛を持つウェアウルフ。真紅の髪の美少年。金髪の幼女が横に並んで待機していた。住民たちは状況から銀髪の美女たちも甲虫の異形の仲間だと推測する。
更に平台の後ろでは身長3mはある深緑の甲殻を持った十数体の大型の昆虫族モンスターたちが横一列に並んで待機している。
そう、甲虫の異形とその仲間たちこそが住民たちを不安にさせている原因だった。
一時間ほど前、都市長であるレテノールからトリュポス中に重要な報告があるという知らせが広がり、住民で時間のある者たちが広場に集まった。
住民たちが集まるとレテノールはトリュポスと自分の領地が甲虫の異形、魔王ゼブルのものとなり、自分たちは新国家ファブール魔王国の民となることを伝える。
当然だが、知らせを聞いた住民たちは魔王が現れたこと、自分たちが魔王が支配する国家の民になると聞いて驚き、動揺を露わにしていた。
集まっている者の中には魔王に支配されることを不服に思う者もおり、納得できない顔をしながらレテノールやゼブルを見つめていた。特に衛兵や冒険者たちはモンスターから人々を守る立場なので戦うべきなのではと考え、持っている武器に手を掛ける。
だが、どういう訳かゼブルやその仲間、後方で待機している昆虫族モンスターたちを見ると体が動かず、汗を流したり、緊迫した表情を浮かべたりしながらその場に立ちすくんでいた。
どうして魔王が支配する国の民になることになったのか、理由が分からない住民たちは不安や不満を感じながらレテノールたちを見ることしかできなかった。
「……以上の点から我々は今後、魔王様の統治する国の民として生きることになった。王国南東がファブール魔王国の領土になることに関しては、既にフォルテドル陛下も了承されておられる。更にセプティロン王国はファブール魔王国の属国となり、魔王国に尽くすことになる」
手元の羊皮紙に書かれてある内容を読み上げるレテノールを見て、住民たちは一斉にざわつきだす。
セプティロン王国が知らない内にファブール魔王国の属国になっていたことに驚きを隠せず、住民たちは状況が上手く理解できずにいた。
「我々は魔王様の支配下となる。ただ、暮らしに大きな変化はない。私も領主ではなくなるが、都市長としての職務は続ける。皆も今までどおりに生活し、好きなことをしてくれて構わない。ただ、魔王様や配下のモンスターに敵対するような行動はしないでほしい。そうなった場合、命の保証はできない」
今の段階では従う存在が変わるだけというレテノールの言葉を聞いて、不安になっていた住民の一部は少しだけ安心したような反応を見せる。だが大半の住民は暮らしに変化が無いと知っても暗い顔をしていた。
レテノールは集まっている住民たちを無言で見つめる。まだファブール魔王国の民になったと聞かされたばかりなので、現実を受け入れるにはまだ時間が掛かると感じていた。
「……私からの話は以上だ。最後に新たに私たちの支配者となるお方、ゼブル・ファブール陛下からお言葉をいただく」
レテノールはゼブルの方を向き、軽く頭を下げてからゼブルの前から移動する。
ゼブルはレテノールが移動すると集まっている住民たちを見つめながらゆっくりと前に出た。
異世界に自分の国家が誕生し、そこの統治者となる以上、魔王として異世界中に名を広めなければならない。そのためにゼブルは自分には苗字が必要だと考えた。
苗字があれば異世界に名を広めたり、それ以外の行動を取る時に色々都合がいいため、新国家が誕生したら自分自身に苗字を付けて名乗ることにしたのだ。それ以外にも一国を支配する者が名前だけだと格好がつかないのではないか、という個人的な理由もあった。
結果、ゼブルは自身の苗字を新国家の名前と同じファブールとし、ティリアや魔将軍、レテノールたち協力者にこれから自分はゼブル・ファブールと名乗ることを伝えたのだ。
幸い異世界に来てからゼブルは名前しか名乗っていなかったため、新国家が建国された後に国名と同じ単語を苗字にしても国名から取ったと思われる心配は無い。
前に出たゼブルは立ち止まり、怯えたり警戒している様子の住民たちを見下ろす。
「トリュポスの民たちよ。俺がお前たちの新しい王、魔王ゼブル・ファブールだ」
僅かに力の入った声で名乗るゼブルを住民たちは恐怖を感じながら見つめた。
少なくとも言葉を話せるだけの知識はあるため、何も考えずに襲ったり、人間を皆殺しにするような野蛮なことはしないかもしれないと集まっている者たちは予想する。
「まず最初に言っておこう。俺の目的は世界征服、つまりこの世界を支配することだ」
ゼブルの目的を聞いた住民たちは一斉に反応する。
二百年前に現れた魔王もこの世界を支配し、人間を蹂躙しようとしていたため、目の前にいる甲虫の魔王も似た存在だと考えて気分を悪くした。
「勘違いしなように言っておくが、俺は二百年前に現れた魔王のように本能で全てを破壊したり、独裁的な支配と言った愚かな行動をするつもりは無い。自国の民や従う者には慈悲を与え、他国の人間にもそれなりに情けをかけるつもりだ」
住民たちはゼブルの発言を聞いて意外に思ったのか、少しだけ表情を和らげた。
「ただ、それも時と場合による。自分の仲間や国、お前たち国民に危害を食われる者には容赦はしないし、状況次第では一つの国を滅ぼすような決断を取るだろう。自分の大切なもの傷つけられても何もせず、怒りを感じないのはただの馬鹿だからな」
目的を果たすためなら自分の手を血に染める時もある。誤魔化すことなく自分の思ったことを語るゼブルを見て、集まっている住民たちは再び意外そうな反応を見せる。
見た目と違って人間らしさがある甲虫の魔王を見て、住民たちは自分たちが知っている人間の王族や統治者に似た思考を持っているのだと感じていた。
「俺はお前たち国民を奴隷のように扱う気は無いし、野蛮なやり方で自分の使命を果たすつもりも無い。……だが俺は魔王だ。聖者のように無欲ではないし、敵を倒す際には容赦はしない男だということを覚えておけ」
最後に自分が魔王であることを再認識させるように語るとゼブルは住民たちに背を向け、待機しているティリアたちの下へ歩いて行く。
レテノールはゼブルが住民たちを威圧するような言動を取らず、ごく普通に挨拶をしたことが意外に思ったのか目を丸くしている。
しかしすぐに気持ちを切り替え、レテノールは再び前に出て住民たちの方を向いて軽く咳をした。
「で、では、次に新国家の都市となったトリュポスの商業、防衛について説明をさせてもらう……」
最初に読み上げた羊皮紙とは別の物を広げたレテノールは書かれている文章を静かに読み上げていく。
――――――
トリュポスでの挨拶と国の方針に関する説明が終わり、ゼブルたちは転移魔法で魔王城の玉座の間に移動した。
あの後、騒ぎなどは起こらず、トリュポスの住民たちも不満などは見せなかったため、ゼブルたちにとって良い結果に終わった。
ゼブルは玉座に座りながら目の前で横一列に並んでいる魔将軍たちを見つめる。
ティリアも座っているゼブルの右隣に立って魔将軍たちに視線を向けた。
「お疲れ様でした、魔王様」
「ああ」
小さく笑っているテオフォルスを見ながらゼブルは返事をする。
とりあえずトリュポスにいる人間たちに自分の存在を認識させ、自身の魔王としてのあり方を分からせることができたので、統治者としては良い滑り出しだとゼブルは感じていた。
「これで大将と魔王国の名は大陸中に広まることになるわけだし、今まで以上に魔王の使命を果たしやすくなったんじゃねぇか?」
「そうですね。……ですが、同時に王国や公国以外の国にも魔王様の名が広がることになります。魔王国という新しい国が大陸内に誕生したわけですから、密偵を送り込んだり、魔王様への接触を試みようとする国が現れるかもしれません」
「なら、何か対策を練った方がいいんじゃない? 敵になるかもしれない国に情報を知られたら都合の悪いことになっちゃうわ」
アリスの提案を聞いたシムスとテオフォルスは「賛成だ」と言うように小さくに頷く。
二百年前の魔王のこともあるため、周辺国家は間違いなくファブール魔王国を警戒するだろう。
ゼブルに忠誠を誓うか、もしくはセプティロン王国のようにファブール魔王国の属国になるまでは有力な情報は与えないようにするのが一番だとテオフォルスたちは考えた。
「んで、新しい国を作ることはできたが、これからどうするつもりなんだ、ボス?」
セミラミスがファブール魔王国の今後の方針について尋ねると、ゼブルはゆっくりと立ち上がる。
「まずは国民たちの様子を見ながら領内にどんな場所があるのか、役に立つものがあるかを確かめる。地理を把握していれば今後活動しやすくなるからな」
統治者として国の情報を理解しておくというゼブルの考えにセミラミスは納得の表情を浮かべる。
確かに国のことが何も分からなければ統治は勿論、他国が攻め込んできた時などに良い対抗策を考えることもできない。発展や防衛のためにもファブール魔王国を完全に理解しておくべきだ。
「ティリア、今度トリュポスに行った時にフォリナス伯から領内の有力な情報を聞いておけ。あと、地理や都市のことが書かれた書物などがあったら持って帰ってくるんだ」
「あ、ハイ。分かりました」
ファブール魔王国が建国されて初めて魔王補佐官らしい仕事を任されたティリアはやる気が出ているのか、僅かに力の入った声を出して返事をする。
「さぁ、いよいよ表立って活動する時が来た。ここから本格的に世界征服と俺の使命を果たすための計画が始まるんだ」
まるで待ち望んでいたことが始まるのを楽しむかのように、ゼブルは笑いながら目を黄色く光らせた。
今回で第三章は終了します。
次回はしばらくしてから投稿するつもりです。




