第63話 無力な弱者
「ま、魔王だと?」
「ああ、二百年前にこの世界に現れた奴と同じ存在だ。正確に言えば種族は違うし、力も俺の方が上だがな」
この世界で忌み嫌われる魔王を名乗るなんて、一体何を考えているのだ。オルガロンはゼブルと名乗る甲虫の異形を見つめながらそう思っていた。
「何だよボス、もう出てきたのか? てっきりもう少し数が減ってから来ると思ってたんだけどなぁ」
意外そうな表情を浮かべながらゼブルを見る美女の言葉にオルガロンは軽く目を見開く。
ゼブルをボスと呼んだことから目の前にいる金髪の美女、そしてその仲間であるアリスと言う幼女がゼブルの部下だと知り、オルガロンはゼブルを視線に戻して緊迫した表情を浮かべる。
公国軍でもエリートと言われた自分の部下たちをあっさり倒す二人のボスであるのなら、ゼブルも同等かそれ以上の力を持っているに違いない。
強大で未知の力を持つ存在を二人相手にしているだけでもキツいのに、更にもう一人現れたことでオルガロンは自分や部下たちが殺される可能性が更に高まったと感じた。
「ダーバイア騎馬団の中に団長らしい奴がいたからな。どんな奴がちょっと見てみようと思ってな」
最前線に出て来た理由を話したゼブルはチラッと目の前にいる濃い茶髪の中年騎士に視線を向ける。
後方で魔将軍たちが公国軍と戦う光景を見ていたゼブルは茶髪の中年騎士を見つけ、ダーバイア騎馬団の団長である可能性が高いと考え、挨拶しようと出てきたのだ。
「そっか。……ただ、ボスが思ってるほどできる奴じゃねぇと思うぞ? 何しろ騎馬団の騎士ども、み~んな雑魚だからな」
セミラミスは肩に黒刀を掛けながら自分が倒した公国騎士たちの死体に目をやり、公国軍の精鋭も大したことないとゼブルに説明する。
倒れている公国騎士たちは全員体を両断されて血まみれになっており、死体を見たゼブルは公国騎士たちがセミラミス相手に手も足も出なかったと知る。
「……まぁ、お前やアリスが相手じゃ、ダーバイアの精鋭部隊も無力と言ってもいいだろうな。それだけお前たちとコイツらの力の差が大きいってことだ」
「ああ、だから団長も騎士どもと同じで弱いとあたしは思ってる」
ゼブルはそのとおりだと思ったのか、セミラミスを見ながら小さく笑う。
高レベルのゼブルや魔将軍たちにとっては二百年前に異世界に現れた魔王ですら脅威とは呼べない存在だ。それを考えるとレベル10から20程度の公国騎士など、遊び相手にすらならないだろう。
オルガロンは敵が前にいるのに、警戒することなく普通に会話をするゼブルと美女を見て神経が異常だと感じていた。
どうして戦場で、それも敵が目の前にいるのに呑気に会話することができるのか、オルガロンはまったく分からずにいる。ただ、自分が弱者と見られていることは理解できた。
オルガロンは選ばれた騎士だけが入団を許されるダーバイア騎馬団の団長を務めていることを誇りに思っていた。そんな自分が弱者と思われていると知り、誇りを傷つけられたオルガロンは僅かに苛つきながらゼブルと美女に鋭い視線を向ける。
「ゼブル、とか言ったな。汝の目的は何なのか、どうして王国軍と共にいるのか聞かせてもらおう」
「おいおい、人に質問する前にまずは名乗るのが礼儀じゃないのか?」
自分は既に名乗ったのに、自己紹介もせずに質問してくる茶髪の中年騎士を見ながらゼブルは呆れたような口調で尋ねる。
「……私はオルガロン。ダーバイア公国セプティロン侵攻軍の司令官にして、ダーバイア騎馬団の団長だ」
自分を見下す者、それも魔王を自称する存在に正論を言われて不快に思いながらもオルガロンは名乗った。
ゼブルはオルガロンと名乗る中年騎士を見て「ほぉ」と小さく声を出す。ダーバイア騎馬団の団長であることは予想していたが、公国軍の司令官とは思ってなかったので少し意外に感じていた。
「まさか司令官だったとはな。まぁ、精鋭部隊の団長なんだから司令官を任されても不思議じゃないか」
「そんなことはどうでもいい。望みどおり名乗ったのだ、こちらの質問に答えてもらおうか」
強い口調で要求してくるオルガロンをゼブルは無言で見つめる。
「おい、おっさん。テメェ、ボスに対して何偉そうな態度取ってやがるんだ。ああぁ?」
セミラミスは非力な人間がゼブルに大きな態度を取ることが気に入らず、殺意の籠った目でオルガロンを睨みつけた。
殺気は周りにいる公国騎士たちにもハッキリ伝わっており、セミラミスの周りにいた公国騎士たちは寒気を走らせる。
公国騎士たちが乗っている馬たちも本能でセミラミスの恐怖を感じたのか、鳴き声を上げながら体を前後左右に動かす。
「落ち着け、セミラミス」
ゼブルが宥めるとセミラミスは若干不満そうな顔をしながら舌打ちをした。
「まず俺の目的だが、セプティロンに侵攻して来たお前たち公国軍を倒すことだ」
「それはつまり、セプティロン王国を守るために我々を倒そうとしているということか?」
「そのとおり。そして、それが王国軍と一緒にいる理由だ」
オルガロンはセプティロン王国が魔王を名乗る異形と協力関係にあると知って難しい表情を浮かべる。
状況からセプティロン王国はゼブルと何らかの取引をしたのかもしれないとオルガロンは予想するが、情報が無い今の段階では何も分からない。
ただ、ゼブルが魔王を名乗っていることから、王国軍と共にいる昆虫族モンスターたちはゼブルの僕である可能性は高いと推測する。同時に王国軍がモンスターを手懐けて戦力を強化したわけではないと知って少し安心した。
しかし、昆虫族モンスターが王国軍の戦力でないとしても、自分たちの敵であり、公国軍が圧倒的不利な状況であることに変わりはない。
現状では王国軍に勝つのは不可能なため、公国軍に残された道は砦まで撤退する以外に無かった。
「全員、撤退しろ! 今の状態で戦っても我々に勝ち目はない。砦まで下がって態勢を立て直すのだ!」
オルガロンの命令を聞いた公国騎士たちは驚きの表情を浮かべ、言われたとおり砦まで後退しようとする。公国騎士たちも半分近くの仲間が殺されたことで、精鋭である自分たちでもセミラミスたちに勝てないと悟っていたようだ。
「残念だが、それは無理だ」
ゼブルはオルガロンを見つめながら低めの声で語り掛ける。
オルガロンはゼブルの言葉に反応し、少し驚いたような表情を浮かべながらゼブルの方を向く。
突然撤退は無理だと言われれば、普通は何を訳の分からないことを言っているんだと考えるだろう。しかし目の前にいる甲虫の異形が口にすると、ただ意味も無く言っているようには思えなかった。
「それは、どういう意味だ?」
「言ったとおりだ。お前たちは砦まで逃げきれない。……いや、生き延びることはできない」
冷たく言い放つゼブルの言葉にオルガロンは目を大きく見開く。その直後、後方から大きな爆音が聞こえ、オルガロンや生き残っているダーバイア騎馬団の公国騎士たちは一斉に砦の方を向いた。
視線の先には遠くで撤退している公国兵たちと空中から公国兵たちを襲う人影があった。
空中の人影は地上の公国兵たちに向けて火球を放ち、火球は地面に当たると同時に大爆発が起きて周囲の公国兵たちを吹き飛ばす。
オルガロンたちは先に逃がした公国兵たちが襲撃を受け、次々と命を落とす光景を見て愕然とする。
「相変わらず、スゲェ威力だな」
ゼブルは公国兵たちが爆発で吹き飛ばされる光景を見て面白そうに笑う。
――――――
撤退する公国兵たちは必死な表情を浮かべながら砦に向かって走っている。その姿はまるで恐ろしいモンスターに追いかけられて逃げているようだ。
しかし、公国兵たちの後ろには何もおらず、遠くで王国軍の仲間と思われる者たちと戦うダーバイア騎馬団の姿だけがあった。
公国兵の一人が走りながら後ろを確認すると10mほど後ろで突然爆発が起き、後ろを走る大勢の仲間が爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。
仲間が爆発に呑まれた光景に驚愕する公国兵は走る速度を上げる。周りにいた他の公国兵たちもつられるように全速力で走った。
公国兵たちは最初の大爆発で大勢の仲間が死亡し、公国騎士たちから砦まで撤退するよう指示されてから一斉に砦に向かって走り出した。だがその直後、最初の爆発よりは小さいが、集まっている公国兵たちの中心で次々と爆発が起こり、多くの仲間が爆死するという現象が起きたのだ。
爆発が王国軍の追撃だと直感した公国兵たちは爆発に呑まれないよう、全速力で砦に向かって走り続ける。
「立ち止まったり振り返ったりせずに走ってますね。まさに死に物狂いだ」
平原の上空8mほどの場所には飛行で空を飛びながら撤退する公国兵たちを見下ろすテオフォルスの姿があった。
テオフォルスは引き離されないよう速度を調整しながら逃げる公国兵たちの後を追っている。理由は勿論、撤退する公国兵たちを追撃するためだ。
「魔王様と魔将軍たちの存在、力を証明するために貴方がたには犠牲になってもらいます。これも魔王様が世界征服と言うご自身の使命を全うするため。悪く思わないでくださいね」
公国兵たちを見下ろすテオフォルスは申し訳なく思っているように呟く。ただ、言葉とは裏腹に顔は無表情で申し訳なさや罪悪感を感じているようには見えない。
テオフォルスにとって仲間でもない人間の命などは取るに足らないもので、自分やゼブルの目的を果たすための道具でしかなかった。そのため、公国兵たちを犠牲にすることになっても心を痛めたりしないのだ。
「火球!」
テオフォルスは右手を公国兵たちに向けると手の中から火球を放った。火球は勢いよく地上に向かっていき、飛んでいった先にいる公国兵に当たると爆発して周りにいる公国兵たちを巻き込んだ。
公国兵たちが撤退を始めてから起こっていた爆発はテオフォルスが追撃のために放った火球によるものだった。ただ、テオフォルスの火球の爆発はティリアの爆炎蝶の爆発よりも大きく、ゼブルが使う炸裂する業火球と同等の爆発で一度の爆発で二十人以上を吹き飛ばしている。
テオフォルスは魔法戦最強の魔将軍であることから職業は全て魔法系となっており、多くの魔法や魔法関係の技術を修得している。その中でもメイン職業の“マジックマスター”はとても優れており、修得できる魔法や技術の数は魔法職の中でも最多と言われている。
技術の中には魔法攻撃力を上げたり、効果範囲を広めたりする常時発動技術もあり、テオフォルスの火球の爆発が大きいのもその常時発動技術を使っているからだ。
火球で公国兵たちを粉砕したテオフォルスは再び右手から火球を放ち、逃げる公国兵たちを空中から攻撃する。放った火球が公国兵に当たって爆発すると、テオフォルスは再び火球を放って公国兵たちを吹き飛ばしていった。
普通魔法を発動し、そのすぐ後に同じ魔法を発動するには冷却時間が経過するのを待つ必要がある。しかし、冷却時間を短くする技術を使えばすぐに同じ魔法を発動することができるのだ。
EKTの世界では魔法職を修めている魔王は少しでも自分が有利になるため、ほぼ全員が冷却時間を短くする常時発動技術を付けていた。そしてそれは眷属や隷属も例外ではない。
ゼブルはテオフォルスが魔法戦最強と言ってもおかしくないよう、魔法戦で有利になれる魔法系の技術を多く修得させた。その結果、テオフォルスの魔法は通常よりも高威力、広範囲となり、短時間で同じ魔法を連続発動することができるようになったのだ。
テオフォルスは一度の攻撃で多くの公国兵を倒せるよう、公国兵たちが集まっている場所を狙って火球を放つ。その結果、数発で二百人以上の公国兵を吹き飛ばした。
「おい、一体何が起きてるだよ! 何であちこちで爆発が起きてるんだぁ!?」
「知るかぁ! 余計なこと言ってる暇があるなら走れ!」
公国兵たちは仲間が次々と爆発に呑まれて死んでいく光景に恐怖しながら走り続ける。
どうやら撤退している公国兵たちは上空から魔法攻撃を受けていることに気付いてないらしく、理解できない状況に怯えながら砦に向かっているようだ。
ただでさえ、最初に起きた大爆発で多くの仲間を失って士気が低下しているのに、そんな状況で謎の爆発が何度も起き、更に多くの仲間が命を落としているため、公国兵たちは完全に戦意と平常心を失っていた。
公国兵たちが原因不明の爆発の恐怖に耐えながら走り続けていると、遠くにあった砦が少しずつ大きくなってくる。
砦を見た公国兵たちはもうすぐ安全な場所に逃げ込めると知り、安心と喜びの表情を浮かべていた。
「このままだと砦に逃げ込まれてしまいますね。それだとこちらの予定が狂ってしまう。……妨害する必要がありますね」
テオフォルスは公国兵たちを見て、今のまま攻撃を続けても自分やゼブルが望んだ結果にはならないと悟る。
今回の計画では王国側の砦にいる捕虜だけを生かしてダーバイア公国へ帰せばいいので、今後のためにも目の前の公国軍は壊滅させ、できるだけ公国の戦力を削いでおきたい。だからテオフォルスは公国兵たちを逃がさず、砦に入る前に多く殺害するつもりでいた。
遠くにある砦を見つめるテオフォルスは空中を移動しながら両手を砦の方へ伸ばした。
「岩石の城壁!」
テオフォルスが魔法を発動すると両手の前に橙色の魔法陣が展開される。その直後、砦の前の地面から大きな岩の壁が突き出るように出現した。
岩壁は高さが約15m、横幅が20mほど、厚さは8mほどあり、その辺の小都市を囲む城壁よりも強固に見える。
突然現れた岩壁に驚く公国兵たちは急停止し、目の前の高すぎる岩壁を見上げる。
「お、おい! 何なんだよこの壁は!?」
公国兵の一人が岩壁を強く叩きながら叫ぶと、周りにいた他の公国兵たちも騒ぎながら同じように岩壁を叩き始める。
岩壁は砦のすぐ前に出現したため、出入口に近づくことができない。つまり公国兵たちは砦に中に入れない状態になっていたのだ。
もう少しで砦に逃げ込めたのに行く手を阻む岩壁に公国兵たちは動揺と苛立ちを見せる。だが、それ以上に砦に逃げ込んで自身の身を守れなくなった状況に恐怖と焦りを感じていた。
公国兵の中には持っている槍や剣で岩壁を破壊しようとする者もいるが、魔力や付与も無いただの武器で分厚い岩壁が壊せるはずがなく、叩いている内に刃は高い金属音を立てながら砕けてしまった。
「これで砦に逃げ込まれる心配は無くなりましたね」
低レベルの人間には自分が作り出した岩壁は絶対に壊せないと確信するテオフォルスは、岩壁の前に集まって騒いでいる公国兵たちを見下ろしながら呟いた。
テオフォルスが発動した“岩石の城壁”は地属性の上級三等魔法の一つで巨大な岩壁を作り出すことができる。
岩壁は主に敵の攻撃を防ぐための盾として使われるが、他にもその大きさから敵の移動の妨害や自身や仲間の姿を敵に見られないようにするなど、色々と使い道がある魔法の一つだ。
ただ、テオフォルスが作り出した岩壁は通常の岩石の城壁で作られる岩壁よりも大きく、分厚いものだった。理由はテオフォルスが常時発動技術で魔法の効力や性能を強化しているからだ。
そのため、テオフォルスの岩壁は同じ上級魔法を受けても簡単に破壊されないほどの防御力も持っている。レベルの低い公国兵たちでは破壊するのは不可能だった。
岩壁の前では何とか破壊して砦の中に入ろうと公国兵たちが集まっていた。その光景を上空から見下ろしているテオフォルスは公国兵たちを一掃する絶好のチャンスだと直感する。
「ばらけずに一ヶ所に集まっているのは好都合ですね。一気に片づけてさせてもらいますよ。……密集する轟雷!」
テオフォルスが新たな魔法を発動させると、岩壁の前に集まる公国兵たちの頭上に大きな青白い魔法陣が展開された。
騒いでいた公国兵たちは魔法陣に気付き、一斉に上を向いて不思議そうな顔をしている。だが公国兵の中には謎の爆発や突然現れた岩壁に続いて魔法陣が展開されたことで王国軍の攻撃だと予想する者たちもおり、魔法陣を見上げながら驚きの表情を浮かべていた。
公国兵たちが上を向いた直後、魔法陣から無数の青白い雷が轟音を立てながら真下にいる公国兵たちに向かって落ちた。
青白い光に包まれる中、落雷は集まっている公国兵たちを呑み込んで体を焼き尽くす。
公国兵たちは全身に広がる激しい痛みと痺れに断末魔を上げ、全身を黒焦げにしながらその場に倒れる。中には雷の威力に肉体が耐えられず、黒い泥状になった者もいた。
落雷と光が治まると魔法陣は静かに消滅する。後には落雷で焼け焦げた地面とその中に倒れる公国兵たちの死体だけがあった。
ただ、中には落雷の直撃を受けずに地面を走ってくる電撃を受けて死んだ公国兵たちもおり、彼らは黒焦げにならず、体が綺麗な状態で倒れている。
「……どうやら、全ての兵士を倒せたみたいですね」
テオフォルスは宙に浮いたまま落雷が落ちた場所やその周囲を確認する。砦に撤退しようとしていた公国兵は全員死亡しており、運よく生き残った者は一人もいなかった。
“密集する轟雷”は雷属性の上級三等魔法の一つで攻撃力が高く、攻撃範囲も広い。しかも落雷が落ちた後は接地電流のように電撃が地面を走って周囲に広がり、落雷を受けなかった敵にもダメージを与えることができるので今回のように一ヵ所に集まっている大勢の敵を倒すのに役に立つ。
ただ、一ヵ所に集まっているとは言え、数千の敵を一度に全滅させるのは上級魔法でも難しく、僅かに生き残る者が出る可能性もある。
にもかかわらず全ての公国兵が死亡したのはテオフォルスのステータスが高く、魔法の攻撃力と効果範囲が常時発動技術で強化されているからだ。
「とりあえず、砦に逃げ込もうとした敵は全て排除できました。これで公国軍に大きなダメージを与えることができましたし、しばらくは王国領に侵攻できないでしょう」
テオフォルスは自分たちの都合のいいように事が運んで気分を良くしたのか小さく笑いながら砦を見下ろす。
これが一人の魔将軍によって、数千の公国兵が一瞬で消滅させられた瞬間だった。
――――――
「……そ、そんな……あり得ん……」
遠くで落雷が落ち、大勢の仲間が消し飛ばされた光景を見たオルガロンは愕然としている。
ダーバイア騎馬団の公国騎士たちも砦の前に出現した巨大な岩壁、公国兵たちを消滅させた落雷に言葉を失い、馬の上で小さく震えながら呆然としていた。
一方でゼブルは落雷を見てテオフォルスが上級魔法で公国兵たちを一掃したと察し、小さく不敵な笑みを浮かべている。
アリスも砦の方を見ながら、流石はテオフォルスと言いたそうに微笑みを浮かべていた。
ただ、セミラミスはテオフォルスが公国兵を全滅させたことで自分が倒す分が無くなってしまい、不機嫌そうな顔をしている。
「私は悪夢でも見ているのか……このようなこと、現実に起こるはずがない……」
「残念だながら全て現実だ」
現実逃避するような発言をするオルガロンにゼブルは言い放った。
ゼブルの言葉で我に返ったのか、オルガロンはハッとしてからゼブルの方を向く。
現状から考えて、撤退していた公国兵たちを全滅させたのは目の前のゼブルの仲間で間違いない。一人で数千の公国兵を全て、それも短時間で皆殺しにしたのだから間違いなく二百年前に現れた魔王と同等の力を持っているとオルガロンは確信していた。
となれば、その仲間であるゼブルも公国兵たちを殺めた存在と同じくらいの力を持っている可能性は十分ある。
オルガロンは二百年前の魔王と同じくらいの実力を持っているであろうゼブルが目の前にいることから、抵抗を続けても自分や部下は無事に帰ることはできないと直感する。
この状況で自分が取るべき最善の選択とは何か、オルガロンは俯きながら考え込んだ。
「……ゼブル、殿。……我々公国軍は王国軍に降伏する」
低い声で語るオルガロンをゼブルは無言で見つめる。オルガロンの発言を意外に思うような反応は見せていないことから、降伏することを予想していたのだろう。
オルガロンは考えた末、自分や仲間が生き残る道は降伏しかないと判断した。降伏すれば戦いに敗北し、王国軍の捕虜になってしまうが少なくとも死と言う最悪の結末からは逃れられる。
既に部隊の三分の二以上を失い、これ以上部下たちを死なせるわけにはいかない。オルガロンは公国軍の司令官として、せめて今生き残っている部下たちの命だけは救わなくてはならないと思ったようだ。
「我々はこれ以上抵抗はしない。どうか、身の安全を保障してもらいたい……」
「断る」
ゼブルの返事を聞いたオルガロンは耳を疑い、目を見開きながらゼブルを見つめる。
公国騎士たちも降伏を認めないゼブルに驚きを隠せずにいた。
「それはいくら何でも虫がよすぎるんじゃないか?」
「ど、どういうことだ……」
「元はと言えばお前たち公国が停戦協定を破って密偵を送り込んだのが原因だ。一方的に協定を破り、開戦の会談なども行わずに王国領に攻め込んできた」
「その点に関しては弁明の余地も無い……」
オルガロンもダーバイア公国の行いは間違いだと分かっているらしく、ゼブルの発言は否定することなく認めた。
ダーバイア公国の騎士として、公国の統治者である大公や貴族の命令には従うのは当然のこと。だが、騎士も一人の人間であるため、自分が仕える者が間違った行動を取れば、それに対して不信感を抱いてもおかしくない。
実際にオルガロンは停戦協定を破ってセプティロン王国に攻め込むことを決断した大公たちの考え方に小さな疑念を抱いていた。
「公国の愚かな行動を取ったせいで王国は大きな被害を受けた。それなのに自分たちが危うくなったら助けてくれ、と言うのはあまりにも身勝手なんじゃないのか? 少なくともお前たちに自分から降伏を申し出る資格は無い」
降伏することを認めない理由を聞かされたオルガロンは何も言い返せずに黙り込む。
本来ながら降伏を認めないと言われれば言い返すのだが、ゼブルが語った内容を考えれば言い返すことはできなった。
「お前たちに残された道は二つだけだ。俺たちに勝って生き延びるか、殺されるかだ」
情けを一切かける様子のないゼブルにオルガロンは僅かに目を鋭くする。
目の前の甲虫の異形がどれだけの力を持っているのかは分からない。しかし、二百年前の魔王のように冷徹な性格をしているということだけは理解できた。
自分たちに抵抗する意思が無いことを主張してもゼブルは降伏することを許さない。であれば、自分が取るべき行動は一つしかなかった。
オルガロンは剣を握る右手に力を入れ、左手で手綱を握りながら馬に指示を出してゼブルの方を向かせる。
馬が向きを変えたことでゼブルとオルガロンは真正面から向かい合う形になった。
「戦い以外に選択肢が無いというのなら、致し方ない。……生き残るために私は戦う」
オルガロンの発言に公国騎士たちは一斉に反応する。撤退した公国兵たちが殺される光景を見ていながらオルガロンが戦おうとしていることに驚くを隠せずにいた。
ゼブルやその仲間であるセミラミスたちが大きな力を持っていることはオルガロンも理解している。ここまでの戦いを見れば、普通は挑もうなどとは考えないし、戦っても勝てる可能性は非常に低いだろう。
しかし勝つ以外に生き残る方法が無いのなら戦うしかない。それに絶対に負けると決まったわけではないとオルガロンは考えており、ほんの僅かでも勝てる可能性があるのならそれに賭けてみようと判断して戦うことにしたのだ。
セミラミスは構えるオルガロンを見て、ゼブルに勝つつもりでいると知って鼻で笑う。相手との力の差を理解していないような行動を取るオルガロンがセミラミスにはとても哀れに見えていた。
アリスは興味が無いのか無表情でオルガロンを見ている。
ダイナも体を大きくしたままアリスの隣までやって来て、ジッとオルガロンを見つめていた。
「フッ、見っともない言動を取らずに戦うことを受け入れたか。どうやら協定を破った公国のお偉いさんたちよりはまともなようだな」
ゼブルは潔いオルガロンを見るとアイテムボックスを開き、右手を魔法陣に入れて一本の剣を取り出す。
黒いファルシオンに似た形状の剣で片刃だが切っ先部分だけは両刃になっている。刀身には紫色の装飾が施され、悪魔の翼の形をした鍔が付いていた。どう見てもそこらの剣とは比べ物にならないほどの業物だ。
ゼブルが取り出したのは黒い剣は“冥王剣プルートー”と呼ばれる闇の力を宿した魔剣でゼブルが気に入っている武器の一つだ。
攻撃力は高く、装備することで魔王の全ステータスを上昇させる能力がある。それ以外にも攻撃した相手を一定の確率で魔法が使えない沈黙状態にする能力もあるため、魔法を使う相手にも効果があるのだ。
オルガロンの発言や状況から、ゼブルはオルガロンが自分と戦おうとしていると気付いていた。普通なら自分よりも弱い敵など相手にせず、セミラミスかアリスに任せるのだが、オルガロンが見苦しい姿を見せずに戦おうとしているため、その覚悟に応えるようとお気に入りの武器を使い、自ら相手をしようと考えたのだ。
ゼブルが何も無い所から剣を出すのを見たオルガロンは驚いて軽く目を見開く。だがすぐに真剣な表情を浮かべて剣を構え直す。
いつでも戦える状態になったオルガロンを見たゼブルは小さく笑い、黒い剣を右手で握りながら構える。
「来い。お前の覚悟に敬意を表して、少しだけ本気を出して戦ってやる」
ゼブルに自分と戦う意思があると知ったオルガロンはゼブルを無言で見つめる。
相手が自分を認め、少しだけとは言え力を出して戦おうとしているのだから、自分も失礼のない戦いをしなくてはならないとオルガロンは考え、自分の持つ全ての技術を使って戦うことを決めた。
緊迫した空気が漂う中、オルガロンは剣と手綱を絶対に離さないよう力を籠め、姿勢を僅かに低くして馬が走る際に風の抵抗を受けないようにする。
今の状態なら素早くゼブルに近づき、全力で斬りかかることができると確信するオルガロンはゼブルを見つめながら攻撃するタイミングを窺う。
公国騎士たちはゼブルとオルガロンが向き合う光景を近くで見つめている。
自分たちの団長が魔王を名乗る異形と戦うとしているのだから、普通は加勢して一緒に戦うべきなのかもしれない。だが、オルガロンが騎士として一人でゼブルと戦おうとしているのに、そこに加勢するのはオルガロンの誇りを傷つけることになると感じて見守ることにしたのだ。
セミラミスとアリスは無表情でゼブルとオルガロンを見ている。二人は戦いがどんな結果になるのか分かっているため、ただ黙って戦いが終わるのを見届けていた。
周囲が見守る中、オルガロンは正面にいるゼブルを見つめ、構え方や足の位置、見ている場所を念入りに確認する。
そして数秒ほどゼブルを観察すると、オルガロンは馬に指示を出してゼブルに向かって走らせた。
「いざ、勝負っ!」
馬がもの凄い勢いで近づいたことでゼブルはあっという間にオルガロンの間合いに入った。
ゼブルが間合いに入った瞬間、オルガロンは剣を振り下ろしてゼブルを斬ろうとする。
だが次の瞬間、オルガロンの視界が逆さまになった。同時に首から下の感覚も無くなり、オルガロンは何が起きたのか理解できずに目を動かす。
すると視界に馬に乗った首の無い騎士の体が入り、それを見たオルガロンは目をゆっくりと見開く。オルガロンは視界に映っているのが首を刎ねられた自分の体だと気付いた。
自分に何が起きたのか理解した直後、馬に乗る自分の後ろに剣を振る体勢を取って立っているゼブルの姿が目に入った。
現状とゼブルの体勢からオルガロンは自分が攻撃を仕掛けようとした瞬間、ゼブルがもの凄い速さで移動して馬に乗った自分の切ったと知り、ゼブルのとてつもない身体能力に衝撃を受ける。
「……運が悪かったな。司令官に選ばれなければ、もっと長生きできただろうに」
ゼブルは前を向いたまま、頭部を失ったオルガロンに語り掛ける。その声には同情や申し訳なさなどは一切感じられず、ただ声を掛けているだけのように見えた。
オルガロンは視界が回る中、少しずつ小さくなるゼブルの声を聞いていた。次第に声だけでなく、音なども聞こえなくなり、気も遠くなっていく。
やがて意識が無くなり、オルガロンの頭部は地面に落ち、馬に乗っていた体もゆっくり傾いて落下した。




