第62話 美しき殺戮者たち
突然の大爆発に公国軍は完全に陣形を崩し、壊滅的な被害を受けていた。
爆発に呑まれた者は大半が即死し、運良く生き延びた者たちも重傷を負っている。部隊の前列にいた者たちは爆発に呑まれることは無かったが、背後からの爆風で体勢を崩して全員が倒れていた。
勿論、ダーバイア騎馬団も全員が爆風を受けて落馬し、公国騎士たちは落馬した時に全身を地面に叩きつけ、苦痛の表情を浮かべている。
公国騎士たちが乗っていた馬も倒れたり、驚いて周囲を走り回ったりしていた。
「……い、いったい、何が起きたんだ……」
俯せになっているオルガロンは全身の鈍い痛みに耐えながら体を起こして周囲を見回す。周りではルラーナやダーバイア騎馬団の公国騎士たちが倒れており、自分と同じように起き上がりながら周りを見ている姿がある。
王国軍に突撃している最中に爆発が起きたことで、王国軍が攻撃を仕掛けてきたのだと確信するオルガロンはゆっくりと立ち上がり、改めて何が起きたの確かめようとする。
だが後ろを向いた瞬間、オルガロンは驚愕の表情を浮かべながら固まった。
視界に飛び込んできたのは四つの大きな爆発跡とその周りで燃える炎。空に向かって上がる大きな黒煙。そして倒れる大勢の公国兵の姿だった。
オルガロンは現状と目の前の光景から背後で大爆発が起き、その爆発で大勢の仲間が犠牲になったと知って呆然とする。
王国軍に突撃してから十分ほどしか経過していないのに自軍は半分以上の兵士を失う状態になっており、オルガロンは悪夢を見ているのではと現実を受け入れられずにいた。
「何なのだこれは……王国軍は何をしたのだ……」
「だ、団長!」
驚いているオルガロンに立ち上がったルラーナが駆け寄りながら声をかける。
ルラーナの声を聞いたオルガロンはハッと我に返り、走ってくるルラーナの方を向いた。
「ルラーナ、大丈夫か?」
「え、ええ、怪我も大したことはありません。……それよりも、何が起こったのですか? どうして我が軍が……」
オルガロンと同じように自軍が一瞬で大きな被害を受けたことが信じられずにいるルラーナは爆発跡を見つめながら尋ねる。
ルラーナの質問に答えられないオルガロンは表情を歪め、爆発跡と倒れている仲間たちに視線を向けた。
「私にも分からん。王国軍が何か仕掛けてきたのは間違いないと思うが……」
「これが王国軍の仕業なのだとしたら、彼らはどうやってこれほどの爆発を? 魔導士たちに爆発系の魔法を発動させたのでしょうか……」
「それはあり得ん。一瞬でこれほど大きな爆発を起こせる魔法を使える者などいるはずがない。二百年前に魔王を倒した勇者やその仲間でも不可能だろう」
「では、どうしてこんな爆発が起きたのですか?」
分かるわけない。オルガロンは驚きながら尋ねるルラーナにそう言いたかった。
しかし今は爆発の原因や誰が起こしたのかを考えている場合ではない。真っ先にやらなければならないことがある。
「とにかく、今は我が軍の状況を確認しながら態勢を立て直すことが重要だ。お前は他の者たちと現状を確認しろ!」
「……は、ハイ!」
指示されたルラーナは返事をすると急いで同じダーバイア騎馬団の仲間の下へ向かう。
今は戦いの真っ最中で一瞬でも冷静さを失えば命取りになる、という常識を思い出したルラーナは動揺していた自分を恥ずかしく思い、落ち着きを取り戻しながら最も優先すべきことを行った。
他のダーバイア騎馬団の公国騎士たちも爆発と被害の大きさに驚いている。しかし中には驚きながらも倒れている馬を立たせたり、落ち着かせたりしながら態勢を整えようとしている者も何人かいた。
ルラーナは仲間たちに駆け寄るとオルガロンの命令を伝え、馬に乗って数人の公国騎士と共に公国軍の現状確認に向かう。
オルガロンは倒れていた自分の馬を立たせ、落ち着かせながら問題なく乗馬できるようにし、遠くにいる王国軍の警戒をする。
近くではルラーナに同行しなかったダーバイア騎馬団の公国騎士たちが騎馬団を立て直しながらオルガロンと同じように王国軍の様子を窺っていた。
「王国軍がどのようにしてあのような大爆発を起こしたかは分からんが、我が軍が非常に危険な状態であることは確かだ。ルラーナたちが戻り次第、急いで砦に戻らなければ間違いなく全滅してしまう」
現状と自分たちが取るべき行動を確認するかのようにオルガロンは呟く。
ルラーナたちが戻った後に問題なく行動できるよう、自分も公国軍の状態を確かめて置くべきだと考えたオルガロンは周囲を見回す。
ダーバイア騎馬団には戦死者は出ておらず、既に全員が落ち着きを取り戻し、体勢を立て直して自分の馬に乗っている。
だが、自分たちの後をついて来ていた公国兵たちは、突然の大爆発と爆発で吹き飛ばされた大勢の仲間を目にしたことで恐怖に呑まれており、殆どがその場に座り込んだり、震えながら爆発跡を見たりしていた。
オルガロンは公国兵たちを見て精神的にかなり追い込まれていることを知る。これ以上の被害を出さないためにも公国兵たちを落ち着かせ、問題なく逃げられる状態にしなくてはいけないと感じた。
効率よく撤退するためにまず何をするべきか、オルガロンが公国兵たちを見ながら考えていると、公国軍の現状確認に向かっていたルラーナが戻ってきた。
オルガロンの前にやって来たルラーナは緊迫した表情を浮かべながら馬を止める。
「団長! 先程の爆発で我が軍は戦力の約三分の二を失っています。生き残った者たちも多くが重傷を負っており、とても戦いは続けられる状態ではありません」
「やはりそうか。……王国軍はこちらが甚大な被害を受けたのを見て間違いなく攻め込んでくるはずだ。すぐに全軍に砦に撤退するよう指示を出せ」
「既に出しています」
自分が指示する前に撤退を指示したルラーナを見て、オルガロンは「いい判断だ」と思いながら軽く頷く。
普通は司令官の指示を受けずに勝手に部下や仲間に指示を出すのは違反行為だが、現状ではルラーナの行動は正しいと感じていたオルガロンはルラーナを咎めたり、軍規違反として見る気は無かった。
ルラーナが撤退を指示しことで公国兵たちは騒ぎながらも撤退を始めている。中には危機的状況にいながらも冷静さを失わず、重傷者に肩を貸して共に砦に向かう軽傷者もいた。
オルガロンは何とか撤退できていると知ると自分の馬に乗り、ルラーナや周りにいるダーバイア騎馬団の公国騎士たちを真剣な表情で見る。
「我々騎馬団はこの場に残り、王国軍を警戒し続ける。もし王国軍が進軍して来たら迎撃し、兵士たちが逃げられるよう時間を稼ぐんだ!」
生き残っている戦力で特に力の強い自分たちが敵の足止めをするというオルガロンの指示を聞き、ルラーナたちは一斉に力強く返事をする。
ダーバイア騎馬団は公国軍の精鋭であり、強さの象徴と言ってもいい存在。その騎馬団が公国兵、それも徴兵された者たちより先に撤退するなどあり得ない。そう考えるルラーナたちは全力で王国軍の相手をし、公国兵たちを守るつもりでいた。
「まず、王国軍がどのように攻めて来ても対処できるよう陣形を組み直す。もし攻め込んで来たら左右に回り込んで敵を包囲す……」
オルガロンが指示を出していると、王国軍がいる方角から何かがもの凄い勢いで近づき、指示を聞いている公国騎士たちの前で止まった。
気付いたオルガロンたちは目を見開きながら一斉に近づいてきたものを確認する。
目の前には姿勢を低くしている長い金髪を後ろでまとめた美女がおり、裸の上半身に包帯のような物を巻き、背中に見たことの無い文字が入った黄色い上着を着て、同じ色の長ズボンを穿いている。
そして、背中には薄い黄色の翅が付いており、右手に黒い木製の刀を握っていた。
突然目の前に現れた美女を見てオルガロンたちは驚きを隠せずにいる。それと同時に目の前の美女は開戦前に王国軍と共にいた者の一人だと気付き、自分たちの敵だと直感した。
「……よぉ、始めましてだな。公国軍の人間ども」
不敵な笑みを浮かべながら挨拶をする美女はゆっくりと姿勢を直し、オルガロンたちに挨拶をする。
美女の近くにいた五人の公国騎士に馬に乗りながら腰の剣を抜いて斬りかかろうとした。
だが公国騎士たちが動く前に美女は公国騎士たちに向かって持っている木製の刀を右から左に素早く振る。その瞬間、五人の公国騎士は乗っていた馬ごと粉砕され、周囲に大量の血と肉片が飛び散った。
「そして、さようなら」
公国騎士を殺害した美女は遊びを楽しむ子供のような態度を取る。
オルガロンや他の公国騎士たちは美女を見て目を見開き、一瞬で五人の公国騎士を手に掛けたことには驚く。たがそれ以上に人の命を奪っても何も感じない様子の美女に恐怖を感じていた。
美女は木製の刀を軽く振ると目を動かして固まっている公国騎士たちを見る。すると先程まで笑っていた美女はつまらなそうな表情を浮かべて軽く息を吐く。
「何だよ、仲間が殺されただけで動けなくなったのかぁ? 公国の精鋭部隊って言うから少しは根性があると思ってたんだが、所詮この程度か」
驚いていたオルガロンは美女の言葉で我に返り、部下を殺した美女を鋭い目で見つめる。
一瞬で公国騎士たちを殺害されたことには衝撃を受けたが、だからと言っていつまでも驚いてはいられない。
オルガロンは自分たちが生き残るため、公国兵たちを逃がすためにも目の前にいる美女を倒さなくてはならないと自分に言い聞かせながら腰の剣を抜いた。
「皆、しっかりしろ! 敵はとてつもない力を持っているようだが、所詮一人だ。取り囲んで一気に仕留めろ!」
公国騎士たちはオルガロンの言葉を聞いて一斉に反応し、目の前の美女を見つめる。
確かに相手は一人なので、大勢で一斉に攻撃すれば勝てるはずだと公国騎士たちは考え、指示されたとおり美女を取り囲んだ。
美女から一定の距離を取る二十人の公国騎士は剣や槍を握り、警戒しながら攻撃を仕掛けるタイミングを窺う。いくら公国軍の精鋭と言われているダーバイア騎馬団も一度に五人の仲間を殺した相手には迂闊に近づけなかった。
「ハッ、取り囲めばあたしに勝てると思ってるのか? ……甘いんだよ」
つまらなそうな顔で語る美女は右に回転しながら木製の刀を振る。その直後、取り囲んでいた二十人の公国騎士は最初に殺された公国騎士たちと同じように乗っている馬ごと粉砕された。
距離を取っていたはずなのに簡単に殺害され、血肉へ変えられてしまった仲間に他の公国騎士たちは表情を歪ませる。
今の攻撃を見て、公国騎士たちは目の前にいる美女は間違いなく英雄級の実力者と同等かそれ以上の力を持っていると理解した。
勿論、オルガロンやルラーナも美女が仲間を倒す光景を見て愕然とし、普通に挑んでは勝つのは難しいと感じていた。
「少人数でちまちま来ねぇでまとめて掛かって来い。その方が早く片付けられるからあたしも助かるんだよ」
「一人でやるなんてズルいわ」
頭上から幼い少女の声が聞こえ、オルガロンたちは一斉に上を向く。
視線の先には赤銅職のフロックコートを着た真紅の髪の美少年が4mほどの高さで宙に浮いている。背中には金髪で大きな黒いリボンを付け、青いワンピースを着た幼女と仔猫を乗っており、驚いているオルガロンたちを見下ろしていた。
新たに現れた二人と一匹を見てオルガロンや公国騎士たちは驚きながら警戒する。
浮いている二人組も目の前にいる金髪の美女と同じで自分たちの敵だと分かっているため、オルガロンたちは二人組を見上げながら身構えた。
特に真紅の髪の美少年は宙に浮いていることから魔導士だと確信しており、幼女以上に警戒を強くしている。
もしかすると、自軍に壊滅的な被害を出した爆発は浮いている美少年の仕業なのかもしれない。オルガロンは美少年を見つめながら推測した。
「私も公国軍の騎馬団と戦いたいから、一人で全部倒さないで」
「うるせぇなぁ。他にも敵はいるんだから、あたし一人でぶっ殺してもいいじゃねぇか」
「ダメ!」
不満を露わにする幼女に美女は面倒くさそうな顔をしながら自身の後頭部を掻く。
美女たちのやり取りを見ているオルガロンたちはとても戦場で命を懸けて戦う者の姿とは思えないと感じていた。
「わぁ~ったよ。一緒に戦っていいからブーブー言うな」
美女の言葉に幼女は微笑みを浮かべ、美少年の背中から飛び下りる。
幼女は表情を一切変えず、スカートが風で上がらないように押せながら美女の隣に着地した。
4mの高さから飛び下りたのに怪我一つ負っていない幼女にオルガロンたちは目を見開き、金髪の美女と同じように只者ではないと直感する。
幼女が着地した直後、仔猫も幼女の隣に下り立ち、幼女を見上げながら鳴き声を上げる。
仔猫に視線を向けた幼女は笑いながらそっと仔猫と頭を撫でた。
「では、私は先へ行きます。二人とも、ここは任せますね?」
「ああ、ちゃっちゃと終わらせて後を追う。……一人で片づけるな? あたしの分も残しとけよ?」
「申し訳ないですが、約束はできません」
微笑みながら答えた美少年は砦の方へ飛んでいく。
オルガロンたちは飛んでいく美少年を見て、撤退する公国兵たちを狙っているのだと知って目を見開いた。
「マズい、あの男を追え! 撤退している兵士たちを魔法で強襲する気だ!」
「は、ハイ!」
オルガロンの指示を聞いて近くにいた公国騎士が美少年を追いかけようと馬を動かす。
だがその時、黄色の光弾が公国騎士の頭部に命中し、水音を立てながら頭部は粉砕される。
頭部を失った公国騎士の体は力を失い、ゆっくりと崩れるように馬から落ちた。
公国騎士が殺されたのを見て、オルガロンたちは光弾が飛んできた方を向く。そこには左手を前に伸ばす美女の姿があり、一同は先程の光弾が美女による攻撃だと悟る。
「おい、何勝手に追いかけようとしてんだ。テメェらの相手はあたしらだろうが。追いかけたいんだったら、まずはあたしらを倒してからにしな」
自分を無視して仲間を追いかけようとしたのが気に入らないのか、美女は僅かに険しい顔をしながら睨んでくる。
オルガロンは状況から先に目の前の美女と幼女を何とかしなければならないと考え、剣を握る手に力を入れた。
「皆、まずはこの者たちを倒すのが先だ! 撤退している兵士たちを守るためにも、急いでこの者たちを倒すんだ!」
公国騎士たちはオルガロンの命令を聞き、一斉に美女と幼女を睨んで持っている武器を構えた。
美女と幼女を相手に二百人以上の騎士で戦うのは非常に見っともなく、騎士道に反していると言えるだろう。だが、目の前にいるのが普通の美女や幼女ではなく、強大な力を持った存在なら話は別だ。
負傷し、戦意を失っている公国兵たちを守るため、そして自分たちが生き残るためにオルガロンたちは全力で美女と幼女を倒すことにした。
「……フッ、テオフォルスを追わず、あたしらの相手をするのに集中してくれたか」
セミラミスは公国騎士たちが自分とアリスを睨む姿を見て小さく鼻で笑う。
を追いかけようとしたことで少し機嫌を悪くしていたが、逃げたりせずに自分の相手をする気になったことを知って少し機嫌が直ったようだ。
「私たちの役目は力を見せつけながら公国軍をやっつけることなんだから、ただやっつけたり、一人で戦ったりしちゃダメよ?」
「わぁってる。いちいち説教するような言い方をするな。お前はあたしの母親か」
鬱陶しそうな顔をしながら黒い木刀を肩に掛けるセミラミスに呆れたのか、アリスは軽く俯きながら小さく溜め息をつく。
しかしすぐ前を向き、真剣な顔で大勢の公国騎士たちを見つめる。
「それじゃあ、私たちの力を見せるために、まず技術を使おうと思うんだけど、私が先にやってもいい?」
「ああ。殺さずに力を見せるっつうなら、お前の技術が一番効果的だろうからな」
セミラミスが納得すると、アリスは正面にいる公国騎士たちを見ながら両手を前に出して掌を上に向けた。
「呪い童話・白雪姫」
アリスが何かの技術を発動すると手の中から薄い紫色の光の粒子が溢れるように出現し、アリスの頭上に集まって一つの場面を作り出す。それはドレスを着た少女がローブを着てリンゴを差し出す老婆と向かい合うものだった。
頭上に浮かび上がった光の少女と老婆が向かい合う場面に公国騎士たちは驚き、目を見開きながら見つめる。すると公国騎士たちが見つめる中、光の場面は消えて周囲に薄紫の粒子を広げた。
突然消えた光の場面に公国騎士たちは呆然とする。だがそんな時、突然セミラミスとアリスの近くにいた二十数人の公国騎士の体に異変が生じる。強い倦怠感と息苦しさ、胸の痛みなどに襲われ、公国騎士たちは次々と落馬して倒れたのだ。
「お、おい、どうしたんだ!?」
様子がおかしい仲間を見て、異常の無い公国騎士の一人が動揺を見せながら声をかける。勿論、オルガロンやルラーナも驚きながら倒れる部下たちを見ていた。
他の公国騎士たちも苦しんでいる仲間を見て驚いている。この時、公国騎士たちは光の場面が消えた瞬間に仲間が体調を崩したため、光の場面を作り出した幼女が何かしたのだと確信して幼女に視線を向けた。
「それじゃあ、次行くわね?」
公国騎士たちに見つめる中、アリスは再び両手の掌を上に向ける。その表情からは周りにいる公国騎士に対する警戒心は一切感じられなかった。
「呪い童話・鉄のハンス」
アリスが先程の技術と似た技術を発動すると、今度は手から薄い黄色の光の粒子が溢れ、アリスの頭上に幼い王子と鉄の檻に入った山男が向かい合う場面を作り出される。そして光の場面は消滅し、先程と同じように周囲に光の粒子を広げた。
光の粒子が広がった直後、苦しむ仲間たちを心配していた公国騎士が十数人、何かに驚いて目を見開き、最初の公国騎士たちのように落馬して倒れる。
ただ、今度の公国騎士たちは胸を押さえたり、起き上がったりせず、倒れたまま体を小さく痙攣させていた。
「な、何なんだ!? 今度は何が起きたんだ!」
新たに仲間たちが倒れるのを見て、再び異常の無い公国騎士の一人が驚く。
他の公国騎士たちも自分が理解できないことが連続で起きている状況に小さな恐怖を感じていた。
「ソイツらはアリスの技術で毒に侵され、体が麻痺してる。まともに戦える状態じゃねぇ」
セミラミスは何が起こったのか、異常の無い公国騎士や倒れている公国騎士たちに説明する。
魔将軍の実力と恐ろしさを公国軍に分からせることが目的なので、セミラミスはアリスの力を理解させるため、仕方なく説明したのだ。
公国騎士たちは面倒そうな顔をする美女を見ながら軽い衝撃を受ける。だが驚くと同時に仲間が倒れたのが予想どおり、目の前にいるアリスと呼ばれた幼女の仕業だと知って厄介に思うのだった。
アリスが使用した呪い童話はアリスが眷属になる前のモンスター、“メルヘンウィッチ”と呼ばれる上級亜人族モンスターだけが使用できる補助技術で効果範囲内にいる敵を毒や麻痺と言った状態異常にすることができる。
呪い童話は数種類あり、相手によって効果的な状態異常を選び、戦いを有利に進めることができるのだ。
メルヘンウィッチはEKTで魔王の天敵である勇者を倒した際に手に入る褒章、魔神賞で手に入る。つまり、メルヘンウイッチはEKTでゼブルだけが所持している極めて貴重なモンスターなのだ。
ゼブルは自分しか持っていない強力なモンスターを更に強力にするために眷属に変え、職業やアイテムを与えた。その結果、アリスと言う魔将軍が誕生したのだ。
「まさか、あの光の絵のようなものが相手の体を狂わせる技術だったとは……」
説明を聞いていたオルガロンは目の前にいる二人が人間ではなく、自分が知っているモンスターと比べて遥かに危険だと改めて認識する。
もしも目の前にいる二人をこのまま生かしておけば自分たちだけでなく、ダーバイア公国にとっても脅威となると確信するオルガロンは何があってもここで倒さなくてはいけないと感じていた。
「全員で総攻撃を仕掛けろ! この二人を放置すれば、必ず公国にとって危険な存在になる。国と家族を守るため、そして王国軍の戦力を削ぐためにも必ずことで討ち取るのだぁ!」
オルガロンの言葉を聞いた公国騎士たちは反応し、近くにいる仲間と顔を見合わせる。
ダーバイア公国や自分の大切な存在を守るためにも脅威となる存在は排除しなくてはならない。オルガロンの言うとおりだと考える公国騎士たちは真剣な表情を浮かべながら武器を構え、一斉に美女とアリスに突撃する。
「この状況でまだ自分たちが勝てると思ってるのかよ。……おめでたい奴らだねぇ」
セミラミスは馬に乗りながら向かってくる公国騎士たちを見て呆れた様子で呟き、右手で黒い木刀を握りながら自身の左側に持っていく。
「剣帝斬撃波!」
公国騎士たちが一定の距離まで近づいた瞬間、セミラミスは黒い木刀を左から右に勢いよく横に振り、刀身から大きな青白い斬撃を正面から向かってくる公国騎士たちに放つ。
斬撃は勢いよく飛んでいき、二十人近くの公国騎士の胴体を真横に両断し、乗っている馬たちの首も刎ね飛ばした。
切られた公国騎士たちは即死しており、表情を変えたり声を出したりすることなく一斉に馬から落ちる。
首を刎ねられた馬たちも崩れるように倒れた。
「……やっぱ、雑魚じゃあ剣帝斬撃波には耐えられねぇか」
倒れる公国騎士たちを見て、予想したとおりの結果になったと感じたのか、セミラミスはつまらなそうに呟いた。
セミラミスが放った“剣帝斬撃波”は剣士系の上級職が修得できる攻撃技術の一つで斬撃系の武器を装備している時に使用することができ、離れた所にいる敵に攻撃することができる。
射程は20mほどあるため、敵が僅かに距離を取った際には追撃などにも使えるため、剣士系の職業を修めている者には重宝される技術の一つなのだ。
ただ、長距離攻撃を行う敵には届かず、斬撃を飛ばす以外に特殊な効力は無い。しかし特殊な効力が無い分、攻撃力は剣士系の技術の中でもトップクラスなので、決して使い難い技術ではない。
セミラミスは剣士系の上級職の一つである“マスターブレイダー”をメイン職業として修めている。マスターブレイダーはEKTの剣士系職業の中で剣士が使う技術の修得数が多く、EKTでは戦術面では優秀な職業の一つと言われていた。
剣士系の上級職には他にも“ソードマスター”と言う似た職業があるのだが、ソードマスターはマスターブレイダーと比べて修得できる技術の数が少ない。その代わり、使用できる武器の数がマスターブレイダーよりも多いため、EKTではどちらの職業を選ぶか悩み魔王も多くいた。
「さて、次はあっちだな」
セミラミスは正面にいた公国騎士たちを倒すと次に左斜め前から向かってくる公国騎士たちの方を向き、黒い木刀を右上から左下に向けて振り下ろす。
振った瞬間、再び刀身から青白い斬撃が放たれ、近づいてきた大勢の公国騎士と乗っている馬たちを両断した。
斬撃系の武器を装備していないと使用できない剣帝斬撃波をどうして木刀を装備したセミラミスで使えるのはとても不思議に思える。その理由はセミラミスが使用している黒い木刀にあった。
セミラミスが使っている木刀は“ユグドラシルの黒刀”と呼ばれている武器だ。攻撃力が高いのは勿論だが、最大の特徴は使用者の意思で武器の攻撃属性を斬撃か殴打に切り替えることができるという点にある。
斬撃が効き難い相手と戦う際は殴打系に切り替え、逆に殴打が効き難い相手には斬撃系に切り替えて戦うことができるため、EKTでは戦況を変えられる有能な武器の一つと言われていた。
「そ、そんな……こんなことが……」
大勢の公国騎士が両断された光景にオルガロンは声を震わせる。
戦いが始まってからまだに十分ほどした経過していないのに、既に五十人以上の公国騎士が命を落としている。これはダーバイア騎馬団にとって過去最悪と言える状況だった。
オルガロンが愕然とする中、公国騎士たちは恐怖を感じながらも必死に攻撃を続ける。しかし敵である美女は持っている木製の刀を素早く振り回して近づく公国騎士を次々と血肉へ変えていく。それはとても酷く、無力感を感じさせる光景と言えた。
公国騎士の中には美女ではなく、アリスと言う幼女に攻撃を仕掛けようとしている者たちもいた。公国騎士たちは槍を構えながら馬を走らせ、一気に距離を縮めていく。
「我らの槍を受けろ、人の姿をした化け物どもぉ!」
先頭を走る公国騎士がアリスの右側から槍で攻撃を仕掛けようとした。
「あっ、私に攻撃しない方がいいわよ?」
アリスは近づいてくる公国騎士を無表情で見つめながら意味深な言葉を呟く。
しかし公国騎士にはアリスの言葉は届いておらず、公国騎士は攻撃は中断することなく槍でアリスの右腕に突きを放った。
ところが槍先はアリスの右腕の数mm手前で見えない何かに止められて弾かれてしまう。
公国騎士は槍が通用しないことに一瞬驚くが、何かの拍子で攻撃が失敗しただけだと軽く考え、再び攻撃を仕掛けようとする。
だが公国騎士が攻撃を再開しようとした瞬間、公国騎士の上半身に切り裂かれたような大きな傷が三つ付き、傷口から鮮血が噴き出る。
切り裂かれた公国騎士は何が起きたのか理解できず、ゆっくりと馬から落ちて動かなくなる。公国騎士に付いた傷はまるで大きな猛獣に引っかかれたようなもので誰が見ても致命傷だった。
近くにいた別の公国騎士たちは仲間の身に何が起きたのか理解できずに大きく目を見開いて驚いている。その直後、驚く公国騎士たちの前に一体の大きなモンスターが飛び込むように現れた。
現れたのは体長3mほどで黄色い目を持ち、茶縞の毛並みをした猫に似た外見のモンスターだ。ただ通常の猫とは違って凶暴さが感じられ、鋭い牙と爪を持っている。どちらかと言えば虎に近いと言っていいだろう。
虎のようなモンスターは唸り声を上げながら威嚇し、公国騎士たちは槍と剣を構えながら警戒する。
よく見るとモンスターの右前足の爪には血が付着しており、それに気づいた公国騎士たちは仲間を殺したのは目の前のモンスターだと知る。
「フゥ、だから攻撃しない方がいいって言ったのに……」
アリスはモンスターに威嚇される公国騎士たちを気の毒そうな顔で見つめる。アリスの発言から虎のようなモンスターは彼女と何か関わりがあるようだ。
「あまり痛めつけずに倒してね? ダイナ」
虎のようなモンスターは鳴き声を上げると勢いよく地面を蹴って公国騎士たちに襲い掛かる。そう、虎のようなモンスターはアリスと一緒にいた仔猫、ダイナが姿を変えた存在だったのだ。
ダイナは“ガーディアンタイガー”と呼ばれるレベル80の獣族モンスターでゼブルがアリスの護衛として用意したモンスターだ。普段は仔猫の姿をしているが、戦闘になると体を巨大化させて虎のようになり、敵と見なした者たちに襲い掛かる。
ゼブルはEKTの世界にいた時にダイナをアリスの友達兼護衛として配置し、アリスが攻撃を受けると戦闘態勢に入るよう設定していた。
しかもアリスはビーストマスターをメイン職業にしているため、獣族モンスターであるダイナのステータスを強化し、技術で援護することもできるため、最高の組み合わせと言っていいだろう。
ダイナは友人であるアリスを攻撃しようとする公国騎士たちを敵とみなし、鳴き声を上げながら次々と爪で切り裂いていく。
公国騎士たちは必死に抵抗するがレベル80のダイナの攻撃から逃れられるはずがなく、無惨に惨殺されてしまう。
「馬鹿な、ここまで手も足も出ないとは……」
オルガロンは公国騎士たちが一方的に美女と虎のようなモンスターに殺される光景に小さく肩を震わせながら呟く。
最初は少し苦戦しながらも勝利できると思っていたが、勝つどころか次第に追い詰められていく現状にオルガロンは驚愕することしかできなかった。
絶望的と言っていもいい戦況にオルガロンが固まっていると、ダーバイア騎馬団の状況確認を行っていたルラーナがやって来る。
「団長、既に百人以上の騎馬団員の戦死。このままでは全滅します!」
「なっ!? すでに半分近くの騎士がやられたというのか……」
戦死した人数を聞かされたオルガロンは表情を歪ませ、何か戦況を打開する方法は無いかと必死に考える。
考えている間も公国騎士たちは美女と虎のモンスターに殺されて人数がどんどん減っていく。
「団長、悔しいですが我々も他の兵士たちと共に撤退するべきです。砦に逃げ込み、籠城戦に持ち込めばまだ勝ち目があるかもしれな……」
ルラーナが必死な様子でオルガロンに撤退を提案している時、王国軍の方から一本の矢が飛んできてルラーナの首を貫いた。
オルガロンはルラーナの首に刺さる矢を見て目を大きく見開く。
「……え? ……な……何……これ……」
自分が射抜かれたことが信じられないルラーナは震える手で首の矢を抜こうとする。だがルラーナは矢を握ることすらできずに息絶え、ゆっくりと馬から落ちた。
「ルラーナ!」
部隊長であるルラーナまでもが戦死し、オルガロンもこれ以上戦い続けても被害が大きくなるだけだと悟った。
部下たちを無駄死にさせないためにも急いで撤退命令を出さなくては、オルガロンはそう思いながら戦っている公国騎士たちに指示を出そうとする。
「これが公国軍の精鋭か? 想像以上に弱いな」
突然聞こえてきた男の声にオルガロンは反応し、驚きながら声が聞こえた方を向く。
視線の先には王国軍と共に砦から出て来た濃い緑の甲殻に覆われ、漆黒のプレートアーマーを装備した人型の甲虫のモンスターが歩いてくる姿があった。
「な、何者だ!?」
オルガロンは突然現れた甲虫のモンスターに驚きながらも尋ねる。
甲虫のモンスターはオルガロンの数3mほど前までやって来ると、ゆっくり立ち止まってオルガロンを見つめた。
「初めまして、公国軍の騎士様。……俺はゼブル、魔王ゼブルだ」
自らをゼブル、そして魔王と名乗る甲虫のモンスターの言葉にオルガロンは耳を疑った。




