第110話 新たな決意と仲間
カイルは病院を管理していたクティノスを倒したことで緊張が解けたのか、溜まっていた疲れを吐き出すように深く息を吐く。同時に竜帝の霊鎧も消滅してカイルは元の姿に戻った。
「……ッ! クレシア!」
重傷を負ったクレシアのことを思い出したカイルは慌てて駆け寄る。
クレシアは仰向けになりながら下半身の痛みに耐えており、その傍らで座るファリスはクレシアを見つめながら苦悶の表情を浮かべていた。
カイルはクレシアの前までやって来ると膝をついてクレシアの状態を確認する。
爆発によって黒焦げになった両足は出血もしており、このままでは確実に命を落としてしまう状態だった。
「ファリス、早くクレシアの手当てを!」
「分かってるわ。今、手持ちのポーションを飲ませるところよ」
ファリスはそう言って持っているポーションの小瓶の蓋を開ける。
少し前のファリスはカイルを追放し、幼い頃の約束を破ったクレシアを毛嫌いしていたため、重傷を負っても貴重なポーションを使って助けようとは考えなかっただろう。
だが、今はクレシアともう一度やり直したいと言う気持ちがあったため、迷うことなく助けるつもりでいた。
「……もう、いい……」
クレシアは掠れた声を出しながらファリスの膝に手を当てる。
傷の手当てを拒むクレシアにファリスとカイルは驚き、目を見開きながらクレシアを見つめた。
「この傷では……ポーションを使っても、少し癒えるだけで完治はしない……」
ポーションを使っても自分は助からないと悟っているのか、クレシアはファリスを見ながら弱々しく首を横に振る。
回復魔法なら助かる可能性はあったが、回復魔法が使えるグオンは既に死んでいるため、魔法で傷は癒せない。つまり、今の状況でクレシアを救う方法は無いと言うことだ。
「何弱気になってるのよ、アンタらしくない!」
「そうだよ。諦めちゃダメだ!」
ファリスとカイルは死を受け入れようとするクレシアを必死に説得する。
エバンスたちと違って、クレシアは幼い頃から共に生きてきた特別な存在。二人は何としても助けたかった。
ポーションを飲ませようと、ファリスは小瓶をクレシアの口に近づける。
しかし、クレシアは小瓶を掴むとゆっくりと自分の顔から遠ざけた。
「それは、取っておけ……後でモンスターに襲われて傷を負ったら……此処から出られなくなるかも、しれないだろう……」
「ふざけたこと言うんじゃないわよ! アンタ、カッコつけてるつもり? 言っとくけどね、生き延びるのを諦めようとしている今のアンタは凄くカッコ悪いわよ!?」
「……ハハハハ、そうか……」
ファリスの言葉にクレシアは力の無い声で笑いながら天井を見上げる。
「これは、きっと天罰だ……カイルを守るためと言って一方的に追放し、子供の頃に交わした約束を破ったことに対するな……だから、私はこの結末を受け入れる……」
「な、何を言ってるんだよ」
完全に生き延びることを諦めてしまっているクレシアを見て、カイルは僅かに震えた声を出す。
ファリスも後ろ向きな考え方をしているクレシアに腹が立っているのか、奥歯を噛み締めながら鋭い目でクレシアを見つめる。ただ、この時のファリスの睨みつけは弱々しく、腹を立てるのと同時に悲しみを感じているように見えた。
クレシアはカイルとファリスの顔を見ながら落ち着いた様子を見せている。この時のクレシアには既に下半身の感覚が無く、痛みは感じなくなっていた。
痛みを感じないほど状態が悪化しているにもかかわらず、クレシアの顔には恐怖や絶望は見られない。それどころか、カイルとファリスが無事なことに安心したのかクレシアは小さく微笑みを浮かべている。
「……お前たちが無事で、本当によかった……大切な幼馴染を救えたのだから……私は、満足している……」
「クレシア、アンタ……」
自分を火球から守ったことでクレシアは致命傷を負ってしまった。ファリスはポーションの小瓶を持つ手を震わせながらクレシアを見つめており、その目元には僅かに涙が溜まっている。
「そんな顔をするな……お前には、いつも皆を明るくしていた時のように笑顔でいてほしい……」
「馬鹿言うんじゃないわよ。大切な幼馴染が死にそうになっているのに、笑えるわけないじゃない」
「……私を、また大切な幼馴染として、見てくれるのか……」
ファリスと昔のような関係に戻れたことを知り、クレシアはファリスを見ながら微笑みを浮かべた。
「ファリス……私がいなくなった後も……カイルのことを支えてやってくれ……」
「なっ! アンタ、何遺言みたいなこと言ってるのよ。しっかりしなさいよ!」
重傷を負っているとはいえ、まだ助かる可能性があると考えるファリスはクレシアに語り掛ける。
クレシアはファリスの顔を微笑みながら見ると、続けてカイルの方を向いて彼の膝にそっと手を乗せた。
「カイル……知ってると思うが、ファリスは打たれ弱いところがある……ファリスがくじけそうになったら励まし、守ってやってくれ……」
「クレシア……」
カイルはクレシアの顔を見ながら、両手を強く握りながら肩を震わせた。
「お前たちなら……必ず、最高の冒険者になれる……私は、そう信じている……ぞ……」
二人に伝えないといけないことを伝えたクレシアは再び天井を見上げる。
「色々あったが……楽しい人生……だった……な……」
満足したような笑みを浮かべるクレシアはゆっくりと目を閉じる。その直後、カイルの膝に乗っていた手は静かに床に落ちた。
「クレシア?」
カイルはクレシアの異変に気付いて声を掛ける。
ファリスも目を閉じたまま動かないクレシアを見て思わず目を見開く。
「クレシア……クレシア!」
何度も名前を呼ぶが、クレシアが目を開けることは無かった。クレシアが息を引き取っていることを知ったカイルは、プレッジを追放された時以上の衝撃に襲われる。
大切な幼馴染の遺体を前にカイルは目を閉じながら涙を流し、ファリスもクレシアが死んだことで大きなショックを受け、瞳を潤わせながらクレシアの遺体を見つめた。
病院の支配者であるクティノスは倒されたが、そのための犠牲はあまりにも大きすぎた。
――――――
二階のナースステーションには、二階の調査を一通り済ませたバアルたちの姿があった。
机の上には二階で発見した財宝やアイテムなどが置かれている。財宝は宝石や見たことの無い金貨などだったが、アイテムの中には装飾が施された指輪や腕輪と言ったマジックアイテムらしき物が幾つかあった。
「凄いわね。まさか、こんなに沢山の宝物があったなんて……」
エファリアは机の上の財宝やアイテムを見ながら呟く。
ホスピスストーカーのような手強いモンスターがいた階だから、必ず財宝やアイテムが見つかると思っていたが、予想以上に沢山見つかったのでエファリアは目を丸くしていた。
バアルたちは驚くエファリアが面白いのか、エファリアに気付かれないくらい小さく笑いながら彼女を見つめていた。
病院を造ったバアルは二階に何があるのか知っているため、机の上にある大量の財宝やアイテムを見ても驚いたりはしない。
リーテとランハーナもバアルから二階にある物を教えてもらっていたため、エファリアのような反応はしなかった。
「見つかった宝はかなりの量だ。これだけあれば、少なくとも金貨三百枚にはなるだろうな」
「さ、三百枚……」
並の冒険者では、数週間休まずに依頼を受けても得られないほどの額を自分たちは手に入れたと知ってエファリアは改めて驚く。
「やっぱり二百年前の魔王が造っただけあって、宝物の数も普通の遺跡やダンジョンとかよりも多いみたいですね」
「ああぁ。ただ、この病院の情報が書かれた書類とかは一枚も見つからなかった。どうやらこの階には情報は無いみたいだな」
バアルは腕を組みながら呟くと、エファリアもある意味で財宝以上に重要な情報が見つからなかったことを残念に思ったのか、僅かに表情を曇らせる。
「二階に無いと言うことは、三階に情報が記された書類とかがあるのかしら?」
「さぁな。……クレシアたちは書類を見つけられたのかねぇ」
天井を見上げ、上の階にいるクレシアたちを気にする様子のバアルを見て、エファリアもつられて上を向く。
今頃、クレシアたちも自分たちと同じように財宝や書類を見つけ、はしゃいでいるのではと予想しながらエファリアは汚れている天井を見つめた。
「二階は全部調べたし、三階の様子を見に行ってみるか」
「そうですね。もしかすると、モンスターに遭遇したりして、調査に手間取ってるかもしれませんし、合流したら手伝ってあげましょう」
「あ~あ、二階の調査が終わったばかりなのに、三階の調査もやらなくちゃいけないのかぁ……」
大鎌を肩に掛けながら面倒くさそうにするランハーナを見て、リーテは思わず苦笑いを浮かべるのだった。
ランハーナの反応を見たバアルはエファリアの方を向き、三階に向かってもいいか目で尋ねる。
エファリアはバアルと目が合うと彼の意思を感じ取り、小さく笑いながら頷いた。
三階に行くことが決まると、バアルは大きめの革袋を取り出し、机の上の財宝やアイテムを入れて移動の準備を始める。
リーテたちもバアルが持っている皮袋だけでは全部入らないと考え、自分たちが持っている袋や腰のポーチに財宝などを入れていった。
バアルたちが財宝を仕舞っていると通路の奥から音が聞こえ、音を聞いたバアルたちは財宝を仕舞う手を止め、ナースステーションから出て音が聞こえた方角を確認した。
音はバアルたちが二階に上がった時に通って来た通路、つまり一階と三階へ続く階段がある方角から聞こえてくる。
バアルたちは新たにモンスターが出現したのではと予想し、持っている武器を構える。その直後、暗い廊下の奥から翡翠色の全身甲冑を身に付けたカイルが光の竜翼を広げながら、低空飛行で飛んでくるのが見えた。
バアルたちはカイルの姿を見て、三階を調査しているはずなのにどうして二階にいるのだと疑問を抱く。だが、モンスターではなかったので安心し、構えている武器をゆっくりと下ろした。
カイルはバアルたちの前までやって来ると足を床に付けて光の竜翼を消す。
「皆、無事だったんだね」
「ああ、少し面倒なモンスターと遭遇したが、全員無事だ」
「そっか……」
バアルの言葉を聞いてカイルは静かに呟く。
暗い口調のカイルを見たバアルは僅かに目を細くする。ボスモンスターがいる三階を調査しているはずのカイルが一人で二階にやって来たことから、クレシアたちに何か遭ったとバアルは感じ取った。
「元気が無いが、どうかしたのか?」
バアルの言葉にカイルは反応し、しばらく黙り込んだ後にカイルの方を向く。
「実は……」
三階で起きた出来事をカイルは一からバアルたちに説明し始める。
説明を聞いていたバアルとランハーナは軽く目を見開き、リーテとエファリアは口を半開きにしながら驚きの表情を浮かべた。
――――――
三階のクティノスの部屋ではファリスがクレシアの遺体の隣で座り込んでいる。クレシアの遺体の隣にはエバンス、グオン、ネフィリアの遺体が仰向けの状態で並んで置かれてあった。
遺体の足下にはカイルとバアルたちの姿があり、全員が表情を曇らせながら遺体を見つめている。
カイルから話を聞いた後、バアルたちは遺体と三階に残っているファリスの様子を見るため、カイルと共に三階に移動し、動かなくなったクレシアたちを目にした。
「まさか、クレシアさんたちが命を落とすなんて……」
「ああ、カイルから話を聞いた時は正直驚いた」
クレシアたちを見ながら呟くリーテの隣でバアルは小声で返事をする。
Aランク冒険者であるクレシアたちの実力に合わせてボスモンスターを選んだのに殺されると言う、予想外の状況にバアルは驚くと同時に意外に思っていた。
(竜帝の霊鎧を使うカイルが一緒だから、レベル40代のクティノスにも問題無く勝てると思ってたんだけどな。クレシアたちが予想よりも弱かったか、あるいは俺が計算を誤ったのか……)
勇者候補の一人が死亡するという結果を残念に思いながら、バアルは原因を考える。同時に次に勇者候補を見つけ、実力を見極める際には同じ失敗をしないよう反省するのだった。
バアルが予想外の結果を残念に思う隣ではエファリアが表情を歪ませながら、座り込んでいるファリスを見ている。
プレッジのメンバーとはそこまで仲が良いわけではなかったが、歳が近く、同じ依頼を受けた者としてクレシアたちが亡くなったことに心を痛め、幼馴染を失って悲しむファリスに同情していた。
エファリアはファリスの下へ歩いて行き、俯くファリスの隣で膝をついた。
「大丈夫?」
「……ええ、なんとか」
小さな声で答えるファリスを見たエファリアは表情を曇らせたまま、静かにファリスの肩に手を置いた。
「……私もチームメイトをモンスターに殺されたから、貴女の気持ちはよく分かるわ。……だけど、まだ私たちは危険な病院内にいる。辛いかもしれないけど、今は病院から出ることを考えるべきと思うの」
傷心のファリスに冷たい言葉を掛けることにエファリアは抵抗を感じていた。だが、何時モンスターと遭遇してもおかしくない場所で落ち込んでいれば、まともに戦えずに命を落とす可能性が高くなる。
もしファリスまで命を落としたら、亡くなったクレシアたちは浮かばれない。エファリアはファリスのため、そしてクレシアたちのためにも冷たい言葉を掛け、ファリスが生き残れるようにしようと考えたのだ。
ファリスはエファリアの顔を黙って見つめ、しばらくすると目元の涙を拭って真剣な表情を浮かべた。
「……そうね。今は依頼の最中だし、危険な場所にいる。安全な場所に移動するまでは目の前のことを考えないと……」
Aランク冒険者であるファリスも、依頼中に平常心を失うことが危険なのは理解している。だからこそ、エファリアの言うとおり、辛い気持ちを抑え込んで依頼に集中することにした。
ファリスを見たエファリアはこれで生き残る可能性が上がったと少しだけ安心する。
離れた所ではカイルが二人のやり取りを見ている。カイル自身もクレシアが死んで心を痛めているが、悲しんでいる状況ではないため、泣きたいのを我慢し、ファリスと共に生き延びることだけを考えた。
「……バアル、僕は一度病院の外に出るべきだと思うんだけど、君はどう思ってる?」
「そうだな……神闘だけでなく、プレッジも全滅してしまったんだ。アンタの言うとおり、一度病院の外に出て……」
バアルが喋っていると突然部屋が大きく揺れ、天井から砂埃が落ちてくる。
揺れる部屋と砂埃に一同は目を見開き、一斉に天井を見上げた。
「な、何なの!?」
「……マズい、病院が崩れるぞ! 恐らく、管理していた悪魔が死んで病院を維持する力が無くなったんだろう」
何が起きているのかバアルの口から聞かされたエファリアとカイル、ファリスは驚愕してバアルに視線を向ける。
バアルは維持する力が消えたと、エファリアたちが納得するようなことを言っているが、本当はクティノスが倒されてしばらく経った頃に病院が崩壊するように設定されていたからだ。
リーテとランハーナは病院が崩壊する理由をバアルから聞かされていたため、エファリアたちのように驚いたりせずにバアルを見ている。
「急いで病院から出るぞ。このままだと全員下敷きだ」
「ま、待って!」
カイルが突然呼び止められ、バアルたちは一斉にカイルに視線を向ける。
「クレシアたちをこのままにしておけない。彼女たちを運ぶのを手伝って!」
「はあぁ? 何言ってるのよ。急いで脱出しないといけないのに、遺体なんて運ぶ余裕なんてないでしょう?」
危機的状況を理解していないカイルにランハーナが呆れた様子で答える。
確かにいつ崩れてもおかしくない建物の中にいるのに、遺体を運ぶのは危険すぎる。下手をすれば脱出に間に合わず、全員が生き埋めになってしまうかもしれない。
「分かってる。……だけど、僕にとってクレシアたちは大切な仲間だったんだ。このまま、崩れる病院に残しておくなんてできないよ」
「あたしも、カイルと同じ気持ちよ」
カイルに続いてファリスも遺体を運ぶ出すべきだと語り、バアルたちはファリスの方を向いた。
「遺体を崩れる病院の中に残しておくなんて、この子たちが可哀そうだわ。ちゃんと、ヴァリンにある共同墓地で眠らせてあげたいの……」
「……仕方ないな」
バアルは自身の後頭部を掻きながらカイルとファリスの頼みを聞き入れることにした。
カイルとファリスはバアルを見ながら笑みを浮かべ、ランハーナとリーテはバアルの返答を聞いて意外そうな表情を浮かべる。
危険な現状であることや、下手をすれば全員が命を落とすかもしれないと説明し、カイルとアリスに諦めさせるという手もあるが、二人の性格やクレシアたちとの関係を考えるとすぐに諦めてくれるとは思えない。
説得して時間だけが過ぎるよりは遺体を運ぶことにし、時間を無駄にせずに病院から脱出した方がいいとバアルは考えたのだ。
バアルはクレシアたちの遺体を確認すると、ランハーナの方を向いた。
「ランハーナ、お前はネフィリアの遺体を運べ。俺はエバンスの遺体を運ぶ」
「ハ~イ」
魔王であるバアルの指示なら迷わず従うランハーナは返事をし、大鎌をリーテに渡すとネフィリアに遺体に駆け寄った。
バアルもエバンスの遺体に近づくと両手で遺体を持ち上げる。冒険者バアルとしての体は小さく、力も制限しているが、本来レベル100のゼブルにとって遺体を持ち上げるのなど簡単なことだった。
遺体を持ち上げたバアルは近くで自分を見ているカイルに視線を向ける。
「クレシアとグオンの遺体はアンタが運んでくれ。竜帝の霊鎧を装備すれば問題無いだろう」
「うん、分かった」
カイルは嫌がる様子は一切見せず、言われたとおり竜帝の霊鎧を装備してクレシアとグオンの遺体を持ち上げる。
普段のカイルなら遺体を二つ持ち上げるなど不可能だが、竜帝の霊鎧を装備してステータスが強化された今の状態なら問題無く運ぶことができた。
「よし、行くぞ!」
遺体を持ち上げると、バアルは走って部屋を出ていき、リーテたちもその後に続いて退室する。
バアルたちが部屋を出た直後に天井の一部が落下して轟音を響かせた。
それからバアルたちは揺れる病院の中を走って移動し、一階まで下りると真っすぐ病院の出入口へ向かって外へ飛び出す。
一階には神闘のメンバーであるアルフォルトたちの遺体もあったが、クレシアたちの遺体を運んでいる状態では運ぶことはできない。
何より、バアルはアルフォルトたちがどうなっても構わないと思っていたたため、遺体を回収するつもりは無かった。
外に出て病院から離れた直後、病院は大きな音を立てながら崩れ、病院が立っていた広場に砂煙を広げる。
バアルたちは瓦礫の山と化した病院を確認すると、これ以上調査を続けるのは無理だと判断し、ヴァリンに戻るために野営地へ戻っていった。
――――――
ヴァリンに戻ったバアルたちは真っすぐ冒険者ギルドへ向かった。
帰還したバアルたちを見たウォルレスは予想よりも早く戻って来たことに驚き、なぜ戻って来たのか理由を尋ねる。
バアルたちが事の顛末を説明すると、話を聞いたウォルレスは驚愕した。
プレッジと神闘が全滅し、生き残ったのがバアルたちだけで、未知の建造物である病院も崩壊したと聞いてウォルレスは言葉を失う。特に弟子であるクレシアが死んだことにはショックを受けており、すぐに現実を受け入れられずに落ち込んだ。
病院が二百年前の魔王が造った物で、そこで人間をモンスターに作り変えていたという話も聞かされたが、ショックを受けたウォルレスはまともに聞くことができなかった。
しかし、冒険者ギルドを管理する立場として、いつまでも落ち込んでいられないウォルレスは表情を曇らせながらも平常心を取り戻す。そして、バアルたちに今後の指示を出して退室させた。
ギルドマスターの執務室を出たバアルたちは冒険者ギルドの広間へ移動した。持ち帰ったクレシアたちの遺体はギルドの職員たちに預け、埋葬の手続きをしてもらっている。
報告も済んでいるため、この後は何をしても問題は無かった。
「あの、カイルさん、ファリスさん、大丈夫ですか?」
リーテはカイルとファリスの方を見ながら声を掛ける。
ヴァリンに戻ってから二人は暗いままだったため、リーテは何か話して二人を元気づけるきっかけを作った方がいいのではと考えていた。
「ええ、大丈夫よ。少しだけ落ち着いたわ……」
俯いていたファリスは顔を上げ、小さく笑いながらリーテを見た。笑ってはいるが、ファリスの様子から無理して笑顔を作っているのが一目で分かる。
リーテはファリスの顔を見ると同情の眼差しを向けた。
「……で、アンタたちはこれからどうするんだ?」
バアルが声を掛けると、ファリスはバアルの方を向いて静かに口を開く。
「クレシアたちのこともあるし、数日は活動せずに休むつもりでいるよ。今のままじゃあ、依頼を受けても上手くいくとは思えないしね」
「そうか」
ファリスを見つめるバアルは、心配や同情する様子などは見せずに納得する。
「気持ちの整理が付いたら、またファリスと二人で活動するつもりだよ。そして、いつか最高の冒険者になってみせる」
幼い頃の約束を果たすためにも、カイルは冒険者を続ける意思があることを伝える。
ファリスも同じ気持ちなのか、カイルを見ながら小さく頷く。
「あと、ヴァリンに戻る間にファリスと話し合ったんだけど……今回の病院みたいな場所を見つかったら、そこを調査して二百年前の魔王の情報を集めたり、魔王の配下を倒そうと思ってるんだ」
カイルの言葉にバアルは反応し、話を聞いていたエファリアは目を軽く見開く。
「病院を管理していたクティノスは魔王の配下が他にもたくさんいて、二百年前の魔王の代わりに世界を支配するって言ってたんだ。もしそうなったら、多くの人々が苦しんでしまう。もしかすると、僕やファリスのように辛い思いをする人が出てしまうかもしれない」
「人々を守る最高の冒険者を目指しているあたしたちとしては、そんな奴らを見過ごすことはできない」
悲しい思いをする人を出さないためにも、二百年前の魔王が遺したダンジョンを調査し、魔王の情報を集めようとしているカイルとファリスを見て、エファリアは驚いたような顔をする。
エファリア自身も二百年前の魔王が遺したダンジョンが原因で仲間を失い、自分のように苦しむ人を増やさないために強くなろうと決意した。
自分と同じ道を歩もうとするカイルとファリスを見て、エファリアは二人に対して強い親近感を抱いていた。
「……ねぇ、カイル、ファリス。今こんなことを言うべきじゃないかもしれないけど……私とチームを組まない?」
エファリアの提案にカイルとファリスは少し驚いたような顔でエファリアを見つめる。
隣にいたバアルはエファリアの言葉を聞くと、エファリアが気付かないくらい小さく笑う。
バアルの目的は勇者候補であるエファリアを強くし、彼女に共に戦う仲間を持たせることだったので、エファリアがカイルとファリスを仲間にしようとしているのは、バアルにとって都合のいいことだった。
「それって、どういうこと?」
「私も二百年前の魔王が遺したダンジョンが原因で仲間を失って、自分のような辛い思いをする人を増やさないために二百年前の魔王の情報を集めながら、ダンジョンを攻略するつもりでいるの」
真剣な表情を浮かべるエファリアを見ていたカイルとファリスは、いつの間にかエファリアの話に耳を傾けていた。二人もエファリアの話を聞いて、自分たちと同じ道を歩もうとしている特別な存在だと感じていた。
「二百年前の魔王に関わることや配下のモンスターに苦しめられる人を一人でも多く減らしたい。だけど、私は弱いし、一人ではできることが限られる。だから、二人が一緒に旅をして、人々を助けることに協力してほしいの。私自身も、二人が仲間になってくれると凄く嬉しいわ」
「エファリア……」
「勿論、無理にとは言わない。二人が嫌なら諦めるわ……」
二人を見ながらエファリアは無理強いをする気は無いと伝える。
カイルとファリスは互いの顔を見合い、しばらくするとエファリアの方を向いた。
「正直、クレシアたちが死んだ直後にチームを組まないかって言われても、すぐに答えを出すことはできないわ」
「うん、今後のことを色々考える必要があるし、気持ちの整理もついてないから……」
若干暗い声で答えるファリスとカイルを見て、エファリアは誘うタイミングを間違えたと僅かに表情を曇らせる。同時に状況をよく考えずに提案したことに罪悪感を感じた。
幼馴染が亡くなり、精神的に傷ついているカイルとファリスに仲間にならないかと誘うのはある意味で失礼な言動だ。エファリアは同じ意志を持っていることだけを考え、二人の気持ちを理解していなかったことを深く反省する。
こんな空気の読めない女とチームを組もうとは思わないだろうと、エファリアは俯きながら愚かな発言をした自分を愚かに思う。
「……だけど、君が二百年前の魔王の配下やダンジョンが原因で傷つく人を増やしたくないと言う気持ちは嘘じゃないと思ってる。僕たちとしても、同じ意志を持つ人と共に活動した」
「えっ?」
仲間になることを拒まれると思っていたエファリアはカイルの言葉を聞いて顔を上げる。
「今は答えを出せないけど、気持ちが落ち着いたら改めて考えさせてもらうわ」
「……そう」
ファリスの返事を聞いたエファリアは小さく俯く。カイルとファリスが自分を嫌っているわけではないと知って安心したのか、小さな笑みが浮かんでいた。
やり取りを見ていたバアルはニッと小さく笑う。カイルとファリスの様子から、二人は必ずエファリアの仲間になると確信していた。
「とりあえず、あたしたちは宿に戻るわ。正直、凄く疲れた。肉体的にも精神的にも、ね……」
早く休みたいファリスはバアルたちに手を振りながらギルドの出入口の方へ歩いて行く。
カイルもバアルたちを見ながら苦笑いを浮かべ、ファリスの後をついて行く。
笑ってはいるが、今でもクレシアが死んだ辛さに必死に耐えているはず。バアルたちはカイルとファリスの後ろ姿を見つめながらそう感じていた。
「えっと……私、受付の人に病院で見つけた財宝とか鑑定してもらってくるわね」
カイルとファリスがギルドから出ていくと、エファリアはいつまでも暗くなっていてはいけないと考えたのか、気持ちを切り替えて受付の方へ走って行く。
エファリアが離れていく姿をバアルとリーテ、ランハーナは黙って見つめる。
「……とりあえず、目的は達成しましたね」
「ああ。クレシアが死んだのは予想外だったがな」
勇者候補の一人は死亡したが、エファリアのレベルを上げ、カイルがエファリアの仲間になりそうな展開になったのでバアルは不満などは感じていなかった。
因みに病院の二階でカイルと再会した時、バアルは能力鑑定を発動してカイルのステータスを確認している。
確認した時、カイルのレベルが30まで上がっており、エファリアだけでなく、カイルも強くなっていたのでバアルは今回の結果に満足していた。
「カイルの奴、エファリアの仲間になりますかねぇ?」
「ああ、間違いなくなる。カイルが仲間になるから、ファリスの奴も仲間になるだろうな」
「ファリス、勇者の仲間として役に立つでしょうか?」
「今の段階ではまだ分からない。だが、彼女のレンジャーとしての能力はかなりのものだ。エファリアたちと一緒にレベルを上げていけば、彼女も勇者の仲間として成長するんじゃねぇか?」
「だと、いいんですけどねぇ」
他の二人と違って固有技術を持たないファリスが魔王であるゼブルと戦えるだけの実力者に成長するのだろうか。ランハーナは期待していないような表情を浮かべる。
「で、バアルさん。私たちはこれからどうしますか?」
リーテは目的を達成した自分たちは今後どうするかバアルに尋ねる。
バアルは腕を組むと受付で受付嬢と話しているエファリアを見ながら口を開く。
「カイルとファリスがエファリアの仲間になるのを見届ける。で、チームを組んだのを確認したら魔王国へ戻る。それまでは冒険者として活動し、資金を稼ぐことにしよう」
「畏まりました」
今後の予定を聞かされたリーテは目を閉じて小さく頷く。
バアルは視線をリーテからエファリアに向け、エファリアがまた一歩魔王である自分と戦う勇者に近づいたと不敵な笑みを浮かべるのだった。
この日から数日後、心の整理が付いたカイルとファリスはエファリアに会い、三人は新たにチームを結成した。
今回で第五章は終了です。少し短めの内容にしようと思っていましたが、今回も長くなってしまいました。
しばらくしたら第六章の投稿を始めるつもりですので、よろしくお願いいたします。
因みに次回は新たな国でゼブルたちが大暴れする内容にする予定です。




