第107話 各階の強者
状況からモンスターが近づいて来ているとエファリアは直感して警戒し、バアルたちも身構えた。
音は少しずつ大きくなっていき、それが馬の蹄の音に似ていることからエファリアは近づいて来ているのは馬に似たモンスターではと予想する。
やがて暗い廊下から一体のモンスターが姿を現す。エファリアはモンスターの姿を見た瞬間に大きく目を見開く。
現れたのは予想どおり馬に似たモンスターだが、想像していた姿とは大きく異なっていた。
体高と体長は180cmほどで全身の皮膚は茶色く、長めの四本脚には蹄が付いており、首には濃い茶色の鬣が生えている。
体が普通の馬だが、頭部は明らかに普通ではなかった。普通の馬と違って頭部は楕円形になっており、赤い目は頭部の正面に二つ付いている。
鼻は目の近くで、耳は人間に近い形状となっており、口は耳の辺りまで裂けていた。そして頭部には鬣の代わりに人間と髪のような濃い茶色の毛が生えている。まるで人間の頭部と馬の頭部が一つになったようなものだった。
馬のようなモンスターはバアルたちから3mほど離れた所で立ち止まり、バアルたちを見ながら馬の鳴き声に近い声を発する。
「な、何なのあれは……」
気味の悪い顔をするモンスターにエファリアは表情を歪める。
リーテもエファリアと同じことを考えているのか、思わず後ろに一歩下がった。
「あれが今言った体を獣に作り変えらえた病人だ」
「えっ、あれが?」
「ああ、書類にはそのモンスターは人間に似た顔をした馬のような姿をしていると書いてあったから、間違いないだろう」
目の前にいるのが書類に記されていたビーストヒューマンたちと違うモンスターだと知り、エファリアは驚きながら身構える。
敵の姿からビーストヒューマンたちよりも手強いと確信するエファリアは、先程バアルから受け取ったミスリルソードを抜いて中段構えを取った。
「それで、アイツはどんなモンスターなの?」
「書類によると、アイツの名前はホスピスストーカー。見た目は馬のようだが好戦的な性格で動きもビーストヒューマンたちより速いらしい。しかも、魔法まで使えるとか……」
「ま、魔法!?」
獣の力と姿を与えられた存在が魔法を使えるとは流石に予想していなかったエファリアは目を見開く。
二百年前の魔王やその配下は、人間や亜人から造ったモンスターに魔法を与えられるほどの知識と技術を持っているのかとエファリアは疑問を抱き、改めて二百年前の魔王を恐ろしく思うのだった。
「あの、もしかしてあれが二階に配置した強力なモンスターですか?」
リーテがバアルの耳元に顔を近づけて小声で尋ねると、バアルは視線だけを動かしてリーテを見ると小さく頷く。
「そうだ。エファリアのレベルを上げるために配置したモンスターで、ビーストヒューマンたちよりも手強い」
小声で答えたバアルは視線を戻し、右足で前がきしているホスピスストーカーを見つめる。
「ホスピスストーカーのレベル44。エファリアよりレベルは上だが、今の彼女なら問題無く倒せるはずだ。俺たちはエファリアがホスピスストーカーを倒せるよう援護する」
エファリアがレベルを上げるために何をするのか、バアルはリーテとランハーナを見ながら説明する。
二人は自分たちの役目を聞かされると、真剣な表情を浮かべながらホスピスストーカーに視線を向けた。
「分かってると思うが、間違ってもお前たちがホスピスストーカーを倒すんじゃないぞ? お前たちが倒しちまったら、エファリアには経験値は入らないからな」
『ハイ』
返事をしたリーテとランハーナは持っている剣と大鎌を構える。
エファリアのレベルアップが上手くいかなければ、今回の計画の全て無駄になってしまう。絶対に自分たちがホスピスストーカーに止めを刺してはならない、二人はそう自分に言い聞かせるのだった。
リーテとランハーナが戦闘態勢に入ったのを確認したバアルは杖を構え、自分の前でミスリルソードを構えるエファリアの方を向く。
「この病棟を念入りに調べ得るためにも、あのホスピスストーカーは此処で倒すぞ」
「ええ、最初からそのつもりよ」
エファリアにホスピスストーカーと戦う意思があることを確認すると、バアルは小さく笑いながら杖の先端をホスピスストーカーに向けた。
「凍結の矢!」
ビーストヒューマンと戦った時のように動きを封じようと、バアルは冷気の矢をホスピスストーカーに向けて放つ。
だが、ホスピスストーカーは飛んできた冷気の矢を斜め前に跳んで難なく回避した。
回避に成功したホスピスストーカーは反撃するためにバアルたちに向かって勢いよく突進する。
走って来るホスピスストーカーを見たバアルたちは咄嗟に散開して突進をかわし、回避に成功するとホスピスストーカーの方を向いて構え直す。
突進を避けられたホスピスストーカーは向きを変え、離れた場所から自分を睨むバアルたちを見る。そんな中、一番近くにいるエファリアに視線を向けたホスピスストーカーは軽く鳴き声を上げ、床を強く蹴ってエファリアに突っ込む。
「……ッ! 武器防御!」
エファリアは再び突進してくるホスピスストーカーを見て、咄嗟にミスリルソードを横にして両手で支えるように持つ。そして補助技術を発動させ、刀身を薄っすらと黄色く光らせた。
刀身が光った直後、ホスピスストーカーの頭部とミスリルソードがぶつかり、病棟内に低い音が響く。
ホスピスストーカーの重い頭突きを防いだことでエファリアの両手に衝撃が伝わる。既に英雄級の強さになっているエファリアだったが、レベル40代のモンスターの攻撃を楽々と防ぐことはできなかった。
両腕に僅かな痺れを感じながらも、エファリアは力を入れてホスピスストーカーの頭部を押し返した。
ホスピスストーカーが体勢を崩すと素早くミスリルソードを両手で握り直して袈裟切りを放ち、ホスピスストーカーの首に切傷を付ける。
首を切られたホスピスストーカーは鳴き声を上げながら走り出し、エファリアの真横を通過して彼女から離れた。
あっという間に距離を取ったホスピスストーカーを見て、エファリアは首の傷は浅かったかと少し悔しそうな顔をする。そんな中、エファリアはミスリルソードの刀身に視線を向けた。
「凄い、重い攻撃を受けたのに傷一つ付いていない。これがミスリル製の武器……」
軽いだけでなく、予想していたよりも硬度が高いことを知ったエファリアは改めてミスリルソードは素晴らしい武器だと感心するのだった。
「エファリア、また戦闘中だぞ。よそ見するな!」
離れた場所にいるバアルが声を掛けると、エファリアは反応して遠くにいるホスピスストーカーの方を向く。
ミスリルソードの性能に感動して隙を作り、そこを攻められて倒れてしまったら笑い話にもならない。戦いに勝つため、そして生き残るためにも、まずはホスピスストーカーを倒すのが先だと、エファリアは自身に言い聞かせてミスリルソードを構え直す。
ホスピスストーカーはエファリアが構えるのを見ると軽く鳴いてから口を開ける。すると口の前に黄色い光が集まり、黄色い光弾となってエファリアに向かって放たれた。
「あれは、魔力弾!?」
バアルからホスピスストーカーが魔法を使ってくると聞かされていたが、実際に魔法で攻撃してくる姿を見ると驚いてしまう。
エファリアは真っすぐ飛んでくる光弾を咄嗟に左に跳んで回避し、急いで体勢を直そうとする。だが、回避行動を取った直後のエファリアに向かってホスピスストーカーが再び勢いよく突進してきた。
向かってくるホスピスストーカーを見たエファリアは驚愕する。回避したばかりで体勢が整っていないところを攻撃されれば回避するのは難しい。
回避が間に合わない以上、もう一度武器防御で防御するしかないと考えたエファリアはミスリルソードを横にして技術を発動させようとする。
しかし、エファリアに技術を使おうとした瞬間、ランハーナがエファリアとホスピスストーカーの間に入り、大鎌を横にして柄の部分で走って来たホスピスストーカーを止めた。
鋭い表情を浮かべるランハーナは大鎌を握る両手と下半身に力を入れ、ホスピスストーカーがエファリアに近づかないよう押さえ込む。
ホスピスストーカーは邪魔をしたランハーナを押しのけようと四本の脚に力を入れるが、ランハーナはビクともしない。
当然だ。レベル44のホスピスストーカーがレベル60のランハーナに力で敵うはずがない。
ランハーナがホスピスストーカーを押さえていると、左の方からリーテが走って来て、ホスピスストーカーの右前脚を剣で切る。
足を切られたホスピスストーカーは鳴き声を上げながら僅かによろめく。その隙にランハーナは右へ跳んでホスピスストーカーから距離を取った。
離れたランハーナを見たホスピスストーカーは口を開け、ランハーナに向けて魔力弾を放つ。
ランハーナは上半身を右へ反らして飛んできた黄色い光弾を簡単に回避した。
「今よ、やっちゃいなさい!」
光弾をかわしたランハーナはエファリアにホスピスストーカーを攻撃するよう、力の入った声で指示を出す。
エファリアはランハーナの言葉を聞き、自分にホスピスストーカーを倒させようとしていると悟る。真剣な表情を浮かべるエファリアはミスリルソードを両手で構え、強く床を蹴ってホスピスストーカーに向かって走った。
怯んでいるホスピスストーカーに近づくと、エファリアはミスリルソードの刀身を薄っすらと赤く光らせて大きく振り上げる。
「重斬撃!」
エファリアは勢いよくミスリルソードを振り下ろし、ホスピスストーカーの首元を切った。
切ると同時に衝撃が発生し、ホスピスストーカーは大きなダメージを受ける。だが、それでもホスピスストーカーはまだ生きており、後ろに後退しながら鳴き声を出して正面にいるエファリアを威嚇する。
「今の攻撃で倒れないなんて……だったら!」
追撃するためにエファリアは八相の構えを取り、ミスリルソードの刀身を黄色く光らせる。
エファリアはより確実に大きなダメージを与えるため、固有技術、退魔の剣を発動させたのだ。
退魔の剣を発動させたエファリアは続けて攻撃技術を発動させ、黄色く光るミスリルソードの刀身を薄っすらと青く光らせた。
「三連迅剣!」
切れ味が増していている状態のミスリルソードをエファリアは素早く三度振ってホスピスストーカーに攻撃する。
ホスピスストーカーは首、前胸、左肩端を深く切られ、断末魔のような鳴き声を上げると、フラフラとよろめきながらエファリアたちから距離を取ろうとする。
しかし、エファリアの攻撃で致命傷を負ったホスピスストーカーは数歩歩くとその場に倒れ、掠れた鳴き声を上げて息絶えた。
ホスピスストーカーが死んだのを見て、エファリアは深く息を吐きながらミスリルソードを下ろす。
同時に退魔の剣の効果も切れ、ミスリルソードの刀身から光が消えた。
「エファリアさん、大丈夫ですか?」
リーテが駆け寄りながら声を掛けると、エファリアはゆっくりと振り返り、リーテを見ながら小さく笑う。
「ええ、大丈夫よ。貴女たちが援護してくれたおかげで何とか倒せたわ」
「いえ、エファリアさんの実力ですよ」
「そんなことは……」
苦笑いを浮かべながら謙遜するエファリアを見つめるリーテは小さく微笑む。自分たちは殆どサポートしていないため、リーテは本当にエファリアが実力でホスピスストーカーを倒したと考えていた。
エファリアがリーテと話しているとランハーナが大鎌を肩に掛けながらやって来て、エファリアを見ながらニッと笑う。
「なかなかやるじゃない。ホスピスストーカーは結構強力なモンスターみたいだし、そんな奴に勝つなんて大したものよ」
「だ、だから私は……」
「でも、あんまり調子に乗んないことね。アンタは私たちと比べたらまだまだなんだから」
「え、ええぇ」
褒めているのか、忠告しているのか分からないランハーナを見ながらエファリアは頷く。
リーテも若干偉そうな態度を取っているランハーナを見つめながら苦笑いを浮かべるのだった。
三人から少し離れた所では、バアルが無言でエファリアを見つめていた。
レベルの高いホスピスストーカーを倒したことで、エファリアは大量の経験値を得たはずだと考えるバアルは能力看破を発動させてエファリアのステータスを確かめる。
能力看破を発動したことで、バアルの視界にエファリアの名前やレベルなどが浮かび上がった。レベルを確認したところ、エファリアのレベルは35から40にまで上がっている。
(一応、レベルアップしてるようだが、5しか上がっていない。……効率よくレベルを上げるにはもう少し強いモンスターと戦わせるのがいいかもな……)
予想していたよりもレベルが上がっていないことにバアルは少しガッカリする。
だが、一気にレベルを上げるために高レベルのモンスターと戦わせたらエファリアが殺されてしまうかもしれない。
エファリアが死ぬことなくレベルを上げるためにも、バアルはレベルが少し高いモンスターと戦わせ、地道にレベルを上げるのが一番かもしれないと考えるのだった。
(とりあえず、エファリアを二階にいるモンスターたちと戦わせ、できるだけ経験値を積ませたほうがいいな)
エファリアのレベルが少しでも上がるよう、バアルは今後病院内に現れるモンスターと可能な限り戦わせることにした。
バアルが考え込んでいると、リーテたちが駆け寄ってくる姿が視界に入る。
リーテたちを見たバアルは状況やエファリアの状態を確認するため、リーテたちの方へ歩いていく。
――――――
三階ではクレシアたちプレッジとカイル、ファリスが広い部屋の中を探索している。
数分前にバアルたちと別れて三階に上がったクレシアたちはモンスターの奇襲に警戒しながら奥へ進み、最初の部屋を発見すると中に入って病院の情報が書かれた書類や財宝を探し始めた。
「カイル、何かあったか?」
「ううん、何も……」
カイルは近くで探索しているクレシアの方を向いて残念そうな顔をする。
クレシアはカイルの反応を見ると、離れている場所にいるエバンスたちチームメイトに視線を向けた。
「そっちはどうだ?」
「いや、何もないな」
棚の前に立つエバンスは汚れている銀色の小さな皿を手に取りながら首を横に振る。
エバンスの隣ではグオンも棚の近くを探索しており、クレシアの方を向くと「こっちもです」と言いたそうな顔で小さく頷く。
「これだけ探しても宝物が見つからないなんて……もし一つも見つからなかったら、この病院を魔法でぶっ壊してやるわ」
部屋の隅にある車輪の付いた台を調べていたネフィリアは不満そうな顔をし、目の前の台を杖で叩いて倒す。
倒れたことで台の上に置かれてあった銀色の皿と先端が曲がったハサミが数本、高い金属音を立てながら床に散らばる。
「宝物が見つからないくらいで建物を壊そうとしないでよ。それと物に当たるのはやめなさい。見っともないわよ」
「ああぁ? 何よファリス、喧嘩売ってるの?」
近くで探索をしていたファリスに注意され、ネフィリアは低い声を出しながら険しい顔をする。
ファリスは気の短いネフィリアに内心呆れながら無言で睨み返した。
「やめろ、ネフィリア」
「クレシア、でもぉ……」
止めに入ったクレシアの方を向き、ネフィリアは若干不服そうにする。
他のチームメイトが止めれば文句を言うところだが、愛するクレイシアに言われてはネフィリアもやめるしかなかった。
ファリスはクレシアに注意された大人しくなったネフィリアを見て軽く鼻を鳴らすと、自分たちがいる部屋の中を見回す。
「見た感じ、此処は少し広めの倉庫みたいね。倉庫なら重要な書類が隠してある可能性は低いわ。……それなりに調べたし、他の部屋を探した方がいいんじゃないの?」
「そうだな……この部屋に時間を掛けすぎると、他の部屋を見つけ、調べる時間も無くなる。そろそろ移動しよう」
クレシアはファリスの考えに賛同し、新しい部屋を探しことを決める。
カイルやエバンスたちも一つの部屋に時間を掛けるのは効率が悪いと思っており、クレシアの判断に納得していた。
もう一度部屋の中を簡単に確認したクレシアたちは部屋を出て、新たな部屋を見つけるために更に奥へ進む。
一階と違って三階は廊下が長くて扉や窓は一つも無い。だが、しばらく進むと小さな広場を発見した。
クレシアたちは周囲を警戒しながら早速広場を調べるが、情報や財宝は一つも見つからない。広場の探索を済ませると更に先へ進んで部屋を探すが、新しい部屋は一つも見つからなかった。
部屋を見つけられないことにファリスやエバンス、ネフィリアはつまらなそうな顔をし、二階が当たりだったかもしれないと予想する。
ファリスたちが不満を抱く中、二枚扉がクレシアたちの視界に入った。
二枚扉は最初に調べた倉庫の扉とは雰囲気が若干違い、扉を見たクレシアたちは重要な部屋である可能性が高いと感じる。
「あの部屋、何かありそうだな」
「ええ、三階の一番奥にありますし、もしかするとこの病院を管理していた者の部屋かもしれませんね」
一番奥にあることから、重要な書類や財宝が隠されているかもしれないとクレシアは考える。
ただ、怪我人や病人をモンスターに作り変えるような場所を管理する者の部屋だったら、何か罠とかが仕掛けがあるかもしれないと警戒もしていた。
「皆、気を付けろ? ここまで一度もモンスターと遭遇していない。もしかすると、あの部屋の中に大量にモンスターが隠れているかもしれないからな」
「うん、分かってる」
カイルはクレシアの方を向き、頷きながら返事をする。プレッジを追放される前と変わらず、仲間たちに的確な指示を出すクレシアを見て、カイルは本当に優秀なリーダーだと感じるのだった。
早速部屋を調べるため、クレシアたちは扉に近づき、部屋の中に誰かいないか気配を探る。
物音一つ聞こえないことから、モンスターは隠れていないと判断したクレシアはエバンスと共に二枚扉を押し開けた。
部屋の中は広く、両脇に本棚や道具が入った棚などが幾つもある。そして、部屋の奥には玉座のような立派な椅子が一つ置かれていた。
「何だこの部屋は……まるで王城の玉座の間のようだ……」
「確かに雰囲気はそうだが、玉座の間と言うには少し汚いな」
玉座と呼んでよいのかと疑問を抱くエバンスは自身の後頭部を掻きながら呟く。
クレシアとエバンスの後ろにいたカイルたちも部屋を覗き、今まで調べた部屋と違う場所を見て軽く目を見開く。
部屋の雰囲気から、間違いなく何かあるとクレシアは確信する。罠が仕掛けられているのか、財宝が隠されているのはか分からないが、とりあえず部屋を調べるために奥へ向かうことにした。
全員が部屋を見回しながら中に入り、部屋の中央まで移動する。その時、入口の二枚扉が勢いよく閉まり、鍵が掛かった音が部屋に響く。
音を聞いたクレシアたちは振り返り、部屋に閉じ込められたことを知ると一斉に周囲を警戒する。
「ほほぉ、どんな奴らかと思えば、小僧や小娘だけではないか」
何処からか聞こえてくる低い男の声にクレシアたちは反応し、警戒を更に強くしながら声の主を探す。
しかし、部屋の中には自分たち以外には誰もおらず、クレシアたちは声の主が何処かに隠れて自分たちを見ていると予想し、緊迫した表情を浮かべながら部屋の中を見回す。
「誰だ、姿を見せろ!」
クレシアが大きな声で呼びかけると、一番奥にある椅子に紫色の火球が出現した。
火球に気付いたクレシアたちは椅子の方を向いて一斉に武器を構える。
クレシアたちが見つめている間、紫色の火球は見る見る形を変えて人型になっていく。
やがて変形が終わり、炎はろうそくの火を吹き消したかのように消える。そこには一人の男の姿があり、足を組みながら椅子に座っている姿があった。
その男は三十代前半ぐらいの顔をしており、身長が170cm強、濃い紫色の短髪と黄色い目をしていた。
ただし肌は青く、頭部からは小さな黒い角が二本生えており、黒い悪魔の尻尾も一本生やしている。そして、金色の装飾が入った黒い貴族服に同じ色の長ズボン、濃い茶色の靴を履いた姿をしていた。
突然現れた男にクレシアたちは一瞬驚くが、状況から目の前に現れた男が悪魔で先程の声の主だと確信する。
「ようこそ、人間の冒険者たちよ。私の病院は気に入ってもらえたかな?」
笑みを浮かべながら尋ねてくる悪魔を見て、クレシアは剣を握る手に力を入れながら悪魔を睨みつける。
「こんな危険で気味の悪い所、気に入るわけないじゃないの。……と言うか、アンタ何者なの?」
ファリスは不機嫌そうな顔をしながら悪魔に問いかける。悪魔が病院を管理している者なのは分かるが、それ以外のことは何も分かってないため、本人の口から直接聞くことにした。
悪魔はファリスを見ると笑いながら立ち上がり、右手を胸の前に添えながら頭を下げる。
「これは申し遅れた。私の名はクティノス。偉大なる魔王様よりこの場所の管理と守護を任されている者だ」
クティノスと名乗る悪魔の言葉を聞き、クレシアたちは一斉に驚いたような顔をする。
この病院は二百年前に現れた魔王が遺した建物で、目の前の悪魔はその管理を任されていると言った。つまり、クティノスが二百年前の魔王の配下だとクレシアたちは理解したのだ。
「二百年前の魔王の配下がどうして此処にいる? 言い伝えでは、魔王の配下は全て勇者とその仲間たちに倒されたはずだぞ」
「ほほぉ……」
クティノスは顔を上げ、興味のありそうな顔でクレシアを見つめる。
しばらくクレシアの顔を見たクティノスは小さく笑いながら自身の顎に指をあてながら口を開く。
「確かに魔王様は亡くなり、同胞も大勢倒された。……だが、全員が死んだわけではない。私のように生き残った同胞も大勢おり、潜伏しながら人間たちを支配するための準備を行っているのだ」
「なっ! お前以外にまだ魔王の配下がいると言うのか!?」
驚くべき言葉にクレシアは驚きながら聞き返す。
カイルたちもクティノス以外に生き残った魔王の配下がいると聞き、愕然としながらクティノスを見つめた。
「そのとおり。魔王様が成し遂げられなかった世界征服は生き残った私たちが果たす!」
「……そんなこと、させない!」
クレシアは力の入った声を出しながら剣を構え直し、足の位置も僅かにずらして戦闘態勢に入る。
二百年前の魔王の配下なのだから、クティノスは間違いなく強いとクレシアも分かっている。本来なら勇者でもない自分に何とかできる相手ではないが、人々を悲しませない最高の冒険者を目指しているクレシアは目の前の悪魔を見逃すつもりも、背を向けて逃げるつもりも無かった。
「皆、あの悪魔を此処で倒すぞ。アイツを野放しにすれば、いずれこの世界の脅威となる」
「えっ、クレシア、本気なのか?」
エバンスはクティノスと戦おうとするクレシアを見て思わず聞き返す。
クティノスも自分と戦うつもりでいるクレシアを見て「ほぉ」と意外そうな顔をしていた。
「相手は二百年前の魔王の部下だった悪魔だぞ。俺たちでどうにかできる相手じゃねぇだろう」
「確かに奴は強いだろうな。……だが、私たちは冒険者だ。冒険者は人々をモンスターのような危険な存在から守る存在。人々に害をもたらす悪魔を放っておくわけにはいかない」
「そりゃあ、そうだが……」
「どの道、この部屋の出入口には鍵が掛かってるんだ。逃げることも、下の階にいるバアルたちを呼びに行くこともできない」
状況から自分たちだけで何とかするしかないというクレシアの言葉に、エバンスは困ったような顔をする。
カイルたちも過去に戦ったモンスターたちよりも明らかに強い悪魔と戦うことに不安を感じていた。
だが、部屋から出られない以上、戦う以外に道は残されていないため、カイルたちは生き残るためにも目の前にいる悪魔と戦うしかないと考える。
「……確かに、部屋から出られないなら、アイツと戦うしかないよな」
「ええ、こうなってしまった以上、やってやりましょう」
「フン、配下だか何だか知らないけど、私たちに喧嘩を売ったのが運の尽きね」
覚悟を決めるエバンスとグオン、自分たちが負けるはずないと考えるネフィリアを見て、クレシアは共に戦ってくれるエバンスたちに心の中で感謝する。
エバンスたちの意思を確認したクレシアは続けてカイルとファリスの方を向く。状況から戦う以外に選択肢はないが、一応二人の意思を確かめておくことにした。
「……いちいちこっちを見なくてもいいわよ。あたしらもアイツと戦うつもりだから」
「う、うん……僕も足を引っ張らないように、頑張るよ」
ファリスとカイルの言葉を聞いたクレシアは思わず微笑みを浮かべる。
二人が自分と同じように戦う意思があること、そして最高の冒険者になる夢を叶えようとしていると知ってクレシアは嬉しく思う。
必ずこの戦いに勝利し、また昔のように三人で夢を叶えようとクレシアは強く決意する。
「話は済んだようだな? ……では、そろそろ始めるとしようか」
クティノスにも戦う意思があるらしく、クレシアたちの話が終わると戦闘開始を宣言する。
二百年前の魔王の配下である悪魔との戦いが始まると、クレシアたちは身構えながら真剣な表情を浮かべてクティノスを見つめた。




