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甲虫魔王の異世界征服録  作者: 黒沢 竜
第5章  憤慨の竜騎士
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第106話  上階調査


 静寂に包まれた病院の廊下をバアルたちゴスペル、エファリアが周囲を警戒しながら進んでいる。

 いつまたビーストヒューマンのようなモンスターが現れても対応できるよう、バアルたちは臨戦態勢のまま移動していた。


「この階にもモンスターはいるはずだ。油断するな?」

「ハイ」


 バアルの忠告を聞いたリーテは軽く頷きながら返事をする。

 ランハーナとエファリアも大鎌と剣を握る手に力を入れ、廊下の奥や遠くに見える扉などを警戒した。

 現在、バアルたちがいるのは病院の二階で病院の情報や財宝などを探すために奥へ進んでいる。とは言え、まだ二階に上がったばかりなので情報や財宝は見つかっておらず、モンスターとも遭遇していない。

 数分前、バアルたちは一階でクレシアたちとどちらの階を調べるか話し合った。

 階を選ぶ際、バアルはクレシアたちに先に選んでよいと伝えたが、クレシアはバアルたちに先に選ぶ権利を譲ってくれた。一階を調査する際に性格に問題があるアルフォルトたちと共に調査させるという嫌な役目を押し付けてしまったため、その詫びという意味で先に選ぶ権利を譲ったのだろう。

 権利を譲ってもらった時にバアルは遠慮したが、クレシアが残った方で良いと頑なに考えを変えなかったため、バアルはクレシアの意志の強さに折れて最初に選ぶことになった。

 結果、バアルたちは二階を選び、クレシアたちは三階の調査をすることになったのだ。


「バアルさん、どうして二階を選んだのですか?」

「別に深い意味はない。ただ、二階の方が近いからそっちにしようと思っただけだ」

「えっ、それだけですか? てっきり、二階に何か秘密がありそうだからそっちを選んだのだと思ったんですけど……」

「いいや」


 二階を選んだ理由を聞いてリーテは目を丸くする。てっきり計画に何か関係があるから二階を選んだと思っていたため、重要な意味はないと聞いて軽い衝撃を受けていた。

 リーテの顔を見たバアルは驚いている顔が面白いのか、小さく笑いながら前を向く。

 今いる病院は一階より上の階を調査する時、クレシアたちがどちらの階を選んでも計画に支障が出ないよう計算して造られている。つまり、バアルがどちらの階を選んでも計画が狂うことは無いと言うことだ。


「それで、二階にも何かこの病院に関する情報があるのですか?」


 会話を聞いていたランハーナはエファリアに聞かれないよう、小声でバアルに尋ねる。

 一階では病院が二百年前の魔王が造ったことなどが書かれた書類があったため、上の階にも病院の情報が書かれた書類があるのではとランハーナは予想していた。

 リーテもランハーナの話を聞いて二階がどうなっているのか気になってバアルに視線を向ける。


「ああ。この病院がどれだけ悍(おぞ)ましい場所なのかを記した書類を配置しておいた。それを読めば勇者候補たちもこの病院を野放しに出来ないって意思を強くするし、魔王に対する敵対心を強くするだろうからな」

「バアル様、とても楽しそうですね? まるでご自分が開いた催し物を見て楽しむ主催者のようです」


 ランハーナが微笑みながら語ると、バアルはランハーナの方を向いて「そうか?」と言いたそうに悪戯っぽく笑う。

 バアルにとって今いる病院は様々なアイディアを使って造ったゲームのようなものであり、カイルたちはそのゲームを楽しむプレイヤーも同然だ。

 立場や現状を考えると、バアルが楽しそうにしているというランハーナの言葉は間違っていないと言えるだろう。


「他にも何か凄いものがあるのでしょう? 罠やこの病院を管理するボスモンスターとか」

「罠は無いが、ボスモンスターや強力なモンスターは配置している。勇者候補であるエファリアやカイルたちのレベルを上げるためにな」

「では、この二階にも?」

「勿論だ。因みにボスは三階に配置してある」


 病院のボスモンスターがカイルたちが向かった三階にいると聞き、リーテとランハーナは同時に反応する。


「三階にボスがいるのなら、どうして二階を選ばれたのですか? 三階を選んだ方がエファリアさんのレベルが大きく上がると思うのですが……」


 ボスモンスターが三階にいると聞いたリーテは意外そうな顔をし、再びバアルに二階を選んだ理由を尋ねた。

 バアルにとってはエファリアが自分と戦う勇者の第一候補だ。エファリアを勇者としてより強くするためにも三階を選び、ボスモンスターと戦わせてレベルを上げるべきなのではとリーテは考えていたため、どうして二階を選んだのか分からずにいた。


「確かにエファリアを強くするのなら、ボスと戦わせるべきだろう。……だが、それはボスがこの病院で一番強い場合の話だ」

「と、仰いますと?」

「実は病院のボスと俺たちがいる二階に配置した強力なモンスターは強さがほぼ同じなんだ。だから、どちらを選んでもエファリアがモンスターを倒した際に得られる経験値に大きな変化は無いんだよ」


 どちらを調査しても大きな違いは無いと聞かされ、リーテは再び意外そうな顔をする。

 病院を管理する立場であるボスモンスターが一番レベルが高いと思っていたため、二階に配置したモンスターがボスモンスターと実力が互角であることに少し驚いていた。


「えっと……同じでしたら、ボスモンスターのいる三階を選んでもよかったのでは?」

「いや、ボスは他のモンスターと違って知能があり、会話をすることができる。カイルたちに魔王がどれだけ恐ろしい存在なのか分かってもらうため、魔王のことを話せるボスと戦ってもらう必要があるんだよ」


 カイルやクレシアたちはエファリアと違って魔王に関する知識が少ない。勇者候補として魔王に対する敵対心を強くするため、そして恐ろしさを理解してもらうためにもボスモンスターと戦ってもらう必要があるとバアルは説明する。

 リーテはバアルの話を聞き、カイルたちを魔王と敵対する立場に立たせようとしていると知り、三階を選ばなかったことに納得した。

 エファリアがセプティロン王国のダンジョンで魔王が恐ろしい存在だと認識したように、今回のダンジョンでカイルやクレシアたちが魔王を危険な存在だと理解すれば、心身ともに勇者に近づくはずだ。

 自身の宿命のために細かく計算するバアルにリーテは心の中で感心するのだった。


「因みに、そのボスモンスターはどんなモンスターなのですか?」

「ボスか? ソイツは……」


 前を向きながらボスモンスターについて説明しようとした時、バアルは口を閉じて立ち止まった。

 突然止まったバアルを見て、リーテはつられるように止まり、ランハーナとエファリアも同時に足を止める。


「バアル、どうしたの?」


 エファリアが問いかけると、バアルは真剣な表情を浮かべながら後で前を差す。

 バアルが見ている方に視線を向けると、廊下の奥で茶色の短髪のビーストヒューマンと金色の長髪の女ビーストヒューマン、そして身長が130cmぐらいで濃い茶色の長髪と口全体を覆う濃い髭を生やした男がバアルたちを見ながら近づいてくる姿が目に入る。

 濃い髭の男もビーストヒューマンのように肌が青白く、両手両足の爪は鋭くなっており、獣のような歯をしていた。姿からビーストヒューマンやビーストエルフと同類のようだ。


「早速現れたわね。一体だけ小柄なのがいるけど、あれもビーストヒューマンかしら?」

「いや、あれはビーストドワーフだ」


 バアルがモンスターの名を口にすると、エファリアは視線だけを動かしてバアルを見る。


「ビーストヒューマンのように獣の力を与えられて作られたドワーフってこと?」

「そうだ。ビーストドワーフはビーストヒューマンと比べて動きは遅いが力は強い。正面から挑むなら十分注意して戦え?」

「分かったわ」


 ビーストドワーフの特徴を教えられたエファリアはビーストヒューマンたちを見つめながら構える。

 既にビーストヒューマンたちとの戦闘は経験済みなので、初めて戦った時のように緊張はしていない。だが、油断すれば足元をすくわれてしまうため、決して気を抜かずに挑むつもりでいた。

 エファリアが構えるとバアル、リーテ、ランハーナも構えて戦闘態勢に入った。その直後、一番前にいたビーストヒューマンが声を上げながら勢いよくバアルたちに向かって走り、女ビーストヒューマンとビューストドワーフもそれに続いて走り出す。

 突撃して来るビーストヒューマンたちを見て、バアルは杖の先端をビーストヒューマンたちの足下に向けた。


「凍結の矢(フリージング・アロー)!」


 魔法が発動した瞬間、バアルは杖の先から冷気の矢を放つ。冷気の矢は一番前を走るビーストヒューマンたちの足下に命中し、その周辺の床を一瞬で凍らせた。

 床が凍ると同時にビーストヒューマンの両足も氷に覆われ、床に固定されるように凍りつく。

 後ろにいた女ビーストヒューマンとビーストドワーフの両足も同じように凍っており、ビーストヒューマンたちはそれ以上前に進めなくなった。

 凍結の矢(フリージング・アロー)は氷属性の中級三等魔法で命中した箇所やその周り、生物を凍らせることができる。

 ただ、凍らせることができても直接的なダメージを与えることはできず、氷も一定の力なら砕くことが出来るため、レベル50以上のモンスターには殆ど効果が無い。だがそれでも下級モンスター相手なら十分使える魔法だ。

 両足が凍ったことで動けなくなったビーストヒューマンたちは獣のような声を上げながら下半身に力を入れ、凍った足を動かそうとする。しかし、どんなに力を入れても足は動かず、床から離れることはなかった。


「す、凄い、一瞬でビーストヒューマンたちの動きを封じた」

「今の内に奴らを攻撃しろ」


 バアルの指示を聞き、エファリアは剣を両手で握りながらビーストヒューマンたちに向かって走り、リーテとランハーナもそれに続く。

 ビーストヒューマンたちが凍りついた足に気を取られている間にリーテたちは距離を詰め、攻撃が届く所まで移動すると目の前の標的を睨みつける。


「軽斬撃(ライトスラッシュ)!」


 リーテは持っている剣の刀身を青く光らせるとビーストヒューマンに向けて袈裟切りを放ち、ビーストヒューマンの胴体を切り裂く。

 レベル70のリーテの攻撃を受けたビーストヒューマンは苦痛の声を上げる間もなく絶命し、足が凍りついた状態のまま後ろに倒れて動かなくなった。

 リーテがビーストヒューマンを仕留めた直後、ランハーナも両手で大鎌を握りながら素早く右から横に振り、女ビーストヒューマンの首を刎ねる。

 頭部は宙を舞い、離れた所に鈍い音を立てながら落下する。頭部を失った首からは血が溢れ出ており、女ビーストヒューマンの体は後ろに倒れた。


「凄い、ビーストヒューマンたちをあっという間に……」


 二体の敵を一瞬で倒したリーテとランハーナの姿を見て、エファリアは目を軽く見開く。自分も二人に負けていられないと考えながら、エファリアは目の前にいるビーストドワーフに視線を向けた。

 ビーストドワーフはエファリアを睨みながら大きな声を上げ、右手を勢いよく振り下ろし、鋭い爪でエファリアを切り裂こうとする。

 エファリアは咄嗟に剣でビーストドワーフの振り下ろしを防ぐが、予想以上に力が強かったため、思わず驚きの表情を浮かべてしまう。


(重い! バアルの言ったとおり、ビーストヒューマンやビーストエルフよりも力が強いわ)


 両手に力を入れるエファリアは剣を押し上げ、止めているビーストドワーフの腕を押し返す。

 ビーストドワーフが腕を押し返されて僅かに体勢が崩れている間、エファリアは軽く後ろに跳んで距離を取る。幸いビーストドワーフは足が凍っているため、距離を取ったところを追撃されることは無かった。

 エファリアは剣の切っ先をビーストドワーフに向けると両足を軽く曲げ、剣の刀身を薄っすらと赤く光らせた。


「重刺撃(ヘビースタブ)!」


 刺突系の攻撃技術(アタックスキル)を発動させたエファリアはビーストドワーフに向かって大きく踏み込み、同時に剣を勢いよく前に出してビーストドワーフの体を貫いた。貫くと同時にビーストドワーフの体に衝撃が広がって大きなダメージを与える。

 エファリアの渾身の一撃を受けたビーストドワーフは声を上げ、両手で刺さっている剣を引き抜こうとする。

 だが、深く刺さっている剣を抜くことはできず、やがてビーストドワーフは絶命し、剣を握っている両手からは力が抜けて下に下がった。

 ビーストドワーフが息絶えると、エファリアは剣を強く引き抜く。

 引き抜いた直後、ビーストドワーフも他の二体と同じように足を氷で固定されたまま後ろに倒れた。


「よし、片付いたな」


 全てのモンスターが倒れると、バアルは他にモンスターが隠れていないか廊下を見回す。

 ランハーナも大鎌を肩に掛け、バアルと同じように辺りを警戒する。


「他に隠れているモンスターはいないみたいですね」

「ああ、少なくとも俺たちの周辺にはいない」


 近くにモンスターがいないことを確認したバアルは廊下の奥に視線を向ける。


「んじゃ、先へ進むか。奴らが何処に隠れているか分からない。油断するなよ?」

「ええ」


 エファリアが剣に付いている血を払い落としながら返事をすると、バアルは先頭になった先へ進む。その後ろをリーテたちが続き、戦闘前と同じように周囲を警戒しながら廊下の奥へ向かう。

 長い廊下をしばらく進むと、バアルたちは少し大きめの広場に出た。そこには机や椅子などは無く、広場の端には受付のような長い台が設置されている。

 台の奥にも空間があり、そこには大きめ机とそれを囲むよう小さな椅子が幾つも置かれ、更に奥には大きめの棚が数個置かれていた。


「此処は、今まで見てきた場所とは少し雰囲気が違いますね」

「そうだな……」


 不思議そうな顔で広場を見回すリーテの隣で、バアルは机と椅子がある空間に視線を向ける。

 広場と空間を仕切るように設置されている台の上には、日本語の文章が書かれた書類が一枚置かれてあり、バアルは台に近づくと置かれてある書類を見る。勿論、エファリアに怪しまれないよう、解読の透鏡を使って未知の文字を解読しているように見せた。


「……どうやら此処は病棟と言う所で、目の前にあるスペースはナースステーションって言うらしい」

「ビョウトウに、ナースステーション……」


 初めて聞く言葉にエファリアは不思議そうな顔をしながらバアルの隣までやって来る。

 リーテとランハーナもバアルが見つけた書類の内容が気になり、バアルの所まで移動した。


「この書類によると、病棟は怪我人や病人が泊まり込みで治療をするための場所らしい。そして、ナースステーションは怪我人たちをサポートする者が待機する場所だそうだ」

「……でも、それは表向きの話なんでしょう?」


 既に病院がどのような場所なのか知っているエファリアは、目を僅かに細くしてバアルに尋ねる。


「ああ。連中は自分たちの目的を悟られないよう、怪我人たちをサポートするふりをしながら素材となる人間や亜人を集め、使えそうな存在を見つけたらモンスターに作り変えていたんだろう」

「酷い話ですね」


 話を聞いていたリーテは軽く俯きながら呟く。勿論、これはエファリアに病院と繋がっていると知られないようにするための芝居だ。

 因みに病院内にいるモンスターは全てダンジョンでPOP(ポップ)したり、召喚石で召喚した存在なので、実際に人間や亜人を作り変えて生み出したモンスターは一体もいない。


「それで、他にこの病棟や作り変えられた人たちの関する情報は何か書いてあるの?」

「いや、ここには病棟とナースステーションのことが書いてあるだけだ。もしかすると、ナースステーションの中に情報が書かれた書類があるかもしれない」


 持っている書類を台の上に置いたバアルはナースステーションに視線を向ける。ナースステーションには書類な道具などが入った棚が幾つもあるため、情報が得られる可能性は高かった。

 エファリアも情報を得るためにナースステーションを調べるべきだと考えており、無人のナースステーションを見つめている。


「とりあえず、使えそうな道具や情報が無いか探してみよう」


 病院や二階の情報を得るため、バアルたちはナースステーションへ入り、棚や机の上などを調べ始める。

 棚には書類以外にも透明の液体が入った容器や紙で出来た箱などが大量にあり、バアルたちは一つずつ手に取って確かめる。だが、どれも初めて見る物で、調査や戦闘などで使えるかどうか分からなかった。

 しばらくナーステーションを調べていると、バアルは金属製の細長い棚に近づく。それはバアルが現実(リアル)の世界でよく見かけるスチール製のロッカーに似ている物だった。

 バアルはロッカーの前にやって来るとゆっくりと扉を開ける。そこには鞘に納められた一本の剣と一枚の書類が入っていた。

 剣と書類を見たバアルは小さく笑い、その二つを手に取る。病院を造ったバアルにはロッカーに入っている物が何なのか当然分かっていた。


「おい、こんな物があったぞ」


 ロッカーに入っていた物が何なのか分からない素振りを見せながら、バアルは離れた所で探索しているリーテたちを呼ぶ。

 リーテたちは声を聞くと、探索を中断してバアルの下へ集まる。


「何です? 何かいい物でもありましたか?」


 何が見つかったのか気になるランハーナは微笑みながら尋ねる。

 バアルは見つけた物をリーテたちの前に出すと、まず剣を鞘から抜いて状態を確かめる。

 刀身は薄い水色の両刃で明らかに普通の剣とは違う雰囲気を漂わせており、剣を見たリーテとエファリアは思わず目を見開く。


「こ、これは明らかに普通の剣ではありませんね」

「ああ、それなりの業物だろうな。……道具鑑定(アイテム・アプレイザル)」


 バアルは魔法を発動させ、自身の目を薄っすらと緑色に光らせた。するとバアルの視界にアイテムの情報が文章になって浮かび上がり、バアルは浮かび上がった文章を黙読する。


「……ほぉ、凄いな」


 情報を確認したバアルは少し驚いたような顔をする。リーテたちもバアルの反応から、見つかった剣は凄い武器なのだと予想した。

 バアルが使用した魔法、道具鑑定(アイテム・アプレイザル)は道具やマジックアイテムがどんな物なのかを調べる下級一等魔法だ。大抵の道具はこの魔法で調べることができるが、上級のアイテムや鑑定を阻害する効果がある物には効果が無く、情報を確かめることはできない。

 病院を造ったバアルは剣がどんな物なのか分かっている。だが、見ただけで剣がどんな物なのか分かるのは不自然であり、エファリアに怪しまれる可能性もあったので魔法を発動させたのだ。


「コイツはミスリルソードだ」

「み、ミスリルソード!?」


 剣の情報を聞かされたエファリアは驚愕して大きな声を出す。

 異世界ではミスリル製の武器は強力で珍しく、武器屋でも滅多に見ることはできない。種類にもよるが、鉄製の防具やそれに匹敵する防御力を持つモンスターを難なく切ったり破壊することが可能だ。

 だが強力な分、一流の鍛冶職人にしか作れず、武器屋でもかなりの額で売られている。故にAランクやSランクの冒険者、軍に所属している騎士でも所持している者は一握りしかいないのだ。

 普通では入手できないと言われている武器が目の前にあることにエファリアは驚きを隠せず、まばたきをしながら無言でミスリルソードを見つめている。

 バアルとランハーナはエファリアの反応を見ると不思議そうな顔をする。

 EKTの世界ではミスリルソードなど序盤で手に入る武器なため、EKTの世界から来たバアルやランハーナにとっては珍しい物ではない。だからエファリアの驚く姿を見た二人は反応が大袈裟すぎるのではと思っていた。

 リーテはバアルや魔将軍たちからEKTの世界ではミスリル製の武器は簡単に手に入ると聞かされ、魔王城でも保管されている大量のミスリル製の武器やそれ以上の物を見ている。そのため、今更ミスリルソードを見ても驚いたりはしなかった。


「ほ、本当にミスリルソードなの?」

「ああ、魔法で調べたから間違いない」


 本物のミスリルソードだと聞かされたエファリアは美しい刀身を見つめ、生きている内にミスリル製の武器を目にすることができて良かった感動する。

 バアルはミスリルソードを鞘に戻すとエファリアに差し出した。


「これ、アンタが使えよ」

「……は?」


 エファリアは呆然としながら間の抜けた声を出す。


「ば、バアル、今何て?」

「アンタがこの剣を使えって言ったんだ」

「な、何を言ってるのよ。貴方、本気なの!?」


 信じられない言葉を口にするバアルにエファリアは取り乱す。手に入れることが難しいミスリル製の武器を他人に譲ろうとしているのだから、エファリアが驚くのは当然だった。

 バアルが見つけたミスリルソードは病院を調査する勇者候補たちを強くするために配置した財宝の一つだった。最初からミスリルソードをエファリアに与えるつもりでいたため、バアルは手放すことに一切抵抗を感じていない。


「魔導士の俺は剣を使わないからな。なら、剣士であるエファリアが使った方がいいだろう」

「そ、それなら同じチームのリーテに渡すべきなんじゃないの?」


 他の者に譲るとしても、ゴスペルのメンバーでない自分ではなく、チームメイトに譲る方がチームのためにあるだろうとエファリアは考え、リーテに譲った方がいいと提案する。


「いいえ、私は大丈夫です。この剣の方が使い慣れていますから」


 剣士ならミスリルソードの価値が分かっているはずなのに、苦笑いを浮かべながら遠慮するリーテを見たエファリアは「ええぇ」と信じられないような顔をする。

 リーテが遠慮するなら、ランハーナが使うべきではと考えるエファリアは視線をランハーナに向ける。

 ランハーナはエファリアと目が合うと、彼女が何を考えているのか察し、大鎌を肩に掛けながら興味の無さそうな顔をした。


「私もこの大鎌が使い慣れてるの。剣なんて持っても全力で戦うことなんてできないわ」


 リーテに続いてランハーナまでもミスリルソードを受け取ることを拒み、二人の反応を見たエファリアは本当にミスリル製の武器の価値を分かっているのかと内心疑うのだった。


「見てのとおり、ウチのメンバーたちはミスリルソードを欲しがっていない。だからアンタが使ってくれ」


 バアルは改めてエファリアにミスリルソードを差し出す。

 エファリアはミスリルソードを見つめ、本当に受け取って良いのかと疑問を抱く。

 発見したバアルや仲間のリーテとランハーナが受け取らない以上、エファリア以外に使う者はいない。

 しかし、エファリアは発見していない自分が高価な武器を譲ってもらうことに抵抗があった。かと言って、貴重な武器をこのまま病院内に残しておくのも勿体ない。

 このまま放置するくらいなら、受け取ってもいいのではとエファリアの気持ちは少しずつ傾いていった。


「……そ、それじゃあ、お言葉に甘えて」


 悩んだ末、エファリアはミスリルソードを貰うことにし、両手でゆっくりとバアルが差し出すミスリルソードを受け取った。

 ミスリルソードを手にした瞬間、エファリアは今まで使っていた剣より軽いことを知って目を見開く。

 普通の剣より軽く、切れ味がいい剣を手にしたことでエファリアは喜びを感じる。同時にあれだけ躊躇っていたのに、最終的に剣を受け取ることにした自分自身の意志の弱さを恥ずかしく思うのだった。

 バアルはエファリアが何とか剣を受け取ってくれたことで、よりエファリアを強くすることができたと感じていた。

 ただ、エファリアがミスリルソードを受け取ることを躊躇っていたのを見て、自分が見つけて渡さず、エファリアをミスリルソードが隠してあるロッカーに誘導し、彼女に見つけさせるべきだったと反省した。


「さて、次はこっちを確認するかな」


 ミスリルソードをエファリアに渡したバアルは続けて持っている書類に目をやる。

 リーテたちもバアルが持つ書類を見つめ、ミスリルソードと一緒にロッカーに入っていたことから、何か重要なことが書かれているのではと予想した。

 バアルは解読の透鏡を取り出し、書類に書かれてある文章を確認する。視線だけを動かして文章を黙読し、全ての文章を読み終えると解読の透鏡を目から離す。


「バアルさん、書類には何と?」

「……どうやらこの病棟には、ビーストヒューマンたちとは違うモンスターがいるようだ」


 ビーストヒューマンたち以外にモンスターが病院内、それも自分たちがいる病棟にいると聞いてリーテたちは反応する。

 しかも書類を確認したバアルは僅かに表情を鋭くしていたため、ビーストヒューマンたちよりも手強いモンスターかもしれないとリーテたちは考えた。


「いったい、どんなモンスターなの?」


 エファリアが尋ねると、バアルは持っている書類を見せながら口を開く。


「この書類によると、そのモンスターはビーストヒューマンたちと違い、病人に獣の力を与えただけでなく、体も獣のように作り変えたらしい」

「獣のような体……いったい、どんなモンスターなの?」

「何でもソイツは……」


 バアルは書類に書いてあるモンスターの特徴を話そうとした。だがその時、廊下にコツッと高めの音が響く。

 音を聞いたバアルたちは一斉に反応して音が聞こえた方を向き、暗くて奥が見えない廊下を見つめる。


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