第104話 昔の姿と絆
病院の奥の廊下ではクレシアたちプレッジとカイル、ファリスが緊迫した表情を浮かべている。
クレシアたちの目の前には薄い水色の変わった服を着た青白い肌の茶髪の人間が二人、金色の長髪をした女エルフが一人がおり、唸り声を上げながらクレシアたちを睨んでいた。
バアルたちと別れた後、カイルたちは部屋を一つずつ調べて病院に関する情報や財宝を探していた。しかし、どの部屋にも探していた物は無く、廊下から入れる全ての部屋を調べ終えると病院の奥へ進んだ。
調査を始めてから分かれ道は無かったため、カイルとファリスは複雑な気分になりながらも、クレシアたちと共に奥へ移動した。
廊下の一番奥まで移動すると新たに扉を発見し、カイルたちは部屋の中を調べようとする。
だが、バアルたちが扉を開けた瞬間、室内から青白い肌で目が赤く、歯や爪が鋭い人型のモンスターが三体飛び出し、そのまま戦闘が始まった。
「いったい何なんだ、このモンスターは?」
「知らないわよ。こんな奴、今まで見たことが無いわ」
剣を構えながら人の姿のモンスターたちを睨むクレシアの問いにファリスは弓矢を構えながら答えた。
ファリスの隣に立つカイルも人間の近い姿をしているモンスターたちに衝撃を受けているが、襲い掛かってきたらいつでも迎撃できるよう、竜帝の霊鎧である人形を握りながら身構えてる。
「コイツは明らかにゴブリンやオーガとは違う。油断していると返り討ちに遭うから気を付けろ?」
「アンタに言われなくても分かってるわよ」
分かり切っていることをわざわざ忠告するエバンスを見て、ネフィリアは若干不満そうな顔をしながら返事をする。
忠告されたことで自分が何も分かっていない初心者のように扱われていると感じ、ネフィリアは気分を悪くしたようだ。
エバンスは決してネフィリアが何も分かっていないと思って言ったわけではない。初心者だろうがAランク冒険者だろうが、仲間のことを心配するのは当然のことなので忠告したのだ。
ネフィリアの反応を見て、エバンスは仲間のために言ったことに気付ていないと知り、呆れたような顔で軽く溜め息をつく。
「……で、どう攻める?」
メイスとカイトシールドを構えるエバンスはクレシアに尋ねる。
クレシアは構えを崩さずにモンスターたちの立ち位置や動きなどを確認し、モンスターたちを視界に入れたまま考えた。
「敵がどのように動くか分からない以上、迂闊に近づくことはできない。まずは離れた位置から攻撃して様子を窺う」
「なら、私に任せてちょうだい」
遠距離から攻撃を仕掛けると聞き、ネフィリアは笑みを浮かべながら杖の先端をモンスターたちに向ける。
マンティコアの一件で肩身の狭い思いをしていたネフィリアは今回の調査依頼で活躍し、汚名返上をすると同時にクレシアからの信頼を取り戻そうと気合いを入れていた。
クレシアは前に出るネフィリアを見ると、続けて弓矢を構えるファリスに視線を向ける。
「ファリス、お前もネフィリアと一緒に奴らを攻撃してくれ」
「……それって命令?」
弓矢を構えたまま視線だけを動かすファリスは低い声で尋ねる。
ファリスの中ではまだクレシアは自分とカイルを切り捨てた裏切り者であるため、指示を受けても素直に従う気にはなれず、喧嘩腰な言い方をしてしまう。
カイルとグオンはファリスの発言を聞いて複雑そうな表情を浮かべ、エバンスとネフィリアは敵を前にして喧嘩を売るような口調で語るファリスに目を細くした。
「いや、お願いだ」
「……仕方ないわね」
軽く溜め息をついたファリスは視線を目の前にいるモンスターたちに向け、一番近くにいる人の姿をしたモンスターに狙いを定める。
嫌がることなくクレシアの指示に従うファリスを見たカイルは二人の距離が少しだけ縮んだと感じたのか、嬉しそうに小さく笑った。
クレシアはファリスが共闘するのを受け入れると、剣を握る手に力を入れてモンスターを見つめる。
「よし、戦闘開始だ。各自、全力で挑め!」
力の入った声を出しながらクレシアたちは周りにいるカイルたちに指示を出す。
カイルたちもクレシアの指示を聞いてモンスターたちに視線を向ける。今のカイルたちは嘗て共に冒険し、モンスターに挑んだ昔のプレッジそのものだった。
戦闘が始まった直後、ファリスは弓につがえている矢を薄っすらと水色に光らせる。
ネフィリアもファリスが狙っている個体とは別の人の姿のモンスターに杖の先端を向けた。
「軽射撃!」
「電撃!」
技術と魔法を発動させた二人はそれぞれ高速の矢と青白い電撃を放って攻撃する。どちらも攻撃速度が速いため、高確率で当たるとカイルたちは考えていた。
ところが、狙われた人の姿のモンスターたちは大きく横に跳んで矢と電撃を難なく回避し、攻撃したファリスとネフィリアを睨みながら獣が吠えるかのように声を上げる。
攻撃をかわされたのを見て、ファリスとネフィリアは軽く目を見開く。避けるのが難しい攻撃を放ったのにそれが簡単にかわされたため、二人は内心驚いていた。
「アイツら、避けやがった」
「やはり身軽な種類のモンスターのようですね」
攻撃をかわした人の姿のモンスターを睨むエバンスの後ろで、グオンがモンスターを分析する。
移動速度の速いモンスターに攻撃を当てるにはどうすれば良いか、グオンはモンスターたちの動きを警戒しながら対処法を考えるのだった。
攻撃された二体の人の姿のモンスターは反撃するため、それぞれファリスとネフィリアに向かって走り出す。
向かってくるモンスターたちを見たファリスは迎撃するために素早く矢筒から新しい矢を取り、走って来る人の姿のモンスターに矢を放つ。
矢は人の姿のモンスターの顔面に向かって勢いよく飛んで行くが、モンスターは走りながら僅かに右に移動する。その結果、矢はモンスターの左耳の近くを通過しただけで当たることは無かった。
近距離からの射撃も外れたことにファリスは思わず表情を歪めた。そんな中、人の姿のモンスターはファリスの前まで近づき、鋭い爪の生えた右手を横に振ってファリスを切り裂こうとする。
「ファリス!」
クレシアはファリスが襲われそうになっているのを見て、咄嗟に助けに向かおうとする。
しかし、人の姿のモンスターは既に攻撃に移っており、クレシアもファリスから離れた所にいたため、走っても間に間に合わない。
幼馴染を死なせたくない、そう思いながらクレシアは窮地に立たされたファリスを見つめる。そんな中、ファリスの後方からもの凄い速さで何かが人の姿のモンスターに近づき、ファリスに迫る爪を防いだ。
誰かがファリスを助けた光景にクレシアは驚き、モンスターの爪を防いだ存在を確認する。そこには翡翠色の全身甲冑の騎士がファリスとモンスターの間に立ち、左腕で爪を止めている姿があった。
「なっ! だ、誰だあれは……」
見たことの無い騎士を目にし、クレシアは目を大きく見開く。
クレシアだけでなく、エバンスやグオン、ネフィリアも騎士の姿を見て驚いていた。
今回の調査依頼に参加した冒険者の中に全身甲冑を装備した者はいない。クレシアたちは自分たちのように調査依頼に参加した冒険者ではなく、何も知らずに病院を見つけて探索した冒険者なのかと予想する。
ファリスは態勢を整えるために軽く後ろに跳んで人の姿のモンスターから距離を取る。そして、自分を守ってくれた騎士を見ながら小さく笑う。
「やっぱりその鎧を着たアンタは速いわね、カイル」
「は?」
クレシアはファリスの口から出た名前に耳を疑う。エバンスたちも信じられないような顔をしながら騎士を見つめた。
本当に目の前にいる騎士はカイルなのか、クレシアたちはさっきまでカイルがいた所に視線を向ける。そこにはカイルはおらず、周りを見回してもカイルの姿は無かった。
「ほ、本当にあれがカイルなんですか?」
「あ、あり得ないわよ。あんな大きな鎧、今まで持ってなかったじゃない」
「……もしかしてアイツ、マジックアイテムを手に入れたのか?」
エバンスの言葉を聞き、驚いていたグオンとネフィリアはエバンスに視線を向けた。
マジックアイテムは種類にもよるが、使用しない時に小さくしたり、目立たないようにして持ち歩いたりすることができる。
もしカイルが身に付けている全身甲冑がマジックアイテムだとしたら、ヴァリンから病院に着くまで周囲に気付かれずに持って来れたとしても不思議ではない。
カイルが目に付くように持ち歩いていなかったこと、戦闘が始まった直後に突然姿を変えたことから、エバンスはカイルが身に付けている全身甲冑がマジックアイテムである可能性は高いと考えた。
「もしかすると、あれがマンティコアを倒す時に使った力なのか?」
現状とこれまでに得た情報から、クレシアはカイルが身に付けている全身甲冑がマンティコアを倒した力では予想する。
ただ、全身甲冑を見たのは今回が初めてで、過去にカイルが使っているところも見たことは無い。
本当に全身甲冑でマンティコアを倒したのか、そしてカイルがどれだけ強くなったのかを確かめるため、クレシアは戦いを見届けることにした。
(それにしてもあの鎧、何処かで見たような……)
カイルが身に付けている全身甲冑に見覚えがあるクレシアは、小首を傾げながら何処で見たのかを思い出そうとする。
クレシアたちが見つめる中、カイルはファリスが距離を取るのを確認すると、人の姿のモンスターの方を向き、右腰に納めてある剣を抜く。
竜帝の霊鎧を装備した今の自分なら、目の前のモンスターの情報が無くても勝てるとカイルは確信していた。
カイルが剣を抜いて構えようとした時、人の姿のモンスターは声を上げながらカイルに向けて右手を振り下ろし、鋭い爪で切り裂こうとする。だが、爪は硬い全身甲冑に傷を付けることはできず、竜帝の霊鎧を装備したカイルにダメージは入らなかった。
人の姿のモンスターは自分の爪が通用しないことを知ると、今度は獣の牙のように鋭くなった歯でカイルに噛みつこうとする。
カイルは咄嗟に左手を前に出し、人の姿のモンスターに自身の腕を噛ませた。
腕を噛み千切ろうとしているのか、モンスターは噛む力をより強くする。しかし、硬い鎧を噛み千切れるはずがなく、モンスターは噛み千切れないことに苛立ち、唸り声を上げ始めた。
「悪いけど、お前たちにこれ以上時間を掛けるつもりは無いんだ」
調査を続けるためにも、さっさとモンスターたちを倒さなくてはいけないと考えるカイルは剣で袈裟切りを放ち、腕に噛みついている人の姿のモンスターの胴体を切り裂く。
人の姿のモンスターは左肩から右腰まで切られ、カイルに噛みついたまま息絶える。死んだことで噛む力が無くなり、モンスターはカイルの前で崩れるように倒れた。
一撃で未知のモンスターを倒したカイルを見て、クレシアたちは愕然とする。
少し前までプレッジの荷物持ちで戦闘能力も低かったカイルが、あっという間にモンスターを倒した光景はクレシアたちに強い衝撃を与えた。
一方でファリスはカイルの勇姿を目にし、相変わらず強いと感じたのか誇らしげな笑みを浮かべている。
目の前のモンスターを倒したカイルは他の二体のモンスターに視線を向ける。
残っているのは人の姿のモンスターとエルフの姿のモンスターが一体ずつで、どちらも仲間を倒したカイルを見つめながら唸り声を上げていた。
モンスターたちはカイルの方へゆっくりと近づき、少しずつ距離を縮めながら襲い掛かるタイミングを窺っている。知能が低いせいか、モンスターたちは仲間を倒したカイルに殺意を抱いても、警戒心を抱くことは無かった。
二体のモンスターたちがどのように動くか、カイルは予想しながら剣を構え直す。その瞬間、エルフの姿のモンスターが声を上げ、両手の爪を光らせながら真正面からカイルの跳びかかって来た。
カイルは迫って来るエルフの姿のモンスターを見つめ、ギリギリまで近づいてくると素早く右に移動してモンスターの跳びかかりを回避する。
竜帝の霊鎧を装備してステータスが強化されカイルにとって、モンスターの跳びかかりをかわすなど簡単なことだった。
攻撃を上手くかわしたカイルはエルフの姿のモンスターの左側面に回り込み、跳びかかりをかわされて隙だらけのモンスターに向けて剣を振り下ろし、胴体の真ん中から両断する。
真っ二つにされたモンスターは地面に叩きつけられるように倒れ、そのまま動かなくなった。
「これで二体目。あとは……」
残っている人の姿のモンスターを倒そうと、カイルはモンスターがいる方を向こうとする。
だが人の姿のモンスターはカイルがエルフの姿のモンスターの相手をしている間に背後に回り込み、後ろからカイルを爪で切り裂こうとした。
ステータスが強化されているカイルは残りの一体が背後に回り込んでいることに気付いており、慌てずに振り返って迎撃しようとする。
その時、人の姿のモンスターの後ろからクレシアが現れ、剣を両手で握りながら勢いよく振り下ろしてモンスターの背中を切った。
切られた人の姿のモンスターは鳴き声を上げるが倒れることは無く、険しい表情を浮かべながら振り返り、不意打ちを仕掛けてきたクレシアに反撃しようとする。
しかし、この時のクレシアは反撃が来ることを予想しており、モンスターが攻撃する前に片づけてしまおうと攻撃技術を発動させていた。
「重斬撃!」
クレシアは薄っすらと赤く光る剣を勢いよく右から横に振り、人の姿のモンスターを正面から切った。切ると同時にモンスターの体に軽い衝撃が広がり、剣と衝撃の二つのダメージを与える。
大ダメージを受けたモンスターは苦痛の声を出しながら膝をつき、ゆっくりと前に倒れた。
モンスターが倒れると、クレシアはモンスターの頭を軽く蹴る。蹴っても動かないことから、確実に死んでいると知ったクレシアは剣を下ろし、俯きながら静かに息を吐く。
ゴブリンのような多くの人に知られているモンスターたちとは明らかに違っていたため、クレシアは厄介な相手だったと感じていた。
「クレシア、大丈夫?」
声を掛けられたクレシアは顔を上げ、目の前に立っている騎士を見つめた。
フルフェイスの兜の下からはカイルの声が聞こえ、クレシアは改めて目の前の騎士がカイルだと理解する。
「ああ、私は大丈夫だ。……そう言うお前はどうなんだ? モンスターたちに何度も攻撃を受けていたが……」
「僕は大丈夫。この鎧、かなり頑丈だからあの程度の攻撃なら問題無く防げるんだ」
「そ、そうなのか……」
全身甲冑を左手で擦るカイルを見ながらクレシアはまばたきをする。
クレシアはカイルが装備している全身甲冑についてまだ何も分かっていない。
どれだけの防御力なのか、重い鎧を装備しているのになぜ素早く動けるのか、そしてどのようにして手に入れたのか。全てのモンスターを倒して安全が確保されたので、クレシアはこの機会にカイルから色々聞き出すつもりでいた。
「……カイル、その全身甲冑なのだが、何時何処で手に入れたんだ?」
「この鎧? これは……」
入手経路を聞かれ、カイルは左手を見つめながら説明しようとする。そんな時、離れた所にいたファリスとエバンスたちが二人に合流した。
「その鎧はあたしとアンタがカイルの誕生日にあげた人形よ」
「何? 人形?」
クレシアは少し驚いたような反応を見せながらファリスの方を向く。
「そうよ。子供の頃、二人でお小遣いを出し合って買ったでしょう。覚えてない?」
「……! あの人形か」
幼い頃の記憶を思い出したクレシアは軽く目を見開く。
エバンスたちもカイルがプレッジにいた頃に騎士の人形を大切に持ち歩いていたことを知っていたため、ファリスの話を聞いて理解する。
ファリスはクレシアが騎士の人形のことを覚えていたことを知ると意外そうな反応を見せた。
幼い頃に三人で交わした約束を破ったクレシアは人形のことなど忘れているだろうと予想していたため、ファリスは覚えていたクレシアを少しだけ見直した。
「まさか、あの人形が鎧に変わるマジックアイテムだったとはな……」
自分とファリスがプレゼントした騎士の人形がマジックアイテムで、カイルがそれを使って強い力を得たことにクレシアは改めて驚く。
「なぁ、その人形が強力なマジックアイテムなら、どうして俺たちと一緒に時に使わなかったんだよ?」
エバンスは強くなれるマジックアイテムを所持していたのに、プレッジのメンバーとして活動してた時にカイルが強力な全身甲冑を使わなかった理由を尋ねる。
クレシアたちもエバンスと同じ疑問を抱き、不思議に思いながらカイルとファリスを見つめる。
もしカイルが全身甲冑を使っていれば、追放されること無く冒険者として共に活動できたはずだ。それなのにカイルは一度も全身甲冑を使わなかったため、どうして追放された後に使ったのかと不思議で仕方がなかった。
「プレッジのメンバーだった時、人形は封印状態だったのよ。だからマジックアイテムとして使うことができなったんだってバアルは言ってたわ」
「バアルが?」
「ええ。あたしとカイルもバアルからあの人形がマジックアイテムだって教えてもらったの。彼が話してくれるまでは気付かなかったわ」
マジックアイテムだと知らず、封印されて使うことができなかったと聞かされ、クレシアたちは共に行動していた時に使わなかったことに納得する。
「バアルの話では、この竜帝の霊鎧は一定の強さを持つ人しか身に付けることができないらしいわ。だけど、固有技術を開花させたカイルは一定の強さに達していなくても身に付けることができるみたい」
「成る程、カイルの固有技術、守神の衣はあらゆる防具を装備できる技術ですからね。彼ならマジックアイテムを使用し、鎧を装備できてもおかしくありません」
グオンは装備するための条件から、竜帝の霊鎧は固有技術を開花させたカイルに相応しいマジックアイテムだと感じていた。
カイルはクレシアたちが驚く中、竜帝の霊鎧を人形に戻して元の姿となる。
クレシアたちは竜帝の霊鎧を外したカイルを見て、一瞬で装備を解除することもできると知って再び驚きの反応を見せた。
「竜帝の霊鎧を装備したカイルなら、どんなモンスターが現れても倒すことができるわ。……頼りにしてるわよ?」
ファリスはカイルの肩に手を乗せ、笑いながらウインクをする。
「勿論、モンスターが現れたら戦うけど、僕一人に押し付けるのはやめてよ?」
「分かってるわよ。あたしも真面目に戦うわ」
苦笑いを浮かべるカイルの背中をファリスは軽く叩く。
カイルは不気味な病院の中でも明るさを忘れず、笑いながら他人と接するファリスがいれば、自分や他の冒険者の士気が低下することは無いだろうと感じながらファリスを見つめる。
「……」
クレシアは笑い合いながらカイルとファリスを無言で見つめる。目の前の二人は幼い頃に自分と過ごしていた時のように明るく、楽しそうにしていた。
三人で冒険者となり、活動を始めるようになってからクレシアはカイルとファリスのように心から笑って接したことは無い。
二人の姿を見たクレシアは懐かしく思うと同時に、二人と笑い合うことができなくなって日常に寂しさを感じていた。
「……カイル」
「ん?」
声を掛けられたカイルは不思議そうな顔をしながらクレシアの方を向いた。
クレシアは真面目な顔をしながらカイルを見つめ、しばらくするとゆっくりと口を開く。
「お前さえ良ければ、プレッジに戻って来ないか?」
「……え?」
「はあぁ!?」
思いがけない言葉にカイルは驚き、隣にいたファリスは大きく目を見開きながら声を上げる。
カイルとファリスだけでなく、エバンスとグオンも目を見開いており、ネフィリアは驚愕の表情を浮かべながらクレシアを見ていた。
「ちょっと待ちなさいよ。アンタ、自分が何を言っているのか分かってるの?」
「ああ……」
頷くクレシアを見て、ファリスは僅かに眉間にしわを寄せた。
「ファリス、お前の言いたいことは分かる。一方的にカイルを追放しておいて、戻ってこいなど虫が良すぎると思ってるのだろう? 私も勝手なことを言っているのは分かっている」
「分かっているのなら、どうして今更戻れなんて言うのよ……カイルが大きな力を手に入れたから、プレッジの戦力を増強するために戻そうとしてるの?」
「……それもある」
クレシアの返事を聞いたファリスは目を見開きながら拳を強く握る。
先程の発言を聞き、クレシアが再び強さでカイルの扱いを決めようとしていると知り、カイルが追放された時のように怒りが込み上がってきた。
「クレシア、アンタねぇ!」
「待ってくれ!」
文句を言おうとするファリスにクレシアは手を前に出して制止する。クレシアは険しい顔で自分を睨むファリスを見つめ、話を聞いてほしいと目で伝えた。
ファリスはクレシアの顔を見ると他に何か言いたいことがあると感じ取る。文句はクレシアの言い訳を聞いた後でも問題無いと考え、とりあえず話を聞くことにした。
黙って自分を睨むファリスを見たクレシアは話を聞いてくれると知り、ゆっくりと手を下ろしてファリスと隣のカイルを見つめる。
「追放した時のような誤魔化しは一切無しだ。私が思っていることを正直に話す」
カイルはクレシアの顔を見て思わず反応する。今のクレシアは自分を追放した時と違って本当に本心を語ろうとしているとカイルは直感した。
どうして自分をプレッジに戻そうとしているのか気になり、カイルもファリスのようにクレシアの話に耳を傾ける。
「ファリスが言ったように、私はお前が強くなったからもう一度チームに戻ってほしいと思っている。だが、それはついでだ。本当の理由はもう一度お前たちと最高の冒険者になると言う夢を叶えたいからだ」
クレシアの声には僅かだが力が入っており、カイルはクレシアが嘘をついておらず、心から願っていることを話していると悟る。
ファリスもクレシアの様子を見て、以前のように本心を隠して話しているわけではないと感じていた。だが、それでもまだクレシアの真意は分からないため、完全には信用してはいない。
「カイルはマジックアイテムを使い、私たちと同等……いや、それ以上の力を得た。カイルは強くなり、わたしやファリスと同じ場所に立つことができると知り、私は昔のように三人で同じ夢を目指し、叶えてたいと思ったんだ」
「……竜帝の霊鎧を手に入れる前のカイルは確かにあたしたちよりも弱かったわ。でも、例え弱くても一緒に夢を追い続け、カイルが強くなるよう協力することはできたはず。それなのに、アンタはカイルを守るためと言って一方的に追放したわ」
「そうだ。私は難易度の高い依頼を受けた時にカイルを守る自信が無かった。目の前でカイルが死んだり、傷つくのを見たくなかった。カイルを守るためと言っておきながら、結局は自分のためにカイルを追放したんだ……私は卑怯で情けない女だ」
俯きながら自身の過ちを認めるクレシアを見て、カイルは悲しそうな顔をする。
ファリスもクレシアを見て本当に誤魔化しなどせずに本心を語り、過ちを認めているのでは感じていた。
「私にもっとカイルを守ろうと言う意思と勇気があれば、お前たちとの約束を破ることもなく、カイルを追放せずにマジックアイテムの封印を解くこともできたかもしれないのに……」
クレシアは自分を中心に物事を考えたことで、大切な仲間との絆を失ってしまったことを後悔し、自身の肩と拳を震わせる。
顔を上げたクレシアは申し訳なさそうな顔でカイルとファリスを見つめ、ゆっくりと二人に頭を下げる。
「カイル、ファリス、改めて謝罪する。約束を破り、一方的に追放して済まなかった。お前たちが許してくれるのなら、もう一度私と共に同じ道を歩いてほしい。……何よりも、私は昔のようにお前たちと笑い合いたいんだ」
本心を伝えたクレシアは二人に謝罪し、プレッジに戻ってきてほしいと頼む。
一度はカイルのためになると考え、一方的に追放した存在が頭を下げ、チームを去ったカイルとファリスに戻ってくるよう頼むのは無様な姿だと誰もが思うだろう。クレシアも自分が格好悪いことは理解しており、リーダーとしてあるまじき行動を取っていることも分かっている。
だが、今のクレシアは例え恥を掻くことになったとしても、幼馴染たちとの繋がりを戻し、共に夢を叶えたいと思っていた。
エバンスとグオンはクレシアを見て、一度追放したカイルとファリスをプライドを捨ててまでチームに戻すべきなのかと疑問に思う。
しかし、クレシアのカイルを大切に思う気持ちや三人の関係を考えると、頭を下げてでも二人と和解したいと考えるのはおかしなことではないと感じていた。何より、二人も可能なら昔のように六人で冒険者活動を行いたいと思っている。
ネフィリアは自分の嫌っている存在たちに謝罪するクレシアを見て、頭を下げる必要は無いと思いながら気の毒そうな顔をする。
エバンスやグオンと違い、ネフィリアだけはカイルとファリスはこのままプレッジに戻らず、二人だけで活動させればいいのではと考えていた。
「……クレシア、君の気持ちは分かったよ」
カイルはクレシアに近づくと、そっと右手を彼女の肩に乗せる。
肩に手を置かれたクレシアは顔を上げ、目の前で微笑んでいるカイルの顔を見た。
「君が僕のことを守りたかったことや、もう一度一緒に夢を叶えたいって気持ちが嘘じゃないことは今の君を見れば分かる。僕も、本心ではもう一度三人で最高の冒険者を目指したいと思ってるから……」
「カイル、アンタ……」
ファリスはクレシアに語り掛けるカイルを見ながら呟く。カイルは過去のことを気にしておらず、クレシアを許すつもりでいるとファリスは悟った。
「クレシア、君が本心を言ったのだから、僕も本心を言うよ。僕は……」
カイルはクレシアの思いに対する返事を口にしようとする。
ファリスとクレシアは何と答えるのか予想しながら黙ってカイルを見つめた。
「お取込み中の所、ごめんよ」
静かな廊下に声が響き、驚いたカイルたちは一斉に反応した。




