第103話 獣魔狩り
部屋の中を調べ終えたバアルたちは廊下に出る。隅々まで部屋の中を調べた結果、複数の使えそうなアイテムと病院に関することが書かれた書類を見つけることができた。
「それなりに収穫はあったわね」
「ああ、この状況である意味一番使えるアイテムも見つかったしな」
バアルは懐から部屋の中で見つけた手の平サイズで金縁の片眼鏡と一枚の書類を取り出してエファリアに見せる。
エファリアやリーテ、ランハーナは囲むようにしてバアルが取り出した物を確認した。
書類には異世界には存在しない文字で細かく文章が書かれてある。使われているのは日本語であるため、現地人のエファリアには当然読めない。
リーテは以前にバアルや魔将軍たちから日本語のことを聞かされていたため、日本語自体のことは知っているがエファリアと同じで読むことはできなかった。
しかし、文字が読めないという問題も部屋で見つけた片眼鏡のアイテムを使えば解決する。
片眼鏡は“解読の透鏡”と言うEKTの世界で使われているマジックアイテムの一つで、覗き込めば読めない文字を使用者が理解できる文字にして映し出すことができる。
EKTでは主にダンジョンやイベントなどで発見した古代文字などで書かれた書物や石板の文字を解読するために使われていた。他にも外国人の魔王が祖国の文字を使って作成した書類などを日本人の魔王が日本語で読む際に使ったりもする。
解読の透鏡が病院内にあったのは、勿論バアルがダンジョンを造る際に入手できるアイテムとして設置したからだ。
バアルは日本語という未知の文字が理解できないという設定であるため、普通に書類に書かれてある文章を読むことはできない。エファリアのように自分の正体を知らない者たちに怪しまれること無く書かれている日本語が読むため、わざわざ解読用のアイテムを設置したのだ。
「この解読の透鏡は読めない文字を読めるようにするマジックアイテムだ。これで病院内にある未知の文字で書かれた文章も理解できる文字で読むことができる」
「つまり、これでこの病院って建物に関する情報が得られるってことね」
最初の部屋で使えるマジックアイテムが見つかったことで気分を良くしたのか、エファリアは解読の透鏡を見ながら小さく笑みを浮かべる。
「でも、どうして解読用のマジックアイテムがあったのかしら? まるで文字が理解できない人が書類とかを見るのを分かっていて置いてあったみたいだわ」
気分を良くしていたエファリアは自分たちの都合のいい状況になっていることを逆に不思議に思い、解読の透鏡があったことに疑問を抱く。
バアルは勘の鋭いエファリアを見て軽く目を見開き、リーテは少し焦っているような表情を浮かべていた。
「あ~、多分この病院にいた人の中に書類に書かれている文字が読めない奴がいたから、そういう人のために用意されてたんじゃないのか?」
「う~ん、確かにそれもあると思うけど……」
エファリアはバアルの推測に一理あると感じながらも、他に理由があるのではと考え込む。
そもそも今いる病院は二百年前の魔王が遺した場所である可能性がある。もし二百年前の魔王が造った場所なら、人々を支配しようとしていた冷酷な魔王がなぜ怪我人や病人を治療する場所を造ったのか、エファリアは難しい顔をしながら考えるのだった。
「まぁ、解読の透鏡が置いてあったわけも書類に書いてあるかもしれない。とりあえず、今手元にある書類の文章を解読してみようぜ?」
「……そうね」
書類を解読した方が気になっている情報を得られるかもしれない。そう考えたエファリアはバアルが持つ書類に視線を向けた。
バアルはエファリアやリーテたちが見つめる中、書類の文章を解読するために解読の透鏡を右目に近づける。
解読の透鏡を見つけた時、バアルは解読の透鏡のことや使い方を知っているとエファリアに説明しているため、普通に使っても怪しまれたり、不思議に思われることは無かった。
「さて、どのような内容が書かれてあるのかな……」
「キャアアアアァッ!」
突如聞こえてきた女の悲鳴にバアルたちは一斉に反応し、悲鳴が聞こえた方角を向く。
「今の悲鳴は?」
「あの声、神闘のレンジャーの娘の声よ!」
声の主が誰なのか瞬時に理解したエファリアは表情を鋭くしながら腰の剣を握る。
「もしかすると、モンスターと遭遇して襲われてるのかもしれない」
「どうします?」
「勿論、助けに行くわ!」
例え性格が悪く、自分を見下すような発言をした連中でも、モンスターに襲われいるのなら助けるのは当然だとエファリアは考えており、迷うことなく救援に向かうことを伝えた。
神闘を助けに行こうとするエファリアを見たリーテは小さく笑う。流石はバアルが勇者候補の中でも最も期待している存在だと心の中で感心した。
エファリアは腰の剣を抜くと全速力で走り出す。声の主が神闘のメンバーであることから、アルフォルトたちが選んだ道の先にいると確信しているエファリアはまずアルフォルトたちと別れたT字路へ戻ることにした。
バアルたちも走ってエファリアの後をついて行く。ただ、バアルたちは神闘のメンバーを救出することとは別のことを考えながら走っていた。
「バアルさん、さっきの悲鳴はやはり……」
前を走るエファリアに聞こえないよう、リーテは走りながら小声でバアルに語り掛ける。
「ああ、エファリアの予想どおり、アルフォルトたちが病院に配置したモンスターに襲われたんだろう」
バアルの返事を聞き、リーテは真剣な表情を浮かべた。
遂に冒険者と配置されたモンスターの戦闘が始まったため、リーテはどのような戦いが繰り広げられるのだろうと走りながら想像する。
「今回はどのようなモンスターを配置されたのですか?」
「さっき説明したとおり、この病院は獣魔の病院だ。だから、凶暴な獣族モンスターを配置した。勿論、エファリアたちのレベルでも倒せる強さのな」
「獣ですか……因みにモンスターたちは私たちにも襲い掛かって来るのですか?」
「ああぁ。俺たちだけが襲われない、なんてことになったらエファリアたちに怪しまれるからな」
病院とは無関係だとエファリアたちに思わせるため、自分たちのことも襲うよう設定してあると聞いたリーテは「ですよね」と言いたそうに苦笑いを浮かべるのだった。
「三人とも、急いで!」
前を走るエファリアは振り返ってバアルたちを急かす。アルフォルトたちが死ぬかもしれない状況にエファリアは少し焦っているようにも見える。
バアルたちはエファリアの方を向くと話すのをやめ、神闘のメンバーの下へ急ぐために走る速度を上げた。
T字路に戻ったバアルたちは神闘が選んだ道を進み、一つの扉を見つける。悲鳴の大きさからそれほど遠くには行っていないと考えるバアルたちは、目の前の扉の先にアルフォルトがいると予想していた。
先頭を走っていたエファリアは勢いよく扉を開ける。中の様子を探ったり、警戒することなく扉を開けるのは危険な行為だが、アルフォルトたちを助けたいと考えているエファリアにはそんなこと気にしている余裕は無かった。
扉を開けた瞬間、部屋の中から血と獣の匂いがし、エファリアは思わず顔を歪める。
異臭に耐えながら部屋の中を見ると、アルフォルトや神闘のメンバーたちが血だまりの中で倒れているのが目に入る。
アルフォルトの周りでは薄い水色の服を着た青白い肌の人らしき生物が四体、四つん這いになって顔を死体に近づけ、血肉を貪っている姿があった。
「こ、これは……」
惨状を目の当たりにしたエファリアは目を大きく見開きながら固まる。
エファリアの後ろにいたリーテも傷だらけのアルフォルトを見て、遅かったかと表情を曇らせた。
四つん這いになっていた人型の生物たちはエファリアの声に反応し、顔を上げながらバアルたちの方を向く。
口元を血で赤く染めた生物たちは唸る声を上げながら立ち上がり、敵意の籠った目で睨みながらゆっくりと近づいてきた。
「な、何なのコイツら……人の姿をしてるけど、モンスターなの?」
「ああ、れっきとしたモンスターだ」
エファリアの隣に立つバアルは人型の生物を見つめながら持っている杖を構える。
「あれはビーストヒューマンにビーストエルフ。人間や亜人が獣の力を得た獣族モンスターだ」
「ビーストヒューマンとビーストエルフ……」
初めて聞く名前に驚くエファリアは視線をビーストヒューマンとビーストエルフに向ける。
状況からビーストヒューマンたちが自分やバアルたちを襲おうとしているのは間違いないため、エファリアは剣を両手で構えてビーストヒューマンたちを睨みつけた。
リーテとランハーナもモンスターが自分たちに襲い掛かって来るとバアルから聞かされているため、剣と大鎌を構えて戦闘態勢に入った。
バアルたちが構えた直後、ビーストヒューマンとビーストエルフたちは声を上げながら一斉にバアルたちに向かって走り出した。
全速力で走って来るモンスターたちを見たバアルは杖の先端を向ける。
「魔法弾」
魔法を発動させたバアルは杖の先端から黄色い光弾を放つ。光弾は一番前を走っている女ビーストヒューマンの頭部に命中し、水音を立てながら粉砕した。
頭を失った女ビーストヒューマンは前に倒れて動かなくなるが、他の三体は仲間が倒されても速度を落とすことなく走り続ける。その姿はバアルに対する恐怖や警戒心を一切感じていないかのようだった。
ある程度まで距離を詰めると、ビーストエルフの一体が両手を前に伸ばしながら跳びかかって来る。
バアルたちは咄嗟に別々の方向へ跳び、ビーストエルフの跳びかかりをかわす。
散開した直後、リーテとランハーナの前にビーストヒューマンと女ビーストエルフが回り込み、低い声を出して威嚇する。
エファリアは剣を構え直し、跳びかかって来たビーストエルフを向かい合った。
「思った以上に動きが速い!」
「ビーストエルフはビーストヒューマンより力が弱いが移動速度は速い。注意して戦え」
エファリアはバアルのアドバイスを聞くと構えを崩さずにビーストエルフの様子を窺う。
ビーストエルフは両手を床に付け、獣のような四足体勢を取りながらエファリアを睨みつけており、いつまた襲い掛かって来てもおかしくない状態だった。
再び攻められる前に自分から仕掛けようと考えたエファリアは殺意を向けてくるビーストエルフに向かって走り、勢いよく袈裟切りを放った。
ビーストエルフは四足状態のまま右へ跳んで剣を軽々と避け、エファリアの左側に回り込むと右手の爪で反撃する。
エファリアは素早くビーストエルフの方を向き、剣で迫って来た爪を防いだ。
「悪いけど、今の私にはそんな攻撃は通用しないわよ!」
ビーストエルフを挑発するかのように言い放ったエファリアは後ろに下がって剣を構え直し、刀身を薄っすらと青く光らせる。
「軽斬撃!」
攻撃技術を発動させたエファリアは素早く剣を右から横に振る。普通の攻撃では回避されてしまうと考え、攻撃速度の速い軽斬撃で攻撃したのだ。
青く光る剣を見たビーストエルフは後ろへ跳んで攻撃をかわそうとする。だが、予想よりもエファリアの攻撃が速かったため、かわし切れずに腹部を切られた。
腹部の痛みにビーストエルフは声を上げながら怯む。切れたことに怒りを感じたビーストエルフはエファリアに反撃しようとするが、それよりも早くエファリアが動いていた。
エファリアはビーストエルフの目の間で剣を振り上げ、再び刀身を青く光らせる。
「三連迅剣!」
剣を素早く振り下ろしてビーストエルフの顔面を切る。だが、エファリアは続けて剣を同じ速さで右上に向けて振り上げ、更に右か横切りを放つ。素早い攻撃を三回連続でビーストエルフに命中させ、エファリアは決定的なダメージを与えることに成功した。
ビーストエルフは顔面に続いて体を二度切られたことで致命傷を負い、苦痛の声を上げながら後ろに倒れる。
仰向けになったビーストエルフはしばらく痙攣をしていたが、やがて目を見開いたまま動かなくなる。
動かなくなったビーストエルフを見て、エファリアは軽く息を吐いてから剣を振り、刀身に付いていた血を払い落とした。
「ビーストエルフをこうも簡単に倒すとは……やっぱ、かなり強くなっているみたいだな」
離れた所でエファリアの戦いを見守っていたバアルは小さく笑みを浮かべる。
病院内に配置されたビーストエルフやビーストヒューマンのレベルは24から27で中堅の冒険者でも苦戦する強さだが、既にレベル35となっているエファリアの敵ではない。
バアルはエファリアがいずれ自分と戦う勇者になるために成長していることを改めて嬉しく思い、いつか来るエファリアと戦う時を楽しみにするのだった。
強くなったエファリアを見ていると背後から叫ぶような声が聞こえ、バアルはゆっくりと後ろを確認する。
視線の先には倒れているビーストヒューマンの前に立ち、剣と盾を構えているリーテと女ビーストエルフの死体に右足を乗せながら大鎌を肩に掛けているランハーナの姿があった。どうやらリーテとランハーナの方も終わったようだ。
「そっちも片付いたか」
「ハイ」
「まぁ、私たちの敵じゃないですね」
リーテとランハーナのレベルなら、ビーストヒューマンたちに後れを取ることはまずない。そう考えるバアルは小さく笑いながら二人を見つめる。
バアルたちは部屋の中に他にモンスターがいないことを確認すると、倒れているアルフォルトたちの下へ向かう。
血まみれのアルフォルトは体中を爪で引き裂かれ、顔や腕などは肉を噛み千切られている。既に死んでいると誰が見ても分かるほど酷い状態だった。
蘇生魔法や蘇生用のマジックアイテムを使えば、死んだアルフォルトたちを蘇らせることはできる。
しかしビーストヒューマンたちによって遺体は酷く傷ついており、下位の蘇生魔法やアイテムでは蘇らせることはできない状態だった。
バアルが持つ上位のマジックアイテムを使えば遺体の損傷が激しくても蘇生させることは可能だ。だが、バアルにとってアルフォルトたちは勇者候補でもなく、自分にとって何の利益にもならない存在なため、蘇生させようとは微塵も考えていない。
何よりも使い物にならない存在に貴重なマジックアイテムを使うつもりは無かった。
「アルフォルト……」
少し前まで傲慢な態度を取っていた男が今は苦痛の表情を浮かべながら息絶えている。エファリアはアルフォルトを見つめながら複雑な気分になっていた。
バアルはエファリアと違い、驚いたりすることなく無表情で動かなくなったバアルたちを見ている。なぜなら、アルフォルトたちではビーストヒューマンたちに勝てず、全滅することが分かっていたからだ。
ヴァリンから病院に移動するまでの間、バアルは能力看破で神闘のメンバーのレベルを確認しており、その時に戦士がレベル22、盗賊がレベル20、女レンジャーがレベル19、女魔導士がレベル21、そしてアルフォルトはレベル17だと知った。
アルフォルトたちのレベルから考えて、ビーストヒューマンたちと遭遇しても勝つことは勿論、生き延びることはほぼ不可能だとバアルは分かっていたため、表情を変えることなく冷静でいられたのだ。
何よりもアルフォルトたちはバアルにとってはどうでもいい存在だったため、苦痛などは一切感じていない。
モンスターも勇者候補のエファリアたちには倒せ、アルフォルトたちでは倒せないビーストヒューマンなどを配置したのだ。
「彼のことは好きではなかったけど、死んでしまったのを見るとなぜか心が痛むわ……」
「それはエファリアさんが優しい人だからですよ」
暗い顔をするエファリアにリーテは励ますように優しく声を掛ける。
優しい心を持っていれば、例え嫌いな相手が傷ついたり、命を落とせば辛い気持ちになる。リーテはエファリアの性格なら心を痛めてもおかしくないと考えていた。
「……ありがとう、リーテ」
しばらくアルフォルトたちの遺体を見ていたエファリアは振り返り、小さく笑いながら礼を言う。
立ち直ったエファリアを見たリーテも小さく笑みを返し、バアルはどんな相手に対しても心を痛めるエファリアを見て、更に勇者に相応しい少女だと感じた。
「それで、この後はどうするの? このまま調査を続ける?」
ランハーナはエファリアを見つめながらこの後の予定を確認する。
「流石に遺体をこのままにしておくわけにはいかないわ。とりあえず、モンスターたちがこれ以上遺体を傷つけないよう、安全な場所へ移動させて、調査が終わったらカイルたちを呼んで外へ運びましょう」
「まぁ、それが一番いいだろうな」
エファリアの提案に異議の無いバアルは納得しながらアルフォルトたちの遺体を見つめる。
「それにしても、あのモンスターたちは何なのかしら?」
先程戦ったビーストヒューマンやビーストエルフのことが気になるエファリアは、転がっているビーストヒューマンの死体に視線を向ける。
「怪我人や病人を治療する建物の中にあんな凶暴なモンスターがいるなんて、もし此処が二百年前の魔王が造った場所なら、魔王は何を考えてモンスターを建物の中に入れたの?」
「……少なくとも、病院の警備のために配置されたモンスターじゃないな。知能の低いアイツらじゃ、警備対象と侵入者の区別もつかないだろうし」
「じゃあ、彼らはいったい……」
警備のモンスターでないのなら何なのか、エファリアは難しい顔をしながら考え込む。
エファリアが疑問に思う中、バアルは一番近くにある死体を見つめながら静かに口を動かした。
「ビーストヒューマンやビーストエルフはゴブリンやオークなどとは違う。魔法やマジックアイテムなどを使って人工的に生み出されたモンスターだと言われている」
「えっ?」
人の手によって作られた存在だと聞かされ、エファリアは驚きながらバアルを見つめる。
バアルが話した人工的に作られたというのは、EKTの運営側が考えたゲーム上の設定だ。
EKTの世界では実際にNPCの人間や亜人を魔法やマジックアイテムで作り替えるのではなく、召喚アイテムの召喚石を使って召喚したりしていた。バアルも今回、召喚石を使ってビーストヒューマンたちを召喚し、それを病院内に配置している。
勿論、NPCの人間たちを捕らえ、モンスターに作り替えることはできる。ただ、召喚石を使わずにビーストヒューマンやビーストエルフと全く同じ存在を作るのは非常に難しく、作製に成功した魔王は一人もいない。
「人工的に生み出された……どうしてそんなモンスターが此処に?」
「それは分からない。……ただ、ここに何か関係あることが書かれてあるかもしれない」
バアルは懐にしまっていた書類と解読の透鏡を取り出す。
書類を見たエファリアは病院内で発見された書類なら、モンスターに関する情報を得られるかもと小さな期待を抱く。
エファリアが見つめる中、バアルは解読の透鏡を右目に近づけ、レンズ越しに書類を見る。
本来はレンズ越しの文章が日本語から異世界の文字に変わるのだが、バアルの目には異世界の文字ではなく、日本語のまま映っている。理由はバアル自身が書類に書かれてある日本語を理解できているからだ。
解読の透鏡は理解できない文章を使用者が分かる文字で映し出すアイテムだ。そのため、書類を読めるバアルが使っても文章に変化は無い。
文章が読めるのなら、わざわざ解読の透鏡を覗かずに普通に読めばいいのではと思われるが、バアルは日本語を読めないことになっている。だから無意味だとしても、解読の透鏡を覗き込んで書類を見る必要があった。
バアルは解読の透鏡を覗きながら書類の文章を黙読する。
エファリアやリーテたちはどんなことが書いてあるのか気にしながら、未知の文字で書かれた文章を見つめていた。
「……そう言うことか」
文章を読み終えたバアルは解読の透鏡を目から離すと低い声で呟く。
書類は病院を作る際にバアル自身が作った物なので、書かれてあることは知ってる。だがエファリアに内容を知らないと思わせるため、内容を初めて知ったような素振りを見せた。
「何て書いてあったの?」
書類の内容が気になり、エファリアはバアルに尋ねる。
バアルなエファリアの問いに答えず、真剣な表情を浮かべながら書類と解読の透鏡をエファリアに差し出す。
「見てみろ。とんでもないことが書いてあるぞ」
エファリアはバアルの言葉を聞いて反応する。
バアルの様子から、何か恐ろしいことが書かれているのではと予想するエファリアは書類と解読の透鏡を受け取り、バアルがやったように右目に解読の透鏡を近づけて書類を覗く。
解読の透鏡を覗いた瞬間、今まで読めなかった文章が自分の理解できる文字へと変わり、読めるようになったことにエファリアは驚く。
どうして文字が変わるのか気になるが、今は書類を確認することの方が重要なため、文章の一番上から順番に確認する。
エファリアはバアルと同じように書類を黙読していく。だが、文章の後半を読み始めると徐々に驚きの表情へと変わっていった。
リーテはエファリアの表情が見る見る変わっていくのを目にし、不思議そうにまばたきをする。
やがて、文章を読み終えたエファリアは俯き、書類と解読の透鏡を持つ手を下ろす。
「……信じられない。こんな恐ろしいことを……」
震えた声を出すエファリアは僅かに表情を険しくし、書類を持つ手に力を入れて震わせる。力を入れたことで持っていた書類の縁に小さなしわが入った。
「エファリアさん、大丈夫ですか?」
リーテはエファリアの顔を見て、何かに気分を悪くしていると感じて声を掛ける。
「ええ、大丈夫よ……」
声をかけらえたエファリアは顔を上げ、目を閉じながら静かに深呼吸をした。
気持ちが落ち着くとエファリアは目を開けてバアルの方を向き、持っている書類をバアルに差し出す。
「ここに書かれてあることが本当なら、さっき倒したビーストヒューマンたちは……」
「ああ、実験で生み出された存在ってことだ」
バアルが書類を受け取りながら答えると、エファリアは倒れているビーストヒューマンたちに視線を向ける。その顔には先程とは違い、同情するかのような寂しそうな表情が浮かんでいた。
「あ、あのぉ、書類には何と書いてあったのですか?」
まだ書類を読んでいないリーテは二人を見ながら説明を求める。
ランハーナも自分が理解でいていない状況で話が進むのが気に入らず、ムスッとしていた。
リーテとランハーナを見たバアルは二人に説明するため、持っている書類をリーテとランハーナに見せる。
「ここにはこの病院がどんな場所で何をやっていたのかが書かれてあったんだ。さっき戦ったビーストヒューマンたちのこともな」
「どんな場所か? 此処は病院で魔法を使わず、怪我人や病人を治療する施設じゃないのですか?」
「表向きはな。……だが、この病院には裏の顔があったんだ」
「裏の顔……」
病院に関わりを持ち、どんな場所か知っているバアルとリーテはまるで何も知らないかのように会話をする。
ランハーナはエファリアに正体や病院との繋がりを悟られないようにしているバアルとリーテを見て、素晴らしい演技力だと感じていた。
「怪我人と病人を治す裏では、人間や亜人をモンスターを作り出すための実験をしていたんだ」
「モンスターを作り出す……それじゃあ、さっき倒したビーストヒューマンたちは……」
ビーストヒューマンたちの正体を悟ったリーテを見て、バアルは軽く頷く。
「そうだ。この病院を訪れたり、泊まり込んで治療をしていた人間や亜人たちがモンスターに変えられた存在だ。そこに倒れている奴らは患者衣を着ているから、恐らく入院していた連中だろう」
同じ薄い水色の服を着ているビーストヒューマンとビーストエルフの死体を見ながら、病院にいた怪我人や病人だとバアルは語る。
リーテはビーストヒューマンたちの正体を既に察していたため、バアルの話を聞いても驚いたりはしなかった。
「あと、この病院はやっぱり二百年前の魔王が遺した施設だったみたい」
エファリアは病院を作り出した存在が予想していたとおり、二百年前の魔王だったことをリーテとランハーナに伝える。
リーテはバアルを見て、しっかり二百年前の魔王を利用しているなと小さく苦笑いを浮かべるのだった。
「ビーストヒューマンたちは獣の能力を人間や亜人に与えたらどうなるか、それを調べるために生み出した存在らしいわ。そしてもし、強力なモンスターが出来上がったら、戦争などで利用するとも書かれてあった」
「二百年前の魔王はモンスターに改造した人たちを自軍の戦力にしようとしていたってわけですね」
「ええ。……ただ、体の一部が獣のようになっただけで、知能は低く凶暴なだけの存在しか作れなかったみたい」
話を聞いていたリーテは二百年前の魔王や病院を利用し、細かい設定を考えたバアルの想像力に感心する。
エファリアは二百年前の魔王が自分の野望のために人間や亜人をモンスターに変え、大陸を支配するために利用していたことに気分を悪くし、悔しそうな顔をする。
「罪の無い人たちを凶暴で醜いモンスターに改造し、こんな気味の悪い場所に閉じ込めるなんて……酷すぎるわ」
魔王に対する怒りを強くするエファリアを見たバアルは、魔王ゼブルとしての自分と対峙した時、戦おうとする意思が強くすると予想して小さく笑った。




