12月(上)
「――――え?」
年の瀬の12月は、イベント続きのシスタニアには珍しく何も無い月だ。
皇室一家も帝都ヴィクトリアの宮殿に戻り、1年の終わりを静かに過ごすのが常だ。
そのためアイディアル地方にとっても、12月は最も静かな時期だった。
そんな、本来ならば静かに穏やかに過ごすべき時期に、ベガは呼び出しを受けていた。
相手は宰相代理のエドワードと、司法長官のミストラルだった。
リチャードの幼馴染にして国家の重鎮である2人に呼び出されて、ベガは戦々恐々としながら2人の下へと顔を出したのだが……。
「えっと、ごめん。もう一回だけ言ってもらっていいかな」
外は雪が降っていて、ここ数日は肌寒い日々続いている。
それでも宮殿の中は快適な温度に保たれているので、外に出なければ今が冬であることも忘れてしまいそうな程だった。
しかし今、ベガは胸中に確かに寒いものを感じているのだった。
その理由は、ベガの目の前の2人にある。
エドワードとミストラルだ、彼らは互いに目を合わせると頷き合って、先程ベガに告げたことをもう一度言った。
聞き間違いであれば良いと思っていたのだが、そんなことは無かったと再確認するだけだけに終わった。
「そろそろお世継ぎをお願いしたい」
エドワード達の用件は、要するに子供の催促だった。
何しろベガがリチャードと結婚してすでに1年である、にも関わらず懐妊のかの字の気配も見えてこないのは、いわゆる上流階級においては由々しき事態なのだろう。
ヴィクトリアが幼い女帝であることを考えれば、ベガに期待がかけられるのはむしろ自然だった。
「いや、でもそういうのってほら、授かりものって言うし」
「授かる行為を行っているのですか?」
「いや……でもさ、ほら」
もちろん、ベガにもそのあたりの事情がわからないでも無い。
そもそもシスタニア皇帝は近隣の国々から姫を妃に貰う慣習だ、ベガはあくまで1人目の妃に過ぎない。
一方で、自分で言うのも難だが、あのリチャードとここまで上手くやれる妃が他にいるとも思えなかった。
干渉するか諦観するか、普通はそのどちらかになるだろう。
「あのバ……いえあのバカはそのあたりのことをまったく考えていません」
「いや、そうかもしれないけどさ」
「察するに、貴女にそう言う話をしたことも無いはずです」
「うん、まぁ……そうなんだけどさ」
もちろん、ベガも考えたことが無いわけでは無い。
無いのだが、いやしかし、と思うのである。
「……それ、私からリチャードに言わないとダメなわけ……?」
◆ ◆ ◆
そもそもだ。
何故女性の側から殿方に対して「それ」を求めなければならないのか。
何度考えても、ベガにはそれがおかしく感じられて仕方が無いのだった。
「ああ、ヴィクトリアは今日も可愛いなぁ!」
「兄さま、うっとい」
「ヴィクトリアアアアアァッ!?」
聞くところによれば、12月はシスタニアで最も「できやすい」日なのだそうだ。
シスタニアの子供の誕生日は9月から11月が最も多いとか。
だから何だと言いたいところだが、ああいう風に圧力をかけられると、他人事として処理することも出来ない。
しかしだ、それでも思う。
それははたして、自分が言い出さなければならないことなのか?
政略結婚の相手に向かって何と言えば正解なのかもわからないのに。
だいたいにして、そう言うのは互いに想い合った相手同士でなければ成立しないのでは無いのか。
考えれば考える程、腹が立ってくるベガだった。
「ヴィクトリア、お兄ちゃんのどこが気に入らないって言うんだ!」
「ぜんぶ」
「ヴィクトリアアアアアアッ!?」
いや、正直腹しか立たない。
この男は相も変わらず妹を追いかけていて、自分が悩んでいることにも気付いていないのだ。
何だか、だんだんと理不尽なような気がして来た。
「姉さま?」
そう言うことに敏感なのは、むしろヴィクトリアの方だった。
今も、不機嫌にテーブルを立ったベガの方を心配そうな顔で見つめている。
で、リチャードと言えば間の抜けた顔で、実に不思議そうにこちらを見ているだけである。
「……もう寝る」
ひとりで寝室に向かう。
背中から不機嫌のオーラがありありと出ているためか、ヴィクトリアは声をかけなかった。
メイド達が妃であるベガに声をかけるなどあり得ないし、リチャードは後ろからヴィクトリアをだっこするのに忙しかった。
なので、ベガは誰に止められることも無く部屋を出て行った。
「ベガはどうしたんだ?」
「……ッ!」
ヴィクトリアに脛を蹴られて、リチャードは悲鳴を上げた。
その醜態をメイド達は見事なまでに見ていないふりをしているのだが、床に着地したヴィクトリアはそれでも気がすまなかったのか、痛がる兄に対して「兄さまの馬鹿!」と罵倒を浴びせた。
何とも、今日はリチャードにとって厄日なのかもしれなかった。
◆ ◆ ◆
翌朝から、ベガの生活は一変した。
ベガは思った、待て待て待て待て、と。
「よろしいですかお妃様、褥にも作法と言うものがございます」
「あ、はぁ」
「何ですかその気の抜けたようなお返事は。これはお妃様のための講義なのですよ」
「……はぁ」
その筋では権威だと言う年配のメイドに、ベガはやはり気の抜けた返事しか返せなかった。
と言うか、気持ちがついていかなかった。
何しろ朝食を終えるや否や別室に連れて行かれて、この話である。
「よろしいですか?」
「いや、よろしくは無いかな……」
「大変結構です。お妃様、摂政閣下と仲睦まじいのは大変結構ですが、漫然と一緒に時間を過ごすだけでは殿方をその気にさせることは出来ません」
「はぁ、そうですか……」
もうどうにでもなれと言う気持ちで、ベガは話を聞いていた。
どうやらこの宮殿の人々はリチャードでは無く、専らベガに期待しているようだった。
本当に気が滅入る話だが、不思議とそのようなのだ。
それでいてベガをそう言う方面にだらしがないと思っているわけでは無い、だからこそこうして人をつけて懸命に教えて背中を押そうとしているのだろう。
それは有難いのだが、げんなりとする心境はどうしようも無い。
周りのプレッシャーを強く感じて、ベガとしては日々が段々と辛くなってきた。
いや、辛いのは本当のところ別のことだった。
ただ、それが何なのか言葉にすることが出来ないのがまたもどかしかった。
「お妃様、聞いておいでですか?」
「ああ、うん。聞いてるよ」
聞いてはいるが、入っては来ていない。
相手も真面目にやっているのだから、ベガはその言葉を飲み込むしか無かった。
(リチャードと、私の……か)
周囲の人々が何を期待しているかなど、今さら言う必要も無かった。
世継ぎ、子供か。
と言って、ベガには自分の子供をはっきりとイメージすることが出来なかった。
そういうものが出来る想像は出来るが、現実感が無い。
いやそもそも、自分とリチャードは夫婦と言えるのだろうか?
そう言う根っこの部分まで考えてしまうと、いやに疲れを感じてしまう。
だからメイドの話を聞きながらも、ベガは徐々に考えるということをやめていった。
しんどい話題だと、そう思った。
◆ ◆ ◆
当たり前の話だが、ベガの意思はあまり重要では無いのだ。
何しろ妃とは言っても人質なのだから、拒否権など無い。
そんなことは、今に始まった話では無かった。
「だってのになー……」
ちゃぷん、と音を立てて、ばかっ広い湯船の縁に頭を乗せた。
お風呂である。
今となってはお風呂だけが気の休まる場所――と言うことも無く、先程までメイド達総出で磨かれたりマッサージされたりしていた。
今も入浴と言うよりは身体を温めて解すために、湯船に浸かっているだけだ。
つまり、全く気持ちが休まっていない。
気が休まる間も無いのは、ベガに余計なことを考えさせないためと言うのもあるのだろう。
しかしそうは言っても、疲れが溜まってしまうのは仕方が無い。
「……なんだろな、いったい」
溜息を吐いて、肩まで湯に浸かった。
そうしないよりはマシではあったが、あまり疲れが取れているとは思えなかった。
むしろ疲れている、そう思う。
「どうすりゃいーんだろなー……」
どうすればいいか。
これほど意味の無い問いかけは無い、答えは最初から1つしか無いのだから。
後の問題は、ベガが自分をいかにごまかすだと思っている。
思えば、結婚する時もそうだったかもしれない。
あの時はどうやって自分を誤魔化したのだったか、不思議と思いだせなかった。
きっと結婚してからのこの1年間が、余りにも濃密だったからだろう。
何かを考えたり悩んだりしている暇が無いくらいに、忙しかったのだ。
どうしてそんなに忙しかったのかと、ふと考えてみた。
「ああ、まぁ、考えるまでもないか」
リチャードを含む周囲がベガを――少なくとも肉体的な意味で――疲れさせると言うのは記憶に無いので、答えは最初から1つしかなかった。
「ヴィクトリアがいたからな」
「姉さま、呼んだ?」
「いや別に呼んだわけじゃ……って、うわぁ!?」
いきなり声がしたので、さすがにびっくりした。
ざばっ、とお湯を跳ねさせて驚くベガだったが、驚かせた本人は不思議そうな顔をするばかりだった。
ヴィクトリアが、きょとんとした顔でそこにいた。
最後までお読み頂き有難うございます。
あと残すところ1回というところまで来ました、これも読者の皆様のおかげです。
それでは残り僅かですが、もう少しだけお付き合いくださいませ。
また次回。




