11月(下)
シスタニア帝室が11月、つまり冬の入口の季節に使う「ヴィクトリア~~っ!」。
この離宮は他の離宮とは異なる装飾と仕掛けが施された「ヴィクトリア~~っ!」。
そのため11月の離宮は他の離宮群の中でも建造物的価値が高いと「ヴィクトリア~~っ!!」。
「五月蝿いぞそこのシスコン、黙ってハンコも押せないのか」
「何故だ……何故俺は一緒に行ってはいけなかったのだ!?」
「もし僕がベレンガリア様のご両親なら、あなたを見た瞬間に結婚を破棄するからだよ」
なかなかに酷いことを言いながら、エドワードは書類の山を次々に捌いていた。
しかし宰相代理のエドワードだけでは決済されない書類も相当数あるので、摂政――つまり皇帝代理であるリチャードの印がいるのである。
そう言うわけで、国政を蔑ろに出来ないリチャードはベガの里帰りに同行できなかった。
そして案外、エドワードの指摘は正しかったのかもしれない。
ウォームの国力はシスタニアに遠く及ばないが、ベガの両親が外面抜きのリチャードを見れば結婚の破棄を考えても実際おかしくは無いので、外交上認められないのだった。
いくら小国相手でも、礼儀と言うものはあるものだ。
「オレは今すぐにウォームに行くぞ、エドワードおおおぉ――――っ!」
「はいはい次の書類ですよこのシスコン」
ヴィクトリアからは直接「兄さまはダメ!」と言われているので、皇帝のお墨付きを得たエドワードに容赦というものは無かった。
何しろ椅子に縛り付けて書類の山で四方を取り囲んでいるのである。
リチャードがこの10ヶ月あまり妹と嫁の尻を追いかけていたので、仕事は山積みなのだ。
「何故だエドワード、俺とお前は死す時は同じと誓い合った仲のはず!」
「初耳です」
「くっ、やはりか」
「やはりかって何だ」
そんな約束はした覚えが無い。
死に方が選べると言うのであれば、可愛い奥さんでも貰って膝枕で看取って貰いたいと思うエドワードだった。
リチャードはまだエドワードを出し抜こうと何か考えている様子だが、そんなことをしている暇があれば書類の1つも片付ければ良いものを。
「どうだエドワード、お前にこの国の半分をやろう……!」
「いりませんよこんな国」
野心無く、過信無く、恙無く。
すでに事実上の支配者でありながら、エドワードの執政は常にこれに尽きた。
後世の歴史家は彼を、無欲で清廉な政治家として称えるのだろうか。
「これでもか……これでもかエドワード!」
「土下座はやめろいやマジで」
しかしとりあえず、摂政のスキャンダラスな光景を見てみぬ振りをしてエドワードにお茶を淹れるメイドの強靭な精神については、称賛されるべきものだった。
それだけは、はっきりとしたことだった。
◆ ◆ ◆
一方、ウォーム王国に里帰り中のベガは、感心していた。
意外なことに、ヴィクトリアは家のことを良く手伝った。
ベガやベガの母親と一緒に野菜を洗ったり、ベガの父親達に混じって農具の手入れをしたり。
宮殿ではメイドが全部してしまうので、ヴィクトリアにとっては何もかもが新鮮だったのだろう。
「姉さま、できたよ!」
「ああ、綺麗にできたじゃないか。すごいぞヴィクトリア」
「えへへー」
今は、ベガの夕飯の支度を手伝っているところだった。
明日には帝都に戻ることになっているので、今日は久しぶりにベガが夕飯を作ることになったのだ。
ヴィクトリアは慣れない手つきで野菜を包丁で切っていて、ヴィクトリアは包丁だって持ったことが無かった。
切られた野菜はゴツゴツしていて上手いとは言えないが、それでも一生懸命さが伝わってきた。
「姉さま、何を作るの?」
「今日はシチューだな」
たっぷりのミルクと野菜を使ったシチュー、実はベガの得意料理だ。
アイディアル地方で最も小さな国ウォーム、あるものは畑と家畜くらい。
けれどそれだけに食は豊かで、人は穏やかだ。
だから、ベガは自分の国が好きだった。
それと、ヴィクトリアとこういう時間を持てることも幸福だと思った。
宮殿にいたのでは、あり得なかっただろう。
今こうして土間に立って一緒に料理をすること、それがベガにとっては何よりも喜ばしかった。
ヴィクトリアがベガと家族になりたいと、そんな気持ちが伝わってくるようで。
「熱っ」
「ああ、こら。火にかけてる鍋に触っちゃだけじゃないか。ほら指かして」
「ひゃっ、くすぐったい」
ベガに指を口に含まれて、泣きそうになっていた顔をすぐに綻ばせる。
表情をコロコロと変化させる様は以前と変わらないが、以前とは違うようにも感じる。
それはどちらかと言うと、ベガのヴィクトリアへの見方が変わったのかもしれなかった。
「さぁ、そろそろ皆が畑から帰ってくる。早く作ってしまわないと」
「うん! あ、姉さま。味見したい!」
「ん? またか、そんな何回も味見なんてしなくていいんだぞ」
「あじみ、味見ー!」
「やれやれ、しょうがないな」
とても穏やかで平和で、ふとベガは思った。
どうしてこんなに平和なのだろうか、と。
答えはすぐに出た。
……あ、リチャードがいないからか。
◆ ◆ ◆
ヴィクトリアは、特にベガの両親と話すことを好んだ。
何かにつけて話しかけることが多かったし、気を引きたくて仕方が無い様子だった。
「あのね、あのね! 私もいっしょに作ったんだよ!」
「ほほほ、そうかそうか。すごいなぁ」
ベガの父親は、そんなヴィクトリアを褒めて頭を撫でていた。
ヴィクトリアは猫のように目を細めて気持ちよさそうにしている。
まるで祖父と孫のようで、ベガは微笑ましい気持ちで2人のやり取りを見ていた。
それにしても、ヴィクトリアがこんなにも両親に懐くとは本当に意外だった。
「どうかしたのかい?」
「あ、ううん。なんでもないよ、お母さん」
そんなベガを不思議に思ったのか、母親が声をかけてきた。
母親はベガのシチューの味に一言つけながらも――やはり、母親の味にはまだ追いついていないと言うことなのだろう――彼女は、大きく息を吐いた。
父親にじゃれつくヴィクトリアの様子を見ながらそんなことをしたので、ベガは少し目を丸くした。
「良い子みたいだね」
「ああ、うん。すごく良い子だよ。我侭だけど優しくて、あれで結構かしこいし」
「あんな良い子がやっていけているところなら、お前も大丈夫かねぇ」
「……お母さん」
不思議なものだと、ベガは思った。
もう心身共に大人になっていて、他家に嫁いだ身でもある。
家を出た、そう言う自分をはっきりと認識できているのに。
どうしてか不意に、10年以上も時間が巻き戻されたかのような気持ちになった。
今すぐにでも母の膝に抱きついて、大きな声で泣き、頭を撫でてほしいと思ってしまった。
まるで自分が、10歳にも満たない童女になってしまったかのような気分になった。
実家と言うのは、もしかしたらそう言うところなのかもしれない。
人は誰でも、親の下ではそうなってしまうのかもしれなかった。
「……うん、大丈夫。心配しないで、皆いい人ばかりだから」
けれど人は大人になるもので、そう簡単に子供には戻れない。
それを理解する、あるいは意識することが、「大人になる」と言うことなのかもしれない。
そんなことを、ベガは思うのだった。
「ところで、孫はまだかい?」
「…………いや、まぁ。それは、まぁ……おいおい?」
◆ ◆ ◆
あのね姉さま、と、部屋の灯りを消した後にヴィクトリアは言った。
先にヴィクトリアが入ったベッドに自分も入りながら、今度は何だろうとベガは思った。
「姉さまは、私の姉さまだから」
「うん……うん?」
今度は何を言い出すつもりなのだろう。
明日は早いので、出来れば早めに眠ってほしいのだが。
するとヴィクトリアはどこかもじもじとした様子で枕に顔を埋めて、そしてチラチラとベガの方を見ていた。
まるで亀の子のようで、ベガはクスリと笑った。
「何だ、今度はどうしたんだ?」
「んー」
「笑わないから、言ってみ」
「んー、んー」
あやすように背中をポンポンしてやると、返事のつもりなのかヴィクトリアは足をぱたぱたとさせた。
埃が立つのでやめてほしい。
「あのね、姉さまは姉さまだから」
「うん?」
「おじさまとおばさまは、おじさまとおばさまをね」
「うん、何だ?」
「……お父さまとお母さまって、呼んでもいい?」
ああ、と、ベガはこの時になってようやくわかった。
どうしてヴィクトリアがベガの故郷に来たがり、そしてベガの両親に懐いたのか。
お手伝いをしていたのも、言ってみればそう言うことをしてみたかったのだろう。
何て我侭なのだろうと、ベガは思った。
けれど、ベガはヴィクトリアをぎゅっと抱き締めてあげた。
我侭で素直で、やりたいと思ったことを行動に移さずにはいられない女の子。
そんな女の子が、自分と家族になりたいと思ってくれていること。
それがとても幸福なことに思えて、ベガは幸福そのものを抱き締めたのだった。
「明日の朝、そう呼んであげて。きっと2人とも、とても喜んでくれるよ」
「……うん!」
ふふ、と笑い合って、ベガとヴィクトリアは一緒に目を閉じた。
翌朝の両親の反応を想像しながら。
2人で同じ夢を見れればいいなと、そんなことを考えながら――――。
――――翌朝、リチャードが軍を引き連れて迎えに来てヴィクトリアが激怒したのだが、それはまた別の話。
最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。
いよいよ11月も終わり、物語は最後の月に入ります。
この夫婦と妹は結婚1年目をどんな形で折り返すのか?
私にもわかりません(え)
それでは、また次回。




