10月(上)
シスタニア収穫祭は、秋の季節に16日間をかけて行われるフェスティバルである。
収穫祭の名の通り各地の収穫を祝い、感謝する祭りだが、シスタニアにおいては周辺の小国からの献上品を民に知らしめる行事でもある。
献上品の量が少なければ翌年の外交に影響するため、周辺国にとっては気が休まらない期間でもある。
フェスティバルは帝都郊外で行われるため、10月だけは皇族も離宮で過ごさずに、帝都の宮殿で過ごすことになる。
ただしフェスティバルは60ヘクタールに及ぶ広大な敷地で行われる上、移動遊園地や巨大なバザーなどその日にしか行われないイベントもあり、毎日参加したとしても全てを把握することは出来ないとまで言われている。
「姉さまっ、はやくはやくっ」
「そ、そんなに急がなくても、フェスティバルは逃げないから!」
「はははは、はしゃいでるヴィクトリアは今日も可愛いなぁ!」
そしてここにも1組、フェスティバルを楽しむ一家がいた。
「お菓子、お菓子食べたい! お菓子!」
10歳くらいだろうか、走ると言うよりは跳んでいると言った方が正しい。
フェスティバルと言うことを意識したのか、ボーイッシュなパンツスタイルの衣服を着ている。
紐を編み込んで前を止めるベストに、ベージュのショートパンツ、ヒールの無い靴は土を踏み締めて躍動的に跳ねていた。
「あんまり食べると、晩御飯が食べられなくなるから!」
そしてそんな少女が手を引いているのは、年長の少女だった。
パフスリーブのブラウスの上にノースリーブのベスト、踵までのスカート。
ベストはウエストを絞るようにデザインされており、留め紐で締めると胸を強調するような形状になっていた。
ベストの襟ぐりの間から覗く胸元は、素朴な衣服ながら少女の色香を健全に見せていた。
「おいそこの屋台! 店ごとヴィクトリアに菓子を献上するのだ!」
「何だお前……ひぃっ、こんな大金を!?」
それから、何故か屋台ごと菓子を買い占めている男。
無駄に整った容姿で無駄に金持ちアピールをしたためか、周囲の若い娘達が色めきたっていた。
ただし彼は全く若い女性に興味を示さないので――誤解を招く表現だ――何も起こらなかったのだが。
と言うか、晩御飯の心配をする連れの少女の言葉は何も聞いていなかったようだ。
さて、例年多くの人間で賑わうシスタニア収穫祭。
今年はどのような出来事があるのだろうか、毎年参加している常連であっても予測することは出来ない。
……無事に終わると良いのだが。
◆ ◆ ◆
収穫祭と言うだけあって、食べ物は豊富にあった。
牛肉や豚肉の串焼き、野菜や果物料理に、帝都では見かけない珍しい食べ物もある。
もちろんお菓子もあって、そちらは子供達に大人気の様子だった。
「ああ、ほら。ボタボタ落としながら歩くんじゃない」
「はぁ――い!」
そしてこう言う時、決まって子供は返事だけは良いのだ。
ヴィクトリアも例外では無く、両手に持ったお菓子を交互に頬張りながら、祭りの道を歩いていた。
食べ終わっては手近な屋台で買い物をしてしまうため、その手からお菓子が尽きることは無かった。
ベガはそんなヴィクトリアとはぐれないようにしながら、道しるべのように地面に落ちていくお菓子の粉を気遣わしげに見つめていた。
ちなみに、ヴィクトリアが立ち寄った屋台はリチャードによって買収され、かつヴィクトリアが興味を失っていることに気付くと、しょんぼりして後を追いかけた。
ベガとしては「何をやっているんだろう」と思ったりするのだが、まぁ、あれでこそリチャードと言うような気もした。
ふぅ、と息を吐いて、ベガは目の前の光景を見つめた。
「それにしても、本当に大きなお祭りなんだな」
見渡す限り、多くの人々で埋め尽くされている。
客にとっては楽しい催し物で、祭り側にとっては大事な稼ぎ時だ、賑やかにもなる。
それにこの祭りは、シスタニアの豊かな産物を消費するための――毎年、多くの食糧や資源が余る――イベントでもあるので、それだけ大規模なものになるのだ。
「前にもお祭り行ったよ?」
「ああ、うん。まぁな」
ヴィクトリアの誕生祭等があったが、実は祭り自体は余り見ていない。
何しろ宮殿の催し物が目白押しで、お祭りどころでは無かったのだ。
だから実は、割と楽しみにしていたのだが。
「ヴィクトリア! ヴィクトリア、あっちに面白そうなものがあるぞぅ!?」
「……はぁ」
でもリチャードは相変わらずで、ヴィクトリアの気を引くことばかり考えているようだった。
大方、ヴィクトリアをベガに取られたような気分になっているのだろう。
ベガが大きな溜息を吐いていることにも、気が付いていないのだろう。
……ヴィクトリアは、じっと義姉のことを見上げていた。
◆ ◆ ◆
ヴィクトリアの様子が、何かおかしい。
ベガがそう思い始めたのは、お祭りのアトラクションコーナーで遊び始めて数時間が経った頃だった。
「姉さま、兄さまの隣に座る?」
「い、いや、良いからリチャードの横に座ってあげなって。リチャードが泣きそうだから……」
ゾウと言う巨大な生き物に乗ったり、人よりも巨大な大鷲のような乗り物に乗ったり、あるいは移動式のサーカスを楽しんだりと、お祭りを満喫している3人だった。
ただ、こういうところの座席は2人がけが基本だ。
そう言う時、ヴィクトリアはベガの隣に座る。
その度にリチャードが涙を流して転がるわけだが、今日はどうも様子が違った。
ヴィクトリアが、やけにベガをリチャードの隣に座らせようとしてくるのだ。
今までに無かったことで、ベガも少し戸惑っていた。
「ヴィクトリア、お兄ちゃんはヴィクトリアと座りたいぞぅ!?」
「……ッ!」
「痛い! 痛いよヴィクトリア!」
そしてリチャードがヴィクトリアを抱っこしようとすると、妹はその度に兄の脛を蹴っていた。
かなり本気で蹴っているようで、リチャードが足を抱えて飛び跳ねていた。
ベガとしては、戸惑うしかない。
(な、何だいきなり……)
正直、ぐいぐいとリチャードの方に押し出されるとベガとしても困ってしまう。
色々な意味で。
何分、今日は外を動き回っているので、身体をぴったりとくっつかせるくらいまでしてしまうと、それこそ色々と気になってしまうのだ。
まぁ、そこまでの機微をヴィクトリアに気にしろと言う方が無理だろう。
「うう、何故なんだヴィクトリア……」
「兄さま、いい加減それうっとい」
「ヴィ、ヴィクトリア~」
問題はリチャードの方で、何も考えていなさそうである。
まぁ、それはそれでいつも通りではあるのだが。
「ほんと、妹ばっかりなんだからな」
苦笑と溜息と共に呟かれたその言葉は、もちろんリチャードにもヴィクトリアにも届かなかった。
ベガの視界には、せっかくのお祭りだと言うのに、不機嫌そうに頬を膨らませているヴィクトリアの姿があった。
いったい、ヴィクトリアは何を不満に思っているのだろう。
やはり苦笑して、ベガはヴィクトリアへと歩み寄っていくのだった。
◆ ◆ ◆
ベガはしゃがんで、ヴィクトリアの頭に手を置いた。
不機嫌なお姫様は、それでもつむじを曲げたままだった。
「どうしたんだ、ヴィクトリア?」
何かリチャードが「先を越された!?」とか言っているが――何と言うか、もう、最近は見た目の良さにどぎまぎすることも無くなってしまった――ベガは気にしなかった。
リチャードが何をしようが気にせず生活できるようになったと言うと、何か凄いことのように聞こえる。
まぁ、それもヴィクトリアの機嫌次第ではあるのだが。
「だって兄さま、姉さまを仲間はずれにしようとするんだもん」
普段はヴィクトリアの方がリチャードを仲間はずれにしているとは、ベガは口が裂けても言わなかった。
(ああ、そっちの方ね)
何が気に入らないのかと思えば、だ。
要はヴィクトリアは、リチャードとベガにもっと仲良くして欲しいのだ。
リチャードは何かにつけてヴィクトリアなので、こう言う時、割と高確率でベガは置いていかれる。
ヴィクトリアは、そう言うところを気にしているのだろう。
ヴィクトリアは、優しい子なのだ。
生まれと育ちのせいか色々と世間知らずだが、それでも心根の良い子だ。
実は視野が広く、ベガはまるで見分けがついていないが、メイドのひとりひとりを覚えていたりもする。
そんなヴィクトリアが「仲間はずれ」と言うからには、そう見えたのだろう。
「そっか、ありがとうな」
「……ん」
ぐしぐしと撫でると、ヴィクトリアは少し頬を染めた。
頑張って厳しい表情を浮かべているが、嬉しいのか、頬がぴくぴくしていた。
もしヴィクトリアが犬であれば、ぶんぶんと尻尾を振っていたことだろう。
「姉さま、全然楽しそうじゃなかった」
「うん、ごめんな」
色々と気を遣うことが多いので、そう見えてしまったのかもしれない。
気をつけなければいけないなと、改めてベガは思った。
ただ……。
「だから、兄さまはもっと姉さまと仲良くしないとダメなの!」
「はは、うんうん」
「2人でもっと、いちゃいちゃしなくちゃダメなの――!」
「うんうんそうだな、いちゃいちゃしないとな、うん…………ううん?」
ただ、その理解はどうなのだろうか。
笑顔を浮かべたまま、ベガは一筋の汗を流すのだった。
最後までお読み頂き有難うございます。
そろそろ、この夫婦の仲をどうにかしなければ(え)




