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9月(下)


 シスコンは罪である。

 シスコンは害悪である。

 妹離れが出来ない兄は存在してはならない。

 よって、シスコン容疑がかけられたリチャードの裁判が執り行われる。



「馬鹿な! 俺のどこがシスコンだと言うのだ!」



 何と言うかツッコミどころ満載のことを言いつつ、リチャードが被告席の柵に拳を叩きつけた。

 言葉を投げつけている相手は、当然上の――立場的にも位置的にも――もちろん裁判長のミストラルである。

 なおミストラルがリチャードを見る目は氷のように冷たい、なまじ美人なため、通常の倍くらい冷たく感じる。



「ほう、では容疑を否認すると言うことですね」

「当然だ! 幼い頃から交流にあるお前なら、良くわかっているだろう!」

「…………本気で言っているんでしょうね、おそらく」



 頭痛を堪えるような仕草をしながら、ミストラルが大きな溜息を吐く。

 ちなみにヴィクトリアはと言えば、自分の席の柵――チョコレートを、ほぼ食べ尽くしてしまっていた。

 顔やドレスにべったりとチョコレートがついてしまっていて、洗濯が大変そうだ。

 今は、行儀悪く指についたチョコレートをぺろぺろと舐め取っているところだった。



「一応聞きますが、貴方はシスコンでは無いのですね?」

「もちろんだ!」

「……では、妹に過度に構ったりもしていないと?」

「当然だ、俺はヴィクトリアの自主性を尊重しているのだ」

「…………では、貴方にかけられているシスコン容疑は謂れの無いものだと?」

「さっきからそう言っているだろう!」

「ところで貴方の妹が先程からチョコレートのお代わりを求めているようですが」

「ヴィクトリア! お兄ちゃんの分も食べると良いぞぅっ!?」



 被告席の柵を引き千切ってヴィクトリアの下へ駆けよろうとしたリチャードだったが、すぐにぬいぐるみの警備員によって羽交い絞めにされた。

 ミストラルはいよいよ頭痛がしてきたのか、こめかみのあたりを指で押さえていた。

 ヴィクトリアは、それをふんふんと頷きながら見ていた。



 ヴィクトリアにとっては、兄はあれで普通なのだろう。

 ちなみにお腹がいっぱいになったのか、今は別にチョコレートのお代わりを求めてはいなかった。

 普段なら眠くなるところだが、今は何故か眠くならなかった。



「まぁ、そうですね。とりあえず……検察人、弁護人! 入廷を!」



 そこで、ミストラルが新たな人物の入廷を告げた。

 言葉の通り、ぬいぐるみに伴われて2人の人物が入って来た。

 その姿を目にした時、ヴィクトリアがぱっと顔を輝かせた。



  ◆  ◆  ◆



 検察としてやって来たのはエドワードだった。

 何だかこれは、妙にしっくり来る配置ではあった。

 そして弁護人はと言えば、ヴィクトリアは彼女の膝の上に座ってご満悦な様子だった。



「いや、ヴィクトリア。ヴィクトリアの席はあっちだから……」

「や。ここが良いの!」



 むふー、と、ベガの膝の上から頑としてどかないヴィクトリア。

 ミストラルも特に何も言わなかったので、裁判はそのまま進んだ。

 まず検察役であるエドワードによる、リチャードのシスコン罪の具体的な容疑事案である。



「エドワード! お前まで俺を陥れるのか!」

「被告人は静粛に!」



 ああ、人の争いはかくも醜いものなのだろうか。

 ただ、議論されているのはリチャードがシスコンなのかどうなのかである。

 何と言うか、凄まじく意味の無い議論をしているように思えた。



「えー、では被告人のシスコン事案ですが」



 そして、エドワードは鞄の中から書類の束を取り出した。

 1つ2つ3つと積み上がっていくそれはどうやら終わりが無いようで、エドワードも途中で諦めて鞄を床に置いていた。

 その際の音も、やたらに重そうであった。



 もちろん、鞄の内容量と書類の量が明らかに違い過ぎる点を指摘する者は誰もいなかった。

 ヴィクトリアは最初から興味が無いのか、ベガに口元のチョコレートを拭われて忙しいのか、いちいちそんなことを気にもしていなかった。

 そして、エドワードが喋り始める。



「えーと、まず仕事中に1分に1回妹の名前を叫びます」

「叫んではいない! ただヴィクトリアがどうしているかと聞いているだけだ!」

「頻度と回数については弁明が無いのか……」



 ちなみに検察人(エドワード)、被告人(リチャード)、弁護人(ベガ)の順に喋っている。

 つまるところベガが弁護を差し挟む余地も無い様子なのだが、リチャードはそこについては何も気付いていないのだった。

 と言うか、その自信は本当にどこから湧いてくるのだろう。



「えーと、次に……」

「だからそれは……!」

「やっぱり否定はしないんだな……」



 そしてその後も、エドワードによるシスコン事案の発表が続いた。

 発表される度にリチャードがズレた反論をし、そしてベガがどう弁護したものかと頭を悩ませる。

 誰1人として交錯することの無い状況の中、ヴィクトリアだけは義姉の膝の上でご機嫌なのだった。



  ◆  ◆  ◆



 リチャードは弁明した。

 それはもう熱く、激しく、身振り手振りを交えて反論した。

 まず、自分は心から妹であるヴィクトリアを心から愛していると言うこと。

 しかし、自分はけしてシスコンなどと言う低俗な感情を抱いていないこと。



「では、仮に妹君に好きな異性ができたとして。貴方はそれを祝福できますか?」

「ヴィクトリアに懸想(けそう)する奴は市中引き回しの上打ち首獄門と法律で決まってるぞぅ!?」

「初耳ですよ、そんな法律。そもそもシスコンでない兄は四六時中妹の傍にいたりしないのですよ」

「ならどうやって生活しているんだ……?」

「普通に生活していると思います」



 と、ミストラルも呆れる始末だった。

 これはもう、誰がどう見ても結果は明らかなのだが、リチャードだけは頑としてそれを認めようとはしないのだった。

 正直もう判決を言い渡しても良かったのだが、ミストラルはふとヴィクトリアに声をかけた。



 よくよく考えてみれば、リチャードのシスコン被害はヴィクトリアに集中しているのである。

 まさに寝食を共にしているリチャードの存在を、鬱陶しく思っているはずであった。

 と言うか、実際にそう言う言動をしたことも一度や二度では無かったのだ。



「ヴィクトリア! ヴィクトリアも言ってやってくれ、お兄ちゃん大好きと!」

「え? 兄さまうっといよ?」

「ヴィクトリアアアアアァァァァッッ!!??」



 一刀両断だった。

 それはもう、情け容赦の無いくらいばっさりだった。

 崩れ落ちるリチャードの肩にぬいぐるみが手を置いて、慰める程だった。



「じゃ、じゃあヴィクトリア。リチャードがいなくなっちゃっても良いのか?」



 顔を引き攣らせながら、ベガが言った。

 彼女としては気を遣ったのだろうが、ろくすっぽ弁護していないところを見ると、彼女も判決を変える努力をすることを放棄したらしい。

 結論として言えば、この場にリチャードの味方はいないのだった。



「え? 姉さまがいてくれるから兄さまいらないよ?」

「え」



 灰になっていくリチャード、もはや見ていられない状態だった。

 しかし、チョコレートのついた指をペロペロと舐めていたヴィクトリアは、そんな風になっている兄を見ると、少しは何か思うところがあったのか。



「…………」



 モゴモゴと、何事かを呟いた。

 それを聞いていたのは傍にいたベガだけだったが、彼女はヴィクトリアの呟きに苦笑を浮かべるばかりだった。

 それを見て、ミストラルも頷き1つ。



「では、判決を申し渡します」

「ま、待てミストラル!」

「待ちません。取り押さえて下さい」



 なおも抵抗するリチャードを、心なし優しくぬいぐるみ達が取り押さえる。 

 抵抗するあたり、判決についておおよその見当はついているようだ。

 頭は良いのだ、無駄に。

 そして、判決が言い渡されて――――。



  ◆  ◆  ◆



「……う?」

「あ、目が覚めたか?」



 ぱちり、と目が覚めた時、離宮の果樹園には夕陽が差し込んでいた。

 大分長い間お昼寝をしていたらしいが、そこはヴィクトリアなので、余り気にしていなかった。

 メイドは今夜の寝つきを心配する向きもあるが、最終的には一緒に寝ている――もはや、感覚が麻痺しているのかもしれない――リチャードに任せれば良いかと、そんなことを思っていた。



 一方のヴィクトリアは、目が覚めた時に最初にベガの顔を見れたので嬉しそうにしていた。

 寝起きの顔をベガの足の間に押し付けて、スリスリとする。

 されているベガはくすぐったそうにしていたが、あえて止めるようなことはしなかった。



「んー……」

「ん、何だ、まだ眠いのか?」



 ぼーっとしていたヴィクトリアだが、義姉の温かな膝の上で安心したのか、ぽつりと呟いた。



「姉さま」

「んー?」

「兄さまがいなくなったら……」

「う、うん?」



 何か不穏なことを言いそうだと思ったのか、ベガはやや表情を引き攣らせた。

 しかしすぐに、ある意味で杞憂だと言うことがわかった。



「兄さまがいなくなったら、姉さまが寂しいよね」

「え、いや……うーん、うん。まぁ、そうかな」



 否定するのもどうかと思ったのか、ベガは微妙な表情を浮かべた。

 リチャードがエドワードに連行されていたのは幸いだったろう、妻と妹から微妙な扱いを受けている現場を見れば、涙を流してヴィクトリアに取り縋っていただろうから。



「だからね、兄さまはいても良いの」

「そっか」



 今度は柔らかく微笑んで、ベガはヴィクトリアの頭を撫でた。

 温かなぬくもりと、サラサラとした髪の毛の感触が掌を通じて伝わってくる。



「そっか、じゃあ、リチャードはいないとダメだな」

「うん、ダメ」

「私が寂しいもんな」

「うん、姉さまが寂しいのはダメ」

「そっか、ありがとうな」



 まぁ、確かに。

 あんなに騒がしい兄が急にいなくなったら、ヴィクトリアでなくてもそわそわしてしまうかもしれない。

 そう言うことにしておいて、ベガはヴィクトリアの頭を撫で続けた。

 ベガの膝に頭を埋めているヴィクトリアの耳は、ほんのりと紅く染まっていた。


最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。


まぁ、有罪ですよね(え)

でも仕方ない、お兄ちゃんは妹が心配なのです……!


と言う訳で、また次回です。

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