128 新入社員
今年はどんな年になるのだろうと思いながら、三人で今年の目標を掲げてから三か月が過ぎた。
仕事を頑張りたいと言って居た優は、店長の紹介で、食品を扱う大手商社に就職した。
「店長に、正式なバイトじゃないけど一応履歴書出してって言われて出したら、取引先の営業の人だって紹介されて、営業だけど良ければやってみないかって。俺、どんな仕事かとか、また営業で大丈夫なのかとか考える前に、俺に興味持って、来てみないかって言われた事が嬉しくて、今度こそやってやるって思えた。もし、逃げたくなったら、遼大と大樹と店長の所に来るから、その時はよろしく!」
前の会社を退職した後、今の会社の試用期間を経て、今日四月一日、今頃は入社式だろう。
たまに届いて居たメッセージも、ここ半月以上届かない。
忙しいのは悪い事ではない。少し寂しいけれど。
大樹は、いつか海外で働きたいと言った。
桜花さんは一月下旬に退院して、しばらくお師匠様の家で一緒に暮らした後、三月初めに自宅に戻った。
桜花さんが戻る前日に、大樹の家の片付けに駆り出されたけれど、それほど散らかって居なかった。
「俺は散らかさねぇんだよ」なんて大樹は言って居たけれど、どうやら定期的に掃除をするようになったみたいだった。
これからは、また二人で暮らすのかと思って居たのに、
「俺は家を出るから、遼大、時々様子を見に来てくれないか?」と頼まれた。
どこへ行くのか聞いたら、日本全国、人手の足りない地域のアルバイトに応募し、採用されたという。
お金を貯めて、海外で働く夢に向かって大樹は走り始めた。
二人に比べて俺だけが日々変わらず、取り残されたようで寂しくなった。
しかし、急に忙しくなった日々、店長からは「大樹も抜けて、優も就職したし、遼大もうちの新入社員って事で!あれとこれとそれらの仕事、任せた!」などと、大樹の代わりまでさせようとして、それだけではなく、相談所の方も、お師匠様、所長も、俺一人で相談ブースに入れと相談担当件数も、ぐんと増え、とにかく目の前の仕事を片付けなくてはと必死で、感傷に浸る暇もなく、目まぐるしく時は流れた。
桜が散って、新緑の爽やかな季節を迎え、大型連休の後は連休前より忙しくなった。
梅雨の時期には落ち着くどころか、心だけでなく体の不調を訴える人が増え、相談者一人一人に向き合えて居るのか悩む時間も増えて行った。
夏、お盆休みを終えた頃から、学生や社会人の相談者が増えて来た。
もうすぐ、俺が相談所に来てから一年になろうとして居る。
人の死にたい気持ちに寄り添って来た。
自分の中にある経験だけでは足りなくて、相談所の相談員、家族、友人、お客さん、相談者のみんなの経験を聴いて、考えて、一緒に悩んで、ふれあって、心と心が通うってこういう事なのかもって思う日もあれば、どうやって生きて行けるのだろうと沈む日もあって、笑って泣いて、疲れて遊んで、悲しくて嬉しくて、この一年、駆け抜けた日々を懐かしく振り返って、少し満足してて、少し誇らしくて、少し自分を好きになってて、胸を張れるようになって、まだまだまだ生きて行こうと思うようになった。
自分の命は自分だけのものであって、それだけではない事もよく分かった。
何が出来る、何も出来ない、それでも生きて、意味が無いのではなく、意味はあるけれど見つけられて居ないだけで、たった26年では見つからない人も沢山居る事がよく分かった。
いくつになっても、分からないかもしれない、”生きる意味”は。
これがそうだと思う”生きる意味”を、死ぬ時まで探せる事は分かった。
本当はもう”生きる意味”を得て居て、気付いて居ないだけかもしれない。
死ぬ時に気付く事もあるかもしれない。
“生きる意味”が分からないまま、生きて居てもいい。
そして、生きる目的は”生きる意味”を探すためと言えばいい。
誰も、誰かの”生きる意味”なんて求めて居ない。
聞かれたって答える義務も無い。
自分のために生きて、自分のために死ねればいい。
明日も生きて、大切な一人のために。
それがいい。




