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58話 クラウンvs.チンクエ

あの場からかなり移動している。

 魔物達は気づかれないように俺の後方から付いてきている。


 すでに日は暮れかけ森の中は暗闇が支配しようと、その手を伸ばしていた。


 前を行くチンクエの格好は大胆で防御力のことなど考えていない。ほとんど布にしか見えない。俺はどうとも思わないが、そんじょこらの男だったらホイホイついてきそうだ。俺は絶対しない。

 これがアイビスだったら行く。絶対行く。死んでも行く。是が非でも行く。

 やばいだろ。あんな格好したアイビス?まずあのいけ好かない男の目をつぶしてから俺だけが見る。視姦する。……あほ。視姦はダメだろ。せめて愛でるといえ。

 これ終わったら服買いに行ってくるか。プレゼントしよ。何がいいかな。いつもクールな感じのが多いからな。ちょっと女の子したやつ買いに行こうかな。

 そうしよか。アイビスも連れて行こうか。たぶんアイラもついて来るな。仲いいから。

 ……めっちゃ羨ましい。俺もよろしくしたい。アイラずるい。なんであんな仲いいんだよ?ほとんど姉妹じゃん。

 いいけど。アイビス嬉しそうだし。兄ちゃんはアイビスが幸せならそれで良いです。


 ……まて。落ちつけよ俺。あの女観察しろ。アイビスの事はどうでもいい。


 いやいやいや。良くないだろ。それが全てだろ。それが世界の真理。全てはアイビスを中心に回っているのだ。

 この女なんて重いのを一撃加えれば『洗脳』を使うまでもなく倒せる。


 「……その前に使う条件厳しいんだよ」


 発動すれば無敵に近い『洗脳』の発動条件を思い出しながら脳内で作戦を考える。ホントなんでこんな奴のケツ追いかけてんだ?意味わからん。

 何が悲しくてこんな事してるんだ。終わらせよ。すぐ終わらせよ。

 そんでアイビス助けに行かなきゃ。

 ……やばいな。見直されるな。いつも変な事してぶっ飛ばされてるから、ここでいっちょお兄ちゃんらしさをアピールして評価を改善させなかんな。


 ていうよりさ、さっき「お兄ちゃん」って言われたよね?

 別れ際だったけど俺聞き逃さなかった。さっきからリフレインしてる。

 もうお兄ちゃんフィーバーが俺の中で巻き起こってるよ。兄さんとは呼ばれてたけど、やっぱこれは格が違うわ。別もんだ。

 ね?違うよね?お、が付くだけでこの威力。ああ、やべ。すぐに会いたくなってきた。

 この7年よく我慢したわ。

 でももう我慢できない。やろっか。すぐにぶっ殺す。

 チンクエは俺の独り言が聞こえ、反応を示した。


 「何か言ったかしら?」


 「何でもねーよ。それよりどこまで行く気だ」


 「名前」


 「は?」


 「私はチンクエよ。よろしく」


 前を歩きながらいきなりの自己紹介が始まる。

 俺を見ず前を向いたままそれでも歩き続けている。


 「……クラウンだ」


 礼儀くらいはあると思っているから、一応名乗った。

 そこでチンクエは脚を止めて、ゆっくりと振り返った。


 「それじゃ、ここで殺しましょうか」


 爆発的に殺気が増え、その場から大きく飛び退く。

 チンクエはどこからか鞭を取り出し、地面にたらした。

 鞭は所々金属で補強されている。一撃貰うとノックアウトの可能性もある。


 「『鞭術』でも持ってんのか?」


 そうなら少し面倒だ。

 俺が接近しても技術的に勝てない。


 「ふふ、どうかしらね」


 「言うわけねーか」


 さらに距離をとり、鞭の攻撃範囲に入らないようにする。

 魔物達が来た事を確認して、戦闘を始める。

 俺が戦う必要なんて最初から無いんだよ。さっさと殺してアイビスを助けに行く。


 「行け!!!」


 後ろに待機させていた魔物をチンクエに送り込んでいく。

 狐の町に送り込んだときと同様、この日のために多種多様の魔物を洗脳した。


 『鞭術』を持っていたら鮮やかな手前が視れるし、違ってもどんなスキルかは分かる。

 どっちにしても数で押し殺すことにかわりはない。

 先手必勝。数の差の前にひれ伏せ。


 手持ちの狼が最も早くチンクエに食らいつこうとした時に、邪魔が入った。

 オーガが身を挺してチンクエの前に立ちはだかり、身代わりになっている。


 「……あぁ!?」


 突如としてオーガはチンクエの後ろから現れ、その身を挺してチンクエを守っている。

 疑問はあるがまだ駒はたくさんある。

 どんどん俺の魔物達がチンクエに近づいてくと、チンクエの後ろからたくさんの魔物が走ってきた。

 それも1種類ではない。多種多様。 


 俺の魔物と衝突し戦いが始まってしまった。

 魔物達が戦う先に居るチンクエを予想外のまなざしで凝視する。


 「てめぇ、まさか……」


 「あら、同じようなスキルを持っていたのね」


 まずい、想定外だ。 

 あいつの方が数が多い。しかし、質は俺の方が上みたいだ。

 互角に渡り合っている。


 どうする。予定が完全に狂った。

 まさか同系統の『スキル持ち』とかち合うなんて。

 このままでは全員同士討ちになった後、1対1になるだけだ。


 「……下がれ!」


 俺の魔物達が命令を聞いて、俺の周囲を取り巻く。

 チンクエも同様に魔物を下げた。


 数で負けてる。最初は気づかなかったが、意識してもこれ以上潜んでいる魔物はいない。

 全部出すんじゃなかった。

 手持ちを完璧に見られてしまった。

 あいつも同じ状況なのが幸いだ。


 質で戦うしかないか。面ではなく点であの肉の壁を貫く。

 クワトロコングを先頭に置いて、後方からオーガやサーベルウルフで押す。

 押し切れば後は勝手に魔物があの女を殺す。


 「ゴリラ!」


 クワトロコングがドラミングで威嚇しながら突撃していく。

 釣られてどんどん敵陣に自軍魔物が突進していくが、チンクエは中央に魔物を厚く展開し、俺の魔物を挟み込む形で陣形をとっている。


 「ダメか……」


 これではいつまでやっても突破はできない。

 あいつは俺の狙いを看破しているし、あいつが攻撃に回れば最強の1匹を送り込んであいつを殺す。

 完全に作戦の練り込みが足りなかった。

 これを想定していなかった。


 「くそ!あの狐、肝心な所を見てねぇ!!」


 だが、手をこまねいても居られない。

 このままでは『洗脳』の恩恵が無くなり、俺はほぼ丸腰と言っていい。


 ……大丈夫だ。

 俺は『洗脳』を手に入れるまで、一人で魔物を殺してきた。

 あの大軍を縫って行く事だって、できないわけじゃない。

 昔に戻っただけ。俺がやればいい。

 なんなら俺が全部殺してやる。


 腰に吊るしていた剣を抜いて、敵オーガに向かって走り出す。


 「おおっ!!」


 気合一閃、剣をオーガに振り下ろして浅くない傷をつけて距離をとり、隙ができた所に手持ちの魔物を送り込む。

 手負いのオーガはあっさり殺され勝機が見えた。

 俺が介入すればかなり有利に事が運ぶ。


 次に行こうとした時チンクエが視界の端に移る。

 俺から見て左に移動し、俺に突撃してくる。

 魔物達を盾に使い、このままでは確実に俺まで来る。


 俺を脅威に見たか。直接潰しに来た。


 「魔物達だけ引きはがせ!!」


 俺の魔物を必要最低限だけチンクエに向かわせ、魔物対魔物を強制的に実現させる。

 チンクエもそれで良いみたいで、そのまま突撃してきた。

 手に持つ鞭を一直線に振るう。

 金属で補強された鞭を馬鹿正直に受ける訳にもいかず、さらに左に移動して魔物達との戦いから遠ざかる。


 チンクエも構わず攻撃を繰り返し、リーチの差から回避だけを余儀なくされる。

 とうとう魔物達も見えなくなる位置まで移動してしまい、結局1対1となってしまう。


 「……ちっ。1対1ってそういう意味かよ。違うかもしんねーけどよ」


 『洗脳』の強みを生かせず、接近戦となってしまった。


 「私も予想外よ。自分で戦うなんて久しぶりだわ」


 周りには木もあるが、そこまで密集していない。

 鞭を使いにくいという事もないし、剣も同様だ。

 何もなければこのまま時間を稼いで、暗くなった所を狩るが、そうはいかない。

 アイビスが待ってる。

 魔物はもう居ないが、2対1は全然違う。

 一刻も早く倒す必要がある。


 剣を構え逃げる意志など無い事を示し、戦闘を続行する。

 さっきまでで分かっているが、『鞭術』は持っていない。

 あったらもう殺されている。


 「ふぅ~~……!」


 大きく息を吐き、駆ける。


 直線的に動かず、木々を盾に狙いを絞らせない。

 ネコの俊敏性と柔軟性を存分に生かし、人間を翻弄する。


 何本もの木を通り過ぎ、徐々に接近して最後と決めた木を通り過ぎた時に一気にチンクエに向かう。

 ほぼ地面と平行に体は傾き、鞭で攻撃できる範囲を減らす。

 鞭が右斜め上からの攻撃をあえて踏み込み、攻撃を置き去りにする。

 かつて俺がいた場所を鞭が抉り、攻撃は無意味に終わる。

 チンクエの顔が焦りで埋め尽くされ、右足を踏み込んで体の正中線目がけて突きを放つ。


 入った!


 が、チンクエの顔は笑みでいっぱいになり、俺の剣は奴の目の前で止まる。

 チンクエの豊満な胸を目の前にして、まったく剣が先に進まない。

 現在進行形で突き刺そうとしているのに、剣先は震えているだけでチンクエに触れもしない。何が起こったのか分からない。

 俺の動きは最高速で駆け抜け、止まる余地などなかった。

 今も最後の一刺しをしようとしているのに、一向に剣は動かない。


 頭が疑問に支配されているが、時間は平等であり動き続けている。

 チンクエが鞭を引き戻し、再度攻撃を放つ前に距離をとるため大きく後方に跳んだ。

 木の上に上りチンクエを観察する。チンクエから近すぎず離れすぎずの距離を保ったまま思索にふける。

 なんで俺は攻撃しなかった。……いや、したくなかった?(・・・・・・・)

 氷解しそうになる疑問が顔に出てしまい、チンクエは楽しそう顔で俺を見上げる。


 「その顔、少しは気づいたかしら?」


 「……なんの話だ?」


 チンクエは余裕の表情を浮かべ、得意げに説明し始めた。

 ムカつく女だ。


 「私のはね『魅了』なの。あなたは私に『魅了』されたのよ」


 言う終わった瞬間鞭を振るい、立っていた枝を折る。

 足場がなくなる前に木を飛び下りて、地面に着地した。


 「……魅了だと?」


 着地の余韻を味わい、地面に膝立ちの状態でチンクエに聞き返す。


 「そ、美しいと思った人を傷つける人はいないわ」


 腕を広げ得意げに自分の体、容姿をアピールする。

 うぜーからやめろ。


 ……それより、いつ発動条件を満たした。

 俺の洗脳ほど条件が厳しくないのか?

 あれだけ煽情的な格好をしているのは、伊達や酔狂じゃない?

 見られるだけで発動条件が満たされる可能性あり。ならばこそのあの格好。興味ないけどどうしても特異な格好に目が引かれる。

 

 しかし、見るだけという緩い条件なら、それに伴いそこまで拘束力が高くないはずだ。

 俺の洗脳なら嵌めた時点で殺せる。


 チンクエのお喋りはまだ終わっておらず、俺の推測をある程度証明した。


 「人間は魔物ほど単純じゃないから、行動を制限するのは難しいけど、私に危害を加えるのを止めるくらいならお手の物よ」


 そう言ったらチンクエの手元が消えるようなスピードで鞭を振るう。

 さっきまでとはレベルが違う。


 突然の攻撃と予想以上のスピードの攻撃に、避けるという選択肢が潰され、咄嗟に剣でガードするしかなかった。

 剣の腹で鞭を受け止める事になってしまい、剣が半ばから折れてしまった。


 「なんだと!??」


 折れた剣先と持っている剣の残骸を交互に見つめ、今起きている現象を必死に理解しようとする。


 鉄同士がぶつかったとは言え、普通折れるか!?

 ゴリラの皮をかぶった女を見つめ、罵声を浴びせる。


 「この糞ゴリラ女が……!どんな力してやがる!!」


 「ちょっとぉ、心外よ。これはボスのせいよ」


 「はぁ?」


 言葉を信じるなら、あの優男っぽい奴が何かしたのか。

 それでこいつにも恩恵があると。

 マリシアの『覚醒』に似てる。


 くそ、どうする。

 武器はない。予備も持ってくるんだった。

 折れたまま使うしかないか……!


 俺の攻撃力が半減しチンクエはより一層攻撃の手を緩めることはなかった。

 

 怒涛の勢いでチンクエの攻撃は連続する。金属で固められた鞭の先端は地面を掘削し、木を抉る威力を秘めている。

 それでも技術的な攻撃、技と言ってもいいのか、熟練した攻撃というのは無く、ギリギリ回避しながら近づくがさっきと同じようにはいかなくなった。

 当たりそうな攻撃はなんとか折れた剣で防いでいるが、攻撃の速さとさっきの動きをみられて接近を警戒されてしまった。

 しかも、近づいても『魅了』で危害を加える事が出来ない。

 今ならできるかもしれないが、まだ賭けをする段階じゃない。

 と、思っていたがそうはいかなくなった。


 当たらないと思った鞭が足下に絡みつき、あのバカ力で引きずられ木に叩きつけられる。

 背中を強く打ってしまい、肺から空気が漏れ必死に取り戻そうと呼吸が荒くなる。

 地面に落下し、勢いよく咳き込み呻いた。


 「がほっ!、、ぐうう……!」


 足元に違和感を感じて見ると、まだ足に鞭が絡んでいた。

 チンクエは鞭を力ませに引き上げて俺を持ち上げ、そのまま地面に叩きつける。

 あまりの痛みに剣も手放し一つを除いて武器が無くなった。

 仰向けになりながら体の痛みを我慢して呟く。


 「……ヤバい」


 体中が痛い。骨は折れていないが、このままでは……。


 チンクエの攻撃は終わらず何度も何度も木や地面に叩きつけられ、最後には鞭の遠心力を使われ投げ飛ばされた。

 10mは空中を飛び、地面を何回転もして木にぶつかりようやく止まった。

 体中に血や土がついて、とてもアイビスには見せられない。

 叩きつけられる瞬間は受け身をとり、何とか致命傷を避ける事に成功している。

 あれだけ攻撃を受けていながら、骨も折れていない。上等だ。

 ネコである事を今以上に感謝する日はそうそう来ないだろう。


 「……そろそろ終わりにしようかしら」


 声が聞こえて何とか前を見ると、チンクエが鞭を捨てて腰からナイフを引き抜いている。

 どこに持っていたんだ。隠す場所あったのか?

 近づきながら余裕の表情で俺に話しかけてくる。


 「君の後は妹ちゃんでも殺しに行くわ」


 ここで沸点を超えたのは言うまでもない。

 しかし冷静に。黙ってるんだ。喋る必要なんてない。油断させておけ。

 絶対殺してやる。


 だが思いに反して、口は勝手に動いてしまった。


 「お前はここで殺すから安心して死ね」


 チンクエはびっくりした表情を見せ、嘲笑のまなざしを向ける。


 「そこまで言うなら何とかしてみなさい」


 とは言うが、今の俺は木にもたれかかり必死に立ち上がろうとしているように見えるだろう。

 俺は冷静だ。

 あいつの言う事はあながち間違っちゃいないが、事実じゃない。真実は違う。

 俯きながら懸命に立ち上がり、必死にチンクエに食らいつこうとする俺。

 お涙頂戴だ。この後殺す。絶対殺す。こいつだけは殺す。刺し違えてでも殺す。

 待て、落ち着け。表情に出すなよ。こいつは絶対油断している。そこが隙だ。


 チンクエはようやく立とうとする俺の胸ぐらを掴み上げ、目の近くにナイフを突きつける。

 掴み上げる俺の体は完全に脱力して、無抵抗を装っている。

 

 チンクエは俺の死亡宣言を吐こうとした瞬間に驚愕する事態になる。


 「それじゃ――――!??」


 「がああああ!!」


 俺は口を大きく開け最後の切り札を出す。

 マリシアやゾイグだって知らない。俺の切り札。


 口からどこに入っていたの分からない量の半固体状の物質がチンクエに覆いかぶさる。

 そいつは俺の命令を聞き、目の前の人間を拘束する事に全神経を投入している。

 チンクエの体に絡み、腕に巻きつき、脚を拘束している。

 足を拘束され立っている事ができなくなり、チンクエは地面に倒れてしまった。


 持ち上げられていた俺も地面に落下する。

 立っているのはさすがにつらい。


 「な、何よこれ!?」


 地面に倒れながら必死に拘束から抜け出そうとしているが、チンクエの抵抗は虚しく、成功などしない。

 訳の分からない攻撃に俺に怒鳴り散らしてくる。


 「……ただの、スライムだ」


 とても優しいアイビスの兄貴は律儀に問いに答えた。


 「な、何言ってんのよ!!唯のスライムが私を拘束できる訳無いでしょ!!」


 体に巻きついているスライムを見つめて、こいつの感想が至極真っ当である事に何と答えたらいいのか悩む。

 つーか、答えるの?


 「……かもな」


 しかしただのスライムは常軌を逸した力を発揮するチンクエを完璧に拘束している。

 まぁ、こいつは確かに俺の特別製だ。


 説明してやる気分になってしまう。誰にも言った事が無かったが死ぬ奴に行っても何ら問題はない。


 「こいつは俺の『洗脳』の成果だ」


 「せ、『洗脳』ですって……!?」


 「そうだ。こいつには俺が『洗脳』した魔物を殺させまくった。

 確かにただのスライムじゃない。レベルは40を超えている」


 「なっ!?」


 スライムのレベルと聞いて明らかに驚いている。

 レベル40を超えるといえば、人間でいえば1流といっても良い。

 俺だって20と少しだ。このスライムは規格外と言う事だ。


 「しかもかなり訓練させて、体積を自由に操れるようになっている。

 だから口の中に仕込んで、いざという時に使うつもりだった。今日が初めてだったがな」


 「そ、そんな……」


 チンクエは今は完全に抵抗を諦めて、横たわっている。


 「まぁ、そいつに殺させるのも有りだが、アイビスを殺すという宣言を受けた以上、お前は許さん」


 おい、と命令するだけでスライムは俺の意図を理解し、チンクエの口をこじ開ける。


 「あががががが」


 「笑えるな」


 強制的に口を開けられ抵抗しているのか変な声が出ている。

 女は捨てんなよ。


 仰向けになっているチンクエに跨り『洗脳』の準備をする。

 手順がめんどいんだ。


 「俺を見ろ、声を聞け」


 チンクエと目があい、しまった、という表情をしている。



 これで2つクリア。



 さらにチンクエの首に手をかけ、軽く力を入れる。



 これで3つ目クリア。



 チンクエの口を覆い、自分の手をチンクエの鼻に添え、呼吸したのを確認する。

 


 4つ目クリア。



 最後に開いたチンクエの口に手を突っ込んで、舌に触れる。



 はい、5つ目クリア。



 『洗脳』をする前に冥途の土産として話をする。

 チンクエの表情は絶望に暮れ、話を聞いてるかは定かではない。

 チンクエから退いて、構わず続ける。


 「『洗脳』の条件は厳しくてな。五感を使って俺を感じないといけない。

 視覚・聴覚・触覚・嗅覚までは何とかなる。顔面殴って匂い嗅がせればいい。

 でも、味覚が難しい。戦闘中はなかなか発動条件が満たせない。

 だから協力者がいるんだが、お前は馬鹿だった。お前だけじゃないか。この前の奴も一人で現れて勝手に死んだ。

 結局詰めが甘いんだよ、お前ら。鞭で嬲り殺せがいいものをわざわざ近づいて、逆転を許す。」


 頭をガシガシ掻いて目を瞑る。

 アイビスが危ない目に合っているかもしれないと言うのに、これ以上時間をかける訳にはいかない。



 「『洗脳』」


 途端にチンクエの目がうつろになり、目は半開きになり表情が抜ける。

 俺は傷つく体を労ってゆっくり立ち上がり、命令する。


 「立て」


 「はい」


 チンクエは短く返答した後、ノロノロと立ち上って、俺を見据える。命令待ちだ。

 最後の言葉だ。


 「自殺しろ」


 「はい」


 両手で自分の首を絞め始め、それを確認して俺は愛しのアイビスの元へ向かう。

 後ろからはギリギリと音がしているが、最早興味の対象ではない。


 思考を切り替えどうやってアイビスを助けるか考えながら歩く。

 手持ちはスライムだけ。今ようやく肩に乗って回収されに来た。


 何秒かするとゴキリと嫌な音がして、大きなものが地面に落ちる音がした。

 振り返る事は無く、只管妹のために。


 一瞬だけ立ち止まり、チンクエの『魅了』を破り『洗脳』という危害を加える事が出来た理由を告げた。

 全ては愛ゆえに。



 「俺が『魅了』されてるのはアイビスだけだ」

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