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聖女加藤

今日、俺は教会室にいた。


教会室は、白いカーテンで仕切られたベッドが並び、壁際には薬品棚と洗面台がある。

壁には大きな富士山の絵が飾られ、その上には小さな神棚。

神棚の左右には榊が供えられ、しめ縄から白い紙垂が垂れている。

加藤先生の机の上にも、小さな富士山の置物がある。


目の前にいるのは、聖女の加藤だ。

いつも俺たちを治してくれる聖女だ。

ふじやま教の信者でもある。


黒を基調にした服に、白いエプロンのような布。

胸元には小さな飾りがついていて、見た目だけならちょっとメイドに似ている。


今日、俺がなんのためにここにいるかって?

ふじやま教に溜まっているツケの話をしに来たからだ。


聖女加藤は言った。

「あなた、昨日の治療の分も合わせて、ずいぶんたまっているわよ」

「分かってる。もう少し待ってくれねーかな」

「一回目の支払いは今日までです。ゴリラとつんつんはさっき払いましたよ」

「ちきしょー。あいつら抜け駆けしやがって」


加藤先生は少し祈った後に言った。

「あなたには三つの選択肢があります」

「なにがあんだ?」

「一つ目。お金を払う」

「だから、金ねーんだよ」

「二つ目。治療した腕を奉納する」

「腕の奉納はキツイ」

「それじゃあ、最後しかないですね」

加藤先生がにっこり笑う。

「奉仕活動をしてもらうわ」

「奉仕活動? そんなの俺にできるわけねーだろ」

「できます。神の御導きがありますから」

「ったく。中学までは無料だったのに、なんだってんだ」

「少子化とはいえ、高校生以上には払ってもらいますよ」

「言ってる意味わかんねーよ」

「では、早速行きましょうか。ついて来なさい」

俺は聖女加藤についていった。


学校を出て、しばらく歩くと小さな広場に着いた。

その中心には、一軒の建物がぽつんと建っている。

中へ入ると、そこは畳二十畳ほどの大きな一室になっていた。

壁の一面は大きく開かれており、その向こうには富士山がよく見える。


「ここで奉仕活動を行ってもらいます」

「なにやればいいんだよ」

「神に祈りを捧げてください」

「わーったよ」


既に八人、横一列に並んでいた。

全員、膝を折って山に向かって祈っている。

俺も一番端に入り、片膝をついた。

そして大きな山に向かって祈り始める。

俺は何を祈ればいいのか分からなかったので、とりあえず周りと同じ格好を取ってみた。


そういえば駅前に新しいとんこつラーメン屋――

びゅん。

ばちん!

「いてー!」

突然、鞭が俺の背中を打ちつけた。

「なんだよ!」

「邪念がありました」

「たしかに新しくできたラーメン屋のこと考えてた」

俺は聖女加藤を見る。

「そんなの分かるのかよ」

「分かります」

富士山の方を見て言った。


もう一度、山へ向かって祈る。

やはり何を祈ればいいのか分からなかった。

そのせいか、どうしても他のことを考えてしまう。

聖女学園のやつら、どうしてや――。

びゅん。

ばちん!

「いてー!」

俺は振り返った。

「なんで俺ばっかなんだよ!」


隣を見る。

「こいつ、さっきから小声でぶつぶつ何か言ってんじゃねーか」

初め隣の奴は目を閉じて真剣に祈っているのかと思ったが、聞こえるか聞こえないかの声で、「早く下さい。早く下さい」と言っているように聞こえた。

聖女加藤は静かに答えた。

「その方は、打つと邪念が膨らむのです」

「言ってる意味が分かんねーよ」

「見せてあげましょう」


そう言って、聖女加藤は男の方に体を向けた。

びゅん。

ばちん!

「うひょー! ありがとうございます!」

「…………」


加藤先生がもう一度鞭を振る。

ばちん!

「もっと! ください!」

「…………」


加藤先生が俺を見る。

「分かりましたか?」

「なんとなくな」

「それでは続けてください」

「わーったよ」

俺は再び山へ体を向けた。


「何を祈ればいいんだよ?」

しょーがないので聞いてみた。

「心を無にして下さい」

なるほど。祈りとは無になることなんだな。俺は理解した。

「……」

静寂が訪れる。


しばらくすると、一人入ってきた。

「今日は騎獣を清めに来ました」

「いい心がけです」

聖女加藤は答える。


入ってきた男が何を言ってるのか分からなかった。

ふと隣を見る。

俺の愛獣と同じボア型がいた。

随分目つきが悪いボアだ。

ボアも山の方を見ている。

こんなの意味あるのか?

五分後くらいにもう一回見てみる。

「目がやさしくなってんじゃねーか」

「これが、ふじやまパワーです。あなたの目は濁っているので、続けてください」

「意味ねーと思ってたけど、なんかあるんだな」

俺は心を無にして祈り続けた。


しばらくするとボアを連れてきた男が言った。

「邪念がとれたようです。ありがとうございました」

「神のご加護がありますように」

そして、ボアを連れて帰って行った。


もうしばらくすると、もう一人入ってきた。


「今日はお祈りしに来ました」

どっかで聞いたことがある声だ。

俺は振り返ろうとしたそのとき。

びゅん。

ばちん!

「いてー!」

「邪念が出ています」


前に体を向ける。

後ろから声が聞こえてきた。

「ミハエル様、いつも奉仕活動感謝いたします」

「ふじやま教には、いつもお世話になっていますから」

やっぱり、昨日のやつか。


ミハエルは俺の横に来た。

どうやらミハエルも俺に気付いたようだ。

「昨日のクズじゃないですか。祈るだけ無駄なんじゃないですか?」

さげすむような眼で俺を見ながら言った。

「なんだ……」

びゅん。

ばちん!

「いてー!」

「邪念が出ています」


「ちゃんとお祈りしてくださいよ。まったく、クズはこれだから」

俺は納得できなかった。

「なんでこいつは打たねーんだよ」

びゅん。

ばちん!

「いてー!」


「ミハエル様には邪念がありませんから」

こいつ何言ってんだ、という顔をしている。

「なんだよそれ」

びゅん。

ばちん!

「祈りを続けてください。それとも奉納にしますか」

聖女加藤はちらっと横の方を見る。

目線の先には、でっかい斧が壁に立てかけられていた。


「お前らにも恩があるし、今日はおとなしく祈ってやるよ」

「クズは黙って祈ることもできないのですね」

「くっ」

言い返せねーのがさらにムカつく。


ミハエルも静かになったので、俺はまた無になる。

少し祈っていると横から光のようなものを感じた。

ちらっと横を見てみる。

なんとミハエルが少し光っていた。

「光ってるじゃねーか」

ミハエルの祈りは山に届いていそうだ。

「あなたもこうなるように精進してください」

どや顔で聖女加藤は言った。


「どんなことでも、こいつには負けたくねー。ぜってー光ってやる」


そのあと、俺は七時間、祈りを続けさせられたが光ることはなかった。

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