第四十話 あの時の……?
舞踏会から数日後、クラリスはアシュレイとともに、彼の実家である、レインフォード公爵家へと挨拶に向かった。
緊張していたクラリスの予想に反して、公爵夫妻はとても温かな笑顔で彼女を迎えてくれた。
公爵が、アシュレイによく似た穏やかな笑みを浮かべながら、二人に向けて言葉をかける。
「これから大変なこともあると思うが、ともに頑張っていきなさい」
「はい」
「ありがとうございます」
二人は、公爵の言葉をしっかりと受け止めるように、真面目な表情で頷いた。
夫人はそんな二人を見つめながら、嬉しくて堪らないとばかりに、満面の笑みを浮かべた。
「アシュレイが小さな頃からずっと想っていたご令嬢に、こうして会うことができるのを、ずっと楽しみにしていたのよ」
「母上……」
そんな夫人に対し、隣にいたアシュレイが珍しく困ったような声を漏らした。
夫人は息子の反応を楽しむように、くすりと笑う。
「だってあなた、何度聞いてもお相手がどなたなのか、絶対に教えてくれなかったんですもの」
「それは……」
アシュレイが言葉に詰まる。
その頬が、ほんのりと赤く染まっていることに気づき、クラリスは目を丸くした。
こんなふうに照れるアシュレイを見るのは初めてだった。
普段、何かあってもあまり動じることなく、いつも落ち着いて対応する彼が、今はどこか気まずそうに視線を逸らしている。
その姿がなんだか可愛らしく思えて、クラリスは思わず小さく笑った。
「クラリスまで笑うのですか」
「ふふ……すみません」
そう言いながらも、クラリスの口元には笑みが残っている。
「アシュレイったら幼い頃はね、」
「母上、それ以上はどうかご勘弁ください!」
さらに話そうとする夫人を、アシュレイが慌てて止める。
そんな二人の様子を、公爵は微笑ましそうに眺めていた。
クラリスは、そんな温かなやりとりを見つめながら、これから自分はこの人たちの家族になるのだと思い、とても感慨深い気持ちになった。
その後、夫人から話されてしまうよりも先にと、アシュレイ自身から聞かされた彼の過去の話に、クラリスは驚きを隠せなかった。
アシュレイが初めてクラリスを知ったのは、彼がまだ八歳の頃だったという。
別荘の近くの公園にあった、小さな花壇の前で出会って以来、ずっとクラリスのことを想い続けていたのだと聞かされて、クラリスは言葉を失った。
(そんな昔から、私のことを想ってくれていたなんて……)
その時クラリスは、ルシアンと過ごす日々の中で心が擦り切れ、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた、ある記憶を朧げながら思い出した。
かつて淑女になるために訪れた別邸の近くの公園で、誰かに踏まれてぼろぼろになった花を、一緒に植え直してくれた女の子がいた。
優しくて、とても綺麗な女の子。
確かあの時、その子ともっと仲良くなりたくて、お互い敬語はやめて、クラリスと呼んでほしいと提案したのだ。
「……え……あの時の……?」
「ええ、そうです」
アシュレイは、少し照れたように微笑んだ。
「ですがあの子は、とっても可愛い女の子だったと思うのですが……」
「いえ、あれは私なんです。……あなたに女の子だと思われていたことが思った以上にずっと切なくて……だから、私、頑張ったんです」
少し拗ねた風にそう言った後、優しく目を細めた。
「それからずっと、あなたを想い続けていました。見かけるたびに、つい目で追ってしまって……」
「……そんなに、長い間……」
思わずこぼれた呟きに、アシュレイは嬉しそうに頷いた。
その笑顔を見つめていると、胸の奥がくすぐったくなるような、不思議な温かさに包まれていく。
まるで、過去の辛かった日々まで、そっと優しく包み込んでもらえたような、そんな気がした。
クラリスは込み上げてくる涙をぐっと堪え、幸せに満ちた笑顔を浮かべた。




