第三十一話 一番大切な
そう言うと、アシュレイは一歩前へ進み、静かに片膝をついた。
思わず、クラリスは目を見開く。
「アシュレイ様……?」
アシュレイは右手を胸に当て、真剣な眼差しでクラリスを見上げた。
一つひとつの言葉を大切に紡ぐように、静かに続ける。
「私はこれから先の人生を、あなたと共に歩みたいと思っています。嬉しい時は一緒に笑い、悲しい時はあなたの隣で支えたい」
その言葉を聞きながら、クラリスの胸にはこれまでの日々が浮かんでいた。
ルシアンに対しては、自分はいつも、その背中に必死の思いでついていくばかりだった。
けれど、アシュレイは違う。
共に歩みたいと、そう言ってくれた。
その一言が、胸の奥へと優しく染み渡っていく。
アシュレイが柔らかく微笑む。
「クラリス、一生あなたを一番大切にすると誓います。どうか私と結婚していただけませんか」
静かな庭園に、その言葉だけが穏やかに響く。
リンデ村で彼と過ごし、仕事の楽しさを知り、人と笑い合う喜びを知った。そして、自分自身を変えることが出来た。
そんな自分を、好きだと思えた。
そのすべては、目の前にいるこの人が、そばにいてくれたおかげに他ならない。
クラリスの頬に、一筋の涙が伝う。
「はい」
その一言には、これまで胸に抱き続けてきた想いが、すべて込められていた。
「私も……」
涙で瞳を潤ませたまま、照れたように微笑む。
「私も、あなたを一番大切にしたいです」
その言葉を聞いた瞬間、アシュレイは心から安堵したように目を細めた。
「ありがとうございます」
そう言って、ふっと息を吐く。
それからゆっくりと立ち上がった。
「……ああ……良かった。これまでの人生で、一番緊張しました」
その声が少しだけ震えている。
いつも穏やかで何事にも動じないアシュレイのそんな姿が何だか愛おしくて、クラリスは思わず笑みをこぼした。
「ふふ」
「ん……?どうされましたか?」
「いえ……少し、安心したんです」
楽しそうにそう言うクラリスに、アシュレイは首を傾げる。
「……安心、ですか?」
「はい。アシュレイ様も、緊張なさるんだなぁと思って」
するとアシュレイは、照れ隠しをするように苦笑した。
「もちろんしますよ。もし断られたらどうしようと、先ほどから心臓が落ち着きませんでした」
その意外な本音に、クラリスは思わず目を丸くする。
「そんな……」
小さく首を横に振り、柔らかな笑みを浮かべた。
「私がお断りするわけありません。大好きです、アシュレイ様」
その一言を聞いた瞬間、アシュレイの表情がふわりと綻んだ。
「私も大好きですよ。クラリス」
穏やかに微笑んだまま、少し照れたように続けた。
「……本当は、ずっと前からあなたのことを愛していました」
「え……ずっと前から、ですか?」
驚いた表情で見つめるクラリスに、アシュレイはゆっくりと頷く。
「ええ、そうですよ」
「え、それは、いつから……」
そう尋ねると、彼は少しだけ困ったように眉を下げた。
「……内緒です。あなたにそれを知られるのは、少し恥ずかしいので」
そしてまた、その綺麗な唇に、優しい笑みを浮かべる。
「でも間違いなく、あなたが私を知るよりも、ずっと前ですよ」
その眼差しは、どこまでも優しく、愛おしそうにクラリスを見つめていた。
月明かりが、寄り添う二人を静かに照らしている。
これから先、嬉しいことばかりではないだろう。
迷う日も、悲しむ日も、きっとある。
それでもこの人となら、どんな未来も歩いていけると、クラリスは心から、そう思えたのだった。




