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心を無くした伯爵令嬢は、新たな土地で本当の自分を取り戻す  作者: 陽ノ下 咲


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第三十話 月明かりの告白

「……アシュレイ様」

「はい」


 アシュレイが、穏やかな声で返事をする。

 けれど、その声はいつもより少しだけ、緊張しているようにも感じられた。

 名前を呼んだものの、何から聞けばいいのか分からなくて、クラリスはただ、彼を見つめた。

 そんなクラリスの様子を見て、アシュレイはどこか申し訳なさそうに微笑んだ。


「すみません。あなたを守りたかったとはいえ、突然のことで、驚かせてしまいましたね」

「……いえ」


 一体何から聞けばいいのかと思いながら口を開こうとした、その時だった。

 先ほどの騒ぎを見ていた貴族たちが、今もなお、遠巻きにこちらを窺っていることに気づく。

 さすがに、この場で話すようなことではない。

 アシュレイも同じことを思ったのだろう。


「場所を移しましょうか」


 そう言うと、クラリスを先導して、中庭の方へと歩き出した。



 舞踏会の音楽も、ここまで来ると遠く聞こえるだけだった。

 月明かりに照らされた中庭には、噴水の水音だけが静かに響いている。

 その静けさの中で、アシュレイは足を止め、クラリスへ向き直った。

 淡い青の瞳が、まっすぐに彼女を捉える。


「先程は突然あんなことを言って、すみませんでした」


 そう言って、アシュレイはもう一度、クラリスへ詫びた。

 その声には、わずかに苦笑が滲んでいる。


「本当は、きちんとした手順を踏んで、お父上へご挨拶をした上で、あなたへ気持ちをお伝えするつもりだったんです」


 思いがけない言葉に、クラリスの鼓動がひときわ大きく鳴った。

 アシュレイはそんな彼女を見つめたまま、少しだけ間を置いて、静かに言葉を続ける。


「ですが」


 その表情から笑みが消え、瞳が鋭く光った。


「あの男があなたの腕を掴んでいるのを見た瞬間、それどころではなくなってしまいました」


 静かな口調だった。

 それでも、青い瞳の奥には、あの時の光景を思い返しているような苦さが滲んでいる。


「あなたが怖い思いをするくらいなら、私の計画などどうでもよかった。……ですから、とっさに恋人だと言ってしまったんです」


 アシュレイは少しだけ顔を伏せると、自嘲するように笑った。

 クラリスは息を呑んだ。

 あの冷静なアシュレイが、何も考えられなくなるほど取り乱した。

 その事実が、胸の奥へ静かに広がっていく。

 やがてアシュレイは、ゆっくりと顔を上げた。


「もちろん、あれはその場しのぎの嘘ではありません」


 一歩だけ距離を縮める。

 月明かりを受けた白銀の髪が、静かな光をまとって艶やかに輝く。

 その下で、淡く澄んだ青の瞳がクラリスをまっすぐ見つめていた。


「クラリス」


 敬称を付けずに呼ばれた名前に、心臓が大きく跳ねる。


「私は、あなたが好きです」


 夜の静けさの中、その一言が鮮明に響いた。


「一緒に仕事をし、笑い合い、少しずつ変わっていくあなたを、私はずっと近くで見てきました」


 穏やかな声が続く。


「努力を重ねるあなたを、私はいつも誇らしく思っていました。村の人たちと笑い合う姿も、花を見て目を輝かせる姿も……自分を押し殺すことなく、あなたらしく過ごす姿が、愛おしくて仕方がなかったのです」


 クラリスの瞳が大きく揺れる。

 そんなふうに見てもらえていたなんて、夢にも思わなかった。

 アシュレイは柔らかく微笑んだ。


「……まだ、一番大切なことを、お伝えしていませんでしたね」




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