第三十話 月明かりの告白
「……アシュレイ様」
「はい」
アシュレイが、穏やかな声で返事をする。
けれど、その声はいつもより少しだけ、緊張しているようにも感じられた。
名前を呼んだものの、何から聞けばいいのか分からなくて、クラリスはただ、彼を見つめた。
そんなクラリスの様子を見て、アシュレイはどこか申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません。あなたを守りたかったとはいえ、突然のことで、驚かせてしまいましたね」
「……いえ」
一体何から聞けばいいのかと思いながら口を開こうとした、その時だった。
先ほどの騒ぎを見ていた貴族たちが、今もなお、遠巻きにこちらを窺っていることに気づく。
さすがに、この場で話すようなことではない。
アシュレイも同じことを思ったのだろう。
「場所を移しましょうか」
そう言うと、クラリスを先導して、中庭の方へと歩き出した。
*
舞踏会の音楽も、ここまで来ると遠く聞こえるだけだった。
月明かりに照らされた中庭には、噴水の水音だけが静かに響いている。
その静けさの中で、アシュレイは足を止め、クラリスへ向き直った。
淡い青の瞳が、まっすぐに彼女を捉える。
「先程は突然あんなことを言って、すみませんでした」
そう言って、アシュレイはもう一度、クラリスへ詫びた。
その声には、わずかに苦笑が滲んでいる。
「本当は、きちんとした手順を踏んで、お父上へご挨拶をした上で、あなたへ気持ちをお伝えするつもりだったんです」
思いがけない言葉に、クラリスの鼓動がひときわ大きく鳴った。
アシュレイはそんな彼女を見つめたまま、少しだけ間を置いて、静かに言葉を続ける。
「ですが」
その表情から笑みが消え、瞳が鋭く光った。
「あの男があなたの腕を掴んでいるのを見た瞬間、それどころではなくなってしまいました」
静かな口調だった。
それでも、青い瞳の奥には、あの時の光景を思い返しているような苦さが滲んでいる。
「あなたが怖い思いをするくらいなら、私の計画などどうでもよかった。……ですから、とっさに恋人だと言ってしまったんです」
アシュレイは少しだけ顔を伏せると、自嘲するように笑った。
クラリスは息を呑んだ。
あの冷静なアシュレイが、何も考えられなくなるほど取り乱した。
その事実が、胸の奥へ静かに広がっていく。
やがてアシュレイは、ゆっくりと顔を上げた。
「もちろん、あれはその場しのぎの嘘ではありません」
一歩だけ距離を縮める。
月明かりを受けた白銀の髪が、静かな光をまとって艶やかに輝く。
その下で、淡く澄んだ青の瞳がクラリスをまっすぐ見つめていた。
「クラリス」
敬称を付けずに呼ばれた名前に、心臓が大きく跳ねる。
「私は、あなたが好きです」
夜の静けさの中、その一言が鮮明に響いた。
「一緒に仕事をし、笑い合い、少しずつ変わっていくあなたを、私はずっと近くで見てきました」
穏やかな声が続く。
「努力を重ねるあなたを、私はいつも誇らしく思っていました。村の人たちと笑い合う姿も、花を見て目を輝かせる姿も……自分を押し殺すことなく、あなたらしく過ごす姿が、愛おしくて仕方がなかったのです」
クラリスの瞳が大きく揺れる。
そんなふうに見てもらえていたなんて、夢にも思わなかった。
アシュレイは柔らかく微笑んだ。
「……まだ、一番大切なことを、お伝えしていませんでしたね」




