第二十三話 最終日
それからの数日は、瞬く間に過ぎていった。
こんなにも時間が早く過ぎると感じたのは、生まれて初めてのことだった。
一日一日を大切に過ごそうと思えば思うほど、時の流れが早く感じられるのは何故なのだろうと不思議に思った。
そして、王都へ戻る前日の夜、村ではクラリスのためにささやかな晩餐会が開かれた。
「皆さん、クラリス様へ感謝を伝えたいと、準備を張り切っておられたんですよ」
隣に座るアシュレイが楽しそうに耳打ちしてそう教えてくれた。
その言葉に、胸が熱くなる。
食卓には、その日に収穫されたばかりの野菜や川魚、焼きたてのパン、色鮮やかな果物が並び、どれも領地の恵みを存分に感じられる料理ばかりだった。
一皿一皿から作り手の温もりが伝わってきて、クラリスは自然と笑みをこぼした。
「とても美味しいです」
そう伝えると、領民たちは嬉しそうに顔を見合わせた。
「お口に合って何よりです」
「ささやかですけど、感謝を伝えたかったんですよ。クラリス様のおかげで、畑仕事がずいぶん楽になりましたから」
「うちの孫も、クラリス様のお話をすると目を輝かせるんです」
「またいつでも、村へ来てくださいね」
領民たちがそれぞれの言葉で感謝を伝えてくれて、クラリスも、そのたびに笑顔で応えた。
「あの時、お話を聞かせてくださってありがとうございました」
「皆さんのおかげで、私もたくさんのことを学ばせていただきました」
気づけば、思い出話に花が咲き、あちらこちらで笑い声が響いていた。
こんなにも温かな人たちに囲まれて過ごせたことが、胸いっぱいに嬉しかった。
その一方で、この時間が終われば、もう以前のように毎日顔を合わせることはないのだと思うと、胸の奥が少しだけ締めつけられる。
だからクラリスは、その賑やかな景色を忘れないように、一人ひとりの笑顔を心に刻み込むように見つめ続けていた。
*
翌朝、王都へ戻る馬車の前には、多くの領民たちが集まっていた。
「クラリス様、ありがとうございました!」
「どうかお元気で!」
「王都でも頑張ってくださいね!」
口々にかけられる温かな言葉に、クラリスの胸はいっぱいになる。
涙をこらえながら、深く頭を下げた。
「皆さん、本当にありがとうございました。リンデ村で過ごした日々は、私にとってかけがえのない宝物です。皆さんから教えていただいたことを胸に、この村を守り、より良い場所にしていけるよう、これからも精一杯努めます」
顔を上げると、村長が一歩前へ進み出て、穏やかに微笑んだ。
「クラリス様はいつも私たち一人ひとりに親身になって耳を傾けてくださいました。あなたはとても素晴らしい領主様です。王都に戻られるのはとても残念ですが、またいつでも、リンデ村へお越しください」
その言葉に、周囲の人々も「そうですとも!」「また来てください!」と次々に声を上げる。
「ありがとうございます……」
クラリスは思わず目元を潤ませ、頷きながら微笑み返した。
そして最後に、アシュレイの前へ歩み寄る。
「アシュレイ様、本当にたくさんのことを教えていただき、ありがとうございました。ここでの日々は、絶対に忘れません」
アシュレイは穏やかに微笑む。
「こちらこそ、ありがとうございました。クラリス様と村を周ることで、私も多くの学びがありました」
そして少し間を置いた後、言葉を続ける。
「私はもう少しこちらで仕事が残っていますので、しばらくはこちらに残ります。王都へ戻った際には、改めてご挨拶に伺いますね。また、その時にお会いしましょう」
その言葉が、とても嬉しかった。
けれど、王都へ戻ってしまえば、挨拶を交わすことはあっても、今までのように言葉を交わす機会は、きっともう訪れないのだろう。
そう考えると、胸が締めつけられるように切なくなってしまった。
クラリスは、溢れそうになる涙をなんとか堪えて、笑顔を作り頷いた。
「はい。またお会いできる日を楽しみにしています」
馬車へ乗り込み、窓からもう一度振り返ると、領民たちは大きく手を振っていた。
その隣で、アシュレイも穏やかな微笑みを浮かべたまま、静かに手を上げる。
馬車がゆっくりと走り出す。
リンデ村の景色が少しずつ遠ざかっていく中、クラリスは窓辺に手を添え、彼らの姿が見えなくなるまでずっと、その姿を見つめ続けた。




