082話 《喜ばせ屋》
ノルンたちは家令を追うため、地下の階段を駆け上がる。
酒蔵を走り抜け、大階段の裏から玄関ホールに躍り出る。
その時、屋敷の扉が力強く開け放たれる。
屋敷の中は薄暗く、扉の奥は逆光のせいで、人影だけが黒く霞んでいる。
ノルンたちは立ち止まり、来訪者の正体を確かめようと目を細める。
人影はゆっくり歩き出し、光の奥からフェルディナント、フェリシエル、そしてヴェルザーク侯の三名が姿を現す。
「殿下……!」
「父上!」
ノルンたちは慌てて駆け寄り、片膝をつき頭を下げる。
ノルンの様子を見たルクレツィアは、一拍遅れて片膝をつく。
スペルグは父親に駆け寄ろうとするが、フェリシエルに目で制され、その場で片膝をつく。
ヴェルザーク侯は両手を後ろに回して縄で縛られており、うなだれるように頭を下げている。
「ノルン、首尾はどうだ?」
「ヴェルザーク侯爵のご令嬢は消息不明です。推定ではありますが、およそ半月前までは確かに幽閉されていたようです。現在は目標を切り替え、家令を追って屋敷の探索を行うところでした」
フェルディナントの問いかけに、ノルンは膝をついたまま答える。
フェルディナントは考え込むように腕を組み、フェリシエルは目を細める。
「エルメルダが……消息不明……?」
「……父上、誠です。地下の部屋にて、人形にすり替えられておりました」
ヴェルザーク侯は動揺したように顔を上げる。
声は上擦り、表情には不安と焦りが見える。
それを見たスペルグは、沈痛な面持ちで父親の疑問に答える。
「……スペルグさんは?」
「……屋敷の庭園にてスペルグ、複数の冒険者、ヴェルザーク家の守護者と思われる魔物と戦闘。戦闘に勝利し、現在は捕虜として行動を共にしています」
ノルンはヴェルザーク侯に目を向けた後、スペルグをちらりと見る。
スペルグの気持ちを慮り、屋敷での出来事と、スペルグの立ち位置を客観的に報告する。
「アマルガムに勝利した、だと……?」
ノルンの話を聞いたヴェルザーク侯は、驚愕の声を上げ、事実確認をするかのようにスペルグを見る。
スペルグは父の目を見ながら、ゆっくりと頷く。
息子の反応を見たヴェルザーク侯は、諦めたように肩を落とす。
「状況は分かりました。引き続き、家令の捜索ないし痕跡の調査をお願いします」
状況を把握したフェリシエルは、任務継続の命令を出す。
それを受けてノルンたちは、了承の意を示そうとした。
その時──。
「その必要はございません」
大階段の上から何者かの声が降ってくる。
ノルンたちは一斉に声のほうに振り向き、身構える。
そこには一人の男が立っていた。
すらりと伸びた長い手足は、仕立ての良い衣服で覆われており、隙のなさが窺える。
黒髪をオールバックに整えており、銀縁の眼鏡が妖しく輝いている。
神経質そうな顔つきで、眉間には常に皺が寄っている。
「家令!」
ヴェルザーク侯が喜びと共に、縋るような声を発する。
家令と呼ばれた男は、右手で眼鏡のブリッジを押し上げると、軽蔑の眼差しをヴェルザーク侯に向けて口を開く。
「……ヴェルザーク侯。その様子ですと、予想通り反乱は失敗したようですね」
「……は? 予想、通り……?」
家令の言葉を聞いたヴェルザーク侯は困惑したように聞き返す。
家令はまるで馬鹿を見るような目でヴェルザーク侯を見下ろしながら語りかける。
ヴェルザーク侯は混乱した頭のまま、家令に懇願する。
「お前であれば何とかなるだろう? 頼む、何か妙案はないか!?」
「私のヴェルザーク家での業務は、経済状況の改善です。反乱に関しては契約に含まれておりません。業務の範囲外です」
冷たく言い放つ家令に、ヴェルザーク侯の表情が怒りに染まる。
それを見てもなお、家令は顔色を変えず、追い打ちをかけるように話し続ける。
「この反乱は、あなたが計画し、あなたが準備し、あなたが決断し、あなたが実行した。私が改善した経済状況をもとに起こした反乱ですが、責任の所在を他に求めないでください」
家令から発せられる残酷な宣言に、ヴェルザーク侯は膝から崩れ落ちる。
「もうよろしいですか? ヴェルザーク家の家令──いえ」
二人の様子を見ていたフェリシエルが険しい顔で話しかける。
そして、一拍だけ間を置いて、汚らわしい単語を口にするような表情で口を開く。
「クラックの 《喜ばせ屋》と呼んだほうがよろしいでしょうか?」
彼女の言葉を聞き、これまで鉄面皮のように無表情だった家令は笑顔になる。
「あなた様はフェリシエル王女殿下であらせられますね? いかにも、私こそが 《喜ばせ屋》でございます」
家令── 《喜ばせ屋》は、階段を一段ずつゆっくりと下りながら自己紹介をする。
彼の一歩ごとに、ノルンたちは警戒心を高める。
何が起こっても対処できるように、重心を低くして身構える。
「このような場にフェルディナント王太子殿下までいらっしゃるとは。こんなことなら、もっとしっかりとおもてなしの準備をするべきでした」
階段を下りた 《喜ばせ屋》は、ノルンたちの前に立つと、最上級の礼をして出迎える。
そして、ノルンたち一人ひとりの顔を見ながら嬉しそうな表情を浮かべる。
「それになにより、ノルン様とルクレツィア様まで。これはなんという僥倖でしょうか」
「……なぜ、俺たちの名前を知っている?」
「それはもちろん、《呼び込み屋》から話を伺ったからでございます。その節は 《呼び込み屋》がご迷惑をおかけしました」
ノルンは、王族ではない自分たちの名前を知っていることに驚きを隠せなかったが、《呼び込み屋》の名前が出てきたことで腑に落ちた。
《喜ばせ屋》は眉を八の字にして、申し訳なさそうにノルンに頭を下げる。
「立ち話もなんですから、応接室にご案内いたします。こちらにどうぞ」
《喜ばせ屋》は笑顔で右手を横に差し出すと、先導するように歩き出す。
あまりにも自然体な様子に、ノルンたちは呆気に取られる。
そして扉の前に立つと、横に一歩ずれて右手で扉を指し示しながら口を開く。
「罠などは何もございません。こちらの部屋でしばしお寛ぎください。本来はお茶などをご用意したいところですが、今回はやめておきましょう」
その言葉を最後に、《喜ばせ屋》はどこかへと歩き去る。
敵対しているとは思えないほど不可思議な様子に、誰も動けずにいた。
(《喜ばせ屋》は応接室で待つように言った。しかし……)
たとえ罠がないと言われても、大人しく敵の言うことに従うことは恐ろしい。
ノルンたちは誰も部屋の中に入れずにいた。
こうして時間だけが進んでいく。
「……両殿下、僭越ながら私が最初に部屋に入りましょう」
しばらくして、スペルグが声を上げる。
その提案を聞いたフェルディナントとフェリシエルは、ノルンの目を見る。
罠があっても犠牲になるのはスペルグだが、《喜ばせ屋》と共謀している可能性もゼロではない。
スペルグと行動を共にしていたノルンの意見を聞きたい、と言外に尋ねている。
それを受けてノルンは、小さく頷いて答えた。
「……許す。扉を開けろ」
フェルディナントの言葉を聞いて、ノルンとルクレツィアは両殿下の前に立つ。
何が起きても守れるように、しっかりと身構える。
スペルグは緊張しながら取っ手を握り、ゆっくりと扉を開く。
そして、警戒するように部屋の中に入る。
「……問題ございません」
その言葉を聞き、ノルンとルクレツィアはヴェルザーク侯を引き連れて部屋の中に入る。
しばらくしてからフェルディナントとフェリシエルも部屋の中に入る。
部屋の中には座り心地のよさそうなソファが用意されていたが、全員立ったまま様子を見ている。
しばらくして、コンコンコンと扉がノックされる。
フェルディナントの目を見ながら、スペルグが前に出て、扉を開ける。
「おや? 皆様、立ったままでどうなさいました? どうぞお座りください」
《喜ばせ屋》が、一抱えほどある白い箱を持ちながら、部屋の中に入ってくる。
白い箱はリボンで装飾されており、まるで誕生日のプレゼントのような様相だった。
《喜ばせ屋》は奥のソファに腰かけると、白い箱をテーブルの上に置いた。
「……それは、なんだ?」
ノルンがテーブルに置かれた白い箱を指差す。
《喜ばせ屋》は嬉しそうに手を叩きながら、ノルンの質問に返答する。
「よくぞ聞いてくださいました! ノルン様がいらっしゃいますので、私のほうからささやかながらプレゼントをご用意しました。喜んでいただけると嬉しいのですが……」
《喜ばせ屋》はそう言うと、笑顔でノルンの目を見ながら、白い箱に向かって右手を差し出した。
ノルンは振り返り、仲間たちの顔を見る。
フェリシエルは険しい顔でノルンを見つめ、小さく頷く。
ノルンは白い箱にゆっくりと近づくと、丁寧にリボンを解いていく。
リボンの装飾は取り外され、白い箱だけがテーブルの上に置かれる。
ノルンは細心の注意を払い、白い箱の蓋を慎重に持ち上げる。
蓋を外された白い箱は、展開図のように四方へぱたんと倒れた。
箱の中身が全員の前に姿を現す。
それを見たノルンは、驚きのあまり絶句する。
白い箱の中には、《呼び込み屋》の頭部が入っていた──。
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