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霧錆びのクローデル ~滅んだ辺境伯家の嫡男は、王立学園で王国を蝕む真実を暴く~  作者: 上止正
3章:価値の在処編

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081話 行き止まり

 反乱軍より、空に一筋の赤い光が放たれる。

 それはひゅるひゅると天に向かっていき、やがて花火のように大きな音を響かせて破裂した。


 一瞬の静寂。

 直後、その静寂を乱暴に踏み潰さんと、反乱軍の兵たちが地面を揺らしながら散開位置へ向かって走り出す。

 そして、恐怖と不安を怒りと高揚で塗り潰すような鬨の声が戦場に響き渡る。

 兵士たちの殺気を映し出すように、土煙が舞い上がる。


 一方の王国軍は、列を乱すことなくゆっくりと前進を続ける。

 不気味なほど静かだが、一定間隔で地面に響く足音は、嵐の前の海を彷彿とさせる。


「撃てーっ!」


 ヴェルザーク侯の怒号に呼応し、指揮官たちが配下の兵士たちに命令を送る。

 その後、いくつもの炎の塊が王国軍に襲いかかる。

 王国軍の兵士たちは、魔法で前面に巨大な土壁を生成し、反乱軍の魔法を防御する。

 反乱軍の炎は土壁に激突し、大きな音を立てて破裂する。

 しかし、炎だけでは破壊力に限界があり、土壁に傷をつけることができずにいた。


 ほどなくして、王国軍の前に展開された土壁が、役目を終えたようにぼろぼろと音を立てて崩れ落ちる。

 そして現れたのは、反乱軍と同じように、炎の塊を携えた兵士たちの姿だった。


 王国軍の魔法師団長が合図を送る。

 それと同時に、いくつもの炎の塊が反乱軍に向かって飛来してくる。

 散開陣形を取っていた反乱軍は、炎を防ぐために、各々の眼前に土塁を生成する。


 王国軍と同様、その土塁は炎の塊を防ぐはずであった。

 しかし、実際に起きた結果は異なる。

 王国軍の魔法は、反乱軍の土塁をいとも容易く破壊してみせた。


 予想外の事態に、反乱軍の兵士たちは混乱する。

 痛みを我慢するような呻き声と、痛みをごまかすような叫びが、反乱軍の混乱を加速させる。

 しかし、それは王国軍にとっては関係のないことである。

 すでに次の魔法攻撃の準備をしている。


 無慈悲にも、次の攻撃の命令が王国軍から下される。

 それと同時に、再度飛来する炎の塊。

 反乱軍の兵士たちは、恐怖を宿した目でその小さな太陽をしっかりと見ていた。


 それは炎ではなかった。

 正しくは、炎を纏った土塊であった。

 質量を持った死が反乱軍に襲いかかり、疫病のように炎をばらまいていく。


 ──水攻めの危険性はあるが……。

 ヴェルザーク侯は歯噛みするも、瞬時に思考を切り替え、塹壕による一時的な防衛を許可することになる。

 そのため、反乱軍の兵士たちの足場は不安定になり、移動することも困難な状況になった。


 地形には大きな被害を受けたが、人的被害に関しては悲観するほどでもなかった。

 散開陣形を取っていたおかげで、少数の犠牲で済み、包囲戦を行う戦力自体はいまだ保持している。

 だが、中央への集中攻撃と、側面との連携不足により、両翼に兵が密集する結果になった。


「……少し早いがやむを得ん。側面の傭兵部隊に突撃の命令を出せ!」


 ヴェルザーク侯は、怒りを押し殺した声で兵士に命令する。

 兵士は急いで駆け出し、傭兵部隊のもとへと向かう。


「流石は王国が誇る魔法師団といったところか。平時はただの便利屋にもかかわらず、想定以上の練度だ……」


 ヴェルザーク侯は忌々しそうに、遠くの魔法師団長を睨みつける。

 魔法師団長は兵士に次々と命令を送り、戦線を操っている。

 のんびり屋の昼行灯だと侮っていたが、その実、とんだ食わせ者であった。


 そうこうしているうちに、戦況が動き出す。

 これまで沈黙を保っていた両翼の傭兵部隊が、兵を動かし始める。

 ゆっくりと進軍を開始すると、敵の両翼に向けて徐々に速度を上げていく。


「……ん? どういうことだ?」


 ヴェルザーク侯は傭兵部隊の動きを見ながら首を傾げる。

 作戦通りであればそのまま敵両翼に向かって突撃をするはずである。

 しかし、彼らはなぜか敵正面に向かって兵を展開している。

 そして、側面に一部の兵を残し、反乱軍の前線に兵を配置する。


(傭兵どもめ、功を焦ったか……!)


 作戦に齟齬が生じたと判断したヴェルザーク侯は、急いで兵を呼びつけようとする。

 その行動は、王国軍の動きによって遮られてしまう。


 魔法師団長が天に向かって赤い光を放つ。

 一発、そして二発。

 その直後、フェリシエルが天に向かって青い光を放つ。


 何の合図だとヴェルザーク侯が訝しんでいたところ、戦況に大きな変化が現れる。

 前線に躍り出ていた傭兵部隊が突如反転。

 反乱軍に向かって牙を剥いて襲いかかってくる。


 突然の出来事に反乱軍は混乱する。

 その一瞬の隙を突いて傭兵部隊が反乱軍を蹂躙していく。

 兵たちは慌てふためき後退していくが、足場が不安定なため、躓いて地面に転がる兵が多い。

 地面に転がる兵に躓く兵が連鎖的に発生し、戦場の混乱は加速していく。

 さらに、その後退を邪魔する者がいる。

 反乱軍の埋伏の毒である、貴族連合の内通者たちである。


「傭兵部隊による裏切り! また、背面に配置していた貴族連合の一部もこれに呼応している模様です!」


「見れば分かるわっ! ふざけた真似をしおって……!」


 伝令が足をもつれさせながらヴェルザーク侯のもとに駆け込んでくる。

 その報告に、ヴェルザーク侯は怒りをもって応える。


「ヴェルザーク侯! 撤退を進言します! 急ぎご準備を!」


 別の兵士が駆け込んでくる。

 彼の進言に、ヴェルザーク侯は反射的に拒否の言葉を投げかけようとした。

 しかし、王国軍の本陣を見て、その言葉を飲み込む。


 王国軍の本陣が鋒矢の陣で反乱軍の中央に突撃してくる。

 中央は緒戦の魔法戦により、層が薄くなっている。

 このままでは、数分足らずでヴェルザーク侯の喉元にその矢が突き刺さるのは明白だった。


「…………撤退だ! 一部の部隊は先行して兵を潜伏させろ! 深追いしてきた王国軍を各個撃破し、足止めせよ!」


 ヴェルザーク侯は兵に命じると、馬に跨る。

 そして、何人もの兵を引き連れて戦場を脱出する。

 焦りと怒りの表情でヴェルザーク侯は今後の動きを考える。


(屋敷に戻って態勢を立て直さねば! 家令だ! 家令であれば何か妙案を思いつくはず!)



 * * *



「このまま突き進み、ヴェルザーク侯を捕縛する!」


 鋒矢の陣の中央で、フェルディナントは兵に檄を飛ばしている。

 フェルディナントは不敵な笑みを浮かべたまま馬を駆っている。


「精鋭百名を兄上のそばに! 残りの部隊は中央に残って敵の分断を! 傭兵部隊と連携して敵両翼を包囲! 投降するなら受け入れ、死兵となるなら容赦なく殲滅を!」


 フェルディナントの隣にはフェリシエルが付き従い、馬を並べて走っている。

 彼女は周囲の指揮官に命令を飛ばしながらも、ヴェルザーク侯の背中を睨んでいる。


「兄上、突出しませぬよう! この先の地形は我らにとって殺し間となりえます! 一部の兵を先行させて索敵を行い、伏兵の始末を行うのが先決です!」


「おう!」


 フェリシエルの進言を、フェルディナントは豪快に笑って受け入れる。

 そして、少し速度を緩めると、精鋭部隊を先行させる。

 それを見たフェリシエルは安堵した表情を浮かべるが、背後から何者かが近づいてくる気配を察し、振り返って魔法を行使しようとする。


「おっと、王女さん。俺だ」


 黒い馬に乗った軽薄そうな男がフェリシエルに話しかけてくる。

 へらへらと薄ら笑いを浮かべているが、その男に隙というものは見当たらなかった。


「ヴォルフガング傭兵団の団長、グリューですか……」


「おうよ! 契約通りの働きをしたぜ! と言っても暴れ足りねぇがな!」


 男──グリューは獰猛な笑みを浮かべると高笑いをする。

 王族に対して無礼な態度を取る男であるが、それは全てを対等に見ているということ。

 それこそが彼の強さの源泉であるとフェリシエルは理解している。


「ありがとうございます。成功報酬は少しだけ上乗せしてお渡ししますね」


「使いの者は、前金を渡してきたあの婆さんか? 夜中に背後から急に現れたのには、さすがの俺も少しは驚いたぜ!」


 フェリシエルは反乱が始まるよりも前に、グレイを通してヴォルフガング傭兵団と契約を交わしていた。

 前金を渡し、ヴェルザーク家側についてもらい、時期を見て裏切ってもらう、という内容だった。


「そんじゃ、俺は戦線に戻る! 残りの報酬、楽しみにしてるぜ!」


 グリューは興奮した様子で捲し立てると、馬を反転させて戦場に戻っていく。

 フェリシエルはほっと息をつくと、再び前を向いてヴェルザーク侯の後を追う。


 戦場の音が次第に遠くなる。

 かと思えば、今度は前面から戦いの音が聞こえてくる。

 先行していた部隊が伏兵と接敵し、戦闘を開始した音だ。

 それを耳にしながら、フェルディナントとフェリシエルは必死に馬を駆る。


 ヴェルザーク侯の背中はもうすぐそこではあるが、徐々に屋敷が近づいてくる。

 屋敷に入られてしまえば、今の戦力では返り討ちに遭う可能性がある。

 二人は馬の速度を上げるが、ヴェルザーク侯との差は縮まらない。


 そしてそのまま、ヴェルザーク侯は何名かの供を引き連れて屋敷の敷地内に入ってしまう。

 ──ここまでですか。

 そう思ったフェリシエルだが、ヴェルザーク侯の様子がおかしい。


 よく見ると、一人の男がヴェルザーク侯の前に立ち塞がっている。

 驚いた馬が前足を高く上げて立ち止まる。

 その男はゆらりと揺らめいたかと思うと、信じられない速度でヴェルザーク侯の供回りを切り捨てる。

 少しして追いついたフェルディナントとフェリシエルの前にも、その男は立ち塞がる。


「……すまんな。この先は行き止まりなんだ。誰も通せない……」


 男は全身から血を流し、息も絶え絶えといった様子で話し始める。

 彼は自分の剣を使って、地面に一本の線を引く。

 その線は彼の血によって赤く染まっていく。


 よく見ると、男の傍らには十二歳くらいの少女が不安そうな様子で控えていた。

 フェリシエルは彼の顔を見て、何かを思い出す。

 彼のことはノルンから話を聞いていた。


「あなた……もしかしてヴィクトルさん? ノルンさんの依頼にご協力いただいている?」


 その言葉に、男──ヴィクトルはにやりと笑う。

 そして、背後にある屋敷の扉を指し示す。


「ノルンたちは屋敷の中だ。敵の足止めは俺たちに任せてもらおう……」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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