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008話 戦闘

「それで、この後は? 依頼受けるなら依頼掲示板はあっち」


 ルクレツィアが指差す先には依頼掲示板があり、依頼書であろう紙が何枚も貼り付けられている。

 その前では何人かの冒険者が難しい顔で依頼の内容を確認している。

 ノルンも掲示板に足を運び、依頼の吟味を始める。


「これにするか」


 そのうちの一枚を手に取り、ルクレツィアに見せる。

 依頼内容を確認したルクレツィアは呆れたように声を漏らす。


「本当に薬草採取なんだ。堅実」


「必要なら魔物討伐の依頼も受けるけど、今は薬草採取のほうが大事かな」


「でも、正解だと思う。現実が見えてない新人は、身の丈に合わない依頼を受注して大怪我してるから」


 ルクレツィアから太鼓判をもらったところで、ノルンは依頼の紙を受付に持っていく。

 背後ではルクレツィアが何かを思い出したのだろう、引率制度の原因となった新人への愚痴が聞こえる。


 受付嬢から依頼の承認をもらったノルンは、ルクレツィアに声をかけ、冒険者ギルドを後にした。



 * * *



 依頼をこなすため、二人は街の外へ向かう。

 華やかな商業区を抜けると、街の景色は鍛冶屋や染物屋などの工房が多くなっていった。

 街の外へ向かう途中、ルクレツィアから問いかけられる。


「依頼の薬草の群生地はわかるの?」


「この薬草に関しては何度も採取したことがあるから大丈夫」


 そ、とルクレツィアは素っ気なく答える。

 引率の依頼を嫌がってはいたが、先輩風を吹かしたいのだろうか、とノルンは思い、思わず笑みがこぼれた。


「なに笑ってるの?」


「いや、先輩が頼りになるなと思って」


「あっそ」


 そう言ってそっぽを向かれてしまった。

 機嫌を損ねたかな、とノルンは苦笑する。

 その後は特に会話もないまま、二人は王都をぐるりと囲む巨大な外壁――その正面に構えられた城門へと辿り着いた。


 門を守る衛兵に軽く挨拶をし、街の外の景色に目を向ける。


 門の右手には広大な小麦畑が広がっている。

 今はまだ萌黄色だが、収穫の時期には風に揺られた穂が黄金の波を作り、まさに壮観の一言に尽きる。

 畑には魔物除けの柵が設けられており、農夫が腰をかがめて作業している。


 左手には湖があり、その奥には森が広がっている。

 太陽の光を反射して輝く湖はどこまでも雄大で、見ているだけで心が清々しくなる。

 その反面、森は鬱蒼と茂っており、迷子のウサギを飲み込んでしまいそうな暗い迫力がある。


 ノルンは懐から依頼書を取り出す。

 念のため依頼書に書かれた薬草名に間違いがないかを確認するためだ。

 そして、湖に目を向けてルクレツィアと会話する。


「依頼の薬草は湖のほとりに自生している」


「ふーん、一応聞くけど、注意点は?」


「水辺で水分補給する魔物との遭遇に注意」


 問いに答えたノルンを見て、またも不機嫌そうにそっぽを向くルクレツィア。

 嫌だ嫌だと言ってはいるが、やはり本質はお節介で教えたがりなのかもしれない。



 * * *



 特に大きな問題もなく、目的の薬草の群生地を発見できた。

 ノルンは根っこを傷つけないように必要な箇所だけ摘み取っていく。

 黙々と作業を続けるノルンを見ながら、ルクレツィアは質問を投げかける。


「依頼書に書かれてた量よりも多い?」


「自分用にも採取してるからね」


 そう言ってノルンは作業を進めていく。

 ふーん、と言いながらルクレツィアは小さくあくびをした。

 暖かな日差しの中、何もせずに人の作業を見るのはさぞ退屈だろう。

 待ってる間の暇つぶしになればと思い、ノルンは会話を投げかける。


「ルクレツィアはなんで冒険者になったの?」


「それを話すほど仲良くない」


 会話が終わった。

 好感度が全然足りないな、とノルンは自虐する。

 ルクレツィアは相も変わらず退屈そうで、銀色の髪を指に巻き付けて遊んでいる。

 作業のスピードを上げないとな、とノルンは苦笑しながら手を動かす。

 すると、ルクレツィアのほうから質問が飛んできた。


「ノルンはなんで冒険者になったの?」


 それを話すほど仲良くない。

 そんな意地悪を言おうとしたが、大人げないかなと思い、ノルンは真面目に答えた。


「薬の材料集めとコネ作りだよ」


「商人になるの?」


「知り合いが食うに困ってるからね。その手助けがしたいのさ」


 嘘は言っていないが、本当のことも言っていない。

 ただ、ノルンに隠す意図はなく、全部説明するのが面倒だったからだ。


「よし、終わり!」


 そうこうしているうちに依頼の薬草採取が完了し、ノルンは立ち上がった。

 そしてポーチから革袋を取り出し、中身を薬草の採取跡に振りかける。


「何してるの?」


「肥料を撒いてるだけだよ。成長を促進させて次も採取できるようにね」


「ふーん、ちゃんと考えてるんだ」


 ルクレツィアは感心したようにノルンを見る。

 肥料はノルンの薬作りの副産物であるため、そこそこの量が余っている。

 場所を取るうえに匂いもするので、ノルンはこうして薬草採取のたびに肥料を消費している。


 肥料を撒き終わり、帰ろうかとルクレツィアに声をかけようとしたところ、森の奥から異様な気配を感じた。

 気配の正体を探るように待っていると、森の奥から緑色の子供のような何かと灰色の狼が何匹も現れた。


「ゴブリンとアッシュウルフだね」


 ルクレツィアはそう呟く。


 ──ゴブリン。

 猿のような生物が魔物化したものと言われており、社会性を持つ魔物として知られる。

 そのため、アッシュウルフのようなほかの魔物をペットとし、人間を襲うことが度々ある。


 単体であれば駆け出し冒険者でも対処可能だが、徒党を組まれた場合に討伐難易度が跳ね上がる。

 アッシュウルフの素早さで翻弄し、相手を地面に転ばせたあと、袋叩きにするのがゴブリンたちの基本戦術だ。

 駆け出し冒険者は言わずもがな、中堅冒険者の死亡例も報告されるほどである。


「あまり考える猶予はないけど、一応聞いとく。どうする?」


 ルクレツィアはノルンに問いかける。

 これは「私が片付けてもいい?」という意味だろう。

 引率係の責務を全うしようと身構えるルクレツィアだが、一方のノルンは特に焦った様子もない。


「問題ないよ」


 ノルンは何かを取り出そうとポーチに手を突っ込み、がさがさと漁り始める。


「昼間の湖は、陸に向かって風が吹くからね」


 そう言ってノルンは小さな袋を取り出し、中身を空にばらまいた。

 中身は小さな粉末で、それらは風に乗り、森の入り口にいるゴブリンの群れに降りかかる。


 粉末を浴びたゴブリンたちは苦しげにもがき始め、パニックに陥っている。

 それを見たノルンは懐からナイフを取り出し、ゴブリンたちに向かって走り出す。


 ゴブリンたちのもとに辿り着いたノルンは、先頭のゴブリンの首にナイフを当て、果物でも切るかのように刃を引いた。

 そして踊るように次々と残りの敵を切り付けていく。

 真正面からぶつかるというよりは、隙間を縫うという表現がぴったりで、瞬く間にゴブリンたちは数を減らしていった。


 毒の効きが弱かったのか、身を潜めていた一匹のアッシュウルフが背後からノルンに嚙みつこうと牙をむき出して襲ってきた。

 ノルンは流れるようなしぐさで半身になり、顎の下から脳天へとナイフを貫いた。

 そしてアッシュウルフの突撃の力をそのまま利用し、ナイフを起点に口から血の泡を吹くアッシュウルフを敵の群れへと放り投げ、再度踊るようにナイフを操るのだった。


 動いているものが他にいないことを確認したノルンは、ナイフに付いた血と脂を拭き取りながらルクレツィアのもとに歩み寄る。

 ルクレツィアは感心したように語り掛ける。


「最初に撒いたのは毒の粉?」


「そう。殺傷力は低いから攪乱にしか使えないけど」


 ノルンが使った毒の粉もまた薬作りの副産物である。

 害獣や害虫を遠ざける効果があるため、普段は農家の人に卸している。


「駆け出しとは思えない動きだった。随分慣れてたけど、普段使う武器はそのナイフ?」


「いや、剣のほうが得意だね」


 そんな会話を繰り広げていると、水辺から巨大な魚のような魔物が水しぶきを上げながら飛び出してきた。

 ノルンは迎撃のためナイフを構えようとしたが、それより早く風の刃が魚の魔物を一瞬で切り裂いた。

 水しぶきを浴びたノルンの前には、片手を突き出し、魔法を行使したルクレツィアの姿がある。


「でも、詰めはまだまだ甘いね」


 そう言って、銀髪のエルフの少女は得意げに笑うのであった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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