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007話 エルフ

「──もう終わった?」


 陽光を弾く銀髪がさらりと揺れる。

 漆黒のフード付きローブの隙間からは、抜けるように白い手足が覗いていた。

 銀髪の合間から覗く長い耳は、彼女がエルフであることを物語っていた。

 まるで月光を閉じ込めたような美しい少女が、半目でこちらをじっと見据えてくる。


 呼吸を忘れるほどの幻想的な存在感に、ノルンは呆然と立ち尽くした。


「ねえ、聞いてる?」


「あ、ああ。もう終わった……と思う」


 その声でハッとしたノルンは、しどろもどろになりながら答える。


「じゃあ、どいて」


 どうやらあまり言葉数が多いほうではないのだろう。

 ノルンはその言葉を聞いて慌てて道を譲った。


「依頼、終わりました。依頼人からの署名もあります」


 エルフの少女は受付嬢に依頼達成の報告をする。


「ルクレツィアさん、ありがとうございます。──はい、確認しました。こちらが報奨金になります」


 受付嬢は報奨金の入った袋を机の上に置く。

 ルクレツィアと呼ばれたエルフの少女はそれを受け取ると、そのまま踵を返した。


「あ、ルクレツィアさん、ちょっといいですか」


「なに?」


 受付嬢の呼び止めを聞き、ルクレツィアは足を止め、振り返る。


「こちら、新しく冒険者登録をされたノルンさんです」


 立ち去るタイミングを見失い、密かに気まずさを覚えていたノルンは、受付嬢からの急な紹介に虚を突かれた。

 それを聞いたルクレツィアはノルンに向かって軽く会釈をした。

 それに合わせてノルンも会釈を返す。


「ルクレツィアさん、彼の引率をお願いします」


「いや」


 受付嬢からの突然の依頼を、ルクレツィアは迷う素振りもなく断った。

 受付嬢はその回答を予想していたのか、表情を変えずに言葉を続ける。


「ルクレツィアさんは、依頼に関しては文句の付け所がありません。ただ、冒険者とのやり取りに懸念あり、というのがギルドとしての見解です。これまでは良かったのですが、このままだと次のランクに上げることは難しいです」


 ルクレツィアは痛いところを突かれたのか、ぷいと目をそらした。

 その隙を見逃さず、受付嬢は畳みかけるように言葉を続けた。


「直近の依頼を確認しましたが、ルクレツィアさんの力が必要そうな高難易度のものはなかったので、ちょうどいい機会かと思いましてね」


 そう言って、受付嬢はルクレツィアに笑顔を向けて改めて依頼する。


「というわけで、ノルンさんの引率をお願いします」


「…………………………はい」


 心底嫌そうな声で了承の返事をするルクレツィアであった。



 * * *



 ギルドに併設された酒場の一席。

 ノルンとルクレツィアは向かい合って座っている。


「…………」


 お互い沈黙したままの気まずい空気が場を支配している。

 その空気をかき消すように、給仕の人がタイミングよく飲み物を置いていく。

 その間にノルンはいつもの調子を取り戻し、話を切り出す。


「それで、ルクレツィアさん……で合ってる?僕はノルン。改めてよろしく」


「合ってる。よろしく」


 再び沈黙が落ちる。

 次にどう話を切り出そうかノルンが迷っていると、ルクレツィアのほうから話を始めた。


「最初に言っておく。私には嫌いなものが三つある」


 嫌な予感を覚えながらも、ノルンは次の言葉を待つ。


「一つ目は男。すぐ身体を触ろうとしてくるし、依頼に集中せずに口説いてくる。頭が軽くて、獣以下の存在」


「二つ目は冒険者。野蛮で学がなく、そして見栄っ張りで欲深い」


 ルクレツィアはただでさえ目立つ存在だ。

 今も酒場のあちこちから、男の冒険者たちがチラチラと視線を送っている。

 おそらくルクレツィアは、いろんなトラブルに巻き込まれたのだろうと、ノルンは推測した。


「三つ目は人間」


 ルクレツィアが三つ目を話したとき、空気が少し重くなった。


「人間にとっては二〇〇年も昔の出来事でも、エルフにとってはつい昨日の出来事だということを忘れないで」


「…………」


 二〇〇年前の同盟締結以前、人間はエルフに対して様々な非道を行っていたという記録が残っている。

 そのことを思い出し、ノルンは言葉を飲み込んだ。


「つまり、男で冒険者で人間のあなたは、私が一番嫌いな存在だということ」


 ルクレツィアの言葉にノルンは両手を挙げながら、了解とだけ答えた。


「引率ということであれば、こちらとしては別に形だけでも問題ないぞ」


 別行動して報告の時だけ帳尻を合わせよう、とノルンは言外に提案した。


「それはだめ。引き受けた依頼はちゃんとこなす」


 律儀なのか、あるいは矜持ゆえか、ルクレツィアはジト目でその提案を拒否した。

 誰かに見張られながら動くのが好きではないノルンは、なんとか別行動にしようと言葉を続ける。


「といっても、当面は週末だけ活動して、しかも依頼は薬草採取を主に受け持つ予定だぞ?」


「しばらく休暇にするつもりだったから問題ない」


 受付嬢から依頼を提案されたときはあんなにも嫌そうだったのに、変なところで頑固だ。

 人生に苦労しそうな生き方だ、と自分のことを棚に上げてノルンはルクレツィアを評価する。


「それにしても、冒険者なのに、魔物狩りをメインにしないなんて珍しい」


「荒事専門の冒険者はいっぱいいるから、たまには採取専門の冒険者がいてもいいだろ?」


 冒険者は基本的に、魔物狩りなどの危険な依頼で生計を立てる者が多い。

 命懸けの任務を達成した時の報酬と名誉こそが、彼らの原動力なのだろう。

 もちろんノルンのように、薬草採取や街での雑務で生計を立てる安全な生き方も可能だ。

 しかし、一攫千金を狙う前線の戦士たちの中には、そうした地道な活動を『臆病者の仕事』と揶揄する者も少なくない。


「そういえば、ルクレツィアはどのくらいのランクなんだ」


 ふと、疑問に思ってノルンは質問をする。


「金」


 ルクレツィアは少しだけ得意げな顔で答えた。

 思った以上に高位のランクだったため、ノルンは内心驚愕した。

 しかも、依頼に関しては問題ない、と受付嬢は言っていたので、実質白金相当の実力ということだ。

 エース格の冒険者を依頼がないからと遊ばせておくなんて、冒険者ギルドは意外にも人材の層が厚いのかもしれない。


「それじゃあやっぱり、採取依頼の引率なんて退屈だろ」


「不測の事態が発生しないとも限らないし、そういう時に私がいれば安心」


 これはいよいよ白旗を上げたほうがよさそうだと感じたノルンは立ち上がり、ルクレツィアに声をかける。


「降参だ。ルクレツィア、引率をよろしく頼む。──握手は、しないほうがいいかな?」


「こちらこそよろしく、ノルン。本当は嫌だけど、あなたのことちゃんと引率してあげる」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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