075話 嘆きの森のルクレツィア
「白金ランクといっても、たかが女一人。こっちには金ランクや銀ランクが何人もいるんだ。数の暴力には勝てねぇよ」
「なぁに、殺しゃしねぇよ。ま、あの時死んでればよかった、って思うような人生を送ることになるけどな」
「……」
冒険者たちはにやにやと笑いながらルクレツィアを取り囲む。
そして、下品な言葉を投げつけてはゲラゲラと笑い合う。
だが、何人かの冒険者は警戒しながらルクレツィアを睨んでいる。
緊張感が無いのはいずれも銀ランク以下の冒険者たち。
金ランクのプレートをぶら下げた冒険者たちは、冷や汗を流しながら得物をルクレツィアに向けている。
そんな彼らをルクレツィアは無表情で見つめている。
「あなたたち、ほんとに冒険者?」
「あ?」
「白金ランクの意味、分かってる?」
「最高位のミスリルランクにも届かねぇランクだろ? しかも成り立てときた! んなもん実質金ランクと同じじゃねぇか! 一人で俺たち全員に勝てるわけがねぇ!」
ルクレツィアが静かな声で質問する。
それを聞いた銀ランクの冒険者が馬鹿にしたように笑い出す。
だが、割り込むように金ランクの冒険者が静かに口を開く。
「……最高位はミスリルランクだが、それはただの名誉職。今現在、この国には存在しない。実質的な最高位は白金ランクだ」
「……え?」
「白金ランクは、ギルドからどんな依頼でも完遂できると認定された冒険者に与えられる最高位のランクだ。文字通り、『どんな依頼でも』だ」
金ランクの冒険者の言葉が、他の冒険者たちに重く圧しかかる。
事の重大さを理解した冒険者たちは急におろおろし出し、縋るように金ランク冒険者たちを見つめる。
慰み者にして金に換えてやろうと思っていた少女が、今では死神のように映る。
「殺しはしない。ただ、あの時死んでいればよかった、って思うような人生を送ることになるけど」
ルクレツィアが一歩だけ、ゆっくりと前に出る。
周囲は死の概念が付着したように静まり返っている。
──からん。
何か金属のようなものが地面に落ちる音が周囲に響く。
冒険者たちは肩を震わせ、その音の正体に一斉に目を向ける。
その音は一人の冒険者から発せられており、当の本人は困惑したようにきょろきょろと視線を動かす。
やがて彼は、何かに気づいたように地面に目を向ける。
「腕……?」
地面には剣を持った右腕が転がっていた。
冒険者の男は恐る恐る自分の右腕に視線を移す。
そこには本来あるべきものが存在しなかった。
やがて異変に気づいた主と同調するように、切断された右腕の付け根から血が噴き出す。
「お、俺の、俺の腕がっ……!」
吹き出る血を見た瞬間、鋭い痛みと火傷するような熱が男に襲いかかる。
男は右腕を押さえながらその場にしゃがみ込む。
信じられない光景を目にした冒険者たちは正気を失ったように取り乱す。
「静かにして」
ルクレツィアの氷のような声が響く。
冷たい風が冒険者の首を撫でる。
それだけで首に刃を突き立てられたように錯覚し、冒険者たちは黙り込む。
「喋れるうちにいくつか聞いておく。家令に会った?」
「あ、会った……」
ルクレツィアの鋭い目線に射抜かれて、冒険者の男は冷たい汗を流す。
「そう。じゃあ、どんな話をした?」
「ヴェルザーク家を守れば騎士にしてくれるって。冒険者として燻ってる俺たちには渡りに船だった」
ルクレツィアは表情を変えず、淡々と質問する。
冒険者の男は浅い呼吸を繰り返しながら必死に答える。
「そんな話を真に受けて負け戦に加担したの? 馬鹿じゃない?」
ルクレツィアは呆れたような声を上げる。
勝算の少ない賭けに出た冒険者の考えは、ルクレツィアには理解できないものだった。
「黙れ! お前に何が分かる!」
「騎士になれば今までゴロツキだと馬鹿にしていた奴らを見返せる!」
「そうだ! 騎士になれば世間から認めてもらえるんだ! それの何が悪い!」
「それをあの家令が認めてくれたんだ!」
ルクレツィアに反論するように、男たちが次々と声を上げる。
冒険者は口さがない市民からゴロツキだと揶揄されている。
彼らの訴えには、強い怒りと反骨の思いが溢れていた。
だが、その根底にあるものは誰かからの承認の渇望であることを、ルクレツィアは見抜いていた。
一瞬の沈黙が流れた後、ルクレツィアは口を開く。
「そんなもの、分からない。誰かの声なんてどうでもいい。私は私。それで十分」
冒険者たちの思想とルクレツィアの思想は決して相容れない。
そのことに気づいた冒険者たちは絶望した表情を見せる。
ルクレツィアはため息をついて冒険者たちに近づく。
「最後の質問。──ミスリルランクのプレートを身に着けた男の冒険者を知ってる?」
「この国には存在しないって言っただろ……」
「それはギルドにも確認してるから知ってる。現存するミスリルランクの冒険者についても。その上で聞いてる」
「はっ……知らねぇよ……」
ルクレツィアは底冷えするような声で質問を投げかける。
無表情の奥に確かな怒りを秘めており、大気が呼応するように震える。
完全に戦意を喪失した男は、泣きそうな笑顔を浮かべながら投げやりに答える。
「そう」
ルクレツィアは興味を失ったように男から視線を外す。
そして、冒険者たちを無視するように歩き出す。
ルクレツィアが足を一歩進めるごとに、見えない圧力が冒険者たちを押し潰してくる。
一歩、また一歩。
そして、ルクレツィアが冒険者たちの包囲陣の外に出る。
彼女の背後には、体中の骨を折られ、口から血を吐く冒険者たちが地面に転がっていた。
「もしその冒険者に会ったら伝えて。──私は嘆きの森のルクレツィア。霊樹シルヴェインの分霊が、必ずお前に裁きを下すって」
* * *
「待……て……」
「動けるとは驚きだ。……なるほど、毒が回り切る前に腕を切って血を流したか……」
ノルンの呼びかけにスペルグが足を止めて振り返る。
ノルンは左の二の腕から大量の血を流している。
革袋の中身を惜しげもなく足元へぶちまけ、右手と口を使い、革袋の革紐で器用に二の腕を止血する。
そしてポーチから小瓶を取り出すと、それを一気に飲み干す。
「麻痺の対処ができたところで、足を縫い付ける氷はどうすることもできまい」
「今、必死に溶かしてるから待ってろ……」
「火もないのにどうする? 初夏とはいえ最低でも一時間はかかるだろう。それまで待っていろと?」
スペルグは呆れたようにノルンに語りかける。
ノルンからは背後にいるスペルグの表情は分からないが、苦笑している顔が目に浮かぶ。
「……王女殿下へのメモ。あれ、お前だろ?」
「メモ? 何のことだ?」
スペルグは何の話か分からないと嘯く。
だが、その声は僅かに上擦っており、動揺していることが窺える。
「王女殿下も気づいているぞ? 蝙蝠を演じるのも辛いだろ?」
「だから、何のことだ!」
スペルグは苛立ち混じりの声で叫ぶ。
スペルグはなおも知らぬ存ぜぬを貫き通すようだった。
スペルグが身に着けている道化の仮面を、ノルンは丁寧に剥がし続ける。
「俺が『囚われのお姫様』と言ったとき、お前は素直に妹の存在を認めた。メモのことをすっとぼけるなら、あの時『誰のことか分からない』と知らない振りをするか、『なぜお前がそのことを知っている』と激高するべきだった」
「っ……」
ノルンの指摘に、スペルグが声を詰まらせる。
スペルグの焦りが背中越しからでも伝わってくる。
そのことに気づきながらも、ノルンは畳みかけるように話し続ける。
「リネットさんに相談されたんだよ。婚約破棄の理由を知りたいって。自分に至らないことがあったのかと気に病んでたよ」
「……」
リネットの話題が出た途端、スペルグは沈黙する。
麻痺が回復してきたノルンは、体の動きを確かめるようにゆっくりと立ち上がる。
「ヴェルザーク家の家令が原因かもって。あの娘、単身冒険者ギルドにまで乗り込んでさ。勇気を振り絞ったんだろうな。一人で心細かったろうに。本当に可哀想だ」
「……リネットについて知った口を利くな!」
瞬間、スペルグの仮面が剥がれ落ちる。
スペルグは怒気をはらませて叫ぶと、ノルンのもとに大股で近づいてくる。
そしてノルンの肩を掴み、思い切り殴りつけようとする。
「やっと俺の間合いに入ったな?」
ノルンはにやりと笑うと、足元の氷を砕きながら振り返り、スペルグを地面に押し倒す。
何が起こったのか分かっていないスペルグは混乱しながらもノルンに問いかける。
「なぜ、氷から抜け出せる? 氷が溶けるのはもう少し時間が必要なはずでは? ……待て、お前の足元にある大量の白い粉は何だ?」
「ただの塩だよ。塩は氷の融点を下げる効果がある。塩ってのは色々便利だけど、まさかこういう時にも役に立つなんてな」
ノルンはブーツについた白い粉──塩を手で叩き落としながら、スペルグの問いに答える。
荷馬車に積んでいた塩の一部をノルンは持ち出していた。
左腕を縛る際、塩が入った革袋を利用したことが功を奏した。
「人間、気にしていることや不安を指摘されると、口数が減り、怒りの感情が芽生えるらしい。お前は妹とリネットの話を聞いて怒りを爆発させた」
ノルンはスペルグの胸ぐらを掴み、無理やり立ち上がらせる。
ノルンの指摘が図星だったのか、スペルグはノルンから視線を逸らす。
それでも構わず、ノルンはスペルグに向かって力強く怒鳴りつける。
「さあ、スペルグ! お前の本音を聞かせろ!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想・評価などいただけると、とても励みになります。




