071話 ヴェルザーク領の村
村に到着した一行は宿に向けて荷馬車を走らせる。
村人たちはよそ者であるノルンたちを遠巻きに見ている。
村の様子を眺めながら村人とも目を合わせるが、彼らはすっと目を逸らしてしまう。
腰を曲げた老人がゆっくりとした足取りで荷車を引いている。
村の中を子どもが走り回る姿もなく、物陰からじっとこちらを見つめている。
母親らしき女性が子どもの顔を覆ったかと思うと、手を引いて家の中に引っ込んでしまう。
村の中には誰かが歩く音が響くのみで、話し声など聞こえてこなかった。
「なんだか変な空気ですね……」
「戦時中の村なんてこんなもんだよ」
ネリネが荷馬車から乗り出して、前を歩くノルンに不安そうに話しかけてくる。
ノルンは気にした素振りを見せずにいたが、視線はじっと村の中を観察している。
村には空き家が多く、いくつかの畑は収穫前にもかかわらず放置されていた。
そうこうしているうちに宿屋に到着する。
そこは宿屋と酒場が併設されている建物で、この村の中では一番大きな建物だった。
「おや? こんな時にヴェルザーク領に訪れるなんて、珍しい客もいたもんだ」
「行商の旅でして。景気は……その、やっぱり悪いですか?」
宿の女将は豪快に笑いながら出迎えてくれる。
木の香りが旅の疲れを癒してくれ、素朴な飾り付けが安心感を醸し出してくれる。
落ち着いた雰囲気の良い宿屋だった。
ノルンは苦笑しながら近況を尋ねる。
「よくはないねぇ……普段は食事のサービスを付けてるんだけど、今はちょっと期待しないでおくれよ?」
「……よろしければ食料をいくつか融通しましょうか? 代わりに宿泊代をサービスしてくれると嬉しいです」
「おや? 本当かい? 物価が上がって食料調達に難儀していたんだよ」
女将は手を叩きながら嬉しそうに微笑む。
ノルンは荷馬車に積んでいた塩と食料のいくつかを別の革袋に詰めて、女将に渡す。
女将は革袋を手に取るが、ノルンたちの荷馬車の荷物をじっと見ている。
「その木箱の中身は何だい?」
「これは治療院に卸す用のポーションなので、お渡しするのは難しいです。すみません……」
「あはは、催促するつもりじゃなかったよ。ただのおばさんの好奇心さ。すまないね」
女将は豪快に笑ってノルンの肩をばしばしとたたく。
そして、女将は一度奥に引っ込むと、代わりに鍵を手にしながら再び姿を現した。
「ありがとう、助かったよ。いい部屋を案内したかったんだけど、あいにくと埋まっていてね。奥の部屋を使っとくれよ」
ノルンたちは女将に感謝の言葉を告げると、部屋に向かって歩き出す。
旅の疲れからか、ノルンはよろめいてしまい、隣の部屋の扉を肩で強く叩いてしまった。
その際、ルクレツィアはノルンが扉のドアノブを触っているのを見逃さなかった。
案内された部屋は角部屋で、戦時中とは思えないほど清潔だった。
ベッドは四つ用意されており、外套を脱ぎ捨てて各々のベッドに座り込む。
「さて」
ノルンは窓の外をちらと見ながら全員に話しかける。
ヴィクトルは音を立てずにドアの前に立ち、腕を組む。
ルクレツィアは靴を脱いでベッドの上に座っているが、隣の部屋と隣接する壁に耳を当てている。
ネリネはきょろきょろと二人の行動を不思議そうに見ている。
ノルンはネリネに向けて、人差し指を立てて、それを口元に当てる。
ネリネは慌てて自身の口を両手で覆う。
それから数分ほど、沈黙の時間が流れる。
「今のところ、ドアに誰かが近づいてくる気配はない」
「隣室も人の気配はない」
「建物の外壁にも人が張り付いている気配はない。ただ、遠くからこちらをちらちらと見ている人が何人かいる」
全員の報告を聞いて、ノルンは肩の力を抜く。
倒れ込むようにベッドに寝転ぶが、警戒心は決して緩めない。
ノルンは寝転がりながら自分の手のひらを見る。
汗で濡れており、自分でも気づかないうちに緊張していたことを知る。
「……みんな、この村をどう思った?」
ノルンの問いかけに、三人が苦い顔をしながら答える。
「若い男性の数が少ない」
「子どもと若い女性よりも、老人が圧倒的に多い」
「話し声がなくて、みんな怯えてる」
三人の答えと同じことをノルンは考えていた。
そしてそれらを整理した結果を話そうとベッドから起き上がる。
口を開きかけたところでノルンは何かを思いつき、にやりと笑いながらネリネに質問する。
「ネリネ、この村はどういう状況に陥っていると思う?」
ノルンからの突然の質問に、ネリネは驚いたように背筋を伸ばす。
ネリネは考えを整理するように悩んでいるが、やがてゆっくりと口を開く。
「戦争には村の男性が徴兵されている。老人が多いんじゃなくて、老人以外が少ない。若い世代は別の場所に集められているか、領外に逃げた? 村人が怯えていることから、外部からの脅威がある?」
ネリネがまだ纏まりきっていない思考を口に出す。
それを聞いたヴィクトルが、にやりと笑ってネリネに話しかける。
「七十点だ。だが、上出来だ」
ヴィクトルが誇らしそうにネリネを褒める。
ルクレツィアもうんうんと頷いている。
「徴兵については正解だ。若い世代については逃亡のほうだと思う。その理由は、村人の怯えだ」
答え合わせをするように、ヴィクトルが話し始める。
ネリネはそれを真剣な眼差しで聞いている。
「なぜ村から話し声が聞こえない? 外部の脅威であれば、話し合って団結するなり、仲間割れするなりするだろう。だが、彼らは誰とも話さず怯えている。それは内部に脅威があるからではないか?」
ヴィクトルの言葉を聞いて、ネリネはあっと声を出して口を開く。
「俺は、この村の人間は相互監視の状態にあると考える。その目的は、領外への逃亡者を密告することだ。おそらく、逃亡者を出した村には連帯責任のようなものがあるのだろう」
「ええ、関所の衛兵がわざわざこの村の宿を紹介したことも、これが理由でしょう」
ヴィクトルの結論に、ノルンが補足する。
ネリネは驚いた顔をしているが、腑に落ちないことがあるようで、口をもごもごしている。
「で、でも、宿の女将さんは気さくな人でしたよ?」
「監視社会の中で声が大きいのは、影響力がある人か、反体制側の人。あの女将さんは私たちにこの村のことを詳しく話さなかった。つまり、彼女こそがこの監視社会の中心人物の一人」
「その証拠に、満室だと言っていたこの宿に人の気配はなく、外からもよく見えるこの角部屋が案内された」
ネリネの反論は、ルクレツィアとノルンの言葉によって封じられてしまう。
ルクレツィアは壁をどんどんと叩き、しばらく様子を見ると、「ね?」と言ってネリネに微笑みかける。
「彼女には色んな種類の食材を渡したからね。今は仕分け作業に忙しいでしょう。自由に話せるのは今だけですね」
「優しかったからと言って、それを信じることはできない。戦争って嫌なものですね……」
「……まあ、普通に過ごしてる分には旅人である僕らには影響がないです。そこだけは幸運でしょう」
三人の言葉を聞いて、ネリネは悲しそうに呟いた。
ヴィクトルはゆっくりと彼女に近づくと、優しく頭をぽんぽんと叩く。
幼い少女に現実の理不尽さを教えることは、やはり心が痛んだ。
「おそらく明日の朝、王国軍とヴェルザーク軍が交戦状態に入るでしょう。僕たちはその隙にヴェルザーク家の屋敷に突入します」
ノルンの一言で、部屋の空気は完全に弛緩した。
ルクレツィアはベッドの上で猫のように丸まっている。
ヴィクトルも疲れが溜まっていたのか、そのまま大の字でベッドに寝転んだ。
しかし、そんなヴィクトルにネリネが非難の声を上げる。
「もう! ヴィクトル、いつも言ってるでしょ? 寝転がるときは靴を脱いで、服の埃を払ってからにして」
「む……すまない……」
今までの教師と生徒の関係が逆転したかのように、ネリネがぷりぷりと怒っている。
ヴィクトルは申し訳なさそうに靴を脱ぎ、服についている砂埃を払う。
ネリネは腰に手を当てながら、怒っていたかと思うと、ヴィクトルの靴を揃え始める。
敵地でも変わらない彼女たちの日常。
ノルンは微笑ましそうにそれを眺めながら、ゆっくりと目を閉じた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想・評価などいただけると、とても励みになります。




