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霧錆びのクローデル ~滅んだ辺境伯家の嫡男は、王立学園で王国を蝕む真実を暴く~  作者: 上止正
3章:価値の在処編

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070話 関所

「みなさん、見えてきましたよ」


 太陽が真上を少し通り過ぎたころ、街道を歩くノルンたちの目にはヴェルザーク領の関所が映っていた。

 木材の急ごしらえで作られたと思われる塀と門。

 門の両隣には櫓が建てられており、そこには兵が常駐していた。


「さあ、ここからが正念場です」


 荷馬車を引く老馬がそれに応えるように鼻を鳴らす。

 ノルンはにこやかな笑顔で、門の前に立つ衛兵へ片手を上げて挨拶する。

 衛兵は鋭い目つきでノルンたちを睨みつけると、その場で立ち止まるよう命じる。


「止まれ。この先はヴェルザーク領となる。通行証か身分証を提示しろ」


「はい、こちらです。冒険者ギルドから発行された証明書になります」


 ノルンは笑顔のまま懐から一枚の紙を取り出す。

 例の偽造文書だ。

 それをネリネはハラハラした様子で見守っている。

 衛兵はそれに目を通すと、ノルンの後ろに待機している三人に視線を移す。


「同行者は何者だ?」


「一人は私の妹で、兄妹で行商の旅をしております。他の二人は護衛の冒険者です。戦時下での子どもの二人旅を案じてくださり、親切にも格安の報酬で依頼を引き受けていただきました」


 ノルンが受け答えをしていると、他の衛兵が荷馬車に近寄ってくる。

 木箱を開けたり、革袋を突っついたりと、中身を確認していく。

 その間、ルクレツィアとヴィクトルは首にぶら下げている冒険者プレートを取り出し、衛兵に見せる。


「む……白金ランクがいるのか……」


「悪い? 割に合わない依頼だけど、さすがに見過ごせない。誰かに無茶な要求をされて身包み剥がされるとも限らないしね」


 衛兵がルクレツィアを見て、少したじろぐ。

 ルクレツィアは不機嫌そうに衛兵を睨み、言い返す。

 ルクレツィアの牽制の一言は、衛兵には十分な効果があったようだ。


「……積荷は何だ?」


「ポーションと、僅かばかりの塩と食料になります。よろしければいかがですか?」


 そう言うとノルンは荷馬車に近づき、木箱からポーションと思しき小瓶を取り出す。

 そしてそれらを衛兵たちに手渡していく。

 衛兵は怪訝な顔をしながら小瓶の蓋を取ると、手の甲に数滴垂らして香りを嗅ぐと、慎重に舐め取る。


「……なるほど、本物のようだな」


「こちら、有名な薬師の老婆から仕入れた自慢の一品です」


 ノルンは両手を擦り合わせながら衛兵に語りかける。

 衛兵は無表情で偽造文書をノルンに返却する。


「よし、通っていいぞ。ただし、今は戦時下ゆえ、物資の七割を通行税として徴発する」


「ええ、もちろんでございますとも。皆様のお役に立てれば、これに勝る喜びはありません。ただ、食料に関しては多少の手心をいただけますと幸いです」


 ノルンはルクレツィアとヴィクトルに指示を出し、荷馬車から荷物を降ろし始める。

 降ろした荷物は、衛兵たちが重そうに関所の中へ運び込んでいく。

 ある程度の荷下ろしが完了したところで、ノルンたちは衛兵に笑顔で会釈し、関所を通過しようとする。

 かなり緊張していたネリネは、ほっとした顔で胸を押さえている。


「待て」


 しかし関所を通過する直前、ノルンは後ろから衛兵に呼び止められる。

 ネリネはその声に驚き、肩を大きく震わせる。

 ノルンは背中に冷や汗が流れるのを感じながらも、ゆっくりと振り返る。


「なんでございましょう?」


「あのギルドからの証明書、よくよく思い出してみると本物のように見えなかったなぁ。本当に本物か?」


 衛兵はにやにやしながらノルンに話しかける。

 その声を聞いたヴィクトルは、衛兵から見えないように剣の柄に手をかける。

 それを目で制しながら、ノルンは笑顔で衛兵に語りかける。


「本物のように見えなかったと言われましても、確かにギルドを通して発行されたものとなります」


「そうかもしれないけど、なんか偽物っぽい気がするんだよなぁ? 印章の色ってあんなに薄かったか? 悪いが、もう一回さっきの証明書を見せてくれ」


 衛兵は手を前に出し、偽造文書を改めて見せるよう言ってくる。

 それを聞いたノルンは眉を八の字にして、困り顔で衛兵に近づく。

 そして、懐から何かを取り出すと、それを衛兵の手に握らせながら口を開く。


「う~ん、困りましたねぇ。ギルドに再発行してもらうには時間がかかりますし、なるべく早めに宿を確保したいのですが……」


「……いや、すまない。俺の勘違いだったみたいだ。もう行っていいぞ。宿ならここから二時間先の村に泊まるといい」


 手の中に感じる重さを確かめた衛兵は、ノルンに向かってにやりと笑う。

 そして、ノルンの背中をばしばしと叩きながら笑顔で送り出す。

 ノルンは片手を上げて、衛兵に別れの言葉を告げると、三人の元に戻っていく。

 こうして四人は何事もなかったかのようにヴェルザーク領へと足を踏み入れていく。


 四人はしばらく黙ったまま歩き続ける。

 やがて関所が見えなくなると、今まで息を止めていたのか、ネリネが大きく息を吐き出す。

 それをきっかけに、四人が纏う空気が一気に弛緩する。


「もうダメかと思いました……」


「確かに。ノルン、よくばれなかったね」


 胸を押さえながら話すネリネとジト目で見てくるルクレツィア。

 ヴィクトルは口元に笑みを作って静かに歩いている。


「ばれるはずがありませんよ。だって、ポーションは本物ですし、証明書は本物かどうかなんて判断できませんので」


「あれ? 色付きの水じゃなかったの?」


「関所で検査されることは予想できてましたからね。あらかじめ僕が作った本物のポーションを数本だけ用意していたんです。あとは全部偽物です」


 ノルンは片目を閉じてルクレツィアの疑問に答える。

 ネリネは詐欺師でも見るような目でノルンを見ている。


「証明書に関してですが、まず、ヴェルザーク領の関所は戦時下に緊急で設けられたものが殆どです」


 ネリネとルクレツィアはふむふむと頷きながらノルンの話に耳を傾ける。


「ただし、関所は増やせても、専門知識を持つ人員は急に増やせません。つまり、配備されている衛兵には証明書を本物と判断するスキルを持ち合わせていない可能性が高いのです」


 ノルンは自身の頭をとんとんと指で叩きながら説明する。

 ヴィクトルは腕を組み、頷きながら静かに話を聞いている。


「それに、事前の情報で、関所では密輸品などの摘発ではなく、物資の徴発が目的ということが分かっていました」


「……密輸品の検査であれば証明書の確認は厳しく行う必要がある。でも、物資の徴発であれば衛兵にとって『どこの誰が何の目的で』というのはどうでもいい、ということですか?」


「そういうことだよ、ネリネ」


 話を聞いているネリネとルクレツィアのノルンを見る目が徐々に険しくなっていく。

 荷馬車を引いている馬も尻尾を振り、ノルンを訝しんでいるみたいだった。

 そのことに気づかないノルンは楽しそうに話を続ける。


「ネリネ、世の中にはこういう男がいるから気を付けてね」


「はい、勉強になります……!」


 ルクレツィアはネリネに顔を近づけると、口元を手で隠しながらノルンの陰口を言う。

 それはしっかりとノルンの耳に届いており、ノルンは苦笑するしかなかった。

 ヴィクトルだけがノルンの背中をぽんぽんと叩き、労ってくれる。


「しかし、最後のは冷や冷やしたな。お前が止めていなければ皆殺しにするところだった」


 さらっと恐ろしいことを口にするヴィクトル。

 その言葉は、彼一人で関所を制圧できるということを示していた。


「士気と練度が低いという情報は事前に得ていたので、賄賂の要求は想定していました。しかし、これで軍規も乱れていることが分かりましたね」


 ヴィクトルは穏やかに微笑むと、右手でノルンの髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱す。

 突然のことに驚くノルンは嫌がるようにヴィクトルに文句を言う。

 しかし、まるでヴィクトルに認められたような気がして、ノルンの胸はじんわりと温かくなった。


「あ、ノルン照れてる」


 ルクレツィアがからかうようにノルンを指差す。

 それを見たネリネも、楽しそうに笑っている。

 こうしてヴェルザーク領に足を踏み入れた一行は、笑い合いながら宿のある村に向かった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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